第502話 不運な女委
「おっしゃ! 晶君や、そろそろ出陣だぜ!」
「ん、もうそんな時間か」
「おうよ。晶君ならば、おそらく今年も優勝確実! 逆に、わたしは優勝できるか不明なので、気合を入れないとだからね!」
「あ、そっか。晶はともかく、女委はミスコンテストに出るんだったね。頑張ってね」
「応援あざます! 依桜君!」
美羽さんと言う初クリア者が出たボクたちのお化け屋敷は、かなり話題となったみたいで、あの後さらに挑戦者が続出。
そのおかげで、かなりの売り上げがでていて、女委調べだとなんとすでに学園内で最も稼いでいるとか。
その金額をボクは知らないんだけど、女委曰く、
『んー……少なくとも、わたしの年収の半分くらい?』
だそうです。
ボクは女委の年収なんて知らないけど、少なくとも同人作家、メイド喫茶の経営、衣装デザイナー、ホラーゲーム製作をしている時点で、かなりの収入を得ているのでは? と思いそうなくらい、女委は多才。
あと、収入を得ているのかはわからないけど、ハッカーもやっているみたいだし……。
……本当に、いくらもらってるんだろう? 一年で。
「あ、依桜君は見に来るん?」
「うん、行くつもり。態徒と鈴音ちゃんの二人も、友達だからって言って見に来るみたいだよ? 恋人関係になっても、友人は大事だとか」
「その辺りは、態徒らしいと言えばらしいな。あいつはなんだかんだで、恋愛と友情を両立できる奴だしな」
「そうだね」
勉強面は不器用だけど、こう言った人間関係に関しては何気に器用だったりもするしね。
それに、鈴音ちゃん自身も実家が実家だからか、友達は本当に大事にするタイプみたいだし、本当にお似合いの二人だと思います。
「ボクは未果とエナちゃんと一緒に行くよ。だから、二人とも頑張ってね」
「あー……俺は、適度にやるよ」
「わたしは優勝目指して頑張るぜ!」
正反対な意気込みの二人に、ボクはくすりと笑った。
今年は出場する、なんてことにならなくてよかったよ。
……それに、今のボクは大人モードで、ややこしいことになりそうだったからちょうどいいね。
「それじゃあ、俺たちは先に行くよ」
「うん、いってらっしゃい」
「おうよ! 絶対に優勝をもぎ取ってくるぜー」
「……はぁ」
最後まで対照的な反応をしながら、二人は教室を出て会場をへと向かって行った。
「それじゃあ、ボクも未果たちと一緒に行こっかな」
ボクも仕事を次の人に任せて、未果たちと一緒に会場へ行くことにした。
そうして、ボクたちはミス・ミスターコンテストを見るべく、中庭へと足を運んでいた。
「わぁ、すっごい人だね! うち、一学園祭のミス・ミスターコンテストだけで、ここまで人が来るとは思わなかったよ! ね、依桜ちゃん!」
ボクの横では、目の前に広がるミス・ミスターコンテストを見に来たお客さんでいっぱいになっていて、その光景を見てはしゃぐエナちゃんの姿が。
「…………うん、そうだね」
そんなエナちゃんの言葉に、ボクはどこか遠い目をしながら、そう返した。
「あ、ねね、あそこにいるのって有名な動画投稿者さんじゃないかな? その他にも有名人らしき人もいっぱいいるし……叡董学園ってすごいね!」
「…………うん、そうだね」
「……? 依桜ちゃん、どうしてそんなにテンションが低いの?」
「……この状況が原因、かな」
「あー、あはは……。こうなっちゃったし、ね」
テンションが低い状態のボクの回答に、エナちゃんは苦笑いを浮かべながら自分の体に視線を落とした。
そう、今ここにいるボクたちは……
『えー、大変長らくお待たせいたしました! ただいまより、『青春祭』二日目の目玉イベント、ミス・ミスターコンテストを始めたいと思います!』
『『『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』
『えー、司会を務めますは、今年の学園祭ではひっきりなしのデスマーチ状態な放送部三年、豊藤千代です。よろしくお願いいたします。……そして! 今年のミス・ミスターコンテストの特別審査員のお二人に、大人気アイドルのエナこと、御庭恵菜さんと、我らが学園の生徒会長であり、白銀の女神と称されるほどの圧倒的人気者、男女依桜さんに来てもらっています!』
『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHッッ!』』』
審査員として、舞台にいます。
どうしてこうなったのか簡単に説明しますと――。
まず、ボクと未果、エナちゃんの三人で会場である中庭へ。
すると、生徒会の一年生と二年生の人たちが数名やって来て、
『お願いします! 審査員をやってくださいっ!』
と、全力で頭を下げられました。
さすがに知り合いから全力で頭を下げられるのは気分的によくないし、何より周囲の目が……!
