第98話 未果の100メートル走

 まあ、開幕したのはよかったんですよ。ええ。よかったんです。


 本来だったら、ね。開会式が終わったら、自分のクラスのところで応援すると思うんですよ。それも、普通に。そう、普通にです。やっぱり、普通が一番なんですよね、世の中。え? 非日常的なものも体験してみたい? ……バカなんじゃないですか? 非日常なんて、いいことないですよ。地獄ですよ。巻き込まれたら、死にたくなりますよ。


 だって、


『西軍ファイトォォォォォォォォォォォォッッッ!』

「ふぁっ、ふぁい、とぉ……!」


 こんなに恥ずかしい格好で応援しなきゃいけないんですよ。

 スカートはすごく短いし、上だって、おへそよりも少し上までしかないしで、本当に恥ずかしいんです……。


 むしろ、堂々と応援できているほかの人たちが凄いんですが。

 え、あれ結構恥ずかしい格好してるよね? だって、王子様風のかぼちゃパンツを穿いてるんだよ? 確実に黒歴史だよ?


 観客席とか、


『え、何あれ、面白!』

『あはははははははははっ! や、やばいっ、体育祭で、あの格好はやばいってっ……ぶふっ!』

『く、くそっ、わ、笑っちゃダメだってわかってんのにっ……ぶはっ!』

『ひぃ! ひぃ! は、腹いてぇっ……!』


 こんな感じだよ?

 笑いの的だよ、これ。


 ボクが提案しといてなんだけど、ものすごく酷い光景だよ? 学園祭ですらやらないような格好を、体育祭でやるって、そうとうおかしなことだよね。いや、ボクが悪いんだけど。

 ……ま、まあ、ここはあくまでも、男子側に向いているものであって、その……女の子側はね。


『男は笑いしかねぇけど、女子の方はめっちゃ可愛いんだが』

『わかるぞ! 露出過多でめっちゃいいよな!』

『つか、あの銀髪の娘、最高なんだけど!』

『恥ずかしがっているってのが、またポイント高いよなぁ』

『何あの娘、可愛すぎる!』

『いいなぁ、ああいう娘に応援してもらいたい!』

『それに見てよ、すっごい異色な恰好をしている男子の中に、一人だけカッコイイ人がいるよ』

『ほんとだ! って、よく見たら、あの二人……雑誌に載ってた二人じゃない?』

『い、言われてみれば! そっか、この学園の生徒さんだったんだ!』

『くそ、西軍の奴ら羨ましい!』

『俺たちなんて、普通の応援なのにぃ!』


 こんな感じですよ。

 また、ボクですか。


 どうして、ほとんどの人はボクを可愛いと言うんだろう。

 自分で言うのもあれだけど、そこまで可愛いとは思わないんだけど、ボク。

 あと、普通の応援でいいと思うんだけど。変に目立つのって、結構嫌だと思うんだけど。


「いやしかし……やっぱり、目立つな、俺たち」

「ま、まあね……。むしろ、目立たないほうがおかしいと思うよ」

「それもそうか。そう言えば、次は未果が出る種目だったか」

「そうだね。今は50メートル走だから、次が100メートル走だね」

「なら、応援しないとな」

「……う、うん」

「……やっぱり、恥ずかしい、か?」

「……うん」

「だよなぁ……」


 むしろ恥ずかしくないわけがない。

 一応、アンダースコートを穿いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいんです。

 そもそも、見せてもいいパンツなわけだけど、普通のパンツと一体何が違うんだろうか。

 結局は下着のような気がするんだけど。


「なにせ、今の依桜は、顔が真っ赤だからな」

「……や、やっぱり?」

「ああ。今にも泣きそうでもある」

「……そこまで、なんだ」


 どうやら、自分でも気づかないくらいに、ボクは泣きそうになっているらしい。


「まあ、こればかりはな……」

「はぁ……」


 ため息を吐くほかない。

 なんかもう、辛いよぉ……。


 どうして、衣服でこんなに悩まされないといけないんだろうなぁ……。ボク、何か悪いことでもしたかなぁ……。


 普通に生活しているだけなのに、こんなに苦労してるのに、いいことがほとんどないのは本当に辛い。


「ん、もうそろそろで決着がつくみたいだぞ」

「ほんとだ。……東軍が勝ってるって感じかな」

「そうみたいだな」


 応援しつつ、競技を眺めていると、トップの人がゴールした瞬間、

 パァン!

