第501話 若干ジャンルが違うお化け屋敷の攻略+α

 さて、そう意気込んだ私でしたが……


『アアアァァァァァァァッ!』

「ひっ!」

『ヒヒヒハハハハハ……!』

「きゃぁっ!」

『あれぇ……? 心臓が足りないなぁ……? ……なら、お前のを貰おうかッ!』

「ひゃぁぁっ!」


 怖がりまくりでした。


 え、なにこれ!? 本当に学生が作ったの? と思わず言いたくなるくらい、怖いんだけど!?


 下手なお化け屋敷よりも怖いし、何より心臓が痛い!


〈へっへーん! どうよどうよ! 女委さんプロデュースのお化け屋敷は!〉

「正直すっごく怖い!」

〈でしょでしょ? いやー、私も手伝った甲斐がありますわ〉

「アイちゃんも手伝ったんだ……」


 お化け屋敷の中での唯一の心の拠り所であるアイちゃん。


 お化け屋敷が怖すぎて、もうアイちゃんと話さないと逃げ出してしまいそう。


 ……実際、開始三秒で唐突にゾンビが現れたり、墓地に足を踏み入れた瞬間、不意に視界が霧で悪くなり、小さな子供の笑い声や甲高い女性の悲鳴、高齢の男性の怒鳴り声が耳元で聞こえたと思ったら、いきなり白い洋服に赤黒い染みが付いた服を着て、血が滴るナイフを持った女性が出て来て、アスリート走りをしつつ狂ったような笑い声を上げながら猛スピードで追いかけられたりもしました。


 その他にも、病院内では入ってすぐの部屋で、グサグサと何かを何度も何度もメスで突き刺しながら、狂気的な笑みを浮かべ、生贄を……生贄を……と呟く男性の医師がいたと思ったら、私を見るなり悪魔のような形相で扉に衝突する、なんてことも。しかも、窓ガラスから、血走った目でこっちを見ていた上に、ずーっと心臓と生贄、という単語を繰り返すんだよ? あれはその……怖いです。


 おそらく、ゲームの中だからできる方法なんだろうけど……妙にリアルすぎるから余計に恐怖心が増す。


 だって、現実のお化け屋敷は、その名の通り『屋敷』つまり、室内で行う物に対し、このお化け屋敷はゲームの中という点を活かして、外と病院というシチュエーションで作られているから、かなり自由度は高い。


 お化け屋敷自体、中は陽の光が入らないような設計になっているため、結果として確実に暗いから、ちょっとした物音でも脅かせる、という利点があるけど……このお化け屋敷は全然違った。


 だって、このお化け屋敷、中途半端に明るいんだもの。


 真っ暗な中、突然目の前に貞〇が現れたら、大抵の人は怖がるけど、中途半端に明るい中、得体の知れない人影があって、その人影が少しずつ……少しずつ近づいてきたら、じわじわと恐怖心を煽られるわけで。


 そう考えると、圧倒的に少し灯りがある方が怖いと思います、私的に。


 ……しかも、明らかにセーフティーエリアだよね? って言う場所にも、恐怖ポイントがあるんだから、本当に質が悪い。


 さすが女委ちゃんなんだけど……これはちょっと、やりすぎじゃないかなぁ。


 私だって、依桜ちゃんとのデートという賞品と、アイちゃんがいなかったらすぐにリタイアしちゃうだろうし。


〈さあさあ、ここまででまだ三分の一! 頑張ってくださいねー、美羽さん!〉

「うん、依桜ちゃんとのデートもかかってるし、頑張るよ」

〈結構現金ですね〉

「ふふ、私だって声優である前に、一人の女性だもの。やっぱり、好きな人と二人きりでデートができるチャンスがあるのなら、意地でもクリアしたくなるから」

〈ほっほー、イオ様の倍率はクソ高いですが……まあ、今の所のヒロインレース的な状況で言えば、美羽さんは割と不利な位置付けですもんねー〉

「そうなの。だから、このチャンスは是非とも物にしたくて。私は、お仕事以外では依桜ちゃんと関われないし、これを逃せばきっと後悔すると思うから」

〈乙女ですねぇ。……でも、いいんですか?〉

「えと、何がかな?」

〈いえ、イオ様と二人きりのデートとか、何も起こらないはずないじゃないですか? しかも、行き先は修学旅行且つ京都。京都と言えば、オカルト的な話も多いですし、絶対何かに巻き込まれますぜ?〉

