バレンタイン特別IFストーリー2【ルート:恵菜】

「「「「「ええぇぇ!? ストーカー!?」」」」」

「う、うん、そうなんだよ……」


 二月上旬のある日、うちはお昼休みに屋上で依桜ちゃんたちと一緒にお昼を食べていた。

 その中で、うちは最近の悩みを打ち明けると、依桜ちゃんたちは揃って驚いた。


「大丈夫なの? それ」

「今のところは実害とかもなくて平気なんだけど、ちょっと危険、かなぁ……」


 あはは、と困った笑いを零す。


「それっていつからなんだよ?」

「んーと、大体一週間前くらい、かな」


 依桜ちゃんたちにしている相談は、うちがさっき言った通り、最近ストーカーがいること。


「どんな経緯で気付いたの? それ」

「えっとね――」


 うちは一週間前のことをかいつまんで話し出した。



 事の発端は一週間前のある日。


 その日はバラエティー番組の収録があって、少し遅い時間での帰宅となった。


「うん、大丈夫だよ! じゃあ、また明後日! おやすみなさい、マネージャー!」


 駅から自宅があるマンションまでの道中、不意にかかってきたマネージャーからの電話に出て、通話しながら暗い道を歩く。


 一応、街灯があるから真っ暗って言うわけじゃなかったんだけど、それでも十分暗かった。


 通話を終えて、前に集中すると、ふと後ろに気配があるような気がしたうちは、後ろを振り返ると、


『――ッ!』


 たたたた! と、誰かが走り去っていく足音が聞こえた。


「だ、誰……?」


 暗い夜道と言うこともあって、恐怖心が出たうちは、思わずそう呟いていた。

 でも、誰かが走り去っていった音がしただけで、そこに誰がいたのかはわからなかった。

 結局その足音がよくわからないまま、うちは恐怖心を感じながら、家へと帰った。



 その次の日も、学園から帰っていると、また気配を感じた。

 恐る恐る振り返ると、また、たたたた! という足音が聞こえて来た。

 怖くなったうちの脚は、いつもより速かった。



 その次の日も、次の日も、毎日誰かが後ろにいた気がした。


 その度に後ろを振り返っても誰もいなくて、結局それが誰だったのか、ということはわからなかった。



「――というわけなの……」

「……それはまた怖い話ね」

「あぁ、暗い道を歩いている時に、背後に気配を感じると怖いからな。しかもそれが誰かもわからないとなると、余計か」

「しかも、気が付かれたらすぐ逃げる辺り慎重だな、そいつ」

「まあ、ストーカーなんてそんなもんだと思うしねぇ」

「エナちゃん、大丈夫なの?」


 話し終えるなり、みんなは思ったことを口にする。

 みんな心配そうにうちを見ている辺り、やっぱりいい人なんだなぁって思えて来る。

 気が楽でいいなぁ、みんなといるの。


「さっきも言ったけど、実害はまだないからどうにもできなくて……」

「アイドルだからしょうがないっていうのもあるのかもしれないけど、ボディーガードとかいないの?」

「前はいたんだけど、こっちに引っ越してくるのと同時にいなくなっちゃって……。でも、この街って治安が良かったから大丈夫かなって思ったの」

「いくら治安がいいとは言っても、悪いことを考える人間はいると思うんだが」

「そうだよね……」


 晶君の言う通り、どんなに治安が良くても、そう言う人は必ずいるもんね……。


「なら、ボディーガードを雇えばいいんじゃないのか?」

「今から雇うのもちょっと難しくて、それはできないんだよ。できても多分、少し先になっちゃうかなぁ」


 こっちに引っ越してきてから、特に何も起こらなかったから油断してたのがダメだったね。まさか、こうなるなんて……。


「それなら、依桜君に頼めばいいんじゃないかな」

「え、ボク?」

「たしかに。それはありよね。だって、依桜はミオさんを除けばこの世界で一番強いわけだし、依桜の傍は安全だもの」

「そうだな。この世界に依桜をどうにかできる人なんていないんじゃないか?」

「ま、まあ……いないとは思うけど」

「それに、依桜は人気アイドルの『いのり』だもんなー」

「あ、あははは……」


 態徒君のからかい交じりの発言に、依桜ちゃんは苦笑い。


 それにしても、依桜ちゃんがボディーガード…………いいかも!


 依桜ちゃんがボディーガードをしてくれるってなったら、依桜ちゃんともっと長く一緒にいられるかもしれないもんね!


 そうなったらうち、すっごく嬉しいもん!


「依桜ちゃん、お願いできるかな……?」


 でも、こう言うのは依桜ちゃんの気持ち次第だからね。

 無理とは言わず、依桜ちゃんがしてくれたらいいなー、くらいに考えよう。


「……うん、わかったよ。エナちゃん、困ってるんだもんね。それに、友達が困っているなら助けるのが普通だよね」

「いいの!?」


 やったー! 依桜ちゃんが了承してくれたよ!


「もちろん。じゃあ、今日から一緒に帰ればいいのかな?」

「うん! よろしくね、依桜ちゃん!」

「任せてね。ちゃんと、エナちゃんを守ってあげるから」


 わ! いきなり口説き文句を!

 しかも、にっこり笑顔もセットだから、すっごくドキッとする!


「……ナチュラルに落とすわよね、依桜って」

「まあ、依桜君だしね」


 自然にイケメンなことを言う依桜ちゃんに対して、未果ちゃんと女委ちゃんの二人はちょっと呆れてた。


 何はともあれ、依桜ちゃんと一緒にいられる時間が伸びて嬉しいなぁ。



 それから放課後。


 うちと依桜ちゃんの二人は、学園からうちが住むマンションまでの道を歩いていた。


「それにしても、ストーカーなんて……やっぱり、アイドルだからよくあることなの?」

「そーだね。前の学校も、たまにあったかなぁ。でも、前の所ではボディーガードがいたから平気だったよ。実害もなかったしね! それに、みんな黒スーツにサングラス、なんて格好だったから、ほとんどの人は怖がって近づいてこなかったしね!」

「な、なるほど」

「それにね、転校した理由だって、実はそう言う人が増えて来たから、っていうのもあったり」

「あ、そうなんだ。と言うことは、前暮らしていた場所がかなりバレちゃったから、とか?」

「そうだね。たまにファンの一線を超えちゃう人がいて、住所を特定して家の近くで待ち伏せする人がいるの。大体の人は、単純にうちを生で見たいからって言うのと、サインをもらいたいから、っていう理由なんだけど、それでもストーカーのようなことにかわりはないからね」

