バレンタイン特別IFストーリー2【ルート:ミオ】

「おぉぅ、結構な大金が手に入ってしまった」


 ある日、あたしは目の前に積まれた大金を見て、思わずそんなことを呟いていた。

 その額は、大体一千万円ほどだ。

 あたしとしても、まさかこんな大金が手に入るとは思ってなかった。


 だって、あの程度だしな……。


『師匠、入りますよー』


 ふと、あたしの部屋の扉の外から、最愛の愛弟子であるイオの声が聞こえて来た。


「あぁ、いいぞ」

「失礼します。師匠、シーツの洗濯が終わったので持ってきました……って、な、何ですかその大金!?」


 どうやら、あたしのベッドのシーツを持ってきたらしい。

 だが、あたしのテーブルの上に載っている大金を見て、イオはかなり驚いていた。


 もっとも、


「お前、そんなに驚いているが、お前の口座にも相当な金額が入っていたはずだが?」


 驚く意味はないと思うんだがな。


 こいつは、エイコのやらかしにより、相当な金が振り込まれているからな。

 その額に比べれば、今あたしの目の前にある金なんて、安く見えちまうよ。


「そ、それはそれですよ。……でも、そのお金は一体どうしたんですか?」

「いやなに、ちょっと連続殺人鬼を捕まえたり、たまたま居合わせた銀行強盗を捕まえたり、反政府組織がテロを起こそうとしていたから潰したりしただけだが」

「だけ!? それだけのことをしておいて、だけで済むような出来事じゃないですよね!? 何してるんですか一体! というか、何があったらそんなことに!?」

「いや、それがな――」


 混乱しまくってるイオに、あたしはことの経緯を話した。



 遡ること一週間前。


 その日のあたしは、休日と言うこともあり適当に日本国内をぶらぶらとしていた。


 そんで、美味そうな酒があったらそれを飲み、いくつか家で飲むように購入。


 そんなことをして過ごしていたら、


「……ん?」


 ある町の路地裏に、悪意を持った反応があった。

 その気配は、殺人衝動に駆られ、殺人鬼に陥った者が持つ、独特な気配だった。

 一度見つけてしまった以上、見逃すのもなー、と思ったあたしは……


「死ね」

「ごぶぅぅっ!?」


 その殺人鬼に不意打ちで襲い掛かり、気絶させた。


 そして、適当な場所にその殺人鬼を放り込むと、今までしてきたことを精神魔法で吐かせ、洗いざらい吐かせた後は警察署に持って行き事情説明。


 すると、その殺人鬼は指名手配中のやべー奴だった。


 で、その懸賞金を後日貰うことになった。



「まずこれが最初の部分だな」

「早くないですか終わるの!? もっとこう……何かありますよね!?」

「そう言われても、サーチ&デストロイだったしな」

「師匠の方が物騒ですよ!」


 あたしは別に犯罪は犯してないんだが……。


「まあいいじゃないか。……で、次か。あぁ、銀行強盗の話だったな」

「スルーですか……」


 当然。



 あれはたしか……殺人鬼を捕まえた次の日だったか?


 例によって日本国内をぶらぶらしていたら、そこそこ発展した街で何やら騒ぎがあったんだよな。


 まあ、あたしは面倒なことは、自身が感知しなければ首を突っ込まないから、その時はスルーする気満々だったんだよな。


 で、酒を買おうと思って酒屋に入ろうとする前に財布の中身を確認したら、小銭しか金がなかったから、金を補充するべく銀行へ。


 その途中、


『あ、あんた今そっちに行かない方が!』


 とか何とか言われた気がするが、ガン無視して銀行の中へ。


 そんで、中に入ると、


『オラ! さっさとしねぇか! ぶっ殺すぞ!』


 なんか、銀行に強盗しに来てる覆面の奴らがいた。

 ほー、目出し帽を被った奴とか現実にいるのか、意外だ。


 まあいいや、とりあえず、ATMATM。


『あ? なんだテメェ! 何勝手に動いてんだ!』

「勝手にも何も、あたしは入口から入って来たんだが。そもそも、人質じゃねぇよ。ってか、あたしは金を下ろしに来ただけなんだよ」

『ハァ? お前、状況理解して言ってんのか?』

「? 入る前から理解しているが?」


 世界最強の暗殺者たるあたしが、この程度の状況を理解していないわけないだろうに。

 ま、そんなことをこの馬鹿共が知るわけないか。


「さて、金金―っと」

『おい』

「んー、とりあえず……面倒だし百万でいいか」

『おいお前』

「あー、いや、イオへのお土産用に何か買うべきだろうな。日頃の感謝的なアレで。なら、もう百万追加だ」

『おい聞いてんのか!』

「うるっせぇな。あたしは今金を下ろすのに忙しいんだよ。黙ってろ」


 しっしと手を振る。


 が、それが気に障ったのか知らんが、なんか青筋を浮かべながら、手に持った物をこっちに突きつけて来た


『テメェ、これが見えねえのか!?』

「これって言うと……ライフルのことか?」

『そうだよ! なのになんでそんな平然としてんだよ!』

「なんでと言われると……まあ、あたしにとってそれは脅威じゃないからな」

『ハァ? 何言ってんだお前。これが脅威にならねぇ人間がいるかよ!』

「そう言うがな、そんなおもちゃでこのあたしがどうにかなるわけないからな。だって、ほら」


 ぐしゃっ! と突き付けられていた銃口を軽く握れば、そんな音共に銃口が潰れる。


 なんだ、意外と柔いな。


 こういうのは、最低でもアダマンタイトとか、オリハルコンとかそれくらいで作らないとダメだろ。


 ……って、あぁ、そういえばこっちにはそんな金属ないんだったか。


 まあ、魔力が豊富ってわけじゃないしな、こっちは。


『な、なななな、何しやがった!?』

「ただ握り潰しただけだが」

『に、人間がそんなことできるわけねえだろ! お、おいお前らこいつをやっち――』

「うるさいから黙ってろ」

『がはっ!?』


 銃を突き付けていた馬鹿は鳩尾に拳を叩き込み無力化。

 そのまま地面に放ると、他の銀行強盗に目を向ける。


『『ひっ……』』


 そしたら、なんかビビられた。


 なんだ、たかだか銃口を握り潰しただけなんだがな……まあ、こっちなんてこんなもんだろ。


 しかし、あまり目を向けなかったが、あれだな。


 人質結構いるんだな。


 一ヵ所に集められて、目と口をガムテで塞がれてるし。


 ふぅむ……まあ、乗り掛かった舟だ。適当に片付けるとしよう。


「おい、そこの馬鹿二人。そこを動くなよ。ちょっとでも動いたら、死ぬことになるからな」

『『へ……? げふぅっ!?』』


 忠告した直後に、あたしは一瞬で間合いを詰めると、そのまま流れる動作で肘を鳩尾に入れた。


 うむ。やはり鳩尾は気絶させやすい弱点だ。


 まあ、他にも頸動脈をトンしたり、手刀で顎を刈り取る方法があるが、手っ取り早いのはこっちだからな。


 と言っても、少しでも加減を誤れば内臓がぐちゃぐちゃになるが……。


「よし、片付け終了」


 とりあえず、この二人以外にはいなさそうだし、OKだな。


『あ、あの~……』

「ん?」

『あなたは一体……』

「あー、日本国内をぶらぶらしてる旅人ってことにしといてくれ。今回のも、たまたま金を下ろしに寄った銀行で、強盗が起きてただけ、だからな」

『は、はぁ……』

「それじゃ」


 そう言って、あたしは銀行を後にした。



「こんな感じだ」

「なんで!? 本当になんで!? というか、なんでそんなに呑気にお金を下ろしてるんですか!?」

「いや、あたし的には脅威じゃなかったし。別にいいかなと」


 そもそも、こっちの世界であたしの脅威になり得る武器はない。

 強いて言えば核ミサイルとか水爆くらいか。

 だが、あれも問題なく防ぐことはできるがな。

 どちらかと言うと、周囲への被害を抑えることに神経使いそうなんだよな、あれらは。


「と言うかだな、お前も銃は全然脅威にならんだろ」

「ま、まあ、それはそうですけど……」

「お前だって人のことは言えんだろ。自分を棚に上げて、なぜあたしにだけツッコミを入れるんだ。普通だろ、普通」

「いやいやいやいや!? 銀行強盗を捕まえるって普通じゃないですからね!? あと、何をどうしたらテロリストを捕まえることに!?」

「ん? あぁ、あれはだな」



 銀行強盗を捕まえた翌日、例によってぶらぶらしていたら、地下から変な気配があったんで、適当に『感覚移動』と『千里眼』のコンボでその場所へ行った、と言う事実を得た後『空間転移』を使用して下へ行くと、


