第311話 帰還した後

 目を覚ますと、そこは研究所だった。


「お、帰ってこれたか」

「おかえりなさい、ミオ」


 目を覚ますと、エイコが出迎えてくれた。


「どうだった?」

「ああ。問題なく、消し飛ばしてきた。世界ごと」

「え、せ、世界ごと? えーっと……どういうことかしら?」


 混乱しているエイコに、あたしは向こうでしてきたことを全て語った。


 最初はやや興奮していたが、向こうの世界の惨状を聞いた途端、興奮はなくなり、悲痛そうな表情を浮かべた。


 まあ、紛いなりにも、別の世界の自分、ってことになるからな。


 そりゃ、暗くもなる。


「……そう。ブライズがいた世界は、荒廃したこの世界なのね」

「ああ。あたしの読み通り、神が離れた世界だったよ」

「なるほどね。……でも、そっちの私は、相当酷い地獄を味わったのね……」

「……そうだな。だからこそ、あたしが助けよう、とか思ったんだが」

「へぇ、ミオが。やっぱり、友達だから?」

「そりゃそうだ。友人を見捨てるほど、酷い人間じゃないさ」

「ふふっ、それもそうね。…………ん? ちょっと待って。助けようと思った?」

「ああ、それが何か?」


 なんだ、微妙にタイムラグがあったぞ?

 驚くかね、普通。


「もしかしてなんだけど……助けたの? その、別の私を」

「ああ、助けたな。なんなら会うか?」

「え!?」


 あたしが会うかどうか訊くと、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにこくりと頷いた。

 よし、問題ないな。


「エイコ、出てきてくれ」


 あたしの中にいるエイコに向けてそう言うと、


『あ、え、えっと、初めまして……でいいんでしょうか? 董乃叡子です』

「わ、私!? って言うか……ぶ、ブライズ!?」

『はい。まあ、その……色々あって私はこうなってしまったんです』

「さ、さすが私……ブライズになっても正気を保ってるなんて……」


 それ、あたしも思った。


 まさか、ブライズになっても言葉を話せるとは思わなかったぞ。


 あれかね。マイナスの感情がほとんどなかったから、理性的だったのかね?


 ……じゃあ、イオが倒した奴は何だったんだろうな。まあ、今となっちゃ、どうでもいい。


 とりあえず、突然変異体ということで、納得しておくとしよう。


「んで、エイコ。物は相談なんだが……このエイコを、こっちでも普通に存在できるようにしたい。当然、あたしも全力で手を貸す。どうだ?」

「なるほど……。別の世界の私ということを考えたら、断るわけにはいかないわよねぇ。うーん……あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 何かを思いついたのか、エイコは研究所の奥へと行ってしまった。

 と思ったら、すぐに戻って来た。

 手に何かを持っているが……あれは、スマホか?


「エイコ、それなんだ?」

「これはね、依桜君に頼まれて、現在製作中の『異世界転移装置二式』っていう物で、魔の世界と法の世界を行き来できるようにするための装置!」

「え、マジで!?」

「ええ、マジよ! まだ創っている途中だけど、大分できてきてるわ。そうね……ゴールデンウイークまでには完成する予定よ」

「そうか……それで、それがこのエイコを存在できるようにするのと、何の関係が?」

「いえね? この装置に、AIサポート機能を付けようと思ってるの。でも、よくあるナビゲーションみたいな無機質なAIだとつまらないでしょ? だから、このAIをそっちの私にしてしまおう! って言う考え」

「なるほど……エイコ、どうする?」

『いいですね、それは』


 どうするか尋ねると、エイコは嬉しそうに肯定して来た。


「よかったわ。でも、ブライズって機械に取り憑けるのかしら?」


 ああ、確かにそれは気になる。

 人間や生物には取り憑けるが、機械はどうなんだ?


