第491話 やっぱりおかしい女委
学園祭が開幕すると同時に、元々生徒だけで賑わっていた学園内は、多くのお客さんが入って来たことによって、更に騒がしくなった。
普段は生徒が行き来するだけの廊下も、今は保護者の人たちや、近隣の学生さんたちに、一般のお客さんたちが行き来している。
こうしてみると、本当にお祭りだなぁ、なんて思えて来るわけで。
『最強焼き! 最強焼きはいかがっすかー!』
『日常のストレスや恨みを発散する、ぶっ壊しランドはどうですかー!?』
『VRを使った、疑似恋愛を楽しめる『ラブマイナス』! 楽しいですよー!』
と、少なくとも受付用の窓口に座っているボクの耳には、色んな出し物を宣伝して歩く人たちの声も聴こえてくる。
これも、学園祭の醍醐味の一つだよね。
……それにしても、何気にすごいのが混じってなかった?
VRを使った疑似恋愛って……。
どういうの何だろう。すごく気になる。
……そう言えば、数人のグループでそんなようなものを出すところがあったっけ。
女委辺りが行きそう。
……うん。目の前のことから目を逸らすの、やめよう。
いい加減、認めないとね、現実を。
『す、すいません! 写真撮ってもらっていいですか!?』
『あの、サインください!』
『ほ、本物の白銀の女神様ですか!? 光栄です! 握手してもらっていいですか!?』
『あ、ずるいぞ! こっちもお願いします!』
現在のボクとエナちゃんと言えば…………見ての通り、エナちゃんやボクのファン(ボクの方は不明だけど)が押し寄せていました。
しかも、かなりの人数がいるため、結構道行く人たちの邪魔になってるし……。
一応、受付は教室入ってすぐ右側なんだけど、やっぱりエナちゃん人気がとんでもないことになった結果、外がすごいことになっちゃった、というわけなんです。
こうなってくると、かなり厄介。
実力行使をすれば、騒ぎを収めたり、しっかり並ばせることはできるけど……ボクは生徒会長。ある意味、生徒の顔とも言うべき肩書を持った生徒なので、下手なことはできません。
つまり、これも生徒会長に課せられた使命のようなもの、というわけで。
……どうしよう。
「ご、ごめんなさい! ここはお化け屋敷で、うちのサイン会や握手会をする場所じゃないの! だから、お化け屋敷を楽しみたい人だけ残って欲しい!」
と、横にいるエナちゃんが、迷惑にならない程度に声を張り上げるも、ファンの人たちの勢いが強すぎて、上手く届いていない。
こうなってくると厄介なんだけど……ここで、ボクたちにとっての救世主が現れました。
「はいはーい! お客様方ストーップ!」
パンパン、と手を叩きながら現れたのは、ボロボロのTシャツにミニスカートを穿いた、ゾンビがコンセプトの女委だった。
ちょっとホラーちっくだけど、それでも元々女委は可愛いので、かなり魅力的に見えます。
さすがだなぁ、なんて思わず感心する。
「ここはお化け屋敷! 間違っても、マナーが悪~いファンが、エナちゃんや依桜君からサインやら握手をねだるような場所じゃありません!」
いつものように、にこにことしている女委だけど、その声には真面目な色や、しっかり注意を促す色が混じっていた。
お店を経営したりするだけあって、慣れてるのかも。
そう思うくらいに、お客さんたちは静かになっていた。
「そもそもだね、メインのお化け屋敷を楽しもうとせず、受付の二人に目が行くとは言語道断! それでも、二人の写真やら握手やら、サインが欲しいと言うのなら……このわたし、『
あの、『真藤皐月』って、何?