『この時が来た! この腐りきった国を正すことができるのは我々しかいない! 皆の者! 準備は良いか!』

『『『おおおぉぉぉぉぉぉ!』』』

『では、行くぞー!』


 ふむ……。


「『極雷光』」

『『『ぎゃあああああああああああ!?』』』

「よし、テロリストは全滅、と。あとはまあ、適当に情報を吐かせればいいな」


 その後、リーダー格を適当に捕まえて、はたまた適当に自白させた後、警察に突き出した。



「こんな感じ」

「いやあの、なんで、かなり大ごとなことだと思われる出来事に対する説明が一番短いんですか……?」

「そりゃお前、今回はIF的な話であり、世間は恋愛色。それなのに、こんなへんてこな話をして尺を取るってのも問題だろ? あと、第四の壁の向こうにいる奴らのニーズに応えないとダメだろ、バレンタイン的に」

「すみません。何を言ってるかわからないんですが……」

「あぁ、気にするな。とにかく、あれだ。こんなつまらん話をしてないで、さっさと次へ進め、ってことだよ」

「そう、なんですか?」

「そうなんだよ」


 そもそも、誰も期待してないだろ、あたしの巻き込まれエピソードとか。

 誰得だよ。


「まあ、師匠が言うなら、そうなんですね。……それで、そのお金はどうするつもりですか? 貯金を?」

「んー、それも考えたんだが……それだと普通過ぎてつまらん。で、ふと思ったんだが、来週の月曜日はバレンタインパーティーで、自由参加……というか、自由登校だったよな?」

「そ、そうですね。それがどうかしたんですか?」

「旅行に行こう」


 せっかくの大金だ。

 何かにパーッと使いたいところ。

 それならば、旅行へ行くのが一番なのではないか? あたしはそう思った。


「………………はい?」

「だから、旅行だよ旅行」

「それはえっと、大勢で行く旅行、ですか?」

「いや? あたしとしては、久しぶりに師弟水入らずで旅行したいんだが。どうだ? 別に嫌ならいいが……」


 というか、この場にいるのがあたしとイオの二人だけだと言うのに、なぜ大勢で行くと言うのか。


 あたしはこいつと二人きりで行きたい。


 まあ、無理強いはしないが……。


 だがま、こいつのことだ。

 バレンタインパーティーを優先するだろ――


「え、あ、あの、師匠はボクと二人っきりでいい、んですか……?」


 と思っていたら、予想外の返しが来た。


 ……うん? なんだ、こいつの顔を赤くしつつ、若干潤んだ瞳で上目遣いをしだしたんだが。

 可愛いじゃねえかこの野郎。


 しかし、なぜこんな反応なんだ?


「あの、師匠……?」

「ん、あぁ、すまない。質問の答えか?」

「は、はい」

「そんなもん、いいに決まってるだろ。てか、あたしとお前は一年間一緒に生活してたんだぞ? それも、二人きりで」

「あ、そ、そうでしたね。あれから結構経ってたのですっかり忘れてました」


 相変わらず、ちょっと抜けてる奴だ。


「それで? 行くのか? 行かないのか?」

「も、もちろん行きます! 絶対に行きますっ!」

「お、おう、そうか。……えらく食い気味だな」


 こんなイオ、あんまり見ないんだが。


「そ、それで、いつ行くんですか?」

「そうだな……さっき言ったように、二月十四日は確実だな。土曜日は予定があるし、日曜日と月曜日、あと火曜日はどうだ?」

「でも、火曜日は普通に平日ですよ……?」

「んなもん、休めばいい」

「いやいやいやいや! さすがに旅行に行くためだけに学園を休むのはちょっと……一応生徒会長ですし、生徒の模範的存在なんですよ? なのに、旅行で休むなんて――」

「大丈夫だ。全ての障害はあたしが壊す。だからお前は、安心してあたしについて来ればいい」


 イオの顎をクイッとしながら、言葉を遮ってそう言うと、


「はぃ……」


 ゆでだこのように顔を真っ赤にしながら、小さく返事をした。


「よし。じゃあ決まりな。とりあえず、二泊三日で、二日分の着替え、用意しておけよ。とりあえず、着替えだけでいいからな」

「わ、わかりました。……はうぅ、今の師匠強引すぎだよぉ……」


 ん、今何か言ったような気がするが、まあいいか。

 ともあれ、旅行が楽しみだな!



