第157話 依桜ちゃんサンタさん5

『もしもし、叡子です。聞こえますか?』

「いおです。きこえますよ」


 夜の八時五十五分。

 配り始める五分前になり、耳に付けたイヤホン型インカムから、学園長先生の声が聞こえてきて、それに答える。


『インカムの方は問題なさそうね。さて、ついに配り始めるわけだけど……準備は大丈夫?』

「はい。ぶんしんも、かくエリアにはいちずみです」


 現在ボクがいるのは、美天市内の、とある住宅街にある、マンションの屋上。

 場所がマンションの屋上なのは、一軒家にずっといるのはまずいと思ったからです。


 学園長先生に言った通り、ボクの分身体を各エリアに配置している。

 さすがに、回る数が数だったので、九十九人ほど出した。


 通常時だったら、すぐに終わらせるべく、八百三十八人増やしたんだけどね。


 今回は、体が縮んでしまっているので、身体能力が五分の一にまで低下。


 ここで言う身体能力と言うのは、魔力にも関係しており、千人まで分身できるほどの魔力量だったボクの魔力は、五分の一にまで低下。

 二百人までしか、分身することができない状況です。


 ……まあ、百人もいれば十分だけどね。


 それに、今の体でフルに分身はできなかったり。

 と言うのも、『アイテムボックス』を開くのにも、魔力が必要なので、残しておかないといけないから。

 『アイテムボックス』からプレゼントを取り出すことに伴い、今回は学園長先生から袋を貰っています。

 あれです。サンタさんがよく持っている、あの白い袋です。

 さすがに、何もないところからプレゼントを出すのは不自然、ということで、用意してくれました。


 その中に、それぞれのボクが回る生徒のプレゼントを入れておく。一人に付き、八十三個配り、オリジナルのボクはそれに+九個というわけです。


 さすがに、プレゼントの数の都合上、全部は袋に入り切らないけど、これでカモフラージュ可能。


 ……まあ、相手からしたら四次元〇ケットに見えるかもしれないけど。


 最後に色々と問題がないか確認。

 そして、確かめ終えると同時に、九時になった。


『それじゃ、時間になったから、依桜君、よろしくね』

「はい」


 その学園長先生の言葉を皮切りに、ボクのクリスマスプレゼントの配布が始まった。



 今回、ボクがたくさんいるため、分身のボクたちには、それぞれナンバーで呼ぶことにした。


 ボクのことはオリジナルと呼ばれるのでわかりやすい。


 今回増やした数は、九十九人なので、一番~九十九番まであります。


 五十人くらいは、この街での活動になるけど、それ以外の場所に住んでいる人もいるため、そちらにも五十人にわけ、二手に分かれての行動になる。

 と言っても、大きく分けて二手であって、細かいことを言ってしまうと、かなりの数に分かれてるけどね。

 美天市は結構広いし。


 ちなみに、未果たちのプレゼントは、オリジナルのボクがやることになっています。


 当たり前だね。さすがに、いつものみんなに対して、分身でこなすのはちょっと気が引けるし。

 ……まあ、師匠曰く、分身も本体みたいなもの、って言ってたけど。


『八十七番のボクです。安芸葉町に着きました』

『六十四番のボクです。三萩市に着きました』


 と、こんな感じに、報告が入ります。


