第188話 迷惑客
みんなと毎日遊んでいるうちに、気が付けば、もうすぐ冬休み終了間近。
今年は、お正月が金曜日で終わりだったこともあって、土日も休みになっている。
そして、本来だったら七日目にイベントが行われるはずだったのだけど、色々と調整が出てきてしまい、九日目……つまり、冬休み最終日となった。
これに関しては、別に問題があるわけではないので、気にしない。
宿題だって、冬休み前にほとんど終わらせて、冬休みに入った日には全部終わらせてる。
ちなみに、これはボク以外のみんなにも言えることで、四人も宿題を早々に終わらせている。
態徒がすぐに終わらせるなんて、天変地異? なんて、みんなに言われてたけど。
態徒は、いつも最終日になって、
『宿題が終わってないんだ! 写させてくれ!』
と言う風に、みんなに泣きついてくることがいつも。
その場合、高確率で女委もだったりするんだけど、女委は単純に、同人誌の方ばかりやっているから、と言うのが一番の理由だけど。
実際、頭は悪くない。むしろいい方。
態徒はあれだけど……。
まあ、それはそれとして、イベントが延期になってしまったことは仕方がない、と言う声がやっぱり多かったみたい。
そもそも、世界初のフルダイブ型MMORPGだから。
それに、サービス開始から間もない時期は、大抵バグや不具合が付きもの、だという風に認識している人たちが多い。
その上、今回CFOを運営しているのは、無名どころか、製薬会社でしかなかった会社(表向き)。
不具合なんて、無い方がすごい、と言われるほど。
まあ、世界初なんて、むしろ何もない方が異常だからね。
それに、イベント内容が告知されたことによって、むしろ好意的に捉えた人の方が多い。
告知されたイベントの内容は、『サバイバル』だそう。
ルール自体は大まかにしか書かれていなかったけど、どうやら、集団個人戦というものらしい。
集団なのに個人? なんて思ったけど、ルールを見て納得。
イベントはさすがに一晩中やるというのには無理があったため、なんでも脳の処理能力底上げし、思考能力を加速させる、とのこと。
言ってしまえば、ボクや師匠が持っている、『瞬刹』を全員に使用し、知覚時間を引き延ばしてイベントを行うそう。
そう言えば、ちょっと前に、
『依桜君、思考能力を加速させるスキルとか持ってない?』
と訊かれたので、持ってますよ、と言ったところ、
『ちょっとそれ、データを取らせてもらってもいい?』
そう、お願いされたのだ。
つまり、あの時にデータを取った理由は、このゲームのためだったと言うことになる。
実際、あのゲームは、向こうを参考にして作られている節が強い。
それに、スキルや魔法の説明文を見た限りだと、元々のスキルや魔法と同じような効果だった。リキャストタイム、なんて物はなかったけど。
使おうと思えば連発はできたしね。
その代わり、体力や魔力を大きく消耗することになるから、連発する人はほとんどいなかったけど。……あ、師匠は例外です。あの人はちょっと違いますからね。
それで、多分だけど、『瞬刹』のデータを取った後、それを科学的に作っちゃったんじゃないかなぁって。
もしそうなら、あの人って本当に存在がわからない。
向こうの世界の非常識代表は師匠だけど、こっちの世界の非常識代表は、間違いなく、学園長先生だよね?
そもそも、思考能力を加速させるとか、どうやってるの? それ、人間の脳に負担とかかからない?
かなり心配だよ、ボク。
……まあでも、安全性にはちゃんと留意しているから問題ないんだろうけど。
あそこまで天才であり、天災だと思ったのは、学園長先生と師匠だけだよ。
しかもあの二人、妙に仲がいいんだよね……。
一応、師匠には、学園長先生もボクが異世界へ来ることになった原因だと伝えたら、
『ほう、エイコが。……まあしかし、エイコがいないと、依桜に会うことはなかった、と考えると、まだ許せる』
って言ってきた。
あれ、王様に対して言っていたことと正反対過ぎない? と思った。
その理由を尋ねたら、
『ああ、エイコはこっちの世界の人間。ただただ自身の力が通用するのか、と言う部分があるからな。別に、全部が悪くないわけじゃないが、どこまでできるのか、ということを試すのは悪くない』
と言うことでした。
いや、それもそれでおかしいよね? ボク、強制的に異世界に行ってたんですよ?
人が人なら、学園長先生、殺されてますからね?