「え、えーっと、それはボクに……ですか?」
『会長だけでなく、エナさんにも審査員をお願いしたいんです!』
「うちも?」
『はい。今年のお二方は様々な都合上、出場禁止枠です。しかし、お二人を見ることを楽しみにしている人たちだっているはず……というか、大多数がそうだと思われます』
「それは言い過ぎじゃ……」
「いや、依桜ならあり得るでしょ」
未果にツッコミを入れられた。
言い募ろうとしたけど、生徒会の人とエナちゃんがうんうんと頷いていたので、口を噤んだ。
「概ね、依桜とエナが出場できないと知られれば、暴動が起きかねない。だから、そうならないように審査員枠としてミス・ミスターコンテストに参加してほしい、ってところでしょ」
『その通りです。事実、昨年の学園祭で最も目立ったのは、間違いなく会長ですから』
「……そ、そうですか」
たしかにボクが目立ったことは事実だけど、あれはテロリストが襲撃してきたからのような……。
まあでも、間違いではないし、いい、かな? うん。
『というわけですので、出て頂けないでしょうか?』
「うちはいいよ!」
「エナちゃん?」
「うち、こう言うお祭りは好きだし、何より今までこう言ったことに参加できなかったからね! だから、受けさせてもらいます!」
『ありがとうございますっ!』
エナちゃんが了承すると、生徒会の人たちは嬉しそうな表情を浮かべた。
そう言えば、エナちゃんは今まで学校行事にほとんど参加できなかった、って言ってたっけ。いじめとか、アイドル活動が原因で。
それなら、こうして積極的にもなるよね。
それに、暴動が起きるかもしれない、なんて言われてるみたいだし、それならボクは生徒会長として動かないと。
「……わかりました。ボクも参加します」
『ほ、本当ですか!?』
「はい。みなさんのお願いですしね。準備期間中、仕事をしたことがなかったボクの指示に従ってくれたり、逆に支えてくれたりしましたから。それなら、困っているみなさんのために参加するのも、当然ですからね」
『会長っ……! では、すぐにこちらへ! あ、衣装は準備してありますので、着替えをお願いします!』
「はい。……って、え、着替え? 着替えって何!?」
『エナさんにも、衣装がありますので、一緒にお願いします』
「はーい! じゃあ、依桜ちゃん、行こ!」
「え、あ、ちょっ、エナちゃん引っ張らないで!」
――ということがあり、ボクとエナちゃんは着替えを終えてから舞台に上がりました。
ここまでだったら、ボクは自分で受けたことだし、で片付けられるんだけど……
「……さすがに、この衣装はちょっと……」
自分の姿を見下ろしながら、ボクはため息交じりに零す。
エナちゃんが着てる衣装は、アイドル中の時とかに着るような衣装なんだけど、どういうわけか、ボクだけ……よくわからないドレスなんだけど!
