第126話 綱引き 下

「両クラス、準備はいいですね? では……始め!」


 と言う掛け声と、スターターピストルの音によって、綱引きが始まった。


 ちなみに、ボクは先頭で、真ん中くらいに未果と女委、最後尾辺りに晶と態徒がいる。


 力が強かったり、重かったりする人は、後ろに持って行ったほうがいいと言うのはわかるけど、何でボクが前なのかがわからない。

 一応、腕力だけなら、一番高いんだけど……。

 とりあえず、引っ張ろう。軽く、軽くね。


『オーエス! オーエス!』


 うん。いつも通りの掛け声だけど、それはあくまでもボクのクラスの方で、五組の人たちはと言うと、


『むぅ!? なんだ、びくともしないぞ!』

『な、なぜだ! 俺たちがいれば、ひょろい六組の連中なぞ、簡単に倒せるというのに!』


 ……ボクの、せいだと思います。

 だって、本気とはいかないまでも、少しは力出してるし……。


 今のボクの出している力の割合は、大体……四割ほど。

 現在が約300なので、大体75ほど。


 ちらっと『鑑定(下)』を遣ったら、佐々木君二号、三号、四号、五号の人たちは、30程度でした。

 大体二人分ちょっとを抑えていることになるので、あとはみんなに任せても大丈夫、というわけです。


 それに、態徒のほうが何気に高かったりするし、晶もそれなりにある。

 で、一番意外なのは、女委も腕の力が強いって言うこと。

 ……同人誌書くのに、重りを付けるほどだからね、女委。

 一番普通なのは、未果くらいです。


 うーん……でもこれ、涼しい顔してたらダメ、だよね。


 実際、ボクは全然重さを感じてないし……。


 うん。ここは、頑張っている風を装っていた方が、怪しまれずに済みそう。

 暗殺者時代の能力が活かせるよ。

 表情を作ったり、今にも死にそうです、って顔をしたりするのは、得意だもん。


「んっ~~~~……!」


 と、かなり頑張ってますよ、と言う風にしていたら、


『くっ、なんて可愛さなんだッ!』

『なんか、勝ちを譲りたくなるな、あれ……』

『くぅ、今は天使ちゃんだから、あんまり本気を出しちゃいけない気持ちにぃ!』

『ダメだ! ロリには本気を出せん!』


 こちらにとっては効果ありだけど……向こうにとっては逆効果だった。

 だって、さっきよりも力が緩んでるもん。

 みるみるうちに、綱が真ん中の線を超えて、ボクたち側に来ちゃってますよ?


 ……これは、どういうこと?

 そう思ったところで、


 パァン!


 終了の音が響いた。


「六組の勝ちです!」


 ボクたちが勝ちました。

 まずは一勝できたとあって、クラスメートのみんなは和気藹々としている。


 ボクはちょっと複雑な心境。


 とりあえず、次の試合は、一組と四組西、二組と五組、の二つなので、一旦休憩。


「概ね、予想通りだったな」

「そうね。依桜を先頭に配置した甲斐があったわ」

「素直に喜べない……」

「まあまあ、依桜君は勝利の女神ってことだよ」

「ボク、女神でも天使でもない、普通の人間なんだけどね」


 ……異常な身体能力や、能力、スキル、魔法が使えても、人間なのです。

 師匠は、人間とは言い難いけど。


「とりあえずは、さっきの並びで問題ないわね」

「依桜君が先頭だと、確実に勝てるからね!」

「むしろ、最後尾だとやりづらそうだしな」

「そうね。今の依桜は、いつもより縮んでいるからやりにくそうよね」

「まあ、前のほうだから大丈夫だけど、ちょっとやりにくいかも。みんな、後ろ向きに倒れるようにやってるけど、ボクからしたら、みんなと同じようにしても、脇の辺りに挟めないから踏ん張れないし」


 と言っても、踏ん張る必要ないんだけどね、ボク。

 でも、そうしないと、周りからやっていないんじゃないか、って思われちゃいそうなんだもん。

 それが嫌で、ちょっとね……。


「そりゃそうだな。やっぱ、小さいと不便なのかね?」

「当たり前だよ。ボクだって、好きで小さいわけじゃないんだから……」


 だから、よく部屋の入り口とか、台所の戸棚に頭をぶつける人が羨ましい。


「それで? 次の相手はどこだ?」

「えーっと、一組ね」

「また、体育会系クラスか」

「体育会系クラスと言っても、昨日の件で、向こうは勝つ気はなさそうだけどね」

「佐々木の件か?」


 女委のセリフに、晶が聞き返す。

 女委はにこにこ顔で頷く。


「もち。いくら変態で、嫉妬、妬み、嫉みの対象とはいえ、一人の生徒をボロボロにしたからね。しかも、その相手が依桜君の友達。昨日の依桜君の怒りはすさまじかったから、それでかなり申し訳なく思ってるみたいだね。だから多分、手を抜くんじゃないかなぁ」

