第454話 契約

「ここが、魔界……」


 穴に飛び込んで辿り着いた場所は、何と言うか……全体的に黒、という印象を受ける場所だった。


 どうやら建物の中らしく、石のような材質で出来た壁がある。


 見た感じ、ここは廊下かな?


 少なくともボクの周囲には何らかの気配はなく、襲われる心配もなさそう。


 ただ、ショッピングモールでの戦闘経験から、『気配感知』が通用しない場合があるんだよね……。


 あの時は地味に大変だったなぁ。


 今までもああいった敵とは戦ってきたけど、まさか向こうの世界でそう言う相手に遭遇するとは思わなかったもん。


「……さて、問題の悪魔王さんは……この奥、かな?」


 親切なことに、あの悪魔は悪魔王さんがいる場所から近い位置にゲート(?)を開いてくれたらしい。


 この奥から、大きな反応がある。


 ただ……なんだろう、この気配の感じだと……楽しんでる? 一体何を?


 これでもし、向こうの世界を襲っていることに対して楽しんでいるのだとしたら、お仕置きしないといけないよね。


 仮に、強かったとしても、意地でも勝たないと。


「……ここ、だね。よし、入ってみよう」


 禍々しい意匠が凝らされた大きな扉に辿り着き、ボクは意を決して扉を開いた。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……という音を立てながら扉は開いて行き、視界に大きな広間が飛び込んできた。


 なんと言うか、神殿みたいな感じ、かな?


 ギリシャにありそう。


 石柱が両サイドに一列に並んでいて、道の真ん中には紫と赤を基調とした絨毯が敷かれており、それが奥へと続いていた。


 遠目に階段と椅子が見える。


 その椅子には……


「誰か、いる?」


 何かが座っているように見えた。


 一体、誰がいるんだろう?


 何も警戒しないで進むのは自殺行為なので、もちろん『気配遮断』と『消音』は使用してます。


 本当に便利だからね、この二つは。


 でも、バレないとも限らないのでいつでも戦闘できるように、構えておくのも忘れずに。


 そうして、ボクが先へ進んでいくと……


「お、おぉぉぉぉ、こ、ここからどうなるのだ……? くっ、つ、続きが気になる……が、しかし……! わ、我も行かないといけないが……! ぐぬぬぬぬ! あ、悪魔王である我の心をがっちりキャッチするとは! なんという……何と言う恐ろしいものなのだ! 同人誌とは!」


 そんな声が聞こえてきた。


 …………………………えぇぇぇぇ?


 いや、えぇぇぇぇ?


 ちょっと待って。


 今、同人誌って言った?


 もしかして悪魔王さん……同人誌を読んでたりしない? 気のせい? 気のせいだと言って!


「で、でも、た、確かめてみないと……!」


 恐ろしい……ここまで確かめることに対して恐ろしいと思ったことはないよ、ボク!


 で、でも、確かめないと話し合いもできないし……う、うん。行ってみよう。


「…………」


 悪魔王さんに近づき、手に持っている本を見てボクは……絶句した。


 というか、え、本当に?


 どこからどう見てもこれ……同人誌だよね? というか、『謎穴やおい』って書いてあるんだけど。何だったら、背表紙に書かれてるこのキャラクターって……男の時のボクと晶、だよね? ま、まさかこれ……BL!?


「ふぉぉぉぉぉ! え、エロエロなのだ! なんという背徳的な世界! これは素晴らしい! この書物を描いた者に会ってみたいのだ!」


 ……どうしよう。


 もともと、悪魔王さんと戦う気でほとんど来ていたんだけど……これは、出鼻をくじかれた気分なんだけど……。


 ボク、帰っていいかな。


 なんかこの人、ボクに気づいてないみたいだし……。


 でも、帰り方わからないんだよねぇ……。


 そうなると、この人と話さないといけないわけで。


 ……まあ、仕方ない、よね。


「あ、あのー……」

「だ、誰だ!?」


 ボクが声をかけた瞬間、ものすごい勢いで本から顔を上げ、警戒し始めた。


 何だろう、日記を書いている時に母親に見られたような女の子みたいな反応なんだけど。


「えーっと、悪魔王さん、ですよね?」

「くっ、す、姿が見えないのだ……! 隠れてないで、出てくるのだ!」


 あれ、もしかして本当に見えてない?