「やっぱり、大変?」

「大変かなー。でも、売れっ娘アイドルの宿命、みたいなものかな! なんて」


 あははと冗談を交えて笑ってみる。

 そうすると、依桜ちゃんの方もくすくすと笑ってくれた。

 よかった、ちゃんと笑ってくれたよ。


「その点、依桜ちゃんは大丈夫だと思うけどね!」

「そうかな?」

「うん! だって、依桜ちゃんのあの姿は変装したものだからね! ストーカーしようと思っても難しいんじゃないかな?」

「たしかに、そう言われてみるとそうかも」


 それに、未果ちゃんたちから聞いた話だと、そう言う人がいようものなら、依桜ちゃんのファンクラブの人たちに殺されちゃうらしいからね。


 依桜ちゃんはそのことを知らないみたいだけど。


「あ、そうだ。ねえねえ依桜ちゃん」

「なに?」

「もし、ストーカーがいたらどうするの?」

「うーん、別に捕まえてもいいんだけど、往来で針を使った尋問はまずいと思うの。だから、なるべく刺激しないように、慎重に捕まえたいんだけど……多分、難しいんじゃないかなぁ。一応、ボクの持てる全ての力を使って捕まえることはできるけど、あの一件から少ししか経ってないから、十全とはいかなくて」

「そっかー……」

「エナちゃんが怖がらないように、なるべく早く捕まえられればいいんだけど……ごめんね」

「ううん、いいのいいの! むしろ、こうやって一緒に帰ってくれるだけで嬉しいから!」


 にこっと笑顔でそう言うと、


「そ、そっか」


 依桜ちゃんがなぜか顔赤くさせた。

 あれれ?


「依桜ちゃん、顔赤いけど、大丈夫? 風邪引いちゃったの?」

「あ、う、ううん! 大丈夫だよ」

「それならいいけど、無理しないでね?」

「ありがとう、エナちゃん」


 あれ、元に戻った。気のせいだったのかな?


「……あ、そうだ! ね、依桜ちゃん、うち考えたんだけど」

「何を?」

「あのね、ストーカーを捕まえる方法なんだけど――」


 ごにょごにょと依桜ちゃんの耳元で、その案を話す。


「――と言う感じなんだけど、どうかな!」

「悪くない案だとは思うけど、でもそれはエナちゃんが危険に晒されちゃうよ」


 いい案と言いつつも、依桜ちゃんはあまり乗り気じゃない様子。

 でも、これが一番確実だと思うからね。


 それに……


「大丈夫! だって、依桜ちゃんが守ってくれるんでしょ?」


 依桜ちゃんが守ってくれるって言う安心感があるからね。


「それはもちろん。エナちゃんが危ない目に遭うのは見過ごせないもん」

「じゃあ安心だよ! 依桜ちゃんが守ってくれるから、うちもこんな案が出せるんだもん!」

「随分と信頼してくれてるんだね、ボクのこと」

「当たり前だよ! だって、依桜ちゃんはうちにとって大切な人だから! 信頼するのは当然のことだよ!」

「た、大切な人っ?」

「うんっ」

「そ、そっか、そう、なんだ…………あぅ、なんだかすっごくドキッとした……」


 胸に手を当てながら、何かを呟く依桜ちゃん。

 よく見ると、耳と顔が真っ赤。


「どうしたの?」

「あ、え、えっと、な、何でもないから気にしないで!」

「そうなの? じゃあ、気にしないようにするね」


 気になって声をかけると、なんでもないよとわたわた手を振りながら言ってきたから、気にしないことにした。


 依桜ちゃんってたまにこうなるもんね。


「それで、さっきの案を使おうと思うんだけど、どかな?」

「……危ないとか怖いと思ったら、絶対にボク呼ぶって約束してくれたらいいよ」

「うん! する! 依桜ちゃんからもらったこの指輪で絶対にするよ!」

「それならいいよ。じゃあ、まずは向こうを油断させていかないとね」

「じゃあ、もし後ろの人に気づいても、振り向かないようにした方がいいかな?」

「そうだね。態徒が言ってたように、相手は慎重なタイプの人かもしれないから、そうやって気づいていないと思わせないと」

「はーい! 気を付けるね!」

「大き目の声でそう言うと、もしかしたらバレちゃうかもしれないから、なるべく小さめにね?」

「あ、そっかそっか。ごめんね、ついつい」

「ふふっ、大丈夫だよ。多分、友達の会話、としか思ってないと思うから」


 あ~、やっぱり依桜ちゃんは優しいなぁ……。


 初めて会った時も、出会ってすぐのうちを助けてくれたし、その一週間後のプールでの出来事だって助けてくれたし。


 今回もこうして助けてくれるしで……もう好き! 大好き!


 はぁ、依桜ちゃんと恋人になれたら、とっても幸せなんだろうなぁ。


 まあ、依桜ちゃんのことだからね。うちのことは、大切なお友達、くらいにしか思ってなさそうだけど。


 それに、前に未果ちゃん立ちに聞いた話によると、依桜ちゃんは恋人を作る気がないとかなんとか。


 もしそうなら、難しいかなぁ。


 うち、依桜ちゃんのことが好きなんだけど、依桜ちゃんに恋人を作る気がないのなら、あんまりアピールをしてもダメそうだもんね。


 本人にその気がないのにぐいぐい行くのは違う気がするし。


 うん、我慢我慢……。


「じゃあ、今日はもう帰ろっか。本格的な決行は明日からにしよ」

「うん! 了解だよ!」


 それでも、依桜ちゃんと一緒にいられる時間がちょっとの間長くなるから、いっか!