「たしかにその可能性もある。でも……私は、それすらも楽しみにしてるの。どうせデートするなら、刺激的な方がいいでしょ?」

〈……なる、一理ありますね。というか、イオ様と付き合っていくのであれば、そういう前向きな思考じゃないとダメそうですしねぇ。いやぁ、わかってますねぇ、美羽さん〉

「ふふ、これでも一応、去年の冬からの付き合いですから」


 とは言っても、まさか自分の恩人と冬コミ、なんていう場所で再開するとも思っていなかったし、仲良くなるとも思わなかったけどね。


 依桜ちゃんと出会う前の自分に、このことを伝えても信じてくれなさそう。


〈っと、次のエリアですぜー〉

「えっと……ここは、待合室、かな?」


 墓地のある平原を抜け、病院に入り、さっきのサイコパスな男性医師の脅かしポイントの次は、なぜか待合室だった。


 そう言えば、この病院って総合病院なのかな? それとも、特定の分野?


 ……何にせよ、暗い病院という時点で、すでに怖いわけなんだけど……。


 次は果たして何が来るのか、と思って身構えていると……


『……もしもし、せい君? うん、私……』

「…………? アイちゃん、なんだか急に普通の女性の話声が聞こえ来たんだけど……。しかもこれって、電話、だよね? 何かのバグ?」

〈いえいえ、これはですね、ある意味怪談よりも怖~いシチュエーションですよ〉


 どこか楽しそうな声音でそう言うアイちゃん。


 怪談よりも怖いって……一体どういう……。


『……私、生理が最近来てないの……』

「…………う、うん?」

『……そう、だから今、病院に来てて…………それで、検査をしてみたら、おめでとうございます、だって……。……だから、せい君……え? ど、どうして、そんなことを言うの…………? ……嘘つき……前に言ったじゃないッ! あんな女と別れて、私と一緒にいてくれるって……嘘だったの? ねぇ、ねぇ……ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇぇねぇ……! 噓つき噓つき噓つき嘘つき噓つき……! 殺してやる、あんたなんか、あの女と一緒の殺してやる……! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ……!』


 ……こ、怖っ!?


「え、なにこれ……? ね、ねぇアイちゃん」

〈はい、なんですかい?〉

「あの、さ。あれってその……ホラーの方向性、違くないかな?」


 しかもあれは、明らかに女性が浮気相手、かな?


 あの女と別れる、って言っている時点で、相手には彼女か奥さんが既にいて、その人と別れるから一緒になろうって言われた、みたいなストーリーがおそらくあるんだろうけど……。


〈違くはないでしょー。だって考えてもみてくださいよ。既婚者の男性が、浮気相手に『生理が来ない』なんて言われた血の気が引きません? 普通に怖いと思うんですがそれは〉

