第66話 幼女としての生活5

「う、うぅ……ひっく……ひどいよぉ……えぐ……う、うぇぇ……」

「い、依桜君泣かないで! ほら、女委お姉ちゃんが抱きしめてあげるよー!」

「う、んっ……」


 わたしが手を横に広げると、依桜君がぎゅっと抱き着いてきた。

 本当に抱き着いてきたよ。


「よしよし……。ごめんね、依桜君。こんな恥ずかしいことをさせちゃって」


 震えながら泣いている依桜君の頭を優しく撫でる。

 結果的にわたしの胸に顔をうずめることになっているけど、依桜君だし問題なしだね!

 それにしても、可愛い。


「女委、あんた子供を慰めるのが得意なように感じるんだけど、なんでかしら?」

「あ、うん。わたし、姉妹がいるからねー」

「そうだったの? いくつくらいの?」

「んー、今年で八歳くらいかなぁ」

「あー、たしかに今の依桜はどちらかと言えば、それくらいの歳だものね」

「そうだねー」


 それに、今の依桜君って若干精神年齢が下がっている気がするし。

 意外と、呪いの追加効果って精神にも作用するのかもね。


「依桜君、大丈夫?」

「うん……だいじょうぶ……」


 依桜君は、泣きはらした後にも拘らず、大丈夫だと言った。

 まだちょっと泣いているけど。


((くっ、なにこの可愛い生き物っ))


 だけど、そこがまた可愛いのも事実!

 も、持ち帰りたい……お持ち帰りして、可愛がりたい!


「……女委? 今、変なことかんがえてた?」

「ううん? 全然!」

「そう……」


 危ない危ない。

 依桜君にバレたら、何をされるかわからないもんね! 

 依桜君のあのツボ押しの技術はすごいし、平気で視界を奪うようなものだもんね。


「あ、そうだ、未果ちゃん。依桜君の記録ってどれくらいだったの?」

「そうね。えっと、1メートル62センチよ」

「ほへ~、この身長で随分跳んだんだねぇ」

「縮んでいるとはいえ、依桜の身体能力は異常だしね。それに、手を抜いたんでしょ、依桜?」

「う、うん……さすがに、本気は出せないよ。壁に穴あけちゃうし……」

「あ、うん。そうなのね」


 壁に穴をあける立ち幅跳びっていうのも、ちょっと見てみたいかも。

 現実じゃ滅多にお目にかかれるものじゃないしね!

 まあ、できる人がまずいないと思うけども。


「さて、体育館でやる種目は全部測り終えたし、外に行きましょうか」

「そだねー」

「だな」



 体育館でやる種目が終わったから、外に出たんだけど……。


「あっちゃー、雨かぁ」


 雨が降り出していた。

 この場合、どうなるんだろう?


「二組と六組の生徒、聞こえるかー?」


 雨が降り、体育館で待機していると、熱伊先生の声が聞こえてきた。

 しかも、拡声器を使わないで聞こえている。

 さ、さすが熱伊先生……。


「見ての通り、急に雨が降り出した。なので、ボール投げと五十メートル走をやっていない生徒は、明日の体育で計測するので覚えておくように! それから、今日はここで授業を中断する! 残りの時間は自習しているように!」


