バレンタイン特別IFストーリー2【ルート:シスターズ】
それは、ある日のこと。
時期的には二月。
そして、二月十四日の一週間と一日前、すなわち二月六日の出来事だった。
「ごふっ……」
その日、依桜が死んだ。
ちなみに、場所は法の世界だ。
法の世界で依桜が死ぬなど、通常ではありえない状況なのだが、これには訳がある。
と言うのも……
「ねーさまはこっちに来ちゃダメなのじゃ!」
「私たちのお部屋に入らないでください!」
「はい、らない、で……!」
「入っちゃダメだよっ!」
「絶対に入れないのです!」
「……立ち入り禁止」
メルたち、男女シスターズ(依桜を除く)が、おやつを持ってメルたちの部屋に入るべく、扉をノックし、
「みんなー、おやつを持ってきたよー、入っていいかな?」
と言った依桜に対し放ったセリフにより、依桜は死んだ。
ちなみに、手に持っていたおやつ&ジュースは、ミオにより仕込まれたバランス感覚などにより、倒れるのと同時に、コトン、と床に置かれた。一切こぼれていない。
「ど、どうして……? ぼ、ボク、何かしちゃった……?」
息も絶え絶えと言わんばかりに、今にも死にそうな依桜がそう絞り出す。
「とにかくダメなのじゃ! ねーさまが入ってくると、えと……き、嫌いになるのじゃ!」
言葉は時に刃物となる、とはよく言ったものだ。
今のメルの発言により、
「……き、嫌い……め、メルたちが、ボクのこと、嫌い…………ごふっ……」
本当に死んだ。
いやまあ、比喩だが。
しかし、そこは気が利く依桜。
ちょっと指で突けば倒れてしまいそうなほどにふらっふらとしながら立ち上がると、
「お、おおおおおやつ、お、お置いておく、ね………………うぅっ……」
今にも泣きそうな声でそう言ってメルたちの部屋の前から去って行った。
その際、がちゃんっ! ドタンッ! ドダダダダダダ! ガッシャーン! などという、明らかにヤバそうな音が聞こえたが……。
翌日。
「………………」
学園にて、依桜は自分の机に突っ伏していた、
ちなみに、顔は横を向いている。
「お、おい、なんか依桜が死んでるんだが。未だかつて見たことがないくらい、真っ白になってんだが」
「と言うかあれ、なんか目、死んでない? 表情なんて無を通り越して虚無よ。虚ろな表情って、ああいう状況のことを言うのね」
「依桜君があんなにダメージを受けているなんて……! もしかして、十二月の時のあれの後遺症?」
「あれは先月末くらいに完治していたから、違うと思うよ? ミオさんも『大丈夫』って言ってたし」
「……だが、いつでも慈母神のごとき笑みを浮かべていた依桜があそこまで死んでいる、というのは……ある意味初じゃないか?」
依桜から少し離れたところで、未果たちがこそこそと虚無ってる依桜について話し合う。
その途中に出た十二月のあれ、というのはまあ……色々とあったのだ。とりあえず、今は気にしないように。
ともあれ、現状白くなり、虚無ってる依桜を見ている未果たちは、心底心配した。
そして、それは他のクラスメートたちも同じなようで、死んでいる依桜を心配そうに見ていた。
実際、依桜はこのクラスの誰よりも早く学園に登校し、ずーっと今の状態である。
微動だにしていないというのも付け加えておこう。
と、虚無りまくってる依桜がついに口を開いた。
「………………………………………………死にたい」
かなりの間を開けて、口にしたのは……依桜にとってまさかすぎる言葉だった。
(((じゅ……重症ダァァ―――――――!?)))
その瞬間、依桜の呟きを聞いた者たち(クラスにいる者全員)は、全員そう思った。
あの、いつでも優しい笑みを浮かべ、時には顔を真っ赤に恥ずかしがり、そして、いつだって可愛い姿を見せていたあの依桜が! 死にたいと言ったのだ!
となれば、普段から接する機会の多い者たちは、本気で心配することだろう。
「おらー、お前ら席つけー……って、うお!? お、男女!? お、お前どうした!? なんでそんな白くなってんだ!?」
「……………………………………………あ、妖精さんだぁ……」
「おい誰か救急車呼べ! 頭の方! これはもう重傷なんてレベルじゃねぇ! とにかく男女が死ぬ前に救急車呼べェェェェェェェェェェ!」
朝から阿鼻叫喚だった。
その後、未果たちがどうにかするということで話がつき、あのままだと色々とまずいと言うことで、一旦場所を移して空き教室へ。
その間、未果が死んでる依桜をおんぶした。
そして、椅子に座って、あしたの〇ョーよろしく、真っ白に燃え尽きた座り方(といっても、足は開かず、横座りみたいなものだが)をしている依桜に向かって、未果が口火を切った。
「それで……何があったの?」
「……………嫌われたの」
「嫌われた? 誰によ」
「……………………メルたち」
「「「「「エッ!?」」」」」
依桜の口から飛び出した、とんでもない言葉に、一同は揃って驚愕した。
だって、あのお姉ちゃん大好きっ娘なメルたちが、むしろ『お姉ちゃん以上の人じゃないと絶対恋人にしませんっ!』くらい言いそうなレベルの依桜大好きな妹たちが、依桜を嫌ったというのだ。そりゃもう、驚愕である。
「…………昨日、みんなのために美味しいクッキーを焼いて、ジュースと一緒にお部屋に持って行って、お部屋に入るためにノックしたら……みんなに入って来ちゃダメって言われて……その後、もしお部屋に入ろうとしたら、ボクを嫌いになるって、メルが言って…………うぅぅっ……」
ぽたり……と、依桜の目から涙が流れる。
重症。
(ちょ、ちょっとちょっと! どういうことなの!?)
(あの、メルちゃんたちが、依桜を嫌う……? そんなこと、あるのか?)
(しかも、相手はあの依桜だぞ? マイナスになるような性格じゃねえし、むしろ優しすぎる依桜を嫌うとか……ないないない。どんな状況だよ)
(反抗期にしては早すぎるし、というか、依桜君レベルだったら、反抗期にならなそうだしねぇ)
(……じゃあ、どうして?)
