第96話 依桜ちゃんは純粋
「おーっす、元気か、依桜」
朝一番で挨拶してきたのは、態徒だ。
ほかのみんなも当然いる。
「元気……だと思うよ。……体育祭が始まるまでは」
「まあ、依桜にとっては……というより、西軍側の応援団の人間からしたら、黒歴史になりそうだからな。特に男子」
「……あ、あはは……すみません」
登校してきているであろう男子の応援団員の人たちに、謝罪の言葉を送った。
……あの時は、本当にどうかしてたんですよ。
だって、普段から変な衣装を着させられたり、恥ずかしい衣装を着させられたりしてたんだよ? 元々男の人が、突然そんな出来事に多く遭遇したら、精神も病むよ。
ボクは……女装とかもよくさせられてたし、何と言うか……嫌だけど、慣れていたって言う部分もあった。
母さんのあれに関しては、全く知らなかったけど。
「まあ、ほとんど笑いものよね。男子の方は」
「……俺だけ、普通……とは言い難いが、幾分かマシな服なのが、本当に申し訳ないんだが」
「いやいや、晶君が乙女ゲーに登場する様な、王子様的な衣装を着るのは、むしろ正解だよ! 負い目を感じることはないさ!」
申し訳なさそうに言う晶に、女委がフォローを入れていた。
……いや、フォローではない、かな?
「それはそれで嫌なんだが……」
うん。わかるよ。
だって、女委の言う乙女ゲームって、絶対あっちのも混じってるよね? アルファベット二文字のジャンルの。
「そういやよ、この体育祭にも賞品があるんだろ? 何か知ってる奴いるか?」
「あ、それボクも気になる。応援団の人が、『アレ』って言うから、ちょっと気になってて」
応援団の人たちが言う、『アレ』とは何だろう?
応援団の人たち、特に男子の人たちが言っていた記憶がある。
その時は、何のことかわからなかったし、衣装のあの件の話もあって、それどころじゃなかった。
「あー……それ、ね。なんて言えばいいのかしら……」
……あれ? なんか、未果の表情が渋くなったんだけど……。
え、なに? もしかして、あまりよくないものだったりする……?
「まあ、うん。今は知らなくてもいいと思うよ! どの道、開会式で知ることになると思うし?」
「なんでそんなに嬉しそうなの……?」
「んー、まあ、みんなこぞってMVPを狙いに行くと思うしね~」
「へ~、みんなが狙うほど、いいものなんだ」
それはちょっと楽しみかも。
んー、みんなが狙うものと考えると……やっぱり、休日とか? あとは、欲しいものがもらえるとか。
だって、ビンゴ大会とか、学園祭のミス・ミスターコンテストの優勝賞品とか、明らかにおかしかったからね。
……優勝賞品の方は、未だにもらっていないんだけど。
いくらお祭り好きな学園とはいえ、最新型のPCとか、図書カード二万円分とか、ゲーム、温泉旅行、薄型テレビなど、どう考えても学園で行われる祭りなどの景品から逸脱している。
何でもありだと思うし、『好きなものをプレゼント』みたいなものになっても不思議じゃない。
もしそうなら……欲しいもの……欲しいものか。
うーん、今のところはないんだよね……。
ミスコンで優勝したおかげで、まだ図書カードも残ってるし、出し物でえたお小遣いもほとんど使っていない。
エキストラの仕事で得たお金だって、なぜか大金(二十万くらい)が振り込まれてたし……。
ボクの口座にある残高って、何気に三十万以上だったりするから、ある程度は自分で買えちゃうんだよね……。
なんだかんだで、買いたいものもないから、使わないでずっと預けたままだし。
PCを買うことも考えたけど、優勝賞品でもらえることになってるし、そろそろだと思うから、買わなくてもいいと。
……あれ、本当に欲しいものがない。
「……女委、依桜教えなくてもいいのか?」
「にゃははー。ここで言っちゃったら、面白くないじゃん? ああいうのは、勘違いした状態で本当のことを知るから面白いんだよ!」
「……ほんと、優しいんだか優しくないんだか」
「オレも知らないんだけどよ、実際MVPは何がもらえるんだよ?」
「それはね――」
「……なるほど。そりゃたしかに、狙いに行くわな。それも、男女関係なく」
「でしょでしょ? いや~、依桜君がどんな反応するか楽しみだなぁ」
ん、女委たちが何か話してる。
女委と態徒はなぜか笑顔だし、未果と晶は呆れたような表情をしていた。
温度差すごいなぁ。
「さてさて、そろそろ着替えに行こっか!」
「そうだね。開会式ももうすぐだろうし」
「おし、じゃあ行くかぁ」
いい時間だったので、ボクたちは更衣室へ向かった。
「むぅ、なんか複雑……」
「どうしたの依桜?」
更衣室で着替えていると、なんだか複雑な心境になった。
いや、いつも複雑なんだけど。
「なんかね、自然にこっちの更衣室を使っている上に、女の子の方も当然みたいな様子だから、なんか複雑で」
「まあ、依桜君は男の娘の時ですら、女子更衣室に入っても何も言われない人だもんね」
「め、女委っ! その話はダメ!」
「あら、そんなことしてたの?」
ほらぁ! 食いついちゃった人がいるよ!