 一応『気配遮断』の効果って、認識を阻害するようなものであって、決して見えなくなるような能力じゃないんだけどなぁ……。


 と言っても、気配を探る能力が高くなければ見えないのと同じではあるけど。


 とりあえず、切ろうか、能力。


「――何奴!」


 能力を切った瞬間、ボク目がけて黒い靄が飛んできた。


 って、速い!?


 慌てて回避すると、黒い靄は背後の扉に直撃し、扉を吹き飛ばした。


 ……悪魔王と呼ばれるだけあって、他の悪魔たちと威力が違うね、これ。


「む、お前は…………誰なのだ? どこかで見たような気がするのだ」

「初めましてだと思いますけど……。あの、悪魔王さん、で合ってますか?」

「いかにも、我が悪魔王なのだ。そう言うお前は?」

「初めまして、男女依桜と言います。師匠が言うには、法の世界の人間です」

「ほう、法の世界とな。……それにしては、なぜ魔力を持っているのだ? あと、なんかお前、強くね? しかも……って、ん? お、おいお前!」


 訝しむような表情を向けながら言葉を吐いて行くと、不意に慌てたような表情に変貌した。


 あれ? どうしたんだろう?


「えっと、どうかしましたか?」

「お、おおおおお前!? み、ミリエリアではないのか!?」

「ふぇ?」


 突然ボクに向かってそんなことを言ってきた。


 ミリエリアってたしか……


「えと、この世界を創った創造神、ですよね?」

「そ、そうなのだ! それと同時に、とんでもなくヤバい奴だったのだ! お前、そうだろ!? 絶対ミリエリアだろ!?」

「何を言ってるんですか。ボクは普通の人間ですよ?」


 ボクが神様だなんてないない。


 それに、もしボクがその神様だったら、師匠が気付いていそうだもん。親友だっていう話だし。


「し、しかし、その神気の質は確かに奴……。お前が奴以外ありえん! というか、そもそも似てるし! なんかこう……雰囲気とか!」

「そ、そうは言われても、ボクその神様のこと知りませんし……。勘違いじゃないんですか?」

「じゃ、じゃあお前は何なんだ!? なんで法の世界の人間なのに、魔力を持っているのだ!? あいつらは魔力じゃなくて、気力なのだぞ!?」

「えっと、師匠曰く、異世界人の子孫らしくて……それでじゃないですか?」

「マジで!? え、じゃあ、隔世遺伝?」

「はい。なので、ボクの髪の毛とか眼の色もその人譲りらしく……」


 それにしても悪魔王さん、色々と知っていそうな雰囲気。


 もしかして、師匠が知っていないことも知っていたりするのかな?


