第442話 王都がある意味地獄絵図

「「……うぼぁ」」


 ルエアラの町と、ムルフェの町の孤児院巡りを終えて、王都に戻ったボクたち。


 ボクと晶が最初に口に出したのは、そんな魂が抜けたような声だった。


「こ、これは……何と言うか……女委ちゃん、相当やらかしたね……」


 目の前の光景を見て、美羽さんも苦笑いを浮かべながら、目の前の状況をそう言葉にした。


 一体、何が行われているかと言うと……


「いらっしゃいいらっしゃーい! 異世界の書物『同人誌』はここで売ってるよー! お一人様、三部までね! 読む用、観賞用、保存用の三点だよー! あ、そこ、押しちゃダメ! 推すのは、作品のキャラだけだぞ!」


 王都を巻き込んだのか、それとも王族――王様が協力しちゃったのか、それかもしくは、王都にある書店系のお店が協力しちゃったのか……。


 いずれにせよ、これはちょっと……どういうこと?


「……依桜。俺の目がおかしくなったんじゃなければだが……目の前に見えるのは、俺を模したキャラ……だよな? いや、むしろ俺の目がおかしいと言ってくれ!」

「……晶。同じことをそっくりそのまま返すようだけど……目の前に見えるのって、ボクをモデルにしたキャラクターだよね? あの、ボクの目がおかしいと言って欲しいんだけど!」


 なんていう、悲痛な叫び(?)をしたら、


「あー、えーっと……二人とも、現実」


 美羽さんが言いづらそうにしながらも、しっかりと断言して来た。


「「畜生っ!」」


 ボクと晶はその場で四つん這いになると、地面に拳を叩きつけながらそう吐き捨てた。


 ボクが滅多に使わない言葉で表しているんだから、その気持ちの強さがわかると思います。それくらい、キツイ光景が目の前にあった。


「ねーさまねーさま、あれはなんなのじゃ? ねーさまっぽい人が描かれているのじゃけど……」

「……メル、あれは今は知らなくてもいい物なの。少なくとも、高校生くらいになるまで見ちゃダメです……。みんなもね……」

「「「「「「はーい(なのじゃ)」」」」」」


 こんな時でも、みんなは素直です。


 ……少なくとも、小学生の間に知るような物じゃないよね、これ。


 まあ、女委は小学生時代かだ同人誌を描いていたみたいんだけどね……。


「こちらの書物は、お一人様三点までなのですよ! 上限以上のお買い上げは不可ですので、しっかりルールはお守りください!」


 ……うわー、なんだろう。すごーく聞き覚えのある声だなー。


 これ、もしかしなくても、レノだよねー? どう聞いても、あの人だよねー?


 何してるんだろうなぁ……。


「依桜ちゃん、晶君、とりあえず、その……一旦向こうに行こう? さすがに、ここでその体勢は目立つし、何より邪魔になると思うの」

「……それもそうですね。晶、行こ」

「……そうだな。これは、文句の一つでも言わないとダメな気がする」


 四つん這い状態から立ち上がり、ボクと晶は若干暗い笑みを浮かべながら問題を起こしている元凶の所へと歩みを進める。


「お、依桜君たち! おっかえりぃ!」


 なんて、ボクたちが近づいてくるのが見えた瞬間、女委はハイテンションで声をかけて来た。


 なぜだろう。今の状況のせいか、すごくイラッとする。


「……お帰りなさい、みんな」

「……未果。どうして止めてくれなかったんだよ……」

「……私も止めようとしたわよ。でも、止められなかったのよ。何したと思う? 女委」


 とても疲れた表情で、晶の質問に対してそう切り返す未果。


 もう、声と表情でどれだけ疲れているかがわかるよ。


「あの娘『よっしゃあ! 昨日の戦果は上々! 今日は増版して、即売会するぜー! 新作も昨日完成させたし、これで異世界人のハートをがっちりキャッチ! ついでの、財布もがっちり!』って言いだしてね」

「「うわぁ……」」


 ボクと晶の口から、ドン引きするような声が漏れた。


 さらに、これだけでなく、


「しかも、この国のお姫様であるフェレノラさんまでもがね……加担しちゃったのよ」


 レノまで加担しちゃったそう。


「「……えぇぇぇ」」


 これには、二人して戸惑うほかない。


 さらにさらに追い打ちを書けるように、未果が口を開く。


「あの二人、こんなやり取りがあったのよ」


 と、未果が説明するにはこんなやり取りがあったそう。


『はっ! こ、これはお姉様を模した絵! なんて素晴らしいのでしょうかっ!』

『お、フェレノラ様はおわかりで?』

『はいっ! なんという素晴らしい絵画なのでしょうか! 女委さん……いえ、女委様! これは一体、何なのでしょうか!?』

『ふっ、これは同人誌って奴だぜ、フェレノラ様』

『ど、同人誌……! 何でしょう、この心に突き刺さるような、素敵ワードは!』

『これは、自由の権化! その人の妄想や劣情をぶつけることで生み出される至高の品さ! 中には、こんなものまで!』

『はわわわわっ! な、何と言うことでしょう……! この世界に、このような素晴らしい物があっただなんて……! はぁぁぁ、お姉様が(ピーー)で(ブォン!)で、(ドゴォォン!)なことに! ど、どうしましょう! ページを捲る手が止まりませんっ!』