こそこそと、五人で依桜に背を向けて話し合う。
全員の共通認識はと言えば、まあ、あの妹たちが依桜を嫌うはずがないし、なんだったらあの聖母のような依桜自身に嫌われるような要素がない、ということだ。
「依桜、本当にそう言われたのか? なんというか、にわかには信じがたいんだが……」
「……………言われた。二月六日、午後三時二分十六秒に言われた…………」
(((((え、言われた時間とか記憶してるの……? こわっ!)))))
未果たちに依桜の怖い面が露呈したが、全員スルーした。
「何か心当たりはないのかい?」
「…………ない」
「じゃあ、知らず知らずのうちになんかしてたんじゃね?」
「…………そんなはずない……………………と思う……」
「自信ないねー……」
ある程度の間の後に多分と付くと、一気に自信がないように見える。不思議。
「んじゃあ、単純に嫌われたとか?」
「ごふっ……!」
依桜、吐血。
「ちょっ、依桜が吐血したんだけど!? 態徒、そういうことを言うんじゃないわよ! 見てよ、ちょっとした血溜まりができてんじゃない!」
「す、すまんっ! 可能性でしかないとはいえ、今の依桜にはマジで逆効果だった、申し訳ねぇ」
「…………フフ、ダイジョブダイジョブ。ボク、ダイジョブ」
「今度は片言になったぞ!? 依桜、しっかりしろ! まだ嫌われたと決まったわけじゃない!」
「………………嫌われたに決まってるよ…………ボクだもん…………」
(((((アカン。過去に類を見ないレベルでネガティブになってる……!)))))
ふっ、と自嘲する依桜。
こんな姿、最も付き合いの長い未果ですら見たことがないレベルだ。
通常時から、ものすごい謙虚な依桜だが、それでもネガティブになるまでとはいかない。傍から聞いているとネガティブっポく聴こえるような事柄もあるが、それは単純に依桜が本気でそう思っているだけで、依桜自身は別段ネガティブになっているわけではない。というか、むしろポジティブなくらいだ。
そんな依桜が、自重するレベルでネガティブになっている。
これには未果たちも本気で心配する。
「依桜、とりあえず元気出して?」
「…………動きたくない」
「そんなこと言わずに。もう今日は学園バックレましょ」
「おい未果、いいのか?」
「いいのよ。こんな状態の依桜を教室に戻せるわけないでしょ。こう言うのはね、いっそのこと学園を早退して、遊びに行った方が、遥かにマシよ」
「うむうむ、一理ある! そう言うのは大事だよねぇ。マンガやラノベで言うところの、平日バックレデート的なね!」
「うち、学校をそう言う理由で休んだことないなー」
「オレもねぇ」
「そんなの、私もよ。それで、どうする? 依桜。行く? 行かない? 私的には、多少は気がまぎれると思うわよ?」
「………………行く」
ぽそっとした声だが、依桜は行くと言った。
(言っておいてなんだけど、まさか本当に行くと言うなんてね。依桜は優等生だから、そういうことはしなさそうなんだけど……ま、それくらい重症ってことね。それに、先月までの件もあって、余計なんでしょ)
苦笑いを浮かべながら、そんなことを考える未果。
実際、依桜は昔から優等生であり、非行に走ったことはなかった。
当然、ずる休みなんてしないし、宿題の提出や、それ以外の提出物などの提出が遅れることもなければ、教師の頼み事を断らずきちんとこなし、むしろ教師が困っていれば依桜の方から手伝いを申し出るほどだ。
そんな依桜が、バックレて遊び行くと言った。
本当に重症である。
「というわけで、みんなもOK?」
「ああ、大丈夫だ」
「問題ないぜ!」
「わたしもバッチリ! というか、一度してみたかったしね!」
「うちも!」
「ん、じゃあ決まりね。じゃあ私、一度戸隠先生の所に行ってくるわ。みんなは先に荷物を持って出てて」
「「「「OK!」」」」
「あ、女委とエナの二人で依桜を連れてって」
「りょーかい!」
「うん、任せて」
「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくるわね」
そう言って、未果は空き教室から出た。
「――というわけでして、大丈夫ですか?」
「んー、教師的立場から言わせてもらうと、許容は出来ん。……だが、男女は普段から色々頑張りすぎだからな。むしろ、それくらいしても罰は当たらんだろ。なんで、許可しよう」
「ありがとうございます」
「お前らグループ全員が早退とのことだが……本来は問題だからな? 集団で学校をバックレるとか」
「そこはすみません……」
「いやいいよ。変之を除けば、お前ら全員優等生だからな。だから許可するんだ。変乃は……おまけだ。だが、あいつに言っとけ。『次のテストで赤点採ったら殺す』ってな」
「必ず伝えておきます」
「ああ、あと、腐島の奴には『ふざけすぎるなよ』と言っておけ。んじゃ、行っていいぞ」
「はい。失礼します」
戸隠胡桃、依桜たちのクラス担任は、元ヤンキーと言うこともあり、色々と寛大だった。
「…………ずーん」
「オレ、実際にずーんって自分の口で言う奴初めて見た」
「まあ、それくらい落ち込んでるってことよ。……ほら、依桜、美味しいスイーツでも食べましょ」
「…………ぅん」
許可が下りた未果たちは、依桜を元気づけるべく、最初にスイーツバイキングに来ていた。
尚、制服姿だと色々とまずいと言うことで、全員一度家に帰宅し、着替えてきている。
エナに関しては、人気アイドルということもあり、変装をしているが。
まあ、だとしても、美男美女のグループであるため、人目を浴びているが……。
そこ、態徒は違くね? とか思わない。
「はい、あーん」
「……あむ…………」
「どう?」
未果が一口サイズのショートケーキをフォークで突き刺し、依桜の口元に持って行く。
そしてそれを依桜が食べ、味を未果が尋ねると……
「……味がない……」
暗い表情はそのままに、そう感想を告げた。
(((((なんで!?)))))
まさかのまさか、依桜、あまりにも嫌われた(可能性があるだけ)ショックで味覚を失っていた。
(ま、末期だわ……! 味がわからないとか、末期だわ!)
(嘘だろう……まさか、嫌われた可能性があると言うだけで、味覚が消えるのか……?)
