第415話 ミオの禁酒生活

 林間・臨海学校から帰ってきた翌日の朝。


「それでは師匠。今日から一週間と四日。禁酒です♪」

「畜生!」


 ボクはにっこりと微笑みながら、禁酒の開始を師匠に言い渡した。


 あの時の事、忘れてませんからね。


 場所はリビング。


 朝ご飯を食べた後です。


 ちなみに、メルたちは学園の水泳教室に行ってます。


 別段強制参加じゃないんだけど、友達に誘われたとか。


 帰ってくるのは、お昼過ぎかな? 一応、お弁当が出るみたいだし。


「とは言っても、師匠はお酒大好きですからね」

「そりゃそうだろ! あれ以上に美味い飲み物はない!」

「そこ、断言するところですか……まあいいです。ともかく、これで暴れられても困るので、代わりの物を用意してみました」

「代わりの物?」

「はい。これです」


 ボクは『アイテムボックス』を開いて、中から大き目の箱を取り出した。


 そこには、飲み物の缶が何本も入っている。


「これはなんだ?」

「実はこれ、学園長先生が去年くらいに造った、アルコールが入っていないのに酔えるお酒なんです」

「そ、そんな画期的な物があると言うのか!?」

「あるんです」

「ま、マジで酔えるの?」

「酔えます。ただ、本物を知っていると、ちょっと微妙かもしれませんが」


 まあ、それでも一応、ボクはこの飲み物の効力を知っているんだけどね、去年の学園祭の打ち上げで。


 なぜか知らない間に置かれていて、それによって酔っぱらった生徒が大勢。


 ボクのクラスも、女委以外が酔っぱらってしまうという事態に陥って、ボクはちょっと酷い目に遭った。


 あれは、本当に酷かったよ……。


「いや構わん! 疑似的とはいえ、酒の酔いを得られるのならば、あたしは一向に構わんッ!」

「そ、そうですか」


 ここまで来ると、ある意味中毒者なんじゃ……? と思えて来る。


 ボクも甘い。


 まあ、もちろん無制限に飲ませるつもりはないです。それじゃあ、罰にならないから。


「ちなみにですが、これを飲めるのは、師匠が家事をこなした分だけ、です」

「なんっ……だとっ……」

「当たり前です。ただで飲もうなんておこがましいですよ? せめて、相応の働きをしてください。ボクだって、夏休みは基本的に家事をすることになってるんですから」

「いや、お前が家事をするのはいつものことじゃね……?」

「それはそれ、これはこれです。師匠、ボクだってたまには、家事をしないでのんびりと過ごしたい時があるんです」


 主に、メルたちと触れ合いたい時とか。


「……ちなみにだが、どれくらいこなせば、飲めるんだ?」

「そうですね……お風呂掃除をすれば一本。食事を一食分作っても一本。師匠の部屋をしっかりと整理整頓して、清潔にすれば三本ですね」

「つまり、最低限一日一本は飲める、ということか……」

「そうですね。お風呂掃除一回で一本ですからね。ただ、食事を一日三食作れば、三本追加で飲めますよ?」

「くっ、飯を作るのか……できないわけではないが、面倒なんだよな……しかし、酒は飲みたい……だが、めんどい……うぐぐっ」


 そこまで悩むほどかな……?