……実際、軍事バランスを大きく崩しかねない研究を、
『面白そう』
と言う理由だけで研究しているって、普通に考えたら相当あれな人だよね。
えっと、快楽主義者? って言うのかな、ああいう人のことを。
学園長先生があんな性格じゃなかったら、それこそ大惨事だったような……。
実際、テロ組織に狙われていたわけだしね、学園長先生の研究データ。
あの時、もしもボクがいなかったらどうなっていたのかわからない。
もしかすると、大変なことになっていた可能性さえある。
第三次世界大戦、とか。
……そう考えると、本当にゾッとする。
まあでも、今は師匠もいるし、そんなことになったとしても、師匠一人でどうにかしちゃいそうだけどね……。
あの人、存在がバランスブレイカーみたいなものだし。
実際、向こうの世界には、たった一人で戦況を変えるような、とんでもない人たちがいたもん。
魔王とか師匠とか。
それ以外だと、魔王軍の幹部の人たちとか?
ああいった人たちは、本当に強かったよ……。
そもそも、普通に高校生をやっていたボクがやることじゃないよね? と、何度思ったことか。
酷い話だったよ。
まあ、それは置いておいて、イベントの方。
今回のイベントは、二時間を一日に引き延ばして行う、とのことらしいです。
参加するプレイヤーは、ボクたちが待ち合わせ場所にしていた噴水の辺りにいればいいそうです。
それで、始まると同時に、ログインしていた人たち全員には一日に時間が引き延ばされるみたい。
観戦する人もそうなので、時間に齟齬は生まれないらしい。
そこは安心、なのかな。
サバイバル、と言っても、やることはただの殺し合い、みたいなもの。
何をすればいいのかわからないけどね。
ちなみに、延期されたことが告知されたのは、五日目。
イベントまで、五日目を含めれば、五日はある。
なので、その間はレベル上げに勤しめるので、ほとんどの人が好意的、というわけです。
ボクたちも、レベル上げをすることにした。
その結果、ボクが18。ミサたちは19になっていた。
ボクがみんなより1低いけど、ボクの場合は微々たるものだから、そこまで気にすることはない。
称号が強力だしね。
それに、ボクの場合はモンスターを狩ったり、ダンジョンを攻略したり、と言うのがメインと言うよりも、料理屋さんと洋服屋さんの方がメインになりつつある。
異世界にいた頃は、ボク自身が前線に立って、常に戦っていたからね。
サポートに回れるのがちょっと嬉しいのかも。
誰かのために戦うんじゃなくて、誰かのために何かをする。そんな感じで。
ボクは別に、前線にいなくてもいいしね。
そんなもの、碌なものじゃないし、誰よりも多く……人死にを見ることになるから、ボクは嫌いだったよ。
ゲームとはいえ、プレイヤーが倒される、と言うのは、微妙に抵抗がある。
……向こうの世界と同じ風景、だからかなぁ。
別に、異世界をモデルにしなくてもよかったと思うんだけどなぁ、学園長先生。
レベル上げをするのはいいんだけど、その過程で、また変な称号が手に入っちゃったんだよね……。
その称号と言うのが、【慈愛の暗殺者】という、謎過ぎる称号。
暗殺者なのに、慈愛? と首を傾げたものです。
暗殺者に慈愛なんてないような気がするもん。
この称号が出てきたのは、レベル上げをして、17になった時。
効果はこんな感じ。
【慈愛の暗殺者】……慈愛に満ちている暗殺者に贈られる称号。獲得条件:暗殺者が、モンスターに一切気付かれず、急所を狙い、一撃でモンスターを500体倒す。効果:急所に攻撃を当てた際、ダメージが2倍になる。回復魔法の効果が上がる
なるべく急所を攻撃して、一撃で倒していたら、こうなりました。
慈愛には満ちていないと思うんだけど、どちらかと言えば、殺意に満ちている気がするよ。
殺し続けて、得られた称号に付いていた効果が、回復魔法の効果を挙げるって……本当に、よくわからないよ、あのゲーム。
まあ、多分だけど、そこが慈愛の部分になってくるのかもね。
とまあ、こんな感じに、みんなでレベル上げをしたり、お店を開いていたり、色々としました。
そして……問題が起こった。
事の発端は、イベント前日のこと。
その日は土曜日と言うこともあって、人は平日よりも多め。