(どんだけシスコンなんだよ!?)
(それ以前に、依桜君、メルちゃんたち相手だと何と言うかこう……豆腐メンタル通り越して、メレンゲメンタルだね)
(それはもう柔らかすぎて液体に近いよ、女委ちゃん)
「…………ねえ、ここのスイーツ、どうして味がないのかなぁ……。もしかして、砂糖とか入れ忘れたりしてるのかな……」
死んだ目をしながら、ぽそっと呟いた。
「そ、そんなわけないわ! ちゃんとしっかり味があるわよ!」
「……でも、甘くないよ……?」
「あ、あれよ! ダイエットケーキ、みたいな!?」
未果、必死である。
「…………そうなんだ。最近のスイーツバイキングは、女性にも優しいんだね………………世界はボクに優しくないけど…………」
(((((め、めんどくさい女子になってる!)))))
通常時では絶対に言わないようなセリフを吐きまくる依桜。
もはや困惑を通り越して、戦慄するレベルである。
これが原因で、スイーツバイキング中は、酷く空気が重かった。
初手からいきなりスイーツバイキングをした傷心中の依桜たち一行は、遊園地にやって来ていた。
が、
「…………仲良しな姉妹って……いいよね…………ボクなんて、嫌われちゃったのにね…………当てつけかな……」
ハイライトのない目で、自嘲気味に笑いながら、依桜がそう言えば一気に空気が重くなる。
妹に嫌い(嫌いになる)と言われただけで、依桜はここまで死ぬらしい。
尚、メルと出会ってからはまだ一年経過していないし、なんだったら、ニアたち五人とは九ヶ月ほどしか経過していない。
よほど可愛い妹ができて嬉しかったようである。
しかも、依桜的には生まれて初めての妹だったこともあり、反動がでかかったのだろう。
ある意味、依桜に対して最も有効的なダメージリソースだ。
「やべえよ……依桜のあんなネガティブな姿とか見たくねえよ……」
「だ、だねぇ……。わたしも、あれはちょっと……」
どんな姿でも可愛いだとか、エロいだとか、魅力的とか言っている女委ですら、この状態の依桜は嫌らしい。
まあ、当然と言えば当然かもしれない。
「……こうなったら、荒療治するしかないわね」
「荒療治? 一体何する気だ?」
「とりあえず、少しでも普段通りに戻すわ。……依桜、お化け屋敷行くわよ」
「「「「それはダメでは!?」」」」
「…………わかった」
「「「「了承した!?」」」」
そんなこんなで、お化け屋敷に行くことになった。
お化け屋敷に入り、少し進むと最初のびっくりポイント。
内容は、横の窓からいきなり白装束姿の貞〇のような女性が飛び出してくるというもの。
『カエセェェェェェェェェェェッッ……!』
と、鬼の形相でそう迫るお化け(お化け屋敷のスタッフ)。
いつもの依桜ならば、
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
とか、
「ひぅっ!?」
とか、
「怖いよぉっ……! 誰か助けてぇ……!」
とか言いながら怖がるのだが、今回の依桜は全然違った。
「……………脅かし役、大変ですね。頑張ってください……」
虚ろな笑みでそう返したのだ。
美少女の虚ろな表情によるその返しは、お化け屋敷と言う名の暗がりということっもあり、スタッフの方が逆に怖がったそうな。
「「「「「……マジかー」」」」」
そんな依桜を見て、五人は遠い目をした。
その後も、様々なびっくりポイントがあったものの、どれもこれも依桜を怖がらせるには至らず、依桜は現実的なことを言い続けた。
その結果、誰一人としてビビることがなく、むしろ変な空気になってしまった。
スタッフ側は気まずくなったが。
そのほかのアトラクションに行っても、依桜は一切怖がったり、楽しんだりすることはなく、ただただ淡々としていた。
なんかもう、重症なんてものじゃなかった。
遊びに来ているのに、異常なほどに落ち込んでいる依桜が原因で、全員もれなく気まずかった。
これ以上は何をしても無駄かもしれないと判断した未果は、
「依桜、今日あなたの家で夕飯を食べてもいいかしら?」
そんなことを言った。
もちろんこれは、依桜の手料理が食べたいから――というわけではなく、依桜の家に行き、メルたちから事情を訊きだすためだ。
依桜本人がこんな状態になった原因は、間違いなくメルたちにあるわけで、ならこうなってしまうほどのセリフを放ったメルたちに訊けば、依桜を復活させるきっかけになるのでは? と思ったのだ。
「………いいよ。みんなもどう……?」
相変わらず暗い。
未果の頼みを依桜は断ることなく、普通に了承し、他の面子にも来るかどうかを尋ねた。
この時、晶と女委の二人は、未果の考えを理解し、
「ああ、依桜がいいのなら行くよ」
「わたしもー」
家に行くことにし、反対に未果の考えを理解していない、態徒とエナの二人も、
「じゃあ、オレも行くー!」
「うちも行きたいな」
普通に行くことにした。
「………じゃあお買い物をして行かないとね……」
依桜の家で夕食を食べることになった。
さて、時間が進み、大体三時半ごろ。
学園にいたメルたち姉妹は、みんなで集まって家へと帰宅していた。
「儂、ねーさまに酷い事を言っちゃったのじゃ……」
「大丈夫だと思います。それに、イオお姉ちゃんが入って来ちゃったら、バレちゃってましたし……」
「バレ、ちゃ、いけない、から、ね……!」
「でも、朝からイオねぇ、元気なかった」
「私たちのせい、なのですよね……?」
「……後悔」
六人は、昨日の依桜に対する対応を後悔しており、いつもの天真爛漫とした様子はなりを潜めていた。
「じゃ、じゃが、あれくらいせねば、ねーさまにバレてしまうのじゃ! ならば、胸が痛くとも、がんばらなければならぬ!」
が、そこはこの中で最年少でありながら、次女のメルである。
落ち込み状態から一転し、すぐにそう奮起。
すると、他の面々もそれに触発されたのか、すぐにやる気をみなぎらせる。
「……ですね! 私たちにいつも優しくしてくれるイオお姉ちゃんのために、頑張らないとですもんね!」
