第545話 異世界旅行の裏側4

 皇国を後にしたあたしは、次なる情報を求めて動こうとするが……正直言って、この世界であいつについて調べる場合、皇国以上に情報が残っていそうな場所がねぇ。


 というのも、あいつ自身に関する物を残すようなことをしてこなかったり、あとは基本的には人間を優しく見守るようなそんな奴だったからだ。


 自分の力が宿ったアイテムだとか、装備なんかを置いておくような性格じゃなかったしな。


 理由は単純で、悪用してほしくなかったから。


 これ以外にはない。


 とはいえ、これ以上目的もなしに動き回っても疲れるだけだし、めんどくさい。


 皇国でやることもやったことだし、別に待つだけでもいいんだよなぁ……だが、なぜかはわからんが、あたしの本能と言うか第六感的な部分が、何かとんでもないことが起ころうとしている、とうるさく警鐘を鳴らしている気がするんだ。


 だが、あたしが探し求める情報ってのは、言っちまえばあいつ自身のこと。


 もともと、自身のことを残すような奴じゃねぇってのに、こんな広い世界二つ分を探し回れとか……死ねと? 無理ゲーもいいとこだぜ、まったく。


 いや、焦っても仕方ないか……。


 焦りこそ、最大の敵だ。


 心にはいつでも余裕を持ってなけりゃ、突然戦闘になった際に迅速に動くことが出来ん。


 ならば、今は一度頭の片隅に置いておく程度でいいだろう。


「さて、次はどこへ行くか――」


 と、あたしが次なる目的地を決めようとした時だった。


 ブー! ブー!


 不意に、あたしのポケットにしまっていたスマホが鳴り出す。


 この世界において、スマホが通じるのはあたしと愛弟子の物だけだ。


 つまり、電話をかけてきたのは……


「ま、イオだよな」


 しかし、電話をかけて来るとは、何かあったのか?


 ふぅむ……まあいい、とりあえず確認をするとしよう。


「なんだ? イオ」

『あ、もしもし。えっと、ちょっと師匠に来てもらいたいんですけど……大丈夫ですか?』

「ん? なんだ、問題でも起きたのか?」


 通話に出たあいつのセリフはなぜかあたしを呼ぶ物であり、それを話す声が困惑に彩られていた。


 何かあったのか?


『いえ、問題と言うか……まあ、問題のような物です。ちょっと気になることができちゃいまして……』

「なるほど。つまり、あたしの意見も聞きたい、もしくはあたしがいた方が何かといいかも、ってことか?」

『そうです』


 ふむ、よっぽどらしいな。


 なら、あたしがすることはたった一つ。可愛い愛弟子のために動いてやるとしよう。どうせ、暇だったしな。


「わかった。ちょっと待ってな。今すぐそっち行く」


 そう言って、あたしは通話を切った。


 その直後、あたしは『千里眼』と『感覚移動』を用いてあいつのいる場所を把握、その直後に『空間転移』を発動させると、目の前にイオたちが現れる。


 いや、正確に言えばあたしがあいつらの前に現れたんだが、まあ、細かいことはどうでもいい。


「で、何があったんだ?」

「ひゃぁっ!?」


 突如として現れたあたしにイオが随分と可愛らしい悲鳴を上げた。


 やはり、こいつの悲鳴は無駄に可愛いよな……なんなんだ? マジで。


「し、しし、師匠!? は、早くないですか!? というか、いつの間に……!?」

「何を言う。あたしは『空間転移』が使えるんだぞ? あとは、あれだ。色々とスキルを併用して、ここに来たんだよ。ま、あたしは最強の暗殺者とか呼ばれてたんでな」


 正直、できることよりも、できないことの方が少ないほどだ。


 ……まあ、最近はマジでわからん物が多すぎて、少し自信を無くしそうだが……いつか絶対解明してやる。


 あとイオ、お前のその若干引いた態度は止めろ。殴りたくなる。


「んで? 聞きたいことってのはなんだ?」


 だが、今はさっさと本題に入ることにする。


 回りくどいのは面倒だし。


「あ、はい。えっと、ちょっとこっちに来てください。詳しいことは村長さんから聞いた方がいいので」

「あいよ」


 どうやら、当事者はイオではなく、この村の村長らしかった。


 村長に視線を送ると、村長はこくりと頷いてから話し始めた。



「……なるほど、そういうことか」


 そうして、話を聞き終え、あたしはイオがなぜ困っているのかを理解した。


 話を要約すると、イオが魔王討伐を達成した後、あいつがこの世界に来た七日間の花のようだった。


 その七日の内、たった二日だけ、あいつには記憶が一切ないと言う。


 そういやイオ、最終日にそんなこと言ってたな……ってっきり、ぼーっとしすぎて記憶に残らなかっただけかと思ったんだが、どうやらそう単純な話ってわけでもなさそうだった。