「んー……」

「どうしたんだ、ミオ? 珍しく唸ってるな」


 翌日、昼休みに職員室で唸っていると、隣の席のクルミに話しかけられた。


「クルミか。いやなに、ちょっと考え事をな」

「これまた珍しい。ミオは悩みとは無縁だと思ってたよ」


 本気で驚いた様子を見せるクルミ。

 クルミから見て、あたしってそう見えるのか。


「はは、あたしだって悩みの一つや二つある。まあ、大抵は自分の力でどうとでもなるようなことばかりだがな」


 とはいえ、悩みとは無縁なのは割と事実だな。

 今は。


「ほらみろ、やっぱり無縁じゃないか」

「普段ならそうなんだが、今回はちょっと自分だけで解決するのは難しそうでな」

「へぇー、今の悩みは深刻なのか?」

「あぁ、あたしにとって、人生最大の悩みと言っていいかもしれない」

「ミオがそこまで言うか。……なら、どうだ? 今日飲みに行かないか? 相談に乗るぞ」

「いいのか?」

「ミオには世話になってる場面が多いからな。その礼だと思えばいい」

「そうか、そいつはありがたい」

「じゃ、決まりだな! ああそうだ、冬子先生も誘うか」

「いいなそれ。なら、三人で行くか」

「了解。冬子先生には私の方から伝えよう。仕事終わりにそのまま行く形でいいか?」

「それでOKだ」

「じゃ、そう言うことで」


 とんとん拍子に話が決まり、今日は飲みに行くことになった。

 同僚と酒を飲むと言うのは、かなり好きだ。

 仕事終わりが楽しみだ。



「手伝ってもらってありがとうございました、ミオさん」

「あれくらいどうってことない。それに、あたしはささっと仕事を終わらせて、飲みに行きたかったからな」

「ミオはほんと、酒が好きだな」

「この世で一番美味い物だと思ってる」


 一番は譲れん。

 まあ、イオの料理と酒ではどっちが上かと訊かれると、かなり悩むがな。


『生三つと枝豆、唐揚げ、刺身盛り合わせです。ごゆっくりどうぞー』

「お、来たか。それじゃ、早速乾杯と行くか」

「「「乾杯!」」」


 ごきゅっごきゅっ……と喉を鳴らしながら生ビールを一気に飲み干す。


「ぷはぁっ! あー、美味い!」

「ですね」

「やっぱり、仕事終わりの生は最高だな。そして枝豆が美味い」


 プチプチと枝豆を食べるクルミ。

 クルミは居酒屋に来たら、まず生ビールと枝豆を注文するらしい。


 まあ、たしかにこっちの世界の生ビールは美味いし、枝豆も絶妙な塩加減だからな。

 つまみとして最高だ。


「それで、ミオさんに悩みがあるって聞いたんですけど」

「おっと、それだそれだ。で、どんな悩みなんだ?」

「いや、それがな――」


 今回のあたしの悩みと言うのは他でもない。

 イオとの旅行について、だ。


 あたしは今まで恋愛感情を持ったことがない。


 ミリエリアとは色々と関係を持ったが、あれは恋愛と言うより、家族に対する情に近かった気がする。


 なので、実質的にあたしの初恋となるわけだ。


 そんな中での二人だけでの旅行。


 あたしは正直楽しみだし、若干ドキドキしている。


 だが、生憎とあたしにはデートの知識はほぼ0だ。


 対象者を暗殺するために、ハニートラップを仕掛けて、それで一瞬で殺したりする技術はあるんだが、純粋なデートと言うのはしたことがない。


 しかも、旅行だから余計にな。


 あとは、あたしはもともとこっちの世界の住人ではなく、向こうの世界の住人だ。


 色恋沙汰には無縁……というかだな、向こうはこっちよりも殺伐とした世界だったもんで、色恋沙汰にかまかけてる余裕があるのなら、大切な奴を守れるくらいに強くなるか、金を稼がねば! って感じだからな。


 こっちの世界が特殊なんじゃないだろうか。


 と、色々と言ってみたものの、あたしの悩みを簡単に言うと、『デート時に何をすればいいかわからない』だな。


 あたしは興味津々と言った様子の二人に、これらのことをかいつまんで話す。


「――というわけだ」

「それはあれですか。恋バナっていう奴ですか!」

「そうなる、のか? 生憎と、あたしは恋バナと言うのを生まれてこの方一度もしたことがないんだ。で、色々とわからんことがあるから、二人に訊こうかと」

「やっぱり恋バナですね! それなら、本気で取り組まないといけませんね! ね、胡桃さん!」

「そうだなー。私も、ミオの相談が何かと思えば、そんな微笑ましい物だとは思わなかったが、友人の悩みだ。本気で考えようじゃないか」

「すまないな」

「いいんですよいいんですよ。前に恋のレクチャーをしてもらいましたからね!」

「あぁ、あれな。あれ結構実践的だし、効果あったからなぁ。びっくりしたよ」


 あったな、そんなこと。

 去年のスキー教室の出来事だったか。

 たしか、恋人ができないとか言い出した二人に、あたしの経験則から基づく、男の落とし方とか、上手く仲良くなる方法とかを教えたんだったな。

 まあ、効果がないわけがない。

 数百年のあたしの経験からのアドバイスだからな。


「じゃあまずは、ミオさんの目的を認識しないといけないですね!」

「目的? とりあえず、二人で楽しめればいいんじゃないのか?」

「甘いです。甘々です! 甘ちゃんです!」


 そこまで言うか。


「たしかに、デートと言うのは楽しむことが大事です! ですがそれは当たり前のことであって、最終的な目標ではないと思います!」

「あー、そうなのか? クルミ」

「いや、私に訊かれてもな。……だがまあ、楽しむのはあくまでも過程というのは同感かもしれないが……」

「そうなんです。あくまでも過程なんです! しかも、今回は旅行なんですよね?」

「まあ、そうだな」

「であれば、旅行の最終的な目標を認識しておかないと」

「ふぅむ、目標か……」


 一体どういうものがあるんだろうか。


 生まれて初めてのちゃんとしたデート。


 個人的には、あいつと楽しい旅行ができればいいと思っていたんだが……たしかに、この二人の言う通りかもしれん。


 学生のデートならばそれでよかったのかもしれないが、あたしは大人。


 あいつも学生ではあるものの、正直学生と定義していいか微妙なところなんで、まあ大人と言うことにしておこう。


 そもそも、学生が健全な付き合いをしなければいけない理由ってのは、経済力がないからこそとも言える。


 しかし、あいつは経済力が半端ないからな。


 普通に億単位の金額が口座に入ってるし、仮に中退したり退学したりしたとしても、あいつならどんな仕事でもこなせるだろう。


 そう言う意味では、あいつは大人だ。年齢的にもな。


 しかし、目標か。


「ちなみに、いつ行くんですか?」

「ああ、日曜日から火曜日までの三泊四日だ」

「なんだ、学園を休んでいくのか?」

「合わせられる時期がそこしかなくてな。問題か?」

「教師と生徒が二人きり旅行は不味いと思うが……まあ、男女だしいっか。あいつ、生徒会長になってからっていうもの、会社員なんじゃねえの? ってくらいに働いてるからな。しかも、必ず六時前に帰宅するし。あれはすごいわ」

「そうですね。男女さんってかなり優秀な人ですし、生真面目ですからね。こう言う場面じゃないと休まないんじゃないでしょうか?」


 よくわかってるな、この二人。

 ってか、あいつの評価他の教師陣からもそうなんじゃないだろうな。


「あぁ、そう言えばあいつ、仕事を効率的にやりすぎて、まだ何も伝えてない仕事の下準備済ませてたんだよなー。あれはマジでビビったね。要領よすぎだろ」

「そう言えばそうでしたね。……でも、男女さんほどの真面目な人だったら、学園を休んで旅行に行くことに対して反対だったんじゃないですか?」

「あぁ、そこはあたしが少女マンガ式口説き術でちょちょいとな」

「なんだそれは」

「いや、渋ってたイオの顎をクイッとして、顔を近づけてあることを言ったら、顔を真っ赤にして頷いた」

「ちなみに、なんて言ったんですか?」

「『大丈夫だ。全ての障害はあたしが壊す。だからお前は、安心してあたしについて来ればいい』って言ったら一発だった」

「「うわぁ、イケメン……」」

「そうか? あたしとしては、当たり前のことを言ったんだが」


 二人はなぜか顔を赤くしながらイケメンと言ってきた。

 ふむ。そもそもあたしは出来る事しか言わんのだが。


「ミオさんって天然イケメン……?」

「その光景がすんなり想像できるあたり、すごいな、マジで」


 ん? なんかこそこそ話してるな。

 まあ気にしなくてもいいか。大したことじゃないだろ。


「ところで、それを受けた男女さんの反応って?」

「ゆでだこみたいに顔を真っ赤にして、小さくはいって言ってたぞ。すっげえ可愛かった」

「相変わらず乙女だなー、あいつ」


 乙女の片鱗は、男時代からあった気がするがな。


「男女さんって、ミオさんのこと好きなんですかね?」

「唐突にどうした?」

「いえ、仮に好きじゃない人がさっきの行動をされたとして、ゆでだこレベルにまで顔を赤くするってあり得るのかなーって思いまして。ましてや、慌てるんじゃなくて、はい、って返事してるわけですし」

「そう言えばそうだな。イオの奴は、恥ずかしがり屋で、そんな感じのことをされると普段なら慌てるだろうな。だが、昨日はそんな素振りなかったし……変だな」


 いつもの調子なら、


『はわわわっ! と、ととっ、突然何するんですか!?』


 みたいな感じだろう。

 だが、昨日はそうではなく、


『はぃ……』


 だった。


 んー……何が違うと言うのか。

 まさか、トウコが言うように、好きなのか? あたしのこと。


 ……って、ないな。ないない。


 あたしだし。


「なあミオ。ここ最近で、男女がいつもと違う行動ってなかったのか? あ、一月のあれは無しな。あれは根本的なもんだったし」

「そりゃそうだな。しかし、最近でか。そうだな…………あぁ、そう言えばなーんかあたしに甘くなった気がする」

「「甘い?」」

「ああ。今まで、一日に飲める酒の量は大体ボトル一本分だったんだが、最近ちょこちょこそれが増えててな。多い時は五本分の許可が出る」

「わかりにくいぞ、それ」

「たしかに、甘いと言えるかもしれませんが……他には?」

「他か?」


 これも結構甘い出来事だと思ったんだがな。


 まあでも、言われてみれば世間一般的に、飲める酒の量が増えたのは甘いと言う部分にならんのかもしれん。


 となると、他の出来事になるわけだが……。


「あー、そう言えばあいつ、近頃あたし用の弁当の味が以前よりも美味くなった気がする。手間暇がかかってるし、何より好物が増えた」

「ほ、他には?」

「んー……あぁ、以前から世話をよくしてくれたんだが、最近やたらめったら細かいところも世話してくれるようになったんだよなぁ。例えば、飯食ってる時に少し零すと、さり気なく拭いてくれたり」