世間的に、大人のお正月は、大体三が日なので、残った四日~七日は、仕事をしている人が多い。
そのせいか、土曜日には人が多いのです。
ボクたちはまだ冬休みだったので、お昼とかも普通にゲームをしていたけど。
そして、問題が発生したのは、その夜。
いつも通りにお店を開いて、いつも通りに九時になったので閉めようとした時。
カランカランと、入り口のベルが鳴った。
みんな二階の一室で休んでいる。
と言うのも、今日はかなりお客様が来たから。
日に日に増えていくお客様に、忙しくなって、何とか頑張って五人で回している。
そんな今日は、あまりにも人が多くて、みんなはへとへとになっていた。
なので、体力はある方である、ボクが一人で片づけをしていたんだけど……
「あ? なんだ、もう店じまいか?」
何やら、ガラの悪そうな男性プレイヤーが入って来た。
「すみません、今日の営業は終了してしまいまして……」
「は? 俺は客だぞ? 飯屋は客が来たら、飯を出すんじゃねえのか?」
「ええっと、ボクのお店は、二時間と定めていまして……申し訳ないのですが、また日を改めて、ということに……」
「店の事情なんざ知ったっちゃねえ! いいからさっさと作れや!」
む、むぅ、なかなか話を聞いてくれない……。
というか、かなり横暴じゃないかな、この人。
「ですから、それはできないんです! ボクのお店はたしかに料理屋さんです。ですが、営業時間を延ばすことはできません!」
「うるせぇ! 生産職は生産職らしく、戦闘職に媚び売ってりゃいいんだよ!」
……ボク、生産職じゃないんだけど。
う、うーん、さっきからものすごく威圧してくるんだけど、ちっとも怖くない。
ボクからすれば、ハムスターが魔王に威嚇しているような物なんだけど。
というか、これなら、向こうの世界のチンピラの人たちの方がまだ怖いような気がする。
「なんだ? 言い返せねーってのか? はっ! とんだ腰抜けだな!」
腰抜けと言われましても……。
いや、たしかに臆病だよ? ボク。
お化けとか怖いし……。
「てか、お前は確か、バフのかかる料理が作れるんだったよなぁ?」
「え? そ、そうですけど……」
「それ、作れや」
「……ですから、さっきから言っている通り、時間は延ばせないんです」
「うるさいんだよ! 客は神様だろ! しかも、お前は女じゃねえか。なら、女らしく、男に媚び売るのが普通ってもんだろうが!」
いや、ボク、元々男なんですけど。
と言うか今の発言、思いっきり男女差別なんだけど。
社会でこんなことを言おうものなら、すぐに干されちゃうと思うんだけど……。
「ボクはそれが普通だとは思いません。むしろ、そういうことを言う人は、普通じゃないと思うんですけど」
「んだと!? てめぇ、ちょっとちやほやされてるからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「ちやほや……?」
ボク、別にちやほやされてないと思うんだけど……。
だって、かかわりがあるのって、ミサたちと、ミナさんたちくらいだよ?
なんて言えばいいのかわからず、困惑していると、
「ユキ、どうしたの?」
「ユキ君、何かあった?」
と、ミサとヤオイが登場。
二階から降りてくる。
「えーっと、そっちの人は?」
「ほう? この店のレベルが高い、と言うのは本当みてーだなぁ?」
「「うっ」」
一瞬、気色の悪い笑みを浮かべた男性プレイヤーに対し、ミサとヤオイが頬を引きつらせる。
ヤオイがそうなるって、結構すごいことだと思うんだけど。
「なんだ、その反応は……馬鹿にしてんのか!?」
「きゃぁっ!」
とここで、男性プレイヤーが比較的近くにいたミサを突き飛ばす。
………。
「ミサちゃん!」
突き飛ばされたミサに、慌ててヤオイが駆け寄る。
「ちっ、面倒くせぇ」
突き飛ばしておいて、言葉通り面倒くさそうにする男性プレイヤー。
………………。
「……謝ってくれませんか?」
「あ? 知るか。そっちが馬鹿にしたような態度をとるのがわりいんだろうが!」
……自分勝手すぎる。
ここまでイラっと来る人は、佐々木君以来かもしれない。
「……先ほどのセリフ、訂正させてもらいます。ボクは生産職じゃないです」
「は? 何言ってんだよ? じゃあ、何だっていうんだ」
「暗殺者ですよ」
