第28話 依桜の決意
「はぁ……はぁ………ふぅ」
あの後、なるべく人に見つからないように走り回り、最後は一番人が少ないであろう屋上に来ていた。
息を整えると、ふと校庭のほうが明るいことに気づき、柵に近づく。
「わぁ~……」
屋上から見下ろす景色は、とても綺麗だった。
校庭の中心では、出し物などで使った小道具や、内装や外装に使われていた木材などがキャンプファイヤーのように燃やされていた。
現在は十月ということもあって、だんだんと日が落ちるのも早くなっている時期。
あたりも大分暗くなってきており、そんななかでメラメラと優しい明りを放っている炎は、見ていてとても落ち着くし、とても綺麗だ。
「……無事に帰ってこれてよかったなぁ」
呪いを受けた時点で、無事とは言い難いかもしれないけど、それはそれ。
五体満足で、ちゃんと帰ってこれたという点は、本当に幸いだった。
あっちでは、常に死と隣り合わせだったから、いつ死ぬかなんてわからなかったし。
本当、こっちは平和だよ。
……学園祭にテロリストが乱入するなんて事件はあったけどね。
「ん……」
未果たちには受け入れられて、立ち直ったとはいえ、目下に見える温かな光景は、酷く綺麗に見えた。
すでに、ボクの手は汚れている。
そんな、汚れているボクからしたら、やっぱりとても眩しいものに見えて、自分が場違いな気がしている。
ボクは、本当に許されていいんだろうか? 本当は、許されてはいけないんじゃないだろうか? そんな考えばかりが、いつも頭の中に浮かぶ。
「……いいのかなぁ」
そんなことをぼやいた瞬間、
「なにが?」
誰かに声をかけられていた。
「わっ!? って、学園長先生?」
慌てて、後ろを振り返ると、学園長先生がおかしそうな表情をしながら立っていた。
「こんばんば。お疲れだったねぇ、依桜君」
「あはは……すっごく大変でしたけどね」
「うんうん。やっぱり、学生はそうでなくちゃね。こういう経験は、今のうちにしかできないから、何事も全力が一番だよ」
学園長先生が、ものすごくいいこと言っていることに、なんだか不思議な気持ちを抱いたが、同時にやっぱり教育者なんだなと改めて思った。
それに、今の言葉はなんというか、胸にスッと入り込んだ気がする。
「それで? 依桜君は、何を悩んでいたのかなー?」
「あー、やっぱりわかっちゃいますか?」
「まあね。これでも、学園を運営してるのよ? そう言うのはわかって当然。それに、悩みを抱えている生徒を、今までに何人見たと思ってるの?」
朗々と言う学園長先生。
ある意味、学園長先生には一生敵わない気がするよ。
「話してみる?」
その声音からは、いつものふざけた感じは全く感じられなかった。
明るく訪ねてくるけど、そこには教育者としての気持ちが垣間見えた気がした。
だから、
「そう、ですね。少し、聞いてもらえますか?」
微笑みながら、学園長先生は小さく頷く。
それを見てから、一拍おいてボクは話した。
異世界でしたこと。
殺人を犯したこと。
それを代償に、たくさんの命を助けたこと。
逆に、助けられなかった命があったこと。
それらを未果たちに告げたこと。
そんなボクを受け入れてくれたこと。
そして、自分の胸中に渦巻いている感情。
すべて、包み隠さず、正直に話した。
ボクが話している間、学園長先生は何も言わずに聞いてくれていた。
「……殺人を犯したボクは、本当にこの世界で生きていていいのかなって、思ってしまって……。それに、未果たちはボクを受け入れてくれたけど、本当にボクは許されたのかなって……」
我ながら、本当に面倒くさい性格をしていると思う。
未果たちはボクを受け入れてくれた。
でも、それは本当なのかなって。
「……なるほど。つまり依桜君は、正しくない方法で正しいことをしたということが、ずっと引っかかっているんだね?」
「そう、なるんですかね……」
正しくない方法で、正しいこと。
たしかに、あれはそうかもしれない。
未だに、夢に見ることがある。
ボクが手にかけた人の最後の表情を。
殺す直前のボクを見て、嘲笑うかのような、そんな表情。
それはまるで、『お前もこちら側だ』という現実を突きつけられたような、そんな気がして。
だから、周囲の人からの感謝で、それを紛らわせていたのかもしれない。
立ち直ったなんて、きっと嘘だったんだろう。
自分でもわからないくらいの、罪悪感や自己嫌悪がボクの中にはあった。
ポツリポツリと、未果たちに伝えたことも、今ハッキリしたこと、すべて学園長先生に話した。
「依桜君は、自分が嫌い?」
聞き終えた学園長先生は、ボクにそう質問してきた。
嫌い……。
「……どうなんでしょうね。ボクは、自分を許せていないと思うんです。だから、きっと嫌いなんだと思います」
苦笑いで答えた。
本当に、そう答えるしかない気がした。
殺した事実は覆らない。
奪った命は二度と戻らない。
だから、ボクは自分を嫌っている。
