第380話 職業体験初日

 週初め。


 今日から一週間、高等部二年生は職業体験に赴きます。


 先週の月曜日出した希望を基に、それぞれの希望に沿った場所を学園側が決めて、生徒たちはそこに向かう、というもの。


 なるべく、全生徒が第一希望になるよう努力はする、と戸隠先生が言っていたけど、まあ、当然人気の職業なんかは希望が殺到するので、あぶれてしまう場合もある。


 そのための第二希望と第三希望なんだけどね。


 一番人気委がないのは、ガソリンスタンドだったかな?

 理由は、退屈そうだから、というもの。

 それはどうなんだろう?


 反対に、一番人気があったのは幼稚園とか教師だったかな? その次くらいにゲームセンターが来ていたと思う。


 ボクたち五人は、全員第一希望の場所になりました。


 なのでボクは、小学校の先生ということに。


 あ、小学校の先生と言っても、叡董学園の初等部に行く、なんてことはないからね。


 学園長先生曰く、


『日常生活で普段来ている学園に、職業体験として行くのって、嫌じゃない? それに、つまらないし、代わり映えしないと思ったから、なしにしました』


 だそうです。


 そもそもの話、初等部と中等部ができたのが今年だから、例年通りだと思うんだけどね。


 ボクが職業体験として赴くのは、美天駅から三つ隣の駅なので、美天市の三つ隣に位置する街です。


 名前は『童市』。

 なかなかに特徴的な街名でちょっと面白い。


 三つ隣の駅と言っても、そこまで時間がかからないしね。


 電車で十分ちょっとなので、そこまで遠いわけじゃないし、家を引っ越したことで、駅から近いしね、今の家は。


 あとは、普段から早起きしてみんなの分のお弁当とか、朝ご飯を作ったりしているから大して早起きも辛くないし、何だったら電車なんて使わなくても走っていた方が早かったりするので、結果的に遅刻の心配もないしね。


 その辺りは、鍛えてよかった、と言ったところかな。


 そんなこんなで、童市にある『市立童小学校』へ。


 三つ隣の街ということで、道中色んな人に見られた。


 まあ、銀髪碧眼の人なんて、日本だとまず見ないもんね。ロシアとか、北欧の人じゃない限り、銀髪碧眼なんていないもん。


 たまーに金髪の人がいるかなーくらいだもんね、日本。


 あとは、単純にボクがこの辺りだとあまり見かけない制服を着ていたから、というのもあるかもしれない。


 叡董学園って、それなりに有名な私立校だから、割と全国から来ていたりします。


 あまりにも遠い人は、一人暮らしだけどね。


 さらに言えば、今年から初等部と中等部の新設の影響で、高等部の生徒も学生寮が出来たので、家賃より安い寮費(光熱費含む)を払えばそこに住めます。


 しかも、生活に必要な家電製品などはもともと備え付けられているので、新しく買う必要もないので、学園の寮に引っ越せば、今まで使用していた家電のほとんどがいらなくなるうえに、そこに備え付けられている家電製品って、無駄に新しいものだから、余計に前使っていた物がいらなくなる場合が多いんだよね。


 そう考えると、あの学園ってなかなかにおかしいなと思います。

 本当に、財力がおかしいし、生徒には全力だよね。

 そこは……まあ、学園長先生があれだからね。うん。


 ともあれ、小学校。


 ここの小学校……というより、この街にある、とある私立の学園の学園長先生と友人同士らしくて、そこからこっちの街の学校全てにある程度のパイプがあるとか。


 だから、ボクはこの街にいるんだけどね。


 うーん、それにしても視線がすごい……。

 子供って、基本的に普段見かけないような物を見かけると、ついついそれを見ちゃうよね。


 そう言うところを考えると、ボクが見られても不思議じゃない。

 だって、銀髪碧眼なんていうそうそう見ないし。


 特に、男の子からの視線が多いような……?


 あれかな。ボクって、それなりに胸が大きいからとか?