「怖いけど! たしかにその状況は怖いけど! でも、表現が生々しいし、何よりあれは心霊的なホラーというより、人間的なホラーだよ!?」

〈まあ、そうとも言えますねー。……ちなみに、ここでの脱落者は意外にも多かったです。全員引き攣った表情を浮かべていましたしー。いやー、なんででしょうねぇ〉


 ……どうしてかな。見えないはずなのに、アイちゃんの表情がニヤッとしている気がする。


 あと、この脅かしポイントでリタイアした人たちはおそらく……そういうこと、かな。


 修羅場にはなるだろうけど、刃傷沙汰にならないことを祈ります。


〈ちなみにあの方、実はこのクラスの生徒だったりします〉

「え、そうなの?」

〈はい。そうなんです〉

「へぇ~……ヤンデレキャラ……というより、病んでる人の演技上手いね。将来的に声優になれるかも」


 演技力のおかげで、本当にその経験があるようにしか思えないくらい、迫真の演技。


 ある意味逸材かも。


〈人気声優のお墨付きっすねー。後で伝えておきましょう〉

「それはいいけど、あくまで向いてると言うことだけを伝えてね? 間違っても、必ずすごい声優になれる、とは限らないから」

〈了解っす。やっぱ、厳しい世界ですからねぇ、声優の世界って言うのは〉

「その通りだよ。私だって、努力を怠ったら一瞬で抜き去られちゃうくらいだもの。常に限界以上のことをしてこそ、いい役をもらえるの。……あとは、運かな」


 これでもし、私が必ずなれる、みたいな風に伝わって、あの子がこちらの世界に来てしまった場合、必ずしも売れるとは限らないわけで。


 だから、なれるかもしれない、という風に伝えないと人生を壊しかねないから。


〈なるほどです。……っとと、あんまり話していると、後続が来ちゃいそうですね。もっとも、ここまで来れる人はなかなかいないんですがねぇ〉

「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、どのくらいでリタイアするのかな?」

〈んー、最速記録は、イオ様の開始三秒。最長は、四分の三くらいですかね?〉

「……最速と最長の差、激しくないかな? それ」


 依桜ちゃん、そのレベルだったんだ……。


 怖がりさんなのは知っていたけど、まさか開始三秒でリタイアしちゃうなんて……。


 よっぽどなんだね。


 異世界を救った暗殺者な勇者さんの弱点が、お化けって言うのも……ちょっと面白い。


〈ちなみに、イオ様は泣きました〉

「……耐性、本当にないんだね、依桜ちゃん」

〈ないんですよ、イオ様は。あ、その時の泣き顔のスクショあるんですけど、いります?〉

「…………………………い、いりませんっ……!」

〈今の間はなんですか。あと、ものすごく悔しそうな表情なんですがそれは〉

「さ、さすがに好きな人の泣き顔の写真を貰うのは、人としてどうかと思って……」

「それ、イオ様の無防備な寝顔の写真を貰った人が言うことですかね?」

「…………それはそれ、ということで。そ、それに、女委ちゃんとの勝負に勝つことができれば、デートもできるし。写真よりも、依桜ちゃんとデートをすることが大事!」

〈ふむふむ。……まあ、デートでイオ様の色んな姿を写真に収められそうですもんねー〉

「……そ、そんなことは、思ってないよ……?」

〈声、ちょっと上ずってますぜ〉

「……き、気のせいです」


 本当に、そんなこと思ってないから。


 依桜ちゃんの可愛い色んな表情を写真に収めたい、とか思ってないもの。


〈……ま、そういうことにしときますぜ。……ほんじゃ、この先へレッツゴー!〉

「おー!」


 お化け屋敷の中でするテンションじゃないとは思うけど、依桜ちゃんとのデートがかかっているので、士気を上げないとね。



 そうして、折り返し地点に到達した私は、何度もリタイアしそうになるほどの恐怖演出に耐え抜き、ようやく終盤に辿り着きました。


〈おー、すごいっすねー、人の煩悩と言うのは。まさか、女委さんが創り出した新感覚のお化け屋敷の終盤に辿り着くとは。喜んでください。新記録っすよー〉

「はぁ……はぁ……し、新記録じゃ、意味ないから……クリアしないと……!」

〈あのー、顔、青いっすよ? それに、疲れてるように見えますが〉

「だ、大丈夫……今にも止まりそうな心臓を動かし、生まれたての小鹿のように震える両膝をなんとか止めてるから……!」

〈それ、大丈夫って言えるんすかね〉


 ……本音を言ってしまうと、大丈夫じゃない、かな。


 何せ、折り返し地点からは、本当に怖かったから……。


 私が思わずツッコミを入れた、例の不倫の人の場所。


 アイちゃんの説明によると、入場した人が男性か女性かで演出が変わるらしく、男性ならあの脅かしていた人が『せい君』と言いながら、謎の鋏とペンチを持ってある一点を狙って襲ってくるみたいです(男性にとっての急所だそうです……)。


