第317話 なんでもない昼休み
翌日の金曜日の昼休み。
〈イオ様、連絡ですぜー〉
「あ、うん。えっと、何のアプリで、誰から?」
ふと、ポケットに入っているスマホから、アイちゃんが連絡がきたとお知らせしてくれた。
授業中こそそう言うのはないけど、休み時間や昼休み、放課後、家にいる時なんかは、こうしてメールなどが来た場合お知らせしてくれる。
正直、すごくありがたい。
バイブレーションを切っていた時とか、音が鳴らないようにしていた時に、返信が遅れたり忘れてしまうおそれがなくなるからね。
……まあ、音を出せなくしているはずなのに、どうやって声を出しているのかはすごく気になるけど。
〈えーっとですね、LINNからで、美羽、っていう人からです〉
「あ、美羽さん? ちょっと待ってね、自分で確認するから」
スマホを取り出して操作して、LINNを開く。
「なんか、アイちゃんを使いこなしてるわよね、依桜」
〈使いこなしているもなにも、私はイオ様をサポートするために存在しているスーパーなAIですからね! 常に、イオ様のためになるよう、動いてるんですよ〉
「……の割には、依桜をからかったりしていなかったか?」
〈ひゅ~~♪ ひゅひゅ~♪〉
「AIって、口笛吹けるんだねぇ。……どうやってるのかはわからないけど」
うん。ボクもそれはすごく気になる。
えっと、連絡は……。
『こんにちは! 明後日の収録について、私が代わりに連絡するね! 明後日は、朝の十時から。場所は、前回と同じ場所なんだけど……私と一緒に行かないかな? というより、今後、収録がある時、一緒に行きたいんだけど、どうかな?』
もともと美羽さんは、あのアニメに出ることが確定してたんだもんね。
だから、同じタイミングで行くことになっても不思議じゃない、のかな。
でも、美羽さんと一緒に行けるのは普通に嬉しいし、一緒に行こうかな。
じゃあ……『いいですよ。一緒に行きましょうか。待ち合わせは、朝の七時に美天駅前でどうですか?』と返信。
すると、すぐに返信が来た。
見れば、『天☆恋』のキャラクター、それも美羽さんが演じるヒロインがOKと言っているスタンプが送られてきていた。
なんかちょっと面白くて、おもわずくすりと笑ってしまう。
可愛い所もあるだなぁって、なんとなく思った。
「そういや未果、球技大会ってよ、やっぱ体育祭と同じように、なんか賞品でもあったりするのか?」
「ええ、やっぱりあるらしいわよ。学園長って、色々と儲けているらしいし、たしか……初等部、中等部、高等部でもらえるものは変わるらしいけど、私たち高等部の場合は、優勝すれば、クラス全員に三千円分の図書カードが貰えるそうよ」
「でもそれってさー、体育祭とか学園祭の時に比べたら、そうでもないような気がするよ?」
〈ああ、なるほど。おそらくですが、未果さんが言った優勝というのは、あくまでも一種目。なので、全部の種目で優勝した場合、一人につき三万三千円分の図書カードが入るんじゃないですかね?〉
「正解よ、アイちゃん。今アイちゃんが言った通りで、優勝者が出るたびに、支給されるわ。まあ、しそれでも学園祭のミス・ミスターコンテストとか、体育祭ほどの賞品じゃないけど、高校生からしたら、十分すぎるでしょ」
たしかにと、みんなが頷く。
ボク自身もそう思います。
ボクはかなりの大金を持ってはいるけど、あれはそうそう使わないしね……一応、家を購入した影響で、八千万円くらいになってはいるけど、それでも高校生には……というより、大抵の人からしたら相当な大金。
そんなお金をおいそれと使う気にはなれず、例によって母さんに色々と制限を設けてもらったわけだしね。
