第61話 母親の知りたくなかった部分

 五、六時間目はつつがなく終了し、ボクは学園長室前に来ていた。

 理由はもちろん、制服の件。

 コンコン


『どうぞ』

「失礼します」

「その声は依桜君? ちょっと声高く、なっ……た?」


 積まれた紙に一枚一枚何かを書いていく学園長先生が、一度手を止めてボクの方へと視線を向けると、学園長先生はポカーンとしてしまった。

 というか、今声で判別した?


「えーっと……依桜君、なのよね?」

「そ、そうです。縮んじゃいましたけど、一年六組の、男女依桜です」

「縮んだ、ね。……とりあえず、その件で来たんでしょうし……とりあえずそこのソファに座っててもう少しで終わるから」

「は、はい」


 近くのソファの端に、ちょこんと座る。


 なんだか落ち着かなくて、きょろきょろと学長室内を見回していた。

 普通なら、あまり来る機会はないはずなんだけど、ボクの場合は、色々と学園長先生と関わることが多いので、よく訪れている。

 でも、まじまじと見ることはないので、なんとなく見みてみたいという好奇心に駆られた。

 物珍しいものはないけど、きちんと整理整頓された部屋は、どこかの師匠とは大違い。


 向こうはゴミだらけで、腐ったものもそこら辺に落ちているのに、気にも留めずに生活する師匠は、やっぱりおかしい。

 それとは反対に、学園長先生はこういうところはしっかりするタイプの様だ。

 華美な装飾はなく、本当にシンプルなインテリアばかりだけれど、すべてが木製でなんだか落ち着く。

 まあ、学園長室が、絢爛豪華な部屋だったら普通に嫌だけど。


「っと、終わり。さあ、事情を聴きましょう」


 そんなことを考えていたら、学園長先生の方の仕事が終わったらしく、ちょっとにこにこしながら対面側に座る。


「それで、なんで小学生みたいな姿に?」

「……のろいのかいじゅに失敗しちゃって……」

「え、失敗しちゃったの!? じゃあ、依桜君って……」

「……はい、一生、女の子のままです」

「そっかー。失敗しちゃったのか。……それで? わざわざそれを言いに?」


 心なしか、学園長先生の顔がニマニマしているように見える。

 この人、ボクが女の子ままなことに対して、普通に喜んでない?


「え、えっと、このすがたに合う制服を、と思って……」

「なるほど。ま、あなたの元の姿よりも、かなり縮んじゃってるしね。じゃ、早速採寸ね」

「……さ、さいすん、ですか」

「安心して。さすがに、前の時のようなことはなしないわよ」

「ほ、ほんとですか……?」

「当然。今の依桜君は、どう見ても幼い子供って外見だからね。そんな子を襲うって言うのは、世間体的にアウトでしょ。いくら同性とはいえ」


 そもそも、学園長という立場で、生徒に手を出すこと自体が世間体的にアウトだと思うんだけど……。

 あと、一応は異性なんだけど。

 ……心は、だけど。


「とりあえず、測ってしまいましょうか」

「は、はい」

「ま、前と同じでいいか。とりあえず、ちょっとそこに立って」

「わかりました」


 ソファから立ち、少し広いところに立つ。

 学園長先生は机の引き出しから、メジャーを取り出し、ボクのところへ。


「はい、じゃあ……脱いで」

「え、ぬ、脱ぐんですか?」

「そりゃそうよ。というか、前も脱いだわよね?」

「で、でも、あの時は下着をつけてましたし……」


 下着があっても恥ずかしいものは恥ずかしいけど、何よりはましということで服を脱いだ。

 でも、今回はサイズが合わないということがあって、下着を着けていない。


「え、なに? もしかして、穿いてないし、着けてない?」

「そ、そうです」

「あー、そっか。たしかにそれは、恥ずかしいわよねぇ~……。まあ、仕方ない、か。別に、服の上からでも測れないことはないし、そうする?」

「そ、それでお願いします」


 正確な数字を測るんだったら、脱いだほうがいいんだろうけど、今のボクにそれは無理!

