第64話 幼女としての生活3

「んしょ、んしょ……ふぅ……」


 予鈴が鳴り、ボクたちは更衣室へ。

 ボクはもちろん……女子更衣室です。

 女の子、だからね、もう。

 一生このままと言われちゃってるし……もう元には戻らないだろうし。


 それに、この姿のまま男子更衣室に入ったら、とんでもないことになっちゃうからね。

 態徒だけでなく、ほとんどの人が暴走しちゃう、って女委が言ってたし。

 一応、今のボクは小学生くらいの外見なので、変な気は起こさないとは思うんだけど、晶や未果が、絶対変な気起こす、って言っていたので、ボクも女子更衣室に。


「んっ、んっ~~~~~~……」


 と、届かない……。

 着替え終わり、ハンガーに洋服を引っかけて、ロッカーにかけようとしたけど、全く手が届かない。

 本来、小学生が使うように設計されていないので、全く手が届かない。

 背伸びして、なんとか引っかけようとするも、それでも引っかからない。

 一応、ジャンプすれば届くのかもしれないけど、その場合、天井に頭をぶつけちゃいそうだし……そうなったら、天井を突き破ることになりかねない。

 ど、どうしよぉ……。


「はい。これでいいわよね、依桜?」


 と、ボクがハンガーをかけられなくて困っていると、未果が横から現れてハンガーをボクから取り、そのまま引っかけてくれた。


「あ、ありがとう、未果ぁ」


 さりげない手助けに、自然と目が潤んでいた。


(うっ、な、なんて可愛さ……。ちっちゃい依桜が、目を潤ませながら上目遣いしてくるとか、反則でしょ!)

「み、未果? どうしたの?」

「え、あ、いや、何でもないわよ!」

「そ、そう?」

「ええ、問題ない。さ、早く行きましょ。怒られちゃうわ」

「うん、そうだね」


 う~ん、未果が顔を赤くしていたけど、気のせいだったのかな?

 風邪とか引いていたりするのかも。

 でも、本人が大丈夫って言っているんだし、大丈夫だよね。

 そんなことを思われている未果の耳は、ちょっとだけ赤かったけど、ボクは気づかなかった。



 着替えを終えて、更衣室から校庭に移動。

 すでに二組と六組の生徒は集まっていた。

 ボクたちで最後だったみたい。


 ……こういう場面で一番最後に来るって、すごく申し訳ない気持ちになるよね。

 別に、授業が始まっているわけじゃないんだけどね。


「よし、これで全員集まったな。今日は、連絡してある通り、体力測定がある。みんなにとっては、高校生初の体力測定となる! 幸い、今日は過ごしやすく、運動向けの日だ! 近々体育祭もあるので、そのための選手決めの材料にするのもありだぞ!」


 体育の熱伊先生が生徒の前に立って話す。

 そう言えば、体育祭が近かったっけ。


 学園祭とは違って、ほとんど準備とかもないから忘れてたけど、あれもこの学園の目玉とも言える行事って聞いている。

 内容自体は、ほとんど知らないけど、かなり盛り上がるって言うことは、入学説明会の時に聞いている。

 何するんだろう?


「さて、男女に分かれてやってもいいが、それだと時間がかかる。なので、五十メートル走以外は、基本的に回るのは自由とする。ただし、回るのは二人以上で行うこと。誰一人としてはぶるなよ。そしたら、俺の鉄拳制裁が火を噴くからなー!」


 と言っているけど、熱伊先生の鉄拳制裁と言うのは、ただの掃除だったりする。


 この学園、無駄に広いので、掃除が行き届いていない箇所も当然存在する。

 それを解消するためなのかはわからないけど、そこの掃除の監督を担当しているのが熱伊先生だったり。

 問題を起こした生徒を熱伊先生が面倒を見る、と言う感じ。


 するのは、さっき言った通り掃除。

 ただ、掃除する箇所は先生の気分次第である面も強く、運が悪いとあまりにも汚い教室の掃除をさせられることもある。


 一応、この学園の掃除に関しては、業者の人がやっているとのことらしいんだけど、それでもなお人手が足りない、という状況に見舞われるそう。

 どれだけ広いの? この学園……。

 たしか、この学園が存在してる美天みあま市以外にも敷地を持っているらしく、しかもそれが山なんだとか。

 その山を使った林間学校が毎年、十月の頭に催されているらしいんだけど、今年は残念なことに林間学校は実施されなかった。

 土砂崩れが起こったから、って言う話だけど……学園長先生のことだし、異世界絡みなんじゃないかと疑ってしまう。

 何でもありだからなぁ、あの人……。


 って、体育には関係ないことを考えちゃった!


