第318話 収録へ

 日曜日の朝六時。


 今日は美羽さんと一緒に収録に行く日。


 時間は朝の五時半。


 ちょっと……というより、一般的な高校生が起きる時間にしては、かなり早いかな? 大体は、早くとも七時過ぎとかだし。


 もっと遅い人なんて、お昼だもんね。


 朝起きると……やっぱり、みんながボクにくっついていた。


 でも、今日はさすがに遅れるわけにはいかないので、そーっとみんな体から離す。


 うぅ……心が痛い……。


「はぁ……お姉ちゃんって、大変なんだね……」


 なんとなく、そう思いました。



 軽く着替えてから、階段を下りて二階のリビングへ。


 新しい家には、少しずつではあるけど慣れつつあります。


 リビングが一階じゃなくて、二階というのがちょっと違和感だけど。


 まあ、別にリビングが下にないわけじゃないけど、あそこのキッチンは小さいからね。基本、リビングとして機能しているのは、二階だから。


 とりあえず、リビングへ行くと、誰もいなかった。


 うん、まあ、二人とも今日は休みだしね。


 じゃあ、早く起きたついでということで、みんなの分の朝ご飯でも作っておこうかな。


 そんなわけで、ボクは朝ご飯を作り始めた。



 待ち合わせ時間が七時だから……まあ、六時半に家を出れば、十分前に着くかな?


 みんなはまだぐっすりみたいだし、起きてきて一緒に行きたい! とせがまれてもちょっと……みたいな場面になるのは、いくらなんでも厳しい。


 ここは心を鬼にして、すぐに出よう。


 置手紙も用意したしね。


『お仕事してきます。夜には帰ってくると思うので、安心してね。朝ご飯は、父さんや母さんにお願いして、温めてもらってください』


 と、書いておきました。


 帰ってきたら、甘えさせてあげよう。


 一応、料理も置いてあるしね。大丈夫……。


「うん、じゃあ準備終わり! 出発しよう」


 小さめの肩掛けカバンに、スマホと財布を持って、ボクは家を出ました。



 十五分前くらいに駅前に来ると、


「あ、依桜ちゃん、こっちだよー!」


 美羽さんが笑顔で手を振っていました。

 は、早くない?


「美羽さん、今日も早いですね……。美羽さんより早く来れると思ったんですけど……」

「ふふん! 私は、依桜ちゃんよりも年上! さらに言えば、社会人だからね。学生である依桜ちゃんよりも遅く来ちゃまずいでしょ?」

「う、うーん、そう、何でしょうか?」

「そうなの。そう言えば依桜ちゃんって、実年齢十九歳なんだっけ?」

「まあ、そうですね。向こうで三年間過ごしていましたし、実質的な年齢は十九歳ですよ。今年で二十歳ですね」

「留年したみたいだね」

「……き、気にしてるんですよ、そのこと……」


 みんなよりも、年上だからね、ボク……。

 だからちょっと、寂しい。


「ご、ごめんね? つい……」

「大丈夫です……」

「じゃ、じゃあ、行こっか」

「あ、はい」


 落ち込むのここまでにして、ボクたちは改札を通った。



「ねえ、依桜ちゃん。ふと思ったんだけど、なんで声優のお仕事を引き受けてくれたの?」


 電車内で美羽さんと並んで座って色々と談笑していると、不意に美羽さんがそう尋ねて来た。


 電車内は空いていて、ボクたちが今いる車両には、ボクたち二人しかいないので、気兼ねなく仕事の話ができます。


「うーん……やっぱり、みなさんが困っていたからでしょうか?」

「え、そんな理由?」

「はい。一番の理由は、美羽さんがお願いして来たから、ですかね。あ、あはは。ちょっと恥ずかしいですけど……」

「依桜ちゃん……!」


 美羽さんが感激したようにボクを見てきた。

 心なしか、視線が熱っぽいような?


