第447話 ザブジェの町にて

 トレントさんと別れ、しばらく歩くと、前方に町が見えて来た。


「あそこ、かな? クーナ、あそこで合ってる?」

「はい、合ってるのです!」


 合ってるみたい。


 遠めに見た感じだと……ごく普通の町並み、だね。


 ただ、何かのお店なのかわからないけど、そう言ったものが多いように思える。


 何のお店なんだろう?


 それと同時に、どんな町なのか気になるな、ボク。


 というわけで、町へ到着し、みんなで中に入る。


「おぉぉ……こ、ここがサキュバスの集落……やっべ。これやっべ!」

「なんと言うか、概ね予想通りな姿の人ばかりね。これは」

「でも、意外と露出度が少ない?」


 三人が町を歩くサキュバスの人たちを見て、そう感想を漏らす。


 そう言えばこの世界のサキュバスって、あっちの世界のマンガやラノベに出て来るようなサキュバスとは違って、そこまで露出度が高いわけじゃないんだよね。


 たしかに、一般的な女性が着るような服よりも露出度は高いんだけど、それでも許容レベルの露出度。


 肩が剥きだしになっていたり、スカート丈が太腿の真ん中よりも少し下くらいではあるものの、本当にその程度。


 中にはそれ以上に露出度が高い人もいなくはないけど、そうでもなかったり。お腹が見えていたり、結構短いホットパンツを穿いているくらいだから。


 そう言う意味では、やっぱり現実と二次元は違うということがよくわかるね。


「……にしても、ここってサキュバスしかいないのか?」

「そう言えばそうだね。クーナ、ここってサキュバスの人しかいないのかな?」

「そうなのです。ここは、サキュバスだけが住む町なのですよ!」

「へぇ~」

「ちなみに、魔族は一つの種族のみが暮らす集落や町も多いのじゃぞ!」

「あ、そうなんだ。メルはよく知ってるね」

「魔王じゃからな!」

「うんうん、偉い偉い」

「えへへぇ」


 なでなでと頭を撫でると、メルの顔が綻んだ。


 やっぱり、メル頭は撫で心地がいいなぁ……癒されます。


「あ、ずるいのです!」

「イオお姉ちゃん、私も!」

「わた、しも!」

「ぼくも!」

「……わたしも!」

「ふふっ、わかってるよ。みんな偉いねー」

「「「「「えへへぇ~……」」」」」


 なにこれ、可愛い……。


「依桜の懐かれ方って、やっぱ異常だよなぁ」

「そうね。この旅行でも、最終的に何かを味方に引き寄せてそうよね、あの娘」

「んー、じゃあ、お話にあった、天使さんとか悪魔さんとかかな?」

「「あー、なにそれあり得るわー」」


 後ろで、未果と態徒の声がはもっていた気がした。



 その場にとどまるのはほどほどにして、クーナが暮らしていたという孤児院へ向かう。


 今までのように、少し先の方にあるのかなと思いきや、意外と町の真ん中辺りに建物があった。


 あ、意外と近い。


「ここだよね?」

「そうなのです」

「よかった。じゃあとりあえず入ってみよう。……ごめんくださーい!」


 ノックしながらそう声をかけてみたんだけど……反応がない。


 それどころか、中の気配がほとんどないような……。


「……イオおねーちゃん」

「ん、どうしたの? スイ」

「……あっち、騒がしい」

「え?」


 スイが示した方向を見れば、たしかに騒がしいような……。


 って、うん?


『へへへへ! いやァこの村はいいぜェ……こーんな上玉な女どもがいるんだからよォ』

「zzz……zzz……」

『って、なんでこいつ寝てんだよ、この状況で!?』


 あれは……悪魔さん?


 それから、悪魔さんが抱えているのは……サキュバス、だよね? でも、なんかぐっすり眠っているような……。


「あ、先生なのです!」

「え!?」

「イオお姉さま、先生を助けて欲しいのです!」

「あ、あれって、クーナの先生なの!?」

「はいなのです! 先生、いつも寝てばかりだから、たまに攫われちゃったりするのです!」

「えぇぇ……」


 孤児院の人がそれでいいの……?


 でも、クーナのお願いだし、何よりクーナがお世話になった人……だもんね。うん。助けないと。


 それに、この国に住む人は、メルの大事な国民でもあるし、ボクにとっても同じようなもの。


 それで助けないのは、女王として問題があるからね。


 もちろん、助けますとも。


「でも……はぁ。悪魔かぁ……」


 そこだけはちょっと憂鬱。


 全然平穏に旅行が進まないんだけど。


 ……ともかく、追い払うくらいでいいよね。殺す気とかないし。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ほどほどにね」

「気を付けろよー」

「ワンパンだよ、依桜ちゃん!」

「それは無理だと思う」


 そう言って、ボクは騒ぎが起こっている場所へ走った。



 なんて言ったけど……


「いい加減にしなさいっ!」

『ごへぇっ!?』


 悪魔さんに飛び膝蹴りを入れたら綺麗な放物線を描いて飛んでいき、地面に頭からダイブしていた。


 あ、あれ? なんか弱い?


 って、今はそう言うのは良くて、空中に放り出された先生をキャッチしないと。


「っと」

「zzz……zzz……」


 わー、安らかな寝顔―……。


 お姫様抱っこでキャッチして顔を覗いたら、すごく安らかな寝顔をしながら、気持ちよさそうに眠っていました。


「zzz……zzz……」


 うーん、起きない。


 これ死んでるわけじゃないんだよね? それにしては起きてこないんだけど……大丈夫なのかな、これ。起きるよね? 永眠するような呪いとか病気にかかってるわけじゃないんだよね?


