第27話 依桜ちゃんの受難

 結局、必死の嘆願により、素手で作ることになってしまった。

 決まってしまったものは仕方ないと割り切って――現実逃避――料理を作り始めた。

 こねているときの男子たちの表情は何というか……言い方は悪いけど、醜悪だった。

 だって、血走ったような目をしながら、鼻息荒く、人様に見られないような顔をしているんだよ? ボク、ちょっと怖くなっちゃったよ……。


 女の子たちのほうは、きゃーきゃー言っているし……。

 ボクに味方はいないの、と思ってしまった。

 多分、晶くらいだと思う。

 ……好きになっちゃうかも。

 そんなこんなで、料理を作り続けると、


『ええー、学生の皆さん! これから青春祭最終日、生徒の生徒による生徒たちの青春祭の開幕だぁ!』


 放送が始まり、この言葉で学園中が沸いた。

 歓声がそこらかしこで上がっていて、まるでこれを目当てにしていたような状況。


『現在の時刻は、午後四時! つまり、打ち上げタイムということ! 打ち上げタイムでは、日中に売れ残ったり、元々回すつもりだった料理やアイテムが手に入ったり、アトラクションの入場料が安くなったりと、まさに生徒たちにとってのゴールデンタイム! 人気の料理はもちろん、特製グッズなどもすぐに売り切れちゃうぞ! 料理は、店内飲食式ではなく、打ち上げ用のテイクアウト式! どんどん買って、どんどんお金を使ってください! もちろん、黒字を出したクラスは二日間の売り上げの三割を使っても構いません! あまりにも人気がある料理や雑貨はそれぞれのクラスでオークション紛いのことをしても問題ありません! ただし! 暴力沙汰、恐喝などは当然ルール違反ですので、お気を付けください! それではかい――おおっと!? たった今、情報が入ってまいりました! なんと、一年六組のコスプレ喫茶は、本来であれば食材がなく、ゴールデンタイムに出店しないはずでしたが、どうやらミスコン優勝者の男女依桜さんが前日に追加で準備していたようです! つまり! 日中食べれなかったみなさんに、平等にチャンスが発生しました! さらに! 追加で作ったハンバーグは、なんと男女依桜さんが、直接! 素手で! こねたものだそうです!』


 ちょ、ちょっと!? 何言ってるの放送の人!?

 普通、素手でこねた情報とかいらないよね!? 本当にいらないよね!?

 それよりも、いつその情報を手に入れたの!? なに、どこかに斥候隊のような人たちでもいるの!?

 あと、素手という部分は、どう考えてもドン引きするはず――


『マジかよ!?』

『っしゃあぁぁぁぁあああぁ! 依桜ちゃんの手料理は何としてでも手に入れるッ!』

『負けられん……!』

『ふっ、今まで抑えていた力をようやく解放する時が来たぞ……!』

『依桜ちゃんの手料理依桜ちゃんの手料理依桜ちゃんの手料理…………!』

『依桜お姉様の料理は欲しい……! なんとしても、打ち上げ用に回収するよ!』


 …………あ、うん。

 この学園って、この学園ってぇ……。

 目の前の現実に、ボクは涙が出てきた。

 うぅ……先行き不安な学園だよ……。


『というわけで、改めてルールを説明させていただきます! ゴールデンタイムは、午後五時まで! アトラクションに関してはこれと言ってありませんが、料理、雑貨に関しては、取り合いになる危険性があります! そうなってしまうと祭りどころではなくなりますので、クラス責任者が許せばオークションなども可能です! すべての采配は、その責任者に一任されます! なお、暴力沙汰などを起こした場合、電気ショックを喰らう羽目になりますので、お気を付け下さい! ゴールデンタイムは、あくまでも打ち上げアイテム争奪戦ですので、この期間の間に打ち上げはしないようお願いします! では、叡董学園青春祭、ゴールデンタイム……スタートですッ!!』


 まるでその言葉が引き金だったかのように、学園中がまるで揺れたように――あ、違う。本当に揺れてるこれ!?

 しかも、だんだんと音が近くなってる……!?

 そして、距離がすぐそばになったと思ったら、


『特製ハンバーグをくれ!』

『こっちもだ!』

『ちょっと、何割り込んできてんのよ!?』

『うるせえ! こっちはそれどころじゃねえんだよ!』

『早く! 早く料理を!』


 大勢の生徒が、一斉に注文してきた。

 こ、怖い……!

