第29話 学園祭の終幕

 あの後、教室に戻ると、まさに死屍累々と言った様子だった。

 ボクに告白して、玉砕した人たちが、傷の舐めあいをしていたのが何とも言えなかった。

 まあ、一番の問題は、


『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』


 みんなのテンションがおかしな方に振り切っていたことだと思う。

 原因が何かと思い、教室中を見回したら、床に何かの空き缶が数多く転がっていた。

 嫌な予感がして、近くに落ちていた缶を一つ手に取ると、


『ハイボール ユズレモンデラックス』


 と書いてあった。

 ハイボール、つまり、お酒である。


 ……え、待って。ちょっと待って。

 なんで、学校にお酒があるの? ねえ、なんで?


「み、未果……?」


 恐る恐る、近くで談笑? していた未果に声をかける。


「あぁ、いおらぁ~! おかえりらは~い!」

「酔ってる!」


 未果はダメだった。

 目はとろんとしていて、頬は赤らみ、口元はすごく緩んでいる。


 え、いつもの未果はいずこへ? と言わんばかりの表情。

 その上、ボクに気が付いた瞬間、肩に腕を回してまるで甘えるようにくっついてきた。


「うへへぇ~……い~お~、おんぶ~」

「未果の方が身長高いんだから、無理だよ」


 少なくとも、十センチ以上の差はあるよ。

 おんぶできないことはないけど、無理があるよ。


「やぁらぁ~! おんぶ~、おんぶ~!」

「やだじゃないの! 未果、酔っぱらってるでしょ?」

「よっれらいもん! いおが、わらしに、よっれるんらもん!」

「そう言う酔ってるじゃなくてね?」

「いおは、いっしょうわらしろいるろ~!」


 呂律が回ってないけど、何を言っているかはなんとなくわかる。

 あと、その場で駄々っ子みたいにじたばたするのはやめてほしい。

 それから、言っていることが色々とおかしい気がするよ。


「……依桜」

「あ、晶! よかった……晶は無事――」

「依桜は可愛いな……」

「ふぇ!? ちょ、晶!?」


 晶がボクに話しかけてきたから、きっと無事だと思っていた。

 だけど、現実は違ってました!


 妙に、色気のある微笑みを浮かべながら、手をボクの頬に添えてきた。

 それをした状態での、さっきのセリフ。

 ……意味が分からない。


「依桜、俺と付き合わないか?」

「……へ?」

「フフ……。気心知れた仲だし、いいと思わないか? 俺は、依桜と一緒にいたいんだ」

「……あ、あの、晶?」

「それとも、依桜は俺とじゃ嫌か……?」


 ……………………助けて!

 誰でもいいから、ボクを助けて!

 というか、晶って酔っぱらうとホストみたいになるんだね! 初めて知ったんだけど!


 微妙に、表情が色っぽいとか、やたら色気のある雰囲気を放ったりとか、どう見てもホストとかそう言うのじゃないですかやだー! いや、本当のホストがどういう物かは知らないけど!


 ええぇ? 待って。本当に待ってほしい。

 あと、いきなり告白されたボクはどうすればいいの? ねえ。本当にどうすればいいの?

 それと、そんな悲しそうな表情をしないで!


「あ、あのね、晶。そう言うセリフは、酔っていないときにするのが一番いいんだよ? 今の状態で告白しても、冗談としか思われないよ? だから――ッ!」

「大丈夫だ。俺は本気だぞ?」


 まさかの、あごクイッされた。

 わ、わーわー! 晶の顔が近いよぉ! 妙にいい匂いするよぉ! でも、どこかお酒臭いよぉ!


 本当にとんでもない状況なんだけど! ねえ、なんでこうなってるの!?

 全然大丈夫じゃないよぉ!


「キス、しよう……?」

「ま、ままままままって! 本当に待ってぇ! お願いだからぁ!」


 ああ、ゆっくり近づいてくる……!

 本当にまずい!

 このままだと、酔いがさめた後に、とんでもないことになっちゃう!


『ひゅ~ひゅ~!』

『いいぞぉ、もっとやれぇ~!』

『依桜ちゃん、さいこぉ!』


 ああ、ダメだ! クラスのみんなも、完全に野次馬根性発揮しだしちゃって、誰一人として止めようとしてないっ!

 ……こうなったら!


