第114話 美天杯3

 割と本気で困っているボク。


「あ、あのー……これって、予選、なんですよね?」


 さすがに、無言と言うのもあれだったので、確認の意を込めて尋ねる。


『は、話しかけられた!』

『よっしゃ! これで、明日も頑張れる!』

『声も美しい……』

『依桜お姉様に話しかけれたっ! う、嬉しい! もう死んでもいい!』

『や、やばい。この声だけで死ねる……』


 ……どうしよう。まともな思考回路の人がいない。


 ボク、これが予選であるかどうかを尋ねたのに、それに対する回答がなかったんだけど。どちらかと言えば、感想を言われたんだけど。


 それから、ボクに話しかけられたくらいで、なんでこんなにテンションが高くなってるの? 普通に話しかけただけだよ? 銀髪碧眼、それから身体能力と魔法を除いたら、どこにでもいる普通の高校生だよ?


 なんで、国民的アイドルに話しかけられたファン、みたいな反応になってるの?


 この学園の生徒って、本当によくわからない……。


「こ、困った……」


 と、ポツリと呟くと、


『ど、どうしたのでしょうか!?』

『何かお困りごとですか!?』

『な、何なりとお申し付けください!』


 と、目の色を変えて言われた。


 いや、あの……どういうこと?


 なんというか、反応が主に接する使用人の人、みたいになってるんだけど。ボク、同い年か、年下なんだけど……これ、どういうこと?


『それで、どうしましたか?』


 う、まっすぐに言われると、その……反応しないのも申し訳ない。


 なら、ちょっと言うだけ言ってみよう、かな?


「え、えっと……このままだと、予選が進まないなー、なんて……」


 困り笑いをしながらそう言うと、


『わかりました! 自滅すればいいんですね!?』

「え!? そ、そう言う意味じゃ――」

『よーし、自爆しろとの仰せだ! いいな?』

『『『『おー!』』』』

「あ、あの……」

『それでは、本戦頑張ってくださいね!』

『失礼します!』

『応援してますっ!』

『優勝してくださいね!』

『絶対できます!』


 一人が、ビシッと敬礼したと思ったら、進んで場外に降りて行ってしまった。

 そして、それに追随するかのように、他の四人も自分から場外に行ってしまった。


『男女依桜さん以外の五人、全員場外! しかも、誰かに落とされたりするのではなく、自分から敗退を選びました――――! これにより、男女依桜さんは本戦出場です! 戦わずして勝つ! すばらしい! 平和です! ものすごく平和的勝利です! やはり、女神様こと、男女依桜さんを攻撃するのは抵抗があるということでしょうか! ともあれ、本戦出場、おめでとうございます!』


 ……予選通過してしまいました。



「お疲れー……で、いいのか?」

「う、う~ん、ボク何もしてないんだけど……」


 予選が終わり、しばしの休憩となった。


 舞台を降りて、一人休憩していると、態徒が労いの言葉をかけてきた。


 と言っても、ボク自身は全然疲れる様なことをしていないので、お疲れと言われても、反応に困るだけ。

 なので、曖昧な返しになってしまった。


「依桜なら何もしなくても勝てる、って未果とかに言われてたけど……マジだったな」

「あ、あははは……ボクも、結構困惑してるよ」


 苦笑いの態徒に、ボクはそう言い返す。


 だって、本当に困惑するんだもん、あれ。


 予選頑張らないと、と思っていたら、肩透かしを喰らった気分だったよ。


 しっかりと、力加減をしないと、バラバラ死体が五つほど出来上がってしまうから、かなり集中していたのに……さっきのあの反応だよ。


 てっきり、態徒の試合の時見たく、攻撃してくるのかなと思っていたら、なぜか本物のアイドルを前にしたような反応になっちゃうし……ボクが困っていたら、みんな場外に行っちゃうしで、すごく微妙な気持ちになっちゃったよ。


「けどまあ、無事に予選通過できてよかったんじゃねーの?」

「そうなんだけど……なんだかね」

「依桜は真面目だなぁ。オレなんて、もし依桜みたいな立場だったら、すっげえ喜ぶぜ? 楽できた! ってな」

「ボクはそこまで楽観視できないよ。態徒みたいに、ポジティブにとれるわけじゃないんだから」

「んまあ、依桜はどっちかと言えば、ネガティブだもんなぁ」

「少なくとも、ポジティブではない、かな」


 かと言って、ネガティブかどうかと言われれば、ちょっと微妙。


 異世界に行く前とかは、割とポジティブだったかもしれないけど、異世界に行ってからは、ネガティブな思考をすることも増えた。


 でも、それが多いというわけではない。


 時と場合による、かな。


 不安な時とかは、無理矢理ポジティブに持っていくことが、異世界へ行く前のボクだったけど、今は、不安な時ほどちょっと後ろ向きになる。


 臆病、なのかな、ボクは。


「でもよ、何度も死に目に遭ってるんだから、ポジティブなのかと思ってたんだが」


 ボクがポジティブではないと言うと、態徒は意外そうにした。


「むしろ逆、かな」

「逆?」

「うん。ちょっとしたミスで死に直結するから、いかなる時も慎重に行かないと! ってなるんだよ。だから、ああでもない、こうでもない、って悩みながら、色々な対策を模索するんだよ。その模索する中に、いいものがあって、それを実行に移そうと思っても、失敗したらどうしよう? 本当に成功するのかな? って、不安になっちゃうんだよ」

