第347話 おかしなサッカー経験者

 そんな感じで、アイちゃんを交えて色々と話していると、ついに決勝戦の時間になった。


 ドッジボールは、次なので、問題ないです。


 準決勝と同じく、サッカーから。


 それで、いざサッカーコートに来てみれば……。


『『『なにこれ?』』』


 ボクだけでなく、他の生徒たちも、そんな声を漏らしていた。


 ちょっと待って。


 本当に、これはどういうこと……?


 ボクの眼前に広がるのは、サッカーコート……だったもの。


 いや、辛うじてサッカーコートと言えなくもないんだけど……


「これ、トランポリン……だよね?」


 目の前に広がるのは、サッカーコートの外見をした、あの、小さな子供たちがよく遊ぶトランポリンの部屋、みたいなものだった。


 どう見てもこれ、サッカーどころじゃないよね? バウンドしすぎて、サッカーなんて出来たものじゃないと思うんだけど、一体あの人は何を考えてるの?


『と、とりあえず、行こう』


 この学園が、突然突拍子のないことをするのは日常茶飯事で、慣れてきている学園生でも、さすがにこれには驚き、何とも言えない顔になった。



『というわけで、ルールの説明に移ります』


 コート? 部屋? に入るなり、担当の先生がルール説明を始めた。


 正直、入った瞬間に倒れそうになったけど、似たような場所が向こうの世界にあったので、すぐに慣れた。


 不思議な世界でもあったからね。


 地面がトランポリンのように弾む草原があったからね。


 周りを見れば、ここに入った人たちみんな苦戦しているようだけど……。


 まあ、こんな場所に入る事なんて、そうそうないもんね。


 ……それ以前に、本当にここでサッカーの決勝戦をするつもりなの? これ。


 なんて思いながら、先生の説明に耳を傾ける。


『まず、サッカーの試合はここで行われます』


 あ、うん。本当にここでやるんだね……。


 何を考えてるんだろう、学園長先生。


 ……これ、もしかして、他のルール変更がなされた種目も、こんな変な感じになってるのかな?


 ……この後、ドッジボールがあるんだけど、あれも変なことにはなってない……よね? 大丈夫だよね?


『見ての通り、決勝戦では、トランポリンハウスの中で行われます。この部屋のガラスは、強化ガラスでできているので、ボールが当たっても割れる心配はないので、安心してください』


 強化ガラスが、学園の球技大会程度のもののためだけに使用されてるって……変なところにお金をかけすぎじゃないですか?


 学園長先生の考えはよくわからない……。


『さらに、今回使用されるボールは、ものすごくバウンドします。トランポリンとの相乗効果もあって、かなり跳ねます』


 ……なんで、そんなものを用意してるんですか?


 よりにもよって、すごく相性が悪いものを用意するなんて……あの人は、本当に何を考えて、こんな協議にしてるんだろう?


『基本的なルールはサッカーと同じです。ただ、コート外という概念がありません。なので、スローインやコーナーキックというルールそのものが消失しているので、とりあえずボールを蹴り合って、多く得点を入れた方が勝ちです。ちなみにですが、オフサイドもありません』


 何、そのルール。


 サッカーとか詳しくないからあれだけど、少なくとも相当やりたい放題なサッカー、だよね? これ。


 他の人の顔色を伺ってみると、『えぇぇぇ?』っていう顔をしていた。


 うん。だよね。


 しかも、サッカー部じゃなかったっけ? 相手チームのほとんどの人が。


 やっぱり、本職の人たちとしても、このルールは相当おかしいと思ってるんだろうね。だって、素人なボクですらおかしいと思ってるんだもん。おかしいというか、おかしいのはサッカーのルールじゃなくて、それを考えた人たちなわけだけど……。


『このサッカーですが、怪我的なことも踏まえて、前半戦と後半戦にチームを分けてください』

(((それなら、こんなあほみたいなルールにしなければよかったのでは?)))