 お酒(もどき)を飲むために、そこまで葛藤をするほど大変じゃないと思うんだけど、家事って。


「そう言えば、ボク師匠の手料理とか食べたことないです」

「んぁ? ああ、そういやそうか。あたしは基本お前にやらせてたしな……」

「もしかして、料理できないんですか?」

「何言ってんだ。あたしができないわけないだろう」

「でも、見たことないですよ?」

「まあ、面倒だから作ってないしな。お前がいたし、任せようかと」

「……そんなことだろうと思ってましたけど」


 むしろ、師匠はボクに押し付けすぎなんじゃ? とか思わないでもない。


 今も、そんな師匠の裏事情を言っている時だって、けろっとした顔出し。


 むぅ、なんだか釈然としない。


「じゃあ師匠。せっかくなので、お昼ご飯作ってくれませんか?」

「あたしがぁ?」

「はい。ボク、師匠の料理食べてみたいですし」

「いやまあ、別に構わんが……」

「まあ、もしもできないなんてことがあっても、フォローしますから」

「お前、やっぱあたしが料理できないと思ってるだろ?」

「……ちょ、ちょっとは思ってます」

「そこまで言うのなら、やってやろうじゃないか。このあたしだって、十分料理ができるということを!」

「じゃあ、楽しみにしてます。師匠のご飯」

「ふっ、期待してな」

「はい。あ、材料自体は買い置きした物が冷蔵庫にあるので、それを使ってくださいね。多分、困ることはないですから」

「了解だ」

「それじゃあ、ボクは軽く掃除でもしてますね。今日の内に洗濯とかも済ませておきたいので」

「ああ、わかった。昼飯は任せな」

「ありがとうございます」


 軽くお礼を言ってから、ボクは洗面所の方へと向かった。



 午前中に洗濯や軽く掃除を済ませていると、もうお昼の時間。


 師匠が作るお昼ご飯が食べられるということで、実はちょっと楽しみだったり。


 どんなものが出てくるんだろうなぁ。


「お、来たか。ほれ、飯出来てるぞ」


 し、師匠がエプロンしてる……!


 なんだか新鮮。


 意外なことに、エプロン姿が似合ってました。


「わぁ……」


 テーブルの上には、師匠が作ったと思われる料理が並べられていた。


「ま、面倒だったんで、ハンバーグプレートでも作ってみた。どうだ?」


 師匠の言うように、テーブルの上に用意されていたのは、ファミリーレストランなどでも見かけるような、ハンバーグプレートとコンソメスープ。


 ハンバーグにポテト、ブロッコリーににんじんと言った野菜類もちゃんと乗ってる。


 しかも、匂いもすごくよくて、嗅いでいるだけでお腹が空きそう。


「美味しそうです!」

「だろう? 味もいいはずだ。ほれ、食ってみな」

「はい! じゃあ、いただきます!」


 早速、用意されていたナイフとフォークで一口。


 ……こ、これは!


「お、美味しい!」

「ははは! だろ? あたしだって、料理はできるんだよ」

「いえいえ、本当に美味しいです、これ!」


 師匠の作ったハンバーグは、とっても美味しかった。


 噛むとすぐに解けて、それと一緒に肉汁が溢れ出す。


 肉本来の旨みを逃すことなく、しっかりと最大限に活かしきっているし、ハンバーグにかかってるソースもさらに味を高めている。


 添えてある野菜類もしっかりと火が通っていて、美味しいし、何よりスープはなんだかほっとする味。


 てっきり、できないからやらせていたのかと思ったら、高級レストラン顔負けの料理が出て来て本当にびっくり。


「師匠、なんでこんなに料理が上手なんですか!?」

「いやなに。年の功だよ。これでも、長い間生きているんでな。一時期料理にも嵌ってたんだよ。だから、この程度朝飯前だ。いや。昼飯前ってか」

「そうだったんですね」

「まあな。それに、ミリエリアにも振舞ってたしなぁ、料理は」

「えっと、師匠の親友だった神様、ですよね?」

「ああ。あいつも、あたしの料理を喜んで食ってたよ」

「へぇ~。師匠の親友だったのなら、きっといい神様だったんでしょうね」

「そりゃあな。あいつ以上に、性格のいい奴をあたしは知らん。強いて言うなら、お前が該当するか?」

「いえいえ、ボクは性格はそこまでよくないですよ」


 神様と同レベルの性格なんて、あり得ないしね。


 ボクは、自分にできる範囲で助けていただけだもん。


「まあ、自分の性格なんてものは、自分じゃ評価できないからな。とりあえず、周囲の評価が正しいとか思っときゃいいと思うぞ」

「そ、そうですか。じゃあまあ……ちょっとは優しいと思うことにします」

「ちょっとって……まあいいや。あいつもそうだったし」


 なるほど。つまり、あまり自己評価が高くなかった(?)ということなのかな?


