第107話 借り物・借り人競争(未果の場合)
「おーい、勝ったぞー!」
瓦割りが終わり、態徒がこっちに向かってきた。
「あ、態徒おかえり!」
「おめでとう。まさか、あんなに行くとは思わなかったわ」
「へへっ、どうよ、見直したか?」
「そうだな。まさか、あそこまでやるとは思わなかった」
「だね! 態徒君、特訓でもしてたのかな?」
「おうよ! ……まあ、地獄だったが」
……この反応は……。
ちらりと、テントにいる師匠に視線を向けると。
「(にや)」
……あー。なるほど。理解したよ。
「態徒……大変だったね」
「……わかっちゃう? やっぱ」
「ん、どうしたの? なんで、依桜はそんなに微妙な顔をしてるの?」
「……態徒は多分……師匠に指導を受けてたんだと思うよ」
「え、本当か?」
「そうなの? 態徒君」
「ああ。……開会式が終わった後、ひたっすら瓦を割らされてたよ。それこそ、休憩もなしでな……へへっ」
「「「うわぁ……」」」
態徒の哀愁漂う笑顔に、未果、晶、女委の三人が、思わず引いていた。
ボクは……似たようなことをさせられてたので、理解があるからね。師匠って、本当に修業ペースがおかしいんだよ。
その辺りを、師匠基準で考えちゃってるから、凡人なボクたちには相当しんどいんだよ。
「まあ……まさか、寸勁を習得させられるとは思わなかったけどな……」
「何があったらそうなるのよ。と言うか、ミオ先生って向こうの世界出身よね? なんで使えるの?」
「見よう見まね、だそうだ」
「規格外だねぇ、ミオ先生は」
なんであの人、見よう見まねで技の習得ができるんだろう。
……これに関しては、本当にセンスとか才能の問題なんだろうなぁ。
師匠、本当に異常だし。何より……異質な気がするもん。
と言っても、悪人ってわけじゃないからね。そこまで心配するようなことはないと思う。
ただ、師匠がなんで分身体を作り出していたのかが気になる。
態徒の特訓のためなのはわかるんだけど、師匠の場合、分身体を作り出すとき、片付けないといけない問題が複数出た時にしか使わない。
今回、態徒は師匠の分身に特訓をさせられたって言っていた。
もし、態徒の特訓だけなら、分身体なんて必要がないと思う。
単純に、体育祭が見たかっただけ、って言う可能性も考えられるけど……。
でも、二人で済む問題だったら、師匠って一人でできるんだよね。
もしかして師匠、あと何体か分身体を作ってるんじゃないかな?
仮にそうだったとして、一体何のために使っているのかは分からないけど……。
『お知らせします。借り物・借り人競争の準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』
「おっと、またオレの出番だ。たしか、未果と女委も参加だったよな?」
「ええ、そうね」
「そだよ!」
「おっし、じゃあ行くか」
「がんばってね、三人とも」
「がんばれよ。と言っても、この競技は運要素が高いがな」
「おうよ。じゃ、行ってくるぜ!」
三人は競技に参加するべく、グラウンドに向かって行った。
「で、未果ちゃんたちは何レース目?」
「私は、二レース目よ」
「オレは、八レース目だ。女委はどうなんだ?」
「わたしは、五レース目だよ」
「見事にばらけたわね」
「だね。いやぁ、いいのがとれるといいねぇ」
ま、運要素が最も絡んでくる競技だしね。
個人的には、分かりやすいものがいいわね。
……この学園のことだから、何かおかしなものを用意してそうだけど。
何せ、パン食い競争では、常人じゃ思いつかないようなラインナップを用意するし、障害物競争では、明らかに悪意ある障害物しか用意してなかったものね。
あれらを見ると、絶対ろくでもないものが入っているに違いないわ。
『選手の皆さんが集まったようなので、ルール説明です! まず、この競技は七人一レースで、合計九レース行ってもらいます。スタートから50メートル先に、お題が書かれている紙が入った箱がありますので、その中から一枚取り出し、書かれていたアイテム、もしくは人物をゴールまで持ってくる、もしくは連れてきてください! 会場内にある物、人でしたら、何でも構いませんので、頑張って下さいね! それから、万が一、無理すぎるお題が出てしまった場合は、ゴール地点にいる先生に許可をもらえれば、再度引き直しが可能ですので、諦めずに最後まで頑張ってくださいね!』
今までの競技って、そこそこルールが細かかったけど、この競技は至って普通ね。
これが本来正しいのだけど。
……毒されているのかしら?
