第99話 100メートル走決勝

 そんなわけで決勝戦。


 決勝戦は、十一人で行われるのだけど……なぜか、三人ほど棄権した。

 三人とも男子生徒で、いかにも体育会系ですよ! って人ばかりだった。ちなみに言うと、女子に免疫がなさそうな、と言うのもプラスで。


 その三人に共通したことと言えば、男子生徒であること、そして、体育会系であること。ほかに何か……あったかしら?

 とりあえず、前かがみになっていたことだけは覚えてるわ。


 その時、何かあったはず……ん、待てよ?

 そう言えばその時、依桜が……


『が、がんば――ひゃぁ!?』


 応援途中、足を滑らせて派手に転んでたっけ。


 しかも、綺麗に足を上に上げるということをした。その時、一瞬とはいえ、アンスコが見えてたわね。


 ……まさかとは思うけど、それを見て興奮したから棄権した、ってわけじゃないでしょうね?


 いや、あり得るわ。この学園なら。

 変態が多いもの。むしろ、変態しかいないとも言える。


 ……最悪ね、この学園。


「はぁ……まともな人がいないわ」


 思わず嘆息する。


 私の心の良心は、依桜と晶ね。

 あの二人は変態ではないし。特に依桜。


 まさか、学園一の巨乳でありながら、学園一のピュアだとは思わなかったけど。

 現実に、あそこまでのピュアがいたとはね……それも、身近に。


 まさに伏兵。


「ま、ふざけた考えはここまでにして……本職ばっかね」


 明らかに、陸上部しかいないんだけど。

 どう見ても、陸上部なんだけど。


 まず、私含め、九人中七人が陸上部なんだけど。ちなみに、もう一人はよく知らない人。多分、文化部。


 運動部の人は、所属する部活名が書かれたゼッケンのようなものを付けなきゃいけないことになってるから、わかりやすい。私が本職だとわかったのは、このため。

 ……しかも、さ。

 インターハイに出場したよね? って人がいるんだけど。


 え、これ勝ち目なくない?


 私、帰宅部で、運動してない人の中ではちょっと速いほうだけど、本職には勝てないわよ? 予選のあれがちょっと例外だっただけで。


 あと、女子が私しかいないんだけど。


 ……これ、どうするの? 私、勝てないよ? インターハイに出場する様な猛者がいるレースで、入賞するとか、無理じゃない? 無理ゲーじゃない?


 依桜か、晶だったら入賞どころか、優勝できそうだけど……私、無理よ?


 だってよく見ると、西軍、私と文化部っぽい人だけよ?


 文化部っぽい人、眼鏡をかけて、小柄で内気そうな人よ? どう見ても、気弱よ? ……か、勝てる気しない。

 こればっかりは、依桜からの声援を受けても、絶対勝てないわよ。


「未果―、頑張れよー!」

「み、未果ぁ、が、頑張ってぇ……!」


 晶と依桜からの声援。


 いや、うん。たしかに、力が沸きあがってくるような感じはあるのよ? もちろん。

 でも、ね。応援だけじゃどうにもならないのよ。


 応援だけで勝てたら、オリンピックに出場している選手、みんなメダル獲ってるわよ。

 世の中には、高い壁ってものがあるよ。


 ……これ、本当にどうすればいいの?


「決勝戦を始めますので、選手の方は準備をしてください」


 とうとう、時間になってしまったらしい。


「……はぁ。これ、恥をさらすだけな気が……って、ん?」


 ため息を吐いていると、ふと気になることが。

 私以外の選手(小柄な人は除く)の様子がおかしい。


『……ッ!』


 なぜかわからないけど、顔が赤い。

 あと……妙に前かがみになってるような……?

 それに、みんな同じ方向を見てるわよね、これ。

 一体どこを……


「ふぁ、ふぁいとぉ! ふぁいとぉ!」


 ぽよんぽよん!


 ……ああ、なるほど。理解。


 つまり、ここにいる男どもは、依桜の跳ねる巨乳に目が釘付けで、それを見たがために興奮してしまって、動きにくくなった、と。


 ……変態しかいない。


 いや、これはむしろ、チャンス、なのかしら?