女委の口からよくわからない名前が飛び出してきたんだけど……一体何? そう疑問に思っていると、周囲がざわつきだした。
『なっ、あ、あの『真藤皐月』だと!?』
『なんだ、知ってるのか?』
『あったりまえだ! いいか『真藤 皐月』はな、数年前にフリーホラーゲーム界にふらりと現れ、プレイした者たち全員、恐怖のどん底に落としたという、ヤベー人なんだよ! しかも、ホラーゲームに異常なまでに耐性のある人ですら、あれは無理、と投げ出すレベルだ』
『ま、マジか!? そんなヤバい人が……なんで、こんなところに?』
………………えぇぇぇ?
いや、えぇぇぇぇ?
周囲の発言から察するに……女委って、ゲームを作っていた、っていうことだよね? しかもホラーゲーム。
…………そう言えば、前に動画サイトを見ていた時に、そんな名前の作者が作ったゲームを見た記憶が……。
……どうしよう。ボクの中学生の頃からの友達のハイスペックさが、とどまるところを知らないんですけど……。
「おっと? 恐れましたか? お客様方! そんな弱腰で、よくもまぁファンを名乗れましたねぇ!」
女委、なんか煽り出したんだけど。
周囲を見てみれば、ちょっとだけイラッとした様子の人たちが出始めた。
「ファンとは! どれほど過酷な状況だろうが、絶対に不可能と言われるほどの試練を乗り越えてでも! 推しのグッズを手に入れる者たちのことを言うのだ! あと、CDを買いまくる人!」
……何を言ってるんだろうなぁ、女委。
横を見れば、エナちゃんもちょっと困惑気味。
だよね!
「つまり、わたし程度のお化け屋敷を乗り越えられんファンたちに、エナっちや依桜君のサインやら握手やら、写真は上げられないと言う話なわけですなぁ、これが!」
『『『ぐぬぬ』』』
「もし、本気で欲しいと思うのなら! 是非とも挑戦してほしい! そして、推しのグッズをその手にするのだ!」
女委が高らかに言い放つと、押し寄せいていたお客さんたちは、
『上等だッ! ぜってぇクリアしてやらぁ!』
『あんなこと言われて黙ってられるファンだと思うなよ!?』
『簡単にクリアしてみせるぜ!』
次々とお化け屋敷への挑戦を始めた。
「なお、手に入るのは、一クリアにつき一つまでで、同時にエナっちか依桜君のどちらかしか選べないから覚悟しておくよーに! あと、しっかり列を守ってね! 守らなかったら、その人にお化け屋敷に入る資格は無し! 以上! 頑張ってね!」
そう言うと、女委は奥に引っ込んでいった。
……上手い事ファン心理を突いて、しっかり並ばせただけじゃなくて、お化け屋敷をプレイするように仕向けたし、何度もプレイするように仕向けたのもすごいと思う。
……これだけで、売上がとんでもないことになりそうな気が……。
『すみません、二人なんですけど、大丈夫ですか?』
女委のおかげで、騒ぎが収束して以降、普通に受付の仕事ができていました。
今も、若いカップルの二人が来たところ。
「大丈夫ですよ。ですが、只今満席でして……ですので、少々お待ちいただくことになるんですが、大丈夫でしょうか?」
『どれくらい待ちます?』
「そうですね……結構リタイアする人がいるので、もしかすると、もう空くかも――」
そう言った時、
『無理無理! マジでこえぇぇぇ!』
『リタイア! リタイアする!』
本当に二人分空いた。
「どうやら二人分空いた様ですね。すぐにご案内しますので、そちらの席に座ってお待ちください」
空いたところを確認をすると、ボクは目の前のカップルの二人に近くの椅子に座るよう促す。
『うっわー、噂通りかもなぁ』
『だね。でも、楽しみ』
イチャイチャとする二人は、楽しそうに話していた。
なんだか微笑ましいんだけど……内容が内容なだけに、同情しちゃう。
だって、あのお化け屋敷って……。
「次の方どうぞ!」
と、ここで案内役の女委が現れ、カップルの二人を連れて奥へ。
「なんだか、大好評だね、依桜ちゃん」