 反対に、女性が入ってきた場合、『あの女』と認識されて、肉切り包丁(赤黒く錆び付いたもの)を持ちながら、虚ろな目+狂った笑い声を発しながら、猛スピードで襲い掛かってきます。


 この時、逃げ回る必要があって、もし刺されたら最初からやり直しになるそうです。


 そのため、あの脅かしポイントはプレイヤー泣かせな仕掛けなのだとか。


 ……幸いにも、私は運動自体は得意だったので、何とか逃げ切れたけど……あの女の子。異常なくらい速くてびっくりした。


 陸上部なのかな……。


 と、折り返し地点のあの場所を超えた先からは、本当に怖かった。


 というより、このお化け屋敷、明らかにお化け屋敷というホラーじゃなくて、全く別の種類のホラーで脅かそうとしてくることがかなり怖かった。


 例えば、チェーンソーを持った殺人鬼に追いかけまわされて、逃げ込んだ先の部屋では大量の虫がいたり、穴が空いた床の先から、テケテケのようなお化けが鬼の形相で這い上がって来た挙句、その動きがどこからどう見てもゴキブリにしか見えなくて、猛ダッシュでその場から逃走したり、前方から丸鋸が飛んできたりと、本当に怖かった。


 ……このお化け屋敷、やっぱりホラーのジャンルが若干違うような……。


 これ、青〇のような、鬼ごっこ系のホラーゲームかと思ったら、サイコ〇レイクだったくらいのホラーの落差があるんだけど。


 私が想像していたお化け屋敷って、暗い場所で、脅かし役の人たちから様々なホラー演出をされて、それで怖がる、っていうものだったんだけど……女委ちゃんがプロデュースしたこのお化け屋敷はお化け屋敷なんじゃなくて、サバイバルホラーとか、ホラーアドベンチャーのようなタイプだよね?


 目に見えない恐怖を感じるのがお化け屋敷だと思うんだけど、これは命の危機を感じるホラーゲームだよ?


 スプラッターにはかなり耐性がある方だけど、自分がスプラッターされるような状況に陥るのは始めてだよ。


 恐るべし、女委ちゃん。


 今にも心臓が止まりそうなくらいのホラー要素がこれでもかと詰め込まれているこのお化け屋敷も、なんとか終盤。


 私はもう、色々と限界が近いけど、好きな人とデートをするためなら、私は奈落にも飛び込む覚悟があります。


 それくらいの覚悟がなければ、依桜ちゃん争いには勝てないもの。


 ……とは言っても、私は穏便に済ませたい派なので、取り合いも何もないんだけど。


「こ、この先を乗り越えれば、クリア、でいいんだよね?」

〈はい。ラストエリアは地下室! やっぱり病院系のお化け屋敷と言えば、地下室は定番中の定番ですよねぇ。ホラーゲームでもそうですし。……あ、気を付けてください? 女委さん曰く『ラストエリアは、パニックに陥っても冷静に判断できるか、もしくはよほどの豪運がなければクリアできないからね! あとはまあ、慣れ』だそうですので〉

