第63話 幼女としての生活2

 HRが終わると、平常通りに授業となった。

 普通なら、何の問題もなかったんだけど、今回ばかりは問題が発生。


「み、見えない……」


 身長が縮んだおかげで、黒板が見えなかった。

 ボクの席は、廊下側から数えて三列目の後ろから二番目。

 一クラス四十人で、二列目~五列目までは一列七人。

 なので、ボクは後ろの方となる。

 正直なところ、縮む前の時ですら見えにくかったというのに、今なんて、ほとんど見えてないよ……。


「んっー……!」


 なんとか黒板を見ようと、左右に動き回るも、全く見えない。

 前の人に言うのも気が引けるし、かと言って、先生に言うというのも授業の進行を妨げそうで嫌だし……。

 どうしよう……。


「依桜君、どうしたの?」


 ちょいちょいと肩をつつかれながら、左隣の女委が不思議そうな顔でボクに声をかけてきた。


「あ、え、えっと、黒板が見えなくて……」

「あー、今ちっちゃいもんね。それで、板書が見えないの?」

「う、うん……」

「そっかそっか。なら、わたしのノートを見ればいいよ」

「え、いいの?」

「うん。今の依桜君なら、わたしのノートを見ながらでも問題なく、わたしは板書が取れるからね~」


 女委は神様ですか?


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」

「うんうん! 困った時は助け合いだよ~」


 嬉しそうに笑いながら、女委が自分の机をボクの机にくっつけてくる。

 そして、見やすようにと、板書用のノートをボクの方にずらしてくれた。


「ありがとう」

「いいよいいいよ~」


 こういう時、本当に女委は気遣いできる。

 友達が困っていると、声をかけてそのまま自然に手助けしてくれるのだ。

 本当にありがたいよ……。


「……ふふ、これで合法的に依桜君に触れる」


 ……今、一瞬変なことを言ってなかった?


「……女委、もしかして……何かしらおもわくがあったりしない?」

「ううん? 別にないよ~」

「……そう、だよね。ごめんね、疑っちゃって」

「いいよいいよ。間違いは誰にでもあるよ」


 気のせい、か。

 う~ん、でも変なセリフが聞こえたような気がするんだけど……。

 女委だし、いつも変だから、そう言うことかな?

 まあいいよね。友達だもん。


「依桜君、ちゃんと写せる?」

「うん、だいじょうぶだよ。ありがとう、女委」

「おおぅ。やっぱり、依桜君の笑顔は可愛いなぁ……」


 可愛い、か。

 なんだかもう、言われ慣れたからか、嬉しいと感じる気持ちの方が強くなってきた気がする……。

 以前は、嬉しい三割、複雑七割くらいだったのが、今では、嬉しい六割、複雑四割くらいになってる。


 ……一生女の子なんだから、受け入れてしまったほうがいい気が……って、ダメダメ! ボクは男、ボクは男っ……!

 女の子であることを受け入れる気持ちが沸いてきたけど、頭を振ってその気持ちを追い出す。


 はぁ……。

 元に戻りたいなぁ……。

 せめて、縮む前でもいいから……。

 黒板が見えないことがここまで辛いとは思わなかったよ。

 いくら視力が良くても、目の前に壁があったら何も見えないしね……。

 師匠なら、透視みたいなスキルか何かを持ってそうだけど。


「もどりたい……」


 切実に思いながら、授業は過ぎていく。



 一時間目が終わり、二時間目~四時間目の授業でも黒板が見えなかったけど、一時間目の時と同様、女委がノートを写させてくれた。

 ありがたい。


 ……でも、やたらと触られていたのは気のせいなのかな?

 手とか、太腿とか……。

 触るたびに、女委の表情が緩んでいった所を考えると……寒かったのかな?