「ごめんっ、晶!」

「かはっ……」


 短い呼気を漏らした後、晶はその場に崩れ落ちた。

 表情は、安らかだ。多分、夢の中だと思う。


 ボクが何をしたかといえば、単純。

 針です。針で、ツボを刺激しました。

 もちろん、使ったのは強制的に睡眠状態にするツボです。

 同時に、酔い覚ましのツボも刺激しました。

 多分、下校時間になる前にはどうにかなっているはず。


「はぁ……はぁ……あ、焦ったぁ……」


 親友がいきなり告白してきた上に、キスをしようとしてくるなんて言う、特異な状況にものすごく疲れた。精神的に。

 今でも、心臓がバクバクいってるもん……。


「ねぇ~、いお~」

「み、未果!?」


 そうだった! 晶とのことが突然すぎて、未果のこと忘れてた!


「み、未果? あのね――ひゃうっ!?」

「あははぁ~、やわらか~い!」

「ちょ、み、みかっ……やめっ、ぁう! んっ、ちょっ……ぁん! ふぅ、ぁっ……! だめっ、だってばぁ……!」

「よいれはらいか~、よいれはらいか~!」


 あろうことか、未果は後ろから抱き着いたまま、ボクの胸を揉み始めるという、とんでもないことをしてきた。

 思わず、声が出てしまう。


「み、かっ……! い、いい加減にっ、しなさいっ!」

「くふっ……」


 どさりと、変な声を出しながら、未果はその場に倒れた。

 晶と同じようにしただけです。


「はぁ……はぁ……う、うぅ、未果のばかぁ……」


 さっきとは違う呼吸の乱れ。

 晶の場合は、単純に緊張の解放から。

 ただ、未果の場合はなんていうか、その……変な気分を落ち着かせるため。


 あ、危なかった……本当に危なかった。

 女の子になってから、こういう部分は本当につらい。


「大変だねぇ~」


 ふと、そんな声が聞こえ来た。

 誰だろうと思って振り返る。


「女委?」


 声の先には、いつも通りの笑顔を浮かべた女委が立っていた。


「うん。依桜君が大好きな、腐島女委さんだよ~」

「別に、大好きっていうわけじゃないけど……あれ、女委は大丈夫なの?」

「まね~。わたしの家系の女性はみんなお酒に強くてね。だから、大丈夫なんだよ~」

「そ、そうだったんだ……よかったぁ、まともな人がいて……」


 いくら女委とは言え、まともに会話ができるのは本当に安心した。


「さすがに、今ばかりは依桜君に同情するよ。だって、未果ちゃんは依桜君にエロいことをしようとしてくるし、晶君も晶君でまるでホストみたいに口説こうとしてたからねぇ」

「あ、あはは……」


 女委の言った事実に、乾いた笑みしか出てこない。

 なまじ、いつものメンバーだから本当にくるものがある。


「あ、態徒君は、そこで寝てるから安心してね~」

「あ、ほんとだ」


 女委の言った先には、某止まるんじゃねえぞ、の人みたいに指さしながら倒れて寝ている態徒の姿があった。

 正直、本当に助かった。


「さて、さすがにこのままじゃまずいよねぇ」

「そうだね。……仕方ない。ボクと女委以外みんな酔っぱらってるみたいだし、みんな強制的に眠ってもらうしかないよね」

「ま、それが一番いいかもね」

「……これだけ酔っぱらったら、多分二日酔いで頭痛くなると思うけど、自業自得ということで」


 誰がお酒を持ってきたのかは知らないけど、ここは連帯責任ということで、起きたら説教かな。

 そう思いながら、人数分の針×2を取り出し、


「おやすみなさい!」


 酔っぱらっているみんなに、針を投擲した。


『『『かはっ……』』』


 面白いことに、みんな同じタイミングで、同じ呼気を出しながらその場で眠り始めた。

 仲がいいというかなんというか……。


「お疲れ様、依桜君」

「本当に疲れたよ……。まったくもう。誰がお酒を持ってきたんだろう?」

「んー、それがね、わたしたちもわからなくてね~。それに、いつの間にか置いてあったしね~」

「わからなかったの? え、じゃあなに? 入手経路が不明なお酒を飲んだってこと?」

「うん」


 ……目元を手で覆って、天井を仰ぎ見る。

 このクラス、本当にどうしようもない……。

 ただ、そうなると気になってくることがあるわけで。


