第488話 電話対応も生徒会長の仕事

 さらに日は進んで、学園祭開催まで三日前となりました。


 明らかに学園祭とは全く関係ない話をしていたけど、それはそれ。


 ボクは学園祭を成功させようと、真面目に生徒会長としての職務を全うしていました。


 初等部や中等部でトラブルは発生しつつも、それもあっさり解決できることばかりだったし、高等部の方でも問題は起こったものの、それはそれで簡単に片付きました。


 そして、三日前のボクが何をしているかと言えば……


「――はい、はい。ですが、こちらとしましても、当日はかなりの入場者があると予想されておりまして……はい。ですので、出来れば最小限の人数に…………そうですね。それくらいの人数が妥当かと思いますので、それでお願いできませんか? ……ありがとうございます! いえいえ、お気になさらず。学園長も前向きでしたので。……はい、はい。では、当日は宜しくお願い致します。失礼致します」


 電話をしていました。


「会長、どうでしたか?」

「うん、大丈夫。向こうも納得してくれたよ。……まあ、この後もまだ許可を求める人たちの対応があるけどね……」

「……お疲れ様です。ですが、まさかテレビ局からの取材を申し込まれるとは」

「あははは……それどころか、動画投稿者からも来るとは思いませんでしたよ」


 そう、ボクが対応をしていたのは、テレビ局のプロデューサーからの取材の申し込みに関することでした。


 なぜ、そんなことになっているかと言えば…………まあ、学園長が原因……だけというわけではなく、これには先生方も関わっています。


 と言うのも、今から一時間ほど前の事――



「依桜君、申し訳ないんだけど、マスコミや動画投稿者の交渉の相手をしてくれない!?」

「……………え、えーっと、話が見えないんですけど……その前にとりあえず……土下座をやめてくれませんか!?」


 ボクが学園長室に入るなり、学園長先生は唐突に土下座して交渉をお願いしてきました。


 ……生徒に土下座する経営者って一体……。


「依桜君がッ、受けてくれるまでッ、土下座を止めないッッ!」

「ジョ〇ョネタはいいですから、普通に頭を上げてください! ボクにそんな趣味は無いですし、全然嬉しくもなんともないですから!」

「依桜君、地味にジ〇ジョネタ知ってるのね」

「まあ……昔やってたネットゲームのフレンドさんがよく使用してたので……」

「依桜君の口からネトゲが出てくるとは思わなかったわー」

「ボクだってやりますよ? ネトゲくらい。P〇O2とか」

「あー、あれってキャラクリの幅がすごいものね。……それで、受けてくれる?」

「とりあえず、事情を聞いてからです。それに、ボクは生徒会長ではあっても、生徒なんですからね? 大人じゃないんですよ」

「え、でも依桜君って確か、今年で実年齢二十歳じゃ……」

「それはあっちを含めれば、です。戸籍上ではまだ十六歳なんですからね? ボク」


 ……たしかに、事情を知っている人からしたら、ボクって今十九歳だけど。


 なんだったら、もうちょっとで二十歳だけど。


 それでも、こっちの世界の戸籍上では、まだ十六歳です。


「それもそうね。……じゃあ、まあ、とりあえず話すわ。そこに座って」


 学園長先生に促されるまま、ボクは学園長室にあるソファに腰かける。


 学園長室にあるソファって結構座り心地良いんだよね。


 ……今度、こういうソファとか買ってみようかな? そうすれば、メルたちも悦びそうだし。


 前向きに考えよう。


「それじゃあ、話しましょうか」

「あ、はい。それで、何があったら、ボクに頼むことになるんですか? そういうことって、普通は学園長先生や教頭先生のような人たちがやるようなことですよね? どうして、生徒会長のボクが?」

「知っての通り、この学園は去年の学園祭前までは、そこそこ有名なだけの学園だったわ」

「唐突ですね。……まあ、たしかにそうですけど」


 少なくとも、この学園は結構有名だった。


 何せ、お祭りごとに対して全力投球で、その内容のクオリティが一般的な学園祭、もしくは文化祭を遥かに凌駕するような出来だから。


 他にも、色々とお金を書けてる部分も多く、そのどれもが生徒に対してのことばかり。


 だからこそ、向上心が高い人や、わいわい騒ぐのが好きな人たちの間では結構有名だったわけで。


 ボクたちがここを志望した理由は、近いから、というのももちろんあるけど、楽しそうだからと言う理由も間違いなくあったし。


 そう言った背景もあり、そこそこ有名と言うことに対して頷けるわけで。


「でしょ? でも、去年の学園祭からこの学園の知名度は爆発的に上昇したわ。理由はもちろん……依桜君よ」

「…………まあ、なぜかマスコミの人たちに張り込まれたりしましたもんね。他にも、声優さんが球技大会にゲストとして参加したり、体育祭は色々と派手だったりで、それはもう驚くほどに」