 先生のその指示に、周囲の生徒たちは沸き立った。

 自習、つまり自由時間のようなもの。

 国語や数学と言った科目ではない限り、体育は自由時間になるケースが多い。

 まあ、その場合は体育館で別のことを、となるんだけど、体力測定の時はほとんど例外になる。

 ボク的には……ちょっとほっとした。

 ただでさえ、今日は色々と心が折れたし……。


 ……今思い出してみると、子供みたいに泣いて、女委に抱き着いてよしよしと撫でられていたと思うと……顔から火が出そうだよ……。

 しかも、それなりの人数に、ボクがくまさんパンツを穿いていたことがバレちゃったし……。母さんを恨むよ、ボク……。

 色々とあった体力測定は、途中ちゅだんと言う形で終わった。



 更衣室で着替えてから、教室へ移動。

 自習と言っても、これと言ってやることはなく、なんとなく未果たちと話すだけとなった。

 そこで話していることもいつも通りの会話で、これと言って特筆すべき点はなく、時間は過ぎて、今日の学園は終了となった。



「ただいまー」


 HRを終えて帰宅。


「おかえりなさ~い。学園から荷物届いてるわよ~」

「わかった。じゃあ。持ってくね」

「荷物はリビングにあるから」


 そう言って、母さんは台所に戻っていった。

 ボクはリビングに行って、母さんが言っていた学園からの荷物を持って自分の部屋へ。

 着ている服的には、制服でもなんでもない普通の洋服なので、着替える必要はあまりなかったのでそのまま。


 荷物を開けると、中には今のボクのサイズに合わせた制服と体操着、ジャージが入っていた。

 次の日の夕方頃にできると言っていたけど、まさか夕方に届くとは思ってなかった。


「とりあえず、これで明日のがくえんはもんだいない、かな」


 これなら、今のボクでも制服を着て登校できる。

 私服だと、かなり浮いていたし、誰かの妹、なんて思われてたからね……。

 妹と見られるのが嫌と言うより、子ども扱いされたくないだけなんなんだけどね。


「それにしても……こののろいのついかこうかって、小さくなるだけなのかなぁ」


 師匠は、追加効果が出る、としか言ってなかったし、これだけとは限らないかもだし……。

 もし、一生女の子と言うだけでなく、一生この姿のままだった思うと……。


「……つらい」


 こんな姿じゃ、普通の生活は難しくなるかもしれないし、なにより、小さい……。

 ただでさえ小さいのに、さらに小さくなるんだもん、あまりいいこととは言えないよ、これ……。

 男に戻る方法はもうない。

 でもせめて、普通――とは言い難いけど――の姿に戻りたい。


「はぁ……」


 でも、戻り方がわからないんだよね……。

 何をすれば戻るのか、なんて方法はない、と思う。

 それこそ、師匠が知ってそうだけど、師匠も追加効果に関しては知らなさそうなんだよね。

 追加効果自体、どういった形で現れるのかわからないって言ってたし……。

 元に戻れればいいなぁ……。



「それで、依桜。学園はどうだった?」

「どう、って言うと……?」


 家族三人で夜ご飯を食べていると、父さんが唐突に尋ねてきた。


「今日はその姿で登校しただろう? 何かおかしなことにならなかったか?」


 あ、心配していたみたいだ。

 おかしなこと、か……。


「ううん。特にはなかったよ? 注目はされていたけど、それだけだったし……」


 ……くまさんパンツの件は言わない。というか、言えない。

 いくら親とは言え、さすがにあれを言うのは恥ずかしすぎるもん。


「そうか、ならよかった。……依桜は天使みたいだからな、変な輩に狙われてないか心配だったんだよ」

「あはは。ボクは元々男だよ。それに、小さい子を狙う人なんて、うちの学園にはいないと思うよ」

「わからないわよ~、依桜。もしかすると、そう言う人がいるかもしれないわ」


 母さんがそうだと思うけどね、ボク。

 学園には……まあ、態徒って言う変態と、女委って言う変態がいるけど、あの二人だって、一応の常識は……ある、よね?

 女委はまだ大丈夫だとは思うんだけど、態徒がなぁ……。

 だって、授業中であるにもかかわらず、胸のことを大声で力説してたんだもん。

 常識が歩かないかって言われたら……まあ、ないよね。

 むしろ、あれであるとか言われた日には、常識と言う言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうです。


「何だと!? くそっ、父さん、そいつは認めませんからね!」

「何を言ってるの父さん……」

「何って……大事な一人娘がどこの馬の骨ともわからん奴に渡すわけないだろう?」

「いや、ボク元々男なんだけど……」


 少なくとも、恋愛的な意味で男子を好きになることはないと思うんだけど。


「じゃ、じゃあ、女同士、なのか……?」

「そう言う意味じゃないよ!? というか、発想が極端すぎない!?」


 女の子とも恋をするつもりはないよ。

 というか、ボクの場合はどっちに転んでも同性愛になりかねないんだから……。


「私的には、依桜が心の底から誰かを好きになったのなら、男の子でも女の子でも応援するわよ~」

「か、母さん!?」


 何言ってるのこの人!

 父さんも、母さんの言ったことにぎょっとしてるし。

 うん、ボクもぎょっとした。

 まさか、同性愛を許可されるとは思わなかったもん!


「あら、どうかしたの? あなた?」

「いやいやいや! どうかしたの、じゃないよ!? 今、普通に女の子同士でもいいって言ってなかったか!?」

「ええ、言いましたね」

「おかしくない? 同性愛だぞ!?」


 まあ、事情を知っている人からしたら、同性愛じゃないんだけど。

 でも、傍から見たら同性愛以外の何者でもないもんね。


「あなた。同性愛だって、立派な愛ですよ。たしかに、ちょっと特殊かもしれないけれど、お互いが好きならいいじゃないですか。そもそも、恋愛は自由なんですよ? なら、同性愛が許されたっていいじゃないですか」

「いや、確かにそうかもしれんが……」

「それに、今のご時世、差別になりかねませんからね、否定は。最も? 私は否定するつもりはありませんけどね」


 すごい、母さんが正論を言ってる……。

 いつもなら、あらあらうふふ、くらいで済ませそうな母さんが……!

 それくらい、父さんの言っていることに思うところがあったのかな?


「と言うのは建前で」


 あれ? なんか雲行きが怪しくなってきたような……?


「本音を言ってしまうと、女の子と付き合ったら、娘が二人になりますし、リアル百合が見れると思うと……ふふ」


 違った! 全然違ったよ!

 この人、ただ単に、百合のカップルが見たいだけかも!

 しかも、最後の笑いに関しては、ちょっと危険な感じがしたよ!


「母さん……昔から、そう言うの好きだったもんなぁ……」

「え!?」


 今、父さんからとんでもない事実が飛び出した気がするんだけど!

 昔から好きって言ってたよね?