「みたいだね。しかも今、噂、って言ってなかった?」
「うん。なんかね、うちのクラスのお化け屋敷、結構評判になってるみたいだよ? 怖すぎてクリアできる気がしない! って」
「……あ、あはは。開始早々怖いもんね……」
「……うちも、あれはクリアできないってすぐに思ったよ。怖かった……」
あの天真爛漫で、意外にもホラーゲーム好きななエナちゃんですら、クリアできなかったお化け屋敷。
以前、富〇急ハ〇ランドのお化け屋敷に行っても、ちょっとは怖がったそうだけど、それでも余裕でクリアできたらしいんだけど……女委プロデュースのお化け屋敷は、それ以上の怖さ……と言うか、あまりにも怖すぎて、投げだしたそうです。
ボクなんて、三秒だったけどね……。
「それにしても、思った以上に大盛況だね、うちたちのお化け屋敷!」
「みたいだね。さっきの噂が原因みたいだけど」
去年も去年で大好評ではあったけど、今年はそれよりもすごいような気がする。
回転率で言えば、飲食店の方が上だったかもしれないけど、行列ができている、と言う意味では今年のお化け屋敷の方がすごいと思う。
原因の内、一つは今言ったように噂が原因だろうけど、もう一つの方に関しては……まあ、女委が言い出したあれだよね、これ。
お化け屋敷をクリアしたら、ボクかエナちゃんのサイン、もしくは握手できる、というもの。
人気を逆手に取った場のとりなし方と、集客方法。
なんと言うか……女委のこう言ったことに対する機転の高さは何なんだろうね。
「そういえば、依桜ちゃんは休憩に入ったらどうするの? やっぱり、メルちゃんたちと一緒?」
「うん。みんなボクと一緒に回るのを楽しみにしていたみたいだからね。お姉ちゃんとして、叶えてあげるつもりだよ」
「依桜ちゃんらしいね」
「ありがとう。……それで、エナちゃんはどうするの?」
「うち? うちは女委ちゃんと回るつもりだよ。約束してるの」
「そうなんだ。未果たちは何か訊いてる?」
「んっとね、未果ちゃんは晶君と一緒に回るみたいだよ?」
「まあ、あの二人は仲いいからね」
ボク、未果、晶の三人は、客観的に見ると幼馴染になるからね。
もともとはボクと未果だけだったけど、そこに晶が入って来て、それで三人になったわけだから。
「そう言えば、態徒君は? なんだかちょっとそわそわしているような気がするの」
「態徒は……デートです」
「へぇ~……え!?」
態徒の予定を話したら、エナちゃんは感心してすぐに驚き顔に変わった。
「そ、それってもしかして、鈴音ちゃん、っていう女の子と?」
「うん。今日の朝、珍しく態徒がぐいぐい行ったんだけど、ボクたち全員で行こうと思っていたみたいだったの。鈴音ちゃんは二人きりで行くと思って、すごく嬉しそうにしたんだけど、態徒の言葉の意味を知った途端、しゅんとしちゃって」
「じゃあ、依桜ちゃんが二人きりで行くように仕向けた、っていうことなのかな?」
「そういうこと。ボクとしては、鈴音ちゃんには報われて欲しいと思ってるから」
「たしか、中学生の頃からだったっけ?」
「うん。それ以来ずっと態徒のことを想っていたみたいだからね。友達としては、報われて欲しいなって」
それに、鈴音ちゃんが態徒のために色々していたことは知ってるし、最近になっても、実は裏で態徒に健気にもアピールしていたことが発覚して、殊更応援したくなったからね。
むしろ、あんなに一途な女の子を見て、応援しないは絶対にありえません。
「うちもそのお話を聞くと、応援したくなるよ! 恋する女の子って可愛いもんね!」
「そうだね」
『あのー』
話に区切りがついたところで、お客さんが入って来た。
いけないいけない。お仕事しないと。
「いらっしゃいませ。『お化け屋敷 テンプレじゃないよっ!』へようこそ」
……この名前、どうにかならなかったのかな?
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