「「それ完全にべた惚れされてますよね(ぞ)!?」」

「そうなのか?」

「ええ間違いありません! 女の子と言うのは、好きな人に対してかなり尽くすものです。それは小さなことからおおきなことまで尽くしてあげたいと、そう思うのです! 故に、男女さんは、ミオさんに惚れているはずです!」


 ビシィッ! とあたしに向かって指差しながら、自信満々にそう宣言された。


 あいつが、あたしのことが好き?


 …………いやいや、まさか、な?


「仮に冬子の話が本当だったとして、ミオ的に男女はどうなんだ? ……って、そういやスキー教室の時に聞いたっけか」

「ふっ、愚問だな。あたしはあいつが好きだぞ。もちろん、恋愛的な意味でな」


 時期的には、あいつと一緒に暮らしていた時期か。


 いやー、あの時期は楽しかったな。


 途中何度かあいつを修業中に殺しちまったが……。


 ……そこを考えると、あいつがあたしに惚れてるって、あり得ないんじゃね?

 普通、自分を何度も殺した相手に惚れるとか、ないだろ。


「それなら告白しかありません!」

「はぁ?」

「男女さんだって、きっと恋人になることを望んでますよ!」

「そうか? あたしはあいつに散々やべーことしてきたんだぞ? それなのに、惚れるか?」

「ですが、男女さんの乙女な行動から考えればきっと上手くいきますよ! 自信持ってください!」

「お、おう、そうか」


 なんだ、トウコの奴、えらく首を突っ込んでくるな。


 あれか。これはよくラノベやマンガでよく見かける、他人の恋愛に首を突っ込みたがる女友達って奴か。


 現実にいるのか。


「あー、となるとあれか、あたしの旅行の最終的はあいつと恋人になること、でいいのか? これ」

「それ以外ありません!」

「私もいいと思うぞ。男女には、ミオくらいの適当な奴が恋人にいるだけでバランスが取れるだろうからな」

「クルミ、なかなか言うじゃないか」

「実際そうだろ?」

「否定はしない」


 あたしは本当に適当だからな。


「しかし、恋人になるのが目標となると……告白か」

「ですね。一番大事な部分ですよ!」

「女的に、どういう場所で告白されたら嬉しいんだ?」

「ミオも女だろ」

「いや、あたしにそう言う知識はないからな。ってか、思考が若干男よりなんでな」

「だろうな」


 やはり、何気に言うよな、クルミは。

 まあ、全然いいが。


「となると……あれだな。指輪がいるか」

「「……指輪?」」


 必要なものを口にしたら、二人がぼけっとした表情を浮かべた。

 何か変なこと言ったか? あたし。


「ん、どうした? 告白って、あれだろ? 指輪とセットでするもんじゃないのか?」

「……ミオ。よく聞け。指輪は告白に渡すものじゃない。プロポーズで渡すものだ!」

「? 当たり前だろ?」

「ミオさん、もしかしてプロポーズのことを告白だと思ってませんか?」

「なに、違うのか?」

「あー……いやまあ、なんかもう、いいや。多分価値観の相違ってやつだろうから」

「ですね……。ミオさん、どこの国の人なんだろ……?」


 んー? そんなに変だったか?


 文化の違いと言うのは、大変なのかもしれないな。



 この後、二人に色々相談した。

 告白するシチュエーションやら、旅行の行き先やら色々。

 その結果、かなり満足するプランになったと思う。

 あとは、当日を待つだけだ。



 ミオが飲みに行く時間帯に戻り、依桜の家。


「それで、相談って何よ?」

「じ、実は、師匠に二人きりの旅行に誘われまして……」

「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」


 帰りのHRが終わった後、ボクはみんなに相談があると言って、家に来てもらっていた。

 内容は昨日師匠に旅行に誘われたこと。

 それに対すること。


「あ、あのミオさんが、旅行に!? マジで!?」

「う、うん、マジ、です……」

「驚いたな……。それで、依桜はなんて返事を?」

「ふ、二つ返事で行くって言いまして……それで、その、日曜日から三日間旅行へ……」

「な、なるほど……。でも、相談ってなんの? 行くのが決まってるなら、相談事なんてないように思えるけど」

「そ、それなんだけど、ね? あの、えと……じ、実はボク、最近思ったの」

「何をだ?」

「…………ぼ、ボク、師匠のことが好き、かも……」


 ・・・←こんな感じの点が見えるほどの静寂が訪れ、


「「「「「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」


 次の瞬間には、未果たち五人が驚愕の表情と共に、そんな声を上げた。


「ま、マジで言ってるの!?」

「あの、えと、あ、あくまで、かもしれない、って言うだけで、そうとは限らない、よ……?」

「……嫌いなところはある?」

「ない、かな。欠点もその、か、可愛い点と言いますか……」


 最近、だらしないところも可愛いと思えるようになってきちゃったんだよね……。


「好きなところは?」

「全部、です」


 むしろ、嫌いなところはない気がする。

 全部が好きと言うか……。声とか性格とか、時折見せる優し気な笑顔とか……。


「仮にミオさんに恋人ができるようなことがあれば?」

「泣いちゃうかな……」


 想像しただけで、悲しくなっちゃう……。


「「「「「……本気?」」」」」

「で、でも、まだ恋と決まったわけじゃ――」

「「「「「いやどう考えても恋」」」」」

「ほ、ほんとに?」

「いや、どう考えても恋でしょ、それ」

「そうだな。……まあ、依桜がまさか自分で自覚するとは思わなかったが」

「うんうん、何と言うか、あれだよね。今までのパターンは、周囲の指摘で自覚してたのに、なぜか今回は自分で自覚してるもんね! いやー、面白い!」

「女委は何を言ってるの……?」


 パターンって何、パターンって。


「んで、旅行に行くわけだけどさ、どこ行くか決まってるのか?」

「師匠が決めてくれるって。行きたいところがあるらしいよ」

「ミオさんが選ぶ場所ってどんなところなんだろうね。うち、気になるなぁ」

「まあ、あの人って色々とぶっ飛んではいるけど、そう言う面ではかなりまともな場所選びそうよね。何気にセンスとかいいし」


 言われてみればたしかに、師匠って結構場所選びや服のセンスよかったりする。

 多才すぎだと思う。


「ちなみになんだけど、依桜君的にあれかい? この旅行を機に恋人になりたい! とか考えてるのかにゃ?」

「ふぇっ!? こ、こここここ恋人!?」

「そこまで驚く必要あるか?」

「だ、だだだ、だって! 師匠ってその、ボクよりも遥かに年上だし、た、多分ボクなんかを好きになることはないと思うし……あっても、娘とか孫とか、弟子に向けるものだと思うし……」


 あ、言ってて切なくなってきた……。


(((((いや、あの人バリバリ恋愛感情持ってるような)))))


「……まあ、今は一緒に暮らせているから全然いいんだけどね。高望みはダメだと思うし……」

「そんなことないわよ。ね、みんな?」

「そうだな。俺としては依桜がそう思った時点で勝ちだと思うんだがな」

「ミオさん的には勝ちゲーだろうねぇ」

「むしろあの人、依桜が惚れてると知ったらどう行動に出るかわからないよな。いい意味で」

「異世界の人だから、告白と一緒にプロポーズとかしそうだよね!」

「「「「なんかわかる」」」」

「あ、あの……?」


 みんながよくわからないことを話している物だから、声をかけてみる。

 どういう意味なんだろう……?


