第62話 幼女としての生活
翌日。
「依桜、起きなさい」
ゆさゆさと、優しく何かに揺らされるような感覚と共に、母さんの声がした。
「ん、んぅ……あと、ごふん……」
「寝てもいいけど、遅刻しちゃうわよ」
「んー……ん、ちこ、く?」
微睡む中、遅刻という単語で、薄かった意識が急速にはっきりしてきた。
って!
「い、いま何時!?」
「はぁ。やっと起きた。もうすぐ、八時ね」
「ええ!? な、なんでおこしてくれなかったの!?」
「起こしたわよ。でも依桜ったら、『あと五分……あと、五十年……』って言うんだもの。私はちゃんと起こしたからね」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
五分って、五十年って……我ながら、ベタなことを言ったよ……。
五分はわかるけど、さすがに五十年は長すぎだけどね……。
それもう、寝るというより、永眠だよね。
「わかったら、早く着替えて、降りてきなさい。依桜なら、今の時間でも朝ごはんを食べてからでも間に合うでしょ」
そう言って、母さんは部屋から出て行った。
いたずらっぽい笑みを浮かべながら言ってたけど。
……まあ、間に合わないわけじゃないけど、異世界へ行く前だったら、確実に遅刻すれすれだけどね。
ほんと、師匠様様だよ。
……まあ、その師匠のせいで、
「……はぁ。もどってない、かぁ……」
小さくなったんだけどね。
寝れば治るかも、なんて浅はかな希望を抱いていたけど、結局戻っていなかった。
昨日と同じく、小学生のような姿。
「……しかたない。早く着替えよ……」
ベッドから降りて、いそいそと着替える。
着替えは、いつの間にかボクの机の上に置いてあったので、それを着ることに。
……小学生向けの下着(くまさんパンツ)が用意されていたことに対して、ツッコミを入れたほうがいいのかな?
正直、抵抗がある。というか、抵抗がないはずがない。
だって、くまさんパンツだよ? 可愛らしいくまさんがプリントされたパンツだよ? いくら、今の姿が小学生の女の子だからと言って、中身は普通の女子高生――じゃなかった。男子高校生なんだよ? それなのに、くまさんパンツって……。
「母さんの頭の中はどうなってるの……?」
普通に、キャミソールも置いてあるし……。
でも、これ以外着る服もないだろうし、そうなったら本当に裸Yシャツのような服装で行かないといけなくなる。
そうなったら、変態のレッテルを張られて、一生まともな生活ができなくなってしまう。
それだけは嫌だ。
態徒と女委と同じ称号で扱われるのだけは避けたい。
「き、着るしかない、よね……」
抵抗を感じつつも、変態のレッテルを張られるよりはマシと考えて、用意されていた服を着ることしにした。
「お、おはよう……」
「あら! あらあらあら! 本当に可愛いわぁ! さすが依桜ね!」
「あ、ありがとう……」
ボクがリビングに行くと、母さんがボクを見るなり、朝とは思えないテンションで褒めてきた。
「やっぱり、依桜は女の子のほうがいいわね! 男の娘の時でも周りの女の子より可愛かったし、生まれてくる性別を間違えてたのね!」
「母さんが言うことじゃないよねそれ!?」
生まれてくる世界ならわかるけど、生まれてくる性別を間違えたとか、初めて聞いたんだけど!
間違っても、親の口から出るような言葉じゃないと思うよ!
あと、今男の子の『こ』の字が、『子』ではない、別の字のように感じたのは気のせいなのだろうか?
「言うわよぉ~。依桜ってば、可愛いんだもの」
「かわいいとしても、言っちゃだめだよ、今のは……」
可愛いから許される、って言うわけじゃないんだから……。
……まあ、可愛いは正義なんて言う人もいるけど。
……もしかして、母さんはそう言う人なのかな?