「あのクソほど弱い職業かよ! ハハハハ! これは傑作だ! まさか、自分が弱すぎるあまり、生産職まがいのことをしていたなんてよぉ!」
馬鹿にするかのように……いや、本当に馬鹿にしてくる男性プレイヤー。
「どうしたー、何事だよ」
「ミサ、ヤオイ、何かあったのか?」
ここで、今度は二人が登場。
「お? なんだ、男もいたのかよ! ハハ! みたところ? あいつらに媚びを売ってるってとこか? あんな弱っちそうな奴らが一緒とは、ついてねぇな!」
二階に現れた二人を見て、やはり馬鹿にする男性プレイヤー。
……ボクはともかく、みんなを馬鹿にするのは、本当に許せない。
「……なら、勝負でも、しますか?」
「勝負? お前みたいな、見た目しか取り柄のなさそうな、女がか? 笑わせるぜ!」
「いえいえ、遠慮なさらずに。……そうですねぇ、明日は確か、イベントでしたよね。どうですか? そこで戦う、と言うのは」
「雑魚の相手はしたくねーんだが……まあいい、その勝負乗ってやるよ」
「そうですか。それじゃあ……楽しみに、していてくださいね?」
「ああ、いいぜ。んで? 嬢ちゃんのレベルは?」
「18ですよ」
「よえぇな! 俺は、31だ」
「そうですか」
「……ちっ、面白くねぇ。いいか、明日のイベント、絶対に逃げ出すんじゃねーぞ」
「そちらこそ、逃げないでくださいね?」
「……ふんっ!」
最後にいら立ちを隠そうともしないで、男性プレイヤーは足音を立てながら、お店を出ていった。
「……オレ、あいつがマジで可哀そうに思えたんだが、気のせい?」
「気のせいじゃないわ。ユキが怒ったのだから、ね」
「にしても、31で粋がるなんてねぇ。ユキ君に追いつく場合、ユキ君よりも、レベル差29くらいは必要なのにねぇ」
「ああ。俺とレンは途中からだったからあれだが、ユキを怒らせるとは、命知らずだな……」
「……ごめんね、みんな、変なことに巻き込んで」
後ろで何やら話しているみんなに、ボクは謝った。
まさか、あんな人が来るなんて思ってもみなかった。
「気にすんなよ! ああいうやつは、どこにでもいるからな」
「だねー。自分が強い、なんて錯覚してるんだよ、きっと。それに、ユキ君はあんまり強そうには見えないからね」
「うっ、た、たしかにそうかもしれないけど……」
ボクだって、強そうな見た目はしてないって気にしてるんだから……。
「それで、何があったんだ?」
「実は――」
ボクはみんなに、事の発端を話した。
「……なるほど」
「まったく、あんなプレイヤーがいるなんて……」
「ヤオイ、あいつ知ってるか?」
「うーん、多分、インガドって言うプレイヤーじゃないかな」
「誰それ?」
「簡単に言うと、とんでもなく、迷惑な人」
「「「「納得」」」」
たしかに、あれは本当に迷惑だよね。
自分勝手な言動も目立つし。
「しかも、微妙に強いって言うのが、いやらしいところでねぇ。やり返そうと思っても、全然できないんだよ」
「なるほど……ということは、インガド、って言う人に困っている人がいる、ってこと?」
「多分」
……だとしたら、許せない。
ゲームは楽しいものであるはずなのに、それを詰まらないものにしようとしている時点で、本当に嫌な人だ。
しかも、みんなを馬鹿にしたのが一番許せない。
「ボクが持てる全部を使って、仕留めに行くよ、あの人」
「……これ、ユキかなり怒ってない?」
「怒らないわけないよ。だって、みんなを馬鹿にしたんだよ? 殺すのも生ぬるい」
「こ、これ、マジでキレてね?」
「ああ、体育祭で、レンがボコボコにされた時と同じレベルだな」
「……ま、マジか、あの時、これくらいキレてたのか」
「本当、あの時のユキは怖かったわ……ご愁傷様ね、インガドっていうさっきの人は」
「だな。ユキを怒らせたのが運の尽き、ってか」
「ユキ君、ほどほどにね?」
「……善処するよ」
にっこりと笑顔でそう言った。
((((あ、これ、絶対ダメな奴))))
みんなが何やら遠い目をしたのが気になった。
怒りの沸点が低い、と言われても、これがボクなんだから、仕方ない。
絶対に、謝罪させないとね……?
ふふふふふふ……。
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