 一瞬、この場にいる人たち全員の意思が、ぴったり重なったように感じました。


 酷すぎる……。



 というわけで、チーム分け。


 と言っても、サッカーは十一人で行われるため、六人と五人で分かれることになるんだけど、それだとちょっと大変なのでは? という理由から、一人だけ二回出場することに。


 話し合い――をする前に、みんながボクをじーっと見てきたことにより、半ば強制的にボクが二回出ることになりました。


 ちなみに、前半ではゴールキーパーを務めます。


 ……似たようなことをしていたから、まあ、それなりには動けると思うけど……って、


「ひぅっ!?」

『え、ど、どうしたの? 依桜ちゃん?』

「い、いませすじがぞくっとして……」

『風邪?』

「う、ううん。たぶんちがう、とおもうけど……」


 なんだか不安になって、周囲をきょろきょろ。


 すると、部屋の外ににんまりとした笑みを浮かべて、じっとこっちを見つめてくる仕様の姿があった。


 ……って! 師匠ですか!?


 あの人、今日ず~~~~っと! ボクのことを見てない!?


 自意識過剰……じゃないね、絶対!


 だってあの人の視線って、隠そうとしなければ絶対にわかるくらいに鋭いんだもん! その視線で人を殺せるんじゃないの? って言うくらいに、視線が強いんだもん!


 ボクの自意識過剰で済めばいいんだけど、あの人の場合、絶対にボクを見てるよ……。


 ま、まさかとは思うけど、『跳弾の草原』の修行のことを思い出せ、とか思ってたり……するよね、絶対。


 今思えば、あの草原は酷かったなぁ……。


 一歩踏み出しただけで、体が跳ねるんだよ? それも、五メートルくらい。


 その状態で草原に落ちれば、さらに倍の高さに跳び、また草原に落ちれば、さらにさらに倍の高さに跳ぶって言う……本当に酷い場所だったよ。


 あそこでの修業は自殺行為、なんて言われるくらい、とんでもない場所だった。


 そこでは、いかにして衝撃を吸収、逃がすかの方法を学んでいました。


 例えば、波打つ地面に合わせて、足を上下させる、とか。


 あとは、自分の跳びたい高さに衝撃を調整して跳んだり、自分の行きたい方向に跳ぶように上手く操作したり、とかね……。


 本当、地獄でした。


 そんなことがあったので、師匠は今、


『『跳弾の草原』っていう場所を乗り越えたんなら、お遊び程度の場所で苦戦はしないよなぁ? もちろん、優勝できるよなぁ?』


 とか思ってるよ。


 師匠って、本当に理不尽なんだもん……。


 特に、ボクに対してはかなり。


 ……そう言えば、たまに態徒を鍛えてる、とか言っていた気がするんだけど……もしかして、態徒も師匠の理不尽なしごきにあっていたりする、のかな?


 ……もしそうなら、優しくして上げよう。可哀そうだしね……。


 なんてことを思いつつ、試合が始まる時間に。


『それでは、スタートです!』


 ピ―――! という、ホイッスルと共に、決勝戦が始まった。


 まずは、こちらのチームからに。


 ……まあ、


『うわわ!』

『え、ちょっ』


 ボヨン! ボヨン!


 なんて言う、効果音が見えそうな感じで、こちらのチームの女の子たちが転び、そのままバウンドした。


 同時に、ボールもポヨンポヨン! と弾んでいく。


『チャンス! ――って、や、やりにくい!?』

『わっ!?』


 向こうのチームの人たちも、ボクたちのチームの女の子たちと同じく、ボールを取ろうとして失敗し、そのままトランポリンで弾んでいった。


 一度弾んでしまうと、なかなか元に戻れない。


 ボクもあんな感じだったしね……。


 ……って、あれ? 何だろう。この光景。すご――――く! よろしくない光景なような……。


 気のせい、かな?