 まあ、あんまり自信満々に、


『優しいんだぜ!?』


 とか言われても、すごく困惑するだけだし、そこまで堂々と言うこと? って思われちゃうけどね。


 ボクは……まあ、素です。


「ほれ、冷めないうちに食いな」

「あ、はい」


 師匠の料理はとても美味しかったです。



 食後。


「んで? 飯を作ったわけだし、もらえるんだよな?」

「もちろんですよ。まあ、これはお酒じゃないですしね。変に酔っぱらわないでくださいよ? 師匠、酔うとちょっとあれなんですから」

「あれってなんだあれって」

「あれはあれです。……はい、どうぞ」

「お、サンキュー」


『アイテムボックス』の中から、お酒モドキを取り出して、師匠に手渡す。


 師匠はそれを嬉しそうに受け取ると、早速開けてそれを飲みだした。


「んっ、んっ、んっ……ぷはぁっ! うっわ、マジでこれ酒みてぇ」

「そうなんですか?」

「ああ。正直、眉唾だと思っていたが、マジだった。本物の酒のような味はするし、アルコールが入っているかのような酩酊感も得られる。ふむ。なかなかに画期的なものを創り出したんだな、あいつは」

「お酒好きの師匠から見ても、結構すごいものなんですか? それ」

「そうだな。本物の酒のように酔えると考えたら、なかなかにすごいが……やはり、本物が一番だな。これも悪くはないんだが……」

「まあ、結局は偽物ですからね」


 偽物が本物に勝てる道理はない、なんてよく言うけど、大半はそれが当てはまるもんね。


 たまーに偽物の方が優れている時だってあるんだけど。


「……こうなると、やっぱ本物の酒が飲みたくなってくるな……」

「ダメですよ?」

「……わかってるよ。そう簡単に飲ませてくれるとは思えんしな」

「当たり前です。師匠が悪いんですから、あれは」

「わかってるわかってる。ったく……」

「じゃあ、この禁酒の間に師匠のお部屋、片付けてくださいね?」

「え、マジ?」


 部屋を片付けるように言うと、師匠は嫌そうな顔をしながら、訊き返してきた。


「マジです」

「やんなきゃダメ?」

「ダメです」

「なんで?」

「汚いからです」

「いやいやいや、今のあたしの部屋は割と綺麗なんだって」

「それは、クローゼットやベッドの下に押し込んでるからですよね?」

「うぐっ」

「言っておきますけど、師匠の部屋がどうなっているかはお見通しですからね?」

「は、はははは……」


 にっこりと言うと、師匠は頬を引きつらせて、乾いた笑いを漏らした。


 やっぱり、押し込んでたんだ。


 まあ、あの一年間でも、そう言ったことはしていたし、こっちの世界でもやっていたことも知っていたから、ちょっとカマをかけてみたんだけど……案の定。


 一度たりとも片してなかったんだね。


「まあ、早めに終わらせた方がいいですよ?」

「なんでだ?」

「禁酒生活が延びますから♪」

「すぐに片してくる!」


 軽く脅してみたら、師匠が光の速さで自室に向かって走っていった。



「くっ、あの弟子、まさかあたしを脅してくるとは……!」


 自室に戻り、あたしはぐちぐちと文句を言いながら、部屋の片付けを始めた。


 こう言う、ちまっちましたことは苦手なんだがなぁ……。


 ……だがまあ、あたしにだって考えがある。


「ふふふふ……まだ、世界の地酒が残ってるのだよ!」


 あいつだって、絶対に知らないはずだ。


 やはり、飲むのなら本物が一番!


「どれ、今日は何を飲もうか……な!?」


 な、ない!


 あたしの地酒コレクションがない!?


 ど、どういうことだ? たしかに、ここにしまっていたはずなんだが……ま、まさか!


 あたしは一つの可能性も思い至り、全力でリビングへ。


「おいイオ! お前、あたしの地酒はどうした!?」

「あ、あれですか。あれは、ボクの『アイテムボックス』の中にしまいましたよ」

「なんっ……だとっ……」


 がっくりと、あたしはその場で項垂れた。


 さ、酒が、酒がない……。


「その様子だと、やっぱり飲もうとしていたんですね?」

「うっ」

「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ。師匠、絶対に裏でこっそりのむだろうなぁ、と思ってましたもん。なので、師匠のお部屋にあったお酒は全て、ボクが回収済みです。これに懲りて、こっそり飲もうとするのはやめてくださいね?」


 コーヒーを飲みながら、にっこりとした笑顔でそう言われた。


 ……畜生!



 そうして、あたしの地獄の一週間と四日の生活が始まった。


 最初の三日間は、イオが用意した酒モドキでなんとかなった。というか、あれでも十分あたしの欲求を抑えることはできた。


 しかし……しかしだ。


 四日目になってくると、あの酒モドキも飽きてくる。


 というか、同じ味の奴しか出さないんだぞ? あの愛弟子。


 くそう、なんかいつもより甘い措置だなぁとか思ってたら、やっぱ裏がありやがったよ、こん畜生!