『どうよどうよ! わたしが創り上げた同人誌は!』

『す、素晴らしいのです! これさえあれば、戦争なんてこの世から無くなるのではないかと思わんばかりに、素晴らしいのです! 是非、これを広めなくてはっ……!』

『その言葉を待ってたぜ……フェレノラ様、いっそこれを大々的に販売したく思うのですが! いかがでしょう?』

『それは素晴らしいのです! 是非是非、すぐにでも販売しましょう! それから、もうこの際、敬称はいりません! お好きにお呼び下さって結構ですので!』

『ほう! では、レノっちと』

『ありがとうございます! では、私はお師匠様と呼ばせていただくことに致します!』

『ふっ、この道は険しいぜ?』

『覚悟の上です!』

『よっしゃあ! 燃えて来たぜー! 早速、大量増版だー!』

『はい! お師匠様!』

「――ということがあったわ」

「「…………あ、ハイ」」


 どうしよう、全く持って理解が及ばない領域なんだけど……。


 というか……女委は何してるの!? 一国の王女様を、おかしな道に引き摺り込んでない!? ボク、王様に責任とか取れないからね!?


 あと、意味はわからないけど、言葉からして明らかに使いどころを間違っているような物もあるし、なんだったら同人誌に対する女委の考え方が酷すぎるよ!


 というより、なんでレノも染まっちゃってるの!? そっち側に!


 あと、同人誌じゃ戦争はなくならないから! 広めてもそこまでプラスな効果は見込めないと思うから!


 それから、女委をお師匠様って言うのは、色々と間違っているからやめた方がいいと思います! ボクは!


「あぁぁぁぁ……もう、疲れたよぉぉ……」


 なんで、もうすでにこんなに疲れているんだろう、ボク……。


 酷すぎる……。


 異世界旅行に来たはずなのに、どういうわけか女委の布教活動になってるし……。


 これ、大丈夫なの? こっちの文化とか壊さない?


「お、そちらのお姉さん、こいつはどうだい! 明人君の明人君と大智君の大智君の濃厚な絡みが見れる同人誌だよ!」

『はわっ! ど、どうしましょう! 背徳的なことが描かれているのに、どうしてか引き付けられる……! す、すみません、三部ください!』

「まいど!」


 そんなやり取りが聞こえてきた。


 すると、


「オロロロロロロロ……!」

「あ、晶―――――――――!」


 晶が吐いた。


 そして、その少し先では、


「オロロロロロロロ……!」


 態徒も吐いていた。


「あぁ! 晶と態徒が限界点を超えたわ! 依桜、これ以上はまずいから、早く二人を……二人の意識を飛ばしてあげてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ! さすがに、爽やか系金髪イケメンの晶が周囲に見せていい状況じゃないからっ!」


 さすがの事態に、未果が本気の叫びを見せた。


「う、うん! はぁっ!」


 さすがの事態に、ボクは未果の願いをすぐに叶えることに。


 ボク自身も、こんな晶は見ていられないよ!


「「かはっ……」」


 どさり、と二人は倒れ込んだ。


 態徒はちょっと距離があったけど、無事に刺さって何より。


 ……幸い、吐瀉物に突っ込まないで逸れました。


「うわー、地獄絵図だねー」


 その裏では、美羽さんがこの光景に苦笑いを見せながら、困ったようにそう言っていた。


 ……ボクも、これは酷いと思います。



「「……あ、あのー……」」

「なんですか?」

「「ひっ、な、何でもありませぇん……」」


 しばらくし、即売会もどきが終わった後、ボクは女委とレノの二人を正座させていました。


 二人が何かを言おうとしたけど、すぐに封殺。


 肩をビクッと振るわせた後、俯いた。


「今回、あなたたちは何をしましたか? 特に、女委の方」

「い、いやー、にゃはっはっはー……な、なんでしょうね――」


 ビュンッ! ストォォン!


