第97話 体育祭の開幕

 なぜか驚かれると言った騒ぎがあったものの、着替えてグラウンドへ。

 グラウンドへ出ると、ほとんどの生徒が集まっていた。

 と言っても、まだ開始時間じゃないから、いろんなところにいるけど。


「それにしても……すごいわね。これ、一日で作ったらしいわよ」

「ほへぇ。すごいねぇ。やっぱり、ミオ先生が頑張ったから?」

「そうみたい。師匠、禁酒から解放されて、すごくテンション高かったから」


 むしろ、お酒のためだけに頑張れるのだからすごい。


「でも、本当にすごかったらしいのよね」

「そんな感じだったの?」

「なんでも、結構な大きさのある入退場門を軽々と持ち上げたり、とてつもないスピードでテントの設置を終えたり、ロープ張りだって、かなりのスピードで走りながら終えたらしいわよ。しかも、全部完璧だったって」


 さすが師匠。本当に、こっちの世界でも異常だった。

 でもこれ、師匠にしては随分と加減しているというか……もしかして、こっちの世界の人に合わせてくれたのかな?

 それだったら、ありがたいなぁ。


 できれば、生徒・教師対抗リレーも、加減してほしい。

 あの人にとって、300メートルは一瞬だもん。


「やっぱり、ミオ先生ってすごいんだねぇ」

「異世界の住人って考えたら、当たり前なのかしらね。その辺りってどうなのよ?」

「うーん……師匠は特殊すぎてあれかな。一応、国内最強って言われてる人とかもいたよ。でも、師匠ほどじゃないかな。師匠、暗殺者なのに、腕力が異常なんだもん……」

「あれ、暗殺者ってあんまり腕力必要としないわよね?」

「そうだね。……先週、ボクと師匠が組み手をした時があったでしょ?」

「そうだね」

「ええ」

「あの時、終盤でボクが師匠の掌底を喰らって、吹っ飛んだと思うんだけど……あの時の威力ってね、半径10メートルほどの岩を粉砕できるんだよ……」

「「ええぇ……」」


 いつもにこにこしてる女委ですら、絶句した。

 だよね。


「いや、岩を粉砕できるのもすごいけど、それを受けて、かなり痛いだけで済ませる依桜も大概じゃない?」

「……まあ、師匠に嫌というほど鍛えられたからね……。師匠の本気って、それどころじゃないよ」

「ちなみに、ミオ先生が本気で攻撃したらどうなるの?」

「多分だけど……身体能力を最大まで強化すれば、月を粉砕できる、と思うよ」

「どこのワン〇ンマンよ」

「もしかして、地球割りもできたり?」

「……できるんじゃないかなぁ。師匠だし……」


 笑顔で地球を割る師匠の姿が、目に浮かぶよ。

 簡単に想像できてしまうんだから、本当に笑えない。


「もうそれ、暗殺者じゃないわよね? ミオ先生の職業って、暗殺者じゃなくて、破壊神か何かなんじゃないの?」

「……かもしれないね」


 あの人に壊せないものはないんじゃないかなぁ……。

 そもそも、人を生かすも殺すも自由自在な人だし。


 下手をしたら、太陽に突っ込んでも生きているんじゃないかなぁ。

 ボクの中では、魔王よりもラスボスだと思ってるし。


「まあでも、ラノベとかに登場する暗殺者って、どう見ても暗殺者の能力じゃねえだろ、って言うキャラはいっぱい出てくるし、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかなぁ」「でも、あくまでも物語であって、ボクの場合は普通に現実なんだけど」

「細かいことは気にしないの。さて、そろそろ晶君たちの所に行こ」

「そうね。ここでずっと話してるのもあれだし」


 話はそこそこに、ボクたちは晶と態徒の所へ歩き出した。



「あ、ごめんね、ボクちょっとトイレ」

「ん、もうすぐ始まるから、早めに戻ってくるんだぞ」

「うん」


 タタタッと小走りで依桜が校舎の方へ走っていった。


「ちょうどいいし、晶君に態徒君。ちょっと相談、というか、依桜君のことなんだけど」


 依桜がいなくなったのを見計らって、女委が相談を持ち掛けてきた。


「どうしたんだ?」

「実は、更衣室にいる時にね、ちょっとした保健体育的な話題になったの」

「どうやったらそうなるのかは分からないが……それがどうかしたのか?」

「えーっとね、わたしがつい、夜の運動って言っちゃってね」

「……ついで言うか、その単語」


 よりにもよって、依桜の前で言うとは……女委は命知らずなのか?