 あ、そろそろ職員室の方へ行かないと。


 初日から遅れるのは大問題だからね。



 というわけで、職員室。


「初めまして、叡董学園から来ました、男女依桜と言います。今日から一週間、よろしくお願いします」


 挨拶の言葉を言いながら、軽くお辞儀をすると、パチパチと職員室内から拍手が鳴り響いた。


「初めまして、男女さん。私は、この学校の校長をしています、渡里です。よろしくお願いします」


 そう言って、ボクに挨拶をして来たのは、この学校の校長先生。

 大体六十代くらいの男性の人で、なんだか優しそうな人。

 ちょっと恰幅がよくて、親しみやすい雰囲気がある。


「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします」

「ははは。最近の子にしては、礼儀正しいなぁ」


 まあ、一応これでも今年で二十歳ですからね、ボク。


 それに、貴族の人たちと接する機会も多かったから、結果的にそれなりの礼儀作法を学んでいたりするわけで……。


 と言っても、大体は修業時代に忘れちゃったんだけどね。


 主に、師匠のせいで。


 死ぬ度に、何らかのことを忘れちゃうものだから、色々と苦労したよ。


「とりあえず、男女さんは今日から一週間、四年三組を担当してもらいます」

「えっと、一つのクラスだけでいいんですか?」

「ええ。一つのクラスに集中した方が、何かとやりやすかったりしますからな。あとはまあ……単純に、公平な決め方で、こうなった、とも言います」


 そう言う校長先生は、なんだかちょっと苦笑い気味。


 一体、どういう決め方をしたんだろうね。

 すごく気になるところではあるけど、なんだか聞かない方がいい気がする。


「ですので、今日からお願いします、男女さん。いえ、男女先生」

「はい、精一杯、頑張りますね」


 先生、という呼び方はすごくむずがゆくはあるけど、なんだか気が引き締まる感じがするしね、頑張らないと!



「じゃあ、私が先には行って、男女先生のことを軽く話しますので、呼んだら中に入って、自己紹介をお願いしますね」

「わかりました」

「それじゃあ、ちょっと待っててね」


 軽く笑って、四年三組の担任――柊先生が中に入っていく。


 小学校の先生って、優しそうな人が多いイメージがあるけど、柊先生も例に漏れず優しそうな人だった。


 先生が入っていくと、喧騒に包まれていた教室内から、ガタガタと席に着く音が聞こえてきた。

 あ、意外としっかりしてるんだ。


『はーい。今日はみんなに、お知らせがありまーす!』

『せんせー、お知らせって何ですか?』

『転校生? 転校生?』

『残念、転校生じゃないですよ。実は今日から一週間、このクラスに叡董学園という学校から、職場体験で来た生徒さんがこのクラスで先生をすることになりました!』

『おー!』

『男の人? 女の人?』

『女の人ですよ』

『せんせー、その人って綺麗な人なんですか?』

『んー、そうですねぇ……びっくりするくらい、綺麗だと思いますよ。先生も見惚れちゃうくらいですね』


 柊先生は一体何を言ってるんだろう。

 ボク、そこまで綺麗じゃないと思うんだけど……。

 それにしても、やっぱり子供って無邪気だね。


『それじゃあ、早速呼びましょうか。男女先生―、入って来てくださーい』


 あ、呼ばれた。


「すぅー……はぁー……うん。行こう」


 軽く深呼吸をしてから、ボクは教室のドアを開けて中に入った。

 そして、真ん中の教卓がある位置に行き、正面を向く。

 すると、物珍しさからか、クラスにいる子供たちがみんなボクをじっと見てきた。


「初めまして。叡董学園から来ました、男女依桜と言います。男女先生とか、依桜先生とか、好きな呼び方で大丈夫ですよ。今日から一週間、みなさんの先生をすることになりました。短い間ではありますが、よろしくお願いします」