「五十メートル走をするときは、先生が呼ぶので、呼ばれたら来るように! では、解散!」


 先生の号令で、みんな各々にグループを作って測定に向かう。


「よっしゃ、依桜行こうぜ」

「あ、うん」


 いつも通りと言うか、案の定、みんなが来た。

 グループでやると、確実にこのメンバーになる。

 中学校からこのメンバーでいつもグループ作ってたしね。


「で、何からやる?」

「そうねぇ……とりあえず、一番手っ取り早く、握力から行きましょうか」


 というわけで、未果の提案で握力から測定することになった。



 体力測定は、体育館と校庭で行われる。

 握力、長座体前屈、立ち幅跳び、垂直飛びは体育館。

 ボール投げ、五十メートル走の二つが校庭。


 最初に生徒が集中するのは、意外にもボール投げだった。

 体育館で行うのは、基本的に後回しになりがちらしい。

 というのも、いちいち履き替えるのが面倒くさい、と言う理由から。

 なので、大半の人はボール投げから始める人が多い……とのこと。


 実際、まだ一年生だからよくわかっていない。

 で、体育館に来てみると、本当に人が少なかった。

 ちらほらと見受けられるけど、校庭ほど多くない。

 ……なんであんなに校庭に集まってるの?

 時間の無駄じゃない? いくら校庭が広いからと言って、固まってるって……一体なんでそこまで?


「じゃあ、握力から測るわよ。誰から行く?」

「じゃあ、わたしから~」

「じゃあ、はい」

「ありがとね。じゃあ行くよ~。んっ!」


 右手に握力計を持ってぐっと握る女委。

 ぷるぷると震えて、顔も赤くしている。

 そんな状態が数秒ほど続き、針が進まなくなったところで、数字を見る。


「27キロだな」

「まあ、普通よね、女子だったら」

「じゃあ、次、左だね」

「任せてよ! んっ!」


 任せても何も、普通に授業なんだけど……まあいっか。

 さっきよりも、針がぐんっと動き、途中で止まった。


「……45キロ」

「マジで!?」

「マジだ。女委、お前左利きだったのか?」

「うん、そだよー。まあ、普段から重り着けて同時しかいてるし、当然だよねー」

((((同人誌書くのに必要? それ……))))


 女委は色々と謎だった。


「次は?」

「オレだぜ!」

「はい、早く測って」

「おうよ! おらぁ!」


 掛け声と共に、針が動く。

 女委の時とは違って、結構速く針が動いたところを見ると、さすがに武術をやっているだけはあるなと感じる。

 結果は、


「えっと、46キロね」


 女委より1キロ強いだけだった。

 態徒の表情から、さっきまでの笑顔は消えた。

 ……これは、女委が異常なのか、それとも、態徒が弱いだけなのか……。

 多分、前者だよね。


「ま、まあ、左もあるから、大丈夫だぞ、態徒」

「そ、そうだよな! よっし! 行くぜぇ!」


 気合十分と言った様子で、左手の握力を測る。

 結果は、


「50キロ、ね。態徒も左利きなの?」

「いや、右手だぞ?」


 なんで、利き手じゃない方の握力が強いんだろう?

 普通、逆だと思うんだけど。


「それじゃあ、次、私が測るわね。依桜、見ててくれないかしら?」

「うん、いいよ」

「ありがと。それじゃ、行くわよ。ふっ」


 女委の時同様、握力計を強く握る未果。

 針は少しずつ動き、途中で止まる。

 その止まった数値を確認し、未果に伝える。


「えっとね、32キロだよ」

「ま、普通かしらね」


 いや、たしか女子の平均って、25くらいだったような気がするんだけど……。

 意外と強いのかな?


「さ、左を測るわよ、依桜」

「あ、うん。いつでもいいよ」

「ありがとね。じゃあ……ふっ」


 さっきと同じ力の入れ方をする未果。

 右手と同じように針が動き、止まる。


「うーんと、31キロ」

「どっちも平均くらいね。ま、こんなものよね」


 どちらかと言えば、強いほうだけどね。

 未果ってそう言うことを知らなかったりするのかな?