「……い、今まで以上……」


 かなり精神的に来るようなホラー要素が数多くあったにもかかわらず、それ以上って……。


〈ささ。行きましょ行きましょ〉

「う、うん」


 ……私の心臓、持つかなぁ。



 アイちゃんに案内され、私は地下室へと続く階段の前に来ていました。


「……この階段の先、すごく嫌な気配がするんだけど」

〈おや、わかります? いかにゲームの中と言えども、そう言った第六感的なものは働くんですねぇ。私、人じゃないんでその辺わからないんですがね〉

「私もそこまであるわけじゃないけど、昔からこう言った悪い予感って当たる方で……。だから今回もひょっとして、って思ってるかな」

〈なるなる。……ほんじゃ、あんまり立ち止まってもあれですし、ささーっとクリアして、現実に帰りましょうぜ〉

「……そうだね。その方が、恐怖を感じる時間も少なくなりそうだもんね。うん、行きます」

〈ほいきた!〉


 そんなやり取りをしつつ、私は地下室へと踏み入れる。


 電灯が明滅し、音も私が階段を降りる音しか聞こえない。


 無音って、それなりに恐怖心を煽るから苦手。


 ホラーゲームだって、無音になる場面と、不気味で不安を煽るような音楽でも、ある方がマシに思えてくるし。


 現実だって、お化け屋敷に行くよりも、心霊スポットに行く方が怖い気がする。


「……ねぇ、アイちゃん。最後って、どういうジャンルなの? ホラーの」

〈ジャンルですか? ん~、そっすねー……あー、化け物系、ですかね?〉

「化け物?」

〈はい、化け物。というかですね、このお化け屋敷の大本のストーリーの元凶は、このラストエリアにいる存在なんですよ。まあ、言っても仕方ないので、その辺りは後でホームページを見て頂ければ、わかりますぜ。……あ、これだけは先に言うんですが、このお化け屋敷のクリア条件は、この先の部屋の奥にあるアイビーの花を取り、この病院から脱出することです〉

「……どうしてこのタイミングで?」

〈ふふふー、どうしてでしょうねー〉


 顔があれば、絶対にニヤけていそうな言い方……。


 それに、脱出すること、って言っている時点で多分、鬼ごっこになる、のかな。


 しかも、花を取り、って言っていることから、手放した状態では脱出できない可能性もあるね。


 と言うより、明らかにそれがクリア条件だと思う。


 ……気を引き締めないと。


「……」


 こつ、こつ、と音を立てながら階段を降りると、どうやら地下に辿り着いたのか、一本の廊下が目の前に現れました。


 明滅する電灯のおかげで、お先真っ暗という状況はないけど、それでもかなり暗い。


 しかも、ここが地下であるため、陽の光を入れる窓がないので余計に暗い。


 さらに言えば、この廊下に足を踏み入れた瞬間から、冷や汗が止まらないし(ゲームの中なのに、どうやって冷や汗を出しているのかはわからないけど)、それに、こうも一直線の廊下だと、明らかに何かありそうで……。


 内心、かなりの恐怖を感じつつも、廊下を進む。


 慎重に進んでいくと、一つの扉が現れた。


 その上には、霊安室、と書かれていた。


「……アイちゃん。ここが、最後のエリアでいいのかな?」

〈はい。この霊安室こそが、最後の脅かしポイント。同時に、クリア条件に必須の部屋となります。ここに入っていただき、奥のアイビーの花を手に持ってください。そこから先は、無事に脱出してくださいねー。では、私はクリアかゲームオーバーの時までドロンさせていただきます。グッバイ!〉


 そう言うと、アイちゃんの声が消えた。


「……こ、ここでいなくなるんだ」


 まあ、最終局面で雰囲気を壊すタイプのナビゲーターがいたら、たしかに怖さが減るもんね。


 そう言う意味では、正しいと思う。


 ……うん、ここからは一人で。


「……お、お邪魔しまーす」


 そう言いながら、霊安室の扉を開けて中へ。


 そこにはドラマなどでよく見かける光景がありました。


 中央には白いベッドのような物の上に、布が被された何かがあった。


 人型……なんだろうけど、白い布があるおかげで認識できない。


 中身が気になりはするものの、確認してはいけないと、私の第六感が警鐘を鳴らす。


 ……多分、視認したら後悔する類の何か、かな。


「……ともかく、あのアイビーを取ったら、すぐに出よう。脱出しないと」


 私はなるべくベッドを避けて、霊安室の奥に置いてある……というより、お供えしてあるアイビーの花を手に取った。


 その瞬間、


『……盗ったな……?』


 地獄の底から響くような、悪感情に塗れた低い女性の声が響いてきた。


 声の発生源は、明らかに背後にあるベッドから。


「な、何……?」


 思わず立ち止まり、呆然と呟く。


 だけど、それは失敗だと後悔した。


『お前も……私から大切な物を奪うんだな……? そうなんだなァ!?』


 低い声から、やや甲高い声に変わると、怨嗟が大多数を占める絶叫が響き渡った。


「ひっ!?」


 あまりにも強烈な怨嗟の絶叫に、私は短い悲鳴を漏らす。


 変貌の仕方が怖いよ!