「う、ん……! 一週間、で、うまく、やらない、と!」
「イオねぇからのお小遣いもあるし、なるべくいい物を作りたいよね!」
「そう言えば、こっちでは高い物よりも、心がこもった物の方が嬉しいと聞いたのです」
「……なら、みんなで心を込める?」
「うむ! では、早速材料を買いに行くのじゃ!」
「「「「「おー!」」」」」
仲良し姉妹たちは、商店街へと向かった。
「おじさん、訊きたいことがあるのじゃ!」
「お、なんだいメルちゃんたちじゃないか。今日は、依桜ちゃんは一緒じゃないのかい」
メルたちがやって来たのは、商店街にあるとある洋菓子店。
中に入ると、四十代くらいの、渋いダンディーな男がにこやかな表情を浮かべながら、メルたちを出迎える。
尚、男の名前は、
ちなみに、声も渋い。
「うむ! 今日は儂らだけなのじゃ!」
「珍しいこともあるものだ。それで、うちに来たってことは、何か買いにかい?」
「実は、ちょっと相談があるんです」
「相談か。まァ、今は空いてる時間だし、何でも訊いてくれ。それに、依桜ちゃんには世話になっている時があるからな。その妹さんたちが相談とあれば、訊かないわけもにもいかない」
そう言って、ふっと笑みを浮かべる。
依桜に世話になっている、と言うのはまあ、いつもの依桜の恩返し的なアレだ。
元々、料理が好きだった依桜は、いつからか菓子類も作るようになった。
その際、依桜はここの店主である、虎一郎によく教えを請いに来ており、今まで教えてもらっていたお礼として、高校生になったあたりから、たまに店を手伝う時があった。
異世界から帰還した後は、『料理』のスキルを用いてお菓子作りを手伝ったり、忙しい虎一郎のために差し入れを持ってきたりと、なかなかに色々なことをしていた。
ちなみに、その差し入れは商店街にあるお店の人たち全員に配られている。恐るべし、恩返しマシーン依桜。
今現在のこの店――『洋菓子店 京』にいる客は、イートインコーナーにいる客だけで、普通に空いている。
ちらほらと客も来るが、その辺りは雇っているバイトや正社員の店員で問題ないレベルなので、任せている。
尚、店内はバレンタイン一色である。
「それじゃ、向こうの席に行っていてくれ。何かケーキでも御馳走しよう」
「いいのか!?」
「もちろんだ。それに、プライベートなことだからな」
虎一郎はそう言いながら一度店の奥に引っ込む。
メルたちは、指示された席に着き、虎一郎が戻ってくるのを待つ。
全員、美味しいケーキが食べられるとわかり嬉しそうである。
そんな嬉しそうなメルたちの所に、ケーキが七個とオレンジジュースが載ったトレーを両手に持った虎一郎が来た。
ケーキは定番のイチゴのショートケーキだ。
「お待ちどうさん。とりあえず、食べながら話そうか」
ケーキを食べながら、メルたちが事情説明。
「――というわけなのじゃ」
「ほほぅ、依桜ちゃんはいい妹を持ったものだ」
メルたちの相談事を聞いて、虎一郎は微笑まし気な笑みを浮かべながらそう呟く。
「つまり、メルちゃんたちは、バレンタインの日に依桜ちゃんに手作りのチョコレートを渡したいと、そういうことかな?」
そう尋ねれば、メルたち全員がこくりと頷く。
そう、昨日、メルたちが依桜を突き放すようなことをしたのは、サプライズで依桜にバレンタインのプレゼントを渡したいと思ったから。
昨日は、その作戦会議をしていた、と言うわけだ。
理由はもちろん、メルが言ったように、普段から依桜に優しくしてもらっているから、というもの。
依桜的には、可愛い妹たちのお世話ができて幸せ! と思っているので、別段お礼はいらないと思っている。むしろ、それが当たり前だと思っている。
が、メルたち的にはそうではないのだ。
メルには肉親がおらず、生まれた時から魔王としての人生を歩かされることになった。
最初からある程度の思考能力が備わっていたメルなので、今後は年上ばかりの環境ばかりで生きていくことになるのだろう、そう思っていた。
が、そんな折に出会ったのが、勇者である依桜だ。
一目見た時に、その優し気な雰囲気を気に入り、ついつい『ねーさま』と呼ぶようになった。そして、それが依桜に受け入れられたことで、当時のメルの嬉しさは限界突破し、本当の姉のように慕うようになった。
肉親はおらずとも、大好きな姉ができたことこそ、メルにとって依桜に感じていることであり、恩なのだ。
そしてそれは、他の五人にも言える事。
全員、元は孤児として孤児院で育てられ、ある日突然誘拐され、あわや奴隷として売り飛ばされそうになったところを、偶然通りかかった依桜に救出され、以来依桜を心の底から信頼し、姉として慕っていた。
自分たちのわがままで、異世界に連れて行ってほしいとせがんだ時、実は連れて行ってくれないと思っていたので、連れて行ってくれると言った時は、本当に喜んだ。
そして、そっちの世界では依桜の妹として暮らすことになると言われ、自分たちに頼れる姉ができると知った五人は、それはもう懐いた。
今まで地獄のようだった生活から一変し、今では大好きな姉と、その両親に大事にされ、毎日楽しい生活を送っている。
そんな生活を送れるようになったのは、間違いなく依桜のおかげだと理解している五人は、バレンタインという存在を知った時、これは大好きな姉に恩返しができるのでは? と全員が思った。
その結果、なら、みんなでプレゼントを作って依桜に渡そう、となったのである。
だが、メルたちはお菓子の作り方がわからない。
どうすればいいか迷っている時に、虎一郎が頭に浮かんだ。
こっちの世界に来てからというもの、ちょこちょこ依桜と一緒に買い物に来る機会が多いメルたちは、この商店街に置いて、アイドル的存在となっていた。
元々、依桜が商店街の者たち全員から可愛がられるような存在であり、そんな依桜が連れて来た妹たちもみんないい子だったので、それはもう可愛がられた。
買い物に行けばおまけが貰えるレベルで。
その中でも、子供らしくお菓子が大好きなメルたちだったため、虎一郎の店によく来ていた。