じゃないと、持っているのが怖いし……。
一応、あのお金を使うときはあるけど、それは大抵、メルたち妹のためだからね。
妹のためなら、自分のことに使わないので、セーフというわけです。
地獄だった生活から抜け出して、今は平穏で幸せな生活にしてあげたいからね。そのためなら、あの異常なお金を使うのに躊躇いはないです。
それに、生活費なんかはボクが出す、って言っちゃったしね。
それから、学費なんかも。
学園長先生は、学費は免除でいい、とか言ってきたけど、さすがにそれは申し訳ないしね……。
そもそも、連れて来たのはボクなわけだしね。
メルはともかく、ニアたちはまあ……断り切れなくて連れて来た、っていう事情はあるにしても、ボクが断っていれば連れて来ることはなかったわけで。
だから、あの娘たちの生活費や学費についてはボクが出さないといけないと思った。
というより、そうじゃないと悪い癖がつきそうで……。
学園長先生に頼りきりになっていたら、それこそ目も当てられない。
……本音を言えば、みんはボクの妹になったわけだし、できればお姉ちゃんとして、ボクがお世話をしてあげたいかなと。
これ、他の人が聞いたら、面倒くさい人、って思われそうだなぁ。
まあ、それはそれとして、三千円分の図書カードでも、高校生には十分だよね。
一応、現金にすることもできるし。
「だなー。でもよー、体育祭と違って、これは団体戦も混じってはいるが、個人戦では勝つのは難しくね?」
「そうね。少なくとも、依桜が出ている種目は、確実に勝てるでしょうけど……」
「確実には無理じゃないかな? 一応、ほら。ルールがあるわけだし、その中だったら負けるかもしれないよ?」
「「「「〈絶対ない〉」」」」
アイちゃんまで否定……。
そ、そんなに信用ない? ボク。
「で、でも、サッカーはゴールキーパーだよ? べ、別に攻撃するわけじゃないし……」
「でも、依桜ならゴールからボールを蹴る、もしくは投げるで入れられるのよね?」
「ま、まあ、できないことはないし、そこまで難しくないけど……」
さすがに、ボールを一直線に蹴ったり投げたりしたら入ることはないだろうけど、大きくカーブするようにすれば、確実に入ると思います。
「ほらね? まあ、別に依桜が勝てるどうこうはどうでもいいのよねぇ。とりあえず、楽しくイベントに参加出来ればOK。できたら、賞品が欲しい、それくらいよ。ね、みんな?」
というと、ボクと晶は頷いたんだけど……
「え、わたし普通に欲しいよ?」
「オレも」
「……欲望に忠実ね、変態組」
「はっはっはー。いやだってねぇ? 三千円でも、貴重な収入源っすよー、未果の姉御―」
「だれが姉御よ」
「てか、オレたちってまだ高校生だぜ? 正直、図書カードとはいえ、小遣いは欲しい」
「……まあ、否定はしないな」
晶が否定しない……。
まあ、晶も高校生だし、常識人と言えども、まだ十六歳だもんね。
それに、バイトをしているからこそ、お金のありがたみを知っているわけで……まあ、ボクも十分知ってるんだけどね……。
むしろ、この歳であんなに持つと、逆に怖くなります。
ボクって、生まれてからずっと、一般家庭の人間だもの。
いや、今は全然一般人じゃないんだけどね、体が。
〈高校生と言えども、お金は欲しいですもんねぇ。遊びたい盛りですし、大人とは違って、付きに十数万以上稼ぐ、なんて普通は無理ですしね。どっかの誰かさんとは違って〉
「あ、あははは……」
ボクが乾いた笑いを漏らすと、みんなが苦笑いをしながら見てきた。
だって、ね?