 何もしないとは言っていても、相手は学園長先生。本当にやらないとは限らないし、それに、こんな姿でも、裸を見せるのは……恥ずかしいし……。


「はいはい。それじゃあ、まずは身長ね。えーっと……129センチね」

「……そう、ですか」


 129センチかぁ……随分と小さくなっちゃったんだなぁ。

 157センチから、149センチになり、129センチ、か。

 ……最初の頃から、かなり縮んでるよ……。


「それじゃあ、次。スリーサイズね」


 き、来た……!


「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね」

「は、はい」


 しゅるしゅると、メジャーを胸に巻き付けてくる。


「んっ……」


 服の上からだけど、確かに少しくすぐったいかも……。


「んー……バストは61、と。で、ウエストは……48ね。じゃあ、最後にヒップ……63。うん。まあ、一般的な、小学3~4年生くらいかしらね」

「……そうですか」


 小学3~4年生かぁ。

 元は高校生なんだけどね……。

 身長が欲しいと思っていたのに、どんどん縮む。

 ボク、呪われてるのかなぁ……。

 ……あ、本当に呪われてたっけ。


「ま、元々の身長でも、小学六年生の平均くらいだったんだけどね」

「そ、そうだったんですね……はぁ」


 縮む前の身長ですら、小学生だったんだ、ボク……。


「でもまあ、まだ高校一年生だし、身長は伸びると思うわよ」

「……そうでしょうか?」

「ええ、そうよ。第一、人間って、二十二歳くらいまでは成長するからね。老化が始まるのも二十二歳だけど」

「そうなんですか」


 それは初めて聞いた。

 でもそれは、一般人の人の普通なわけであって、今のボクはそれが適用されるのかな?

 一応、解呪の影響で寿命はある程度戻ってるようだけど。

 ……まあ、寿命が戻っているからと言って、老化するかはわからないけど。


「それにしても……この計測結果だと、今から発注しても、出来上がるのは……明日の夕方ごろ、か」

「え、じゃあ、明日はどうすれば……?」

「そうね……見たところ、ジャージを着るにしても、サイズは合ってないし……仕方ない、か。依桜君、明日は私服でいいわよ」

「私服でいいんですか?」

「ま、どうしようもないからね。依桜君が望むなら、裸Yシャツでも構わないけど」

「私服できます!」

「あら、それは残念」


 何が残念なんだろう。

 というか、裸Yシャツで高校に来る見た目小学生の女の子って、相当危ない子じゃない?