虎一郎が作る菓子類はかなり美味しく、そこのお菓子がおやつやデザートで出ると全員かなり喜ぶほど。
メルたちからすれば、お菓子作りが上手い人! と言う認識だったため、教えてもらおおうと思ったわけだ。
「そういうことなら、俺が一肌脱ごう」
「手伝ってくれるのか!?」
「もちろんだ。そんじゃ、今日はまずどんなものを作りたいかを決めるとしよう。で、それが決まったら、明日から練習だ。幸い、あと一週間はある。平日は、学校終わりに来てくれれば、俺が教えてやろう。で、土曜日は試作品を作り、日曜日にプレゼント用の本命を作る。これでいいか?」
「「「「「「お願いします!」」」」」」
「いい返事だ。これがうちの従業員だったならば、俺はビシバシ行ったが、君たちはまだ子供だ。俺だって鬼じゃない。優しくするから、安心しろよ」
とまあ、そんな感じで、商店街の洋菓子店の店長が協力のもと、妹たちによる依桜へのバレンタインサプライズ大作戦的なものが執行されることとなった。
そしてその夜。
「なるほどね、そう言う理由で依桜を遠ざけたと」
未果たちが話した通り、その日は依桜宅で夕飯を食べることとなった未果たち一行。
表面上ではいつもどおりの優し気な依桜ではあったものの、よくよく見ると目だけは虚ろで死んでいた。あと、なんか依桜の周りがどよ~んとしていた。
そして、依桜が洗濯をするべく、洗面所へ行っている間、未果たちはメルに昨日依桜に言い放った言葉の真相を尋ねた。
返って来た内容を聞いて、未果たちは何とも言えない表情になったのと同時に、心の底から納得した。
つまり、
「……依桜の早とちりだったわけね」
「早とちりと言うべきかはわからないが、まあ、そうだろうな」
未果の発言に晶も苦笑いを浮かべながらそう言う。
他の面々も晶と似たような反応であり、やっぱり苦笑い。
「ミカたちよ、このことはねーさまには内緒にしてくれぬか? 驚かせたいのじゃ」
「ええ、もちろんよ。……まあ、一つだけ心配なことはあるけど」
「心配なこと? 何が心配なんだ? 未果」
ぽそっと最後の方で呟いた言葉に、態徒が反応し、どういう意味かと尋ねる。
その質問に対し、未果は苦い顔をしながら、話した。
「温度差で依桜が死なないか、心配でね」
「「「「あー……あり得る」」」」
「でしょ? だって、メルちゃんたちに嫌われたと思っていたら、まさかの自分にサプライズをするためだった、なんてことを依桜が知った日には……あの娘、死ぬんじゃないかしら」
続けて説明された内容に、全員がその光景を想像できてしまった。
日に日にシスコンが深まり、メルたちへの愛が天元突破しはじめた依桜のことである。もしもサプライズをされたら、確実に死ねる。と言うか死ぬ。
死因は、何と言えばいいのだろうか。
「いやまあ、さすがの依桜君でもそこまでは行かないと思う、よ? わたしは」
「女委、それフラグ。……ともかく、依桜は別段嫌われているわけじゃない、これさえわかればいいわ」
「そうだね! でも、それは依桜ちゃんに伝えるの?」
「うーん、伝えてもいいけど、その場合この計画に勘付く恐れがあるわ。どうしてあそこまでして部屋に入れなかったのか、その部分が気になって、何かしら探りを入れるんじゃないかしら」
「たしかに、その可能性はあるな。……なら、俺達も心苦しくはあるが、伝えない方向で行くか?」
「だな。その方がいいだろ。あと、悪いことが立て続けに起こった後に、いいことがあるとかなり嬉しく思うしな」
「わたしもそれでいいと思うぜー」
「うちも」
「じゃ、決まりね。みんな、くれぐれも尻尾を見せないようにね」
そんな感じで、嫌われていないということを伝えないことになった。
それから数日間の依桜はと言うと、
「…………辛い」
日に日にどんよりとした空気が広がっていた。
「……何があったのよ」
いくら裏事情を知っているとはいえ、さすがの未果でも大切な幼馴染の落ち込んだ姿は結構くるものがある。
だから、試しに何があったのかを尋ねてみることに。
「…………最近ね、みんなが一緒に寝てくれないの……」
「それ、普通はメルちゃんたち側が言うことじゃないの?」
言うべきは姉の方ではなく、妹の方ではないか、と冷静なツッコミを入れる未果。
「…………あと、一緒にお風呂に入らなくなっちゃったよ……」
そんな未果の発言をスルーするがごとく、話を続ける依桜。
「それもメルちゃんたち側が言うことよね?」
やっぱり妹側が言うべきことを言う依桜。
というか、シスコンが深刻化しすぎて、深淵にまで落ちているのでは、とクラスにいる者たち全員が思った。
「………………それに、最近あんまり話してくれないの……ボク、何か悪いことしたかなぁ…………」
話さないのは、単純に口を滑らせる可能性があるからなんじゃ? と未果は思い、そしてそれは正解だった。
ここのところの男女家では、会話があまり発生していない。
依桜がメルたちに話しかけたとしても、やや素っ気ない反応が返ってくるのだ。
それが原因で、依桜はさらに落ち込んだ。
なお、メルたちも落ち込んだ。
血の繋がりがないとはいえ、似たもの姉妹である。
「………………もうだめだぁ……生きていく価値が見出せない……」
なんか、人生に疲れ果てたサラリーマンみたいなことを言い出した。
どんだけ妹に依存してるんだろう、このドシスコン美少女は、と未果は思った。
「まあ……うん。とりあえず、来週からはマシになる、と思う、わよ?」
「………………無理だよ……だって、ボク嫌われちゃってるもん…………ふふ……死にたい」
ネガティブ依桜が降臨なさっている。
ちなみに、依桜が契約している悪魔王と天使長の二人も、依桜が落ち込んでいるのを見て何事かと驚愕に目を見開いていた。
しかし、あの二人は相当な長生きであるため、こういう状態になった人間を数多く見て来たため、こう言う人はそっとしておくに限ると理解している。
まあ、だからと言って本人たちの内心としては、どうにか力になってあげたいという気持ちに傾いていたが。