 それから数日間、ストーカーを油断させるために、気付いていてもそれに気付いていないふりをしてみた。


 その結果、最初の頃よりも近づいている気がして、気が付けば十メートルくらいの位置にまで進んでくるようになった。


 うちたちが気付いていないと思っているようで、少しずつ油断を見せ始めていた。


「依桜ちゃん、もうそろそろだと思うんだけど、どうかな?」


 そこで、そろそろ作戦を実行してもいいんじゃないかな、って依桜ちゃんに訊いてみる。


「うーん……そうだね、もうそろそろいい頃かも。じゃあ明日、決行しよう」


 すると、依桜ちゃんの方も頃合いだと思ったみたいで、明日遂に作戦を決行することになった。


「うん! じゃあ、明日だね! じゃあうち、先に帰るから、また明日!」

「気を付けてね」

「だいじょぶだいじょうぶ! じゃあ、またね!」

「うん、また明日」


 最後に軽く手を振ってから、依桜ちゃんと別れた。



 そして次の日。


 今日も今日とて、依桜ちゃんと一緒に帰宅。

 道中は今までと同じように、楽しく会話をしながら歩く。


「……じゃあ、そろそろ始めるよ。準備はいい?」

「うん、大丈夫だよ」


 そして、そろそろと思ったタイミングで依桜ちゃんが決行を知らせる。


 問題がないかどうかを尋ねて来たので、それに大丈夫と伝えると、依桜ちゃんは軽く笑って頷いた。


 それでも、緊張感はあるから、さすが元暗殺者なんて思っちゃった。


「あ、ごめんね。ボク急いで家に帰らないことがあったから、先に帰るね!」


 わ、すごく自然な演技。

 声優のお仕事をしているだけあるね。


「うん! じゃあ、また明日ね!」


 にっこりと微笑んでから、依桜ちゃんはたたたっと走り去って行った。

 一人になったうちは、さらにストーカーをおびき寄せるために、薄暗い裏路地を通ることに。


「~~♪ ~~~♪」


 なるべく怪しまれないように、鼻歌交じりに裏路地を自然な形で歩く。


 そうすると、後ろに気配が。


 大丈夫……依桜ちゃんが絶対に守ってくれるから大丈夫……。


 怖いと思う心を、そう思うことでなんとか抑える。


 心臓がばくばくと鳴り、自分がこの状況に対してかなりの恐怖心を抱いていることがよくわかる。


 でも、ここで何とかしないと、ずっと怖いと思いながら過ごさなきゃいけないから、何とかしないと……。


 そんなことをうちが思っていると、


『エナちゃんッ!』

「きゃあぁぁっ!」


 背後からいきなり押し倒されてしまった。


 暗い路地だから、あんまりよく見えないけど、それでも今うちにのしかかっている人がどんな人なのかわかる。


 年齢は多分三十~四十代くらいで、ちょっと太り気味な男の人。


『はぁっ、はぁっ……や、やっと、一人になったね……。ずっと、一人になって、暗い場所に行くのを待ってたんだよ……』


 男の人は、うちに馬乗り状態になり、息を荒くさせながらどこか恍惚に近い表情を浮かべていた。


「ひっ……」


 自分から提案した方法だけど、それでも怖い……。


 男の人は、うちが逃げられないように、手首を押さえつけている。


 逃げたくても上から押さえつけられていることもあって動けない。


 怖い……怖い怖い怖い……すごく怖い……!


 もうそれしか頭になくて、体は震え、顔は恐怖で引き攣る。


『大丈夫……怖がらなくても、絶対によくして上げるから……』


 男の人は、片手で両手を抑えると、もう片方の手で制服のボタンを外そうとして来た。


 そしてうちは、


(依桜ちゃんっ、助けて!)


 目をぎゅっと瞑って、そう念じた。


 すると、


「――何をしてるんですか?」


 いつもの優しい声音だけど、底冷えするような迫力を伴った声が、足元の方から聞こえて来た。


『なっ、だ、誰だ!?』

「黙ってください。ボクの大切な友達に何をしようとしてるんですか?」

『な、なんだ、女子高生か……』


 男の人はいきなり現れた依桜ちゃんに最初は驚いたものの、すぐに相手が女子高生だとわかると、安堵した表情を浮かべた。


「何安心してるんですか? あと、エナちゃんの上からどいてください」

『お、お前みたいな子供が、大人に敵うわけないだろ!』


 そんなことを言う男の人。


「大人か子供かなんて関係ありません。そもそも、エナちゃんに襲い掛かってる時点で、あなたは犯罪者です」

『そ、そんなもの、お前も黙らせてしまえばいい――』

「次に目が覚める時は警察署の中だ思うので、覚悟してください」

『へ……かはっ』


 依桜ちゃんは一瞬で男の人の目の前に移動すると、冷たい声音で言い放つと、そのまま首に針を刺した。


 男の人は刺された直後に短い呼気を漏らして、気絶してしまった。


 その際、男の人がうちの方に倒れ込みそうになったけど、依桜ちゃんが男の人を瞬時にどけてくれたおかげで倒れて来ることはなかった。


「エナちゃん、大丈夫?」

「い、依桜ちゃん…………うち、うち……こ、怖かったよぉ~~~~!」


 優し気な笑みを浮かべながら、いつもの優しい声音で声をかけられたうちは、思わず依桜ちゃんに抱き着いていた。


「怖かったね……。もう大丈夫だよ、ボクがいるからね」

「うんっ……」

「それに、よく頑張ったね。エナちゃんは勇気があるよ」

「ううんっ、依桜ちゃんがいなかったら、絶対できないよ……勇気もないし……」

「そんなことないよ。ボクがいるというのはきっかけに過ぎないから。その案を考えついて実行しようと思った時点で、勇気があるよ」


 ぽんぽんと背中を軽く叩きながら、優しく労ってくれる依桜ちゃん。

 あぁ、本当に優しいなぁ……。


「……それじゃあ、そろそろ警察の人に連絡しないとだね」

「う、うん、そうだねっ」


 抱き着くのはほどほどにして、警察を呼ぶことにしました。



 事情聴取を終えて、外を出る頃にはもう真っ暗だった。


 警察の人も、真っ暗だから送って行くと言ってきたけど、うちは依桜ちゃんと二人でいたくて、家の近くです、って嘘を吐いた。


 今は、依桜ちゃんと一緒に帰宅しているところ。


「エナちゃん、だの、どうしてそんなに密着してるのかな……?」


 二人仲良く並んで歩いていると、依桜ちゃんが困った笑みを浮かべながら、そう尋ねて来た。


「だ、だって、怖かったから、依桜ちゃんにくっついていたくて……」

「で、でも、さすがに腕を組むのはやりすぎ、じゃないかなぁ……」

「……腕を組んじゃ、だめ?」

「そ、そんなことはないよ! で、でも、えと、ちょ、ちょっと恥ずかしいかな、なんて……」

「……あ、依桜ちゃん真っ赤だね」

「あぅぅ~~……」


 うん、やっぱり可愛いね、依桜ちゃんは。

 ずるいよね~。あんなにカッコいいのに、こんなに可愛いんだもん。

 うち、こんなに魅力的な人を他に知らないよ。


「……あ、そうだ、依桜ちゃん」

「な、なに?」

「さっきは助けてくれてありがとうっ!」

「――っ!」


 満面の笑みを浮かべて、依桜ちゃんにお礼を言う。

 そしたら、なぜか依桜ちゃんがバッ! と顔を背けた。

 あれ?


