第125話 綱引き 上

『はい、問題なく集まったようなので、ルールを説明します! 綱引きは、スウェーデンリレーとクラス対抗リレーと同じく、同じ学年同士で競ってもらいます! 順位を決める方法は簡単。全クラスと戦ってもらい、勝った数が多い順になります。ちなみに、四組は半分になっているので、四組との試合は、人数を合わせて臨むようにお願いします。それ以外は概ね皆さんが知っているルールと変わりないです。ハンデも特にないので、頑張ってくださいね!』

「ハンデ、ないんだ」

「……それだと、どうあがいても勝つんじゃないか? このクラス」

「どうかな? 一応、このすがただと、三分の一くらいになってるし……」


 前にも言ったけど、この世界の男子高校生の攻撃力の平均は、20。平常時のボクの攻撃力は、926。今は、それの三分の一だから、大雑把に300くらい。

 20の男子高校生十五人分くらいかな?


 だから、一人で十五人分くらいなんだけど……あくまでも、平均だったらの話なので、実際はどうなるかわからない。


 それに、仮に三分の一でも、身体強化が使えないわけじゃないしね。

 使えば……700くらいまではなんとか。


 だからまあ、一人で本当にできちゃったりするんだけど……そんなことをしたら、いじめになっちゃうし、どうあがいても勝てない、なんてことになっちゃうので、ボクがやるにしても、少して加減で、ってことになるかな?