「………………現実って辛いなぁ……」
もう、どうしようもない気がする。
依桜がいつ死んでもおかしくないくらい以外、これと言った問題が起こらず、日曜日に。
「ついに完成じゃー!」
「「「「「わーい!」」」」」
『洋菓子店 京』にて、メルたちははしゃいでいた。
理由はもちろん、依桜に送るためのプレゼントが遂に完成したからだ。
「おー、これはすごい。俺も手伝ったとはいえ、まさかここまでの物を作り上げるとは。よく頑張ったな!」
「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」
虎一郎の労いの言葉に、メルたちはお礼の言葉を持って返す。
「気にするな。俺がしたくてしたんだからな。……で、あとはこれをどうやって持って行くかだが、何かあるのかい?」
「うむ、問題ないのじゃ!」
「それならいい。こんなでかい物、どうやって持って帰るのか気になっていたからな。ちょっと心配だった。だが、問題ないのならいい。成功させるんだぞ?」
「もちろんじゃ!」
「成功させてみせます!」
「だい、じょう、ぶ……!」
「いっぱいがんばる!」
「あとは、飾り付けだけなのです!」
「……驚かす」
全員やる気に満ちている。
世界で一番大好きな姉へのサプライズを成功させるという自信に満ちている姿は、なんとも微笑ましい。
今日まで頑張って来たメルたちの姿を見ていた従業員たちも、ほんわかしていた。
姉の為に健気に頑張る幼い女の子と言うのは、ほっこりするものだ。
「じゃあ、儂らは家に帰って、準備をするのじゃ! おじさん、ありがとうじゃ!」
「いいってことよ。また何か作りたいものがあれば、いつでも来ていいぞ、おじさんが教えてやろう」
「わかったのじゃ! ではな!」
メルがそう言って、メルたちは店を後にした。
尚、作り出したものを運ぶ手段については……ミオが色々とやった、とだけ言っておこう。
そして男女家の二階にあるメルたち四年生組の部屋(この週は四年生組が二回だったので)にて、メルたちは準備を行っていた。
「メルねぇ、これどうかな!」
「うむ、いいと思うぞ! これをあと二十個作り、あそこに飾るのじゃ!」
「まっかせて!」
「メル、これはどこに飾りますか?」
「むー……あの辺じゃな!」
「わかりました」
「メル、おねえちゃん、でき、たよ?」
「おー、すごいのじゃ、リル! では、それ繋げて、あそこに架けるのじゃ」
「わか、ったよ……!」
「これはどうするのですか?」
「それはテーブルに敷くから、とりあえず、あそこに置いておくのじゃ」
「わかったのです」
「……メルおねーちゃん、これも使う?」
「おー、これは綺麗じゃな! じゃあ、あそこに吊り下げるとしよう!」
「……了解」
とまあ、こんな感じに、メルが中心となって、部屋の飾り付けをしていた。
部屋の中では、慌ただしくも、和気藹々としながら飾りつけを行うメルたち美幼女の姿が。
折り紙を折ったり、ランチョンマットを手作りしたり、綺麗な宝石(こっそりミオが置いたもの)を天井から吊るしたり、ハート形の風船を膨らませたりなどなど、実に楽しそうに準備をしていた。
この件にはミオもバリバリ関わっており、メルが手伝いを頼んだら、
『なるほど、そう言うことなら任せな。このあたしが色々と手助けしてやろう。とりあえず、これらを使え。準備が捗るはずだ』
とか言いながら、色々な魔道具を渡してきた。
例えば、部屋の内装をイメージ通りの物に変化させる(家具などもその仕様になる)魔道具とか、防音結界を張るための魔道具とか、空間を拡張する魔道具とか、淡い光を放つ玉を発生させる魔道具とか、まあ色々。
ミオも割と本気である。
だが、残念なことにミオは明日のバレンタインパーティーに参加することができないのだ。
と言うのも、とある一件以来、ミオは以前にも増して動き回るようになったためだ。
明日も学園があるが、いつも通りの授業があるというわけではなく、毎年恒例のバレンタインパーティーになっている。
それは自由参加となっている行事なので、その日を利用して、ミオは色々と動く予定なのだ。帰ってくるのは、夜遅いらしいが。
一応、バレンタインパーティーに関しては、依桜たちも参加する予定であり、メルたちも行く予定である。
今回の本命を作りにあたり、色々な試作品が出てしまったためだ。
これらは明日のバレンタインパーティーにて、クラスの男子やら女子やらに渡す予定だとか。
ちなみに、メル、ニア、クーナが四年一組で、リル、ミリア、スイの三人は三年五組だ。
姉妹なのに、なぜ同じクラスなのか、と言われると、一応全員外国人という設定であり、尚且つ不慮の事故で両親を失っている、と言うことになっている(あながち間違いではない)ため、同じクラスにしておいた方が精神的にも安定るするから、というのが表向きの理由だ。
本当の理由は単純に、依桜が学園長にお願いした結果である。
曰く、
「今年度は同じクラスにしてあげてください」
だそう。
これに学園長は快く了承し、結果としてそれぞれ同じクラスになった、というわけである。
ちなみに、初等部では可愛い女の子が複数人転校してきた、と言うこともあって結構盛り上がり、クラスに友達がたくさんいるとかなんとか。
尚、容姿がかなり整っているため、全員もれなく男子にモテている。
中には、ませた男子が告白することもあったが、全員もれなく撃沈した。
その際の断り文句を簡単に言うと、
『お姉ちゃんよりも素敵な人じゃないと恋人にしません』
である。
あの姉にして、この妹たち在りだ。
まあ、依桜が原因で六人とも百合気質になってしまっている……というか、実際ほぼ百合になっているが。
話を戻し、明日のバレンタイン。
依桜は死んだ表情をしながらも、昨年(IF時空ではなく、本編の世界線の方の昨年)同様、クラスメートと担任、学園長、高等部の教師全員、未果たち五人宛と、美羽、それから球技大会期間中に仲良くなった声優たち宛と、メルたち妹宛に、商店街の人たちに渡す予定である。