「依桜ちゃん? なんで顔を逸らすの?」

「あ、や、え、エナちゃんの笑顔が、か、可愛かったから、つい……」

「んぇ!?」


 か、可愛いって言われた!

 しかも、笑顔が可愛いって!

 どうしよう! すっごく嬉しい!

 そのせいで変な声が出ちゃったけど。


「エナちゃん変な声だね」

「だ、だっていきなり可愛いって言うから、出ちゃったんだもん」

「ふふっ、そっか。……っと、そろそろマンションに着くね」

「あ……うん、そうだね」


 なんだか名残惜しいなぁ。

 依桜ちゃんと腕を組んで歩くの、すっごく落ち着くんだもん。

 でも、わがままは言えないよね。


「何はともあれ、エナちゃんが無事でよかったよ」

「依桜ちゃんがいてくれたからこそ、だけどね」

「ふふっ、それがボクの役目だったから。何としてもエナちゃんは守るって決めてたしね」

「……依桜ちゃんって、本当に天然女たらしさんだよね」

「え!? いきなりなんで!?」

「あははっ。じゃあ、うちそろそろ行くね! バイバイ、依桜ちゃん!」

「唐突だね!?」

「じゃあね!」

「あ、うん! また明日!」


 さっきまでのやり取りを切って、うちはマンションへ走った。

 その際、顔が真っ赤になっていて、すごく熱かった。


 う~、依桜ちゃん好き!



「行っちゃった。……っはぁ~~~」


 エナちゃんが走り去った後、ボクは大きなため息を吐いた。


「……あの時のエナちゃんの笑顔、すっごく可愛かったなぁ」


 エナちゃんがお礼を言ってきた時の笑顔を思い出して、そう呟く。

 気が付けば、口元が緩んでいた。


「……あれ? なんだろう、胸がドキドキする」


 エナちゃんの笑顔を思い浮かべた直後、なぜか胸がドキドキしだした。

 胸に手を当ててみると、トクン、トクン……となぜか心臓がいつもより速く動いている。


「うーん…………あれかな、エナちゃんを助けられてほっとしたから、かな? 緊張してたしね」


 うん、多分そうだね。


「さ、ボクも家に帰って、夜ご飯の準備をしないと」


 メルたちが待ってるしね。


 ……あ、生徒会の仕事もしないと。


 なんだか忙しいなぁ。



「うーん……うーん……」

「あら、エナ、どうしたの? そんなに唸って」


 ストーカーを撃退してから二日ほど経過した頃、うちは仕事先の楽屋でうんうん唸っていた。


 そしたら、一緒にいたマネージャーが不思議そうな表情を浮かべながら、どうしたのかと尋ねて来た。


「あ、マネージャー。それがちょっと悩みがあって」

「あら、エナが悩みだなんて久しぶりじゃない?」

「そーかな?」

「ええ、そうよ。だって、エナが悩んでいたのなんて、前の学校以来じゃない?」

「あ、言われてみればそうかも」


 こっちに来てからと言えば、毎日が楽しくて、充実した毎日を送っているから悩みなんてなかった。


 それも全部、依桜ちゃんと出会ったおかげだね。


 ……依桜ちゃん、かぁ。


「どうしたの? 切なげな顔をして」

「実はうち、依桜ちゃんが好きなんだぁ」

「そうね」

「あれ? 驚かないの?」

「だってあなた、男女さんを見る目が何と言うか、熱っぽい時とかあったもの。だからなんとなく勘付いていたわ」

「マネージャー、探偵?」

「まさか。初歩的なことよ」

「おー、探偵っぽいセリフだね」

「となると、エナはワトソンになるのかしらね?」

「あはは、うち助手じゃないよー」

「そうね。あなたは助手じゃなくて、主役だものね」

「主役と言うほどじゃないと思うけど」


 うちのマネージャーはこうして軽口を叩き合ってくれるいい人。

 だから気楽に話せるし、仕事でもあまりストレスが溜まらない。

 無条件で信用できる数少ない人だからね。


「軽口はここまでにして、悩み事は何? エナのマネージャーとして、私にはそれを聞く権利があるから、ささっと言いなさい」

「わ、強引」

「マネージャーなんてね、多少強引なくらいでいいのよ。それで、悩みの内容は?」

「……さっきも言ったけど、うちって依桜ちゃんのことが好きでしょ?」

「そうね」

「うちは恋人になりたいなぁ、って思うんだけど……未果ちゃん、あ、依桜ちゃんの幼馴染の女の子なんだけど、その人が言うにはね、依桜ちゃんは恋人を作る気がないみたいなの」

「へぇ、それは意外ね。男女さん、男女問わずモテそうなのに」

「実際モテてるよ? 一時期、下駄箱にすごい量のラブレターが入ってた、っていう話みたいだし」

「……さすがね、男女さん」


 依桜ちゃんのラブレター話は、マネージャーも苦笑い。

 うちも、そのお話を聞いた時は本当にびっくりしたけどね。


「でも、そんなにラブレターを貰っているなら、だれかと付き合っていても不思議じゃないと思うのだけれど」

「えっと、依桜ちゃんにはちょっと特殊な事情があって、それで恋人をあまり作りたがらないみたいなの」

「へぇ~、そうなの」

「だからね、うちが仮に告白したとしても、上手くいかないんだろうなぁ、って思って……」

「なるほど。つまり、エナとしては男女さんと恋人になりたいけど、男女さんはそう言う方面に乗り気じゃないから難しい、そう言うわけね?」

「そうなの……」


 はぁ、依桜ちゃんと恋人になれなくても、一緒に過ごせればいいかなー、って思っていたんだけど……あの一件以来、もっと好きになっちゃって、辛くなってきちゃったんだよね……。


 う~、あんな風に自然に口説くなんて、依桜ちゃんって卑怯だよぉ。


「ん~、男女さんの心の内を知っているわけじゃないから何とも言えないけど、別に男女さんは絶対に作らない、って言ってるわけじゃないのよね?」

「え? あ、うん、そうだね」

「それって、男女さんがエナのことが好きなる可能性が0っていうわけじゃないということでしょ?」

「そう、なのかな?」

「そうよ。それに男女さんって、よくあなたに対して赤面してるわよね?」

「……あ、たしかに」

「それなら、チャンスはまだあるんじゃないかしら? それに、諦めるんだったら、告白くらいはしておいた方がいいわよ? そうすれば、変に未練たらたらになることもないし、フラれたとしてもすっきりできるし」

「な、なるほど! マネージャーの言う通りだね! じゃあうち、依桜ちゃんに告白してみる!」

「その意気よ。エナは悩むよりも、そうやってすぐに行動に移していた方が、エナらしいから」


 ふふっと笑うマネージャー。

 そうだった。うちは悩むより、自ら行動に移すタイプ!