『しまったっ! 依桜ちゃん! ボールがそっちに!』

「あ、うん! まかせて!」


 クラスメートの女の子に教えられ、ボクは前を見る。


 たしかに、ボールがこっちに向かって飛んできていた。


 しかも……


「すっごくはねてる!?」


 ボールがこの部屋の壁や、床のトランポリンに跳ねながら、こちらへ向かってボールが向かってきていた。


 じ、地味に予測しにくい……!


 でも、こっちだって、異世界で散々鍛えられた男です! これくらい止められなかったら、師匠にお仕置きされちゃう!


「やぁっ!」


 こっちに向かってくる反射位置を見つけ、ボクはボールが飛んでくる位置にトランポリンを利用して前に割り込む。


 そして、ボールを何とかキャッチ。


「っとと……ふぅ、とれました!」

『おお! さっすが依桜ちゃん!』

『このトランポリンをものともしないなんて……すごいよ依桜ちゃん!』


 なんて、称賛してくれてるんだけど……まだ跳ねてるんだよね……。


 これ、やっぱり相当大変だよね。


 少なくとも、まともに点を入れるのは難しいよね、これ。


 ……仕方ない、よね。うん。


「じゃあ、いきますよー!」


 ボクは空中にボールを投げると、トランポリンを使って飛び上がり、ボールを蹴った。


 狙いは壁。


 壁、天井、床、と色々な場所にぶつかり相手チームのエリアに飛んでいく。


『一体どこを狙って……ってぇ!?』

『ちょっ、反射を利用してきたんだけど!?』

『と、止めて止めて!』

『あぁ! 無理! 動きにくい!』


 なんて騒ぎが聞こえてきたけど、ボールはバウンドしながらゴールに入った。


 ピ―――!


 うん、一点。


 正直、すごく疲れるので、できることなら早く終わらせたいのです。



 一方、観客席側。


「未果、あれ、どう思う?」

「あー、うーん……なるほど。トランポリンハウスになった理由がよくわかったわ……」


 私と晶は、サッカーの決勝戦を観戦していた。


 そして、晶が遠い目をしながらトランポリンハウスを見つめ、どう思うと訊いてきた。


 その問いに、私はそう告げ、理由を言う。


「つまり……跳ねる度に見えるお腹やら、見えそうで見えないブラが見たいがために、トランポリンハウスにしたってわけね……」

「……学園長、変態らしいからな」


 まあ、そうね……。


 依桜から聞いた話だと、学園長は依桜が性転換して、事情説明に行った時に、襲われたとか言ってたし……しかも、あの人もバイらしいのよね……。


 ……待って? 普通に考えて、依桜の周りって……同性愛者とかバイとかが多いような気がしてきたわ。


 大丈夫? 大丈夫なの?


 別に否定はしないけど、あまりいるような人たちじゃないと思うんだけど……依桜って、マジで恐ろしいわ。


「しかも、依桜に対する視線はすごいわね」

「まあ……一人だけスカートだしな」


 実際、依桜だけナース服を着ている。


 しかも、だぼっとしてるおかげで、スカートはちょっと動いただけでふわりと舞い、微妙にパンツが見えそうになっていたりする。


 ……依桜の今日のパンツはたしか……水色と白の縞々パンツだったかしら?


 着替えている時にちらっと見えた限りだと。


 ……可愛すぎぃ……!


「未果、どうした? にやけて」

「あ、い、いえ。問題ない、わ。ちょっと……依桜のことを考えていただけよ」

「そうか」


 危ない危ない。

 依桜の穿いている下着のことを考えてた、なんて口が裂けても言えないわ。


「さて、後半戦はどうなることかしらね」

「だな」



 前半戦は、ボクが入れた一点以外はお互いに点が入らず終了。


 というわけで、後半戦が開始。


 ポジションはゴールキーパーから、例によってフォワードに変更。


 ボクたちがリードしているので、向こうからのスタート。


『くっ、やっぱり、やりずらい!』

『わかる!』


 なんてことを言いながら、キックオフ。

 ボクは蹴り始めたのを見てから、軽くトランポリンで前に跳ぶ。


「もらいますよ!」

『いきなりぃ!?』


 ボールを足で挟むと、そのまま手をついて、ハンドスプリングを決める。


『『『うおおおおおおおおおおおおおおお!』』』


 あれ? なんか今、外からすごい歓声に似た声が聞こえてきたような……。


 うーん、気のせいだよね!