「でしょ? しかも、毎年学園祭のクオリティが高いって有名だったし、去年なんて、何の気まぐれかわからないんだけど、フォロワー数が数十万人規模のインフルエンサーがいたみたいで、それがかなり拡散されちゃってみたいでね」

「そんなことになってたんですか……」

「なってたの」


 それは初耳と言うか……そんなことあるんだ。


 学園長先生も、そのことを思い出したのか、ちょっと苦笑い気味。


「その上、依桜君の情報も飛び交ったりで、もう大変。特に、去年のテロリスト騒動は本当にすごかったもの」

「あー……あれはたしかに」

「おかげで、『今年は何をするんですか? テロリストの次は何ですか?』って訊かれるのよ? 何も知らないって、幸せよね」

「……もとはと言えば、学園長先生が原因なんですからね?」

「もちろん理解してるわ」

「……まあ、それはいいとして……つまり、去年の学園祭で起こったあれこれが積もりに積もって、今年の学園祭ではマスコミや、動画投稿者の人たちが『取材させてほしい!』って連絡が来たっていうことですか?」

「そういうこと」

「それなら、さっきも言いましたけど、学園長先生たちが対応すればいいんじゃないんですか? こう言うのって、先生方がすることだと思うんですけど……」


 生徒会長がそう言うことをするのって、基本的にアニメやマンガの中だけだと思うんだけど。


 どうして、ボクに?


「それはまあ…………依桜君が生徒会長をしているからよ」

「え、えーっと……?」


 どうしよう。


 話が見えてこない。


 どうしてボクが生徒会長をしているだけで、そういうことを頼まれるのかがわからない。


「依桜君って、かなりの有名人でしょ? 客観的に見ても」

「……みたい、ですね」


 ボク自身は認めたくないけど。


「それに、こう言う時って、相手が最も取材したい人物が応対するのが一番いいのよ。だって依桜君、相手に対して逆らわせないようにする雰囲気があるんだもの」

「さ、さすがにそれはないですよ。逆上して向かってくる人とか、何度も会って来ましたし……」

「それはほとんど異世界の話でしょ」

「…………い、いえ? 一応、こっちの世界にもいました、し? 殴りかかってくる大男さんとか、いましたよ?」

「それはそれでやばいわー。さすがテンプレ大国、日本」


 そんなテンプレは嫌だと思います……。


「……でも、それをお願いしてるのって、学園長先生だけですよね?」

「いえ。これ、この学園の教師陣ほぼ全員が思ってるわよ?」

「なんでですかっ!?」

「まあほら……依桜君に対する信頼って、生徒からだけでなく、教師からもすごいから。特に、国語科や英語科の先生方なんて『もういっそ、男女さんに任せた方が速いのでは?』って言われてるからね?」

「…………『言語理解』ありますからね」


 でも、それを言うなら、未果たちも今は持ってるんだけどなぁ。


 そのおかげで、態徒とか英語の時間に問題を当てられても、スラスラと答えられるようになったし。


 しかも、ネイティブな発音で。


 それが原因で態徒はリアルで、


『あー……んんっ。変之、保健室、もしくは病院に行ってきなさい』


 って言われてたからね。


 あれはさすがのボクも……笑ってしまいました。


 申し訳ないと思ってます。


「それに、それ以外のことでも気配りが完璧だから、よく頼られてるでしょ?」

「つい、手伝ってしまうんです」

「普通は、つい、で教職員の手伝いはしないと思うわ」

「……な、なりますよ?」

「それは、依桜君みたいな心優しい生徒だけね。……で、話を戻して、取材交渉の件よ。どう? 受けてくれない?」

「……ボクが対応なんてしたら、酷くなるかもしれませんよ?」

「でも、妥協点はわかるでしょ?」

「それは……まあ、向こうの経験で多少は。似た様な交渉も、何度かしてますし……」


 あっちの世界では、交渉事が多かったからね……。


 とは言っても、ボクは本当にド素人だったから、苦手分野だったけど。


 女委は得意そうだけどね、交渉。


「じゃあ、受けてくれる?」

「……まあ、電話するだけみたいですし、それくらいならいいですよ」

「ありがとう、依桜君! 今度、依桜君の口座にお金振り込んでおくから!」

「いりませんからね!?」

「えぇぇぇぇ?」

「えぇぇ、じゃないです!」


 学園長先生が口座にお金を振り込むって言うと、とんでもない額が入れられてるんだもん!


