第242話 昼休み

 そして、お昼になり、ボクたちは屋上に来ていた。


「さて、それじゃあえーっと、桜、でいいのよね?」

「うん」

「それで、桜。あなたは……誰?」


 お昼ご飯を食べる直前、未果にそう尋ねられた。


「え、えーっと、それはどういう意味で?」

「ああ、ごめんなさい。正確に言うと……あなたと依桜の関係性って何?」

「あ、え、えっと、こっちにいる依桜はこっちの世界のボクで、ここにいるボクは、別の世界の依桜なんだよ」

「ややこしいわね……」

「あー、簡単に言うと、だ。ここにいるのは、紛れもなく、僕だ」


 依桜がそう言った瞬間、未果たちが驚きの表情を浮かべた。


「だが、口調とか雰囲気が少し違う気がするんだが……」

「ああ、僕と言っても、ここのいるのは、晶たちが知っているような僕じゃなくて、別世界――並行世界にいるもう一人の僕、ってことだ」

「おー、わたしの読みが当たってたんだねぇ」

「だなー。じゃあ、そっちにいる、女の依桜は、こことは違う世界にいる依桜、ってことでいいんだよな?」

「うん」

「異世界があるのは依桜から聞いて知っていたけど……まさか、並行世界があるなんて思わなかったわ」


 それはボクもだよ。


 だって、異世界という存在はあっても、それは全く異なる世界だったわけだし……。


 まさか、こんな風に、ボクが知っている人たちが存在している、別の世界があるなんて思わなかったよ。


 ……そう言えば、おみくじに『見知らぬようで、知っているような場所にたどり着く』って書かれていたけど……もしかして、今の状況のこと言ってる?

 ……絶対そうだよね、これ。


 後で、こっちのボクのおみくじ、見せてもらおう……。


「でも、あれだな。見れば見るほど、そっくり……というか、まったく同じだなぁ」

「どっちも僕だからな」

「それでそれで、こっちの依桜君、ちゃん? は、性別はどっちだったの?」

「え、えっと、昨日の朝ちらっと言っていたと思うけど、ボクは元々男だったよ。それで、呪いを受けて女の子に……」

「ということは、こっちは依桜君なわけだね」

「ま、まあ、そうなのかな?」

「こっちは、依桜ちゃん、だしね。あ、でも、桜、って言う名前にしてるんだっけ?」

「うん。そっちの方が、ややこしくなくて済むからね。昨日、依桜と二人で話して決めたんだ」

「依桜が依桜って呼んでるの、すっごい不思議なんだけど」

「あ、あはは……」


 むしろ、不思議な気分を一番味わってるのは、ボクと依桜の二人だよ。

 あー、うん。本当にややこしい。

 自分のことじゃないとわかっていても、まるで自分のことを言っているように思えてしまうからややこしい。


「まあ、大体桜君のことは理解できたし、そっちの世界のことを聞かせてほしいなー」

「いいけど、多分あんまり変わらないよ? 違う点は、ボクと依桜の性別が正反対、ってことだけだし」

「いいのいいの! ね、みんな」

「そうね。私もちょっと聞いてみたいわ。そっちの依桜……桜がどういう感じなのか」

「俺も聞いてみたいな。こう言う機会は滅多にないだろうからな」

「オレも」


 みんな聞きたいんだね……。

 まあ、いいけど。別に、秘密にするような話もないしね。


「えっと、じゃあ、何が聞きたいの?」

「そうね……こっちの依桜は、『白銀の男神』、なんて言われてるけど、そっちはどうなの?」

「あ、あー、うーん……『白銀の女神』って呼ばれてるよ」

「へぇ、やっぱり、その辺りは同じなのな。依桜、どう思うよ」

「……どうもこうも、ただただ恥ずかしいよ。僕たちは、別に神様じゃないって言うのに、なぜか神ってつけてくるから、痛いし、恥ずかしいよ」

「うん。それはわかるよ、依桜。ボクも、すごく恥ずかしいもん……。特に、知らな人からいきなり、『女神様!』って言われるのは、本当に死んじゃいたくなったよ……」

「……わかるぞ、その気持ち。あれ、死にたくなるくらい、恥ずかしいよな……」

「うん……」


 ボクと依桜は、お互いの苦労をよく知っているため、普通に気持ちがわかる。

 なので、ボクが言ったことに共感してくれるんだよ……。

 ありがたいよ……。


「……やっぱり、苦労してるのね、そっちの依桜も」

「……うん。ボク、たまに襲われるんだよ……」

「お、襲われる?」


 ボクが言ったことに、未果が思わず聞き返してきた。


「うん……。実はね、商店街の福引で引き当てた温泉旅行を、ボクと父さんと母さん、それか未果たちと一緒に行ったんだけど……その時、ウイスキーボンボンを食べた未果と女委に襲われてね……トラウマだよ……」