「さ、早く朝ごはん食べて、学校に行きなさい」
「わ、わかってるよ……」
今の母さんに言われるのは、少し癪だけど、言っていることは正しいので渋々朝ごはんを食べた。
必要な荷物は全部、もう持ってきてあるので、そのまま出発。
「行ってきます……」
「いってらっしゃーい! 車に気を付けるのよ! あと、知らない人について言っちゃだめだからね!」
「わかってるよぉ! あと、ボクをいくつだと思ってるの!」
まるで小学生の子供にするような注意をされた。
ボクとしてはすごく遺憾なので、しっかりと抗議をした。
最も、その抗議を受けた母さんは、柳に風とボクの抗議を受け流していたけどね。
はぁ……朝から疲れたよ……。
まだ学校が始まってすらいないのに、なんでこんなに疲れてるんだろう……。
いつもより遅い時間に出たため、急いで学園へ向かう。
それなりのスピードで街を走る。
もちろん、安全に留意して走っているので、人とぶつかったりすることもない。
あ、車にも気を付けないと。
轢かれても無傷だろうけど、さすがにそれだと目立ちすぎちゃうし。
前のモデルの件と、エキストラの件でかなり目立っちゃってるし……。
これ以上目立つと、ろくなことにならないので、気を付けないとね。
色々な意味で安全に気を付けながら疾走すること数分。
いつもより少しだけ遅い時間に到着。
大体、数十メートルほど離れた位置から走るのをやめて歩き始める。
周囲には当然、学園の生徒がいるので、ボクの存在はかなり目立つ。
小学生くらいの子が通学路を歩いているのは不思議じゃないのかもしれないけど、ボクの通う学園の場合だと、学園の方に向かって歩くのはちょっとおかしい。
ボクの家から、学園までの通学路の途中に、小学校一ヵ所存在しているから。
学園を通り過ぎた先にも小学校はあるけど、ボクが歩いてきた方向からしてそれはありえない。
なら、ボクはなんなのか、と言う疑問を孕んだ視線がボクに飛んでくる。
なにせ、裾が長めで、所々にリボンやフリルがあしらってある水色のワンピースを着た子供が、ランドセルではなく学園指定のカバンを持って歩いてたら、視線は来るものだし。
視線が集まると、本当に落ち着かない……。
元々、あまり目立ちたくない性格だったけど、すでに色々とやらかしちゃってるし……当たらないよね、の気持ちで応募したエキストラのアルバイトに至っては、かなり目立っちゃったし、急にやることになったモデルの仕事だって、ボクが望んでいたんじゃなくて、碧さんに頼まれたから、つい流されてやっちゃっただけだし……。
ただでさえ、目立ちなくなかったのに、暗殺者をやっていたこともあってか、さらに目立つのが嫌になったような気がする。
……まあ、やむを得ない場合は結果的に目立つことになっちゃうんだけど。
テロリスト襲撃の件が一番いい例だね。
できれば、あんなことが今後起こらないことを祈るばかりだよ。
そんなことを考えつつ、学園の敷地内に入る。
すると、
『お、おい、なんかちっちゃい子がいるぞ』
『なに!? お、おぉ、か、可愛い……! なんて可愛さだ! まさに天使じゃないか!』
『どう見ても、小学生だが……なんでうちのカバンを持ってるんだ?』
『飛び級、とか? でも、うちの学園にそんなシステムなかったよな?』
『ああ、ない』
『じゃあ、あの子は……?』
『何あの子! 超可愛いんですけど!』
『あんな子、この辺にいたっけ? というか、なんでうちの学園に来てるの?』
『うちのカバン持ってるし、兄妹か姉妹がいるんじゃないの? それで、忘れ物を届けに来た、とか?』
『え、でも、今まで見たことないし……それに、あの子、誰かに似てるような気がするんだけど……』
やっぱり、こそこそとボクに対する疑問を話しているみたいだ。
うん。二度目。
可愛い可愛いって言われるけど、ボクってそんなに可愛いの?
たしかに、ちっちゃい子って可愛いけど……。
「ちっちゃくなる前よりもふくざつだよ……」
可愛いと言われることに対して、嬉しいと思いつつも、元男としてどうなんだろう、という疑念が混在していた。
「おはよー」
教室へ行く道中、校門付近と同じように視線が集中したけど、なんとか気にしないようにしつつ、辿り着いたいつもの教室へ入る。
「おっす、依桜。今日は遅かったな」
「そうね。依桜だったら、この変態たちよりも早く来るものね」
「ちょ、ちょっとねぼうしちゃって……」
「珍しいな、依桜が寝坊とは」
寝坊の理由って、夜中まで、母さんの着せ替え人形にさせられたからなんだけどね。
……母さんにあんな趣味があるとは思わなかったけど……。
「依桜君、その服どうしたの?」
昨日のことを思い出して、遠い目をしていると、女委が嬉々としてボクの服装について反応してきた。
「可愛いよなぁ、それ。つか、昨日の今日でよく用意できたな」
「そうね。この街の洋服を売っているお店って、十九時には閉まるし、学園長の所に行っていたのなら、間に合わないんじゃないの?」
「う、うん。そうだね……まあ、その……家にあった、としか言えない、です」
ここで、母さんのことを言ってもいいものなのか迷った結果、言わないでおくことに決めた。
言っても、ね。
「なんで依桜の家に、小さい女の子向けの服があったのかは、この際気にしないでおくとして……随分にあってるな、依桜」
「褒められるのはいいんだけど、ね……こんな姿だし」
「その姿も十分可愛いけどよ、元に戻るのか? それ」
「どうなんだろうね……。ボク個人としては、戻ってほしいよ」
「私は……そうね、今の姿でもいいけど、やっぱり、元の姿がいいかな」
「んー、わたしは今でもいいかなー。可愛いロリ美幼女なんて、なかなかいないしねー」
ロリ美幼女って……それ、ロリって二回言っていない?
というか、今のままでいいって、それが友人に言うこと?