 という発砲音が鳴り響いた。


『ただ今の結果です。一位、三年五組。二位、二年七組。三位、三年二組でした。これにより、東軍には三十五点が加算され、西軍には十点が加算されます』

「どうやら、50メートル走は上から、二十点、十五点、十点らしいな」

「そうみたいだね。一応これが決勝だから、終わりかな?」

「ああ。予選で勝っても、決勝で勝てなきゃ得点にはならないらしいからな」

「結構厳しいんだね」

「まあ、それくらいしないと、すぐに点差がつくからな」

「それもあると思うけど、意外と特典の計算が面倒くさいからだったり」

「あー、あるかもな」


 少なくとも、一クラス五人も出場してるわけだし。


 ……改めて思ったけど、多くない?


 50メートル走と100メートル走って、両方とも五人ずつ出場してるけど、そんなにいらないような気がするんだけど……。

 予選は二ヶ所同時に行われるらしいけど、だとしても多いような?

 だって、百五人出てるんだよ? いくら何でも……多すぎない?

 時間がかかりすぎると思うんだけど……。

 一応、予選は十人ずつみたいだけど。


 こう言うのって、普通一クラス二人とかじゃない? 五人はやっぱり多すぎない?

 なんで、こんなに普通とはかけ離れてるんだろう、この学園。


『50メートル走に出場した選手の皆さん、お疲れ様でした。続いて、100メートル走に移ります。出場する選手は、グラウンドに集まってください』

「お、100メートル走か。未果の出番だな」

「ん、そうだね。……お、応援、しないと」

「……無理するなよ」



 さて、私の出番になったわけだけど……。


「……西軍の応援団。目立つわね」


 真っ先に目が行くのは、西軍の応援団だ。


 どんな衣装かは、事前に依桜から聞いてはいたけど……あれは、酷いわ。


 かぼちゃパンツだとは聞いてはいたわ。まさか、本当にやるとは思わなかった上に、なんであそこまで堂々としてるのかしら。


 で、比較的まとも……いや、まともではないけど、女子の方は……露出が多いわね、あれ。

 上はハーフトップに近くて、下は圧倒的ミニ。

 下はアンスコを穿いているんでしょうけど……依桜、どうみても恥ずかしがってるわね。

 でも、恥ずかしがりつつも応援しているんだから、律儀というか、責任感が強いというか……。頭が下がるわ。


 今は、東軍に差をつけられてるけど、まだ一つしか種目はやってないから、巻き返しは全然できる。

 依桜が出る競技に関しては……まあ、勝てるでしょ。

 身体能力が高すぎるし。


 と、ここまで考えていたものの、やっぱり、目が行くのは依桜だ。


 ……何あれ?

 いや、やっていることはチアガールなんでしょうけど……あの娘がやると、エロいわね。いや、ほんとに。

 女の私ですら、あの胸は戦慄するわ。

 チアガールと言えば、ポンポンを持って跳ねているようなイメージがある。

 当然、それとほとんど同じようなことをしているわけで……。


「が、がんばれぇ……!」


 と、応援しつつ跳ねているのは、依桜だけではなく、依桜の胸もだった。

 いや、本人よりも胸の方が跳ねているかもしれない。

 ぽよんぽよんって。


「……ほんと、でかいわね」


 しかもあの娘、恥ずかしがりながらやるものだから、スタイルの良さも相まって、余計にエロい。さっきから、依桜を見ている人(特に男ども)の視線のほとんどが依桜に向いている。

 視線には敏感なんだけど、その視線がどういう物かは分かってないのよね……。


 やっぱり鈍感ね。


 普通、何度も告白されれば、自分は可愛いと認識できると思うんだけど、あの娘は全く認識してないのよね……。

 いやまあ、ここで依桜が、


『ボクって可愛いでしょ? 美少女でしょ? いやー、モテモテで困るよー』


 なんて言ってきたら、思わずグーで殴りそうになるわ。

 そんな依桜。想像しただけで腹が立つ。


 やっぱり、依桜は鈍感で、謙虚だからこそ可愛い。

 と言っても、謙虚すぎるのはどうかと思うけど。


「次に走る選手は、指定されたレーンに来てください」


 おっと、私の出番の様だ。


 まだ予選だけど、予選は確か、一位で突破しないといけなかったわよね。


 この学園の酷いところは、なぜか男女混合と言うところ。

 これ、公平性がないんじゃないだろうかと思わんばかりの不公平さ。

 男子の方が、有利になりかねないんだけどね……。


 だというのに、不満そうな顔の人はほとんどいないのが凄い。ほとんどと言うか、一人も、か。

 普通は嫌なはずなんだけどね。


 これはこれで面白い、って言う考えなのかしら?