『いってぇ……畜生、誰だ……って、げぇ!? 銀髪女!』

「あれ、ボクを知ってるんですか?」

『ったりめーだろ! クソッ、人間の国にいるとか言った奴ふざけんなよ。普通にいるじゃねえか……だー! ここはダメだダメだ! オレが死ぬに決まってる!』

「あ、あの……?」

『テメェ、覚えてろよー!』

「あ、ちょっ!」


 チンピラみたいな捨て台詞を吐いて、悪魔さんは消えていった。


 ……なんか、一回攻撃を当てただけで、みんな帰って行くんだけど。もしかして、痛みに対する耐性がないのかな?


 それにしては、余裕があったような……。


 まあ、今はいっか。


『も、もしかして……イオ様?』


 ふと、ぽつりとそんな声が聞こえてきた。


『ま、間違いありません、イオ様です!』


 そのセリフを皮切りに、ドドドドドドドドド――! と、地面が揺れ、周囲にいたサキュバスの人たちがボクの所に集まって来た。


 って、人数がすごいことになってるんだけど!?


『イオ様! おかしな輩を追い払って頂き、ありがとうございました!』

「あ、い、いえ、見過ごせなかっ――」

『どうしてザブジェの町に!?』

『滞在なら、是非こちらの宿へ!』

『あ、抜け駆けはずるいですよ!』


 あぁ! なんかすごいことに! というか、動けない!


 こ、これがもみくちゃになる、という状況なのかな!? 綺麗な女の人たちが一斉に押し寄せてくるのって、結構怖いんだね!


 初めて知ったよ!


 態徒や女委辺りはなんだか喜びそうだけど!


 でも、ボクにはこの状況を楽しんだり喜んだりするような趣味は持ち合わせていないので、ただただ困ってます!


「あ、あの! できれば、少し離れて頂けると、ボクは嬉しいです!」


 少し騒がしくなっているボクの周囲にいるサキュバスの人たちに向けて、ちょっと大きな声を出す。


 すると、


『『『も、申し訳ありませんっ!』』』


 と、さっきまでの状態は何だったのか、というレベルでずざーっ! と後ずさるようにして離れた。


 無駄に動きがシンクロしてる。


 こう言うのを見ていると、ボクって本当に王族になっちゃったんだなぁって実感するよね、本当に。


『い、イオ様に迷惑をかけてしまうとは、なんという失態……ここは、死んで詫びるしか……』

「待って待って待って! それはダメです! ……って他の人たちもなんで死のうとしてるんですか!?」


 というか、どこから出したの、その刃物!?


 中には、魔法らしきもので死のうとしてる人もいるし!


『イオ様に迷惑をかけてしまったからですが……』

「ちょっと待ってください。え、なんですか? この国って、王様、もしくは女王様にちょっとした迷惑をかけたら死罪、何て言う法律でもあるんですか!?」

『似たような物なら』

「なんであるんですか!?」

『先代の魔王様が、とてつもない暴君でいらしたので……。その名残です。今でも、この国の法律に『魔王・国王もしくは女王に迷惑をかけた者は、死罪とする』とあります』

「重すぎますよ!? ちょっとしたことで死刑になるって、普通はおかしいですから! それ、ボクが後で撤廃させるように言っておきますので、死ななくてもいいですからね!? というか、絶対に死のうとしないでください! むしろ、そっちの方が嫌ですからね、ボクは!」


 まくし立てるように言うと、周囲のサキュバスの人たちが一気に表情を輝かせた。


 あ、あれ? 何この視線。


『何という慈悲深い方なんでしょう……』

『これが、勇者であり、英雄であるイオ様なのですね……!』

『イオ様以外、女王はあり得ません!』

『私たちは一生あなた様に忠誠を誓いたいと思います!』

『『『思います!』』』


 えぇぇぇ……何この状況……。


 ただちょっと、悪魔さんを撃退しただけで、どうしてこうなったんだろう。


 それから、この状況に対して、ボクはどう答えるのが正解なんだろう。


 ……ま、まあ、ちょっと適当に……。


「え、えっと、ですね。忠誠を誓われても、その……ボクにできることはほとんどありませんし、そう言うのは魔王であるメルの方が……」

『いえ、ティリメル様に対しての忠誠心は、初めから振り切っておりますから』

『そうです。イオ様に対しても、ティリメル様と同等の忠誠を誓うのです』

『ですので、どうぞ、私たちの忠誠をお受け取り下さい』


 ……あ、うん。これはあれだね。何を言っても、無駄って言うものだね。


 マンガとかラノベとかでしか見たことないよ、この光景。


 目の前で、大勢のサキュバスの人たちが跪いている姿は、非常に困惑する。


 もしかしてなんだけど、ボクってクナルラルの中では、どこへ行ってもこんな感じになったりする……? だとしたら、ある意味精神的疲労がとんでもないことになりそうな気が……。


「あー、えーっと……その……い、一応受け取りはしますけど、ボクは元は普通の家の出ですからね? 別に、命令に絶対に従え、とは言いませんので、自由に生きてください。その際に、誰かに迷惑をかけたりしなければ、ボクはそれで十分ですので。あ、できれば人助けをする方向でお願いします」

『何という心が綺麗な方なのでしょう……』

『これは、今この場にいない者たちにも聞かせないといけませんね』

『今のお言葉は必ず書き記して、後世に伝えましょう!』

『『『はい!』』』

「えぇぇぇぇ……」


 なにこれ……。


 なんだか、サキュバスの人たちのボクを見る目というか、対応の仕方が完全に神様に対する何かな気がしてならないんだけど……。


 ボク、向こうの世界じゃ一般的な家庭の人なんですが……。

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