 ふざけようとした女委の顔から数ミリずれた位置に針を投擲。その背後の地面に突き刺さった。


「す、すんません、マジ針は勘弁!」

「……」


 すると、青ざめた表情で女委が謝る。


 ボクは、無言で笑顔を浮かべながら女委に続きを促すよう、目で伝える。


「わ、わたしとしましては、同人誌が世界の壁を超えてつ、通用するのかなー……とか、こっちでも受けはいいのかなー……とか、面白いのかなー……とかおもっちゃったりしちゃったわけでー……」

「……それ、全部同じ意味だよね?」

「う、うっす! 同じであります!」

「……それで、本音は?」

「異世界にマンガやラノベの文化を広めのも一興かと思いました! 正直、すっごい楽しいっす! 反省も後悔もしてません!」

「…………そう。そうなんだぁ……。……じゃーあ、女委の処罰はとりあえず、後にするとしてぇ……次、レノね?」


 にっこりと微笑みながらレノに視線を向ける。


 すると、レノが途端にビクッと肩を震わせ視線を右往左往させ始めた。


「なんで、女委に加担しちゃったのかな~?」

「お、お師匠様の描いた絵が、す、素晴らしかったので……その、つい一目たくなってしまったと言いますか……あのような素晴らしいものが世に出ないのは間違っていると言いますか……も、もったいないと思ったわけです……」

「そっかそっかーぁ」


 レノの言い分を聞いて、ボクの笑顔はさらににっこりしだす。


 なるほどねぇ……この二人は、色々な意味で混ぜるな危険、もしくは会わせるな危険、だったんだねぇ……。納得だよぉ。


「まぁ、レノは情状酌量の余地があるからいいとして……」

「ほっ……」

「女委はきっつ~~~~い! 罰を受けてもらわないとねぇ?」

「ば、罰は確定なのでありますか!?」

「確定であります」

「そ、そんなっ! い、一体どんな罰が!?」

「ん~~、そうだねぇ……とりあえず、明日から旅行終了まで撮影禁止です」

「え」

「それから……今日一日だけ、女委は一人部屋で寝てもらいます」

「えっ」

「そして最後に……さっきの即売で得たお金の八割と、魔族の国に寄付すること」

「そ、そんな、殺生な!?」


 許してほしいと言わんばかりの表情を女委は浮かべるけど、


「何を言っているの? これでも最大限譲歩しています」


 にこっとしながらそう言い返すボク。


 本当に、ボクとしてはかなり譲歩しているんだけどね、今回の罰には。


「……ち、ちなみに、本来なら、どんなことを……?」

「んー……旅行中、下ネタ禁止、同人誌描くの禁止、旅行終了まで一人部屋、魔族の国に行ったら最後までメイドのお仕事、そして……」

「そ、そして?」

「今回の旅行中で得た魔道具の没収、及び撮影した写真や動画類の全削除♥」

「よ、よかったっ……依桜君が最大限譲歩してくれて、よかったッッッ……!」


 ボクの本気の罰の内容を聞いて、女委は心の底から安堵していた。


「ボクも鬼じゃないからね。これで許します」

「……それでも厳しいような気がす――」

「あー、どうしよっかなー。罰、増やしちゃおうかなー」

「謹んで罰を受けさせていただきます!」


 脅すような感じで言うと、女委は手のひらを返したように一転して、土下座しながらそう宣言した。


「よろしい。それから、レノは情状酌量の余地があるということで――」

「はいっ」

「今回に限り、無罪とします」

「あ、ありがとうございます! お姉様!」

「今後は、許可なしで、ぜっっっっっっっっっっっっっっったいに!! しないでね?」

「肝に銘じます!」

「よろしい」


 レノはしっかりと言うことが聞けるから偉いね。


 それに比べて、女委は何と言うか……色々と残念。


 向こうの世界だけでなく、こっちの世界でも何かをやらかすんだもん。


 今回はそこまでで被害が大きくなかったからいいものの……。


「まったく、後で晶と態徒に謝るんだよ? 女委」

「うっす、絶対に謝るっす」

「なんで体育会系なノリなの?」

「なんとなく」

「……はぁ。まったくもう……」


 なんか、色々と疲れた……。


 まさか、こんなことになっているとは思わなかったよ……。


 出回っちゃった分は仕方ないけど、同人誌が広まったらどうするんだろう、これ。


 別段悪いとは言わないけど、文化とか壊れない? すごく心配だよ、ボク。


「……ともあれ、旅行を再開させようか。王都に滞在するのは今日が最後だからね」

「「「「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」」」」


 あ、晶と態徒起こさないと。


「……イオも大変だな」

「……依桜ちゃんですからね!」



 この後、ボクたちは王都観光を時間ギリギリまで楽しみました。

 最初こそ波乱があったけど、何とか無事に三日目を終えられてよかったです。



 その後、女委の同人誌はおかしな広まり方をした結果、この世界で後に生まれる同人誌のほとんどは、百合か薔薇だったという……。

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