第113話 美天杯2

『それでは、美天杯予選……開始です!』

『死ねや、おらぁぁあ!』

『ぶち殺す!』

『変態は敵ィィィィ!』

『いつもいつも、女神様の近くにいやがって! 許さん!』

『変態ハコロス……変態ハコロス……変態ハコロス!』

「うおあ!? お、お前らにためらいという物はねえのか!」

『『『『『ねえ!』』』』』


 くっ、なんだこの試合!


 オレは今、絶賛予選の試合真っ最中だった。


 開始の合図が出るとともに、オレ以外の五人が一斉に襲い掛かってきた。


 一人は右ストレート。一人は竹刀、一人は鞭。一人は裏回し蹴り。一人はグローブと、なかなか酷かった。


 しかも、絶妙に嫌なタイミングで攻撃してくるんだよ、こいつら!


 例えば、右ストレートを横に跳んで回避すると、示し合わせたかのように鞭が横薙ぎに襲い掛かってくる。それをイナバウアーのように回避すると、今度はグローブを持った奴が上から拳を叩きつけようとする。さらにそれを後方倒立回転で回避すると、裏回し蹴りが飛んでくる。蹴り出しが見えた瞬間、すぐに後転に切り替えて、寸でのところで回避。


 こ、こいつら打合せしたんじゃないだろうな!? そうとしか思えねえ連携してるんだが!


『チッ、外したか』

『次はどういう連携にする?』

『……やはりここは、水月を抉るか?』

『いやしかし、紛いなりにも武術の有段者だぞ? さすがにムズいぞ』

『……ここはやはり、捨て身で行くしか……』


 ……やべえよ。あいつら、完全にオレを殺しに来てるじゃねえか。


 と言うか、やっぱ打ち合わせしてんじゃん!


 いや、たしかに共闘はダメとは言っていないが、さすがに武器を使ってくる相手に、丸腰じゃしんどいぞ!?


 ……かと言って、オレは武器はからっきしだからな……くそ。


 結託してるやつらを倒すってのは、マジで難しいんだよな……。


 なにせ、自分の欠点を、他の奴らがカバーするから。

 さっきみたいに、まあ見事な連携をされると、こちらとしても少ししんどい。

 ……まあ、依桜が出てる以上、オレは別に勝たなくてもいいんだが……


「態徒―! 頑張ってー!」


 応援されちゃってんだよなぁ……。


 それに伴って、周囲からの怨嗟の死線がやべえしよ……。


 つか、もう終わったのか? 依桜のグループ。……一体何があった。


 そもそもよ、オレは出る気なかったんだぜ? 未果が強制的に出場させたせいで、出てるわけだし……。


 何かと、オレって不運じゃね? いつもいつも、嫌な役どころだしよ?


 ……まあ、なんだかんだでオレが悪いような気がしないでもないが。


 それにしても……オレ、これどうやって勝ちゃいいんだ?


 いやまあ、別に勝てないわけじゃないが……オレ、ハンデがあるしな……。


 例によって、オレにはハンデが設けられていた。


 と言っても、そこまで重いハンデじゃない。


 今回、オレが参加しているBグループには、オレ以外にも武術経験者、それか、有段者の奴が四人いた。


 一人だけ、経験者でも、有段者でもない奴がいたが、確実に喧嘩慣れしてる奴だったな。実際、武器を持たず、素手でやってたしよ。


 技と呼べるような攻撃ではなかったが、重い一撃だった。


 腕力でどうにかしているように感じたな、オレは。


 まあ、当たらなきゃいいわけだが……面倒なんだよなぁ。実際、一撃一撃が重いから、ガードするのは地味にきついし。


 それで、オレに設けられたハンデって言うのは……まあ、攻撃できるのは、片腕と片脚のみってだけだ。

 要は、攻撃する際、二部位のみでしか攻撃ができないってわけだ。


 なかなかに面倒なハンデだが……勝てないレベルじゃない。


 ……ただ、めんどくさいだけで。


『……よし、それで行こう。行くぞ!』

『『『『おお!』』』』


 話し合いは終わったみたいだ。


 どうやら、また連携で行くみたいだな。


 鞭使い(女子)がいるのが、ネックだな……。別に、女子だから攻撃できねぇ! ってわけじゃないが、気が進まないんだよな……。


 依桜の時は、元々男だったから、ってのもあったが。

 ……まあ、全然勝てなかったけどな!