しかも、胸元とか普通に見えちゃってるし、肩はむき出しになってるし……。
その上、スカートにはスリットもあるんだけど。
一応脛の中ほどまで長いスカートだからまだマシだけど……。
あと、頭のティアラはなんでしょうか。
「依桜ちゃんが大人モードだから、ドレスになっちゃったんじゃないかな?」
「そうだとしても、クラスの衣装でいいと思うんだけど、ボク」
あの和服(なぜか大人モードと小学生モード、ケモロリモードの三種類がありました。なんで)だって、この姿には合ってると思うんだけどなぁ。
「まあ、ほら、あれって一応血の跡もあったし、それに、見栄え的な部分とかじゃないかな?」
「主役はボクたちじゃなくて、出場者の方なのに、それはおかしいような……」
「この学園はそう言う感じだと思うな、うち」
否定できないのがなんだか辛い。
ボクの衣装等に疑問はあるものの、ミス・ミスターコンテストが開始。
内容自体は去年とほとんど変わらず、よく見ると、去年参加していた人たちもちらほら見受けられた。
イケメンな男子生徒が出てくれば、女の人からの歓声が上がって、大盛り上がり。
しかも、晶が出てきた時なんてかなりの歓声が上がりました。
……原因は多分、去年の読者モデルなんじゃないかなぁ。
あの時、ボクもかなり騒ぎになったけど、何気に晶の方も大騒ぎに。
実際、態徒に問題のニュース番組を見せてもらうまで知らなかったけど、晶も晶で話題に上ってたし。
友達……幼馴染贔屓かもしれないけど、晶はかなり整った容姿をしていると思うし、男性アイドルになってもかなり人気が出るんじゃないかな? とも思います。
とは言っても、晶自身はボクと似た様なタイプなので、興味がないみたいだけどね。
……まあ、だからこそ、今年のミスターコンテストでは、
『……しんどい』
なんて、死んだ顔をしながら舞台裏で呟いちゃってるからね……。
多分、目の前のお客さんの中に、その……いたんじゃないかなぁ、そっちの人が。
決して否定をするわけじゃないけど、何と言いますか……男性の場合って、ノーマルな人がそう言う目を向けられたら、ちょっとはダメージ受けるよね……。
あとで、優しくして上げよう。
あ、ミス・ミスターコンテストでは、晶が優勝しました。
元々、晶目当てで来ていた人たちも多かったみたいで……。
とはいえ、ミスターコンテストの方では、これと言って騒ぎらしい騒ぎはなく、比較的マシな部類で収まりました。
……と、こういう言い方をする時点で、ミスコンテストは大騒ぎになった、そう思うことでしょう。
事実そうなので。
問題が起きた、というより、起こしたのはまあ……女委です。
ただ、これは別に女委が何かをやらかした、というわけではなく、どちらかと言えばその……運が悪かった、と言うべきでしょう。
まあ、結果だけを言うのなら、優勝したのは女委です。
ただその……これが、ね。本人の望んだ結果での優勝ではない、というのが……。
軽く、女委の性格というか、本質? ノリ? まあ、何でもいいんですけど、軽く触れるなら、女委は基本、学園長先生のタイプに近く、言ってしまえば快楽主義です。
とはいえ、ここで少し違うのは、学園長先生はどちらかと言えば自分を優先するタイプと言えますが、女委の場合は反対に他人を楽しませたい、という欲求の方が強いです。
同人誌や、メイド喫茶、衣装デザイン、ホラーゲーム等に関しては、自分が楽しむのそうだけど、どちらかと言えばそれらを見知らぬ誰かを楽しませるためにやっている、という面が強いです。
そのため、女委は意外と自分には無頓着で、何と言いますか……自分の評価を知りつつも、問題なし! と一切気にすることをしません。
自分は自分! 誰に何を言われようとも、絶対に曲げない! とは、女委のポリシーだそう。
……えーっと、ミスコンテストに関係ない、と思うかもしれませんが、今回はこれが関わってくるような状況になってしまいまして……。
……女委と言えば、割と羞恥心が薄く、普通に人前で水着を晒すことになんの抵抗もありません。
コスプレをしても前々動じないし、コミケでも楽しそうに対応する姿をよく見ました。
そんな女委の姿を日常的に見ていたため、ボクたちは勘違いをしていました。
……女委にも羞恥心があったんだなぁ、って。
一体何が起こったのかと言いますと……まあ、事件です。
依桜がモノローグで語った事件を説明するべく、時間を少し戻す。