そんな思いからの言葉だった。
「じゃあ、私が嫌いかな?」
「え……?」
だから、学園長先生の質問に思わず、目を丸くした。
ボク自身の話だったはずなのに、なぜかボクから見た学園長先生の話になってしまっていた。
そんなボクの胸中を察したのか、学園長先生は、苦笑いでこう答える。
「青春祭前日に話したと思うけど、依桜君が異世界に行ったのは、偶然とはいえ、ほんとんど私の面白半分な気持ちが原因。ただ面白いから、なんていう理由で今までしていた研究が、結果的に大切な生徒に、一生消えない傷を残したし、今後の人生を大きく変えてしまうことになった。言ってしまえば、依桜君に罪なんて、何もないはずなの」
「……」
「そもそもね、父が研究を――いえ、違うわね。私が研究を継がなければ、あなたがこうなることはなかった。殺人をすることもなかった。女の子になってしまうこともなかった。だから、あなたに罪なんてない。本当に、罪があるのは、私」
「先生……」
「だから、あなたは何も悪くない。すべて悪いのは私。……どう? 嫌いになった?」
あっけからんと言っているように聞こえるけど、実際は違うはず。
本当はあの時、気づいていたんだと思う。
ボクが暗殺者をやっていたと言ったことや、三年間過ごしたこと、魔王のこと。
ある意味、言外で殺人をしたと、察していたのかもしれない。
それでもなお、あの空気を作ったと思うと、本当に頭が下がる思いだ。
だから、
「……嫌いじゃないですよ」
小さくても、その言葉ははっきりと出た。
「でも……」
「そもそも、異世界に行ったのは、ほとんど偶然だったって言ってたじゃないですか。それに、殺したのは、結局ボクの覚悟の上で行ったことです。それを、学園長自身が、自分が悪いと言われると……なんだか、申し訳なく思えるんです」
「それじゃあ、依桜君は……」
「わかってますよ。それに、よく考えてみれば、覚悟の上だったんです。ボクのそんな行動で救われた命は多くありました。だったら、それはボクが背負うべきものです。それに、もしかしたら、ボクじゃない人が行ってたかもしれませんしね。そう考えると、ボクでよかった、って思えるんです。だから、学園長先生は気にしないでいいと思いますよ」
あっさり言葉が出てきたことに、自分でも内心驚いている。
でも、そっか。これが、本心なんだ。
さっきまで、あんなことを考えていたけど、本当は自分の中で答えは出ていたんだ。
未果たちの時も、気づいていなかっただけで、きっと今の考えはあったんだ。
「そっか……強いねぇ、依桜君は」
安心したような、それでいて、重いものを背負わせてしまったという罪悪感がない交ぜになった表情を、学園長先生はしていた。
「ボクは、強くないですよ。だから、さっきまで悩んでいたんですし。でも、学園長先生のおかげで、なんだか気持ちが楽になりましたよ。自分を許してもいいんだ、ってなんだか思えてきましたし」
「うん。ありがとう、依桜君」
「……お礼を言うのは、ボクの方です。学園長先生がこうして言ってくれなかったら、多分、一生引きずって、いつか壊れていたと思いますから」
まあ、壊れようものなら、未果たちのビンタが飛んできそうだけどね……。
「そっかそっか。それなら、こっちも気楽だよ」
学園長先生はいつも通りの表情に戻って、安心したような、穏やかに感じる。
「さて、依桜君。君は私を嫌いじゃないと言ったね?」
「え? 言いましたけど……」
それがどうかしたのだろうか?
いや、そもそも、嫌う要素は……あ、うん。考えてみれば思い当たる節がある。
採寸だよね。
あれ、第一印象かなりまずいことになる気がするんだけど。
「つまり、依桜君は私が好きってことよね!」
「違いますよ!? 何言ってるんですか!」
さっきまでのシリアスを返してほしい。
あれ、ボクさっきまで結構いいこと言って気がするし、学園長先生もかなりいいこと言ってたよね? あれ!?
「えー? だって、普通そうじゃない? こうして、お互い腹を割って話したじゃーん?だったら、もう運命共同体だよね?」
「なんでそうなるんですか! さっきの話聞いてました!? ねえ、さっき結構いい感じでしたよね! なんで、こう、すべてを壊しに来るんですかぁ!」
「んー、依桜君が許してくれたしー? それに、依桜君、晴れ晴れとした顔してるしねー。だったらもう、壊すしかないでしょー」
「もうやだっ、この変態学園長っ……!」
誰でもいいから、このおかしな状況からボクを助けてほしいです。
切に願います。
「ま、それはさておき。依桜君」
「……なんですか?」
「まあまあ、そんなジト目を向けないで。ありがとね。許してくれて」
「正直、許さないほうがいいかもしれないと思いかけてますが?」
「ごめんなさい」
さっきまでのは一体何だったのかというレベルの、変わり身。
本当に、こんな人が学園長で、この学園は大丈夫なのだろうか?