 それなら、


「明日依桜ちゃんに告白してきます!」


 思い立ったが吉日って言うしね!


 早速明日告白!


「それは時期尚早よ!?」


 と思ったら、マネージャーに慌てて止められた。


「え、ダメなの!?」

「むしろ行けると思うの?」

「え、だってマネージャー、とりあえず、告白しとけ、みたいに言うから」

「……あー、そうだった。この娘、変なところでちょっとお馬鹿だったわー」

「失礼な! うちはお馬鹿じゃないよ!」


 叡董学園のテストで三十位以内に入れるくらいには頭いいもん!


「まあ、エナがお馬鹿かそうでないかは別にいいとして」

「よくないと思います!」

「いいえ、とりあえずはどうでもいいです」

「ひどっ!」


 こういう時のマネージャーってちょっと冷たい。


「ともかく、告白のタイミングはちょっと考えましょう」

「タイミング?」


 こてんと首を傾げる。


「そう、タイミング。さすがに、学園とか美天市内のように見知った場所でするのもつまらないでしょ?」

「そーかなー?」

「そうなの。それに、相手は女の子よ? やっぱり、非日常的なシチュエーションでの告白が喜ばれるんじゃないの?」

「た、たしかに……!」


 依桜ちゃんって元男の娘らしいけど、その時の依桜ちゃんを知らないから、普通に可愛い女の子にしか見えないんだよね。


 それに、中身だって可愛いものが大好きで、誰かのお世話をするのが好きな女の子なんだもん。


 だから、依桜ちゃんも特別なシチュエーションでの告白は喜ぶはず……。


「そこで考えたのだけれど」

「うんうん!」

「次のライブで――」



「……うーん」

「どうしたの? 依桜。難しい顔して」

「あ、未果。ちょっと考え事を」


 エナちゃんのストーカーを撃退してから二日。


 今日はエナちゃんはアイドルのお仕事の関係でお休み。


 だから、いつものグループにエナちゃんがいないわけだけど……なんだかちょっと物足りないというか、寂しいと言うか……なんて言えばいいんだろう?


 そんなことを考えていたからか、知らない間に声が出ていたみたいで、それを聞いた未果が心配そうに話しかけて来た。


「考え事? 何? またメルちゃんたちのこと?」

「なんでそこでメルたちが出てくるの?」

「え? だって依桜と言えば、メルちゃんたちじゃない?」

「その真意とは」

「んー、シスコンだから?」

「……ボク、一度未果と話し合った方がいいと思うんだよ」

「でも、依桜のメルちゃんたちに対する態度って、激甘じゃない」

「言うほど甘くないと思うけど」

「……依桜の場合は、無自覚だものね」


 ボク、そんなにシスコンって思われてるの……?

 それはそれで心外。


「まあ、依桜のシスコン云々は置いておくとして」

「置いちゃダメだと思うんだけど」

「悩みって何?」

「スルーですか」


 未果ってこういう時強引だよね……。


「えっと、悩みって言うか、最近ちょっと変だなーって思ってて……」

「変? メルちゃんたちに対する思いが?」

「それは変わらず無限です」

「……その返しはどうかと思うわー」

「え、変かな?」

「いやまあ……依桜なら変じゃない、わね。うん。変じゃない」

「ボクならって、それ、普通は変って言ってるような気がするんだけど」

「気のせいよ」

「え、でも……」

「気のせいなの」

「……そ、そですか」


 こういう時、何度も聞き返しても同じセリフを返され続けるだけだから、素直に認めた方が早かったり。


 もう慣れた。


「それで? 何が変なの?」

「実は、エナちゃんと二人でいると、なんて言うか……胸がドキドキしたり、じんわりと胸が温かくなるんだよ」

「……ん?」

「最近なんて、エナちゃんの満面の笑顔を見たら、見惚れちゃって……。ボク、どうしちゃったんだろう? ……って、未果? 聞いてる?」


 未果を見たら、なぜか何とも言えない表情で固まっていた。

 訊いてないのかと思って軽く声をかけると、やっと反応してくれた。


「え、あ、あぁうん、聞いてるわよ? ただ、想像の斜め上の発言が飛び出してきたもんだから、ちょっと驚いて」


 そんなに驚く要素あったかな?


「……ところで依桜」

「なに?」

「ちょっと質問なんだけど、いい?」

「うん、いいよ」


 質問ってなんだろう?


「えーっと、依桜はエナと一緒にいると落ち着く? こう、精神的に」

「うん、するね。なんだか居心地がいいというか、しっくりくると言うか……」

「じゃ、じゃあ、どれくらい大切に思ってる?」

「どれくらいって訊かれるとちょっと難しいけど……うーん、何が何でも守ってあげたいくらい、かな? 例えば、エナちゃんが殺されそうになっていたら、全力で助けるくらいには」

「…………もしも、エナが恋人を作っていたとしたら?」

「それは…………なんだろう、よくわからないけど、胸がきゅぅぅってした」

「Oh,Jesus……」

「え、何で英語?」


 しかも、なんで額に手を当てて天を仰いでるんだろう、未果。


「あー、うーん、この場合なんて言えばいいのか……そっかー……そっちに進んだわけか……負けたっ」

「負け? 未果、誰かと勝負してたの?」

「……一人の人間を巡った勝負でちょっとね」

「???」

「あぁ、依桜はわからなくていいわ。……まあ、とりあえず晶たちも呼びましょうか。正直、私だけだと手に余るわ」

「そんなに難しい問題なの?」

「難しいわ。いろんな意味で」


 真面目な顔でそう言ってきたけど、ボクにはいまいちピンとこなかったので、眉を八の字にして首を傾げた。



「「「マジ?」」」

「マジよ」

「「「そうかー、マジかー……」」」

「あ、あの、なんでみんなそんなにちょっと何とも言えない顔をしてるの? そんなにボクの悩み変だった……?」

「変って言うか、意外と言うか……そっちへ行くとは思わなかった、と言うか……まあ、たしかに依桜にしては変、だな」


 歯切れの悪い言葉を発しつつも、晶が変だと言ってきた。

 変なんだ……。


「まあ、あれだよね。依桜君が感じてるあれこれって、恋的なあれだよね?」

「恋?」

「うん、恋」

「恋って、LOVE?」

「そだね。依桜君の感じてるそれは恋さ!」

「………………いやいや、そんなことないと思うよ?」


 そもそもボク恋なんてしたことがないし。


「そもそも、ドキドキしたり見惚れたりすることのどこが恋なの?」

「「「「どう考えても恋だよ!?」」」」

「え、そ、そうなの!?」

「「「「そうだよ!」」」」

「え、こ、これが恋なの……?」


 本当に……?