「ふっふっふー。ついにわたしの出番だぜー」
舞台裏。
そこには、いつになく不敵な笑みを浮かべるハイスペック腐女子の姿があった。
周りには、女委と同じように緊張しつつも、どこか楽しみにしている者や、顔を赤くして緊張で強張らせている者もいる。
そんな中で、女委だけは他とは違う様子だった。
元々、このミスコンに女委が参加するきっかけとなった原因は、自身を美少女と証明するためだ。
なので、優勝できずとも、最終的に十位圏内に入る事さえできれば問題なしと考えていた。
それに、女委自身はそこまでお金が欲しいと思ってはいない。
何せ、自分でかなり稼げるので。
そのため、女委は照明の為だけに出ているのだ。
目的など、十位圏内に入るだけであって、他は興味なし。
強いて言えば、自身の作品を広く認知させよう、とか思っているくらいだ。
「頑張れよ、女委」
「おうともさ! 晶君は優勝したみたいだし、わたしも頑張るぜー」
「……ほどほどにな」
「むむっ。さては晶君、わたしが変なことをすると思っているね?」
「女委は依桜の次くらいに何をしでかすかわからないからな」
「それは心外だよー。むしろ、依桜君のやらかしと一緒にしないでほしいところだよ? あれはもう、人知を超えた何かだし」
「……そう、だな」
女委の返しに、苦い顔をする晶。
まあ、女委が起こす問題は、基本的に一般人の枠からは大きく外れることはないが、依桜の場合はそれを凌駕するレベルだ。
今回の学園祭でも、結果として街のヤクザを配下に収めているくらいだ。
もっと言えば、この学園の生徒会長である依桜は、学園生どころか教職員からも信頼されているため、命令一つで学園にいる者たち全員を動かすこともできるだろう。
それくらい、徐々に権力が強くなっている。
異常なまでの博愛主義というのも怖いものである。
「それで? 勝算はあるのか?」
「んーん、ないけど?」
「それは意外だな」
晶の質問に、女委はあっけらかんと答え、それの答えに晶は意外そうな表情を浮かべた。
「意外かい?」
「ああ。女委と言えば、何かを企てることが多いだろう? だから、こういった場面でも何らかの計画を用いて優勝するのか、と」
「にゃはは! わたしとて、そうそう何かを企てるわけじゃないぜー。それに、わたしの本質的には行き当たりばったりだからねん。こういうのは、そう言った計画がない方が面白いのだよ、晶君や」
「……まあ、それもそうか」
「そうだよ」
女委自身が言うように、女委は行き当たりばったりが好きだ。
緻密な計画を練るよりも、そっちの方が面白い、という理由である。
『えー、間もなく開始されますので、準備をお願いします!』
「おっと、そろそろ俺は退散するよ」
「うん、来てくれてありがとね、晶君」
「友達だからな。それじゃ、頑張れよ」
「おうよ! まあ、見ててよ!」
女委の自信たっぷりな様子を見て、晶は軽く笑ってから控室を後にした。
「おっし! 行きますかー!」
そうして、ミスコンが始まると、会場は一気に盛り上がる。
叡董学園は、容姿の整った生徒がそれなりに多く、目の保養と言えるほどの光景が舞台上には広がっていた。
その中には当然、女委の存在もあり、特に緊張した様子はない。
一番から順に自己紹介&アピールがされていき、女委の番に。
「どーもどーも! 高等部二年三組、現役同人作家女子高生の、腐島女委でーす! よろしくお願いしまーす!」
割ととんでもないことを言ってはいるものの、そこは叡董学園。
ナースコスを着たオレンジ髪の美少女が登場し、歓声が上がる。
あとこれは余談だが、今回女委が来ているナース服は、やや大きめなので、スタイルがわからなくなっている。
『元気ですねー、腐島さん』
「そりゃぁ、ミスコンだもの! 会場にいる人たちを盛り上げてこその参加者ってもんですぜ!」
『たしかにそうですね! 腐島さんはエンターティナーなんですか?』
「んー、どうなんでしょうねぇ。わたしは常に面白いことをしたいとは思ってますけどね」
『それはいいことだと思います。……では、アピールをお願いします!』
「はーい! えーっと、そうですねぇ……わたしのアピールポイントは……オタク的娯楽に対する偏見がない、ってところですかね? むしろ、わたしも楽しむ方ですし」
女委がそう口にすると、会場から嬉しそうな声が上がる。
今でこそ、アニメやマンガ、ライトノベル等が幅広く受け入れられるようになったからと言って、それらをよく思わない者もまだまだいる。