 にっこり笑って挨拶をする。


 すると、パチパチとクラス中から拍手が鳴り響く。


 よ、よかった……一瞬、無音になったから、歓迎されてないのかと思ってひやひやしちゃったよ。


『すっげー!』

『きれー!』

『おっぱいでけー!』

『髪長くてきれー!』


 わー、素直。

 この辺りは、本当に高校生と違うよね。

 みんなドストレートに思ったことを言って来るんだもん。


 ボクたちにもあんな時代が会ったんだなと思うと……うん。なんかあれだね。

 心が汚れてるって思えてくるし、歳を重ねたんだなぁって思えて来るよ。


「男女先生、初めてだと思いますので、質問コーナーを設けてもいいですか?」

「もちろん、構いませんよ」

「ありがとうございます。それじゃあ……男女先生に質問がある人―」


 と、柊先生がクラスのみんなに訊くと、一斉に『はいはい!』と、手を挙げだした。


 なんか、懐かしいね、そう言う反応。


 みんな、自分がさされたくて、必死に『はいはい!』と言って、手を挙げるっていう光景。


 当時は、ちょっとうるさいかも、って思ってたけど、今は逆に懐かしく感じるし、ちょっと微笑ましく思えてくるんだから、人って不思議。


「それじゃあ……関口君」

『はい! えっと、男女先生の好きなものは何ですか?』

「うーん、そうだね……料理かな? 食べるのも好きだし、作ってあげるのも好きだよ」

『ありがとうございます!』


 笑ってそう答えると、関口君はお礼を言って座る。


「じゃあ、次は……石井さん」

『依桜せんせーの得意な教科って何ですか?』

「国語と体育かな? 先生、運動には自信があるよ」


 もっと言うと、ボクが得意な科目って、国語と体育のほかに、英語や古典も含まれるんだけどね。

 ただ、その二つに関してはまだまだ先で習うものだからちょっと違うので除外しました。


『ありがとうございます!』

「次……羽田さん」

『せんせーって、外人さんなんですか?』

「ううん、みんなと同じ日本人だよ」

『えー、うっそだー!』

「嘘じゃないよ。ボクは、ちょっとだけ特殊な生まれ方をしてね、ボクのご先祖様がボクと同じ髪色と、目の色だったの。その特徴が出てきちゃったから、ボクはこうなんだよ。だから、決して外国人というわけではないからね」

『知ってるよ! かくせーいでん、って言う奴だよね!』

「あ、よく知ってるね。そうだよ。ボクは、その隔世遺伝でこんな姿なの」


 今時の小学生って、難しい言葉を知ってるんだね。

 隔世遺伝が難しい言葉なのかはわからないけど。


『すごーい!』

『なんかかっこいい!』


 カッコいいのかな、これって。


 うーん、これくらいの歳の男の子って、難しい言葉を聞くと大抵をそれをカッコいいと思うからね……多分そこから来てるのかも?


「次に行きましょうか。次……山田君」

『はい! 依桜せんせーって、女の人なのに、なんで自分のことを『ボク』って言うんですか?』


 あー、やっぱり気になるよね、そこ。

 子供だもんね。普通のことと違うことをしている人がいたら、大抵は質問するよね。


「特に理由はないけど、小さい時からずっと自分のことを『ボク』って言っていたからね。それでかな」

『でも、普通じゃないよ?』

「確かにそうかもしれないけど、こう言うのは個人の自由だからね。みんなが変に思っていても、その人にとっては普通なの。だから、もしもボクのように、自分のことを『ボク』とか『俺』とか言っている人がいたら、絶対にバカにしたりしちゃいけないからね」


 そう言うと、みんなは素直に『はーい』と返事をしてくれた。


 果たして、本気で思っているのかどうか。


 まあ、今はまだいいけどね。


 そう言ったことを学ぶために、道徳があるわけだもん。


「それじゃあ、次が最後かな? 最後は……じゃあ武藤さん」

『はーい! 依桜せんせーって、恋人はいるんですか?』


 出た! 小学生から絶対に出そうな質問!

 確実にこれを聞いてくる子っている気がするよ、ボク。


「うーん、先生にそう言う人はいないかな」

『せんせー、きれーなのにいないの?』

「うん。いないよ」

『じゃあじゃあ、俺が大人になったら、恋人になってくれる!?』

『あ、ずるい! じゃあ俺も!』

『僕も!』


 いるよね、こういうおませな子供。

 まあ、元気があっていいことだと思います。


「うーん、その時にはもう、先生は大人になっちゃってるからね。きっと、ボク以上にいい人が見つかると思うから、気長にね」


 苦笑いを浮かべながら、やんわりと断る。


 そもそも、歳の差十歳だもん。

 この子たちが二十歳になる頃には、ボクは三十歳だからね。


 そんなボクの発言に、わざとらしそうにがっかりする男の子たちを見て、クラス内は笑いに包まれた。

 意外といいクラスかも。


「それじゃあ、質問コーナーは終わり! まだまだ訊きたいことはあると思うけど、そう言うのは、休み時間にね! それじゃあ、五分後に授業を始めるので、みんな準備してね!」


 そう言うと、朝の会(懐かしい響き)は終了となりました。

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