「でも、普通なら未果と晶が止めそうなんだけど……」

「未果ちゃんは悪ノリして、晶君は、悪ノリして酔っぱらった未果ちゃんと、率先してのみに行った態徒君によって、強制的に飲まされてたよ」

「…………」


 絶句するほかなかった。

 クラス委員であるはずの未果が、悪ノリして飲酒するって……。

 あの、普通に考えたら、違法なんだけど。

 というか、それ言ったらうちのクラスみんな犯罪者になっちゃうんだけど……。


「まあ、正確に言えば、お酒だと気づかなかった未果ちゃんが、悪ノリしたっていうのが正しいんだけどね」


 あー、未果だしなぁ。

 基本的に、楽しいこと大好きな未果が、見逃すことするはずないか。


「じゃあ、ほかのみんなは?」

「あー、それがね、みんなも気づかなかったらしくてねぇ」

「……いや、缶に思いっきりハイボールって書いてあったよ? さすがに、それを知らぬ存ぜぬで通すのは厳しいと思うんだけど……」

「あれ、そうなの? わたしたちが最初に飲んだやつ、何も書いてなかったんだけど……」

「え?」


 てっきり、ラベルを見た上でさっきの発言かと思ったんだけど……女委の様子を察するに、どうやら違うみたいだ。

 変だと思って、落ちている空き缶や、まだ空いていない缶を拾い上げて見てみることに。

 すると、


「あ、ほんとだ。ラベルがない……」


 女委の言われた通り、ラベルが貼ってないものが混じっていた。

 よく見ると、缶の数は、クラスの人数×2といったところだ。

 う~ん、これはいったいどういう状況?


「どういうことなんだろう?」

「だね~。とりあえず、先生に連絡したほうがいいかもねぇ」

「あー、だね。これを見る限りだと、未果たちが一方的に悪い、とは言えないし……いやまあ、入手経路が不明で、尚且つラベルが貼ってない飲み物を飲むっていうのも、結構まずいけど」


 普通はしないと思うんだけどなぁ……。

 でも、うちの学園だし。あの学園長だからなぁ……。

 多分だけど、ほかのクラスでもこういう事態が発生したら、うちみたいになったと思う。


「とりあえず、学園長先生を呼んでみようか」


 一応、個人的なつながりということで、学園祭前日に連絡先もらってたし、この際活かしておこう。


 ため息をつきつつも、学園長先生に電話をかける。


『はい、もしもし、董乃叡子ただのえいこです』


 数コールなった後、無事学園長先生につながった。

 ……学園長先生、董乃叡子って言うんだ。


「もしもし、男女依桜です。今大丈夫ですか?」

『あら、依桜君? もちろんいいわよ。依桜君のためだったら、国の一個大隊とだって殺り合うわよ』

「……物騒なこと言わないでください」

『冗談よ冗談』


 全く冗談に聞こえない。

 本当にやりそうなんだよね、この人……。

 冗談でも、『お願いします』なんて言った次の日には、確実にどこかの国の軍が消滅してそうだし。


『それで、何かあったの?』

「えっと、実はですね――」


 ボクは、クラスに戻った後のことを話した。

 もちろん、クラスメートが飲酒してしまったことも含めて。

 当然、それは不可抗力とまでは行かないけど、少なくともラベルが付いていなかったことも原因の一つであるから、擁護した。


「ということなんですが……」

『なるほど。それなら、心配ないかも』

「え?」

『だってその飲み物、うちで新しく開発してる飲み物だもの』

「……はい?」

『正確に言うとそれ、お酒じゃないわよ』

「そ、そうなんですか!?」

『うん。その飲み物、ラベルのある方、よーく見てみて』

「えーっと……『ハイボール ユズレモンデラックス ~お酒じゃないよ!~』?」


 見えなかった……!

 正面からしみてなかったから、全部の文字が見えてなかったのか。


『その飲み物ね、今度販売するやつで、アルコールが入っていないのに、お酒の匂いもするし、アルコールが入っていないのに、同じように酔えるっていう画期的な飲み物なんだよ』

「無駄に技術力高いんですが」

『ま、うちの会社は一応製薬会社だからねぇ。といっても、最近ゲーム業界にも手を出し始めてるけど』


 いや、それはもう製薬会社とは言えないんじゃ?