 こうなれば、この男どもは走りにくいはず……つまり、走るスピードも低下。

 どれくらい低下するかは分からないけど、致命的なまでに低下するはず……よね、この場合。

 となると、これにかけるしかない。

 でもまあ、念のため。


「依桜―!」

「な、なにー?」

「応援してね!」

「う、うん!」


 よし、これでOKね。

 依桜が動けば動くほど、男どもにはダメージがでかいはず。


 ……そう言えば、この学園の運動部、特に陸上部はモテない人が多い、なんて噂を聞いたわね。

 なんでも、女子がほどんといないのだとか。ほかにも、陸上にすべてを持っていかれてるせいで、自由な時間が少なく、恋愛をしている暇もないし、好きな人ができたとしても、フラれるから結果的に免疫がない、と。


 ……なるほど。


 ということは、依桜は男性特効を持っているってわけね。

 ……元男が、男性特効を持ってるって……おかしくない?

 なんだか釈然としないけど、まあ……いっか。


 それに、私が依桜にお願いしたおかげで、さっきよりも跳ねてくれてるしね。

 ……ほんと、凶器ね、あれ。特に男子には。


 態徒みたいなことを言うようだけど、あれを見ても平常心を保てる男子はそう相違ないんじゃないかしら。それこそ、ホモか、悟りを開いた、僧侶くらい。

 免疫がない男子なら、余裕で陥落できるってわけね。


「それでは、決勝戦を始めます!」


 っと、決勝戦が始まるわ。

 私は予選と同じく、クラウチングスタートの体勢をとる。

 横に目を向ければ……あー、うん。これ、勝負あったわね。

 明らかに走りにくそうになってるもの。

 ……なんか、申し訳ないと言うか……いや、これも勝負。最終的に、勝てばよかろうなのよ。


「位置についてー。よーい……」


 パァン!


 スターターピストルが鳴り響くのと同時にスタートダッシュを決め、私は走り出した。

 そして、案の定と言うかなんというか……


(うわ、本当に遅くなってる)


 男子たちは遅くなっていた。

 まさか、本当に遅くなると思ってなかったから、拍子抜けした。


 私、さっきまで全然勝てないと思ってたんだけど……これ、圧勝よね。

 よく見ると、文化部っぽい人が二位だし。

 あれ、意外と速い。


『おーっと! これはどうしたことでしょう! 陸上部に所属している選手の方々がやけに遅い! 先頭を走っている一年六組椎崎さんと、一年七組の西軍側、弱木君に、全く追いつけていない! どうなっているのでしょうか!』


 え、この人、弱木って言うの? 見た目通りの名前してるんですけど!


『くそぉ、まさか、西軍の罠にかかるとはぁ!』

『は、ハニトラだとぉ!? くっ、なんて驚異的なんだ!』

『見てはいけないとわかっているのに、なぜ……目が離せないんだ!』


 あー、もうダメね、後ろの方は。


『ゴール! 100メートル走一位は、一年六組椎崎さん! 二位は一年七組弱木君でした!』


 完全に勝ちを確信した私は、力を抜くことなく、そのまま一位でゴールし、弱木君も二位でゴールし、三十五点が西軍に加算された。


 ちなみに、三位から下は……棄権しました。


 どうやら、走れなくなったみたい。


 私は男じゃないから分からないけど……そこまで? いや、たしかに、男子から見ると、依桜はかなり魅力的なんでしょうけど、走れなくなるほど? だって、たったの100メートルよ?

 それでちょっと依桜の弾む胸を見たからって、棄権するとは。

 免疫がなさすぎな気がするんだけど。


 まあ、依桜だからで片付けられると言えば片付けられるけど……この体育祭、体力がものを言うんじゃなくて、精神力が試されるのね。


『100メートル走に出場した皆さん、お疲れ様でした。次は、パン食い競争ですが、準備があるので、少々お待ちください』


 なんか、無駄に疲れた気分。



「ただいま」

「お、おかえり、未果」


 100メートル走を終えた未果が、ボクたちのところに来た。

 未果は一位でゴールしてくれたけど、なぜか酷く疲れていた。


「えっと、未果、大丈夫?」

「大丈夫……とは言い難いかも」

「そ、そうなの? 借り物・借り人競争まで少し休んでたほうがいいんじゃ……?」

「……ねえ、依桜」

「な、なに?」


 ガッと肩を掴まれた。

 なんか、すごい力が入ってるんだけど。


「み、未果?」

「あなたって、男性特効を持ってたのね」

「だ、男性特効? ってなに? ボク薬じゃないよ?」

「そっちの特効じゃないわよ。……あー、いや、依桜に言っても無駄か」


 あれ、ボク今、馬鹿にされてたりする?