 しかも、気が付いたら二億に到達しそうだし……。


 ……それ以前に、この人、それだけボクにお金を振り込んでいるのに、どうしてお金が減らないんだろうね。


 その上、学園祭にもかなりの額を投入しているのに。


「そもそも、これも学園のためです。……それに、ボクに頼んだということは、学園長先生だけじゃなくて、先生方も手が空いている人がなかなかいないっていうことですよね?」

「さすが依桜君鋭いわ」

「ちょっと考えればわかりますよ。例年通りの規模なら問題なかったんでしょうけど、今年からは初等部と中等部が新設されて、先生方も忙しく動き回ってますからね。だから、ボクに頼んだんですよね?」

「正解。……正直言うと、私ほとんど眠れてなくてねー。一日に四時間睡眠が取れればいい方で、後はずーっと動きっぱなし。おかげで眠くって眠くって」

「……倒れないでくださいよ?」

「大丈夫。今日の仕事さえ乗り切ってしまえば、あとはもうハンコを押したりするだけになるから」

「そうですか。無理はしないでくださいね」

「ありがと。……じゃ、電話は今から一時間後から来るそうだから、後はよろしくね」

「はい……って、一時間!? 今、一時間って言いました!?」


 明らかに時間が足りないんですけど!?


 ボクの驚きの声を聞いて、学園長先生は気まずそうに視線を逸らした。


「……ごめんなさい。本当は、今日私がやろうと思ってたんだけど、全然手が回らなくて……だから、ギリギリなタイミングに……」

「……はぁ。学園長先生はまったくもう…………わかりました。そう言うことなら仕方ないですもんね。しっかり対応しておきますから、学園長先生は学園長先生のお仕事の方に専念してください」

「ありがとう、依桜君。……後で、お金、入れておくわね」

「だからお金はやめてくださいよ!?」


 結局、台無しだった。



 ――ということがありました。


 なんと言いますか、学園長先生らしい……。


「それで、後はどれくらい残っているんですか? 会長」

「えーっと……とりあえず、大きいテレビ局はさっきので最後ですね。あとは、動画投稿者の人たちかな?」

「会長、その件で心配事があるのですが……」


 と、西宮君が心配そうな表情で切り出す。


「動画投稿者の撮影を許可するのはいかがなものかと。テレビ局であるならば、多少の心配はあれど、動画投稿者ほどではありません。ですが、動画投稿者はほとんど個人の撮影です。中には、グループ系の人たちもいるでしょう。だからこそ、悪い事態を招きかねないのでは? と」


 西宮君が言いたいのはつまるところ、盗撮やナンパ、暴行騒ぎにならないか、と言う心配のはず。


 たしかに、マナーの悪い動画投稿者もいるし、そういうことが絶対に怒らない保証はないけど……。


「大丈夫ですよ」

「大丈夫、とは?」

「その辺りはしっかり対策はしてありますからね」

「対策とは一体何をしているんですか?」

「簡単です。当日、撮影をする人たちにはあるバッチを胸元に着けてもらいます」

「バッチ、ですか」

「はい。そのバッチにはGPSが内蔵されていて、仮に胸ポケットに着けてなくとも、わかるようになってるんですよ」

「なるほど……しかし、それを学園内で取り、どこかに捨てられていたらどうするんですか?」

「抜かりないですよ、もちろん。そのバッチは、実はGPSだけじゃなくて、着ける人の情報も入っているんです。それを、特殊な機械で調べることで、中の情報を確認できるんですね。しかも、この学園には監視カメラが置いてありますし、当日学園内を警備してくれる警備員さんたちには、撮影者のリストを渡してありますから、大丈夫です」


 しかも、当日警備してくれる警備員さんたちは、かなり優秀らしくて、記憶力が高いとか。


「……なるほど。しかし、小型カメラなどもありますし、その辺りは?」

「当日、来場者の人たちには必ず、危険物を持ち込んでいないかを確認したりするんですが、撮影者の人たちはそれよりもさらに厳重なチェックをします。それこそ、隠し撮りができないように」

「ちなみに、万が一小型カメラを持っている人がいれば?」

「もちろん、入場をお断りします。当たり前です。当日来て下さるお客様方は、学園祭を楽しみにしてくださっているわけですからね。それを、邪な気持ちで来た人たちのせいで悪い想いでしてほしくないですし、何より主役は学園生です。学園生のみなさんが、人生のなかで最高の思い出になるようにしないといけませんから」

「……さすが、会長です。やはり、会長が会長でよかったですよ」


 感服したと言わんばかりに、西宮君が尊敬の念をボクに向けて来た。


 なんだろう、むず痒い……。


「そ、そうですか? ……とは言っても、これでもまだ穴はあるんでしょうから、当日は気を付けないといけませんね」

「ですね。我々だけでなく、他の委員会とも上手く連携して、いい学園祭にしましょう」

「はい。……さて、ボクは電話に戻りますね。西宮君、他の業務は任せても大丈夫ですか?」

「任せてください。完璧にこなしてみせますよ」

「頼りにしてますね」


 さて、残りの電話も頑張らないとなぁ。


 ……個人的には、結構大変な仕事だけど、ね。

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