 普通に会話をしていただけなら、絶対に出てこないはずの単語なんだがな……。


「んで? 依桜の反応は? 概ね、顔を真っ赤にしたんじゃねえのか?」

「いや、それがそうでもなかったのよ」

「は? あの依桜が? そっちの単語には結構顔を真っ赤にする依桜が?」

「むしろ、単語の意味が解ってなかったわ」

「「……マジ?」」

「マジよ」


 俺と態徒は、その事実に、驚愕を隠せなかった。


 元が付くとは言え、依桜は男だった。偏見かもしれないが、そう言ったものには興味津々なはずの年頃。

 いくら、そっちの方面の知識が薄いと言っても、中学生くらいで知りそうなものなんだが……知らない、と来た。

 最悪、小学生でも知っているようなことを知らない。

 そんな、依桜の新たな事実に驚いていると、さらなる驚愕の話題が未果の口から飛び出した。


「しかも、ね。女委が依桜に、『子供がどうやってできるか知ってる?』って訊いたのよ。なんて答えたと思う?」

「……わからん。なんて言ったんだ?」

「……キス、だそうよ」

「「…………………は?」」

「いやだから、キスでできると思ってるらしいのよ」

「「マジで!?」」

「マジもマジ。大マジよ」


 そ、そうだったのか……。

 依桜、そういう知識に少し疎いな、と思ってはいたが……まさか、そのレベルだったとは……。


 基本的な精神年齢は、十九歳なんだろうが……性に関する知識は、幼稚園児レベルか。


 ……確か以前、俺と態徒、依桜の三人で、態徒の家で遊んでいる時、態徒がエロ本を取り出して、読んだ時があったが……今思い出したら、あの時の依桜は顔を真っ赤にした直後、気絶したんだったな。

 疎い以前に、弱い、のか。


「ま、マジか。……ただでさえ、属性豊富なのに、そこに純粋が入るとか……盛り込みすぎじゃね? これがラノベとかに登場する主人公だったら、明らかにツッコミどころ満載だよな」

「そうね。女子更衣室にいた人、みんな驚愕してたわよ。まさか、綺麗すぎる心を持った美少女がいたんだからね」

「まあ、その辺りの知識がないんじゃあな……」

「ものすごく、汚れてる気がしたわ……。しかも、素で知らないんだもの。恐ろしい話よね」

「……たしかに、依桜がそんなだと、自分が汚れているように感じるな」


 俺だって知っていることを、依桜が知らないとはな……。

 現代では考えられないほどの、希少な存在だな、依桜。


「自分が間違っているのか、って聞いた来たけど……私たちは、『そのままでいて』って言ったわ」

「そりゃそうだ」

「……たしかに、その辺りに詳しい依桜と言うのも、嫌な話だからな」


 依桜はそのままでいいな。

 ……しかし、暗殺者として過ごしていたのなら、そう言ったことにも詳しいと思っていたんだが……偶然引き当てなかったのか?

 さすがとしか言いようがないな。



「ただいまー」

「おかえり~」

「おかえり、依桜」

「もうそろそろ始まるみたいだぞ」

「あ、ほんと? じゃあ、そろそろ並ばないとだね」


 ちょっとトイレに行っている間に、時間になっていたみたいだった。

 そろそろ並ばないと。



 生徒全員が並んだところを見計らって、学園長先生が朝礼台に上り、ついに開会式となった。


「あー、あー……んんっ! 生徒諸君! おはよう!」

『おはようございます!』

「うん、いい挨拶だね。さてさて、今日からついに体育祭だ! どうだい? 楽しみだったかい?」


 という学園長先生の問いに、この場が騒がしくなる。

 まあ、お祭り好きな学園だからね。

 嫌がる人はなかなかいないんじゃないかな?