「……あ、に、逃げないと!」


 私はパニックになりそうな思考をどうにか脱出の方へと切り替え、花を手に持ったまま全速力で霊安室を出た。


 すると、


『逃がさない……二ガサナァァァァァァイッッッ!』


 ドゴンッ! という、何かを破壊する音が背後から聞こえて来た。


 長い廊下を走りつつ、気になった私は後ろを振り返ると、そこには形容しがたい赤黒く巨大な物体が迫って来ていた。


 スライム状に近いけど、その巨大な物体には、無数の目と口があり、その中心にはよくみると体がヘドロのようになった女性らしきものが見えた。


 それらは、かなりの速度で私に迫ってきていて、少しでも速度を落とせば飲み込まれてしまいそう。


 ホラーゲームで、巨大な化け物に食べられそうになる主人公さんたちって、こんなにも怖い思いをしているんだと、場違いな柄にも思ってしまった。


 相変わらず私の第六感は警鐘を鳴らし続け、思考も少しでも速度を落とせば確実に殺される、と私の体に訴えている状態。


「はぁっ、はぁっ……!」


 このゲームは、かなり精巧に作られているのか、それとも女委ちゃんの技術力、もしくは『New ERA』の技術がすごいのはかわからないけど、プレイヤーの体力は現実と同じくらいで設定されているとか。


 一応、救済措置的なものもあるんだけど、それは一定の水準を下回った人のみだそう。


 ……ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない!


「に、逃げないと……! 急いで、脚が千切れてでも……!」

『カエセェェェェッ! オマエノ命モ、カラダモ全テヨコセェェェェェェェェッッッ!』

「無理ですので、逃げさせてもらいます!」


 律儀にも(?)後ろで私を追いかけてくる化け物に、無理だと告げる。


 返事はないけど。


「はぁっ、はぁっ、や、やっと一階……!」


 地下から一階への階段を昇り切り、私は病院の正面玄関がある方面へと走り出す。


 ところが、


『ヒャハハハハ! 生贄はっけ~ん! どんな、血の噴水を見せてくれるのかなぁ?』


 この病院の院長(最悪の殺人鬼という設定)がチェーンソーを持って出現!


 私の行く手を阻むように、壁を壊して現れた。


 チェーンソーの威力じゃない!


 あと多分、この院長さん、絶対態徒君だよね!


 どこからどう見ても、態徒君の雰囲気だし、何よりちょっと変態さんっぽいから!


 でも、今は敵……何としてもクリアして、依桜ちゃんとのデートを勝ち取る!


「ミオさん直伝、フェイント回避!」


 突如として目の前に現れた殺人鬼院長さん(態徒君)へ、目の前に行くと見せかけて、すぐに体を捻り反転、そのまま少し屈んだ状態で態徒君の脇を通り抜けた。


 この技術は、異世界旅行へ行く少し前にミオさんに教えてもらった回避技術です。


 成功のコツはギリギリまで真っすぐ行くと認識させることと、いかに反射神経を磨くか、と言う所。


 私もそれなりに苦労はしたけど、何とか習得しました。


 異世界旅行で、依桜ちゃんとミオさんに守ってもらうばかりは申し訳なかったので。


 異世界旅行では役に立つ場面はなかったけど、思わぬ場所で役に立って少し嬉しいかな。


「あ、あと少し……!」


 態徒君の攻撃を躱した私は、スピードを一切緩めることなく正面玄関を目指す。


 あと少し、と言う所にまで辿り着いた私。


 だけど……


『『『アァァァァァッ……!』』』


 前方から、院長さんに殺された亡者たちが無数に出現。


 背後からは院長さんと例の巨大な化け物。


 前方からは、無数の亡者。


 そして、玄関からは墓地で見かけた、アスリート走りをして追いかけまわしてくる女性がなぜか……細胞が分裂するかのように、倍々ゲームで増殖して待ち構えていました。


 三日月に裂けた口元の笑みがすごく怖いし、何より増殖している光景が素直に気持ち悪い!