昨年よりも渡す人数がグレードアップしているが、そこは依桜だから、ということにしておいてもらいたい。
「それにしても……うぅ、ねーさまと一緒に寝たり、ねーさまと一緒にお風呂に入ったりできなくて、寂しかったのぅ……」
「私もです……。隠すためとはいえ、寂しいですね……」
「今日、で、さいご、だから、がんば、ろう……!」
「リルの言う通りなのです。今日頑張れば、また一緒に寝たりできるのです!」
「ぼくも一緒に寝たい!」
「……イオおねーちゃん、あったかい」
とまあ、見ての通り、依桜と一緒に寝たり風呂に入れなくてダメージを受けていたのは何も依桜だけではなく、メルたちも同様だった。
かなり寂しいらしい。
だが、その寂しさをバネにして、メルたちはそれはもう準備を頑張った。
せっせせっせと飾りつけをし、テーブルなどのセッティングをする。
飾りつけにほぼ一日を費やし、六人はついにパーティー会場を完成させるのだった。
そして、運命の日(大げさ)。
「あぁぁぁぁぁぁぁ……」
依桜は、ほぼほぼゾンビと化していた。
「やべえよ、依桜らしからぬ声を出しちゃってるよ、依桜」
「いやまあ、あれからまともに話すことができなかったらしいし、当然と言えば当然じゃないか?」
「……でも、それも今日までよ。とりあえず、明日にはいつも通り――いえ、いつも以上にハイテンションな依桜が見られるはずよ」
「反動で死ななければ、だけどねん」
「女委ちゃん、それは言っちゃダメだと思うな」
ふらっふらしている依桜をなんとか学園に誘導しつつ、五人はそんなことを話す。
この時の五人の思いはと言えば、ネガティブな依桜とも今日でおさらば、である。
何せ、月曜日からずっとこの調子だったのだから。
見ていて気持ちのいい物であるはずがなく、それはもう心配したのだ。
そして、そんな状況が終わったとあらば、そう思うのは必然というもの。
是非とも、成功させてほしいと、未果たちは願った。
学園に到着した依桜たちは、バレンタインパーティーに参加。
ほぼゾンビ状態であったものの、依桜は大量のチョコを持って来ていた。
何気にすごい。
多少の陰りはあるものの、依桜はなるべく普段通りの笑みを浮かべながら、それを配る。
いくら落ち込んでいても、こう言う場ではなるべくマイナスな部分を見せないようにするのだ。
まあ、依桜が校舎内を歩いていると、大勢の女子生徒が依桜にチョコを渡してくるが。
やはり、モッテモテである。
それから、六人で校舎内を散策し、そろそろ帰宅しようとなったところで、荷物を持って下駄箱へ。
すると、
「……あれ? 手紙……?」
依桜の下駄箱の中に、一通の可愛らしい封筒が入っていた。
差出人が誰かを確かめるため、ひっくり返すと……
「……!」
そこには、妹一同と書かれていた。
それを見た瞬間、依桜は文字通り目にもとまらぬ速さで封筒を丁寧に開け、中の手紙を取り出した。
そして、穴が空きそうなほどに手紙を凝視。
『ねーさまへ! 今日は早く帰ってきてほしいのじゃ! そして、家に帰ってきたら、二階の儂らの部屋に来てくれ! 待っておるぞ! あ、ノックはなしでいいぞ!』
と、文章こそ短いものの、それは紛れもなく、依桜が世界一愛する妹の内の一人、メルの筆跡で間違いなかった。
というか、間違えようがない。間違えようものなら、自殺すると思うほどに、依桜は自信があった。ちょっと怖い。
何らかのお誘いの手紙と思い、パァッ! と一週間ぶりに見る眩しい笑顔を浮かべたが、次の瞬間には再び暗い表情に逆戻り。
この時の心情は、
『きっと、リンチ的なあれだよね……うん……』
である。どんだけネガティブなんだ。
しかし、妹たちが早く帰って来てほしいと言っている以上、依桜はそれを何よりも優先せんばならない(と思っている)。
なので、
「みんな、ボクは急用ができたので、先に帰るね……」
先に帰ることになった。
「ええ、また明日」
「うん、じゃあね……」
軽く挨拶をすると、依桜は早歩きで家に向かって歩いて行った。
家に帰宅後、依桜は自室にて着替えを済ませると、重い足取りで二階へ。
手紙書いてあった通り、メルたちの部屋の前に来ると、深く深呼吸。
そして、依桜は覚悟を決めてドアノブに手をかけ、中へ入ると……
「「「「「「ハッピーバレンタイン!」」」」」」
とんな声と共に、パァンッ! と言う音が六つ鳴った。
突然のことに、思わず驚きに目を丸くさせる。
「え、えっと……こ、これは……?」
依桜の視界に入ってきたのは、怒った様子のメルたちでも、これからリンチをしようとしている姿の妹たちでもなく……バレンタインらしい装飾が施された部屋と、可愛らしいエプロンドレスに身を包み、小さなシルクハットを被り、大輪の花の如き笑顔を浮かべながらクラッカーを持っているメルたちの姿だった。
悪い方向に考えていた依桜だったが、予想とは真逆のことが起こっていたため、依桜はそれはもう驚いた。
「今日はバレンタインじゃ!」
「う、うん、そうだね」
「だから、普段から優しくしてもらっているイオお姉ちゃんに恩返しをしようと思って、パーティーの準備をしていたんです!」
「え? え? で、でも、みんな最近、ボクとあんまり喋らなかったし、一緒に寝なかったり、お風呂に入らなかったりしたのに……」
「それ、は、このこと、を、秘密にする、ため、だよ……?」
「ぼ、ボクのために……?」
「うん! イオねぇのためだよっ!」
「じゃ、じゃあ、先週お部屋に入れなかったのも……」
「バレたくなかったからなのです」
「ゆ、夢……?」
「……夢じゃない。現実」
ぎゅ~っと頬つねるが、痛みがある。
まさかすぎる展開に、依桜の脳内処理が追い付かない。
そんな呆然としている依桜に畳みかけるかのように、メルたちは、
「「「「「「いつもありがとうございます、依桜お姉ちゃん!」」」」」」
「はぅぁぁっ!」
唐突に感謝されたことにより、不意打ちで依桜はいい意味でのダメージを受けた。