「それに、楽しみにしている人は大勢いるみたいでしたし、やっぱり……予定通りに放送したいですもんね」

「依桜ちゃんって、本当に優しいよね。いつも、人のためになることを考えているというか」

「そ、そうですか? なんと言うか……つい、人のために動いちゃうんです。人が好きなんですかね? 勝手に体が動くというか、それよりも先に、助けなきゃ! みたいに、心で思っちゃったり……」

「ふふっ、依桜ちゃんって、ヒーローみたいだね?」

「ひ、ヒーローだなんて……ボクは、そう言うのじゃないですよ。向こうで……暗殺者をしていましたから」


 何人も殺しているボク手は、汚れちゃってるから。


 ヒーローではないよ。


 ヒーローというのは、殺さずに相手を説得して、正しい道に戻そうとする人のことだと思うもん。


「そっか。そう言えばそうだったね。でも、依桜ちゃんって、別に殺人鬼さんじゃないでしょ?」

「それはそうですよ。そんな歪んだ心は持ってませんから」

「なら大丈夫だよ。だって依桜ちゃんは、こっちの世界で色々やってるみたいだしね?」


 にやにやとした笑みを浮かべながら、ボクにそう言ってくる。


「あ、あはは……」

「それにそれに! 依桜ちゃん可愛いもん! なら大丈夫! 全然OKだよ!」

「わわっ! み、美羽さんっ、あ、あの、は、恥ずかしい、ので、抱き着かないで欲しいんですけど……!」


 不意に、美羽さんがボクに抱き着いてきた。


「んー? 依桜ちゃんは恥ずかしがってるのかなー?」

「そ、そう言うことじゃなくて……」

「それとも、私に抱き着かれるは嫌なのかなー?」

「そっ、そんなことはないです……! で、でも、その……ちょ、ちょっと恥ずかしくて……」

「やっぱり、恥ずかしいんだね? うふふー、でも、そういうところが可愛いね、依桜ちゃん! うりうり!」

「あぅあぅ……な、撫でまわさないでくださいよぉ……!」


 抱き着いてきた体勢からかわって、今度は胸元にボクの頭を押し当てて、頭を撫でまわしてきた。

 ど、どうしよぉ、美羽さんのなでなで、気持ちいぃ……。


〈おやおや、やはりイオ様はモッテモテなんですねぇ。パシャっとこ〉


 そんな声と共に、パシャリ、という音がした。


「あれ? 今、どこからか声がしたような……」

〈お、初めましてですね!〉

「え、えっと、どこから?」

「あ、す、すみません、ちょっと待ってくださいね」


 アイちゃんの声に戸惑った隙を狙って、ボクは美羽さんの抱きしめ状態から抜け出す。

 ……ちょっとだけ名残惜しくもあったけど。


「えーっと……あ、この娘です」


 ボクはスマホを取り出すと、美羽さんに画面を見せた。


〈やーやー。初めまして! 美少女スーパーAI! アイちゃんどぇす! 以後よろよろ~〉

「い、依桜ちゃん、この娘って、その……本当に、AIなの?」

「い、一応」


 うーん、美羽さんに本当のことを言ってもいいものかどうか……。

 でも、異世界云々の話はもうしてあるし……。


 仕方ない。


「ちょっと待ってくださいね」


 ボクは席を立つと、ドア側に移動。


 本当はだめだけど、幸いこの車両にはボクと美羽さんしかいないので、学園長先生に電話をかける。


「あ、もしもし、学園長先生ですか?」

『ええ、そうよ。どうしたの?』

「えっと今、宮崎美羽さんって言う人と一緒にいまして、アイちゃんの説明をしたいんです。それで、学園長先生のことを話してもいいかなって」

『宮崎美羽って言うと……ああ、売れっ子声優の?』

「そ、そうです」

『異世界の話……というより、依桜君自身の話は?』

「去年の年末に話しました。大体知ってます」

『ならOK。それに、あの娘はちょっとした知り合いだしね』

「そうなんですか?」


 ちょっとびっくり。


 どうして声優さんである美羽さんと知り合いなんだろう?


『ええ。まあ、ちょっとね。その辺りは、その内わかると思うわよ? そうね……大体、六月くらいかしら?』

「……そうですか。わかりました」

『うん。あ、一応口止めはしといてね? さすがに、異世界研究云々については、広まると色々とまずいし。別に、研究をしていた私自身はどうなろうと問題ないけど、一番関わった依桜君やミオ、メルちゃんたちにどんな被害が来るかわからないし、できればみんなには平穏な学園生活や、教師生活を送ってもらいたいからね。だから、絶対に口外させないようにね?』

「もちろんですよ。言わせません」


 やっぱり、学園長先生はなんだかんだで生徒や友人を大切にする人だよね。


 ……ボクが異世界に行ってしてきたことに胸を痛めていたのを、ボクは知っているから。


『それじゃ、私はちょっとゲームの方だとか、その他球技大会に関することで色々とやることがあるので、切るわね』

「忙しい時にすみません……」

『いいのいいの。依桜君からの電話は、どんな仕事よりも優先すべきことだから。それに、依桜君は何の用もなし電話なんてかけてこないのは知ってるからね!』

「あ、あはは……」

『じゃ、頑張ってね』

「はい。ありがとうございました」


 軽くお礼を言って、電話を切った。


 ……あれ? なんで、頑張ってね、なんて言ってきたんだろう?