 全身ドロドロのデロデロになって地面に染みを作ったと思ったら、そこから分裂して逆再生みたいに体を創り出す光景は、いくらスプラッターに耐性がある人でも、あれは吐き気を催すよ!


「くっ、ここまで来たのに……!」


 玄関からは出られそうになく、まさに絶体絶命。


 どう考えても脱出は不可能。


 ……依桜ちゃんとのデートを諦めたくないけど……どうすればっ……!


 唯一の脱出口だった玄関からは出られそうにもない。


 仮に出たとしても、増殖し続けるアスリート走りの女性から逃げることは困難を通り越して不可能。


 そんな状態で脱出する方法なんて皆無。


 一体、どうすれば……。


 ……………………脱出……脱出?


 ――!


 その瞬間、私の脳内に電流が走り、次の瞬間には行動に移していた。


「そっか、何も玄関だけが脱出口じゃないよね! それなら、こっちが正解っ!」


 Tの字になっているエントランスの、何もいない方……つまり、壁がある方向に向かって私は走り出し、同時にどんな建物にも必ずある窓を、まるでバイオ〇ザードの主人公の人たちのように突き破って外へ飛び出た。


 すると、次の瞬間、


『Congratulation!』


 という、女委ちゃんっぽい声が響いたと思ったら、視界がホワイトアウトしました。



 それから約数秒ほどで視界が元に戻ると、そこはお化け屋敷の病院エリアのエントランスだった。


 ただ、最初と違う点があるとすれば、外が明るくなっていること、かな。


 薄暗い病院ではなく、朝日が差し込み、さっきまでの化け物パニックが嘘のように静かな状況でした、


「……さっきのゲームクリアでよく聞く声が聞こえたって言うことは、あとはここを出ることができれば完全クリア、だよね?」


 そう呟く私。


 でも、と思い直す。


 このお化け屋敷をプロデュースしたのは、あの女委ちゃん。


 まともにクリアさせる気はなさそうだし、何より道中の脅かしポイントは本当に性格が悪かった気がするもの。


 だから多分、このまま手ぶらで病院を出ると、大どんでん返しのバッドエンドが待っているのでは? と思わず疑ってしまう。


 それに、お化け屋敷、もしくはホラーゲームではまずありえない、開始三秒後の脅かしが存在した時点で、普通にエンディングを迎えられるとも思えない。


 ……そうなると、このエントランスにも何かある気がする。


 そう思って、なんとなくエントランス内を探索していると、


「……こ、これは、名状しがたきバールのような物……!」


 明らかに何らかの武器として使ってください、と言っているとしか思えないものが受付カウンターの内側に落ちていました。


 ……やっぱり。


「……じゃあ、これを持って後は脱出………………あ、一応アイビーの花も持っておかないと、ね」


 これでもし、持っていないからバッドエンド! なんてことになったら、私の苦労が水の泡だし、何より心が折れると思うので。


「……よし、行こう!」


 私は気を引き締め、玄関から外へと足を踏み出すと、


『シネェェェェェェェェェェッッ!』


 巨大な化け物の中央に存在した、ヘドロのような女性が襲い掛かってきた。


 やっぱり!