 二日前に会った天使の人も何か知ってそうな感じだったし……。


「し、しかし、あっちの世界には銀髪碧眼の人間なんていなかったはずなのだ……。いても、奴が地上に降りていた時くらいで……」

「あ、あの……?」

「お、おいお前!」

「は、はい、なんでしょうか?」

「ほ、本当に、奴じゃない、のだな?」

「そう言ってるじゃないですか。そもそもボクは神様じゃないです。なぜか神気を持っているみたいですが、理由は知りません」

「……そ、そうか。ほっ……よかったのだ……また、とんでもない辱しめを受けるのだとばかり……」


 この人、一体何があったんだろう、ミリエリアさんと。


 師匠もミリエリアさんの話をする時って、たまに遠い目をしながら話していたりするし……うーん、よくわからない。


「それで、お前は……って、ん? おい、ちょっと待つのだ。なんで人間のお前が、ここにいるのだ!?」

「え、今更ですか!?」

「お前があまりにも奴にそっくりだったので、驚いていたからなのだ! そ、それで! なんでここにいるのだ!?」


 この人、もしかしたら相当面白い人なんじゃ……。


 でも、なんで黒い靄なんだろう? 姿が気になる……。


「いえ、なんか悪魔の方たちがあっちの世界で暴れたものですから。イラッと来て直談判しに来ました」

「マジで!?」

「マジです。この際なのでハッキリ言うんですけど……あれ、止めてもらえますか? イライラしてるんですけど」

「嫌なのだ」

「どうしてですか?」

「我がしたいからなのだ! 我はな、人間どもが慌てふためく姿を見るのが大好きなのだ! だから、暴れてやるのだ!」


 ハーハッハッハ! という、いかにも悪役らしい高笑いをする悪魔王さん。


「…………なるほど。そうですか。では、あなたにお仕置きしないといけませんね」

「へ?」


 ナイフを生成し、それに大量の神気と大量の聖属性の魔力を纏わせる。


 それによって、すごーく光ってるけど……まあ、いいよね。


 なんだか、目の前の悪魔王さんからシュワシュワ言ってるけど、気のせいだよね!


「ちょ、ちょっと待つのだ。え、そ、それは……何なのだ?」

「神気と聖属性の魔力を纏わせたナイフです。効果抜群ですよね?」

「効果抜群って言うか、触れただけで死ぬぞ!? 我、死ぬぞ!?」

「でも、悪魔王さんって強いんですよね? それなら、これくらい当たっても死なないと思うんですけど……」

「無理無理無理! ミリエリアみたいな純度の高い神気を光るレベルで纏ったナイフで攻撃されたら、我一瞬で死んでしまう!」


 あれ、この反応を見る限り……本気、だね。


 てっきり、そうやって嘘を吐いて騙し討ちをするのかと思ったんだけど……。


「選択肢は二つです。ボクに刺されて死ぬか、悪魔を止めるか」

「うぐっ、し、しかし、人間を襲うのは我々の楽しみで……数少ない娯楽なのだ!」

「ダメです。楽しむのなら、誰にも被害が出ないようなものにしてください。ついさっきだって、同人誌を読んで楽しんでましたよね?」

「た、たしかにそうなのだが……それはそれ、これはこ――」


 スパッ!


「……(ガクガク)!」


 軽くナイフを振ると、黒い靄が一瞬だけ晴れて、その下にあった肌に一筋の線が走り、赤い液体がツーっと流れる。


「これは……なんですか? 次言ったら、今度はもう少し深く切りますよ?」

「ひぃっ! や、やっぱりお前、奴だろ!? この容赦のなさ、奴だろ!? 我知ってるぞ! 奴はいつも脅してくるのだ! そして、心が折れそうになったところで甘言を弄して手籠めにするのだ!」

「て、手籠めって……。ボクはそんな酷いことしません」

「嘘なのだ! だ、だって、現に我を切ったじゃん! スパッ! っていったじゃん!」

「あなたが変なことを言うからですよ。いいですか? 人を襲うのはダメなのことなんです。ましてや自分が楽しむために傷つけるなんて、言語道断。聞きますけど、自分が楽しんでやっている行為が、自分に返ってきたらどうするんですか? あなたは楽しいですか?」

「………………」


 なんか、黙っちゃった。


 見れば、目を閉じているような雰囲気があり、何かを思い出しているようにも感じられる。


 ……あ、なんかぷるぷる震えだした。


「こ、怖いのだ……」


 そして、震えた声でそう呟いた。


「そうでしょう? だから、楽しむにしても、誰も傷つけないものにしないとダメです。不幸になるだけですからね」

「しかし、我悪魔……」

「関係ありません。人を傷つけないと生きていけないんですか?」

「……そう言う感情が美味しいだけで、死にはしない」

「ならやらないでください。危うく、ボクの大切な人たちに危害が及ぶところだったんですから」


 そもそも、ここがダメ。


 誰かを傷つけて楽しい感情を得るのは間違ってるもん。


「し、しかし……」

「しかしじゃありません。そもそも、種族なんて関係ありません。そんなことを言っちゃったら、魔の世界を否定しているようなものですよ? つい最近まで戦争し合っていた人と魔族が手を取り合っているんですよ? なので、種族なんて関係ありません」