 っと、そんなことはどうでもいい。


 ふ~む……あれは、鞭使いが仕掛けてきそうだな。


 なら、使う手段はあれだろ。


『落とすッ!』


 ヒュンッ! という音共に、鞭が真っ直ぐ飛んできて、オレの腕に巻き付いた。

 まあ、だよな。うん。


 ……これ、意外と悪手なんだよなぁ。


「ふんっ!」

『え、ちょっ! いやぁ!』


 オレは巻き付かれたたほうの腕を勢いよく引っ張り、鞭使いがオレの真横を通り過ぎる瞬間に、背中に痛みも衝撃もほとんどない蹴りを入れた。押し出し程度で繰り出した蹴りは、オレの思惑通りに押し出し、


『あ、やばっ――!』


 ドサッ! と、音を立てて、場外に落下していった。


『鳶巻さん、場外! アウトです!』


 よっし、まずは一人!


『くそっ! 鳶巻がやられた!』

『こ、こうなったら……一斉に飛び掛かれ! 連携をしている余裕などない!』

『『おう!』』


 なんだ、連携と言うアドバンテージを捨てて、捨て身で来るってのか。


 いいのか、それ?


 オレ、バラバラな攻撃だったら捌けちゃうぜ? いや、自惚れではなく。


『死ねぇ!』


 ド直球すぎるセリフを言い放つのは、大柄な素手の男だ。

 太い腕から繰り出されるストレートは、当たれば痛いだろうが、当たらなきゃいいからな! はっはっは! こういうのは、


「よっ!」

『ぬあっ、し、しまったッ――!』


 馬鹿正直に来たので、しゃがみからの足払いをかけて、そのまま転ばせる。


 ちなみに、オレは舞台の端の方にいるので、意外と場外に落としやすい位置にいる。

 なので、ドスン! という、地鳴りのような音を立てながら、大柄な男は気絶した。


 やべ。結構いい感じに入っちまったな……ま、大丈夫だろ。


『鳶巻さんに続き、石田君も場外! アウトです! 変態なのに強い! 変態なのに!』


 なんで今、変態って二回行ったんだ放送!

 いや、もう今更だけどよ!


『隙あり!』


 放送に気をとられた一瞬の隙をついて、竹刀を持った長身の男が上段切りを繰り出してきた。


 バシンッ!


「くっ……!」


 さすがに回避が間に合わず、腕をクロスしてガードすることになってしまった。

 いってぇ……!

 やっぱ、竹刀はいてえよ。なんつーか、痛みが内部に来るって言うより、皮膚に来るぜ。

 つか、こいつ絶対剣道部だろ。

 結構見事な上段切りだったんだが……。


『どうだ、俺の攻撃は痛いだろ!』

「確かに痛いが……ミオ先生の修業に比べたら、全然痛かねーよ!」


 受け止めた竹刀をはじき、隙だらけの鳩尾にミオ先生直伝の発勁を叩き込んだ。


『ぐはっ――!』


 短い呼気を出した直後、長身の男は白目を剥いて気絶した。


『――九、十! 十秒経過です! 権藤君、ダウンにより、アウトです!』


 これで、三人! あと二人!


『おらぁ!』

「っと! あ、あぶねぇ! いきなり何すんだこの野郎!」


 背後から回し蹴りが襲い掛かってきたので、それを何とか飛び込み前転で回避。

 意外と、体育のマット運動って回避に役立つのな!