 あいつ、普段はM寄りなくせして、こういう時は無駄にドSになりやがるんだよなぁ……!


 で、耐えきれなくなったあたしは、こっそり酒を買いに行ったりもした。


 だが……


「あ、おかえりなさい、師匠。そのお酒、さっさとこっちに渡してくださいね?」


 玄関で待ち構えていたイオが、凄みのある笑顔でそう言って来るんだぞ?


 もうね、怖いわ。


 あたし、あいつよりも強いはずなんだが、ことこう言う場面になると、途端に力関係が逆転するんだぞ?


 クソみてぇ。


 で、仕方ないから、あいつに渡す。


 そしたらあいつ、


「あ、次こんなことしたら、本当に期間延長しますからね❤」


 って言って来るんだぞ!?


 くそう! なんか、こっちに来てからというもの、あいつに禁酒させられてばかりだよ!


 あたし、師匠なんだけどなぁ……あいつより強いんだけどなぁ……。


 ……まあ、一応あたしは居候の身だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。


 あたしを殺せるのは、創造神とか邪神くらい、とか思ってたが……案外、あの愛弟子にも殺されそうな気がする……生殺し的な意味で。


 酒……酒が欲しい……。


 あまりにも酒が飲めないせいで、一行前のフレーズをずっと言い続けてたぜ……。


 おかげで、クルミに心配されちまったよ。


 理由を話したら、同情の籠った視線で見られた。


 同時に、


「男女に管理されるのは、ある意味キッツイんだろうな……」


 とか言ってきた。


 正直、イオに色々と管理されるのは、マジで辛い。


 ……まあ、そんなこんなで、あたしの禁酒生活が続き、最終日になると、


「…………」


 死んだ表情で生活するようになっていた。


 これにはさすがに、周囲の奴も心配してくるほどだった。


 だが、それも今日でお終いだ……や、やっと、終わりだ……。


 この一週間と四日。どれほど酒が飲みたいと思ったことか。


 正直、あの酒モドキも飽きた。というか、辛くなってきた。


 普通の酒好きが、医者に止められて、あれを飲む、と言うのはいいのかもしれんが、ものすごい酒好きのあたしからすりゃ、マジでしんどい。


 いっそ死にたくなる。


 というか、ここまで酒が飲めないのなら死んだ方がマシだ、とか思えて来る。


 酒は、人類が創り出した至高の嗜好品だ。


 いや、ダジャレじゃないぞ?


 酒は百薬の長、とも言うだろ?


 なら、別に飲みまくったっていいじゃないか。


 あたしだって、多い時でも十リットルくらいだぞ? 問題ないだろ。


 だが、禁酒生活は本当に辛かった。


 あたし、普通に死ねる、とか思った。


 そうして、気が付けば日付が変わるまであとわずか。


 目の前には、イオがいて、イオはすでに『アイテムボックス』の中からあたしから没収した世界の地酒が置いてある。


 あぁ、早く飲みたい……。


 口内の唾液がとんでもないことになりつつ、頑張って時間が来るのを待つ。


 そして、リーンリーン、という、リビングに備え付けられた時計の音が鳴り響いた。


「師匠、頑張りましたね。禁酒生活終了ですよ」

「よ……よっしゃああああああああああああ!」


 イオの女神の如きスマイルと共に禁酒生活終了を告げられ、あたしは思わず歓喜の叫びを発した。


「飲んでいいんだよな? な!?」

「はい。どうぞ。それと、こっちは頑張ったのでご褒美として、高級なお酒も用意しました」

「マジで!?」

「マジです。さ、どうぞ」

「ありがとう、イオ!」


 なんて弟子だ!


 元はあたしが悪いと言うのに、あたしのために高い酒を買ってくれるなんて……!


 くっ、あたしは本当にいい弟子を持ったぞ……。


「んじゃ、早速飲むぞ! イオ、つまみあるか!?」

「はいはい。そう言うと思って、いくつかおつまみ用意してあるので、食べてください」

「さっすがイオ! 本当にありがとう!」


 あぁ、やっぱ酒が飲めるっていいな!



 結局、あたしは夜通し酒を飲み続けた。


 久々の本物の酒は……マジで美味かった。


 思わず、時が止まるほどだったぞ。


 ……最高!

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