「………で、でも」

「駄々っ子ですか? 別に、娯楽は全部駄目と言っているわけじゃないんです。さっきの同人誌だって面白かったでしょう?」


 内容はちょっと嫌だけど、ボクからすれば。


「……たしかに、暴れるより面白かった」

「ほら、暴れるより楽しいことがあるじゃないですか。それなら、そう言うことをメインで楽しみましょう? それとも、出来ないんですか?」

「……できる」

「そうですか。じゃあ、そうしましょう。今後、人を傷つけないと約束できますか?」

「……する」

「それならよかったです。悪魔は約束事を絶対に守る種族だと聞いていますし、絶対に破らないでくださいね」

「……うむ」

「よかった」


 これで一安心。


 下手に戦闘とかにならなくてよかったよ。


 どうにもこの人、個人的に戦いとは思えないんだよね……。


 いや、ボク自身戦うこと自体は好きというわけではないからいつものことかもしれないけど。


「……そう言えば、名前を聞いてないし、姿を見てないんだけど……どんな感じなんですか?」

「あ、そう言えば我は黒靄で覆っていたのだ。ちょっと待つのだ。……これをこうして……こうなのだ!」


 はつらつとした声音でそう言うと、悪魔王さんを覆っていた黒い靄が晴れていく。


「ふぅ、こんな姿なのだ」


 黒い靄が晴れた後に現れたのは、高校生くらいの女の子だった。


 ゆるくウェーブのかかった背中の中ほどまでの長さの桃色の髪。


 可愛いと綺麗の間くらいの整った顔立ちに、紫紺色の瞳。


 身長は……多分、百五十センチ後半くらい、かな? ボクより大きい……。


 スタイルはスレンダーな感じで、未果に近いかも?


 強いて言えば、未果の方が胸は大きい、かな。


 モデルさんみたいな印象。


「改めて。我が悪魔王ことセルマなのだ。よろしくなのだ」

「セルマさんって女の子だったんですね」

「女の子て……我、こう見えても相当な長生きなのだぞ?」

「そうなんですか? でも、駄々っ子みたいなことを言っていたので、子供っぽい印象なんですけど」

「……なかなか酷いことを言うのだ」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいのだ。……はぁ、仕方ない、悪魔を呼び戻すとしよう」

「お願いします」


 セルマさんは水晶玉のようなものを出現させると、それを空中に浮かせて覗き込む。


「………………ん? 連絡がつかん」

「え」

「おかしいのだ……一体地上では……って、こ、これは!」


 すると、セルマさんが水晶を見て驚愕の表情を浮かべていた。


「ど、どうしたんですか?」

「……ぜ、全滅してるのだ」

「え、ぜ、全滅!?」


 全滅って何があったの!?


「げ、原因は……あ」

「なんですか、今の『あ』は」

「な、なんか、黒髪ポニーテールの女が全ての悪魔をのしているのだ……」

「師匠!?」


 何してるのあの人!?


 もしかして、大量に分身して、世界中にいた悪魔たちを倒して回っていたってこと!?


 おかしいよあの人!


「や、やっぱりこいつ、悪魔なのだ……!」

「セルマさんが言います?」

「我らはまだ良心的な方なのだ! しかしこいつ、問答無用、容赦なしに攻撃してくるのだぞ!? こいつの方がよっぽど悪魔なのだ!」

「……たしかに」


 それはセルマさんの言う通りかも。


「と、とりあえず、全悪魔をこっちに呼び寄せる!」

「そんなことができるんですか?」

「悪魔王だからな! って、ドヤ顔してる場合ではなく! えーい、『開け』!」


 そう言うと、少し上の方に穴が開き、そこから大量の悪魔たちが降ってきた。


 スロットマシンから大量のメダルが出てくるみたいに、大勢の悪魔たちがボロボロの姿で落ちてくる。


 ……こ、これは。


「あぁ、同胞たちが! や、やっぱり悪魔なのだ! あいつは悪魔なのだ!」

『い、いてぇよぉ……』

『し、死ぬぅ……』

『だ、誰か、助けてくれぇ……』

「……これは、可哀そうだよ」


 いくら暴れ回っていたとはいえ、これは本当に可哀そうに思えてきてしまう。


 師匠がいるだけでこの有様。


 あの人に手加減というものは無いのかな?