 もしかして、何か気付いていたりする、のかな?


 ま、まあ、いいよね。学園長先生のことだもん。


「戻りました。すみません、急に席を離れて……」

「ううん、いいの。それで、一体誰に電話を?」

「えっと、学園長先生です」

「意外。でも、どうして突然?」

「アイちゃんのことというか……まあ、ちょっと色々と説明しないと、と思いまして。それで、許可を得に」

「そうなんだ? それで、説明って?」

「はい。実は――」


 と、ボクはこれまでのことを、なるべくわかりやすいように、美羽さんに説明した。

 ボクが異世界に行った原因とか、アイちゃんの存在とか、色々。


「というわけでして……」

「へぇ~~、まさか、あそこの学園長さんが……。ちょっとびっくりかな」

「ちょ、ちょっとなんですね」

「ふふー、あの人、昔からとんでもないことをいきなりしてたからね」

「な、なんか、そんな姿が目に浮かびます……って、あれ? 美羽さん、学園長先生と知り合い、なんですか?」


 さっき、学園長先生も知り合いって言っていたけど、どういう関係なんだろう?


「うん、まあ色々とね。で~も、まだ教えない! 来月にはわかると思うから、ね?」

「は、はぁ……」


 来月に何かあるの?


 うーん、何か学園の方であったかな? それとも、学園以外のことかな?


 わからない……。


〈あのー、私の存在、忘れられてます?〉

「あ、ごめんね、アイちゃん」

〈いえいえ。それでそれで、美羽さん的には、私の事どうお思いで?〉

「うーん……面白いAI?」

〈面白いですか? 私。正直、ギャグセンなんてないですぜー? 少なくとも、イオ様の面白おかしい日常を見ている方が、全然面白いと思うんですがね〉

「いや、ボクの日常を見ても、全然面白くないと思うよ?」

〈なーに言ってんです。異世界行ったり、TSしたり、テロリスト撃退したり、体育祭で獅子奮迅したり、姿がころころ変わったり、ロリサンタさんで夜の街を跳び回ったり、妹を増やしたり。ほら、面白い。少なくとも、こーんな馬鹿みたいな非日常を送っている人を面白くないと言ったら、何が面白いことになるんですかねー?〉

「うっ」

「依桜ちゃんって、本当に巻き込まれ体質なんだね」


 笑いながらそんなことを言われた。


 ぼ、ボクだって、好きでこんな生活をしているわけじゃないもん……。


 できるなら、平穏に、のんびり過ごしたいです。


〈むしろ、ほんっとーに稀有な存在ですからねぇ。隔世遺伝で銀髪碧眼に生まれてますし、巻き込まれ体質ですしー?〉

「あ、あはは……」

「でも、やっぱり、依桜ちゃんはすごいよ。いろんな才能を持ってるんだもん」

「そ、そう言われても、ボクが身に付けた技術や能力なんて、師匠からみっちり仕込まれたからなので、才能よりも……努力したからだと思うんですけど……」

「あ、以外」

「え、えっと、何がですか?」

「依桜ちゃんって、自分の容姿とか、行動については、謙虚になったり、そうでもないと否定してきたりするのに、自分で身に付けたものに関しては、しっかり肯定するんだね」

「まあ、否定しちゃったら、ボクのあの地獄の三年間はなんだったんだ、ってことになっちゃいますし、否定するようで何と言うか……申し訳ない……じゃなくて、嫌、なんですよ」

「わかる。わかるよ、その気持ち。やっぱり、努力したことは、自分でも誇らしく思うものだもんね」

「……はい」


 美羽さんの言う通り、ちょっと誇らしいのかも。

 地獄を耐え抜いて耐え抜いて、そうして身に付けたものだから、他の何よりも、誇らしい。


 ……でも、使える場面は限られてくるんだけどね。


「あ、そろそろ着くと思うし、降りる準備しよっか」


 長話していたのか、気が付けばもうすぐ目的地の駅に到着しそうになっていました。

 ボクたちは荷物を持つと、降りる準備をしました。


 収録、頑張らないと。

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