「そうはいかないよっ!」


 私はあらかじめ持っていたバールのようなもので、思いっきり頭を振りぬいた。


『ギャァァァァァァァァ……』


 すると、女性は悲鳴を上げながら蒸発するようにして目の前から消え去りました。


 それと同時に、再び私の視界がホワイトアウトした。



 そうして気が付くと、私は現実の世界にいました。


「おめでとう!」


 私が目を覚まし、終わるまでずっと待っていてくれていたのか、女委ちゃんが私に気づくなり満面の笑みでお祝いの言葉をかけました。


「いやー、まさか最後の最大のトラップに気づくとは。さっすが美羽さんだぜ! あれ、絶対引っ掛かると思ったんだけどにゃぁ」

「ふふふ、これでも女委ちゃんの性格を理解してますから」


 ちょとだけ残念そうな女委ちゃんに、私は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「まあ、美羽さん何かと鋭いし、仕方ないかー」

「……でも、実際の所、あれは卑怯かなぁ」

「最後の奴かい?」

「うん。クリアメッセージをプレイヤーに聞かせて、安堵させたところで最後に即死ポイントだなんて、かなり鬼畜だよ? 女委ちゃん。しかも、アイちゃんにさらっと脱出条件……クリア条件を言わせるんだもん」

「ふふふー。そこはまあ、『真藤皐月』ちゃんなのでね! 道中のかなりスリリングなホラー演出を受け、クリアメッセージの再生! やった、ようやくクリアだ! 解放される! と思っていたところで、ドカン! 決まった時は最高に気持ちいいよね!」

「性格悪いね」

「ホラーゲームを作る人なんて、みんな性格悪いよ」

「……それはそうかも」


 結局のところ、いかにしてプレイヤーを怖がらせるか、だから。


 そう考えると、ホラーゲームを作っている人たちって、女委ちゃんが言うように性格がいい意味で悪いのかも。


「ちなみに、アイビーの花を床に落とした状態であのまま脱出していても、ゲームオーバーだったよ。バールを見つけ、更に花を持っている状態でようやく脱出可能なのさ。あ、さすがに全部揃っていれば、いくらあの化け物から攻撃をくらっても死なないからね」

「へぇ~、そうだったんだ」

「さすがに、それくらいはね」

「暴動、起きそうだからね、あれ」

「そゆこと」


 最後の最後で、条件を満たしていたのに死んじゃった、なんてことになったら怒るだろうから。


 私も多分……ダメだったかなぁ、そうなっていたら。


「……というわけで、クリアおめでとう! これで、依桜君とのデートは美羽さんのものです!」

「やった! 私、女委ちゃんたちの修学旅行中に休みが被るように調整するね! 絶対!」

「おうよ! 待ってるぜー」

「うん!」


 これで、依桜ちゃんとデートできる!


 しかも、京都!


 すっごく楽しみ!



 尚、後で聞いたんだけど、もし最後バッドエンドになった場合、女性がゲル状になった後、プレイヤーに絡みつき、じわじわと浸食。最後には


『これで、あなたも仲間……ね? アハハハハハハハハハ!』


 と、直接頭の中に響いてゲームオーバーになるそうでした。


 何気に怖いし、精神を病みそう……。


 あと、よくあんな内容のお化け屋敷の審査が通ったね、と感心しました。


 ……その辺りは多分、依桜ちゃんが押し通したのかもしれないかな。


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【おまけ・女委の名義集】

・腐島女委……主にメイド喫茶経営に使用。と言うか、ゴリゴリの本名。


・謎穴やおい……同人活動に使用しているPN。由来は、どう考えてもBL。


真藤皐月しんどうさつき……主にホラーゲームの作成者名で使用。由来は、『真藤』が腐島のアナグラム且つ、読みを変更した物。『皐月』は、女委→メイ→May→五月→さつき→皐月、となった。


服志舞ふくしまい……主に、アイドルが着る衣装のデザイナーとして使用している名義。由来は特になし。適当に付けたとのこと。


・Arbitrator……ハッカーとしての名前。名前は適当且つ、なんかカッコいいから。ハッカーとは言っても、ブラック企業の内部情報やら、反社会的勢力の情報やらをすっぱ抜いて、それらを警察や、海外の捜査機関等に送り付ける際に使用する名前。この時使用されているアドレスは、大体捨てアド。

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