「そんなもんか」

「うん」


 やっぱり、死ぬのは怖いからね。


 仕事で失敗をする分には構わないかもしれない。だけど、死ぬかもしれない、っていう状況だと、常に死と隣り合わせだから、ネガティブになっちゃうんだよね。


 修業時代とか、討伐時代とかも、そう言う場面が多かったよ。


「年を取ると、慎重になんのかねぇ?」

「どうなんだろうね。保身に走っちゃう、って言うのはあるかも」


 自分が生き残るためにはどうすれば、って。


 いじめられている人を見て、自分もいじめられたくないから見てみぬふり、って言う子供は割と多いけど、ボク的には大人の方が多いんじゃないかなって思う。


 例えば、県の偉い人の子供が学校に通っていて、その子供が誰かをいじめていた際。先生のほうは、その偉い人から職を奪われるのが怖くて、見て見ぬふりをする、ということがある。


 実際、現実にあるのかどうかは分からないけど、今のような事例は多いんじゃないかな。


 結局のところ、大体の人は、自分が一番大切に思うもの。


 むしろ、誰かのために命を張れる人は、滅多にいないと思うよ。


「そうかぁ。……まあでも、体力の温存はできたし、よかったじゃね? まあ、これくらいの運動じゃ、全然疲れなさそうだけどな、依桜は」

「そうだね。今だと……300メートルを一周走ったくらい、かな?」

「それだけかよ……。やっぱ、体力は化け物だな」

「化け物は酷いよぉ。……まあ、否定できないんだけど」

「できねえんだ」

「まあね。だって、この世界だと、ボクは結構異質だからね。まあ、向こうでも異質だと思うけど。でも、一番異質なのは、やっぱり、師匠だよ」

「あー。ミオ先生、ぶっとんでるもんなぁ」

「……うん。今日のボクの運動量を師匠がこなしたとして……50メートルをすごく手を抜いて走った程度にしか疲れないと思うよ」

「化け物すぎんだろ」


 うん。ボクもそう思うよ。


 師匠は、人間をやめてるし。本当の意味で。


 そもそも、神様的な存在らしいので、化け物呼ばわりされても、正直なところ仕方ないんじゃないかなぁって。


 だって、そうなった原因が、お酒が飲みたかったから、っていう理由だったし。


 すごいよね。お酒とお金のためなら、神様だって殺せちゃうんだよ? 敵だから、というより、お金になるから、って言うのが師匠が世界を救った理由だと思う。


 そこまで酷い理由は聞いたこともないけど。


「つーか、三時間以上も瓦を割り続けさせられてからなぁ……」

 態徒が遠い目をしながら、そんなことを言ってきた。

「態徒の口ぶりで察してはいたけど……なかなかにハードだったんだね、態徒」

「まあな……。お腹すいたって言ったらよ、我慢しろ、って言われるんだぞ? 昼だって言うのに」

「師匠はそう言う人だから、しょうがないよ」


 ボクだって、修業時代は、狩りで獲物を獲ってくるまでご飯抜き、なんてことを何度もやらされてたもん。


 最初の頃なんて、全然捕まえられなくて、二日間くらい食事なかったし。


 あそこまで理不尽人を、ボクはほかに見たことがない。


「やっぱ、何度もそのしごきを受けてる依桜はすげえや。オレなんてよ、その特訓だけで死にそうだったんだぜ? なんか、それ以上に酷い目に遭ってる依桜を思うと、マジで申し訳ねえ」

「いいよいいよ。もう過ぎたことだし」


 それに、今さら言っても遅いもん。


 師匠に文句を言おうものなら、修業メニューがさらに追加されるか、一方的に叩きのめされて終わりだもん。


 実際、師匠にいちゃもんをつけて、一方的にやられた人とか、かなりいたし……。


 ……たまに、ギャンブルで負けた腹いせに、って言う理由で、オーバーキルレベルの攻撃を入れてた時もあったりしたけどね。


 本当に理不尽だからね、あの人。


 ……考えてみれば、よくやり遂げられたよなぁ、ボク。


 何度も死んではいたけど、師匠が蘇生してくれてた。


 でも、それはそれとして、何度も何度も死ぬって言うのは、本当にきついものがあったよ。


 少しだけ、記憶が抜け落ちるからね。一応、戻るけど。


 それ以外にデメリットはなかった……ような気はするけど、あったような気もしている。

 う~ん……まあ、思い出せないならしょうがないよね。うん。


「にしても、割と早く終わったな、予選」

「たしかにそうだね。態徒みたいに、何らかの有段者や、武術系の運動部の人とかがそれなりに多かったからね。当然じゃないかな」


 ちなみに、一番催促だったのは、佐々木君です。ボクは二番目くらいかな。


 佐々木君は、こっちの世界基準で言えば、強そうだった。

 態徒でも、勝てるかどうか、みたいなレベル。

 でも、態徒もかなり強かったけどね。


 ……なんで、変態って強い人が多いんだろう?


 学園長先生だって、気配とかが全く読めない動きをした時もあったし……この学園に在籍している変態な人って、強い人が多いのかなぁ。


「かもな」

『えー、休憩時間は終了です! これより、本戦に出場する選手には、ルール説明の時にも言った通り、くじを引いてもらいますので、どんどん引いてください!』


 ここで、休憩終了のアナウンスが入り、くじを引くようにという指示が入った。


「じゃあ、行こう」

「おうよ。当たらなきゃいいな」

「だね」


 そんなことを言いあいながら、ボクたちはくじを引きに行った。

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