 ……ないんだろうなぁ。


「くぅ、この世界にいれば自然治癒するが、これでは治りが遅くなるのだ……」


 悔しそうに呟くセルマさん。


 ……これは、仕方ない、よね。


「ボクが治療してあげましょうか?」

「い、いいのか!?」

「はい。師匠がやりすぎちゃったみたいですし……」

「な、ならば頼む! 我はどうなってもいいので、助けてくれ!」

「では、一つだけ条件をいいですか?」

「な、何なのだ? 何でもするから、早く助けて欲しいのだ!」

「条件は一つ。今後、人間を襲わないこと。これだけです」

「……そ、そんなことでいいのか?」

「はい。ボクも鬼じゃないですからね。でも、約束は絶対ですよ?」

「わかったのだ! ならば、契約を結んでくれ!」


 すると、セルマさんが突然契約を結んでほしいと頼んできた。


「契約? それって、何か危険なことってないですよね?」


 この辺りは確認しないと。


 悪魔って、こう……契約をしたら魂を取られる、みたいな話がよくあるし。


 セルマさんにもないとも限りないしね。


 そう思っての発言だったんだけど、


「ないのだ! むしろ今回は我が助けてもらうわけなのだ。なので、我がお前から魂を取るなんてことはしないのだ! むしろ、我が服従するようなものなのだ!」

「え、ふ、服従? さすがにそこまではしなくても……」

「我は悪魔ぞ! 正直、敵う気がしないのだ。ならば、我は潔く軍門に下るのだ」

「そんなこと言われても……。できれば、対等な方がいいんですが……」

「ダメなのだ。契約は契約なのだ。どちらかが上でなければ成立しないのだ」

「あ、そうなんですね」


 となると、ボクにデメリットはない、のかな?


 少なくとも、騙そうとしているわけじゃないみたいだし……。


 ……はぁ。


「わかりました。では、契約を結びましょう」

「よかったのだ!」

「それで、契約は何をすれば?」

「髪の毛を一本貰えるか?」

「髪の毛ですか? いいですけど……」


 ぷちっと一本だけ抜いて、それを手渡す。


 何に使うの? 髪の毛なんて。


「で、契約したいと願うのだ。その際、自分が上と思うのだぞ」

「あ、はい。わかりました」


 ちょっと気が引けるけど……ボクが上……ボクが上。


 言われた通りの思っていると、


「ぱくっとな」

「え、食べた!?」


 なんと、ボクが手渡した髪の毛を食べた。


「……ごくん」


 あ、呑んじゃった。


 すると、不思議な感覚がボクの体を駆け巡った。


 まるで、目の前のセルマさんと何かで繋がったような、そんな感じがする。


「これで、我との契約は成立したのだ。これからよろしく頼むのだ、マスター」

「ま、マスター!? それはさすがに恥ずかしいんだけど……」

「いや、我も悪魔としての矜持が……」

「恥ずかしいのでできれば別の方にできない?」

「……まあ、命令と言うのならば仕方ないのだ。では……主でどうだ?」

「その言葉の真意は?」

「なんとなく」

「な、なんとなくですか……」


 ……でもそれ、マスターとほとんど変わっていないような気が……。


 まあ、少なくとも最初のマスターよりもマシ、かなぁ。


「それでいいですよ」

「おお、それはよかったのだ。あと、敬語はいらんないのだ。我が下なのだからな!」

「まあいいけど……」


 少なくとも、ボクより年上なのは確かなんだけどな……。


 慣れたからいっか。


「じゃあ、早速治療していこっか。すぐ動けるようにしないとね」

「お願いするのだ!」


 まさか、こうなるとは思わなかったなぁ。


 悪魔と契約しちゃったよ。


 なんか、どんどん普通じゃない人と関りを持って行くね、ボクって。


 普通に過ごしたいだけなのに……。


 なんてことを思いながら、ボクは倒れている悪魔の人たちを治療していった。

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