「はい。師匠、その時のこと、何かわかりませんか?」


 イオ自身もかなり気になっているらしく、困り顔であたしにそう訊いてくる。


 だろうな。自分の知らないところで、自分が謎の活躍していたってんだから、そうなってもおかしくないだろう。


「あー、そうだなぁ……たしかに、村長の言う通り、あたしと話している時もやけに丁寧に話していたな」

「そう、ですか」


 思い返してみると、たしかにあの時のあいつはどこか変だった。


 そういや、記憶がないと言う二日の内の一日目の方、あいつが起きてある程度の家事を済ませた時に、『エル――師匠』とか言ってたよな……エルってのは、あたしの本当の名前の一部なんだが……なぜ、あいつがそれを口にした? 偶然か?


 いやしかし、あたしの今の名前である『ミオ・ヴェリル』には、たしかに『エ』が入って入る。だがそれは、あくまでも小文字の方だ。決して、大文字ではない。


 本名の方に大文字の『エ』が入っているが……どういうこった?


 記憶がないってのも気になる……。


「お前、本当に記憶がないんだよな?」

「はい……」

「たしかに、お前は七日目、あたしに自分が何をしていたのかを尋ねて来ていたが……まさか、本当に記憶がないとはな。しかも、見ず知らずの内に動き回って、村を救っているとは」


 ほんと、呆れると言うかなんと言うか……。


 記憶がないその二日間においても人助けとか、こいつお人好しは異常だろ、マジで。


「仕方ない。どれ、これが本当なのかあたしが見てやろう」


 とはいえ、気になるのは事実。


 ここで色々と知っておくのもありだろうな、その方法があるんだし。


「え、どういうことですか?」


 おっと、そうだよな、こいつは知らないよな、あたしがしようとしている事なんざ。

 ここは、師匠として説明だな。


「ほれ、あたしがよく使うものの中に、『記憶操作』があるだろ?」

「はい、ありますね」

「それを応用すれば、相手の記憶を見ることも可能だ。そこで、その能力を使用して、お前のその時の記憶を覗いてみる、ってわけだ」

「そ、そんなことができるんですか……って、師匠ですもんね。できますよね……」

「はは、当り前だろ」


 むしろ、あたしにその程度のことが出来ないわけがない。


 そう、実はこの『記憶操作』はかなり便利な代物なんだ。


 相手の記憶を改竄したり、削除したり、他にも記憶を覗き見る、植え付けるなどのこともできると言う、割とすごいスキルだ。


 なので、これを使って今回はイオの記憶を覗いてみるってわけだ。


「じゃ、ちょっと頭借りるぞ」


 そう言いつつ、あたしはイオの頭にぽんと手を置く。


 相変わらず、触り心地のいい髪の毛だなぁおい。


「『接続』……『開示』」


 スキル発動のトリガーとなる言葉を発すると、頭の中にイオの記憶や思考が鮮明に浮かび上がってくる。


 よし、成功だな。


(え、な、なにこれ!? 本当に頭の中を覗き見られてる気が……)


 などというイオの心の声も聞こえてくる。


「あぁ、まあ、直接頭の中を見てるからな」


 心の中の言葉にあたしは現実の方で相槌を打つ。


(え、もしかしてこれ、ボクが考えてることも筒抜け……?)


「筒抜けだな」


(ひ、酷い! これ、絶対に普段使われたくない類のものだよ!)