「では、一レース目に走る選手は、準備をしてください!」
……変なことにならなきゃいいけど。
一レース目は意外と普通に終了。
例を挙げるとすれば、『カメラ』、『眼鏡をかけた人』、『スマートフォン』など、本当にありきたりなものだった。
なんか、一安心した。
だって、ねえ?
これで変なものが出されようものなら、軽く諦めてたわよ。
仮に、引き直しができたとしても、簡単なものが出るとは限らないし。
「では、二レース目に走る選手は、準備をしてください!」
「じゃ、行ってくるわね」
「がんばってな!」
「一位だよ、未果ちゃん!」
「ええ、もちろんよ」
二人の応援の言葉をもらってから、私はスタート地点に立った。
見たところ、運動が得意そうな人はあまりいないみたいだ。
東軍・西軍共に、平均よりちょっと下、ってところかしらね。
だって、どう見ても、文芸部だもの。
……いや、人を見た目で判断しちゃいけないのだけどね。
まあ、あまり心配はいらない、わよね。
いいのを引こう。
「それでは、位置についてー。よーい……」
パァン!
最早、聞き飽きたスターターピストルが鳴り響くと同時に、箱めがけて走る。
見立て通り、私は余裕で先頭を走ることに成功。そのまま、箱がある場所まで到達し、紙を引く。
「これ!」
ごそごそとかき回すようにして、取り出した一枚の紙には、
『ブラのサイズがGの人』
……なんでやねん。
思わず関西弁がでてしまったけど、これは……アウトでしょ。
私だったからよかったものの……これ、セクハラよね? 男子が引いてたら、確実にセクハラだったわよね。
態徒辺りだったら、相当まずかったわよ、これ。
安心した私が馬鹿だったわ。
というか、ブラのサイズがGの人って……普通、なかなかいないわよ、そんなサイズの女性。
いたらいたで、相当目立ってるし。
というか、こんな人、この会場内にいるの? よほどの発育の良さがないと、Gには辿り着かないでしょ。
……あ、いや待って。そう言えば一人、いたわね。私の知り合いに。
「……仕方ないか」
頭に浮かんだ人物の下へ、私は走った。
「と言うわけで、依桜。ちょっと来てくれない?」
「うん、わかったよ」
「ありがとう!」
うん。なんか、なんの疑いのない反応をされると……すっごい申し訳ないわ。
だって、お題がこんなセクハラ的なやつなのよ? いくら、幼馴染とはいえ、なんか申し訳なくてね……。
かと言って、引き直しをしたところで、いいのが出るとは限らない。
それ以前に、許可が出るかどうかすら分からないから、ここは、依桜に頼むしかないのよね……。
はぁ……。
……そう言えば、女委は、Fって言ってたかしら?
変人って、巨乳が多いのかしら?
……いえ、その理論で行くと、依桜も変人ってことになるわね。態徒とか女委と同じ扱いはさすがに可哀そうだわ。圧倒的ピュアだし。
しかしまあ……
「どうかしたの?」
「いえ、何でもないわ」
ほんっと、でかいわね、この娘。
大食いの時に、勢いで食べたものが胸に行くんじゃないの? って言ったことがあったけど、あながち間違いじゃない気がしてきたわ。
脂肪って、胸にも付くからね。
そうだとするなら、蓄積していないように見せかけて、本当は異空間にでも蓄積してたのかしらね。……魔法がある時点で、意外とありそうね。それ。
そんな馬鹿なこと考えてないで、さっさと行かないと。
依桜を連れて、ゴール地点に向かうと、そこに選手の姿はなかった。
会場を見回せば、必死にお題をこなそうと探しているみたい。
……一体何が書かれているのか気になるけど。
とりあえず、トップでこれたのは大きいわ。
「お願いします」
ゴール地点にいる先生(女性)に、お題が書かれた紙を渡す。
「ちょっと待ってくださいね」
先生は、お題と依桜を交互に見て、にっこり笑顔で、
「大丈夫ですね。一応、データは教師側にありますので。合格です!」
「ありがとうございます」
お礼を言って、私は依桜と一緒にゴールテープを切った。
『ゴール! 二レース目、最初にゴールしましたのは、一年六組椎崎さんです! 椎崎さんは、午前の100メートル走に続き、トップでゴールしました! どうやら、椎崎さんがゴール地点まで一緒に来たのは、男女依桜さんのようです!』
そう言えば私って、100メートル走でも一位だったわね。
その時も、依桜の応援のおかげで勝てたけど。
……二つとも、依桜のおかげで一位が獲れているような……?