 ……綱引きで、どうやったら加減をできるかは知らないけどね。


「三分の一、ね。本気の依桜がどの程度かは分からないけど、今の依桜が本気でも余裕なのかしら?」

「よゆう、かどうかはわからないけど、たぶん?」

「……そう。それを聞いて、安心したと言うか、むしろ心配になったと言うか……まあいいわ。とりあえず、本気でやりなさい」

「……え、本気はさすがに……」


 未果が本気でやれと言ってきたけど、ボクが本気を出そうものなら、向こうはピクリとも動かなくなるんだけど……。


「構わないわ。向こうが怪我さえしなければ、ね」

「よくないとおもうよ!? あと、ボクが本気をだすとなると、しんたいきょうかもセットだよ? 大丈夫?」


 と言うと、未果の表情が曇った。


「どれくらい?」

「う、うーんと……一人で勝てる、くらい?」

「暗殺者、なんだよな?」

「ま、まあ。でも、師匠なんて、ボクのばい以上はあると思うよ?」

 あの人、暗殺者なのに、腕力以上だもん。

「……依桜君も依桜君だけど、ミオ先生もミオ先生だよね」


 女委が苦笑いしながら、そんなことを言った。


 うん。ちょっと心外です。


 ……ボクは、自分から志願して師匠の弟子になったわけじゃないしね……。


 お金が払えなくて、ツケにしようとしているところを見かけて、なんだか不穏な気配を漂わせていたから、つい……代わりにお金を、ね。

 そしたら、なぜか弟子にされただけで。

 あの時は、本当に地獄だったなぁ……。


 と言っても、本来なら、見ず知らずの人の代わりにお金を払う、なんてほとんどしないんだけど……師匠からは、妙に懐かしい気配を感じたと言うか、何と言うか……。

 会ったことはなかったはずなんだけどね。

 ……そんな気配を感じてしまったがために、地獄を味わったわけだけど。


「それにしても、警戒すべきは、一組と五組、か」

「だな。あのクラスには、どういうわけか体育会系の生徒が多い。しかも、武道系と陸上系、球技系に強い生徒が、バランスよくな。特に、武道系が多めなのがな」

「未果と晶はよく知ってるな?」

「そりゃあね。敵情視察は、戦いの基本。クラスの女子に手伝ってもらって、調べたのよ」

「俺も、友達に頼んだ。大体のことは知ってるさ」

「二人ともすごいなぁ。ボク、ぜんぜんやってないよ」


 そもそも、やろうとさえ思わなかった。


 一応、向こうの世界ではそう言うことをしてはいたけど、あれはそうしたほうが早いからだったし。


 こっちの世界では、命のやり取りもないから、別にいいかなと思っていたんだけど、ちょっと傲慢だったかな。


「最初は、依桜にも頼もうとしてたのよ」

「そうなの?」

「ああ。だが……依桜は、なんというか……疲れてそう、だったからな」

「「納得」」


 あれ? なんでだろう。四人のボクを見る目が、すっごく生暖かいし、表情は慈愛に満ちている気がする。


 ……疲れてたのは本当だけど。


 だって、恥ずかしい衣装は着させられるし、師匠がこっちの世界に来て、今までの生活がさらに変わるしで、本当に大変だったもん。


 肉体的には、全然問題なかったんだけど、精神的な方が……。


「それに、もう三ヶ月経っているとはいえ、依桜は女の子になっちゃったものね。まだ、慣れてないんでしょ?」

「ま、まあ……。正直、ランジェリーショップとか、女子トイレに入ったりするのが、いまだになれてなくて……」


 だって、恥ずかしいんだもん……。


 そのうち慣れる、とは思っているんだけど、なかなか慣れないものです。

 だって、約十六年間、ずっと男だったわけなんだよ? いきなり性別が変わって、今までと違うトイレを利用したり、行くこともないランジェリーショップに行ったりするのは、どうにもね……。

 もうそろそろ慣れる、とは思うんだけど……難しいものだよ。


「まあ、依桜は初心だものね。仕方ない。とまあ、それを見越して、依桜には頼まなかったの。さすがに、これ以上頼み事をするのは、気が引けたし。それに、甘え過ぎになるもの」

「甘え過ぎ、かなぁ。別に、ボクができることなら、何でもするつもりなんだけど」


 友達からの頼み事だもんね。

 ボクとしては、できる限り応えたい。

 そう思っての言葉だったんだけど。


「いやいや、依桜は色々とやってるだろ? 学園祭とかよ、大活躍だったじゃん? ほかのことだって、依桜がやってくれてたわけだしよ」

「だね~。依桜君、優しいから、基本的に何でもしてくれるもんね。だから、つい甘えて頼んじゃうわけで」

「そ、そう? はずかしいかっこうとか以外は、そこまで大変でもないんだけど……」


 今のボクは、スタミナも異常にあるし、なんだったら能力にスキル、魔法まである。

 だから、そこまで大変ではないんだけど……。


「依桜は、学園祭の時のこと、もう忘れたのか?」


 少し呆れたように、晶がそう言ってきた。

 えっと、学園祭……。

 もしかして、一日目のあれ、かな?