 え、じゃあ何? 母さんって……同性愛者なの?


「あらあら。たしかに、そう言うの好きだけど、私は可愛い女の子同士のくんずほぐれつがみたいだけよ~」


 くんずほぐれつって、激しい取っ組み合いを表している言葉で、それも喧嘩などについてを如実に表した言葉何だけど……母さんの場合、絶対違う意味で使っている気がするのはなんでだろう? ボクの心が汚れてるのかな……?


「そうねぇ……未果ちゃんや女委ちゃんとかいいわよね~」

「――ッ! けほっ、けほっ……! か、母さん、なに言ってるの!?」

「何って……彼女としてどうかしら? みたいなことだけど?」

「今のボク女の子! 彼氏ならわかるけど、彼女はおかしいよ!」

「え? じゃあ依桜は、男の子が好きなの? まあ、お母さん的にはそれでもいいけど……」

「って、そうじゃなくてぇ!」


 ああもう、ややこしいよ!

 ボクの場合、本当に恋愛事はややこしくなる!

 どっちが好きとも言えない状況で、最終的に付き合うとすればどっちがいい? と聞かれたら、どっちとも答えられないよ!


「ふふ、わかってるわよ」

「……母さん?」

「依桜は……バイ、なのよね?」

「ぜんぜんちがうからああああああああああああああああああっっっ!」


 食事中のはずなのに、大声を出して叫んでしまった。

 ボクはバイじゃないし!

 バイなのは、女委だから! ボクじゃないから!

 そんなこんなで、騒がしい夜ご飯の時間は過ぎて行った。



 お風呂に入ってから、自室のベッドでごろんと横になる。

 天井を見つめながら、小さくなった手を伸ばし眺める。


「のろい、かぁ……」


 誰もいない部屋で一人つぶやく。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 ちっちゃいままで一日生活したけど、本当に大変だった。

 いつもなら背伸びすれば届いた所には手が届かないし、変に注目は集めるし、みんな子ども扱いするし……。

 いいことなんてない気がする。

 しかも、廊下を一人で歩いてたら、


『君、小学生みたいだけど、もしかしておつかいかな?』

「いや、あの……」

『はは! 人見知りなんだね。あ、そうだ、このあめちゃんを上げるよ』

「あ、ありがとうございます……」

『それじゃあ、気を付けて帰るんだよー』


 と、言うようなやり取りがあった。

 どうやら、兄か姉の忘れ物を届けに来た妹、と言う風に思われてしまったらしい。


 ……ボク、普通に学園の生徒なんだけどね……。

 しかも、あめちゃんって……大阪のおばちゃん?


「はぁ……どうなるのかなぁ」


 いつまでこの姿でいるかわからない以上、受け入れるしかない、よね……。

 そもそも、戻れるかすらわからないのに。


「ふあぁ……ねよう」


 体力測定の疲れ(精神的な)からか、強烈な睡魔がボクを襲った。

 抗うことができない睡魔に、ボクは気が付けば意識が完全に落ち切っていた。



「うぅ……寒い……」


 朝、いつもよりやけに寒く感じて、意識がはっきりしてきた。

 スースーする。

 あれ、ボクちゃんと服着てたよね……?


「んんぅー……」


 寝ぼけ目でボクの周りを見回すと、所々に洋服が落ちていた。


「はれ……? ボクの、服……?」


 周囲にはなぜか、昨日の夜着ていたはずの服が落ちていた。

 ……え、どういうこと?

 もしかしてボク今……


「……き、着てないっ!」


 何も着ていなかった。

 見えたのは、大きい山……もとい、胸。

 ……え、大きい、胸?


「え!?」


 胸が大きくなっていることに気づき、慌ててベッドから降りる。

 立ち上がった瞬間、昨日よりも支店が高いことに気づく。

 この時点で、ほとんど確信は得ているけど、念のため確認。

 いつもの姿見の前に立つと、


「も、戻ってる……」


 そこに映ったのは、縮む前のボクの体だった。

 声だって、縮んだ時と違って、ちょっと大人っぽく感じる。


「や、やった……戻った!」


 戻れたことに歓喜し、自分が裸であることも忘れてはしゃいでいると、


「おーい、依桜―、朝だぞー……って、うぉ!?」

「え……?」


 突然扉が開いて、父さんが入ってきた。

 え、な、なんで父さん?

 い、いつものこの時間なら、もうすでに仕事に言っているはずの父さんが、なんでこんなところに……?

 ど、どうして? なんで? 


「ふむ……素晴らしいおっぱいだ!」


 何を思ったのか、清々しいまでの笑顔で、ぐっとサムズアップした父さん。

 そしてボクは、今の状況に気づき……


「と、とと、父さんの……エッチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」

「ぐはぁ!」


 力いっぱいに枕を投げつけた。

 かなりのスピードが出た枕の直撃を喰らった父さんは、そのまま吹き飛ばされ、壁に衝突すると、爽やかな笑顔で気絶した。


「……朝から、運が悪いよぉ……」


 父親に裸を見られるという事態に、朝からボクは少し泣いた。

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