「っと、相談だったわね。で、依桜はあれよね? ミオさんに好きになってもらいたいのよね?」

「ふぇ!? え、うぁ、その…………ぅん」


 一瞬誤魔化そうと思ったけど、正直になった方がいいと思ったボクは、顔を真っ赤にしながらも小さく頷いた。


「……恋する依桜の破壊力よ」

「な、何か言った……?」

「いえ、気にしないで。……じゃあアドバイスを上げましょう」

「う、うんっ……! よろしくお願いします!」

「……と言いたいところなんだけど、正直アドバイスなんてないのよねぇ」

「えぇ!? なんで!?」

「なんでも何も、多分だけどね、普段通りの姿で一緒に行動しているだけでいいと思うわよ?」

「で、でも、それだと師匠に意識してもらえない気がするんだけど……」

「……まあ、依桜なら可能性に気づくこともないし、仕方ない、か。わかったわ。じゃあ、今からみんなで色々考えましょ。最終的な目標は、依桜とミオさんをくっつける事。いい?」

「「「「おー!」」」」

「お、お願いします……」


 そんなこんなで、みんなによる旅行時のアドバイスなどを貰うことになり、ボクは恥ずかしいと思いつつも、何とか頑張ろうと思うのだった。



 そして、運命の日とも言える日曜日。


「よし、忘れ物はないな? 弟子よ」

「はい、大丈夫です。着替えもちゃんと入れましたし、お財布も持ちました」

「ならOKだ。……そんじゃ、サクラコ行ってくるよ」

「いってらっしゃい。楽しんできてね! 依桜も、メルちゃんたちのことは私に任せて、心置きなく楽しんでくるように」

「うん、行ってきます」


 日曜日の早朝。


 あたしとイオの二人は、それぞれ自分の荷物が入ったキャリーバッグを持っていた。


 本来ならば、あたしと依桜の二人はこうしてでかいバッグに荷物を入れる必要はないのだが、まあ、あれだ。旅行気分を味わうため、だそうだ。


 イオがなんか力説して来たんで、あたしも大人しく受け入れることにした。


 まあ、あたしとしても、こっちの世界での旅行は初めてなんでな。


 雰囲気は大事だ。


 ちなみに、なぜ早朝に出たのかと言えば……まあ、あれだ。下手に遅い時間に出ると、メルたちがごねるからな。


 イオも事前にある程度言ってあるとはいえ、なかなかに大変だったからな……。


 結局、お土産を買ってくることで片が付き、そして早めに出ることで対処した。


 そんなあたしたちは、サクラコに見送られて家を出た。



「ほう、新幹線には初めて乗ったが……なるほどなるほど。結構快適なんだな」


 美天市から電車に揺られ東京駅へ行った後、そこで新幹線に乗り換えて京都へ向かう。

 そして、二人で並んで座りながら、そんなことを呟く。


「すごいですよね。こんなに速く走っているのに、あまり揺れないんですから」

「だな。乗り物に関しては、こっちの世界の方が上だからな」

「あはは……向こうは何というか……馬車、お尻が痛かったですしね……」

「あぁ、あれなー。道が舗装されてないのと、椅子の作りが悪くて衝撃が来るたびに痛くなるんだよな。だからあたしも、最初の頃しか乗らなかったよ」

「それ以降はどうしてたんですか?」

「走って行った」

「わー、想像しやすーい……」


 走れば自身の鍛錬になるし、何より変に体が痛くなることはないからな。

 ま、今となっては全然問題ないがな。

 身体能力が向上すれば、結果的にダメージを受けるレベルも高くなるからな。


「しっかし、腹が減ったな」

「あ、じゃあお弁当食べますか?」

「ん、いいのか?」

「もちろんです。腕によりをかけて作りましたから! はい、どうぞ」


 そう言いながら、イオがどこからともなく取り出した弁当を手渡してくる。

 おぉ、さりげないこの気遣いがマジで嬉しい……。

 好きだ……。


「それじゃ、早速……って、おい、なんでイオが箸を持ってるんだ?」


 受け取った弁当を食べようと、箸を使おうとしたら、なぜかイオが箸を持っていた。


「き、気にしないでください。は、早く開けてみてくださいよ、師匠」

「……まあいいが。ほれ、開けたぞ?」


 言われるがままに、弁当箱の蓋を開ける。


 その中には、いなり寿司が三個の他に、タコの形をしたウインナー、ミニハンバーグに唐揚げ、野菜の煮物にサラダ、プチトマトが入っていた。


 おぉ、相変わらず美味そうだ。


 しかし、箸を取られている以上、どうやって食えと? インド式? インド式なのか?


 などと、そんなことを思っていると、イオが持っていた箸を使っていなり寿司を掴むと、


「あ、あーん」


 あーんをしてきた。

 しかも、照れているのか、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしつつも、微笑みを浮かべながら。


 ……ん?


「い、イオ? どうした?」

「で、ですから、師匠にあーんをしようと思って、です、ね……」

「それは見ればわかるんだが……急になんでだ?」


 普段のこいつなら言われなきゃやらんだろ。

 なんで自発的にやっているんだ?

 そう思っての疑問だったのだが、


「い、嫌、ですか……? そうですよね……いきなりこんなことされたら嫌ですよね……」


 なんか、泣きそうになっていた。

 こいつになにがあったかはわからないが、


「嫌じゃないよしもらおう」


 このチャンスをみすみす逃すあたしではない。


「――はい! じゃあ、あーん」


 悲しそうな表情から一転して、眩しい笑顔を浮かべながら口元にいなり寿司を運んでくれる。

 あたしはそれを食べる。


「むぐむぐ……ん、美味いぞ、イオ」

「それならよかったです。……じゃあ、次はどれが食べたいですか?」

「……ん? え、なに? これもしかして、全部の料理をお前が食べさせてくれるって言うあれか?」

「は、はい。……嫌でしたか?」

「んなことあるはずがない。唐揚げを頼む」

「わかりました! あーん」

「あーん……」


 やべえ! なんだこれ! なんて嬉しい状況なんだ!


 こう言うことは基本恥ずかしがって妹にしか絶対にやらないイオが、何があったのか知らんがあたしに『あーん』をしてくれている!


 しかも、一度だけじゃなく、弁当が食べ終わるまでずっとという状況!


 ゆ、夢か? 夢なのか!?


 クルミやトウコの発言を眉唾だと思っていたが、まさかマジなのか? イオ、マジであたしのことが好きなのか?


 ……わ、わからんッ!


 だ、だがしかし……今のこの状況がとてつもなく美味しい状況と言える! 二重の意味で!


 しかも、なんかさっきからやけにあたしに密着しているのが気になる……!


 こいつのでかい胸が、あたしの腕にさっきから当たっているんだぞ? 正直、男じゃなくてよかったと思った。


 それに、


「美味しいですか?」

「ああ、最高に美味い」

「よかったです」


 ものすごく魅力的な笑顔でそう言ってくるんだぞ!?


 なんなんだ、この可愛い生き物は!


 あーやばい! 色々と暴発しそうになっているぞ……!


 お、抑えろ、あたし……ここは新幹線。公共交通機関……暴発するなあたしィ!