 さて、こういう時、むしろボールを蹴って進むのはある意味、悪手。なので、今みたいにボールを足に挟んでハンドスプリングで進んだ方が、一番効率がいい。


 それに、手だから上手く跳ぶ方向も調整しやすいしね。


 身体能力がいかんなく使用しないと。


 ……なんだか、すーすーするような気がしてるけど。


『くっ、みんな! 天使ちゃんを止めるよ!』


 さすがに、後半戦ということもあって、最初は上手く進めていなかった人たちも、上手く進めるようになっていた。


 そのため、ボクの進路上に相手チームの人が。


 あ、まずい! このままだと、ぶつかっちゃう!


 しかも、ハンドスプリングの影響で逆さまになってるから、ちょっと回避が……!


「よ、よけてぇ~~~~~!」

『え? きゃぁぁ!』


 ボクの叫び空しく、相手チームの人とぶつかってしまった。


「あぅぅ~~~……」

『痛たた……って、ハッ!』

『あー! ずるいよ、麻希!』


 う、うぅ……ぶつかっちゃったよぉ……。


 ……あれ? なんだか、柔らかくて、あったかいような……って!


「あわわわわわわわ! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 ぶつかった人に覆いかぶさるように抱き着いていた挙句、胸に思いっきり顔をうずめているとわかり、ボクは慌てて起き上がると、何度も頭を下げて謝る。


『大丈夫大丈夫! すっごい役得だったから!』

「やく、とく?」


 何が役得だったんだろう……?


 なんて、疑問に思っていたら、


『あー、依桜ちゃん?』

「は、はい」


 不意に、クラスメートの人が目を逸らしながら、声をかけて来た。

 どうしたんだろう?


『……見えてるよ』

「みえてる、ですか?」


 一体何が……と思った時、ボクはすーすーしてることに気づいた。主に、お尻の辺り。


 ……って!


「き、きき……きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 ボクは、自分がパンツ丸出しの状態であることを悟り、悲鳴を上げた。



『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!』』』

「ああ……やっぱりこうなったわ……」

「まあ、依桜、だしな……」


 目の前の光景を見て、私と晶は額に手を当てながらそう呟いた。


 依桜だから、パンツを見られる事態にはなると思っていたけど、まさか相手チームの人に抱き着いて、顔を胸にうずめつつ、パンツ丸出し状態になるとは……。


 しかも、相手の人も綺麗な人だし、何と言うか……尊い光景ね。


 やっば。可愛すぎる。すごく、可愛い。


 しかも、顔を真っ赤にして悲鳴を上げるとか……はぁ~~~~可愛い!


「未果。だらしない顔をしてるぞ」

「あ」

「まったく……概ね、あの依桜の姿を見て、変なことを考えたんだろうが……」


 ……鋭いわ。さすが、二番目に付き合いが長いだけあるわ。


「しっかし……依桜はすごいな。今の一瞬で……見ろよ」

「……ええ、気づいてるわ。これ、大丈夫かしら」


 晶が指し示した方を見れば……


『へ、へへへ……』

『俺、生きててよかった……』

『……て、天使、だぜ……』


 ものっすごいいい笑顔をした男たちが、鼻血を流しながら倒れていた。


 しかも、かなり大勢。


 ……な、何と言う邪魔。


「……これは、相当大変ね」

「……だな」


 保健委員、大変そうね、とか思った。



 その後。


 依桜が思わず泣きそうになってしまい、敵味方関係なく依桜をあやすという事態に入った。


 その依桜の可愛らしさ、守ってあげたくなるような庇護欲に、全員、和んだ。


 ちなみに、依桜のクラスが勝利した。

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