第310話 世界消滅

 ぽきぽきと拳を鳴らし、不敵な笑みを浮かべるミオ。


 眼前にいるのは、人型の獣と言っても過言ではない、ブライズの王だ。


 今回のミオの旅の目的が、目の前にいる。


 今までさんざん邪魔して来た存在の頂点に君臨する、ミオにとって邪魔でしかない存在。


 それが、目の前に。


 ミオは内心かなり昂っている。


 目の前にいるのは、依桜には劣るものの、それでも十分強い能力を有した存在だ。


 体長は四メートルほどと、なかなかに高い。


 普通の人間からすれば、きっと委縮し、必死に逃げ惑うような威圧感。その姿は全身が漆黒に染まっており、唯一、眼だけは紅く光っていた。


「さて、あたしは優しくない。手加減をするつもりもないし、殺さない、なんて甘いことは言わん。この世界から塵一つ残さず、消滅させてやろう」


 そう言って、ミオは『身体強化』を五倍でかけた。


 さらに、ブライズに特攻を持つ聖属性の魔力を、今までよりも圧倒的に濃密な量で全身に纏う。


 ハッキリ言って、この時点でもうすでに、そこらの雑魚は半径十メートル以内に入った時点で一瞬で消え、半径三十メートル以内に入れば、致命的なダメージを受けることになる。


 だが、ブライズの王は、少し煙を出すだけで済んでいる。


 やはり、雑魚とは一線を画すようだ。


 それを見て、ミオはニヤリと笑う。


「ははは。まあ、そうだよな。この程度で消えたんじゃあ……つまらないよなっ!」


 ミオは、王との間に存在する距離を、刹那の内に縮め、思いっきり王を蹴りぬいていた。


『GAAAAAAAAAAAAAッッ!』


 なんとかガードはしていたらしく、ほぼ無傷な王。


「ほほう。手加減したとはいえ、あれをガードするか。ハハハ! いやぁ、面白いな。だがまあ……こんなものか」


 今の一撃で、大体の能力を、ミオは把握した。


 攻撃力、防御力、素早さ。それらのおおよそを。


『GUッ――GAAAAAAAAAAAAA!』


 それを馬鹿にされたと思った王は、真っ直ぐ、ミオに突撃をかましてくる。


 普通の人間が当たれば、一瞬でバラバラになるほどの衝撃を持った突進が、ミオに迫る。しかし……


「馬鹿正直にくるんじゃない」

『GUGYA!?』


 ミオは、片手で受け止めていた。


 想像していたのと全く違う状況に、王は驚く。


 自分よりも小さく、弱そうな女性に、王は苛立ち、混乱する。


 そこにあるのは、『なぜだ、なぜだ』という自問自答。


「さて、まさか、これだけじゃあるまいな?」


 にっこりと笑って、ミオは自身が受け止めている手に力を入れる。

 ベキッ! と言う音を立てて、ミオの指がめり込む。


『GUOOOOOOOOッッ!?』


 自分たちにとって天敵である聖属性の攻撃を受け、王は思わず悲痛な叫びを上げる。


 だが、叫びを上げるだけではない。


 王は、自身の指を鋭利な爪に変化させ、ミオめがけて振り下ろす。


 相当な速度で振り下ろされた爪は、ミオを捉えようとして……空を切った。


 いつの間にか、ミオの姿がかき消えていたのだ。


 慌ててミオを探そうときょろきょろする王だが、次の瞬間、背中を特大の衝撃が通り抜け、思わず吹っ飛んだ。


「気配をちゃんと探れよ。あたしは、ちょっと『気配遮断』をして、背後に回っただけだ。チッ、ブライズの王だとか言うから、ちょいと期待したんだがな。これじゃ、拍子抜けだぞ?」


 割と本気でそう言うミオ。


 なんだか、つまらなそう……というか、実際本当につまらないと感じていた。

 だが、ストレス発散にはもってこいだとも思っている。


 普段から、抑制している力の解放。


 ミオほどの強者ともなると、どうしても威圧感や殺気、魔力が漏れ出るものだ。そう言ったものを、ミオは普段から抑えていた。


 なにせ、駄々洩れにしていたら、普通の人間はすぐに気絶してしまう。その人が子供だったり、弱かったりすると、その漏れ出る威圧感や殺気だけで殺せてしまうほどに、ミオから洩れ出る威圧感や殺気は強すぎるのだ。