 この後、イオのあーんを何度もされ、幸せな状況だったが、理性を抑えるのに死ぬほど苦労した。


「へぇ、なかなかいい場所だな、この旅館は」

「ほんとですね。外の自然もよく見えていいですね」


 新幹線で京都に辿り着いたあたしたちは、事前に予約を入れておいた旅館に来ていた。


 山の中にある旅館ではあるが、割と交通の便がよく、旅館前までバスが通っており、それらは駅前に行くことができるらしい。


 ついでに言えば、ここはかなりの老舗らしく、温泉が売りだとか。


 尚、あたしは一番高い部屋を選んだ。


 金はあるしな。


 一番高い部屋とそれ以外の部屋の違いはと言えば、室内に露天風呂があるかどうかの違いだ。


 効能的にも、大浴場と同じらしいからな。


 それに、こいつは未だに恥ずかしがる質だ。

 それなら、気兼ねなく一緒に入れる温泉の方がいいだろ。


「今日は雪が降ってますけど、明日は止むそうでよかったですね、師匠」

「だな。まあ、最悪の場合はあたしが天候を変えたがな」

「あ、あはは、師匠なら絶対できそうですね……」


 できそう、じゃなくて、できる、だがな。

 雲を吹っ飛ばせばいいわけだしな、晴れさせるのは。

 もちろん、雨を降らせたり雪を降らせたりもできるが。


「さて、今日はどうする? なんだかんだで、もう昼の三時だ。何気にここまで来るのにやや時間がかかったからな。観光は明日にして、今日はゆっくりするか?」

「……そうですね。今から行ってもあまり見れなさそうですし、こういう和室でゆっくりくつろぐのいいかもしませんしね」

「じゃ、決まりだな。……あー、疲れた。イオ、酒持ってないか?」

「飲みたいんですか?」

「まあな。ほら見ろよ、雪が降る京都の街並みを見ながらの酒とか、乙なもんだろう?」


 いい眺めで飲む酒ってのはかなり美味いからな。

 シチュエーションは大事だ。

 ……なんてな。イオがそう簡単に酒を出すわけ――


「いいですよ。はい、どうぞ。せっかくなので、いいお酒です」


 何ィ!?


「お、おい、イオ、いいのか? 飲んでもいいのか!?」

「もちろんですよ。師匠には先月の一件でかなりお世話になりましたし、何より今回は師匠が連れて来てくれたわけですからね。そ、それに……」

「それに、なんだ?」


 なぜもじもじする、弟子よ。


「その、し、師匠に喜んでもらいたい、というのもあって……」

「ごふっ……」


 は、はにかみ顔とそのもじもじする仕草でのその発言は卑怯だろ!?

 か、可愛すぎて一瞬意識が飛ぶかと思ったぞ!?


「と、というわけですので、えと、ど、どうぞ……」


 自分でも言ってて恥ずかしかったのか、おずおずとした様子で酒を渡してくる。


 ……お、おかしい。当初の予定では、こう、イオを楽しませたり、あたしに対して惚れさせる(もしくはもっと惚れさせる)予定だったのに、なんか、あたしの方がどんどんこいつを好きになってる気がするんだが!


 な、なんだ。一体何が起こっていると言うんだ!?


「なら貰うか」


 さすがあたしだ。

 動揺していようとも、それを表に出すことはない。

 これがプロというものだ。


「それじゃあ、お酒に合わせておつまみもどうぞ。実は、作って持って来てるんです」

「マジでか。いいのか?」

「もちろんです。さ、どうぞ」


 そう言ってイオが取り出してくれたのは、刺身などだった。

 さすがに時間も時間なので、あまり多くはないが、それでもちょっと酒盛りをするには十分な量だ。


「ありがとな」


 ふっと笑みを浮かべながら、イオに礼を伝えると、


「ふぇっ、あ、い、いいいえ、え、えと、よ、喜んで貰えてよかった、でしゅ……うぅ、噛んじゃったぁ……」


 ……やばい、萌え死ぬ。

 肝心なところで噛んだからか、イオは恥ずかしそうに俯いてしまった。

 ぷるぷるしてるのもポイント高い。

 なんて幸せなんだ。



 それから酒をちびちび飲みつつ、イオと一緒にのんびり過ごしていると、気が付けば夜の七時に。


 すると、時間ぴったりに夕飯が運ばれてきた。


『それでは、ごゆっくり』


 そう言いながら旅館の人間が部屋からでていく。


 何やら生暖かい視線を向けられたのだが、あれは何だったんだ?


 さて、晩飯となったわけだが、ここでもイオが動いてくれた。


 例えば、釜めしは


「あ、よそいますね。……どうぞ、師匠」


 笑顔で手渡してきたり、鍋類があれば、


「これくらいでいいですね。こっちもどうぞ」


 そう言いながら椀に盛ってくれたり、米粒が口の横についていた時なんて、


「師匠、ご飯が付いてますよ」

「ん、どこだ?」

「ここです、ここ。……はむ」

「――!?」


 イオのしなやかな白い手を伸ばして取ったかと思うと、それをはにかみながら食べたりとかな。


 ……やべえよ。いつも以上にイオが可愛すぎるんだが。


 このままだと、こいつに襲い掛かってしまうのではないか? と思うほどに、理性をゴリゴリ攻撃してくる。


「美味しいですね、師匠」

「ああ、そうだな。……だが、あれだな。あたしとしてはやっぱり、お前の料理が一番美味いと思うぞ」

「ふぇ!? い、いきなりなんですか!?」

「いやなに、やっぱり慣れ親しんだ料理って言うのかね? お前の料理はやっぱりこう馴染むんだよ。安心する味っていうのか、まあそんな感じだ」

「はぅぅ……」

「それに、あたしは少し前から以前にもまして世界を飛び回るようになったからな。それもあって、長旅から帰ってきた後にお前の飯を食うと、すごく安心する。……って、どうした?」

「だ、だって、いきなり変なこと言うから……」

「変ってことはないだろ、変ってことは」


 むしろ、いいこと言ったつもりなんだが。


 ……いや待てよ? こいつ、ただ照れてるだけなんじゃないか?

 考えてみれば、こいつに面と面向かって今みたいなことを言うと、必ず赤面するし、照れるしな。

 うん、まあ、可愛い。


「……師匠って、時折恥ずかしいことを言いますよね」

「恥ずかしくはないだろ。普通に思ってることを言ってるだけだぞ?」

「余計に恥ずかしいです……」


 何なんだ、こいつは。

 その反応が可愛すぎる。


「はは、別に恥ずかしがる必要はないだろ。それだけ、お前の料理は魅力的ってことだ」

「みりょっ……!?」

「ん? どうした?」

「い、いえ! な、なんでもないですっ」

「それならいいが。……ほれ、どんどん食べるぞ」

「は、はいっ!」


 料理は本当に美味かった。



 飯を食べて少し休憩してから、風呂へ。


 室内に露天風呂があると伝えると、イオは喜んだ。

 理由を尋ねてみれば、案の定と言うか、恥ずかしいからだそうだ、大浴場だと。


 未だに恥ずかしがるんだもんな、あいつ。

 あのスタイルで何を恥ずかしがる必要があると言うのか。


 そんなことはさておき、イオが、


「先にお風呂に入っていいですよ」


 と言ってきたので、お言葉に甘えて先に入ることにした。


 一瞬、一緒に入ろう、と言いかけたが、やめておいた。


 あいつをゆっくりさせる名目もある旅行だ。


 どうせなら、一人でのんびりと入った方がいいだろうと思って、あたしは一人で入ることにした。


 ……んだが、


「し、師匠、入ります、ね」


 ガラガラと扉を開けながら、イオが入って来た。

 ……なんで!?


「どうした? イオから来るとは珍しい」

「え、えっと、せ、背中を流そうと思いまして……い、嫌なら出ます――」

「一向に構わん! 是非頼む」

「はいっ!」


 向こうから背中を流してくれると言うのならば、あたしに断る理由はない!