ボクの場合は、色々とあった結果、舞い込んできた大金というわけであって……。
しかもあれ、一般的なサラリーマンが一年に稼ぐ金額の二十年以上の金額を一瞬で稼いだと言ってもいいしね……こっちの世界でなら。
実質的に言えば、三年で稼いだことになるんだけど。
でもね、
「女委も女委で、かなり稼いでるよね?」
一応、同人作家をしていたり、メイド喫茶の経営をしているわけだし。
「うん、まあね~。でも、わたしはあれだよ? 稼いだお金の大半は、わたし自身に使ってないんだー」
「あら、そうなの? てっきり、ラノベとかマンガとか、アニメに使ってるのだとばっかり……」
女委の発言に、意外そうな顔を浮かべるみんな。
もちろん、ボクも例外じゃない。
ボクも、未果の言う通り、娯楽的なものに使ってるのかと思ったんだけど、ちょっと……ううん、かなり以外。
「まあ、間違いじゃないよ? でも、そんなに買ってないんだなー、これが。んまあ、みんなにはあまり話してなかったんだけど……まいっか。実を言うと、おじいちゃんがかなり重めの病気でねー。年齢は六十代後半なんだよ。それでまあ、お父さんとお母さんが少しずつ治療費を稼いでるんだー。で、わたしも何かできることはないかと思った結果。メイド喫茶を開いたんですねぇ」
「「「「え、えぇー……」」」」
「あ、ちなみに、売り上げの使い道は、お店の維持費やら設備向上、それから同人活動、あと治療費かな? なんでまあ、わたしの手元に残るのは、そうでもないんだよ」
思った以上に、友達の事情が重かったです。
まさか、メイド喫茶をやっている理由が、治療費を稼ぐためだったなんて……。
「じゃあなにか? 今までメイド喫茶をやっていたのって……」
「ま、治療費が目的だよ。と言っても、最初は、だけど」
「今は違うのか?」
「うん。いやねぇ? 思いの外メイド喫茶が楽しくてね! ほら、可愛い女の子たちのメイド服やら、生着替えやら見てると……うへへ」
「「「「感心して損したよ……」」」」
女委はどこまで行っても、女委でした。
普通に、始めた動機はよかったのに、最後のですべてを粉砕しに来たよ。
ある意味、女委らしいと言えば、女委らしいんだけどね。
大切な友人。
もちろん、それはみんなに言えることだけどね。
できるなら、二度と失いたくないよ。本当に。
…………あれ? なんで今、二度とって思ったんだろう?
大切な人を失う、なんて経験、したことあったかな?
うーん?
あれかな。向こうで大切な人を失ったことがあるとか?
でも、そういう人はいなかったはず……。
うーん……気のせいかな。
多分、昔見た夢を、実体験したものだと勘違いしたんだろうね。それなら、そう思っても不思議じゃない……よね?
うん。大丈夫。
「依桜、なんか難しい顔してるけど、どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもないよ。ちょっと、日曜日の収録の事を考えてて……」
「もしかして、『天☆恋』の収録か?」
「うん。日曜日の朝からあってね。大丈夫かなぁって心配してたの」
「依桜なら心配いらないでしょ。素人とは思えない演技力してるし、声だって自由自在だしね」
「うんうん。依桜君の声って可愛いし、綺麗だからねー。ロリボイスなんて最高だったよ!」
「そ、そう言われると、ちょっと恥ずかしいけど……悪い気はしない、かな?」
それでもやっぱり、褒められるのは慣れないんだけど……。
どうにも、恥ずかしくて、顔が熱くなっちゃう……。
「でも、朝早いんだねぇ」
〈声優というのは、結構大変なこともありますしねー。ネットの記事に合った一例ですが、朝十時にスタジオ入りして、三十分後にマイクテスト。で、問題がなければ本番開始。十二時半頃に休憩した後、その一時間後に再開、という感じみたいですよ。といっても、ネットで拾った誰でも見れる情報ですし、べつにいい情報ってわけじゃないですけどねー。やっぱこう、スーパーAIたるもの、軍事機密の情報とか、閲覧したいものです〉
「それ以前に、アイちゃんの方が軍事機密……どころか、国家機密の何かじゃね?」
〈んまあ、私は感情がありますからねー。キャー、狙われたらどうしよー!〉
((((う、うざい……!))))