 ……あ、そもそもボクが知っていることがおかしいのかも。


「次、晶ね」

「ああ、わかった」

「あれ、ボクが最後?」

「まあね。依桜は異常だから、先にやられると心を折れるわ」

「「「たしかに」」」


 未果の言葉に、ほかの三人がうんうんと頷きながら声をそろえて肯定してきた。

 ……酷くない?


「はい、晶。測って」

「ああ。よっ」


 態徒と同じくらいに針が動いた。

 一度止まるものの、少しずつ針が動き、やがて動かなくなった。

 それを確認。


「えーっと? 52キロね」

「おー、結構強いんだね、晶君って」

「いや、俺的には、女委の方がおかしい気がするぞ?」


 まあ、45だしね……。

 十六歳の女の子の握力じゃないよね、普通。

 柔道でもやってた? と言われても不思議じゃない気がする。


「くそぅ、負けたぁ!」


 で、態徒は張り合っていたと。

 張り合う必要ある? そもそも、武術やっているはずの態徒が、武術をほとんどやっていない晶に負けるって、そこのところどうなんだろう?


「はい、次左」

「よっ」


 さっきと同じ(以下略


「50キロ。随分強いのね」

「まあ、一応筋トレはしてるからな。それなりにあるぞ」


 それなりにって言うけど、結構強い部類だよ? 十六歳で50キロ越えは。

 ボクが男だった時はたしか……24キロくらいしかなかった気がする。

 中学三年生の時だけど。

 ……あれ、ボク結構弱いよね?


「はい、最後。依桜よ」

「あ、うん」


 晶から握力計を受け取り、右手に持つ。

 今は身長がちっちゃくなってるので、もちろん持つ部分の調整はしてある。

 じゃないと、指先だけでやることになっちゃうし。


「依桜、壊さないでね」

「依桜君、壊さないでよー」

「依桜、壊すなよ」

「壊すんじゃねぇぞ……」


 みんな、酷くない?

 ボク、そこまでしないよ? 

 たしかに、簡単に壊せちゃうかもしれないけど、そこまでやっちゃったら弁償ものだよ?

 怒られちゃうよ。鉄拳制裁されちゃうよ。

 あと、態徒だけ、某兄貴のセリフ風に言っていたんだけど。


「まったくもぉ……ちゃんとかげんするよ。見てて。んっ」


 軽く力を入れると、簡単に動いてしまった。

 あ、これくらいだとまずいかも。

 おかしな数字をたたき出しそうになり、急いで力を抜く。

 幸いにも、変な数字に止まることはなく、平均的な数字に止まった。


「28キロ。依桜、手を抜いたわね?」

「未果たちがこわさないで言うから……」


 本気でやったら、ばねが引きちぎれるよ?

 それでもいいんだったらやるけど、ってみんなに言うと、ぶんぶんと首を振っていた。

 そう言う反応するなら、言わないでよ。


「じゃあ、左お願い」

「うん。んっ」


 右手と同じくらいの力に調整して、グリップを握る。

 今度はうまくいく……と思っていた。

 ころころと、校庭側からボール投げのボールが飛んできた。


『ごめーん! 未果とって!』

「気を付けなさいよー」


 と、未果がボールを取って、ボールを投げた人に投げ返す。

 その際、後ろを振り向いたため、未果の髪の毛が舞い、


「ふぇ、ふぇぇ……へくちっ!」


 バキンッ!

 くしゃみが出てしまった。

 その際に、手に力が入ってしまい、握力計が逝ってしまった。

 や、やっちゃったぁ……。


「「「「まさか、本当に壊すなんて……」」」」

「ひ、引かないでよぉ! ボクだって、壊さないように頑張ったんだからぁ!」


 壊してしまったことに対して、みんながどんどんボクから離れていく。

 酷い、酷いよ……。

 ボクだって、壊したくて壊したわけじゃないのに……。


 この後、この光景見ていたクラスメートの人が先生を呼びに行き、逝ってしまった握力計は先生に回収され、ボクは先生に心配された。

 一応、先生側には、ボクが女の子になったことと小さくなったことは知らされていたので、余計だと思う。

 見た目小学生だから、かなり心配されました。

 未果たちからは、戸惑いが混じった苦笑いを向けられました。

 ……誰も、何も言ってくれませんでした。

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