「オレは、元の姿がいいな!」
「あら、意外。あんたは、女委と同じで、今のままがいいのかとばかり……」
「たしかに、今のままの依桜も十分可愛い。それも、添い寝をしたいくらい可愛い。だが! オレとしてはやはり、ボンキュッボンの依桜が一番イイッ!」
「「「ジト―」」」
ボク、未果、晶の三人による、本気のジト目。
まさか、態徒がそんなことを考えていたなんて……。
……ボク、本気で友達辞めようかな。
というか、元々男のボクに対して、ボンキュッボンの依桜がいいとか言っていたけど、本来なら、ボクって男だからね? 決して、スタイルのいい? 女の子じゃないからね?
「さすが態徒君! ぶれないね!」
「ふっ。当然よ。……それで? もう一度聞くけど、戻りそうなのか?」
「師匠が言うには、かいじゅにしっぱいすると、のろいについかこうかが出る、って言ってたんだけど……」
追加効果なら、本来の呪いがあの姿で、今の姿はあくまでも、小さくなっているだけとなる。
追加効果と言う部分から考えると、戻っても不思議じゃない、と思うんだけど……
「もどるかもしれないし、もどらないかもしれない。そう言う感じ、かな」
「なるほど。俺としても、できれば戻ってほしいかな」
「晶はなんでかしら?」
「正直、話しにくいと言うか……視線を下に下げるのが少し辛い」
「「「あ」」」
「………………ねえ、晶?」
今、晶は言ってはいけないことを言った。
視線を下に下げるのが辛いと言った。
……それってつまり……。
「……ボクが、小さい、ってことだよね?」
「い、いや、そう言うことを言っているわけじゃなくて」
「でも、今のセリフだと、依桜はチビだって言っているようなものだよねー」
「め、女委!?」
「あーあ。依桜を怒らせたー。意外と、無意識で毒舌吐くだけはあるなぁ、晶」
「俺は毒なんて吐いてないぞ、態徒!」
「あら、晶はのんびりしていていいのかしら?」
ニヤニヤと、底意地の悪い笑顔を晶に向ける未果。
ボクは、ただただ笑顔。
ただし、目だけは笑っていない。笑えない。
「ふふふ……いくら晶と言えども……ゆるさないからね?」
「ま、待って! 本当に待ってくれ! お、俺が悪かったから、ちょ、まっ――」
「おしおきっ!」
軽く跳躍して、晶の首筋にぷすっと、いつもの針を突き刺した。
「かはっ」
そして、いつものように、短い呼気を漏らし、床に伏した。
今から十秒くらいは眠ったままになる。
もちろん、眠らせるだけじゃないけどね。
「で、今回は何のツボを押したの? 依桜」
「トラウマのツボだよ」
「トラウマのツボ、ってどんな効果なんだ?」
「んーっとね、かんたんに言えば、今まで一番のトラウマを、十秒間のすいみんの間に十回くらい見るツボかな」
「「「うわぁ……」」」
ツボの効果を言ったら、三人がなぜか引いていた。
「えと、今のってそんなひどい、のかな……?」
(((え、無意識……?)))
「あ、あの……」
なぜか固まった三人に声をかけると、
「ハッ! ッハァ、ハァ……お、俺は……」
すごい冷や汗をかきながら、晶が起きた。
恐怖に染まった表情をしているところを見ると……これ、相当悪夢だったみたい、だね。
「おかえり、晶。それで……もういちど、逝く?」
「い、いや、止めておく。正直、何の夢を見ていたのかは覚えていないが……体がガタガタ震えるほどに怖かったのは覚えてるよ……。見てくれよ、この鳥肌……」
「……晶が小さいって言うからだよ? じごうじとくです」
「いや、別に小さいとは言ってな――」
笑顔を浮かべながら無言で針を取り出す。
「すみませんでした」
「はい、ゆるします」
ちゃんと反省してくれたみたいで、よかったよかった。
……最も、次同じようなこと言ったら、十秒間に百回は見ることになるけどね。
「……依桜って、基本的にMっぽいところあるけど、怒るとSになるわよね」
「……どっちの依桜もいいが……あれは、怖いな」
「……だね。わたし的には、Mっぽいほうがいいけど、Sな依桜君にもキュンときちゃったよ……(パンツ替えないと)」
「「……あれを見ても言えるその度胸」」
「えへへぇ」
「ん、何を話してるの?」
「い、いやなんでもない! なんでもないぞ!」
「う、うんうん! 問題ない問題ない!」
「そ、そうね。ちょっと晶のことを話してただけよ」
うーん? 何かを誤魔化しているような気がするんだけど……気のせいかな?
「そっか。なんとなく、女委がエッチなことを言っているか考えているような気がしたんだけど……」
(((す、鋭いッ!)))
「ちがうならいいよ。あ、そろそろ先生が来る時間だよ」
「お、おう。じゃあ、後でな……」
「わ、私も」
「じゃねー」
「……俺も」
態徒と未果は何かに怖がっているような表情を。
女委はバレなくてよかった、みたいな表情をしつつ、いつものような雰囲気で自分の席に。
晶は、まだトラウマを引きずっているのか、恐怖に濡れた顔をしていた。
……や、やりすぎたかな?
そんなこんな感じで朝は過ぎていく。
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