それにまあ……そういう気質の者たちは、あまり積極的に行かない(というよりいけない場合の方が多い)ため、女委のような存在がいることは素直に嬉しいことである。
意図せずして、会場に来たオタクたちのハートを掴んだ女委。
『いいですねぇ。それに、腐島さんはそっちの世界では有名ですからね』
「にゃははー。それを言っちゃったら素性バレしちゃうぜー。まあ、中には気づいてる人もいるかもだけど」
ここでいう、素性バレ、というのはもちろん『謎穴やおい』名義のことである。
名義が持つ名義の中で、おそらく最も有名であろう名義。
同人活動にて使用され、主に同性愛関連の同人誌をよく製作しているため、そっちの筋の人たちには大人気の同人作家である。
名義自体はBL要素しかないのだが、女委自身がバイであるため、GLも書く。
そのため、コ〇ケに参加すれば、確実に即完売となり、入手困難になることが多々ある。
しかも、『謎穴やおい』が美少女だとそっちの界隈では割と周知の事実であるため、その情報を知っていれば、女委の正体に気づく可能性がある。
とはいえ、女委は別段秘密主義というわけではなく、さらっと明かすこともあるので、バレても特に気にはしない。
……仮に、住所バレしても、自身のハッキング技術を用いて、それをなかったことにするので、問題ないのだ。
『さて、他にも何かアピールはありますか?』
「んー……特にはないですね! その辺は、特技披露でするぜー」
『了解です。では、質問タイムと行きましょう』
「バッチコーイ!」
『いい返事ですね。……ではまず、恋人はいるのでしょうか?』
「おーう。これまたなかなか切り込みますねぇ」
『まあ、やっぱり美少女の質問として、これは鉄板ネタですね』
「それもそうですね。……んじゃあ、質問の答えを。恋人は生まれてこの方、いたことはないです」
楽しそうな女委の回答に、来場者、特に高校生や大学生辺りから期待が籠った声がちらほら上がる。
『ほほー。結構意外ですね。腐島さんと言えば、容姿が整っているので、たまに告白とかされてますよね?』
「おや、よく知ってますね。実際その通りではありますが、全員もれなく、わたしの本性的な部分を知ると、みんな辞めちゃうんですよねぇ~。原因は理解してますがね」
『じゃあ、恋人を作るつもりは?』
「んー、あるっちゃありますね」
『ということは、好きな人とか?』
「いますよー」
女委がそう言うと、会場からは落胆の声が。
実際、女委は容姿『だけは』整っているので、普通にモテる。
ただ、軒並み女委の負の部分ならぬ、腐の部分を知った瞬間、告白を撤回する。
これが軽度だったら問題なかったのだが、女委の場合は色々と濃すぎて不可能だった。
なので、高等部の学園生は大体事情を知っている。
一年生も女委の姿に一目惚れして告白するある意味猛者がいたが……まあ、全員撤回した。
ちなみに、女委は別段傷つくことはなかった。
無駄にメンタルが強い。
さて、話を戻し、女委が好きな人がいると発言した直後、司会の豊藤はこんな質問をした。
『それは、この学園の人ですか?』
「うむ」
『カッコいいんですか?』
「んー、そうだね。普段は可愛いけど、やる時はカッコいいですよー」
『なるほどなるほど。ですが、男の人相手に可愛いはちょっと可哀そうでは?』
「ん? ……あ! そっか。男の人だと思ってるんだっけ。言ってなかったけど、わたしの好きな人、女の子だよー」
女委はそう言い放った。
会場内は静まり返った。
だが、司会の豊藤は謎の放送部精神が働いたのか、それとも叡董学園生の基本的資質、『楽しいことには全力』なためか、嬉々とした様子で質問をする。
『ほうほう! じゃあ、女委さんは所謂、同性愛者?』
「いえいえ、わたしは基本バイですよ。好きになった人が女の子だっただけでね」
『ほほう! でも、いいんですか?』
「何がです?」
『いえ、こういうのってほら、世間的に、ね? SNSだって心無い人たちが悪口を言うかも』
「にゃっはっは! そんなもの、気にしませんぜ。わたしは基本『言いたきゃ言わせりゃいい!』が基本でね。たとえわたしをバカにした文章を送って来ても、所詮は心の無い機械の文章。まあ、わたしが異常なメンタルをしているだけだと思うけど。だからまあ、言わせればいいのさ。わたしはそれをガン無視し、あまりにもな内容だったら法的措置を取ればいいだけなので!」