「だ、だって、あれだよ? 一緒にいると嬉しくなったり、心が温かくなったり、尽くしてあげたくなっちゃったり、一人でいる時についエナちゃんのことを思い浮かべたりするだけだよ……?」

「……え、何? ギャグ? ギャグなの? そこまで自覚しておいてそれで自覚しないはギャグでしょ!」

「え? え? ボク、ギャグを言ったつもりはないんだけど……」


 そもそも、ギャグに聞こえるような場所あったかなぁ。

 普通のことを言っただけな気がするんだけど……。

 って、あれ? なんか四人が集まって話し出した。


「おい、依桜の奴本気で違うと思ってるみたいだぞ。どうすんだよ、あれ」

「お、おっかしいなぁ? いつものパターンなら、今ので自覚するはずなんだけど……なんで今回はこんなにちょっとアレな感じになってるんだろ? ちょっとバグってる依桜君なのかな?」

「女委は何を言っているんだ」

「さぁ? 下らないということだけはわかるわ」

「下らなくないやい。こういうのはね、もうテンプレ化されたものなんだよ! とりあえず、ごり押しするしかない!」

「ま、それしかないわね。……じゃあまあ、早速」


 あ、終わったのかな?


「依桜、もう一度言うわ。あなたが感じているあれこれは、全部ひっくるめて恋よ!」

「……本当に?」

「本当よ」

「で、でも、ただの勘違いかも……」

「まさか。吊り橋効果じゃあるまいし」

「とりあえず、依桜君のそれは恋です! OK?」

「の、NO」

「なんでだよ」

「だ、だって、いきなりそんなことを言われても信じられないと言うか……それに、僕自身恋をしたことがないからわからないと言うか……」


 したことがないことに対して、それが○○だよ、なんて言われても信じられないと言うか、いきなり『君、神様の子孫だから』って言われても信用できない、そんな感じなんだけど。


「めんどくさいわね……じゃあ、あれよ。仮に、仮によ? エナと恋人として過ごしている姿を想像してみなさい」

「恋人……」


 未果に言われた通り、恋人になったエナちゃんとの姿を想像してみる。


 …………あ、なんかいいかも。


「どう? 幸せ?」

「う、うん、なんていうか、温かくてふわふわした気持ちになった、かな」

「それが恋よ。いい? こ・い!」

「そ、そっか、これが恋、なんだ」


 言われてみると、なんだか、ストン――と腑に落ちた気がする。


「……でも、恋を自覚したから何かある、の?」

「「「「そ、そう来たか……」」」」


 あ、あれ、なんでそんなに呆れたような表情なの……?

 うーん、よくわからない……。


「普通は、恋人になりたい! とか、もっと仲良くなりたい! って思うもんなんだよ」

「な、なるほど……!」


 普通はそうなんだ!

 ……あれ、じゃあそう思わないボクって、もしかして普通じゃない、の……?


「で、依桜はどうしたいんだ?」

「どうしたいって言われても……」

「仲良くなりたいのか? それとも、恋人になりたいのか?」

「……え、えっと……」


 どっちなんだろう、ボクは。


 …………あ、でも、たしかにもっと仲良くなりたい、かも。


 それに、恋人同士もいいというか……幸せそう。


「……多分、恋人になりたい、んだと思う……」

「そ。そういうことなら、あたしたちは依桜に協力するわよ」

「いいの?」

「もちのろんさ! 依桜君のためとあらば、一肌脱ごうではないか!」

「俺も手伝うぞ」

「オレも!」

「みんな……ありがとう」


 どうしよう、みんながこうやって協力してくれるのって、すごく嬉しい事なんだね……。

 本当、ボクにはもったいないくらいだよ。


「じゃあまずは――」


 と、未果が何かを言いかけたところで、


 ブー! ブー!


「あれ、電話だ」


 不意にボクのスマホが鳴り出した。


「……エナちゃん?」

「噂をすればなんとやらね。ほら、さっさと出てあげなさい」

「う、うん」


 未果に促されるまま、電話に出る。


「もしもし、エナちゃん?」

『あ、もしもし依桜ちゃん? 今大丈夫?』

「うん、大丈夫だけど、どうかしたの? 今ってお仕事中じゃないの?」

『んーん、今は休憩中だよ!』

「そうなんだ。じゃあ、どうしたの?」

『実は依桜ちゃんにお願いがあってね。来週の月曜日――十四日って空いてるかな?』

「十四日? うん、学園のバレンタインパーティー以外はないけど……その日に何かあるの?」

『その日にね、うちバレンタインライブがあるの!』

「あ、そうなんだ。人気アイドルは大変だね」


 バレンタインの日にもライブがあるなんて。

 こうして考えると、よく学園に来ているエナちゃんって何気にすごい気がしてきた。

 ……それにしても、ライブ?