『チッ! 首を刎ねたと思ったんだが……外したか』

「いやいやいや! 普通蹴りじゃ首は刎ねられねえよ!?」


 んなことができんのは、依桜とミオ先生くらいだろ!

 依桜ができるかは知らんが!


『よそ見するんじゃねえぞ!』

「うおっと!? このやろっ、お返しだ!」

『な、なに――!? ぐっ……お、起き上がれねぇ……』


 手刀で顎を打つと、奇襲をかけてきた別の男はその場に倒れた。


 マジか。意識を刈り取ったと思ったんだが……無理だったか。


 まあ、脳震盪を起こしてるから、別に問題はないけどな!


『十秒経過! 伊崎君、ダウンにより、アウトです!』


 よしよし。順調に倒せてるな。

 これで、残るはあと一人。


『全員やられたか……だが、俺一人だけでも、俺は勝つぞ! 死ねぃ!』


 さっきから、死ね、しか言わないんだが……語彙力、大丈夫か?


 そんな、語彙力がちょっと心配な回し蹴り男は、まっすぐに俺に突っ込んできて……


『うおっ!? こ、こんなところに、権藤の死体がッ――! し、しまっ――!』


 ドスン! 回し蹴り男は場外に落ちた。


『おーっと! 間抜君、不注意により場外! アウトです!』


 ……間抜け過ぎない?


 オレ、今応戦しようと、身構えてたんだけどよ……なんか、一人で構えてるだけの悲しい奴みたいになってるんだが。


『えー、Bグループの舞台に残っているのは、変之態徒君のみ! よって、Bグループ、予選通過者は、一年六組変之態徒君です!』


 なんとか無事、オレは予選を通過することができた。

 ……いや、マジでよかったぜ。だって、他の奴ら怖かったんだもんよ。

 ほんと、何考えてんのかわからんよ。



 ちょっと時間は戻って、Gグループ。


「え、えーっと……これは一体……」


 ボクは今、とっても困っていた。

 予選が始まり、ボクも闘わないと、と思っていたんだけど……


『や、やべえ、眩しすぎるぅ……!』

『しゃ、写真で見るのと、全然ちげぇ……』

『う、美しい……』

『依桜お姉様……素敵ぃ……』

『ど、どうすりゃいいんだ……』


 こんな感じで、誰も攻撃してこなかった。


 なにこれ? ボク、困惑してただ立ってるだけなんだけど……。


 眩しいって言うけど……もしかして、ボクの髪の毛が反射して眩しい、とか?

 ……銀髪だもんね。意外と反射してそう。


 ……あと、お姉様呼びされてるのはなんで? 実年齢は十九歳とは言え、こっちの世界では十六歳なんだけど……。


 同い年の人を、お姉様呼びするのっておかしいような……? そもそも、女神様呼びされていること自体も、かなりおかしいと思うけど。


 世間から見たら、ボクって一般人だよ? どこにでもいる……ってわけじゃないけど。


 でも、一応は普通(とは言い難い)の学園に通っている、普通の高校一年生なはず。


 なのに、女神様とか、お姉様とか……ボクの周囲っておかしくない?


 向こうの世界でも、レノにお姉様って呼ばれているし……。ボクって、そんなに年上に見えるのかなぁ……。


 やっぱり、誤魔化せないのかなぁ、その辺りは。


 それにしても……お姉様呼びって、結構むずがゆく感じる。

 呼ばれ慣れてないから、かな? ボクのことを正面切ってお姉様って呼ぶのは、レノくらいだと思う。


 こっちに来て、正直初めて呼ばれたかもしれないね。


 ……裏で呼ばれてる、って言う可能性は否定できないけど。

 うん。そろそろ現実逃避はやめよう。


 ……今、目の前で起きているこの現状。ボクは、どうすればいいのか、ただただ困惑した。

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