第544話 異世界旅行の裏側3

 さて、この国へ来た目的の場所へ向かったあたしだったんだが……なんつーか……。


「み、みみみみ、ミオ様ァァ!? ナンデ!? ナンデココニィィィィィィ!?」

「おおおっ、おおおおおちおちおちちゅくのですおっとうさま!」

「そう言うあなたも落ち着いて下さ――」

「あー……なんか、すまん」

「いいいぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 阿鼻叫喚になった。


 いや、うん、なんかもう……マジで申し訳ないと思ってる。


 さて、一体なぜ目の前が阿鼻叫喚になり、同時にここがどこなのか、ということを説明しなきゃいけないわけだが……簡単に言えば、ここはウィローネ皇国の王城であり、そして目の前にいるのがそこの主――つまり、王族一家なわけだな。


 そんな場所に、あたしが侵入して大丈夫なのか? という疑問が湧き上がるかもしれんが……あたしに関しちゃ全く問題はない。


 ってか、『感覚移動』と『千里眼』、そして転移魔法の三つのコンボを使用すればどこでも侵入し放題なんだがな。あたしは。


 とはいえ、あたしの場合はこの国においてはんな七面倒なことをする必要がない。


 だってあたし……この国じゃ、下手すりゃ王族より立場上だし。


 理由は至って単純。


 あたしとミリエリアが親友同士だったから、以上。


 この国ではあいつを信仰する宗教の総本山だし、何よりあいつ、この世界に降りて来て遊ぶなんざざらだったしな。


 一応、あいつもバカじゃないんで、神気はちゃんと抑えてたんだが……まぁ、生粋の創造神って、そこにいるだけで傅きたくなるほどの濃密なオーラを放ってるからな。


 で、あたしがいるだけで阿鼻叫喚になったのは、さっき言ったように、あたしの立場がこの国においては王族よりも上だからだに他ならない。


 で、ちょうどこいつらの先祖……っつーか、数代前の奴らとはなし崩し的な知り合いだったもんで、あたしのことが伝えられるわけだな。


 その結果、私は王族の間では、所謂現人神として崇められているってわけだ。


 補足だが、別にこいつらはあたしに対して怖がってるんじゃない。


 あたしを崇めまくるあまり、粗相をしないか、不敬を働かないか、などという心配と不安が押し寄せて来て、言語能力に異常をきたしたりするだけだ。


 そのうち戻る。


 ……と思っていたあたしだったが、戻ったのは一時間ほどしてからだった。


 その間、あたしは茶を飲みつつ、待っていた。


 ちなみに、既に十杯目である。


「た、大変申し訳ない……取り乱してしまい」


 精神が落ち着いたと思えば、初手謝罪から入り、あたしは思わず苦笑する。


 こいつららしいと言うかなんと言うか……。


 ちなみにだが、今回は要件が要件であるため、現国王――ヴァルブルフ=ゴラーダ=ウィローネ、通称ヴァルだけしかおらず、王妃と王女はこの場にはいない。


 と言ってもまぁ、バグったアバターみたいな挙動をする二人を同席させたら、


「いや、気にするな。あたしが何のアポもなしに入ってきたのが悪いんだ。お前らに落ち度はねぇよ」

「そ、そう言っていただけると、た、助かります」


 びくびくしながらも、許されたとわかるや否や、震える手でティーカップを持ち、なんとか茶を飲む。


「……お前らの家系の奴ら、軒並みあたしに対して怯えるんだが、マジでどうにかならなんのか? せめて、もう少し対等にしてくれてもいいんだぞ?」

「ヒィッ!? も、申し訳ございません! あ、あなた様を我々如きが対等だなどと……お、恐れ多くてできませぬ!」

「……そ、そこまでかー」


 というか、『ヒィッ!?』という悲鳴を上げられると、あたし的にも地味に心に来るんだが……。


 いくら傍若無人なあたしと言えど、あいつがある意味治めていた国の奴ら相手にゃ良心があるってもんだ。


 実際、この国は宗教系の催しの規模がでかすぎることを除けば、普通に気の良い奴らしかいないし、リーゲル王国に比べれば王族もマシだ。


 ……つってもまぁ、今の国王は歴代に比べればマシな方なんだけどな。


「そ、それで、こ、此度は一体どのような用件で我が国に……?」

「いやなに、あたしは今少し調べ物をしていてな。その調べ物をするのなら、この国が一番だと思ったんだよ」

「この国……もしや、ミリエリア様関連でしょうか?」

「あぁ。その通りだ。……ってか、よくわかったな? 今はミリエリアを信仰しつつも、今の二代目創造神の方が信仰されてるってのに」

「いえ、ミオ様のご友神たるミリエリア様以外に、あなた様がこの国にいらっしゃる理由はないでしょう」

「ま、そうだな」


 この国でのあたしはちっとあれだからなぁ。


 イオが来た時もヤバかった、らしいし。


 下手すりゃ国中を巡るパレードが催されても不思議じゃねぇし、もしそんなことになれば今回の旅行の予定がおじゃんだ。


「しかし、我々以上にミリエリア様を知るミオ様が、何故我々をお頼りに?」