 ちなみにこれは、オリジナルのボクにしか報告はできないそうです。

 なので、もしも分身同士が会話をするとすれば、出会った時くらいとのこと。


 ……まあ、つまり、


『五十五番のボクです』『九十一番のボクです』『七十番のボクです』『八十九番のボクです』


 と、こんな感じにボクの自身の声が同時再生されることもあるわけで……。


「あ、あの、ボクはしょうとくたいしじゃないので、いっぺんにはなされてもこまります……」

『『『ごめんなさい!』』』


 エコーがかかったように、謝罪の言葉が響いてきた。

 正直……ちょっとうるさい。

 これ、どうにかならないのかなぁ……。


「とりあえず、かくじのもちばはこなしてね。あさの6じまでじかんはあるけど、よゆうをもってね」

『『『うん!』』』


 うん。エコー。



 というわけで、開始から一時間が経過。


 遠くの街に向かったボクからも到着の報告は、かなり早い段階で届き、ボク含め百人のボクのプレゼント配りが本格化した。


 それぞれ、八十三個のプレゼントを配らないといけないので、ちょっと急ぎ目。


 と言っても、朝の六時まであるから、そこまで焦らなくてもいいんだけど。


 でも、警察の人に見られたり、家の人に見られたりするのはあまりよくないので、なるべく早めに。


 ……そう言えば、ふと思うんだけど、サンタさんって寝ている間に来るよね? なのに、九時~十二時の間に行ってもいいのかな……?

 高校生って、寝るのが遅いイメージがあるし、少なくとも、十二時まで起きている人って多い気が……。

 寝静まった頃を待ったほうがいいのかもしれないけど、ボクとしても早めに終わらせたいところ。


 まあ、家にはいる時は『気配遮断』と『消音』を使うから、そこまで問題はないと思うけど。


 師匠の次くらいにレベルが高いから、この世界どころか、向こうの世界でも、本気で隠れようとしたボクを見つけるのは不可能に近い。

 見つけられるのは、師匠くらいです。



「まずは、このいえ、かな」


 オリジナルのボク、最初の家に到着。

 屋根からベランダへ移り、中を覗く。

 見たところ、部屋の主の人はいないみたいだね。

 ……これ、やってることがストーカーと大差にような……。


「と、とりあえず、中に入って、プレゼントを置いて行こう」


 『気配遮断』と『消音』を使用しつつ、窓を開ける。

 幸い、ここの部屋は窓が開いていて、魔法を使う手間が省けた。

 ……ちょっと無防備すぎるきがするけど。


「おじゃましまーす……」


 一応、よそ様の家に入るので、一言断ってから中へ。

 あ、もちろん靴は脱いでますよ。当たり前ですね。

 袋の中からプレゼントを取り出し、机の上に置く。

 すると、置いたのと同じタイミングで部屋の扉の向こうから足音が聞こえてきた。


「おじゃましましたー……」


 急いで部屋を出て、屋根の上へ飛び移る。


『あー、クリスマスイブだって言うのに、彼氏がいないなんて、ほんと寂しいわー。……って、ん? なにこれ、プレゼント? えーっと……『よい子のあなたへ、サンタさんからプレゼントです』? ……サンタさん? え、サンタさんっていないはずだよね? まさか、お母さんとか……? でも、さっきもらったばかりだし……え、本物!? SNSに投稿しよ!』