 な、なにこの状況!?

 廊下が大変なことになってるんだけど!?

 飲まず食わずで砂漠をさまよって、オアシスを見つけたような状態だよ!


「あわわわわわわっっ……!」

「まずい! 依桜が混乱し始めたぞ!」

「ちょ、依桜!? 大丈夫!?」

「だ、だいじょうびゅ……」


 実際は大丈夫じゃないけど、気をしっかり持たないと、ボク!

 だ、大丈夫……みんな、料理を買いに来ただけ、なんだよね?


「み、みんな、料理を作っていくから、どんどん詰めていって!」


 内心、かなりてんぱってるけど冷静に……!

 とりあえず、手は止められないから、料理を詰めてもらわないと!

 容器に関しては、こっそり生成してあります。


 え? パックじゃ武器にならないだろって?

 ……師匠、それすらも武器に使っていたものなので……。

 って、今はそれどころじゃなくて!


「わかったわ!」

「了解!」

「わかったよー!」


 ボクの指示に真っ先に反応したのは、未果、晶、女委の三人。

 指示通りに出来上がった料理をパック詰めしていく。

 カレーは作ってなくてよかったかも。お米はもう使い切っちゃったからね。


「あ、あわわわわわわわ……!」

「す、すげえ。依桜のやつ、すっげえ混乱してそうなのに、手だけは忙しなく動いてやがるぞ!」

「もうさすがとしか言えないよねぇー」

「……とりあえず、俺たちも手を動かすぞ」


 晶たちが何か言っている気がするけど、ボクにそれを聞き取る余裕はないです。

 注文が殺到しているので、ほかのことを気にしている暇がなく、ずっと手を動かし続けて料理を作る。それが今のボクのやること。

 ……あっちじゃ、世界中駆け回って人を助けたり、魔族と戦ったりと戦闘面での肉体労働だったけど、こっちでは料理なんていう、本当に平和的な仕事。

 戻ってこれてよかったなぁ、本当に。


「依桜、悪いがどんどん作ってくれ!」

「ふぇっ!? そ、そんなこと言われても!」


 ……よかった、よね?


『くそっ! 依桜ちゃんの料理はうちのクラスのもんだ!』

『ア゛ア゛ァ゛ッ!? こちとら、あと半年しか依桜ちゃんと会う機会がねえんだ! こういう時はよ、三年に譲るもんだろうが!』

『それとこれとは関係ねえ! 手に入れたやつが勝者だこの野郎!』

『汚らわしい男どもに、依桜お姉様の料理は渡しませんわ!』


 ……本当に大丈夫? この学園。

 目の前に広がる光景を見て、ボクは本気でこの学園の未来を願った。



「それで、次はどこ?」

「んーっとね、野球部の『鉄板焼き燃える魔球』だね」

「……ネーミングセス」


 あれから二十分ほどで打ち上げ用の料理は完売。

 用意した数は、約二百食分。それも、天ぷらとハンバーグそれぞれという状況で。

 つまり、四百食作ったことになるわけで……。

 一応、売り物用とは別で、クラスの打ち上げ用のもちゃんと確保してあるけどね。


「あぅ……疲れたよぉ……」

「ありゃりゃ。さすがの依桜君も疲れちった?」

「ま、まあね……あはは……」


 もう乾いた笑みしか出てこないよ。

 異世界でも、あんなに料理は作ったことないよ、ボク。

 それに、作ったとしてもあんなに高速で作らないし……。


 こっちの世界に戻ってきて、ある意味初めて感じる肉体疲労かも……。

 あ、いや。普通に精神疲労もあるね。

 だって、目の前で戦争紛いのことが勃発するんだよ?

 ラスト一個の時が一番酷かった……。

 だって、ナチュラルにタイマン? が始まるんだもん。


 みんな血走った目でボクの作ったハンバーグを狙っていくんだよ? 本当に怖かった……。脳裏には、弱肉強食って言葉が浮かんできたし……。

 ボクが作ったハンバーグで、なんであそこまで本気になれるのかがわからない。

 普通のハンバーグなんだけどなぁ。

 ……なんて言ってみたら、態徒が悟りを開いた仏のような笑顔で、


『美少女だからさ』


 とか言ってきたけどね。

 美少女か……。


「ねえ、女委」

「んー?」

「ボクって、美少女なの?」

「もち!」

「そですか……」


 贔屓目に見てる、のかな?