「で、未果。一体何があったんだ? 本職の選手、どう見ても本調子じゃなかったように見えるんだが」

「あー、一言で言うと……そうね、胸、ね」

「胸? ……なるほど。そういうことか」

「え? 今ので分かったの? 胸って、何?」

「いいの、依桜は気にしなくて」

「ああ、気にしないほうがいい」

「そ、そう?」


 なんで、この二人はこんなに慈愛に満ちた表情をしているんだろうか。

 何、その胸と言う言葉には、一体どんな意味が含まれてるの?


「いーおくん!」


 後ろから何かがぶつかってきた衝撃が。


「うわわ! め、女委、いきなり抱き着いてこないでって、前も言ったよぉ」

「にゃはは~。いやぁ、エロ可愛な依桜君が前方に見えたからね~。つい」

「つい、で抱き着くのはやめてほしいよ」


 なんでいつも抱き着いてくるんだろう?

 ボクって、抱き心地がいいのかな?


「まあまあ、次の種目はわたしがでるからね~」

「あ、そっか。パン食い競争に出るんだっけ」

「そうだよ~。だから、イオニウムを今のうちに補給しておこうかなと」

「だから、そのイオニウムってなに?」

「前も言ったじゃん。依桜君の体から溢れ出るエネルギー体だって。ちなみに、わたしの走る燃料でもあります」

「へぇ、女委の燃料ねぇ。面白いものを持ってるじゃない、依桜」

「いやいやいや! ボク、そんなエネルギーないからね!? 勝手に女委が言っているだけで、そんな謎物質はないからね!」

「ほほぅ? じゃあ、試しに抱き着いてもいいのか?」

「え? ……うわ! だ、だれ……って、師匠!?」


 いきなり別の人に抱き着かれたので、慌てて後ろを振り向くと、そこにはボクに抱きついている師匠の姿が。


「ああ、イオのための師匠だぞ。ふむ……やはり、抱き心地がいいなぁ、お前は」

「ちょ、や、やめて……ひゃぁ!?」

「お、おー? なんだお前。すっごいすべすべじゃないか。羨ましいぞ、この野郎!」


 あろうことか、この人。抱き着きながら、お腹を撫でまわしたりし始めた。


「ちょ、く、くすぐったっ……はぅっ! ふぅっ……んっ! あ、あはっ、あははははっ! し、師匠、くすぐったいですっ!」


 ぼ、ボクお腹弱いのにぃ!

 だ、だめ、本当にもうだめぇ……。


「っと、そろそろイオが人様には見せられない顔になりかけてきてるので、ここでやめよう」

「っはぁっ、はぁっ……し、師匠、酷いですよぉ……」

「すまんすまん。なかなか面白そうなことをしてるもんで、気になったんだよ。つか、ほんとにお前肌綺麗だな。ついでに、すべすべだしよ」

「し、師匠だって、綺麗じゃないですか」

「そうか? ま、愛弟子からの褒め言葉だし、受け取っとくぞ。そんじゃ、あたしは仕事があるんでな。頑張れよー、弟子と弟子の友人たち」


 ひらひらと手を振りながら、師匠は運営本部のテントに戻っていった。

 一体、何をしに来たんだろう、あの人。


「そう言えば、この学園のパン食い競争は変わってるみたいよ」

「なにそれ、気になる!」


 師匠がいなくなったところで、会話がまた始まった。


「なんでも、普通のパン食い競争で使われるようなパンは使われないみたいよ」

「ほぉ! それは気になる! それでそれで? どんなパンが用意されてるの?」

「それが、私もまだ分かってなくてね。通常とは違うパンが使われてるとしか……」

「ふーん? でもまあ、それも楽しそうだね!」

「女委はポジティブだな」

「むしろ、それがいいところでもあるでしょ」


 女委の場合、ポジティブと言うより、全力で物事を楽しみに言っているだけのような? いや、それもポジティブなのかもしれないけど。


 でも、たしかに女委のいいところだよね。

 ボクなんて、通常とは違うパンが使われる、って聞いた時点で、嫌な予感しかしてないもん。

 絶対、いいものとかないよね。


『お知らせです。パン食い競争の準備が整いましたので、出場する選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

「あ、招集かかった。じゃあ行ってくるねー」

「がんばってね」

「がんばれよ」

「一位とは言わないけど、入賞はしてきてね」

「あたぼうよ!」


 ボクたちが応援の言葉をかけると、女委はグラウンドの方に走り去っていった。


 ……そう言えば、態徒はどこにいるんだろう?

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