 ……ふふ、成長したな、弟子。


「じゃ、じゃあ、失礼しますね」


 そう言いながらあたしの背中に来ると、イオはタオルにボディソープをしみこませると、それを泡立て、背中をごしごしとこすり始めた。


「どうですか?」

「んー、もうちょい強く頼めるか?」

「わかりました。んっしょ……んっしょ……これならどうですか?」

「あー、いい……気持ちいいぞ、イオ」

「ふふ、それならよかったです」


 なんて甲斐甲斐しいんだろうか。


 元々嫁属性が半端なく高い奴だったが、ここまで来るとなんかもう……マジの嫁みたいじゃないか。


 細かな配慮もできるし、絶妙なタイミングで世話を焼くしで、マジですごいと思う。


 こいつの女子力どうなってんだ。



 イオに背中を流してもらった後は、二人揃って仲良く湯船に浸かる。


「ふぅ……結構いい場所だな、ここは」

「はい……。街のぼんやりとした灯りと、しんしんと降っている雪が絶妙に合っていて、綺麗ですね……」

「そうだな。向こうは自然豊かだが、あっちとは違う自然の形があっていいな。好きだぞ、こういうの」


 それに、向こうには温泉なんてなかったしな。

 宿泊施設だって、向こうは宿だし、大抵街中に作るものだ。


 こっちみたいに、山の中に作ろうだなんて発想普通はないからな。


 何せ、向こうの山の中で作ろうものなら、魔物に襲われるからな。

 もし、山の中に宿泊施設を作るのであれば、その場合はかなりの警備費用が掛かることだろう。

 毎日羽振りのいい乗客がそれなりの数来ていなければ、経営は回せないだろうな。


 こっちの世界ならでは、だな。


「ああ、そうだ。イオ」

「なんですか?」

「明日の予定なんだが、晩飯を食べた後、風呂には入らないでくれ。実は、行きたいところがあるんだ」

「わかりました。何かあるんですか?」

「まあ、ちょっとな」

「そうですか。じゃあ、楽しみにしてますね」


 にこっと笑みを浮かべながら、期待の眼差しを向けてくる。

 ……そこまで期待されると、あたしとしてもプレッシャーなんだが。

 まあいいか。

 やるだけやるさ。


「しかしまあ、気持ちいいな」

「そうですね~……」


 のんびりとした入浴は、心身共に癒された。



 翌日。


 朝起きると、浴衣がはだけまくったイオに抱き着かれているという状況で目が覚めたこと以外、これと言って問題が起きることはなく、朝食を食べた後、あたしたちは観光を始めた。


「ふむ。雪が積もっているが、それでも十分いい街だな」

「むしろ、雪が積もっていることの方が珍しいと思いますし、ラッキーだと思いますよ」

「そうかもしれんな。……ところで、イオ」

「なんですか?」

「ずっと気になっていたことがあるんだが…………お前、なんで腕を組んでんの?」


 あたしは外に出てから気になっていたことにツッコミを入れた。


 朝食を食べた後、あたしとイオは外に出たんだが……外に出て少しするなり、なぜかイオはあたしの腕に、自分の腕を絡ませだした。


 正直、温かい。


 イオの体温が、柔らかい体の感触と共に伝わって来て、正直ドキドキする。


 見れば、こいつの顔赤いし。顔どころか、耳とか首も赤いし。


「え、えと、し、師匠と腕を組んで歩きたいな、って思ったで……あの、迷惑ですか……?」

「そんなわけない。むしろもっと密着してもいい」

「ほんとですか……?」

「もちろんだ。ほれ、もっと寄っていいぞ。その方が、温かいからな」

「ありがとうございます」


 お礼を言うのはあたしの方だがな!


「~~♪ ~~~~♪」

「えらく上機嫌だな。そんなにあたしと腕を組んで歩くのがいいのか?」

「はいっ!」

「お、おう、そうド直球で肯定されると照れるな……」


 今回のイオはやたらとぐいぐい来るが、なんかいいな、こういうの。

 普段のイオと言えば、こんな風に自ら腕を絡ませたり、寄り掛かったりしないからな。

 今なんて、彼氏に甘える彼女、みたいな雰囲気だぞ?

 と言っても、あたしは女だが。


「~~♪ ~~~♪」


 しかしまぁ、随分と嬉しそうだな。


 そんなにあたしと一緒にいるのが嬉しいのか?

 それとも、京都に来れたのが嬉しいのか。

 どっちかはわからないが、こうして嬉しそうにしているイオを見るのは、いいものだな。


 惚れた相手だから、と言うのもあるのかもしれないが、こいつの向こうでの苦労はよく知っているから、それもあるのかもな。


 いや、あれは苦労って言うより、修羅場かもしれんが……。


 まあ、何はともあれ、こいつはなんとしても幸せにしてやらんとなぁ。



 二人で京都を観光し、昼食を食べた後、二人でフラフラしていると、


「し、師匠、あそこの喫茶店に入りませんか?」


 少し先にある喫茶店を指さして、そう言ってきた。

 時間は三時か。


「そうだな。ちょっと入ってみるか」

「はいっ」


 ……こいつ、なんでこんなに嬉しそうなんだ?


 そんな疑問を感じたが、その答えはすぐにわかった。



『お待たせしました。ドキドキフルーツジュースです。ごゆっくりどうぞ』

「こ、これはっ……!」


 喫茶店に入り、イオが何かを注文した。


 そして、しばらくすると注文の品が運ばれてきた。


 あたしたちの前に置かれたものはと言えば……まあ、あれだ。ラブコメ作品でよく見かける、一つのでかいグラスに入った飲み物を、飲み口が二つあるストローで飲むと言う、バカップルしか注文しないあれだった。


 ……イオ、マジでどうしたん!?