 あ、でも女委って意外と贔屓とか嫌うし……本気で思っているんだろうなぁ。


「さあさあ、依桜君! 早く買って、早く戻ろう!」

「う、うん!」



 あの後、いろんな料理を買いに行ったりしつつ、女委といろいろなところを見て回ったりしていた。

 その際、やたらと視線を感じた。

 正直、もう慣れたと言ってもいいかもしれない。

 なにせ、性転換した日から、ありとあらゆる視線をもらいましたからね!

 もうね、ここまでくると、慣れますよ。


 毎日毎日、妙にねっとりしたような視線は来るし、熱を帯びた視線も来たりね。

 だからもう、いちいち視線を気にしなくなってきたような気がする。

 ……まあ、変態的な視線が飛んできた場合は、後に処置を施しましたけど。

 そんなわけで、ゴールデンタイムも終了し、


『ゴールデンタイム終了です! どうでしたか皆さん? お目当ての料理や雑貨は手に入りましたか!? 私は、残念ながら入手できませんでしたが、一年六組の前は地獄絵図だったようですね! 放送に携わる者として、是非ともこの目で確認したかったのですが、結局不可能になり、大変悔しい思いをしております! さて、私自身のどうでもいいお話は置いておいて……皆さん、青春祭は楽しかったですか!?』


 その瞬間、ゴールデンタイムが始まる前以上の、雄叫びや歓声が上がった。

 この学園はかなり広いけど、それでも聞こえてくるレベルっていうことは、かなりすごいと思う。


『うんうん! イイ反応ですよ、みなさん! 何はともあれ、今年度の叡董学園青春祭は、終了となります! 打ち上げは、八時までとなりますので、ちゃんと、八時までに帰宅するようにお願いします! 打ち上げに関しては、基本的に何でもありです! 友達とだべるもよし、ちょっと冒険してみるもよし、告白するもよし! 各々自由にしてください! ただし、法に触れるようなことだけはしないでくださいね! それから、この雰囲気を狙って、告白する人が多いと思いますが、押しかけすぎることの無いよう、お願いします! それでは、ごゆっくりとお楽しみください!』


 ……う、うーん、色々とツッコミどころは多い気がするけど……気にしないでおこう。うん、そうしよう。


「さ、みんな、ちゃんと飲み物は持った?」

『おー!』

「高校生活最初の学園祭、うちのクラスは、見事に大成功でした!」

『Yeahhhhhhhh!』

「みんなお疲れ様でした! 乾杯!」

『かんぱ~い!』


 未果の音頭で乾杯を済ませると、みんな好き好きに動き始めた。

 他クラスの友達のところに行く人もいれば、クラス内で話す人も。

 特に会話に参加せず、ひたすら食べている人もいる。


 ほかにも、『俺は、男になってくる!』という、告白を仄めかすようなことを言っている人もいた。

 色々とみんなが楽しんでいる最中、ボクはというと……。


『男女! 俺と付き合ってください!』

『いや、俺とお願いします!』

『いや、ここは俺と!』

『私と!』


 ……絶賛、告白を受けている最中です。

 乾杯を済ませると同時に、クラスの男子(女子も数名)がこぞって告白しに来たのだ。

 あまりに唐突すぎる状況に、


「あ、あは、あははは……」


 乾いた笑みしか出てこなかった。

 ここまでいっぺんに告白されたことは、今までで一度もないよ。

 世の中、複数人に告白されると嬉しい、という風に思う人がいるかもしれないけど、実際は嬉しいけど、とても困る、というのが正解だと思う。


 現に、ボクはかなり困り果てているし。

 しかも、腰を九十度に曲げて、手を差し出す人が目の前にいっぱい。さすがに恐怖を覚えたボクは、


「あ、え、ええっと……ごめんなさいっ!」


 結果、ごめんなさいと言った後、その場から逃げた。

 後ろから、『Oh、Nooooooo……!』という玉砕した人たちの悲しみの声が聞こえた。

 しかし、いたら逆にボクがいたたまれない気がして、後ろを顧みず、一目散に逃げた。


 勇気をもって告白してくれたのに、逃げるというのかなり失礼だと思うけど、二十人くらいの全く同じ姿勢でほとんど同じ告白をしてきたら、逃げたくなると思います。

 実際、未果や晶、態徒と女委も、ものすごく苦笑いしていたし。

 態徒と女委が便乗しなかったのはすごいと思います。

 そんなことを考えながら、ボクは校舎内を走った。

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