 なんて、独り言が聞こえてきた。

 危なかった……もう少し遅かったら、すれ違ってたよ。


『あれ? 窓なんて開いてたっけ……?』


 ……あ、そう言えば急いで出てきたから、窓閉めるの忘れてた。



 しばらく時間が経ち、街中でちょっとした騒ぎがあった。

 それは、依桜がプレゼント配りを始めたのと同時のことだった。


『お、おい、これやばくね?』

『ああ、それ俺のスマホの方にも通知が来てたわ』

『屋根の上を跳び回る、サンタクロースの格好をした幼女。謎すぎる』

『暗くて顔が見えないが……これ、耳と尻尾か? ケモロリサンタとは、斬新だな』

『顔が見えりゃなぁ……』


 と、こんな風に、依桜が夜の街を跳び回っている姿が写真に撮られ、SNS上にて出回っていた。

 こうして、跳び回っている最中の依桜は、こう思っていた。


『暗いし、跳び回ってるし、『気配遮断』と『消音』は使わなくても問題ないよね!』


 と。


 楽観的に考えていた結果、変な形でSNS上にて公開されてしまったわけだが……。

 そして、これ以外にもこんな投稿があった。


『やばい、知らない間に机の上にプレゼントが置かれてた\(^_^)/ しかも、知らない間に窓が開いててびっくり( ゚Д゚) もしかしたら、本物のサンタさんかも!』


 という投稿。

 最初はさすがに、


『どうせ親』『釣り乙』


 などのコメントが付いたが、これと同様の投稿がほどなくして増え始め、たまに同時に投稿されるようになった。


 これだけ同じような当行が立て続けに起こると、さすがに嘘と否定しづらくなる。


 さらに、投稿されている地域がバラバラと言うのもあった。

 何の脈絡もないエリアで、同じような投稿が相次いでいたのだ。


 そして、


『小さいサンタさんを見た! めっちゃ可愛い!』


 という投稿もちらほらと見るようになった。


 その写真に写っていたのは、月の光で照らされながら、夜の街を跳び回っているケモロリサンタだ。

 投稿された写真は、瞬く間に拡散された。


 次々に、


『可愛い』『マジもんのサンタだ!』『会ってみたい!』


 などのコメントが付いた。


 同時に、SNSを見たり、投稿した人は不思議に思った。


 なぜ、バラバラの地域で、同じ姿の幼女が見られているのか、と。


 多く見られるのは美天市だが、他の地域でも割とみられた。

 中には、他県の場所もあり、かなり不思議だった。


 この幼女は何者なのか、と。


 そして、様々な考察がなされ、最終的な結論はと言えば……


『めっちゃ可愛い、ケモロリサンタさん』


 ということになった。


 ちなみに、依桜は自分が知らない間にバズっているとは知らなかった。



 さらに時間は経過。


 時刻は十二時。日付が変わり、クリスマスイブから、クリスマスとなった。


 それでも変わらず、依桜はプレゼントを配り続けていた。

 中には、家の立地などのこともあり、プレゼント配りが終わった分身も出始めた。


 そして、終了直後のとある分身体に、ちょっとしたアクシデントが。


「ふぅ、これでななじゅうななばんのボクのしごとはおわり、と」


 やるべきことを終えた、七十七番の依桜が路上に降りると、


『そこの女の子、ちょっと止まって』


 背後から、制止する声が聞こえてきた。

 依桜が振り返ると、そこには警察官が。


「な、なんでしょうか?」

『なんでも何も、君、どう見ても未成年……と言うか、小学生一年生くらいだよね? こんな時間に何をしているんだい? 子供がこんな時間を出歩いてちゃだめだよ?』

「あ、あの、えと、その……」

『それに、その白い袋は一体何だい? 見たところ、何か入っているようだけど……』


 なんて答えればいいのか迷っている依桜をよそに、警察官は依桜が持つ白い袋に目が止まった。

 たしかに、傍から見たらかなり気になるだろう。

 なにせ、白い袋は現在の依桜の身長(一〇〇センチほど)よりちょっと小さいくらいの大きさもあるのだから。


「え、えっと……さ、さよなら!」


 ポンッ! という音を立てて、依桜が消えた。


『き、消えた……? 一体、今の娘は一体何だったんだ……? 俺は、夢でも見ていたのか……?』


 突然消えた依桜を見て、まるで白昼夢を見ていた、というような反応をする警察官。


『……まさか、本物のサンタクロース……? まさかな』


 結局、幻だったと思うことにして、警察官は巡回に戻った。

 ちなみに、依桜がどこに行ったかと言えば……どこにも行っていない。

 言葉通りの意味で、消えたのだ。

 どの道、役目も終えたところだったからだ。

 ちゃんとオリジナルの依桜には伝えてあるので、問題はなかったりする。



『七十七番のボクです。仕事は終わったので、消えますね』

「うん。ありがとう、ななじゅうななばんのボク」


 お礼を言った直後、七十七番のボクの反応が消えた。


「うん、おわったボクもではじめているみたいだね」


 意外といいペースかも。


「さて、ボクもはやくおわらせないと」



 それから一時間ほどして、ほとんどのプレゼント配りが終了。

 残すは、オリジナルのボクだけとなった。

 ほかの一~九十九番のボクは仕事を終えて消えて行った。

 お疲れ様、ボクたち。


「さて、残るのは、未果たちだけ、と」


 そう呟いて、ボクは最後の四軒の家に向かった。



「おじゃましまーす……」


 最初に来たのは、未果の家。

 さっきまでと同じように、一言言ってから中へ。

 どうやら、未果はいないみたい。


「それじゃあ、つくえのうえに」

「ふぁああ……眠い……って、あれ、依桜?」


 ……見つかってしまった。

 なんてタイミングが悪いんだろう。

 しかも、中にはいなかったのと、未果の家だから、という理由で『気配遮断』と『消音』を使わないのはまずかったかも……。


「何してるの? というか、この時間に一体……ん? サンタ?」

「あ、あの、えっと……さ、サンタクロースだよ☆」


 なぜか、ピースした手を横にし、目元に当てて恥ずかしい感じで言ってしまった。


「いや、可愛いけど、ほんとに何してるのよ」

「……さ、サンタクロース、です」

「えーっと、それはつまり……プレゼントを配ってるってこと?」

「……そ、そうです」

「なるほどね。……概ね、学園長先生に頼まれて、ってところかしら?」

「……そのとおりです」

「まあ、わかったわ。とりあえず、見なかったことにするわね。……正直、サンタクロースが見られた、って割と大問題だし」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 ……未果の優しさが沁みました。



 続いて、晶の家。

 例によって、ベランダから侵入。


「おじゃましまーす……」


 こっそり入って、こっそり晶の机の上にプレゼントを置く。

 晶はすでに寝ている。

 規則正しい寝息を立て、気持ちよさそうに眠ってます。


 うん。未果の時みたいにならなくてよかったです。



 次に来たのは、態徒の家。


「おじゃましまーす……」


 もうすでに、恒例化したベランダからの侵入です。

 中に入り、机の上にプレゼントを置く。

 態徒も眠ってます。


 ……部屋がちょっと散らかってるのが気になる。


 ふと、態徒の部屋の状況が気になった。

 むぅ、汚いのはなんだか気になる……。

 うん。置手紙をしておこう。

 机の上にあった、シャーペンで、紙に、


『部屋が汚いです。ちょっとは掃除してね。サンタクロースより』


 と書いて、プレゼントの上に置いた。



 最後に、女委の家。


「おじゃましまーす……」


 何度目かもわからない不法侵入で中へ。


「……ハッ! 美少女の気配!」

「ひゃあ!?」


 眠っていると思った女委が、突如そんなことを言いながら飛び起きた。

 びっくりして、思わず悲鳴を上げてしまった……。


「って、あれ? 依桜君?」

「び、びっくりしたぁ……」

「いやいや、びっくりしたのはこっちだよ、依桜君。えっと、サンタコスかな? ……うん! 可愛い! しかも、ケモロリサンタだなんて! 依桜君、オタクのツボがわかってるねぇ。さっすがだよ!」

「……さ、サンタさんです。なので、プレゼントをおいていきます。そ、それでは、よいおとしを」


 女委のセリフをスルーして、そそくさと去ろうとしたら……


「依桜君、プレゼントありがとね! 大好きだよ!」

「~~~っ! ば、バイバイっ!」


 突然の大好き発言に、顔が真っ赤になり、逃げるようにしてボクは女委の家を出た。

 うぅ、不意打ちは卑怯だよぉ……。



『もしもし、叡子です。そっちはどうかしら?』

「プレゼントくばりはおわりましたよ」

『あら、もう終わったの? さすがねぇ。それじゃあ、これで終わりだから、解散しちゃって大丈夫よー。あ、依桜君のプレゼントはちゃんとミオに渡しておいたから、安心してね!』

「ありがとうございます」

『うんうん。いいことしたわー。それじゃ、私はこれから別の仕事が待ってるから、お暇させてもらうわね! インカムは上げるわ! それじゃ、よいお年を!』

「はい、おやすみなさい」


 いいことをしたのは、学園長先生というよりボクの方な気が……。

 まあでも、プレゼントを用意したのは学園長先生だしね。


「さて、ボクもかえろう……ねむくなってきちゃった……ふぁあぁ……」


 あくびをしながら、ボクは家路に就いた。



 そして、家に帰ると、部屋に大きめのプレゼント箱が置いてあった。

 中には、前々から欲しかった、最新の圧力鍋が入ってました。

 これで、もっと美味しいものが作れるよ。

 ありがとうございます、学園長先生!

 心の中でお礼を言いながら、ボクは眠りについた。


 ……正直、サンタさんはもうやりたくないかな。

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