と、女委はそう言った。
女委は様々なことをしている影響からか、心無い批判を受けることもよくあった。
例えば、同人誌に関する批判であったり、メイド喫茶で悪意のあるレビューを付けられたり、色々だ。
割と早い段階からそう言ったことを経験していたのと、元々の女委の無駄に強いメンタルが合わさり、ある種のメンタルモンスターが誕生した。
この、堂々とした発言に、会場は、
『『『おおおおおおおおおおおおおお!』』』
歓声と拍手が上がった。
「おや? 何故、こんなに拍手をされてるんだろう?」
と、女委は目の前の状況にキョトンとした様子。
自身では当たり前のこと過ぎて、今さっきの発言がここまで賞賛されるとは思っていなかったのだろう。
『いやー、なかなかすごいですね。さすがですね、腐島さんは! やっぱり、それくらいじゃないと、女神と一緒にいられないんですかね?』
「あ、依桜君のこと? んー、どうだろ? わたしは常にこんな感じだし、単純に依桜君の器が大きいだけじゃない?」
と、女委はそう答える。
まあ、実のところ依桜は寛容すぎるくらいだ。
バイであることを知ってもなお、普段と変わらずに接したり、昨年の学園祭後に行った旅行で、結構なことをされたにもかかわらず、普通に許す。他にも、通常だったら恨んでもおかしくないことをされているのに、それすらも許し、それどころか手伝いまでする始末。
ここまでくると、もう器が大きいだけではなく、色々と怖い。
「そんじゃま、これ以上話すと長引きそうだし、一つだけしか実質質問されたないけど、終わりでいいかね?」
『あ、そうですね。……では、腐島女委さんでした!』
女委の番で、そこそこの騒ぎになったものの、順調に消化。
特技披露では、女委は持ち前のスキルを遺憾なく発揮し、わずか五分で背景付きのカラーイラストを作成して、拍手と歓声を誘った。
とはいえ、これ自体はかなり疲れるとのことで、滅多にやらないとか。
そんなこんなで筒がなくミスコンが進み……事件が起こった水着審査となった。
「んー……? なんか、この水着違和感があるなー」
舞台裏にて、女委が持ってきた水着に着替えるべく、カバンの中から水着を取り出そうとすると、トップスの方に違和感を感じた。
「……あり? これ、プールに行く前に買った水着と違う」
何だろうと思い、水着を確認すると、それは以前依桜たちとプールに遊びに行く前に買った水着とは違うものだった。
「あー、これ、もしかして去年の水着かな? しかも、普通のビキニっぽい」
去年の夏休み、依桜たちはいつものメンバーで海水浴に行った時があった。
それに際して全員水着を購入し、その時の女委は普通の黒のビキニを購入したのだ。
本来であれば、今年購入したオフショルダータイプのビキニを持ってくるつもりだったのだが、今日の朝女委はプログラミング等の疲れで少し寝坊してしまい、慌てて持ってきたものがこれだったようだ。
通常であれば、どうしようかと悩むのだが……
「んー……ま、去年のだけど大丈夫か!」
女委は酷く……楽観視していた。
そしてこれが、思わぬ事態へと発展することになる。
『さあ、皆様お待たせいたしました! これより、ミスコンの目玉と言っても過言ではない、水着審査に入ります! 野郎共! 準備は良いかー!?』
『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!』』』
『うんうん、いい返事ですね! では、登場してもらいましょう! どうぞ!』
豊藤の掛け声に、舞台袖から水着を着た参加者たちが上がって来た。
全員が全員、スタイルが良く、思わず見惚れてしまうほどだ。
そんな中で、女委は一番注目を集めいていた。
言わずもがな、その胸である。
依桜が性転換するまで、この学園で一番の巨乳は女委だった。
そのため、本人は依桜には負ける、と思っているが、実際は一つ下くらいであるため、そこまで大差はない。
故に、普通にでかいのだ。
そんな女委の豊満な胸を見た男たちは……まあ、気持ち悪い言い方ではあるが、興奮した。
男なんて、こんなもんである。
尚、この水着審査では、一人ずつ前に出て、ちょっとポーズをとる(健全です)方法で審査されている。
そして、こちらも順調に進み、女委の出番が。
(……おう? なんか、上がキツイ……やっぱり、去年のだからかなぁ。……ま、さすがに持つでしょう! わたし、悪運は強いからね!)