 絶対にいないよ、そんな子。

 いたらお父さんお母さんの教育を問いただしたい。


「それじゃ、発注はこっちでしっかりしておくから、とりあえず今日は帰って、服を買っておきなさい」

「わかりました。じゃあ、よろしくおねがいします」

「お願いされました。それじゃ、気を付けてね」

「はい。失礼しました」


 軽く会釈してから学園長室から出て行った。



「た、ただいまー……」

「あら、おかえりなさ……」

「おお、依桜か。おかえ……」


 あの後、かなりの視線を浴びつつも、変な人に話しかけられたりすることもなく、何とか無事に家に帰宅。

 とりあえず、ボクの現状を伝えるために、母さんがいるはずのリビングへ。

 すると、今日は仕事が終わるのが早かったのか、父さんもいた。

 二人は、お帰りと言いながらボクを見ると、言葉が途中で止まり、


「「……( ゜д゜)」」


 ポカーンとしていた。


「あ、あの……」


 何も言わずに、ただただボクを見つめる二人。

 さすがに何か言わないと思って、声をかけると、


「い、依桜!? あなた、依桜なの!?」

「お、落ち着け母さん! 依桜はもうちょっとこう……女神みたいで、ボンキュッボンだぞ! こんな、天使のような愛らしい子供であるはずがなぐべらっ!?」

「もぉ! そんなことかんがえてたの、父さん!」


 自分の息子――娘?――に向かって、ボンキュッボンって……さすがに恥ずかしかったので、思わず手が出てしまい、父さんを張り倒していた。


「あらあら! あなた、やっぱり依桜なのね?」

「え、えと、あの……うん。その、ちょっと縮んじゃって……」

「あらそうなの……。随分と可愛らしくなっちゃって……。一体何があったの?」

「ちょっと、色々あって……。せつめいするから、父さんをおこして?」

「わかったわ。あなた、おきなさいっ」

「ごふっ! ちょ、母さん、寝っ転がっている人間の頭を踏みつけるとは……すごくうれし――じゃなかった、痛いんだぞ!」

「グチグチ言ってないで、早く起きなさい。依桜が、説明してくれるんだから。ご褒美は後で上げますから」

「マジ? じゃあ、急いで起きるであります! ……あーこほん。で、依桜。なんで、小さく?」


 ……今、ボクの目の前で、とんでもないことが起こっていた気がするんだけど。

 母さんに頭を踏みつけられて、すごく喜んでいる父さんが目に入ったんだけど。

 そして、やたら恍惚とした表情だった気がするのは気のせい?

 しかも、あとでご褒美って……し、知りたくなかったよ、こんなこと……。

 ……あと、父さん。嬉しいのはわかるけど、ちょっと……というか、かなり気持ち悪い笑顔のせいで、なんというか……真面目な雰囲気に戻そうとしたんだろうけど、全然戻ってないし、取り繕えてないよ……。


「あ、えっと、実は――」


 未果たちにした説明をわかりやすく、二人に説明。

 もちろん、授業中に起こったことも含めて。

 事情を話し終えると、


「それなら、今の依桜に合わせる洋服が必要ね」

「え?」


 ボクの経緯を聞き流したかの如く、洋服の心配をしてきた。

 いや、うん。ボクも心配してるけど。


「たしか……」


 そう言いながら、リビングにある物置部屋へ。

 母さんは物置に入ると、何かのケースを引っ張り出してきた。

 それをボクたちのところへ持ってきて、ケースを開ける。

 その中には、子供用の服がそれなりに入っていた。

 ……女の子向けの、だけど。


「……え、えーっと……母さん? これは?」

「お洋服よ」

「そうじゃなくて、ね? うちに女の子なんていないはずだよね? なんで、女の子の……それも、小学生向けの洋服があるの?」

「あー、それは、母さんが依桜に着せようと画策していたんどらっ!?」


 父さんは笑顔のままの母さんに殴り飛ばされた。

 こ、怖い。


「あ、あの、母さん? 今、父さんが着せようとしてたって……」

「依桜ってば、昔から可愛かったんですもの。やっぱり、着せたくなるじゃない?」

「ならないよっ!」

「え~、でも、本当に可愛かったし……」

「でもじゃないです!」


 実の母親が、息子に対して女装させようとしていたことに、驚きを隠しきれないよ。

 普通、女装させる? させないよね?


「でも、ちょうどサイズがぴったりなのよ?」

「そ、そうかもしれないけど……」

「それに、今からだと、この辺のお店はやってないし……」

「うっ」

「明日は私服で行くんでしょう? なら、ちょうどいいじゃない」

「そ、そうかもしれないけど……」


 すでに、十九時前なので、日もほとんど落ちて暗い。

 それに、御柱市の洋服を撃っているお店のほとんどは十九時まで。

 今から行っても間に合わない。

 つまり、母さんが昔から用意していた洋服を着なきゃいけないわけで……。


「さあさあ! 依桜はこれを着るの! お母さん、ずっと楽しみだったんだから!」

「か、母さんっ? め、目が、目がこわいよぉ!」

「大丈夫。大丈夫よ。ちゃーんと、可愛い洋服を用意してるから!」

「そ、そう言うもんだいじゃな――きゃああああああああああああああああ!」


 結局、ボクは母さんに連行され、着せ替え人形にされました。

 母さんは、終始きゃあきゃあ言って、とても楽しそうでした。

 ボクの目からは、ほろりと熱いものが流れていました。

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