実際、胸元を握りしめてちょっと腰が曲がってる。
「さぁ、ねーさま、こっちじゃ!」
幸せの余韻に浸る依桜の右手を取り、メルはテーブルの所へ。
そうして、誕生日席と言われる場所に依桜を座らせ、目隠し。
「あ、あれ? 見えないんだけど、どうしたの?」
いきなり視界を奪われて、少し混乱していると、不意に甘い香りが漂ってきた。
なんだろう? と疑問に思いつつも、視界が晴れるのを待つ。
「メルねぇ、もういいよ!」
「うむ! ねーさま、これは儂らからのプレゼントじゃ!」
そう言いながら、メルが目隠しを取る。
少しの間奪われていた視界が戻ると、そこには……
「わぁ~……! ケーキ!」
でかいケーキが鎮座していた。
しかも、普通のホールではなく、三段重ねの大きなケーキだ。
どうやらそれぞれの部分で味が違うらしく、一番下はシンプルな生クリームのケーキ。真ん中はチョコレートケーキ。そして一番上はイチゴのケーキとなっていた。
そして、一番上のイチゴのケーキの上には、誕生日ケーキなどでよく見かける、文字が書かれたチョコプレートが。
そこには『大好きなお姉ちゃんへ!』と書いてあった。
「これ、どうしたの?」
「儂らで作ったのじゃ!」
「……え、これ作ったの!? メルたちが!?」
「はい! 洋菓子店のおじさんに教わったのです!」
「いつから……?」
「火曜日からだよ!」
「それから毎日練習してたの?」
「……ん」
「ボクのために、そんなことをしてくれるなんて……うぅ」
妹たちの自分を思っての行動に、ぽろぽろと涙を流す。
まさか、ここまでのことをしてくれるとは思っていなかったので。
「イオおねえちゃん、泣いてる、の?」
「ご、ごめんね、う、嬉しすぎて……ちょっと目頭が熱くなっちゃって……」
以前、未果たちに誕生日を祝ってもらったことがある依桜は思った。
(なんだろう、大好きな妹たちにこうやってサプライズでパーティーをしてもらうのって……すごく嬉しい事なんだね……個人的に、生まれて初めてかもしれないよ……)
と。
元々一人っ子だったこともあるのだろうが、それでも嬉しいようだ。
「イオお姉ちゃん、食べてみてください!」
「う、うん! じゃあ、早速……」
依桜はいつの間にか切り分けてもらっていたケーキが載った皿を手に持つと、フォークでさらに小さく切り分けて、口に運んだ。
「…………( ˘ω˘ )」
そして、安らかな笑みを浮かべた。
ちなみに、フォークは口に入れたままである。
「ね、ねーさま!? 大丈夫か!?」
「……ハッ! ご、ごめんね、ちょっとアヴァロンまで行ってた……」
どうやら、あまりにも感動しすぎて、ちょっと理想郷に旅立っていたらしい。
シスコンが過ぎる。
「味はどうですか?」
「とっっっっっっっっっっっっっっっっても! 美味しいよ! 個人的に、今まで食べてきたどんなケーキよりも、ずっと美味しい!」
満面の笑顔でそう言い放つと、メルたちは大成功と言わんばかりに、六人でハイタッチをする。
その微笑ましい光景に、依桜の頬はさらに緩む。
「それにしても、よくここまで作ったね。ボクびっくりだよ」
そう言いつつ、依桜の手は止まらない。
小さく切り分けては食べ、切り分けては食べを繰り返している。
「ふふんっ! 頑張ったからの!」
「……大変だったけど」
「あはは、だろうね。ボクだって、ケーキを作れるようになったのはもうちょっと後だしね」
「じゃあじゃあ、イオねぇよりも上手く作れるようになる!?」
「そうだねぇ……練習を積み重ねて行けば、きっとボクよりも上手く作れるよ。これだけ美味しいケーキが作れるんだもん、みんならできるよ!」
依桜が自信をもってそう言うと、メルたちは嬉しそうに破顔した。
「あ、そうじゃ。あれを言うの忘れておった」
「あれ?」
「皆の者集合!」
メルがそう言うと、全員がメルの所へ集まる。
何やらこそこそと話している様子。
そんな姿を、依桜は穏やかな微笑みを浮かべながら眺めていると、話が終わったのかこっちに向き直った。
そして、
「「「「「「これからも、ずーっと大好きだよ、お姉ちゃん!」」」」」」
正面から真っ直ぐな好意を表した言葉を受けた依桜は、
「( ˘ω˘ )」
安らか笑顔で倒れた。
唐突に倒れた依桜に、メルたちが慌てて駆け寄るも、嬉しさが天元突破しまくったため、依桜はそのまま気絶した。
というか、数瞬程マジで心臓が止まった。
死因:妹にド直球な好意を伝えられたから
この後、何とか息を吹き返した依桜は、七人で仲良くバレンタインを過ごしたそうな。
それから色々と月日は流れ、七年後。
依桜は二十四歳(法の世界換算)になり、メル、ニア、クーナの三人は高校二年生に、リル、ミリア、スイの三人は高校一年生となっていた。
依桜は高校三年生時に起きた、とある大騒動が原因で、わりととんでもない地位にいるものの、妹スキーは相変わらずで、仕事が忙しくとも、メルたちの世話は欠かしていなかった。
で、依桜的にも、
『そろそろメルたちにも恋人ができても不思議じゃないよねぇ……』
なんて思っているのだが……現実とは想像通りに行かないものである。
というのも……
「姉様と恋人になるのは儂じゃ!」
「いいえ、いくらメルでもそれは譲れません!」
「引き下がる、わけには、いかない……!」
「ぼくだって!」
「魔王様と言えど、抜け駆けは許さないのです!」
「……抜け駆け禁止。公平にすべき」
こんな感じで、姉への想いを拗らせた結果、成長するにつれてガチ百合になっていき、しまいには誰が依桜の恋人になるかで言い争いになると言う状況になっていた。
まあ、仲は昔以上にいいのが救いと言えば救いだが、こと依桜のこととなると喧嘩(?)になるのである。
ちなみに、依桜は裏で自分を巡って争いが起こっていることを知らない。
この先、なんやかんやあって、依桜は全員を選ぶことにしたのだが……それはまた別の物語である。
―妹ルートEND―
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