……依桜って、すごいわね。
「それで、お題にはなんて書いてあったの?」
「……」
依桜に、お題が何だったのかを聞かれ、私は無言で目を逸らした。
……言えないっ! さすがに、このお題は言えない!
だって、『ブラのサイズがGの人』なんて、頭のおかしいお題が書かれているんだもの! 見せられないし、言えないわ!
「あの……未果? ほんとに、何が書かれてたの……?」
「……お、幼馴染、よ」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとほんと」
「……あの、未果。すっごく目が泳いでるし、声も少し上ずってるよ? あと、冷や汗も。それから、未果って嘘を吐く時、右手の小指がわずかに立つんだけど、知ってた?」
「え、ほんと!?」
「うん。……それで、なんて書いてあったの?」
あの、この娘、鋭くない?
長年一緒にいるから、嘘を吐く時の癖を知っていても不思議じゃないけど、目と声、冷や汗とか、普通わかる?
私、冷や汗とかほとんど出てなかったような気がするんだけど。多分、額くらいにしか出てないわよ。
「ジトー……」
まずい。依桜がすっごいジト目を向けてきてる!
依桜のジト目って、なぜか精神に来るのよ! なんとなく、自白しないと! って言う気持ちになっちゃうのよ!
で、でも、ここで言ったら、十中八九、依桜が真っ赤になるわ! なら、言わないほうがいい……はず!
「……自白のツボを押すしかないのかな」
……今、ぽそっと小声でとんでもないこと言ってなかった?
自白のツボとか何とか……。
……依桜だから、それくらいで着て当然と思ってしまうのは、おかしいことなのかしら。
だって、普段から平気でツボ押ししてくるし。しかも、針。
でも、痛みは感じないのよね……。なんでかしら? 特殊な張りでも使ってるのかしらね。
「それで、未果。針で自白させられるのと、自分で話すの。どっちがいいかな?」
何その究極の選択。
針は……慣れてるとはいえ、意識がある時に喰らいたくないわ。なんとなく、痛そうなイメージあるし。
かと言って、自分で話すとなると……ものすごく、申し訳ない気持ち。
セクハラなのよね……。
これが、普通のお題だったならば、ここまで考えることもなかったというのに、やってくれたからね。
「……じゃあ、針を――」
「言うから、それだけはやめて!」
結局、自分で言うことにした。
だって! 針を構えてるのよ、この娘! ステンバイ! しちゃってるのよ! 手に針を持って、いつでも刺せるようにしてるのよ!
割と本気でサイコパスなんじゃないかって思い始めてきたわ、この娘。
「……ぶ、ブラのサイズがGの人……」
「…………ふぇ!?」
ボンッ! と、依桜が顔を真っ赤にした。
うん。知ってた。
「え、えとえと……ほ、ほんとに?」
「残念ながらね……。だから言いたくなかったのよ……。だって、依桜絶対恥ずかしがると思ったし」
「……あぅぅ、そうだったんだ……。ご、ごめんね、未果。ボクのためだったのに……」
「いいのよ。依桜のため、って言わなかった私も悪いし」
……一番悪いのは、このお題を考えた人だけど。
この学園、生徒も変人が多ければ、教師にも多いってことね。
「で、でも、なんでボク……?」
「だって依桜。前に、自分の胸の際がGって言ってたから」
「よ、よく覚えてたね……」
「そりゃあね。幼馴染だもの」
幼馴染の胸のサイズ覚えてるって、相当アレな気がするけど……まあ、気にしない。
「……まあ、そう言うわけだから、ありがとうね、依桜」
「未果のためだもん。これくらい問題ないよ。……お題はあれだったけど」
「ほんとごめん」
一位を獲れたのはいいけど、依桜に対して、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
……態徒と女委は大丈夫なのかしら。
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