 運動が苦手でも、活躍できるような競技もあるし、何より、見てるだけでも楽しい! って言う人もいるわけだしね。


「そうかそうか。さすが、この学園の生徒だね。盛り上がってくれるのはいいことだ。幸いにも、今日は太陽が出て暖かく、予報では明日も晴れるそうだ。恵まれたね! 一応知っていると思うが、この学園では、東軍と西軍に分かれて行う体育祭だ。通常の分け方では、東軍の方が多くなるということで、七組の生徒を半々に分けて、それぞれの陣営に組み込んであるので、安心してね」


 あ、そうだったんだ。

 ということは、クラス内で争うようなものなんだね、七組の人たちって。

 それにしても、学園長先生。たまに、素のしゃべり方になっているんだけど、それはいいの?


「それから……当然、この二日間に渡る体育祭で、最も活躍した生徒には、MVP賞として……『誰でも好きな人をデートに誘える権利』を進呈しよう!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』


 け、景品ってそれのこと!?


「ちなみに、誘われた人は絶対に行くこと。拒否権はないからね」


 ひ、酷い。酷すぎる!

 軽く人権を無視するかのような景品に、戦慄を禁じ得ない。


 高校の体育祭で出すような景品じゃないよね、どう考えても。

 あと、男子の方はわかるけど、女の子の方もすごくテンション高いんだけど。どうなってるの? もしかして、好きな異性がいる人が多かったりするの?


「おお、やはり、この賞品にして正解だった。これなら、体育祭も一層盛り上がること間違いなしだ! ああ、もちろん、同性相手に使うのもOKだから、同性愛者のみんなも、安心してね!」


 その発言でさらに盛り上がるグラウンド。

 いやいやいやいや、どこで盛り上がってるの!?

 同性愛者って言う時点で、色々とおかしいよね、この体育祭!


 いや、別に同性が好きなのはおかしなことじゃないけど、少なくとも、公で言うようなことじゃない気がするんだけど!

 でも、世の中には同性愛者であることを非難する人もいることを考えると、意外といい、のかな?

 ……毒されてきてるんだろうか。


「それに、MVPになれなかったとしても! 男子の諸君は、カッコイイところを見せれば、モテモテになるかもしれないぞ!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!』


 運動ができるとモテる、って言うけど、その例外をボク知ってるんだけど。

 態徒って言う人。


「女子の諸君は、好きな人を応援することによって、振り向いてくれるかもしれないぞ!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!』


 そ、それはどうだろう?

 応援しただけで振り向くのかなぁ。


「うんうん。やはり、高校生の体育祭は、こうでないとね! ……さて、とりあえず、私から話すことは以上かな。それでは、楽しんでね!」

『学園長先生、ありがとうございました。続いて、注意事項です。ミオ先生お願いします』


 注意事項を言うのって、師匠なの!?

 だ、大丈夫なの? 師匠に任せちゃうと、碌なことにならない気がするんだけど……。


「あー、体育科のミオだ。とりあえず、注意事項を言うぞ」


 うわぁ、本人のやる気がすごく薄いなぁ……。


「まず一つ目―、怪我には気を付けること。二つ目―、喧嘩はなしだ。ご法度だ。万が一した場合、あたしの鉄拳制裁が火を噴くんで、気を付けるようにー。三つ目―、競技中における、殴り合いなどの乱闘は、一部の競技のみしか許可していないんで、破ったらあたしがぶん殴る。四つ目―、怪我のせいで出場できなくなったら、代わりのものを出すようにー。五つ目―、楽しくやれよー。……こちらからは以上だ」

『ミオ先生、ありがとうございました』


 未だかつて、あそこまでやる気のない体育科の先生を見たことがあっただろうか。

 ……師匠。せめて、せめて注意事項だけは、シャキッとしてほしかったです。

 というか、殴っちゃだめだと思うんですけど。


 明らかに、殴るって言ってたよね? 現代の教育環境で、ほとんど聞かないようなセリフが出てきてたんだけど。

 だ、大丈夫なの、師匠。


『続いて――』


 と、この後も順調に開会式が進み、


『それでは、大変長らくお待たせいたしました。これより、第八回、叡董学園体育祭『叡春祭』を開催したします!』


 高校生活初の体育祭が幕を上げた。

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