 まあ、たしかに、こういうレースはしたことないし、楽しそうだとは思ってるけど。


「そろそろスタートするので、各自準備してください」


 どうやら、もうすぐらしい。


 その場で軽く体を動かして、いつでも走れるようにする。


 一応、一つの場所で十人、か。

 ……多いわね、これ。一応これ、一位の人が本戦出場だったわよね。


 十人中の一人って……狭いわね、門。


 これ、勝てないような気がするんだけど。

 よく見ると、私と同じグループの人とか、陸上部がいるんだけど。明らかに本職がいるんだけど。


 たしか、50メートル走についてるハンデと同じで、100メートル走も本職が出たら、入手できるポイントが半減するはず。


 にも拘らず本職を出すということは……東軍って、馬鹿なの?

 いや、ここで馬鹿だと断じるのは早計だわ。

 きっと、何かがあるはず……。


「それでは行きます!」


 おっと、ついに走るみたい。

 私はその場でクラウチングスタートの体勢をとった。


「位置について。よーい……」


 パァン!


 スターターピストルの音が響き渡り、その音が鳴った瞬間に私は走り出した。

 スタートダッシュは完璧と言っていいくらい、よかった。

 だけど、


(ま、周りが速いっ!)


 本職――陸上部が出場しているとあって、やはり速い。

 私は、帰宅部では速いほうだと思っているけど、さすがに本職には勝てない。

 こ、ここで負けるのはなんか悔しい……ど、どうすれば、


「み、未果ぁ! が、頑張ってぇ……!」


 ふと、依桜の声が聞こえた。

 どうやら、恥ずかしがりつつも、必死に応援してくれてるらしく、顔を真っ赤に染めて、今にも泣きそうなのにも拘らず、依桜が応援してくれていた。


 ……あ、やばい。女委の気持ちがわかるわ。

 自分の気持ちを押し殺してまで応援してくれる美少女とか……最高ね。


 なんだろう。すごく嬉しい。これはあれね。美少女応援補正ってやつね。


 あ、なんか行ける気がしてきたぁぁああっ!

 自分でもびっくりするくらいの力が、体の内から湧き出てきた気がした。


『おっと! ここで、一年六組の椎崎さんが怒涛の追い上げを見せている! 速い! とても速いです! 瞬く間に前の選手を追い抜いていきます! そして……先頭の選手を抜いたぁぁぁぁぁぁ! そのままゴール! 予選第四グループの一位は、一年六組椎崎さんです! なんと、本職の陸上部を抑えての予選通過です!』


 その実況の人の言葉で、会場が沸いた気がした。

 私はそれどころじゃなく、単純に疲れた。


「はぁっ……はぁっ……な、なんとかっ、通過したぁっ……!」


 ひ、久しぶりに全力で走った気がする。

 予選でこれなんだから、ほんと、先が思いやられるわ……。

 まあ、幸いにも、私が初日に出場するのはこれと、借り物・借り人競走だからまだいいけど。


『いやぁ、負けたよ。手を抜いたつもりはなかったんがなぁ』


 荒い息を整えていると、同じグループで走った人が話しかけてきた。

 晶ほどではないが、十分イケメンと称されるような人だ。


「た、たまたまですよ」

『たまたまで勝てるほど、陸上は甘くないよ。まあ、予選通過おめでとう。決勝頑張ってな』

「あ、ありがとうございます」


 いい人だった。


 それにしても、予選通過しただけなのに、なんでこんなに盛り上がっちゃってるの? こう言うのって普通、決勝戦とかのシチュエーションな気がするんだけど。


 おかしくない? 決勝じゃない?

 ……まあ、うん。現実なんてこんなもんよね。


 決勝はどうなることやら……。

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