今一瞬、アイちゃんに向けられた感情が、みんなぴったり同じだったような……。
「……それはさておき。依桜、一応アニメの収録があるのはわかるが、やっぱり平日に出る時もあるのか?」
「うーん、日野さんは、なんとか土日で調整するって言ってくれてたけど、場合によっては平日に行かないといけないから、たまに休んじゃうかも……」
「ま、仕事ならしゃーないだろ。」
「そうね。まあ、現役女子高生が、ふっつうに声優の仕事で欠席、なんてのも稀有で面白いしね。さすが依桜。普段から見てて飽きない存在だわ」
そう言いながら、未果は軽く笑う。
……たまに思うんだけど、未果もなんだかんだで、楽しいことが大好きで、ボクを弄ってるような気がするんだけど……。
〈そんじゃまあ、一応私がスケジュールでも書いておきますかね。一応これでも、サポートAIですし〉
「本当は、異世界転移装置のサポートAIなんだけどね……」
なぜか、ボクのスマホに住みついちゃったわけで。
本来なら、あっちの端末にいるはずなのに、向こうには分身体とも呼べるデータを残してきて、ボクのスマホに引っ越してきたからね。
しかも、スマホ、端末、インターネット上にバックアップを作っておくという念の入りよう。
多分だけど、ボクが学園長先生に、『チェンジで』と言っても、戻ってくるんだろうなぁ。
「そう言えばそう言ってたわね。なんか、普通に馴染んでるから、そういうAIなんだって納得してたけど……本来は、異世界転移装置二式、だっけ? それの使用者のサポートが目的なのよね?」
〈ええ、そうですよ! ほらぁ、私ってちょー優秀じゃないですか? だから、日常生活でも余裕でサポートできちゃうわけですよー。いやー、はっはっは! さっすが私! あ、もちろん本分は忘れてませんからねー。もっとも、異世界へ行く機会というのは、なかなかないんですけどね。今なら、いつでも行けるのに〉
「あ、あはは……さすがにちょっと、ね?」
そう、ほいほい行くのは難しいというか……。
なんだかんだで、向こうも大変だから。
「あ、ねえ依桜君」
「なに?」
「その異世界転移装置二式って、誰でも使えるの?」
〈それは無理ですね。一応、ユーザーはイオ様で登録しちゃいましたし〉
「なんだー。それがあれば、異世界に行けると思ったんだけどねぇ」
〈おや、異世界に行きたいので? 一応、イオ様の体に触れていれば、一緒に行けますよ?〉
「マジで!?」
〈ええ〉
「ねえねえ依桜君! わたし、異世界に行きたい!」
「え、で、でも、向こうは危険……」
「でも、依桜君がいるでしょ? それに、安全な場所だってあるんだよね!?」
「ま、まあ、あるし、それにもちろん守るけど……」
それでも、魔物とか盗賊とかがいるんだけどなぁ……。
「おねがい依桜君! わたし、参考資料として行ってみたいんだよ!」
「で、でも、危ないよ? それに、言葉だって通じないし……」
「でもでも、メルちゃんたちって、なぜか日本語が喋れてるよね? 読み書きも問題ないし」
「うっ」
「ねえ、依桜。もしかしてなんだけど、あなた、『言語理解』っていうスキルの入手方法、知ってるんじゃないの?」
「あぅっ!」
す、鋭い! この二人、本当に鋭い!
た、たしかに、予想の範囲ではあるけど、大体はわかってる……。
「私も行ってみたいのよね、異世界には」
「あ、オレも」
「俺も、興味はあるな」
あ、あー……みんな興味持っちゃってるぅ……。
「……一応、連れて行ってあげてもいいけど……そうなると、あれかな。夏休みにでも行ってみる? ボクも一応、向こうでは女王っていう立場だし、王城には顔を出そうと思ってたから」
「「「「行く!」」」」
「そ、そですか」
……まあ、いっか。
魔族の人たちはいい人だしね。
多分、丁寧に接っしてもらえるはず。
「じゃあ、夏休みに……」
そう言うと、みんな嬉しそうにした。
高校生と言えば、アニメやマンガ、ライトノベルを読んだり見たりする人が多いし、異世界に憧れとかある人もいるもんね。
気持ちはわかるよ。
……とは言っても、ボク自身、血みどろな側面を知っているから、何とも言えないけど。
でも、その時は師匠たちも誘ってみようかな。
メルたちは絶対についてくると思うしね。
むしろ、意地でも来そう。
「今年の夏休みは楽しみだなぁ!」
なんて、女委が言って、他のみんなも頷いていた。
まだまだ先だけど、ボクもちょっとは楽しみかな。
そんな風に、なんでもない昼休みは過ぎていく。
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