「さ、さぁ、飲みましょう、師匠っ……」


 お前、声上ずってんじゃねえか。

 恥ずかしいだろうに、無理してるのか? こいつ。


「師匠……?」

「ん、あぁ、すまない。そうだな、喉も乾いたし、飲むか」


 そう言ってあたしは片方のストローに口を付ける。

 すると、イオの方も反対側のストローに口を付けた。


 うわ、顔近いな……。


 イオの整った顔が間近にあると言うのは、ものすごくドキドキする。


 何より、瞳は潤み、頬は赤らんでいるのがなんとも可愛らしい。


 そして、一番目が行くのは、こいつの唇。


 一つのグラスの飲み物を二人で飲んでいるわけだから、自然と目が行ってしまうというもの。


 ……こいつの唇、柔らかそうだな。


「ひひょう……?」


 おっといかん、飲まないとな。


「ちゅー……」


 こくこくとお互い喉を鳴らしながら飲む。


 おお、意外と美味いな、この飲み物。

 甘みと酸味のバランスが絶妙だ。


 あとはまあ、バカップル感丸出しの状態で飲んでいる、というのもあるのかもしれない。


「……~~っ」


 恥ずかしいならしなきゃいいのにな。


 まあ、あたしは役得どころか、ものすごく嬉しいからいいんだがな。


 イオは、終始顔が赤かった。


 尚、同性同士で頼んだからか、店員はものすごく生暖かい目を向けつつ、何やら満足そうな表情だった。



 さて、そんなこんなで観光をしていると、陽が落ちて来て、気が付けば夜に。


 一度旅館に帰って飯を済ませてから、あたしとイオは再び外に出た。


「師匠、まだですか?」

「ああ、まだダメだ」


 目的地へ行くのに、今回は『空間転移』を使う。

 さすがに、場所がクソほど遠いんでな。


 で、イオにはその場所へ行くまで目隠しをしてもらっている。


 こういうのはサプライズが大事だからな。


 そして、人気のない場所に出たところで、あたしは『空間転移』を使った。


 転移は問題なく成功し、目的地にたどり着いた。


「イオ、外していいぞ」

「わかりました。……わぁ~~~!」


 目隠しを外すなり、イオは感嘆の声を漏らした。


 あたしたちがいるのは、長野県の阿智村と言う場所だ。

 ここは日本一の星空と認められ場所だ。


 実際、空には無数の星が瞬いている。


 手を伸ばせば届きそうなほどに近くにあるように感じるくらい、星は無数に散らばっていた。


 あっちの世界でも星空は嫌と言うほど見たが、こっちの世界は向こうとは違った楽しみ方があって好きだ。


 ちなみにここは街などの平地にいるわけではなく、山の上、つまり山頂にいる。


 本来ならば、ロープウェイなどで来るんだが、今回は色々とはしょった。


「師匠、すごくいい眺めですね!」

「ああ、いい眺めだな」


 イオのテンションがいつになく高い。


 まあ、女はこう言う場所が好きそうだからな。


 精神的にもそっちよりであり、最近明らかに女子化しているイオからしてみても、やはり素晴らしい星空に見えるのだろう。


 ……ま、ここに来たのはイオにこの星空を見せるためと言うわけじゃないんだがな。


「ところで師匠、どうしてここへ来たんですか?」

「いやなに、お前に大事な話をしようと思ってな」

「大事な話……? それって一体……」


 きょとんとしているイオ対し、微笑みを浮かべつつ、あたしは『アイテムボックス』から小さな箱を取り出した。


「イオ」

「はい」

「あたしは……お前のことが好きだ」

「……………………ふぇ?」


 ドストレートに好意を伝えると、イオはお決まりの呆けた声を漏らし、さらにきょとんとした。

 相変わらずと言うかなんというか。


「…………あ、あははは、それって、あれですよね? 師匠として好きっていう……」

「いや、一人の人間として、あたしはお前を愛している」

「――っ!」


 勘違いしているイオに、あたしはそれを是正すべく、ストレートに伝えた。

 すると、イオは口元に手を当ててぽろぽろと涙を零しだした。


「う、嘘……」

「嘘じゃない。あたしは、お前がずっと好きだったんだよ。それこそ、一緒に暮らしている時からな」

「…………ほ、本当に……?」

「ああ、本当だとも。……お前のことが好きになったきっかけは結構あるが、その中でも一番大きいのは、お前のその優しい性格だ」

「……し、師匠」

「理不尽の権化だとか、神殺しの英雄だとか、世界最強だとか言われたあたしには、あまり対等と呼べる存在がいなくてな。昔は、ミリエリアとか、それ以外の友人とかもいたんだが、そいつらは死んじまってな。あたしずっと一人だったのさ」

「……」

「そんな時に、あたしは王都でお前に出会った。最初はお前の容姿があたし好みだった、っていうのもあるが、お前と触れ合って行くうちに、お前の優しさに惹かれていった。だってお前、普通の奴らなら、畏怖するか、こびへつらうんだぞ? なのにお前と来たら、あたしに注意するわ、ツッコミを入れるわで面と面向かって言ってきたからな。……それが、たまらなく嬉しかったんだ」


 イオへ、あたしは自分が思ってきたことを話す。

 真っ直ぐにイオの目を見て。

 イオは目を逸らすことなく、あたしの目を見て話しに耳を傾けてくれていた。


「今まで一人だったのに、お前と言う弟子ができたことで、あたしは楽しい日々を送るようになった。一人でただ酒を飲んで飯を食って、寝るだけの生活だったのに、お前と出会ってからは、毎日が楽しい。学園でガキどもに体の動かし方を教えたり、同僚と飲みに行ったり、お前や未果たちと一緒に出掛けたり、まあ色々だ。それらは空虚だったあたしの生活に、新しい光を入れてくれた。そんなことをしてくれたんだ、惚れるに決まってるだろう?」


 軽く笑みを浮かべてそう言えば、イオは更に涙を流す。

 そんなイオへ、あたしはその想いを全て込めた言葉を放った。


「イオ、あたしと結婚してくれ」


 そう言いながら、あたしはさっき取り出した箱を開け、それをイオに向けた。


「こ、これって……」

「指輪だな」

「……ほ、本気、なんですか……?」

「ああ、本気だ」

「…………でも、ボクは師匠よりも遥かに年下ですよ……?」

「んなもん気にしないさ。と言うか、そんなことを言ったら、あたしはお前よりも、遥かに年上だ」

「……元男の女の子なんですよ……? 世間からは白い目で見られるかもしれません……」

「周囲の目を気にするほど、弱い奴に見えるか?」

「…………師匠よりも早く、死んじゃうかもしれないんですよ……?」

「大丈夫だ。仮にお前が早く死んだとしても、あたしはずっとお前のことを想っているよ」

「……ずっと、一緒にいてくれるん、ですか?」

「当たり前だ。仮に、お前がしわしわの婆さんになったとしても、あたしは一緒にいるよ」


 何度かの問答があった後、イオはぼろぼろととめどなく涙を溢れ出させる。

 そんなイオへ、あたしは尋ねた。


「それで、返事は?」


 そう尋ねると、イオは軽く涙を拭い、


「……はい」


 と、今までで一番の笑顔を浮かべて、そう言った。


 ……え、マジで? マジで、OKなのか?


 夢じゃない? これ、夢じゃないよな?


 そう思って、イオの頬を掴むと、軽く引っ張った。


「いはいへふよ……!」

「いやすまない。てっきり夢だとばかり……」

「そ、そう言うのは自分でやると思うんですが……」

「こっちの方がいいかと思って」

「酷いですよぉ!」


 ぷんすかと怒るイオ。

 今のやり取りのおかげか、イオはもう泣き止んでいた。


「…………えと、み、ミオ、さん」

「――っ! お、おう」


 やっばい、こいつに名前呼びされるの、すっげえ照れるんだが!


「ボクも、ミオさんのことが大好きです」

「……」

「末永くよろしくお願いします……」

「……ああ、任せな。絶対に、お前を幸せにしてやるよ」

「~~っ! はいっ!」

「おわっと」


 感極まったのか、思いっきり抱き着いてきた。

 あぁ、なんて心地よい温もりなんだろうか。

 いつまでも、抱きしめていたくなる。


「イオ」

「はい……んむっ」


 愛おしくなって、あたしはイオの唇に自分の唇を重ねた。


 ぴくん、と一瞬抵抗があったものの、すぐに受け入れてくれた。


 それから、数秒とも、数分ともとれるほどに短く、長いキスをしたあたしたちは、星空の下で、再び唇を重ね合った。



 そして、星空の下でのプロポーズの次の日、


「何!? お前が旅行中ぐいぐい来てたのは、あたしを惚れさせるためだったのか!?」

「は、はい……じ、実は、未果たちに相談に乗ってもらって、それで……」

「そ、そうだったのか」


 なんと、イオがぐいぐい来ていたのは、未果たちによるアドバイスが原因だったとのこと。

 どうりでイオらしからぬ行動をすると思った。


「そう言うししょ――じゃなかった、み、ミオさんも、あんな場所でプロポーズしてくるとは思いませんでしたよ」

「ああ、あれな。あれは、クルミとトウコが勧めてきたんだよ。いいプロポーズスポット、ってな」

「なるほど……そういう理由だったんですね」

「まあな。……しかしあれだな。帰ったら、お前の両親や未果たちに報告しないと、だな」

「で、ですね……」


 ある意味、これからが大変そうだ。


 あたしとイオは、お互い顔を見合わせて、苦笑いを浮かべるのだった。



 それから月日は経ち、あたしとイオの二人は一緒の家に二人で暮らしていた。


「ミオさん、あ~ん♥」

「ん……今日も美味いぞ」

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいです」

「あたしも、おまえがこうして毎日料理を作ってくれるのは嬉しいよ」


 そして、こんな感じに甘々な関係となっていた。


「ミオさん、これからもず~っと一緒ですよ♥」

「あぁ、もちろんだ」


 あたしは今、幸せな日々を送っている。


             ――ミオルートEND――

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