『問題ないはずです。むしろ、人間や生物に取り憑くよりも、安定すると思います』

「OKOK! じゃあ、AIになるということで行きましょう」

「まあ、これでなんとかなるな」


 実によかった。


 なにせ、これで無理だったら、別の方法を探らなきゃいけなかったからな。


 なんて、あたしとエイコが喜んでいると、


『それで、えっと……お願いが、あるんです』

「お願い? 一体何かしら?」

『その……私の記憶を、消してほしいんです』

「……どういうこと?」

『私はもう、あの世界を思い出したくないんです……絶望だらけのあの世界を生きていたことは』

「……お前、イオに会いたいとか言ってたよな? それでいいのか?」

『……はい。私は、AIとなった時点で、プログラムとしての存在になります。そこには、私の記憶なんて不要です』

「だが、それじゃあ会ったことにはならないぞ?」

『それなら、消すんじゃなくて、封印にできますか……?』

「まあ……できるが」


 記憶を消すのも封印するのも、あたし的には難易度は変わらない。


『それに、記憶はなくなっても、それは私と言う存在です。だから、いいんです。今の私を全てリセットして、一から幸せな人生――いえ、AI生を送りたいんです。次は、依桜君をサポートする存在に』

「そうなると、あなたはこの装置に取り憑いた後、プログラムと化し、AIになる。そうして、依桜君をサポートしたい、ということよね?」

『はい。だから私は……そうですね。色々と悪ふざけしたらできたAI、ということにしてください。おそらく、感情はあると思いますので』

「まあ、元が人間だしね」


 AIは感情がないのが、現在の常識であり、普通だそうだ。

 そもそも、感情なんて言う曖昧なものを再現するのが無理だからだが。


『それにですね。私はずっと、この装置に入り込み、そこで暮らします。依桜君と一緒なら、別にいいかなって思うんです。だから……お願いします。私の記憶を封印してください』


 懇願。


 それは、絶望の世界での出来事全てをリセットして、新たに生まれ変わりたいという、エイコの願い。


「……本当に、それでいいんだな?」

『はい。封印なら、完璧に忘れるわけじゃありませんから。そうですよね?』

「まあな。別に消すわけじゃなくて、記憶に鍵をかけるだけだからな」


 何らかのカギを用意しておけば、いつでも解除可能にすることができるしな。


『なら、大丈夫です。どこかで憶えているはずですから。なので……お願いします』

「……わかった。まあ、友人の願いだ。最後まで付き合うさ。それじゃ、ま……取り憑いてからの方がいいかね?」

『そうですね。それでお願いします。あ、えっと、こちらの私、ちょっといいですか?』

「ええ、なに?」

『記憶を封印した後、私をスリープ状態にしてください。目覚めるのは……依桜君に合う五日前にスリープから解除してくれませんか?』

「ん、お安い御用よ!」

『それじゃあ、取り憑きます』


 そう言って、エイコは端末に乗り移った。


『さあ、取り憑きました。ミオさん。封印、お願いします』

「ああ。行くぞ……『封印』!」


 そう唱えると、あたしの手から光が放たれ、端末を包み込んだ。

 十秒くらいのその状態が続き、光が消えると、そこには何の変哲もない端末が置かれていた。


『……私は、誰でしょうか?』


 そして、端末からそんな声が発された。


 さっきとは違い、声が変わっている気がする。


 なんと言うか……可愛い系の声、だろうか。


「……あなたはね、今からスリープに入ります。突然で申し訳ないけど……いいかしら?」

『はい。なぜかはわかりませんが、私の心的なあれがそう訴えているので、問題ないです! それじゃ、お願いします!』


 なんか、テンション高くね?


 これが……あのエイコの素?