 だとすれば、緩んでも不思議じゃないよね。

 涎は気になったけど。

 気になることはありつつも、午前中の授業を終えたボクたちはお昼を食べていた。


「そういや、五、六時間目は体力測定だったよな?」

「そうね。昨日は一組と七組だったから、今日は二組と六組。うちのクラスね」

「体力測定かぁ……わたし、運動得意じゃないんだよね~」

「女委はインドア派だからな。あまり体を動かしてないし」

「わたしが本気で動くのは、夏と冬だけだよ」


 それは、あれかな? オタクたちの祭典。

 コ〇ケかな?

 そういえば、いつも夏と冬の決まった時期はいつも留守にしてたっけ。

 あれ、確実に同人誌を売りに行ってたよね?

 少なくとも、月に一回は原稿の入稿に追われているし、結構売れてるのかも。


「そういえば、依桜って体育出れるのか? たしか、体操着とかサイズ的に合わなかったような気がするんだが」

「ま、まあ、その……小学生の時のたいそうぎがあったので、それでだいようです……」

「「マジで?」」

「マジです」


 変態二人組が食いついてきた。

 もちろん、本当のことなので、肯定する。

 本音を言うと、あまり着たくはなかったんだけどね……。

 でも、着ないと体育はできないし、普通の服でやるわけにもいかないので、仕方なかった。


 ……幸いだったのは、男女ともに同じ体操着だったことかな。

 小学四年生くらいの時の体操着がちょうどぴったりくらいだった。

 ほかは、大きいか小さいかのどちらかだった。


「でも、依桜の身体能力を考えると……ちょっと危険じゃない?」

「それはあるかも……」


 未果の疑問は、ボクも考えていた。

 異世界で鍛えられた身体能力は、かなり高く、この世界の人の数千倍だと思っていいほど。


 五十メートル走なんて、男子の世界記録を余裕で塗り替えられるし、ボール投げをやれば、多分学園の敷地から出て行ってしまうほどになる。

 立ち幅跳びとか、本気でやれば五十メートルを優に超えられる。正直、五十メートル走らなくても、立ち幅跳びで測れそう。

 握力は……確実に壊しちゃうかも。

 あとは、垂直飛びとかかな。

 あれは……そもそも、体育館の天井まで行っちゃいそう。

 比較的まともなのは、長座体前屈じゃないかな?

 あれ、柔軟性を測るだけだし。

 ……まあ、それでも結局、ガラケーみたいに足に胴体がくっつきそうだけど。

 ……うん。色々と考えてみたけど、結構アウト。


「でもよ、今の依桜って小さくなってるだろ? 身体能力って下がってるんじゃないのか?」

「うーん、どうだろう?」


 ……あ、そういえば、今朝走った時、いつもより少し遅い気がしたなぁ。

 急いでいたから気付かなかったけど、今思い返してみれば、もう少し早く学園に着いた気がする。

 本気は出してなかったんだけど。


 だとしても、普段のあれくらいの力で走れば、もっと早く着いたよね?