「ね、ねえエナちゃん、それってもしかして、ボクに出てほしいっていうお願いだったりする……?」

『わ、大正解! 依桜ちゃんエスパー?』

「そ、そんなことないよ。でも、エナちゃん、がそうやってライブの話をする時は、ボクに用がある時で、その上ボクに一緒に出てほしい時だもん」

『おー、よくわかったね、依桜ちゃん!』


 やっぱり。


『それで、うちとしてもなるべく出てほしいの』

「何かあるの?」

『何かあるっていうより、ほらその日はバレンタインだし、何よりうちといのりちゃんは姉妹アイドルって呼ばれてるから! それに、うちも二人で一緒にライブをしたいなぁって思って……嫌、かな?』

「……うん、わかったよ。えっと、二月十四日でいいんだよね?」

『いいの!?』

「他ならないエナちゃんの頼みだから、いいよ」

『わーい! ありがとう依桜ちゃん! 大好きっ!』

「ふぇっ!?」


 不意打ちで大好きと言われて、一気に顔が赤くなってしまった。

 それと同時に、変な声もセットで出ちゃった。

 うぅ、エナちゃん今のはずるいよぉ……。

 しかも、さっきエナちゃんへの恋を自覚したばかりなのに。


『じゃあ、細かいことはマネージャーから連絡があると思うからそれを見てね!』

「う、うん……」

『それじゃあね!』


 ぶつっ。


「切れちゃった……」


 うーん、さすがエナちゃん。元気いっぱいだった。

 ……それにしても、どうしてボクにそんなに出てほしかったのかな?


「依桜、なんだったの?」

「あ、え、えっと、バレンタインの日にあるライブに出てほしいって……」

「へぇ、バレンタインの日に、ね。……みんな、これどう思う?」

「いやー、オレ的には黒だと思うぜ?」

「同じく」

「わたしもかな。エナっちなら大胆なことをしてきても不思議じゃないしね!」

「やっぱりそう思うわよね」

「みんな、どうしたの?」

「あぁ、なんでもないわ。……とりあえず、話を戻して、さっき依桜に協力するって言ったけど、あれ無しね」

「え、なんで!?」


 いきなり無しと言われた。

 晶たちを見れば、三人もうんうんと頷いてるし……どういうこと……?


「簡単に言えば、私たちが協力をするまでもなく、何とかなりそうだと思ったからよ」

「???」

「まあ、疑問符が大量に浮かぶのもわかるわ。でもね、意外とそうなると思うのよ。だから、安心しなさい。きっと上手くいくわ」

「ほ、ほんとに……?」

「もちろんさー」


 自信満々な様子を見ていると、本当にそんな気がしてきた。


 ……けど、


「ボクなんかが、エナちゃんみたいな可愛い娘と付き合えるのかな……」


((((なんでこう、卑屈なんだろうか))))


 今、四人が呆れたような気がしたけど、何だったんだろう?


 ……何はともあれ、ライブかぁ。


 最近は生徒会にもあまり出られてなくて申し訳ないけど、こればかりはちょっと、ね。


 ……あ、そう言えばどのタイミングで告白をすればいいんだろう……?



 それから時間はすぐに経過して、遂にバレンタインライブ当日!


 今日、うちは一世一代の大勝負をする予定!


「いのりちゃん準備は大丈夫かな?」

「う、うん、大丈夫……大丈夫、だよ」

「あれれ? なんだか、いつもより緊張してない?」

「ふぇ!? そ、そんなことない、よ!?」

「うーん?」


 おかしい。


 いつものいのりちゃんなら、こんなに緊張してなかったような気がするんだけど……どうしたんだろう? 気になる。


 でもうちもうちで、今日はかなり緊張してるんだけどね!


 勝負はライブの最後だからね。


 そのために、かなり準備したのです!


 失敗はできないよ、うち!


「二人とも、そろそろ出番だから準備して!」

「あ、は、はい!」

「はーい!」


 よーし、頑張るぞー!



「「みなさん、こんにちはー!」」

『『『こんにちはー!』』』


 遂に始まったバレンタインライブ。


 今回は二人で一緒にステージに登場して、二人で挨拶をすることに。


 さっきまで緊張していた依桜ちゃんは、いつもの調子を取り戻して、柔らかく可愛らしい笑顔を振りまいていた。


 うんうん、依桜ちゃんと言えば柔らかい笑顔だよね!


 見ていて癒しになるんだもん、すごいよね。


「今日はバレンタインという、女の子にとっても、男の子にとっても大事な日なのに、うちといのりちゃんのライブに来てくれてありがとう! 今日は是非楽しんでいってね! じゃあ、一曲目、早速いっくよー! いのりちゃん、準備は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「それじゃあ最初の曲は『恋の雨』!」


 一曲目が始まると、うちといのりちゃんの二人は、ファンのみんなを楽しませるために元気いっぱいに歌い始めた。



 それから、うちといのりちゃんは自分たちもしっかり楽しみつつ、ファンのみんなを楽しませるために歌って踊り続けた。


 そうして、気が付けば最後の曲を歌い終えていて、最後のトークに入っていて、うちにとって一番の勝負どころに入った。


「みんなー! 今日は楽しんでくれたかなー!?」

『『『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』』』

「うんうん、いい反応だね! いのりちゃんはどうだった?」

「ボクもとっても楽しかったよ! 今日のライブに出ることが決まったのは、ほんの数日前だったんだけど、やっぱり、エナちゃんと一緒にこうしてライブをして、ファンのみなさんと盛り上がるのは楽しかったです! 今日はありがとうございました!」


 やりきったという気持ちが全面に出ているいのりちゃんの感想に、会場にいるファンのみんなが拍手をする。


 ……うん、ここからはうちの番だね!


 うちの本気を見せてやるぞー!


「本当ならここで終わり、と言いたいところなんだけど、今日はなんと、伝えたいことがあるの!」


 うちがそう言うと、会場内は一気にざわざわしだした。


「と言っても、伝えたいことがあるのはファンのみんなと言うより、いのりちゃんです!」

「……ボク?」

「うん! いのりちゃん、今からうちはとっても大事なことを言うよ! 聞いてくれるかな?」

「もちろん」


 一瞬だけきょとんとしたものの、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー」

「エナちゃん? なんでそんなに深呼吸してるの?」

「今にも心臓が飛び出しそうなほどに緊張している心と体を落ち着かせるためだよ」

「そこまで緊張するほどの大事なことって……」


 さらに深呼吸をして、気持ちを落ち着かせたうちは、かなりの人がいるステージの上で、


「いのりちゃん、うちは……うちは…………いのりちゃんのことが、大好きですっ!」


 声を大にして告白をした。


 ざわざわとしていた会場内も、深い沈黙に包まれ、うちの告白の声の残響だけが会場内に木霊していた。


 言った! 言っちゃった! 遂に言っちゃったよぉ!


 ど、どうしよう、心臓がばくばくしてるし、何よりとっっっっても恥ずかしい!


 でも、本気だと伝えるためには、これくらいしないと!