「気にするな。そもそも、あたしは『感覚共鳴』あるしな。他人の心を読むなんざ、それで十分だよ」

「それはそれでだめですからね!?」


 おっと、今度は現実の方でツッコまれてしまったか。


 ま、この辺でからかうのはやめて、本題の記憶を探るとしよう。


 んー……お? だんだん見えてきな……随分とうすぼんやりとする何かがある……。


「…………………ふむ。なるほど、うすぼんやりとだが、該当する記憶があるな」

「え!?」

「じゃあミオさん、依桜君はその時この村に立ち寄ってるってこと?」

「あー……まあ、そうだな。この記憶を見る限りじゃ、間違いないな。うん。間違いない。というかお前、六日目にも似たようなことをしてるぞ?」


 ぼんやりとした記憶の中身を見たあたしは、ついでとばかりにこいつに六日目にも同じことをしていると話す。


「え、えぇぇぇぇ!?」

「見た感じ、こっちでもどこかの村で人助けをしているな。こっちは……盗賊どもを撃退しているみたいだ。お前、本当に何してたんだよ。あの時」

「い、いや、本当に記憶がないんですって」

「記憶がない、ねぇ……?」


 イオのその発言に、あたしは目を細める。


 色々とこいつの記憶を今探ってみてるんだが……正直、気になることが多い。


 まず、なぜぼんやりとしているのか、だ。


 基本的に記憶ってのは、そうそうぼやけることがないものだ。


 無意識下で行った行動であろうと、なんだかんだぼやけることはない。


 多少の乱れはあるかもしれないが、それでもぼやけるほどじゃない。


 にもかかわらず、こいつの記憶はどこか朧気で、ハッキリしない。


 だが、これが今までに一度もなかったかと言えば……答えはNOだ。


 実際、多重人格、もしくは催眠状態に陥った際の記憶ってのは、こうしてぼやける傾向にある。


 つまり……こいつの記憶がぼやけている原因ってのは、別の人格が表出したか、何者かの催眠をかけられたか、のどちらかと言うことになる。


 正直、後者の可能性は限りなく低い。


 何せ、こいつは強い。


 おそらく、この世界であれば、あたしの次程度には強いだろうな。


 歴代最強の魔王をなんとか討伐してるんだ。


 こいつ相手に催眠をかけられる奴なんざ……あたしか、もしくは異界の奴らだろう。


 だが、こいつに対して催眠をかける動機があいつらにはない。


 つまり、犯人は異界の奴らじゃないってことになるが……そもそも、あいつら自体、法の世界や魔の世界へ来ることが難しい。


 できるとしても、魔界の奴らくらいだ。


 天使、妖魔、精霊、妖精、こいつらは無理だろうな。


 強いて言えば、精霊辺りは行けそうではあるが……問題は、あいつらが自然を守る存在であり、性格が温和である事。


 つまり、自然を破壊しまくっていた魔王を倒したこいつは、あいつらからすると感謝する相手ってわけだ。


 残る天使、妖魔、妖精の三種族のうち、天使、妖魔も絶対に無い。


 天使は神気を持つ相手には、ものすごい慕って来る。


 しかも、イオはあいつらからすると、理想の上司! みたいな性格である以上、あいつらがイオを催眠状態にするメリットがない。


 妖魔も妖魔で、あいつらは基本的に温厚と聞く。


 なので、可能性は低い。


 最後の妖精……こいつらが一番やらかしている可能性があるが……ま、こいつらもないだろうな。


 あいつらはいたずら好きだが、どっちかというと、+になるように働く場合は稀だし、そもそも催眠状態などという面白くない行為をあいつらがするはずがない。


 結論、催眠の線はない。


 となると、残る多重人格説だが……。


 一番可能性は高いだろう。


 多重人格ってのは、言ってしまえば心が壊れてしまいかねない現実から自身の心を護るために生み出すという、防衛本能によるものだからだ。


 だが、こいつが果たして多重人格が生み出されるほど、精神にダメージが行っているかと聞かれると……答えは否。


 あたしという最強の人間が育てた弟子だぞ? 常に心のケアは欠かさなかったし、あいつが魔の世界へ再び訪れた際には、その辺の聞き込みもしたし、精神の部分を調べもした。


 問題は何一つなく、至って正常。


 つまり、多重人格が生まれるようなことはないと言うわけだな。


 では、このぼやけた記憶は? と言うことになる。


 正直、あり得ない仮設ではあるが……こいつの中に、別の魂が入っている可能性であれば、ぼやけていても不思議じゃねぇ。


 ごく稀にだが、魔の世界では複数の魂を持って生まれる奴と言うのが存在する。


 そう言う奴らは、日常的に魂を切り替えて生活するわけだが……知識は共有できても、記憶は共有できないと言う特性を持つ。


 文字の読み書き、数字の種類、剣の扱い方、それらは知識の共有によって可能だが、それ以外の部分、例えば風景だとか友達のことだとか、一日何をしていたか、などといったことは共有されない。


 ……正直、可能性としては限りなく低いが、一番しっくりくるのがこの仮説でもあるわけだ。


 本当にわからん……。


「ふぅむ……」

「あ、あの、師匠、どうなってるんですか? ボクの記憶……」

「あー……うーん……そうだなぁ……」

「え、あの、なんでそんなに歯切れが悪いんですか……?」


 なんて言えばいいのかわからねぇからだよ。


 ……とは言えないな、これは。


「いや、気にするな。正直、どういえばいいか迷ってるだけだ。まあ、言うだけ言うが……この記憶は、なんか本当にぼんやりとしてる」

「ぼんやり、ですか?」

「ああ。他の記憶はしっかりと見えるのに対し、五日目と六日目の記憶だけがぼんやりとしている」

「えっと、なんでかわかります、か?」

「……………いや、わからん」


 少し考えてみたが、マジで何もわからない。


 仮説を立てる程度しか、今のあたしにはできないんだ。


 それと、あたしが最も気になっている部分はここじゃない。


 それは――


「まあ、強いて言うなら、この時の感情は明らかにおかしいな。いやまあ、お前だったらそこまでおかしくはないんだが……なんと言うか、お前よりも優しいな」


 これだ。


 こいつは確かに底抜けに優しいバカだが……ハッキリ言ってそれは、面識のある人物や自身の身内に限った場合がほとんどだ。


 まあ、その身内、という部分と、面識のある人物、と言う部分の範囲が広いというのは否定できんが……それでも、どこかで戦争をしている、子供が大変だ、助けに行こう! みたいなバカではない。