 少なくとも、普段登校している時間帯くらいには。


「ちょっと下がってるかも」

「ちょっとって、どれくらいなの?」

「うーん……ふだんの三分の一、かな」

「それでも、三分の一なのね……」

「学園祭の時のあれを見ている限りだと、まだ余力はありそうだったが……」

「まあ、よりょくはあったかな? 今言った三分の一は、ボクが本気を出した時の三分の一だけど」


 どれくらいかな。

 わかりやすく言えば、仮に本気で立ち幅跳びをやって、70メートルだったとすると、その三分の一……つまり、約二十三メートルくらい。

 ……うん、それでも十分おかしい。


「あれで本気じゃないのかぁ……うちの学年の平均、おかしなことになりそうだよなぁ、それ」

「そうだねぇ~。依桜君、身体能力が異常だしねぇ~」

「少なくとも、数十メートルは離れていたテロリストに一瞬で肉薄し、そのまま蹴り飛ばすくらいだもの。人間やめてるわ」

「あ、あはは……」


 あの時は、ちょっとだけドーピングしたけどね。

 身体強化を使ったから、ああなったわけだし。

 使わなくても行けたかもしれないけど、その場合、確実にステージの床は壊れてたと思うけどね。

 そうなってたら、弁償させられるかもしれなかったし、だから身体強化を使っていたり。


 あ、一応補足を。

 向こうでの身体強化は、膂力を上げるというより、体の動きや攻撃力を上げたりする魔法だったりします。

 どっちも同じに聞こえるけど、身体強化は少ない力で倍くらいの攻撃や速度が出せる魔法です。

 例えば、何も強化しないでジャンプした時の力と同じくらいでやると、それ以上の跳躍力になる、というわけです。

 もちろん、強化される割合は、魔力によって変わるので、最大強化は人によって異なります。

 師匠は……とんでもないです。


 一応、ボクの魔力量は、世界で二番目くらいとは言われていたので、かなり強化できるけど、世界で一番多く持っているのは、きっと師匠なんだと思います、ボク。

 だって、神様に近い存在の様だし、ボク以上にあっても不思議じゃないもん。

 絶対、ボクより上だよ、あの人。


「ある意味、依桜は体育を見学したほうがいいのかもな」

「いえ、戻るかもしれないということを考えたら、今の状態で測定しちゃった方が、まだ問題はないはずよ。一応、身体能力はある程度下がっているようだし」

「そうだね。ボクもそう思うよ」


 仮に見学したとして、体力測定自体は別の日にやるはず。

 そうなると、万が一前の姿に戻ったとして、その時に測るほうがよっぽど危険だ打と思う。

 意外と、手加減って難しいしね……。


「じゃあ、依桜君はそのまま出るって感じになるのかな?」

「そうなるね」


 そのままも何もあったものじゃないと思うけど。


「でも、幼女の依桜が必死に走って、顔を真っ赤にして、汗だくの状態で息切れしている光景を想像すると……なんだか興奮するよな」


 態徒の発言で、女委を除いた三人がゴミを見るような目を態徒に向けていた。


「態徒、お前……」

「あんた、ロリコン……?」

「ごめん、友達辞めていい?」

「そこまで言うことなくね!? つか、友達辞めるは辛辣じゃね!?」

「当然でしょ。考えてもみなさいよ。幼女化している依桜を前にして、堂々と妄想し、堂々と性的興奮を覚えているとか……本人からしたら、本気で友達を辞めることを考えるレベルよ」

「ちょっ、そこまで言ってないぞオレ!?」


 必死に言い訳をするけど、時すでに遅し。

 言葉は撤回できない。

 まさか、態徒からそう言う目で見られてたなんて……って、あれ。よくよく考えたら、いつものことのような気がする。


「……そっか。態徒は元々変態だったし、こうして面と面向かって変態な言葉を言われても、なんだか今更だよね」

「いや、依桜。普通に開き直っているが、それはおかしい……いや、たしかに依桜の言う通りか。元々変態だし、今さらか」

「まあ、そうね。……態徒だしね」

「待て。それはどういう意味だよ!」

「どういう意味何も、元々変態だってことを言っているんだけど……」

「オレは、別に変態じゃないぞ!」

「「「「え?」」」」


 態徒の否定の言葉に、さすがの女委までもがきょとんとした。

 今までのあれで、変態じゃないと思ってたの? 態徒。

 ……それはそれで、相当おかしいと思うんだけど。


 ボクが、身体能力的な意味でおかしいとしたら、態徒の場合は、普通に頭がおかしい。

 女委ですら、自覚があったというのに、態徒は自覚がなかったなんて……。


「え、オレ、変態じゃないよな?」

「変態ね」

「変態だな」

「変態だね」

「まごうことなき、へんたいだよね」

「そ、そんな、バカなッ……」


 驚愕と言った表情で、床に手を突く態徒。

 え、そこまで驚くようなこと?


「周囲のことにすら、鈍感だというのに、自分にすら鈍感だとは……依桜もそうだが、態徒も大概だな」


 あれ! なんかボクに飛び火してない?


「そうね。依桜も鈍いけど、態徒も鈍いわよね」

「だねー。依桜君、にぶちんだし、態徒君は、普通に鈍感だもんねー」


 やっぱり飛びしてる!?