「女委の言う通りよ。一組に知り合いがいるから、聞いたのだけど、女委の予想通りに動いてくれるみたいね」

「そうなのか? オレ、もう気にしてないんだけどな!」

「……お前は、もう少し気にしたほうがいいぞ」


 朗らかに態徒が言うと、晶は呆れたようにそう言った。

 人のこと言えないかもしれないけど、ボクも気にしたほうがいいと思う。


「嘘を言っているような感じてはなかったし、大丈夫でしょう。さて、そろそろ試合が終わるみたいだし、行きましょうか」


 と言う感じに、あまり緊張せずに臨んだ二回戦はと言うと、



「六組の勝ち!」


 本当に一組の人が言っていた通り、手を抜いていて、ボクたちは勝った。


 ……素直に喜べない。


 だって、出来事自体は昨日のことだし……それに、やったのは一組の人たちじゃなくて、佐々木君個人だから、別にいいと思うんだけどなぁ……。


 そうして、その後の試合も、一試合目と同様の力の入れ方をしたら、難なく勝ち進んだ。


 ……これ、絶対ハンデとか必要な気がするんだけど。

 そう思って、四組とやる時は、ボクなしで、と未果に言った。


「ま、それもそうね。負けても、他で勝てるわけだから問題ないわ」


 了承してくれた。

 なので、四組戦の時は、ボク抜きでやってもらい、ボクは応援に回った。

 なので、


「みんな、がんばって~!」


 と言ったら、


『俺たちには、勝利の天使が付いてる! 勝てるぞぉおおおおおおお!』

『『『おおおおおおおお!』』』

『ちょっ、力強すぎなんだけど!?』

『ろ、六組の奴らヤバイ! 応援一つで、すっげえ力出してるんだが!?』

『くっ、これがヒロイン応援補正かッ!』


 圧勝した。


 ……あの、ボク応援しただけ、なんだけど。

 ボク、応援で他人を強化する、なんてスキルも魔法も持ち合わせてないんだけど……。


 気分の問題、なのかな?


 この世界にも不思議っていっぱいあるんだね。


 そもそも、魔法が使えることもおかしいような気がするけど。

 それに、この世界に魔法使いなんていないのにね。


 ……あ、知られていないだけで、もしかするといるのかも?

 少なくとも、使った分の魔力が回復するくらいだから、魔力がこの世界にあっても不思議じゃないし。

 うん。今度機会があったら探してみよう。


 なんてことを考えていたら、試合が終わったみんなが戻ってきた。


「ただいま」

「おかえり、みんな。すごかったね」


 戻ってきたみんなにそんな言葉をかける。

 実際、本当にすごかったし。

 応援一つで、あそこまでできるからね。なかなかいないと思うよ、ボク。


「いやいや、やっぱり依桜君の応援があったからね! やる気が出るってもんだよ」

「あはは。それだけじゃないと思うよ。みんなががんばったからだよ、きっと」

「少なくとも、応援があるのとないのとじゃ、全然違うわよ。……まあ、うちのクラスの面々……と言うか、この学園にいる生徒は、依桜に応援されれば死に物狂いで頑張ると思うけどね」

「そんなまさか。ボクのためにそこまでやる人なんて、いないよ」


 苦笑いを浮かべながら、未果の言っていることを否定。


「「「「……」」」」


 ……最近、ボクが否定すると、みんな可哀そうな人を見るよう目を向けてくるんだよね。

 ボク、もしかしておかしなこと言ってる……?


「依桜の鈍感は今に始まったことじゃないので、スルーね。……にしても、二日目の競技はなかなかハードね」

「そうだな。一日目は、個人競技ばかりだったから、ほとんどが消耗することはないが、二日目はすべて団体戦。綱引きの後に、生徒・教師対抗リレーを挟んで、棒倒し、そしてアスレチック鬼ごっこだからな。いくら綱引きの後に昼休みを挟むからと言って、疲れはなかなか抜けないだろう」


 ボク、そこまで疲れてないんだけど……。

 って言っても当然、だよね。

 だって、今日のボクと言えば、綱引きと鬼ごっこを除いたら、恥ずかしい格好で応援してるだけだもん。


 ……あ、でも、精神的には疲れてるかな……。

 ほとんどは慣れちゃったけどね……。


「オレ、もう腹が減ったよ」

「わかるよ、態徒君。わたしも、お腹ペコペコだよ」

「そうね。女委と態徒はともかく、動きっぱなしだったものね。さすがに、お腹も空くわ」

「俺はそこまでではないが……」

「ボクも」


 動いているにしても、応援してるだけだったし。

 疲れたと言っても、ボクの場合は精神だけだからね。肉体的な方は全然。

 ……仮に本気を出すにしても、鬼ごっこの時くらいだと思う。


「さて、見た感じ、そろそろみたいだし、行くわよ」

「うん」


 と言うわけで、そんな最後の綱引きと言えば……



「六組の勝ち!」


 うん。知ってました。

 そもそも、負ける要素がない、からね……。


 未果がボクに対して、『もしもまずくなったら、もう少し力を出していい』と言っていた時点で、負けはなかった。


 傲慢でもなければ、ネット上でよく言われているような、イキってると言うわけではないですよ?


 そもそも、イキってるって言うのは、できないことをさもできるように振舞っている人を指しているわけで、できるのなら、イキるとは言わない。


 ボクは、単純に自分がどれくらいかと言うのを理解しているからね。

 だから……当然の結果と言えば当然の結果なわけで……。


『集計出ました! 八位から発表します! 時間も押してるので、ちゃっちゃと行きますね! 八位、七組! 七位、四組東! 六位、三組! 五位、二組! 四位、一組! 三位四組西! 二位、五組! そして一位、六組です! ポイントは、上位三クラスに入ります! 一年のみなさん、お疲れ様でした! 続いて、二年生の方に移りますので、準備をお願いします!』


 試合は全勝し、ボクたちのクラスは、一位を獲った。


 ……うーん、やっぱりハンデとかあったほうが良かったかなぁ。


 正直、四組戦の時に、ああなるとは思ってなかったしね……。


 来年は、もう少し気を付けよう。

 そう思ったボクだった。

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