 ……人って、どう変わるかわかったもんじゃねえな。


「ええ、それじゃ、スリープに入れるわ。起きるのは……二週間ほど先ね。いい?」

『OK! じゃあ、お願いしますぜ!』

「ありがとう。それじゃあ、スリープモードに移行」


 エイコがそう言った瞬間、端末はスリープモードへと移行し、エイコは言葉を発さなくなった。


 なんと言うか、寂しいもんだな。


 だが、あいつはリセットして、新しい生を歩むことを選んだんだ。あたしらに止める権利なんてないしな。


 それに、地獄の記憶なんていらんだろ。


「さて、この端末はプログラムを入れたりしないとね。あとは、AIに色々と入れないと。忙しくなりそうね、ほんと」

「ま、仕方ないさ。……おっとそうだ、エイコ、ブライズの世界のデータがあるんだが、いるか?」

「もっちろん! それがあれば、研究の幅がもっと広がるわ!」

「ああ、わかった。それじゃ、向こうでの話も含めて、色々話すか」



 話をするために、あたしとエイコは休憩室に移動した。


「それで、話をしましょうか」

「ああ。そうだな、何から話したものか……まあ、そうだな。あの世界は、ハッキリ言って地獄だったぞ? お前が言った通り、普通の人間じゃすぐに死んじまうくらいな」

「やっぱり……」

「それと、さっきは多少端折ったんだが、あっちの世界は崩壊してたぞ。人間生物、関係なく滅んでいた。文明なんて、あったもんじゃんなかった」

「そこまで、酷かったのね」

「ああ」


 できることなら、二度と行きたくない世界だな。

 まあ、そもそも地球やらなんやらが消滅した以上、もう二度と行けないんだがな。


「じゃあもしかしてなんだけど、ブライズの世界って、並行世界ってこと?」

「あー、まあ、そうなるんじゃないか? あの世界は、イオが異世界に行っていない世界、と言えるな」

「へぇ」

「んで、あっちのエイコの説明をしたように、お前は異世界転移装置を九月の時点で使っていない。いや、そもそも研究を引き継いでいなかった、の方が正しいのかもしれん」

「なるほどなるほど……。そう言う世界もあるのねぇ。で、依桜君は異世界に行かなかったから、あの司会者の娘を庇って死亡。その後、未果さんたちも死んでしまった、と」

「ああ」

「別の自分が体験した話を考えると、本当に最悪の世界よねぇ……」

「……そうだな。できれば、あたしも思い出しくないレベルだぞ」


 というかだな、地獄を思い出して、いいことなんてこれっぽっちもないだろ。

 地獄すぎるぞ、まったく。

 イオが死んだ世界とか、どんな悪夢だ。


「じゃあ訊くんだけど、もしかして……私たちの生きているこの世界って、正解を選んだ世界って言えるんじゃないのかしら?」

「正解?」

「ええ。推測でしかないんだけど……依桜君が異世界に行って、強くなったことで、この世界は上手く進んでいるんじゃないかなと」

「む? なぜ、イオだ?」

「うーん、ほら、あの娘って、周囲にかなり影響を与えてるでしょ? 特に去年の九月以降は」

「まあ、そうだな」


 話でしか聞いていないが、それはあるかもしれん。

 まあ、あいつ目立つしな。


「それに、依桜君が向こうで死んでしまった場合も、結局テロリストは襲撃してくるわけでしょ? 研究データを狙って。だったらある意味、テロリスト襲撃は、どこの世界でも起こることなんじゃないかなと。まあ、こことは全く違う世界があるとは思うけどね。世界が無数になるのなら」

「ああ、たしかに。並行世界は分岐して生まれるからな。だからまあ……魔の世界と法の世界以外にも、全く違う何かで発展した世界もあるだろうな」

「でしょでしょ? 本当、面白いと思わない?」

「まあ、そうだな。色々と考えることが多くて、あたしは好きかもしれんな。この世界の真理って言うのかね? それを調べられる」

「そうね」


 少なくとも、あの本のおかげで、あたしは色々と知ることができたしな。


 この世界がどういう成り立ちなのか、とかな。


 それに、ステータスという謎のあれも、ある程度理解できたし。


 あとは、時間的なあれなんだが……あ。


「そうだ。エイコ、今っていつだ?」

「今って……今日?」

「ああ」

「えっと、四月十一日よ?」

「時間は? 午前十一時くらいかしら」

「そうか……ありがとな」


 時間のずれはなし、か。


 単純に、あたしが行った世界が魔の世界じゃなかったからか?


 ふむ……わからんな。


 正直言って判断材料が少なすぎる。


 もう少し何かが欲しい所だ。


「どうしたの?」

「ああ、いや。ちょいとな……。さて、と。あたしは帰るとするかね」

「あら、もう行っちゃうの?」

「ああ。家に帰って休みたいんだよ。さすがに、疲れたしな」


 環境が悪かったんで、常時聖属性の魔力を纏っていたんでな。

 あれは、精密なコントロールが必要なんで、ちょっとばかし疲れるんだ。

 家に帰って、イオの飯でも食いながら、酒でも飲むか。


「ほれ、データだ」


 そう言って、あたしはSDカードをエイコに放り投げた。


「ありがとう! 絶対に役立てるわ」

「当然だ。ほんの少しだけ苦労して取って来たんだからな。絶対役立てろよ。じゃあな」

「ええ、また明日、学園でね」


 あたしは背中越しに手をひらひらと振ると、そのまま『空間転移』で家に帰宅していった。

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