ボクがお墓まで持っていくつもりだったのに!
「な、なんでもないから! お、面白ことなんて何もなかったから!」
「……ふ~ん? まあ、依桜が女子更衣室に入った時の話は後で聞きましょう」
……阻止は、できないよね……。
女委のバカぁ……。
あとで、お仕置きしないと。
「あ、依桜君下に着てきたんだ」
「うん。こっちの方が楽だからね」
脱いで着て、って言うのがちょっと面倒くさいし……女の子になってからは、その……ブラの紐が見えるとか言われまして。
それを隠す意味もあります。
まあ、その話はまた今度。
「でもま、この学園の体操着がハーフパンツだったのは助かったけどね」
うん、それはボクも思うよ。
あの学園長先生のことだから、平気でブルマとかにしそうだし。
そう言えば、スパッツを採用してる学校があるって、学園長先生に聞いたっけ。
……どちらにしても、この二つのどちらかじゃなくてよかったよ。
ブルマは普通に恥ずかしいし、スパッツって、一回だけ穿いたことあるけど、ぴっちりしている感じがして、ちょっと嫌だったから。
その点、ハーフパンツなら全然問題ない。
普通のズボンだからね。
「そう言えば、今日出場するのって、依桜は三種目よね?」
「うん。障害物競走、二人三脚、美天杯だね」
……改めて思うけど、二人三脚以外の二つは、本当に不安しかない。
「ま、晶以外は、四種目中三種目が初日だしね。明日、疲れが残らなければいいんだけど」
一応、体力回復の魔法は持ってるけど、使わないほうがいい。
あれ、結構便利なんだけど、こっちの世界の人からしたら、中毒症状になりかねない。
言ってしまえば、疲れないようになるのと同じだもん。
疲れても、ボクが魔法を使えばその疲れはなくなり、筋肉痛にすらならない。しかも、筋肉痛が治った後と同じような状態になるから、本当に切羽詰まった時じゃないと使えない。
まあ、結局は普段の運動がものを言うってことだね。
「依桜、態徒、晶の三人は大丈夫だともうけど、女委が心配よね。インドアだし」
「にはは~。そうだねぇ。わたし、運動とかしないし。まあ、夜の運動だったらしてるけどねぇ」
「ギリギリなこと言うわね」
「え? だって思春期を迎えたら、興味本位でやると思うんだけど」
「……そりゃ、まあ」
あれ、なんで未果が顔を赤くしてるんだろ。
今の女委のセリフに、顔赤くするような言葉ってあったかなぁ?
「ねえ二人とも、夜の運動って何のこと?」
『え』
……なんでボク、今驚かれたの?
それも、更衣室にいる人みんなから。
……え、ボクおかしい? もしかして、みんな知っていることだったりする……?
「依桜、本気で言ってる?」
「え? う、うん。何のことかわからないけど……」
「ちなみに依桜君。どういう意味だと思う?」
「うーん……筋トレ?」
『……』
あ、あれ? なんかみんな、この世のものではないものを見る様な目を向けてきてるんだけど。
「ちなみに、依桜君。子供がどうやってできるか、知ってる?」
「え? えっと……き、キス?」
『えええええええええええええええええええええっっっ!?』
「な、なに!? どうしたの!?」
ボクの回答、そんなにおかしかったの!?
え、違うの!? もしかしてボク、間違った知識持ってる!?
「じゅ、純粋すぎる……」
「ま、まさか、リアルに純粋無垢という言葉がぴったりな美少女がいるなんてぇ」
『やばい。依桜ちゃん可愛すぎるぅ』
『元々男の娘だったのに、その辺の知識がないって……どんな奇跡よ』
『純粋すぎる……。私たちって、結構汚れてるんだね……』
『いや、保健体育の授業って、来年からその辺りの話になるみたいだし……』
『……絶対顔真っ赤にするじゃん、依桜ちゃん』
『聞いたところによると、そういった話になると、気絶しちゃうとか』
『……マジで、尊い……』
「……依桜って、あの温泉旅行の時のこと、覚えている上で言ってるわよね?」
「だと思うけど……。もしかして、あの時ですら、そういう勘違いしてた、のかな?」
「……ぽいわね。だって見てよ、あの依桜の顔」
「……あー、すごく困り顔になってるねぇ」
「でしょ? ということはあれ、確実に理解してないわ」
「……だね」
……やっぱり、ボクっておかしい?
だ、だって、師匠と向こうで暮らしてる時だって、何度となくキスをされそうになってて……男の時だったから、本当に抑えるのが大変だったんだよ?
もし、キスをしてしまったら、責任を取らないといけない、って思ってたし……。
なぜかはわからないけど、師匠に裸で抱き着かれると、変な気分になったけど……あれだって、キスを促す感情のようなものだと思ってたんだけど……。
「あ、あの、もしかして……ボク、おかしい?」
『『『依桜(ちゃん)は、そのままでいて』』』
……なんで、涙を流しているんだろう。
で、でも、おかしくない、ってことだよね?
「よ、よかったぁ……これで間違っていたら、恥ずかしかったよぉ」
(((すでに間違ってるんだよなぁ……)))
一瞬、この場にいる人たち全員の考えていることが、全く同じだった気がした。
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