「ボク、そんなにどんかんじゃないよ!」

『え?』


 あれ、態徒にした時と同じ反応……。

 なんで? そこまで驚くようなこと?

 そもそも、ボクって鈍感じゃないよね? 普通だよね?


 ……お、おかしいなぁ。

 しかも、未果たちだけじゃなくて、クラスにいる人たちみんなが、きょとんとしていた。

 まるで、『え、お前それ本気で言ってるの?』って言っているような気がします。


「いや、依桜も鈍感だろう。少なくとも、自分自身に対しては疎い。……ま、それ以外でも疎いが」


 それ以外って何、晶。


「少なくとも、依桜君の師匠さんの話を聞いている限りだと、ねぇ~」


 え、師匠? なんで師匠の話が出てくるの?

 師匠の話と、ボクが鈍感だという話に、何の関係性が出てくるの?


「依桜だしね。もう今更ね」


 まるでボクが手遅れみたいに言うのはやめてほしいよ、未果。


「あの、ボクってそんなにどんかん……?」


 みんながみんな、ボクのことを鈍感だの、鈍いだの、にぶちんだとの言ってくるので、本当にそんな気がしてきて、思わず尋ねていた。

 三人から返って来たのは、


「「「やれやれ。これだからにぶちんは……」」」


 三者ともに、全く同じセリフだった。

 しかも、肩をすくめて首を振るという、やれやれな動きも一緒に。

 ……ボク、泣きそうです。


「そ、そっか……ボク、鈍いんだ……」


 なぜだろう。ちょっと傷ついたよ……。

 弱くなっちゃったよ……。

 ……はぁ。

 ちょっと落ち込んだ。


「あー、なんだ。少なくとも、態徒のように、短所でしかないわけじゃないんだから、元気出せよ」

「なあ、みんなオレのこと気にも留めずに好きかって言ってるけどよ、オレも傷ついてるんだぜ? ガラスのハートがブリリアントカットされてるんだが……」


 態徒、それはダイヤモンドの研磨方法だよ。

 ガラスをブリリアントカットしても、ダイヤモンドの模造品にしかならないよ。

 ゲームセンターにある、ちっちゃいおもちゃの宝石を取るあのゲームの景品にしかならないよ。


「そうよ。見なさい、依桜。バカはね、何を言われても開き直るの。あの変態ロリコン野郎なんて、図々しくも心配してほしそうにしてるのよ? 態徒だったら、顔面を凹ませるくらいに殴りたくなるけど、依桜だったらいつでもウェルカムよ」

「酷くない? ねえ、さっきからオレの扱い酷くない?」

「二人の言う通りだよ、依桜君。態徒君だって、変態であることが自然体で全く気付かなかった、クソ鈍感で、尚且つ、一生モテなさそうなのに彼女が欲しいって、身の丈に合わない願望を抱いているんだよ? 依桜君の場合の鈍感はむしろステータスだよ、ステータス」

「女委、お前いつからそっち側になったんだよ!? つか、お前らさっきからオレをバカにしまくってね!? それと、なんで誰も目を合わせようとしないんだよ! それどころか、無視しまくってるよな!? な!?」

「みんな……。そう、だね。態徒はどうしよもないほどにお馬鹿で、鈍感で、ドが付く変態だけど、必死に生きてるんだもんね。ボクなんて、態徒に比べたら、可愛いもの、だよね……。ごめんね、態徒。態徒の生き様を馬鹿にして……」

「謝らないで!? なんか、オレがすげえ惨めになるから! てか、オレが一番の被害者だろ! 依桜の短所の引き合いに出されて、ただただ馬鹿にされてるだけだよね? 普段あまり言わないことを言っているだけだよな!? なんでこんなに馬鹿にされてるんだよオレは!」


 そんな、態徒の叫びを前に、ボクたちだけでなく、クラスのみんなは思った。


(((まあ、変態だし)))


 と。

 結局、五時間目の予鈴が鳴るまで、態徒いじりは続いた。

 いじりが終わるころには、態徒の頬には、熱い何かが流れ落ちていっていた。

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