 製薬会社って、普通に薬とか作るところだよね? なのになんで、アルコールが入っていないのに、お酒と同じような飲み物作っちゃってるの?

 あと、製薬会社のはずなのに、なんでゲーム業界?

 ものすごく、無理がある気がするんだけど。


『だから、酔っぱらってる人たちは、特に問題ないから。少なくとも、アルコールが入っていないから、未成年飲酒にはならないし、二日酔いにもならない。安心安全に酔える飲み物だよ』

「……いやでもこれ、倫理的にやめたほうがいいのでは?」

『問題なし。一応これ、審査通ってるし。ちゃんと、アルコールが入っていないことも証明済みだよ』

「……もういいです。なんとなくわかりましたから」

『そうかい? そんなわけだから、あまり心配いらないよー』

「はい、わかりました。それでは」

『じゃあねー』


 学園長先生の最後の言葉を聞き終えてから、通話を切った。


「ぶっ飛んでるねぇ」

「……だね。みんなどうしようか?」

「んー、とりあえず、寝かしておこっか」

「それもそうだね。みんな初めての学園祭で疲れてると思うし」


 特に、今日なんて昨日の比じゃなかったからね。

 疲れてしまうのも無理はないよね。


「でも安心したよ、変な事件に巻き込まれた、っていうわけじゃなくて」

「だねー。でも、一番大変だったのって、依桜君だよねー」

「そうかな?」

「そうだよ。だって、調理のほとんどをこなして、ミスコンに出て、特技披露でナイフ投げ、テロリストの撃退。二日目には、エッチな痛い! 格好で、調理、それから初日でやった特技の再演。それが終わったら、今度は一人で調理をこなして、お化け屋敷に行って気絶。そのあと、ゴールデンタイムで、また一人で高速調理。ほらね? 依桜君は一番大変でしょ?」

「あ、あはは……た、たしかにそうかも……」


 こうして、二日間のボクの行動を並べて言われると……かなり濃密な学園祭だった気がする。

 あと、女委。わざわざエッチと言ってダメージ喰らいに行くあたり、ある意味尊敬するよ。ダメージを受けてまで言うところに。


「う……俺は……」


 女委と話していると、小さなうめき声が聞こえてきて、一人置きあがった。

 晶だ。


「晶、大丈夫?」

「ん? あ、ああ、依桜か……とりあえず大丈夫なんだが……なあ、微妙に記憶が混濁しているんだが……何か知らないか? もやがかかったみたいに思い出せないんだが……」


 顔をしかめながら、思い出そうと記憶をさかのぼっている晶。


「な、何もなかったよ? うん。何もなかった。ね、女委?」

「う、うんうん、大丈夫だよ! これと言って何もなかったから!」


 晶の名誉のために、ここは黙っておこう。

 思い出したら、どうなるかわかったものじゃないし……。


「うぅ……なんか、首が痛いような……?」


 と、今度は未果も起きてきた。

 眉をひそめ、首をさすりながらの起床。

 多分、ボクが刺したところかな。


「私、何をしていたのかしら……?」


 未果もどうやら記憶にもやがかかっているらしく、思い出せなくてもやもやする、みたいな表情を浮かべている。


「未果もか? 実は、俺も記憶がないんだが……」

「晶も? ……ねえ、依桜と女委は何か知らない?」

「な、何も知らない、よ?」

「わ、わたしも」


 こっちとしても、あまり思い出さないほうがいいと思っているしね……。

 だって、明らかにあれは黒歴史だろうし、二人にとって。


「…………あ、いや、待てよ? 確か俺……ッ!」

「…………何か思い出せそう……ッ!」


 二人がそう呟いた瞬間、二人に雷が走ったような表情を浮かべ、次の瞬間、


「「うああああああああああああああっっっっ…………!」」


 顔を真っ赤に染め叫びながら、床をゴロゴロ転がり悶えだした。

 それを見た、ボクと女委は、


「「あっちゃー……」」


 としか言えなかった。

 思い出してしまったらしい、自分たちが何をしていたのか。


 未果は、幼児退行して、子供みたいにボクに甘えてきた上に、セクハラ。

 晶は、ホストみたいにボクを口説こうとした上に、キスをしようとする始末。その上、微妙にキザっぽいセリフもセットで。


「「し、死にたいっ……!」」


 まあ、そう思うよね。

 ボクも、あんな姿を見せたら、死にたくなるもん。

 特に、師匠とかに。

 師匠にそんな姿を見せたら、当分酒の肴にされていじられるだろうからね……。


「だ、大丈夫、二人とも……?」

「ダイジョブジャナイ……」

「ワタシ、コノヨ、キエタイ……」

「あ、あはは~、二人とも日本語覚えたての外国人みたいになってるねぇ~……」


 さすがの女委も微妙に笑みが引き攣っている。

 ……女委がその反応するってことは、結構深刻だと思う。

 もしかして、女委にもそういう黒歴史があるのかな?