 普段何気なくしていることでも、積み重ねれば疲れは生じるもの。


 ミオはちょっとだけ疲れていたのだ。


 ちなみに、法の世界では、ミオは太平洋のど真ん中に行って、抑えている威圧感や殺気を開放していたりする。


「さてさて? お前はどう攻撃してくる?」


 ミオの攻撃で吹っ飛び、痛みに悶絶している王に対し、挑発するミオ。


 笑顔が、悪魔のようである。


 それを見て、さらに王は苛立つ。


 そして、一気に飛び出し、再び鋭利な爪で襲い掛かる。


 突き、袈裟斬り、薙ぎ払い、いろんな方法で爪を振るい攻撃する物の、一向に当たらない。それどころか、掠めてすらいない。


 いや、さらに言えば、当たるか当たらないか一ミリ以下の距離で爪を回避している。


 ほんのわずか、回避をミスしただけで、爪が直撃しそうなくらいに。


 実質、ゼロ距離と言ってもいいかもしれない。


 だが、その爪がミオを掠めることはない。

 当たらないとわかった王は、攻撃方法を増やす。


 爪だけでなく、足で蹴りも放つようになったのだ。


 しかもそれは、回避した直後を上手く狙って攻撃してきている。


 爪で攻撃し、右に避けたら、それを追うように右足で強烈な蹴りを放ってくる。


 だが……それでも届かない。


 ミオはその足に手をついて、側転の要領で回避。


 そこを王が左手の爪で攻撃するも、ミオが振り下ろした足により下方に弾かれ、その蹴りの反動を利用して、ミオは軽く後ろに跳んだ。


「ふむふむ。まあ、学習はしているらしい。だが……それでも遠いな。これじゃあ、いくら待っても、あたしが望むほどには成長しないな。これ以上は、時間の無駄だろう。まあ、正直言うと、戦闘ってのも面倒だし、あたしはさっさと帰って、酒飲みたいんで……消えてくれや」


 ヤクザのようなセリフを吐いた後、ミオは手の平に極大の魔力塊を発生させ、それを聖属性に変化させた。


 直径は、七メートルはある。でかい。でかすぎである。


 それらは、聖属性の魔力の塊なだけあって、聖なる光を放ち、周囲の瘴気を晴らしていた。


 それほどまでに、濃密で、強いものなのだ。


『GYA、GAY……!?』

「そんじゃまぁ……もうちょい遊んでやりたいが、残念ながら、時間もないんでね。瞬殺、ってことで、勘弁してくれ。ああ、悪く思わないでくれ。お前が弱すぎたのが悪い。……イオにすら勝てないレベルだしな、お前。まあ、あたしが強すぎるって言うのも、あるんだろうがな! そんじゃ……消え失せろ!」


 極大の魔力塊を、ミオは野球選手よろしく、思いっきり投球した。


 その玉は、眼にもとまらぬ速さで飛んでいき、


 ドオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンンンッッッ!