「…………ふぇ!?」


 告白された直後、処理が遅れていたのか、ずっと同じ表情で固まったままだったいのりちゃんは、数秒ほど後に一気に顔を真っ赤に染めながら、そんな声を漏らした。


「え、えええええエナちゃん!? い、いいい今、す、好きって……ぼ、ボクのこと、大好きって……」

「うん! うちはね、いのりちゃんのことが大好きなの! もちろん、お友達としてじゃなくて、一人の女の子として、大好きなの―――!」

「あ、あわ、あわわわわわ……!」

「カッコイイところとか、可愛いところとか、お化けが怖いところとか、お料理が上手なところにいつも誰かに優しくしているところとか全部ぜーんぶ! 大好きなのっ!」

「ふぇぁっ!?」

「だ、だから、いつもいのりちゃんのことを考えちゃってたり、いのりちゃんと一緒の時はいつもドキドキしちゃってたり、笑顔に見惚れちゃってたりするの!」

「え、ええええエナちゃんっ……?」

「女の子同士で変かもしれないけど、それでもうちはいのりちゃんが大好きですっ! だから、うちと恋人として、付き合ってくださいっ!」


 あまりうまく言葉にまとめられなかったけど、それでも思っていたことは全部言った。

 いのりちゃんは聞いている間、ずっと顔を真っ赤にしながらあたふたしていた。

 ダメな確率の方が高いと思うけど、それでも言えただけでスッキリした。

 フラれちゃったら泣いちゃうと思うけど、それでも、うちは伝えたかった。

 あとは、いのりちゃんの反応を待つだけ。


「…………ぇ、ぁ、その………………よ」

「よ?」

「……よ、よろしきゅおねがいひまひゅっ! あぅぅ、噛んじゃったぁ……」

「……い、いのりちゃん? 今、なんて言ったの……?」

「よ、よろしくお願いします、って言った、よ……?」


 噛んだことが恥ずかしかったみたいで、さっき以上に顔を真っ赤にするいのりちゃん。

 でも、上目遣いで返事をいのりちゃんはしてくれた。


「じゃ、じゃあ、うちと付き合ってくれる、の?」

「……じ、実はボクも、エナちゃんのことが好きだったの……。だから、告白してくれてとっても嬉しい」


 泣き笑いを浮かべながら、いのりちゃんはそう言ってくれた。

 ……い、いのりちゃんが、告白してくれた……!?


「い、いいの? 本当に、うちなんかでいいの?」

「それはボクのセリフだよ。こんなボクでいいのなら、これから、よろしくお願いします」

「…………や」

「や?」

「やっっっっっっっっっっっっっっった――――――――――――――――!」

『『『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』』』


 うちが喜びの声を上げると、直後に会場中から歓声が上がった。


 でも、うちはそれすらも耳に入らないかのように、いのりちゃんに抱き着き、顔を見合わせながら、


「いのりちゃんいのりちゃん、夢じゃないよね!? ね!?」


 そうしきりに訊いていた。


「う、うん、夢じゃないよ……! ぼ、ボクもそう思ってるけど、きっと夢じゃない」

「じゃあじゃあ、うちといのりちゃんは恋人同士なんだよね!?」

「うん……」


 あぁぁぁ! いのりちゃんのはにかみ顔が可愛いよ――――!


「じゃあ、恋人になった記念に、こうだ!」

「ふぇ? んむっ!?」

「ん、ちゅ……」


 うちは抱き着いたままいのりちゃんにキスをした。


 わ、わわわ! 柔らかい! そして、なんだか仄かに甘い!

 こ、これがキスなんだね!


『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』

『や、やべえよ! リアルで美少女同士の百合カップルの誕生の瞬間を目撃したどころか、美少女同士のキスも見れたんだが!?』

『俺、今日来てよかったッ……!』

『これはもう、一生の自慢になるぞ!』


 あ、そう言えばここが会場だったの忘れてた。

 まあ、いいよね!


「ぷはっ……あぅぅ……」

「ふふふー、いのりちゃん顔が真っ赤だよ?」

「だ、だって、こんなにいっぱい人がいる所で、き、キス、だなんて……は、恥ずかしいよぉ……」

「あはは、ごめんね。……でも、うちは気持ちよかったよ?」

「そ、それは……ボクもだけど……」

「じゃあお揃いだね!」

「お揃い……なのかなぁ」

「お揃いなの!」


 何か違う、みたいな顔をしていたいのりちゃんの言葉に対し、ごり押しでうちの言葉を通した。

 誰が何と言おうと、お揃いです!


「というわけで、みんなー! うちといのりちゃんは晴れて恋人になったので、これからも応援、よろしくお願いしま―――す!」

「え、えと、よ、よろしくお願いしますっ!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!』』』

「それじゃあ、バイバーイ!」


 最後にうちといのりちゃんの二人で手を振って、今度こそライブが幕を閉じた。



 この時のライブは後に、『百合生誕ライブ』と呼ばれるようになり、エナといのりのファンの間では、『百合の日』と呼ばれるようになった。


 それから、この一件は世間にかなりの波紋を広げたとのこと。


 大人気アイドルエナとそのコンビであるいのりの二人が、ライブでカップルになると言う前代未聞のものだったため、それなりに批判は出てきたものの、この二人の存在は未だ少し肩身の狭い思いをしている同性愛者たちの希望となり、そして後押しとなったことで、さらにファンを獲得していった。


 これがきっかけで、日本でも後に、同性同士での結婚が広く認可されるようになっていくこととなった。


 もっとも、受け入れられた一番の理由は……


『美少女同士の百合カップルだから』


 だったりする辺り、さすが日本である。



 それから月日は流れ、気が付けば二人は大人になっていた。


「あー! つっかれたー!」

「お疲れ様、恵奈ちゃん」

「いのりちゃんもね!」


 うちといのりちゃん――依桜ちゃんが付き合ってから、かれこれ七年経ち、うちと依桜ちゃんは今でも仲睦まじいアイドルカップルとして活動していました。


 もっとも、今ではアイドルと言うより、ほとんどタレントとかに近いんだけどね。


 近々結婚する予定で、結婚を機にアイドルは引退しようと思ってるからね!


「まさか、こんなにファンの人が増えるなんて思わなかったね」

「そーかな? うちと依桜ちゃんなら、もっともーっと! ファンが増えると思うな! だから、これからも頑張って行こうね! 依桜ちゃん!」

「うん! ずーっと、一緒に頑張ろうね、恵奈ちゃん!」


 今のうちたちは、仕事とプライベート両方が充実した、とても幸せな日々を送っています。


             ――恵菜ルートEND――

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