 言ってしまえば、自分の手が届く範囲でしか……いや、違うな。自身の視界に入った事柄しか救わない、と行った方が正しいだろう。


 だがしかし、こいつのこのぼやけた記憶から感じる感情と言うのは、人に対する優しさ、ってところか。


 なんでグレードアップしてんだよ、怖いんだけど。


「い、依桜より優しいって……それ本当に人間?」

「未果、それどういう意味!?」


 ミカの言いたいことはわかる。あたしもそう感じるわ。マジで。


「どういう意味も何も、未果が言う事には一理あると言うかな……依桜の優しさは正直異常なくらいなんだが、それ以上ともなると明らかにヤバいぞ?」

「それな。依桜はおかしいくらいに異常だからなぁ」

「うんうん。優しすぎるのにそれ以上はちょっとねぇ……」

「うちも、さすがにそれは異常だと思うなぁ……」

「み、みんなまで!? え、ぼ、ボクってそんなに異常なの……?」

「「「「「「異常」」」」」」


 イオを除いた方の世界組の面々が、苦笑しながらイオに対する感想を口にし、最終的には口を揃えて異常と告げた。


 まあ、だろうな。


 ってか、よく一緒にいるミカたちだけでなく、比較的新参のエナと、接点が少ないミウですらそう感じるのか……。


 やっぱこいつおかしいな。


「あと言えることは、なぜこの記憶をお前が思い出せないのか、というところだな。まるで……」

「まるで?」

「まるで、お前の記憶じゃないみたいだ」

「いやいや、ボクは多重人格じゃないですよ?」


 何を言ってるんですか、と笑うイオ。


 そうだよな、あたしも心の中で否定はしたんだし、何よりこいつならわからないわけがなさそうだし、な。


 ……気になることは多いが。


「ま、それもそうだな。多分あたしの気のせいだろ。ただまあ、別段悪いことをしていたわけじゃないし、そこまで気にしなくてもいいと思うぞ、あたしは」


 現状、これが原因で最悪の事態が起こる、なんてことはなさそうだしな。


 割と放置していても問題ないように思う。


 そう思っての発言だったんだが、この直後、イオが気になることを漏らす。


「うーん、でももしかすると、この時以外にも記憶がない所があるかもしれないんですが……」

「なぜだ?」

「いや、最近あやふやになる時があるので……」


 あやふやになる、か……。


 あたしら他人の目から見れば、全く問題ないように見えるんだが……いや、本人が言うなら本当に起こっているんだろう。


 だが、特に問題らしい問題も起こってないしな……今は放置しても大丈夫そうだな。


「まあ、大丈夫だろ。このよくわからん記憶を見る限りじゃ、お前以上の優しさを持ってるみたいだしな。変なことはしてないだろ。単純に。お前が忘れてるだけっていうのもあるかもしれないしな」

「そう、ですね。まあ、気にしないことにします。何かあったら、師匠に相談します」

「ああ、安心しな」


 どこか浮かない表情のイオに、あたしはなるべく優し気な笑みを浮かべるように心掛け、そう返した。


 やはり、安心させるのが一番だからな。


 と、色々と話を聞き終えたところで、この村を出ると言うことになったんだが、どうやら村長が昼食にあたしらを誘ってきた。


 断るのもあれと言うことで、参加することになり、美味い飯と酒をふるまわれた。


 普段のあたしならば、タダ酒にテンションが上がっていたが、色々と気になることが出まくった影響で、それどころではなかった。


 イオの朧げな記憶に、あたしの本名らしきものを言おうとした謎のイオ。


 この二つだけでも大変だってのに、こっちは法の世界での遺跡についても調べなきゃならねぇんだから、大変すぎんだろ、マジで……。


 あー、せめてもの救いの酒も、今はあんまり味がわからんな……。


 ったく、あたしを悩ませやがって、あの愛弟子め……。


 だが、あいつの不安を取り除くのも、師匠の役目だな。


 是非とも、この旅行の間に、何かを知ることが出来ればいいんだが、な。

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異世界帰りの少年の大事件 ~TSした元男の娘の非日常~ 九十九一 @youmutokuzira

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