「だ、大丈夫だよ、ボクは気にしてないから! ね?」

「そ、そうは言うがな……俺、あんなにキザっぽいセリフを言ったんだぞ?」


 ……たしかに、普段の晶からは想像もできないセリフだったよね。

 と、ふと横から何やらおかしな気配が。


 見ると、さっきまで引き攣った笑みが何だったんだと言わんばかりに、女委が悪そうな笑みを浮かべていた。

 そして、口を開くなり、


「『依桜は可愛いな』」


 晶の酔っぱらっているときのセリフをリピートした。


「ぐっ!」


 刃物が刺さったかのように、呻き声をあげながら胸を抑え始めた。


「め、女委……?」

「『うへへぇ~……い~お~、おんぶ~』」

「うっ!」


 ああ、今度は未果の幼児退行のセリフを!


「『フフ……。気心知れた仲だし、いいと思わないか? 俺は、依桜と一緒にいたいんだ』」

「うぐぅっ!」


 ああ、晶からは聞いたこともない呻き声が!


「『やぁらぁ~! おんぶ~、おんぶ~!』」

「ぐふぅっ!」


 ああ、未果が倒れた!

 二人とも、完全に目が死に始めてる!


 それどころか、痙攣し始めてるし!

 え、本当に大丈夫なの!? 重症過ぎない!?


「いやあ、二人とも面白いねぇ~!」

「め、女委! さすがにダメだよ! いくら二人が、ものすごく似合わないキザなことを言ってたり、幼児退行して普段からは想像もできないくらい甘えん坊になってても、傷を抉っちゃだめだよ!」

「「うばああああああああああああああああッッッ……!」」


 バタリ。

 あ、あれ?


「さっすが依桜君。見事にとどめを刺したね~」

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、謝らないでくれ、依桜……よ、余計に惨めになる……」

「その優しさが、時として残酷なのよ……」

「……ごめんね」


 最後に一瞬、儚げな微笑みを浮かべた二人は、パタリと動かなくなった。


「ありゃりゃ。気絶しちゃった」

「……よほど、耐えられなかったんだね」

「普段とは全く別のことをしてたことをしたらねぇ。そりゃ、黒歴史にもなるよ~」

「……記憶を消すツボ、押したほうがいいかな」

「そうだね。多分、それが二人にとっていいことかもね。あと、目撃している人もいるけど……それは夢、って言っておけばなんとかなるんじゃないかな? 酔っぱらってたわけだしね~」

「そうだね」


 普通の高校生だったら、酔うという感覚が分からないわけだし、夢と言っておけば問題ないよね。

 なら、刺すのは二人だけと。


 ボクは、新しい針を二本取り出して、三十分ほどの記憶を消すツボという、いかにも都合のいいツボを刺激した。

 一瞬、ビクンッ! としたけど、多分大丈夫のはず。


「はぁ……すごく疲れたぁ……」

「でも、普段見れない姿を視れて、わたしは大満足!」

「女委って、本当欲望に忠実だよね」

「もちろん! 人間は欲望があってこそ! だからね」

「……そうかもね」


 そんなこんなで、学園祭は色々な傷を残しつつ、終了となった。


 しばらくすると、みんな目が覚めて、記憶飛んでいたらしいけど、これと言って障害がなかった。本当にアルコールが入っていなかったらしい。


 なお、未果と晶の思い出したくない黒歴史はしっかり消えていました。

 逆に、ほかの人と違って記憶がないことに違和感を感じ、ほかの人に聞こうとしたけど、思い出さないほうがいいと思いなおしたのか、聞くのをやめていた。

 それが賢明だと思う。

 あの姿は、お墓まで持っていこう。


 高校初の学園祭が、ここまで騒がしいものになるとは思わなかった。

 来年は、もう少し静かになりますようにと、ボクは心の底から願った。

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