……行先不安だなぁ。
「あ、そうだ、学園長先生」
「んー?」
「教頭先生――ゼイダルはどうなりました?」
昨日の事件の首謀者である、教頭先生こと、ゼイダルがどうなったのか気になっていたので、学園長先生に尋ねる。
「ああ、彼? 彼ね、いろんな国でいろんなことやらかしてくれてたものでね。まあ、どこが預かるかで揉めてるみたいなんだよねー」
「ええ……」
学園長先生が言うには、本当にやらかしてくれていたらしい。
実は、性犯罪も犯してたとか。
少なくとも、日本では銃刀法違反に、傷害罪、不法侵入に、恐喝、銃火器の不法入手、薬物保持etc……。
海外でも、似たようなことをしていたらしく、かなり揉めているとのこと。
どうしようもない人たちだなとは思っていたけど、本当にどうしようもなかった。
だからこそ、国際指名手配されていたんだろうね。
「でもねぇ、実を言うと、ゼイダルって『ユグドラシル』のリーダーじゃなかったみたいなのよね」
「え、そうなんですか!?」
まさかの事実。
ゼイダル、リーダーじゃなかったんだ……。
「どうにも、ゼイダルは、あくまでも、日本支部のリーダーだったみたいでね。世界中にいるみたいよ? ユグドラシルのメンバーは。まあ、今回の件が本当のリーダーに伝わったみたいでね、今まで行われていたテロ行為が、ピタリと止んだらしいわ」
「でも、まだいるんですよね?」
「そうだね。まあ、当分は問題ないよ。今回の一件で、逮捕に向かいそうだしね」
「それならよかったです」
少なくとも、日本支部は壊滅状態ってことか。
うーん、学園祭に乗り込んで捕まるテロリストって一体……。
「さて。とりあえずこんなものかな。『ユグドラシル』に関しては、大きな情報が入ったら、依桜君にも連絡入れるわね」
「あはは……なんか、ボクが対テロ組織の一員にでもなった気分ですよ」
「下手をしたそうなっちゃうかもねぇ」
「え?」
何気ない一言のつもりだったのに、学園長先生の返しは、まさか過ぎるものだった。
「あー、えっとね、一応言うんだけど……異世界があるっていう事実を知っている人って、実は結構いてね。今回のゼイダルの件もそうだし、実を言うと、各国の首脳陣やら、裏稼業の人やら、結構な人が知っていたりするんだよ。まあ、大抵はうちから流している情報だし、本当にほんの一握りだけどね!」
「……はい?」
「まあ、ほとんどは理論上の話だったから何とも言えなかったけど、依桜君っていう前例ができちゃったからねぇ……まあ、問題ないよ。一応、秘匿にするつもりだし。安心してね!」
「いやいやいやいや! 安心できませよ!? 何してるんですかぁ!」
ここにきて、とんでもない事実が飛び出してきちゃったんだけど!
なんで、そんな重要なことをもっと早く言ってくれなかったの、この人!?
あとそれ、普通ならあの時に言うべき話だよね!?
「ま、そう言うわけだから。バレることはそうそうないと思うけど、一応用心しておいてね。こっちでも、色々と手は打っておくから」
「ええぇ……」
もはや呆れるほかない。
今の話を聞いていると、目の前にいる学園長先生が、いったい何者なのかすごく気になる。
気にはなるけど……逆に知るのもすごく怖い。
……うん。今の話は聞かなかったことにしよう。
「話はこれだけかな。じゃあ、私はいろいろと各方面に根回しとかもあるし、お暇するわ」
「あ、はい。色々とありがとうございました」
「いいのいいの! こっちも助かったからね! じゃね!」
そう言って、学園長先生は屋上を去っていった。
「……はぁ。なんか、とんでもないことになっちゃったなぁ」
そんなことをぼやいたけど、どこか心中では楽しんでいる自分がいる気がして、なんとも複雑な心境になった。
でも、
「……まあ、いっか。なるようになるよね!」
一応、向こうで培った経験と能力で切り抜けられるだろうし、大丈夫だよね!
「ボクも教室に戻ろう」
色々と吹っ切れて、気分が軽くなったボクの足取りは、かなり軽かった。
前途多難なことが起こるかもしれないけど、ボクは一人じゃない。みんなの力を借りながら、全力で今を生きよう、
それがボクにできる、罪滅ぼしだと信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます