第21話 本当の帰還

『お、英雄が来たぞ!』


 クラスに戻るなり、なぜか英雄扱いされた。


『おお、男女! さっきのイベント、最高だったぜ!』

『私、依桜ちゃんにドキッとしちゃったよ』

『もう、すっごいかっこよかったよ! 『これでチェックメイトです』って言ったの、本当によかったよ!』

『それわかるわ! 俺もめっちゃドキッとしたし、男として負けたと思ったぞ!』

「あ、あはは……恥ずかしいから、そうやって言うのはやめてくれると……」


 つい言った言葉をクラスメートに言われるのは、かなり恥ずかしい。

 クラスのみんなはこんな風に、ボクに対して好反応を示してくるけど、ほかの三人は違う。


「……なあ、依桜」


 ふと、態徒がボクに話しかけてきた。

 態徒の後ろを見ると、晶と女委も神妙な面持ちで立っていた。


「わかってるよ。さっきのことだよね? ちょっと待ってね。……ねえ、このお店って、どれくらいに再開するの?」

『んー、とりあえず、まだ三十分ほどはあるな』

「ありがと。三人に話があるから、ちょっと屋上行かない?」

「わかった」


 晶が代表して返事してくれた。

 ボクたちは屋上に向かった。



 屋上に上がったボクたち。

 幸いなことに、屋上には誰もおらず、閑散としていた。


「それで、えーっと……どこから話せばいいかな?」


 空気が重い中、最初に口火を切ったのはボク。

 当然ことだと思う。

 今回は、ボクが黙っていたが故の状況だし。


「そうだな……俺は、その場にいなかったし、態徒と女委に任せる」

「……じゃあ、率直に言う。依桜。あの時のって、イベントでも何でもなくて……全部ノンフィクションなんだよな?」


 珍しく態徒が真剣な表情で、ふざけることなく聞いてきた。

 場違いにも、似合わないと思ってしまったのは内緒だ。


「……そうだよ。あれは、フィクションでも、イベントでも何でもなく、本物のテロリストだよ」


 ボクの回答に、三人が驚愕の表情となった。

 それもそうだよね。ボクだって、逆の立場だったらそういう顔するはずだし。


「……まあ、ほかの人はあれで誤魔化せたけど、やっぱりみんなは誤魔化せないよね……。一応聞くけど、どうしてわかったの?」


 ボクは苦笑しながら、聞くまでもないことを聞く。


「そりゃわかるってーの。まず、演技にしては、未果の状態は最悪だった。それに……」


 と言ったところで態徒は言葉を止め、続きを話したのは女委だった。


「あんなに怒った依桜君が、演技なわけないよ。演技だけじゃ、あんなにプレッシャーは来ないよ」

「あはは……やっぱりそうだよね」


 よく見てると言うか……やっぱり、友達をやっているだけあるね……。

 どんなに、普段があれでも、ちゃんとしたところではしっかりしているよ。


「なあ、依桜。お前、どうしたんだよ? 普通、銃で撃たれて、本来なら致命傷になりそうなほどの傷、どうやって治したんだよ? それに、普通は銃をナイフだけで弾き返せるはずがねーよ。なあ、教えてくれないか?」


 今の態徒は、今までに見たことがないくらいに悲痛な表情をしている。

 ……まあ、未果にはもう言ってあったし、どのみち言うつもりだったし。


「……わかったよ。ただこの話は、他言無用でお願い」


 ボクがそう頼むと、三人はそっと頷いた。

 それを確認してから、ボクは話し始めた。


「実は――」


 ボクは、異世界へ行ったこと、なぜ女の子になってしまったか、なぜあんな動きができたか、そして、なぜあんなに早く対処できたのかを。それぞれ、細かく説明した。

 そして、この説明には……ボクが人を殺したことも含まれていた。


「――っていうことなんだ。ごめんね、みんなには言えなくて……」

「このことを、未果は?」


 晶がそう尋ねてきた。


「ボクが女の子になった次の日に、テロリストと殺人以外のことは話したよ。だから、もう知ってる」

「そうか」


 空気が重くなる。

 みんな、顔を伏せてしまっている。


「……ごめんね、こんなことになっちゃって。軽蔑したでしょ? ボクは、人を殺してしまった。だから――」


 ボクは、学園祭が終わったら、学園を去ろうかと考えていた。

 ボクは、人殺しだ。

 それはこの先、覆ることのない事実だ。

 だから、それを言おうとした、しかし、それよりも早く態徒が言った。

 そしてそれは、ボクの予想の斜め上を行くものだった。


「関係ないね!」

「え……?」


 態徒は、満面の笑みで言った。

 それに対して、ボクはあっけにとられた。


「依桜は、異世界救ったんだろ? なら、それでいいじゃねーか!」

「で、でも、ボクは人を殺して……」

「何言ってんだよ! たしかに、依桜は人を殺したかもしれないけどよ、聞く限りじゃ、殺した人たちって言うのは、更生すらもできないような極悪人だったんだろ? それなら仕方ないさ! それに、それのおかげで、多くの命が救われたんだろ?」

「いやでも……」


 態徒の言い分に何かを言おうとすると、晶が呆れたように話し出す。


「まったく、態徒は……。仕方ない、という言い方は悪いぞ。いいか、依桜。こっちと向こうじゃ、そもそもルールが違う。それは当たり前だ。向こうの法律では、善人を殺したら捕まるようなところなんだろう?」


「う、うん」


 向こうでの法律と言えば、こっちとは違って、悪人以外の人を殺すと犯罪になって捕まる。

 盗賊や殺人鬼は罪の度合いに寄るけど、最悪の場合普通に処刑が執行される。


「俺は、それがいいとまでは言わない。だけどな。態徒の言う通り、悪人を殺したことで、多くの人が救われたんだろう? たしかに、人を殺すことはだめだ。だけど、依桜は何度も悪人を更生させようとしたんだろ? それで十分じゃないか。それに、依桜がその時殺さなかったとしても、いずれ別の誰かが殺していたような人たちだ。自分を責める必要はないんじゃないか?」

「晶……」

「うんうん。二人の言う通り! 話を聞く限りだと、依桜君。すっごく頑張ったみたいじゃん? しかも、いつ死ぬかもわからない状況で、必死に生きていたんでしょ? そもそも、自業自得でもいいんじゃないかな? 晶君だって言ってるでしょ? いずれは別の誰かが殺すって。依桜君。それ、理解してたんじゃないの?」

「……うん」


 そう。ボクは、いずれ別の誰かが殺すことを知っていた。

 それも、殺したくて殺すんじゃなく、我慢ができず、ほかの人の為に殺す人が現れると、わかっていたんだ。

 だからボクは……


「汚れるのはボクだけでいいって、殺すのはボクだけでいいって、そう思ったんだ……」


 小さく呟くように、自分の思ったことを言った。

 すると、三人は笑顔で言った。


「はは! 依桜らしい、優しい考えじゃんかよ!」

「ああ。俺は、そういう依桜の考えが無くなってなくて安心した」

「だね! 依桜君はいつも、人のために動いてたもんね。しかも、自分に対する評価や周囲の眼も気にしないでさ!」


 ……ボクは……いい友達を持ったんだなぁ……。

 みんなの言葉で、ボクは本気でそう思った。


「だからいいじゃねえか! そもそも、そう言う経験があっても、さっきの一件では誰一人殺さず、みんな生かしたじゃないかよ。それって、すごいことだぜ?」

「ああ。普通だったら、躊躇なく殺していると思うぞ? それだけ、依桜は強いってことだよ」

「そうそう! 自信持ってよ! その大きな胸張ってよ! 誰一人として依桜君を責める人はいないよ! 未果ちゃんだってそうだよ! だって、さっきは命を救ってくれたんだもん!」


 大きな胸というところには、聊か引っかかるものがあるけど。


「そう、かな……」

「あったりまえだ! 依桜は優しすぎるんだよ! 人のことばかり気にしていたら、いつか早死にしちまうぞ?」

「態徒の言う通りだ。少しは、自分の思う通りに生きてもいいと思うぞ? その人はその人の人生。人を騙し、陥れ、殺して、そんなことをしている人を殺したって、依桜は悪くないと思う。俺達は、こうして言うことしかできない。俺達じゃ、想像できないほどの苦しみを、依桜は味わったはずだ。なのに、今まで通りに過ごせた依桜を、俺は軽蔑しないし、侮蔑もしない。むしろ、心の底から尊敬するよ」

「依桜君。もういいんだよ。忘れていいとは言わないよ。でも、もう少し肩の力を抜こうよ? そもそも、死人に口なし! 依桜君はなにも悪いことはしてないよ! むしろ、暗殺者という職業をしていたのに、殺したのが更生も不可能な極悪人だけ。それ以外の、悪人は更生できると踏んで、殺さず罪を償わせた。すごいことだよ。それだけ、向こうの世界は綺麗で、優しい世界なんだと思うんだ」

「みんな……」


 ボクは、みんなの言葉に目頭が熱くなる。

 視界もぼやけてきた。


「あ、あれ、おかしいなぁ……前が見えないよ……」


 ダムが決壊したかのように、ボクの眼から涙が次々と流れてくる。

 ボクは……


「依桜!」


 急に屋上の扉が勢いよく開いた。

 涙をぬぐって音と声がした方を見る。

 そこには、息を切らして立っている未果がいた。


「み、か……」


 ボクが名前を呼ぶと、未果はこっちに向かって走ってきた。

 血が足りないはずの体で走って、こっちに向かってくる。

 そして、


「まったくもう……あなたはなんで、昔からため込むのよ……」


 優しくボクを抱きしめた。

 それは、温かくて、優しくて、力強くて、何よりも……心に沁みた。


「話、聞こえてたわ。晶のスマホを通して」

「え……?」


 その言葉を聞いて、ボクは晶を見る。

 すると、ふっと優しく微笑んでスマホを見せる。

 そこには、通話中の文字と、未果という名前。


「悪いな。まあ、そういうこと。このことは、俺のスマホを通して、未果に伝えていた。依桜は本心をなかなか言わないからな。……まあ、まさか未果が来るとは思わなかったけどな」


 気恥ずかしそうに、ポリポリと頬をかく晶。

 態徒と女委も、優し気な笑みをボクに向けていた。


「未果、寝てないとダメなんじゃ……?」

「何言ってんのよ! 私の大切な親友が、こんなに深い傷を負っていたのよ? そこでこうして、走ってきて抱きしめないのは、親友でも何でもないわ!」

「み、未果……」

「あなたはいつもそう。大きな悩みがあると、自分一人で抱え込んで、知らないうちに疲弊して、気が付いたらボロボロになって……少しくらい、私たちを頼りなさいよ!」

「……っ!」


 その言葉がトリガーになったのか、ボクは胸からこみあげてくるものが抑えきれなくなっていた。


「う、うぅ……ぅああ…………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! あああああっ……! ひっ……ああっ、ああああああああぁぁあぁぁああ……!」


 ボクは、みっともなく大声で泣いた。

 それはまるで、三年間の苦しみが今になって全部飛び出してきたかのようだった。


「ふふ、ようやく、泣いてくれたわね」


 未果は優しい声音で、ボクの頭を撫でていた。


「依桜が泣くのなんて、初めて見たぜ?」

「言われてみればそうだな。依桜は、昔から一人で我慢してたからな」

「だねぇ。でも、やっぱり人間だもの。泣きたいときは泣いてもいいし、嬉しい時は喜べばいいし、感情をもっとださないとね」

「だって、依桜?」

「うんっ……うんっ………!」


 ボクは、ようやく一人じゃないとわかった。

 向こうでは、みんながいなくて一人に感じていた。

 信用出来て、とても優しい人もいた。

 だけど、みんなボクが人を殺しても咎めたり、責めたりするどころか褒めてきた。


 ボクは、それがずっと嫌だった。人として、してはいけないことをしたのに、みんなこぞってボクを褒めた。

 それが苦しくて、辛くて、ずっと嫌だった……。

 そんな世界が嫌だった。


 楽しいこともあったけれど、楽しいことは少なくて、辛いことや苦しいことの方が多かった。どんなに頑張っても、ボクは無意味なんじゃないかとも思った。

 敵として戦った魔王軍の人たちだって、本当は守りたいものがあって争いをしていたんじゃないかって。ずっと、そう思っていた。

 それをみんな、ボクを英雄だと、勇者だと祀り上げ、褒め、素晴らしいと言った。


 だからこそ、ボクは少し精神が壊れかけていたのかもしれない。

 こっちに帰ってきても、本当にボクはこの世界でのうのうと生きていていいのか、みんなと一緒に過ごしてもいいのかわからなくて、無意識のうちに線引きしていたのかもしれない。


 テロリストが襲撃してきた時、未果が撃たれて、ボクの頭が真っ白になるのを感じて、頭の中が憎悪で染まっていくのも分かった。強烈な殺意が沸いてきたのも分かった。


 だけど、未果や態徒、女委を見て、それはすぐにボクの頭の中から無くなっていった。

 だからボクは、気絶だけで済ませていた。

 殺したんじゃ、償うことも、謝罪させることもできないと。


 だからこそボクは、怒りや憎悪を守るために使った。

 そうして、誰一人として死なせず、こうして守ることができた。

 それが、すごく嬉しいと感じたのと共に、申し訳なく思った。


 ボクがいなければ、未果は撃たれることもなかったんじゃないかって。

 ボクは、思ったことをポツリポツリと話していた。


 ボクが話している間、みんなは黙って聞いてくれた。

 何も言わず、ただただすべてを受け入れ、包み込むように、ボクの話を聞いてくれた。

 話し終わると、態徒が言った。


「大変だったんだな、依桜。でもさ、オレたちがいるだろ? 大丈夫だって!」

「ああ、その通りだ。依桜には俺たちがいるんだ。姿が変わっても、依桜は依桜だ」

「いやぁ、依桜君がそんな風に思ってといたとはねぇ。でも、わたしだっているんだよ? どんどん頼ってよ!」

「まったく……依桜は優しすぎるのが玉に瑕ね。でも、その優しさがあるから、こうしてみんながあなたを受け入れてくれるのよ? そうじゃなかったら、みんなあなたのことを人として見てなかった。これはね、あなたの行動がそうさせたの。だから……あなたももう少し、我がままに生きたっていいの。というか、あなたはもう少し、我がままを覚えなさい!」

「だな」

「その通りだ」

「そうだね!」

「……うんっ。みんな、ありがとう……!」


 ボクは、心の底からみんなにお礼を言った。

 これだけでは、足りないかもしれないけど、これが今のボクにできることでしかないから。

 でも、それが大事なんだと思う。


「ま! とりあえず、これだけは言っとこうぜ!」


 態徒がそう言うと、みんながそれに賛同するように頷き、とびっきりの笑顔をして、


「「「「おかえり、依桜(君)」」」」


 そう言ってきた。

 ボクはまた、涙があふれてきた。

 でも、それは悲しみじゃなくて、それは、


「うんっ……ただいまっ……!」


 嬉しい気持ちだった。

 こうして、ボクは本当の意味で異世界から帰還した。

 きっと、これからも辛いことがあるだろうけど、まあ……その時は、みんなを頼ろう。

 せっかく頼れるみんながいるんだからね。

 頼らないと!


「しっかしまあ……未果が依桜を抱きしめてるのを見ていると……うん。ありだな。美少女同士の抱き合いってのはいいもんだ!」

「だね! やっぱり、百合もいいよね!」

「ちょっと、何言ってんのよ、あなたたちは……」

「前から気になってたんだけど。女委って、実際のところ男と女、どっちが好きなんだ?」


 ふと、晶がそんな疑問を口にしていた。


「んー? それはあれかい? 恋愛対象としてかい?」

「ああ」

「お、確かにそれはオレも気になるな!」

「あ、私も」

「ぼ、ボクも」

「わたしはね、実は……両方イケるんだ! だから、男の子も好きだし、女の子も大好き!わたしは、どっちも恋愛対象だよ!」

「「「「えええええええええええええええええっっっ!?」」」」


 その日、かつてないほどの驚きがボクたちを襲った。

 なんと女委は、バイセクシャルだった。

 ひとしきり驚いた後、未果が呟いた。


「まったく……それにしても、あれね」

「だな」

「そうだな」

「だね」

「うん」

「ボクたち――」


 ボクが言うと、みんな一斉に、


「「「「「絶対、シリアスで終わらないね(な)!」」」」」


 そう言って、ボクたちは笑いあった。

 でも、これでいいんだと思う。

 これが、ボクたちという存在だしね。

 楽しければいいじゃない、という未果の考えは、どこの世界でも共通する考えかもしれないと、ボクは密かに思った。

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