 まるで皆目見当もつかないと言わんばかりのきょとんとした顔で尋ねて来るヴァルに、あたしは一瞬だけ考え込む素振りを見せてから口を開く。


「ふむ……まぁ、もとより説明する気で来たからな。別に問題はない、が。いいか? ここから先の話は、絶対に誰にも言うな。当然、お前の王妃や王城にもな」

「そ、そこまで重要なお話なのですか……?」

「あぁ。守らなきゃ、あたしがお前を殺すくらいには、重要だ」

「こ、心して拝聴させていただきます」


 少し脅しすぎたか?


 顔を真っ青にする姿が、なんとも申し訳なく思うが……だが、ここから先の話は、こっちの世界の人間にとってでかすぎる爆弾だからな。


 あたしですら持て余すほどの物だ。


 そう、イオの件だ。


「なら、話そう。実は――」


 そこからあたしはイオの件について話し始めた。


 イオがミリエリアの子孫であること。


 ミリエリアが法の世界に転移し、生きながらえていたこと。


 そして、向こうの世界で死亡していたことなどを。


「――というわけだ」

「ま、まさか、勇者であるイオ殿――いや、イオ様がミリエリア様の子孫、だなどと……ほ、本当、なのですか?」

「間違いない。あいつはミリエリアの子孫だよ」

「……そう、ですか。どのような情報が飛び出すのかと内心冷や冷やしておりましたが……想像の斜め上どころか、真上をかっ飛んで行った気分です。なるほど、道理で髪の色が同じなわけです」

「あぁ。多分、イオがこっちの世界に転移したことも偶然じゃないだろうしな」

「……そうですな。あのお方の子孫であると言うことは、間違いなく運命のようなものなのでしょう」

「……そう、だな」


 ヴァルの言葉に、あたしは少し目を伏せて同意する。


 あたしとしちゃぁ、複雑な心境なんだがな。


 あたしの親友であるミリエリアの子孫が、どういうわけか魔力やら神気やらを受け継いでこの世に生を受け、そして、この世界のごたごたに巻き込まれた。


 あいつに出会ったばかりの頃は、あたし自身はあいつに思わず一目惚れし、弟子としたわけだが、結局あいつには暗殺者の才能があった。


 あの時、あたしがあいつを弟子にしたのは何と言うか、もう運命みたいなもんなんだろうな。


 それからも、あいつとはなんだかんだ生活を共にしてるし、あたしにも血生臭い仕事ではなく、まともな職に就いて今を生きている。


 ……正直、この世界だけでなく、向こうの世界も若干きな臭くなっている気がするが……ま、何があってもあたしはあいつらを護ると決めているんでね、問題はねぇ。


「し、しかし、なぜ私に重要なお話を……?」

「いやなに、あたしがここに来た目的に必要だからな」

「と、言いますと?」

「そうだな……今のあたしは、この世界に住んでねぇ」

「それは、どういう? まさか、亡くなっている、と?」


 あたしと言う存在が実は死んでいて、ここにいるあたしは魂的な存在なのでは? とヴァルが怯えた様な顔でこちらを見て来る。


 そんなヴァルに、あたしは思わず笑いだす。


「ははっ、このあたしが早々くたばるかよ。安心しな、ちゃんと生きてるぞ」

「そうでしたか、失礼致しました……」

「いやなに、気にするな」

「では、今はどこにお住まいで?」

「あぁ、法の世界だ」

「……ほ、法の世界、ですか? それは一体どのような……」

「イオが住む世界だな」

「あぁ、イオ様の…………ええぇ!? い、イオ様の世界ですとぉ!?」


 一瞬、なるほどなるほど、と穏やかな顔で納得するヴァルだったが、次第に表情が驚愕に染まって行き、最終的には思いっきり叫んだ。


「ま、ままま、まさか、神の国へ移り住んだと言うのですか!?」

「神の国て。言っとくが、あいつの住む世界ってのは、別に神が住んでるわけじゃねぇぞ?」

「で、ですが、今までに幾度となくこの世界をお救いなさってきた勇者様の住む世界ですぞ!? それを、神の国と呼ばずなんとしましょうか!」


 あー、なるほど、そう言う事か……。


 そういや、この世界における勇者ってのは、基本的に異世界から召喚された奴のことを指す。


 そのため、ミリエリア教、ひいてはエンリル教における勇者と言うのは、言わば神の御使いであると考えられているわけだな。


 だからか、勇者の住む世界=神の国、であるという図式がこいつらの中ではあるわけだが……その結果がこれだ。


 なんつーか、めんどいよなぁ、宗教ってのは。


 別に否定する気なんざないが。


「あー、熱くなってるとこ悪いが、マジで神がゴロゴロいるような世界じゃねえからな? むしろ、魔物も、魔族も、亜人も存在しない上に、魔力も魔法もねぇ、そんな世界だ」

「ま、魔法が!? ど、どれほど生きづらい世界なのか、想像もできませんな……」


 この世界では魔法は当たり前の存在だ。


 生まれながらにして魔力を身近に感じ、そして成長と共に何らかの魔法を使えるようになるし、なんだったら魔法が生活の基盤と言ってもいい。そんな重要な物がない世界であることに、ヴァルは恐ろしい、とでも言いたげな表情だ。


「言っとくが、こっちの世界より平和だぞ? それに、この世界よりもある意味では発展してるしな。建築技術や娯楽なんかは特に」

「そ、そうなのですか!? ミオ様がそうおっしゃると言うことは、本当なのでしょうな……ふぅむ、いつかは私も行ってみたいものです」


 お前だけじゃなく、信者は大体そうなんじゃねぇかなぁ……という言葉は心の内にしまった。


 正直、やろうと思えば連れてけるんだがな、マジで。


「おっと、そう言えばミオ様の目的でしたな」

「あぁ、それなんだがな……あたしは今、あいつについて調べてんだよ」

「あいつ……まさか、ミリエリア様のこと、でしょうか?」

「そうだ」

「し、しかし、なぜ我が国に? ミオ様であれば、わざわざここへ来ずとも何とかなるのでは?」

「……あたしはそこまで万能じゃねえよ」


 ヴァルのあたしを信じすぎる言葉に、あたしは苦笑しながら答える。


 そう、あたしとて万能ではない。


 たしかに、できないことはあまりないだろうが……それでも、全くないわけじゃない。これまでだって、できないことは多かった。しかし、そのできないと言うことを潰していき、そうして今の状態になったわけだな。


 今優先的にしてんのは、異世界間移動だな。


 順調に習得が進んでるんで、何とか今年か来年の頭くらいには何とかなりそうなほどだ。


 そうすりゃ、エイコに頼りきりになることがないだろう。


 正直、あいつには別のことに力を入れてほしいからな。


 その別のこと、ってのはあたし自身でもよくわかってないが……ま、直感と言う奴だ。


「いえ、ミオ様はあのミリエリア様と対等だった唯一のお方ですので」

「……そうか」

「しかし、なぜミリエリア様のことを? こう言っては何ですが、あのお方はもう……」

「あぁ、それはわかってる。だが、あたしはちっとばかし気になることがあってな。あいつについて調べなきゃいけないことが多すぎるんだよ」

「なるほど……わかりました。私も協力致しましょう」

「それは助かるが、いいのか? 一応お前、この国のトップだろ?」

「ははっ、問題はありませぬ。それに、この国の民はミリエリア教ひいてはエンリル教の敬虔なる信徒。そのミリエリア様の親友であらせられるミオ様のサポートをするよりも重要なことなど、ありますまい」

「なんか申し訳なく感じちまうが、まあ、助かるよ」


 あたしはこの後も色々な所へ行こうとしているからな。


 正直、一ヵ所に留まるのは得策じゃなくてね。


「では、私はミリエリア様についての資料や伝承について調べればよいのですかな?」

「そうだな……この国は、あいつにまつわる物が多いはずだろ? それを調べて、まとめておいてほしい」

「承知致しました。お任せを」

「あぁ、頼んだ。帰り際に一度こちらへ寄るんで、その時までにわかる事だけでいい、簡単にまとめておいてくれると助かる」

「不肖ヴァルブルフ、なんとしてもミオ様の頼みを完遂して見せましょうぞ!」

「あんまし気負うなよ。今すぐどうこうってわけじゃねぇと思うからな」

「はっ」

「じゃあな――っと、ああすまん、あと一つあった」

「なんでしょうか?」

「もし、あいつの日記らしきものが見つかれば、それを譲ってほしい」

「……かしこまりました。発見した場合は、ミオ様にお渡しするとお約束いたしましょう」

「すまんな。つってもまぁ、どうせ複製するからその場で返すけどな」

「そうしていただけると、こちらとしてもありがたいです」

「だろうな」


 この国はあいつを信仰する国だ。


 あいつゆかりの物をいかに親友であるあたしと言えど、そのまま渡すと言うのはなんだかんだ小さくとも忌避感に近い何かがあるんだろう。


 どうせ、複製する予定だったからな、持っていくつもりはないさ。


 本当は原本の方がいいが……ま、そいつは仕方ないだろう。


 あたしが所持する、あいつの書いた本だって、写本しかねぇし。


 原本、探さねぇとなぁ……。


「んじゃ、今度こそあたしは行くわ」

「お気をくださいませ」

「ははっ、あたしにそう言うのは、お前ら信者か不肖の弟子と、その友人らくらいだ。ま、悪い気はしねぇな。じゃあな」


 そう言い残し、あたしは城を後にした。

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