 という轟音と、


『GYA……GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!?』


 という、ブライズの断末魔を発生させた。


 その結果、ブライズの王は、跡形もなく消滅し、地面には直径二十メートルほどのクレーターが出来上がっていた。


「ふぅ。いやはや、弱いねぇ。ま、酒が飲みたいから急いだわけだが……もうちょい、遊んでもよかったかもな」


 現在のミオを表すのなら……理不尽、この一言に尽きる。


 酒が飲みたいからがゆえに、瞬殺しに行くという、理不尽通り越して、悪魔だ。


 こんな頭のおかしい存在がいるというのが、本当に不思議なものである。


 創造主の神と言えど、さすがにミオの存在はイレギュラーだと思ったことだろう。


 それほどまでに、ミオは酷かった。


 いっそ、種族が悪魔と言われた方が納得してしまいそうである。


「さて……あー、終わった終わった! スッキリしたぞ!」


 目的が達成できて、ミオは心底スッキリしたように、そう言葉を発した。



 あっけなかったが、ブライズの王を倒してスッキリしたあたしは、エイコの所へ。


 もちろん、あの極大魔力塊はちゃんとエイコに当たらないようにしていたんで、問題なしだ。


「ほれ、あいつは消し飛ばしたぞ」

『す、すごいですね……。まさか、人々があそこまで暴威に晒され、数えきれないほどの人たちを殺した王が一瞬で……』

「いやなに。あいつは、ハッキリ言って雑魚だったよ。足元にも及ばない」

『そ、そうですか。……それじゃあ、もう終わらせないとですね』

「そうだな。それで、装置はどうやって動かすんだ?」

『装置の近くに、コントロールパネルがあるはずです。とりあえず、ついてきてください』

「了解だ」


 やることも終わった以上、この世界にいる意味はない。


 先へ進むエイコの後をついていく。


 すると、装置の近くにコントロールパネルが鎮座していた。


『これは、大気中の魔力で動きます。ですので、電気を使用していません。……まあ、こんな有様ですから、電気なんてないんですけどね』

「ははは、そりゃそうだ」


 むしろ、電気が通ってたらすごいわ。

 あたしが『気配感知』を世界規模で使用しても、生き残りなんて誰一人としていなかったしな。


『えっと、このコントロールパネルに、赤いボタンがあると思うんですけど……』

「ん、ああ、これか?」


 エイコの言う通り、コントロールパネルには、なんか、黒と黄色の縞々模様で囲まれた赤いボタンがあった。よく見れば、ガラスで覆われている。


 これはあれか。危険だから押すなよ! みたいなボタンに施される措置。


 初めて見た。


『それを押せば、一分後にこの世界を崩壊させるほどの核爆弾のような物が発射されます。ですので、押してすぐに退避することになりますね』

「OK。そんじゃ、そろそろ帰還と行こうぜ。さあエイコ。あたしに取り憑け」

『わ、わかりました。それでは、失礼して……』


 遠慮がちに、エイコがあたしの中に入ってきた。


 ん……なるほど。これはたしかに、暴走する要因になるわな。


 なにせ、黒い感情が増幅されているし。


 ……まあ、あたしくらいの者になると、感情を自由自在にコントロール可能なんでな。黒い感情を限りなく0にすることなんざ、容易い。


『だ、大丈夫ですか?』

「ああ、問題ない」


 頭の中に、エイコの声が響いてきたが、まあ『念話』とかに似てるんで、全然大丈夫だな。うん。


「よし、準備はいいか? ボタンを押すぞ?」

『はい、お願いします』

「了解だ。そんじゃま……ポチッとな」


 そう言いながら、あたしはガラスを突き破って、ボタンを押した。

 すると、ゴウンゴウンという音を出しながら、機械が動き始めた。


『魔力増幅式核爆弾を今から一分後に発射します。これは、地球上のどこにいても助かりません。この世の空間歪曲と黒い靄を全て消すための物です。停止は一切受け付けられません。仮に、機械その物を破壊しても、世界は滅びます。もしも、生存者がいるのでしたら、申し訳ありません』


 うっわ、意外とドストレートだな……。


 最後とか機械音声のせいで、すげえ冷たく感じるぞ。


「それじゃあ、あたしらも行くぞ」

『はい……それじゃあ、ミオさん、お願いします』

「ああ。そんじゃま……さよならだ、可能性の世界」


 そう言って、あたしは転移装置を起動させた。

 行きの時と同じように、あたしを光が包み込み、意識が落ちた。



 その後、ブライズが蔓延っていた世界は、叡子の設計し創った装置により、崩壊した。


 魔力で膨大な核エネルギーを生成し、さらに魔力で何千倍にも膨れ上げたことで、地球だけでなく、太陽系そのものを破壊するに至った。


 さらに、叡子は核爆発だけでなく、太陽を超新星爆発を起こすこともできるよう調整していたこともあって、太陽が超新星爆発を起こした。


 そうして、ブライズが蔓延っていた絶望の世界は、文字通り終焉を迎えた。

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