 主に、感覚の。

 あの時、本当に頭がふわふわして、真っ白になっていった時は、本当に怖かった……。

 何度思いだしても、あれは嫌な記憶だよ……。


「……それは、こっちの世界にはないな。僕たちは、普通に温泉に行ったよ」

「う、羨ましい……」


 何事もなく、平穏に温泉旅行を楽しめたなんて……やっぱり、女の子から男に変わってるからかなぁ……。


 男だったら、変なことも起きなさそうだもんね……。

 実際、男の方が危険に陥るリスクは低い気がするもん。


 女の子になってから、ボクは色々と酷い目に遭うことが多かったしね……あはは……。


「他は?」

「他って言うと……うーん、ボクの世界の方でも、女委が『謎穴やおい』っていうPNで同人誌を書いてることとか?」

「お、やっぱりわたしはそっちでも、同人作家なのかな!?」

「う、うん。おかげで、冬〇ミのお手伝いを頼まれちゃってね……恥ずかしいメイド服を着る羽目に……」

「ほほう! そっちのわたし、なかなかいい仕事をしてるんだねぇ!」

「……こっちでも、女委は女委なんだね……」


 全然変わってないよ……。

 ということは、態徒の性格も、ほとんど同じなんだろうなぁ……。


「やっぱり、並行世界だから、大抵は同じなのかしら?」

「多分、そうなんだろう。僕も、並行世界の存在は結構面白いと思ってるよ。……もっとも、これに別の世界の僕が関わっていなかったら、だけど」

「……そうだね。ボクも、自分がこんな形で巻き込まれてさえいなかったら、きっと少しは面白いなー、なんて思えてたと思うよ……」


 それもこれも、全部あの人のせいだよね……。

 どこの世界でも、騒ぎを起こす、まさに諸悪の根源とも言えるような人。

 というか、そうとしか言えないよ……。


「ああ、そうだ。ねえ、桜。そっちの世界もやっぱり、テロリストが襲撃してきたのかしら?」

「うん。その時、未果が撃たれちゃってね……本当に、殺そうかと思ったよ、あの時は」


 態徒の件や、インガドの件でもボクは怒ったけど、多分あそこまで殺意を抱いたのは、あれが初かもしれないよ。


 だって、大切な幼馴染が銃で撃たれて、死ぬかもしれない状況にまで陥っちゃってたんだもん。

 むしろ、怒るな、という方が無理な話だと思うよ。


「……私、どこの世界でも、撃たれてるのね」


 と、ボクが言ったことに、未果が暗い笑みを浮かべる。

 も、もしかして、


「こっちの未果も、撃たれたの?」

「……ええ、そうよ。ほんっとうに痛かったわ……。体から熱が無くなっていく感覚は、思いだすだけでもゾッとするわ」

「……それじゃあ、依桜は」

「もちろん、僕は怒った。殺したくなるくらいに、怒ったよ。というか、本当に殺そうかとさえ思ったくらいさ」

「……そうだよね。よりにもよって、未果だもんね」

「ああ。一番付き合いが長くて、大切な幼馴染を撃たれれば、キレるさ」


 やっぱり、同じ考え方。

 ボクだって、殺そうと思ったほどだったからね。


「なんか、私のことに関して、堂々と目の前で言われてるものだから、なんだか気恥ずかしいわね……」

「あ、ごめんね、未果」

「いいのよ。それであとは……体育祭とか、どんな感じだったのかしら? やっぱり、おかしな種目が?」

「うん。色々変なのはあったよ……。障害物競走に、スライムプールがあったり、射的が合ったりするし、なぜか、格闘大会があったり、おかしな二人三脚があったり。他にも、フルダイブ型VRゲームを用いたアスレチック鬼ごっこもあったよ」

「やっぱり、こっちの世界と変わらないな……。ほとんど同じ道を辿ってるってことか」


 晶がそう呟く。


 同じ道を辿っているのはたしかだけど、微妙に違いもあったりするんだね、並行世界と言っても。


 さっきの、福引の温泉旅行が一番いい例かもしれないね。

 だって、襲われてないみたいなんだもん。


 ……ということはこれ、ボクが襲われたようなことがあったことに対しては、こっちでは起きていない、って言う可能性があるよね……?


 う、うーん、どうなんだろう?


「そう言えば、桜君って、何か体質の変化とかあるの? こう、ちっちゃくなったりとか」

「うん。あるよ。小学四年生の姿になったり、小学一年生の状態に狼の耳と尻尾が生えたりとか、通常時に狼の耳と尻尾が生えた状態。あとは、身長が高くなって、大人状態になる時もあるよ」

「すげえな、依桜と全く同じ変化だ。ちょっと見てみたいな」

「わかるよ、態徒君! ロリな桜君に、ケモロリ桜君とか、すごく見てみたいよね!」

「……ねえ、桜。子の二人って、そっちの世界でもこんな感じ?」

「……うん。そんな感じ」

「変態は、どこの世界でも変態、ということか……」

「まあ、当たり前といえば当たり前だな。女委と態徒は、一生変態だしな―。僕が大人にになる前に、縁を切るか」


 晶の呟きに、依桜がそう言う。


「ちょっ、それは酷くね!?」

「そうだよ、依桜ちゃん! わたし、縁を切られるほど、また落ちぶれてるわけじゃないよ!」


 すると、二人は、慌てた(?)ように、猛抗議。


「……だったら、変なことを言うな。一応、桜は僕と同じなんだから。これ以上、変なことを言うな。じゃないと、本当に切るからな」

「「す、すみません……」」


 こっちのボク、なんか強いね……。

 ボクじゃ、こういう風に言えないよ。

 やっぱり、男勝りって言われるだけあるよね、依桜。


「ったく……それで、原因は当然――」

「……うん。師匠の適当な仕事が原因だよ……」

「だろうなぁ……。あれはさすがに、僕も叫ぶしかなかった」

「あー、あれだろ? わけわからねぇ文字で書かれた手紙の話」

「そう。今でも、あれはイラっと来る。それほどまでに、僕は怒ったよ。あの手紙。……まあ、怒ったところで、師匠に勝てるわけじゃないけど……」

「……そうだね。あの人、理不尽、だもんね」

「……ああ。できれば、今後は普通にしてもらいたいぞ……」


 絶対に叶わないと思うことを、ボクと依桜は二人そろって言っていた。



 この後、色々なことを話、気が付けば、昼休みが終わりになっていた。

 こっちのみんなは、ボクが知っているみんなとほとんど同じだったのは幸いだったよ。

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