 もっと頼れって。


「まったくもう。依桜は、私たちが止めないと、全然やめないんだもの。いつ倒れるか、気が気でないわよ」

「あ、あはは。ボクがたおれるとしたら、よほどのこと、だと思うよ?」


 少なくとも、かなり病気にはなりにくいと思うしね。

 ……どれくらいかは分からないけど。


「それがだめなの。いっつも無理するんだから……。私たちが代わりに、って言うことはできないけど、それでも頼ってよね?」

「う、うん。ありがとう、みんな」

「よろしい。とりあえず、話を綱引きに戻すとして……正直なところ、佐々木がいなくなったのは大きいわ。おかげで、戦力を削ることができたもの」

「……そう言えば、その佐々木はどこ行ったんだ? オレ、あいつにまだ謝ってもらってないんだがよ」


 ……佐々木君、謝ってなかったんだ。


 でもたしか、試合終了と同時に、どこからともなく表れた黒服の人たちが佐々木君を連れて行ってたんだよね……。


 多分だけど、すぐに学園長先生の会社に運ばれたんじゃないかなぁ。

 学園長先生、界外送りにするって言ってたもん。


 それに、『気配感知』を使ったら、かなりの速度で移動してたしね。

 その向かってる先が、以前行った学園長先生の会社だったし。


 だから多分、謝る前に行ってしまったんだと思うよ、ボク。


 ……多分大丈夫、だと思うけどね。

 変な場所が転移先じゃなければ。


「え、えっと、こうせいプログラムって言うのを今日から受けるみたいだから、それで言えてないん、だと思うよ?」

「マジ? んー……ならいっか。別に、オレはもう気にしてないし」

「態徒も大概よね。あのタフさ」

「そうか? オレは、昔っから親父とか、爺ちゃんに鍛えられてたからな! まあ、頑丈ってわけよ!」


 ドンと胸を叩く態徒。


 実際、態徒も十分強いんだよね。


 数時間とはいえ、師匠に鍛えられてるから、同い年には負けなしなんじゃないかな?

 少なくとも、寸勁が使えるし。


 ……ちなみに、ボクは師匠にすでに叩き込まれてます。

 向こうにいた時じゃないけど。

 こっちに来てから、武術に興味を持っちゃって、体得した師匠によって、強制的に教えられました。


 なんで、帰ってきてまで、鍛えられないといけないんだろうと、文句を言いたくなったけど、言うと後が怖いので言わなかった。


「俺も、軽く武術はやっていたが、護身術程度だからな。態徒ほどじゃないな」

「そう言えば、晶もやってたわね。でも、もうやってないんでしょ?」

「ああ。さすがに、バイトの方に専念したくてな」

「と言うことは、晶君も結構強かったり?」

「いや、今さっきも言ったが、俺は護身術程度だよ。一般的な男子高校生より、ちょっと強い程度だと思うぞ?」

「それでも十分だと思うよ?」


 実際、護身術があるのとないのとでは、大違いだしね。

 変な不良に絡まれた時とかね。


「となると、私たちの中の男三人は、全員武術をやっていたわけか」

「そうなる、のかな? ボクのばあいはぶじゅつとは言えないけど」


 暗殺技術だし。

 完全に殺す用だよ?


「じゃあやっぱり、綱引きは楽勝だね!」

「心配しても、このクラスには依桜がいるからな……。馬鹿みたいに力が強い奴が多くなければ、問題ないだろ」

「もしかしたら、いるかもしれないぜ? 佐々木みたいな奴とか」

「まさかね。熊みたいなのが、そう何人もいてたまりますか」


 それは同感。


 正直、佐々木君って、同い年とは思えないほどに、ガタイが良かったもん。

 佐々木君ほど、筋骨隆々という言葉が似合う人はいないと思ったよ、ボク。

 だって、体操着とかぴちぴちだったよ? 筋肉とか浮き出てたよ?

 そんな人が、高校一年生って……どんな冗談? って言いたくなります。


 ……身長高いのもずるい。


「それもそうだな」

「だな! まあ、大丈夫だろ」

「いたら怖いもんね!」


 口々にそう言っていると、


『えー、一組対二組の勝負は、一組の勝ちです! そして、三組対四組東は、四組東の勝ちです! 続いて、五組対六組に移りますので、準備をお願いします!』


 ボクたちの出番となった。


「ほんじゃまあ、行こうぜ」


 そして、綱のところまで行き、五組を見ると、


『フハハハハハ! 貧弱な奴らなど、捻り潰してくれるわッ!』

『おうよ! 俺たちがいれば、五組は無敵ッ! 美天杯では不覚を取ったが、綱引きでは力を合わせることができるのだッ!』

『ならば、負ける道理などないというもの』

『にっくき、変態とイケメンなぞ、叩き潰してくれるッ!』


 佐々木君二号、三号、四号、五号が現れた!


 ……いました、筋骨隆々という言葉がぴったりな人。それも、四人。


 ……隣のクラスに、こんなに濃い人がいるとは知りませんでした。

 な、謎すぎるよぉ、この学園……。


「……これ、勝てるの?」


 さっきまでの勢いはどこへやら、と言うレベルで、未果の顔は引き攣っていた。

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