と、トップスがキツイと思いながらも、女委は問題ないと断じてそのまま敢行。
……これがいけなかった。
女委があるポーズを取ろうとした瞬間。
ブチッ……。
そんな、何かが切れるような音が鳴った。
「はにゃ……?」
ハラリ……と、トップスが落ちる。
一瞬思考が停止した女委だったが、次の瞬間。
「――ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
落ちるトップスを両腕で自身を抱きしめるように胸を隠した。
……女委らしからぬ可愛らしい悲鳴と共に。
その、とんでもないアクシデントに、会場内は一気にざわついた。
というか、歓声が上がった。主に男性から。
『ちょっ、誰か! 女性の誰でもいいので腐島さんを隠して隠して!』
しかし、司会の豊藤は若干パニックになりながらも、迅速に対応。
すぐに人を呼ぶ。
すると、
「女委っ!」
審査員席から、慌てて依桜が女委の前へ。
その際、どこからともなくパーカーを取り出し、女委へ手渡すと、女委は渡されたパーカーを慌てながらも着だす。
この時、豊藤のおかげですぐさまスタッフ(学園祭実行委員と生徒会)が上がって来て、女委を隠した。
そのおかげで、女委のあられもない姿は見られることはなかった。
……とはいえ、一瞬でも桜色の部分を見られそうになった、という事実は変わらず、それを思い出してか、女委はものすご~~~~く、赤面していた。
しかも、あの女委が、羞恥心とか一切なさそうなあの女委が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いているのである。
普段の変態的言動やら行動やらとは、かなりのギャップに、女委を知る学園生は胸を撃ち抜かれた。
もちろん、それは外部の客にも言えることで、先ほどまでのものすごく明るい少女からは予想できない仕草に、ズキュンされていた。
水着審査が終わるまでの間、女委はそれはもう……恥ずかしがったそうな。
そうして、水着審査も終わり投票タイムへ。
その結果……
『今年のミス叡董は……二年三組、腐島女委さんでーす! おめでとうございまーす!』
女委が優勝する結果となった。
普通ならかなり喜ばしいことなのだが、舞台上へ呼ばれた女委は恥ずかしがっていた。
『えー、何と言いますか……今のお気持ちをどうぞ』
「……にゃ、にゃはは……わ、わたしとしたことが、
『……お気持ち、お察しします』
「わ、わたしはこんなキャラではないのに……穴があったら入りたい……なかったら自分で掘って入りたい……」
『えー、腐島女委さんがかなりアレなことになってしまっていますので、これにてミスコンテストは終わりにしたいと思いまーす! まだ学園祭は続きますので、引き続きお楽しみくださーい! それではー!』
女委の精神状態が大丈夫ではないと察した豊藤は、無理やりミスコンテストを締めることにし、とんでもないアクシデントはありつつも、何とかミス・ミスターコンテストは終わりを迎えた。
――という状況があり、終わった後の女委は、
「……こ、このわたしが、実は可愛い女子と言われるとは……なんたる不覚っ……!」
そう呟きながら、教室の隅で丸くなっていました。
「あー、えーっと……げ、元気出して、女委」
「……無理っす……わたし、もう無理っす……」
「そ、そんなこと言わないで、ね? これで、美少女と証明できたわけだから」
「…………そ、そりゃぁ、あんなことすれば、誰だって優勝できますぜ……わたしは、もっとこう、普通にしたかったのに……ぅぅぅ」
付き合いの長いボクたちですら見たことが無い、酷く落ち込んだ様子の女委。
正直、女委にもまともな羞恥心があって安心したけど、あればかりは……さすがに同情せざるを得ない、よね。
ボクだって似た様な経験はあるし……。
だからこそ、女委の気持ちがわかるわけで。
「女委、元気出して? ボクにできることなら、何でもするから」
「…………ほ、ほんとかい……?」
「うん」
「…………じゃ、じゃあ、わたしの頭を撫でながらの膝枕を……」
「え? そんなことでいいの?」
女委のお願いは、意外と簡単なものだった。
いつもなら、もっととんでもないことを言ってくるけど……それくらい落ち込んでる、っていうことだよね……。
「うん、わかったよ。じゃあ……はい、おいで」
「あざます…………」
そう言って、女委はボクの太ももに頭を載せて寝転ぶ。
一応教室の中だけど……まあ、死角になってるし大丈夫だよね。
寝転ぶ女委の頭を撫でる。
「あぁ……なんだろう、わたしの傷ついたオリハルコンメンタルが癒えていく……」
ふにゃっとした表情をしながら、女委がそう口にする。
なんだろう、こうしおらしくしてる女委を見てると……可愛いと思えて来る。
普段から可愛いところもあるけど、今回の例はなかなかないし、かなり新鮮。
「……頑張ったね、女委」
微笑みながら、労わるための言葉をかけると、女委は、
「…………やっべ、大人モード依桜君だからか、ばぶみが半端ねぇ」
だらしない表情を浮かべながら、そんなことを言って来た。
「えーっと……女委?」
「おっしゃ! なんか元気出て来た! あ、依桜君、今の表情でさっきのセリフをもう一度! あと、わたしが指示するセリフもオナシャス! 録画するんで!」
「…………」
女委は、女委でした。
まあでも、きっと照れ隠しだろうから、付き合って上げることに決めました。
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