第438話 未果たちの二日目 下

「……そういや、なんでこんな馬鹿真面目な話してんだっけ?」


 と、苦い顔をしながらミオさんが言った。


 ……そう言えば、最初はこんな話じゃなかったような……って、あぁ! すっかり忘れてた!


「ミオさんあれよ、おさらいも兼ねて、エナに依桜の立場を話しているとこだったわ! あと、本当は娯楽が普及してない理由の説明!」

「あぁあぁそうだそうだ! 悪い悪い、すっかり脱線しちまった」


 私が指摘すると、ミオさんは手をポンと叩いて軽く謝る。


 晶たちも雰囲気ですっかり忘れていたらしく、思い出すと納得顔になっていた。


 というか、脱線するにしても、とんでもない脱線の仕方したわね、これ。


 だって、娯楽がほとんど普及していない理由を話すのに、なぜか依桜の異常性についての話になるんだもの。会話って、どう転ぶかわかったもんじゃないわ。


「じゃ、話し戻すか。変に真面目になっちまったし。……で、まあ、ドストレートに行くと、あいつは魔族の国の女王だ」

「え、依桜ちゃんって女王様なの!?」


 ミオさんのドストレートな説明に、さすがのエナちゃんもびっくり。


 まあ、あの事実はね……。


「ああそうだ。笑えねぇだろ? あいつ、あそこの女王なんだぞ? あたしもその事実を聞いた時は、心の底から呆れたもんだ。何してんだよ、って」


 そりゃミオさんでも呆れるわよね。


 あんな馬鹿みたいな出来事を引っさげて帰ってくるんだもの。しかも、ロリな魔王もセットで。


「こっちは肩書。問題はそこじゃない。勇者で英雄で女王なんで、あいつが直接他国の王に何かお願いをすれば、確実に通るだろうな。イオだし」


((((((可愛いからね(な)……))))))


「まあ、そんなわけで、あいつはとんでもなく地位が高い。だから、あいつの立場的にはどんな国の王よりも上、と思えばいいさ。というか、あいつの戦闘力はかなり高いしな。ついでに、魔王も一緒にいるんだ。下手に戦争をしようとは思わんだろ。負けるのは自明の理だしな」


 まぁ……依桜だしなぁ……。


 仮に、魔族の国に戦争を仕掛けたとして、メルちゃんに危機が迫ろうものなら、確実に依桜は大激怒よね。


 間違いなく、相手をボコボコにするでしょうし。


「まあ、そんなわけだ。んじゃまあ、娯楽が普及してない理由な。もうなんか、地味に疲れたんで、大雑把にするか」


 まあ、関係な話でものすごく話してたものね、ミオさん。


 そうなるわ。


「さっき言ったように、こっちには『科学』がないから発展しなかった、って奴な。なぜ、科学がないから娯楽が発展しなかったかと言われれば……それはつまり、現実的じゃなかったからだ」


 どうしよう。初手から何を言っているかわからないわ。


 晶たちも同じく、疑問顔。


 態徒なんて、アホ面晒してるわ。


「あー、言い方が悪かった。まあ、要はあれだ。お前たちの住む世界では、魔法はまさに空想上のものだろ?」

「そうね。だって、魔力とかないもの」

「そう。魔力がないんだ。言っちまえば、あっちの世界は、本当に、どうしようもなく現実的過ぎるんだよ。何せ、ファンタジーな力とかが一切ないんだからな。あと、身体能力も低いが故に、出来る幅が狭いということもその要因だな」


 わかるようで……わからない。


 言いたいことはなんとなくわかるんだけど、まだまだ理解が及ばない……。


「で、ここからが本題な。空想上のものというのは、ほとんど人間からすればついつい妄想しちまうだろ? わかりやすく、タイトで例えるとするか」

「え、オレっすか?」

「例えばだ、タイト。お前、透視の魔法が使えるようになったとすれば、どうする?」

「え? そりゃ……女風呂を覗くな!」


 うわ、よくもまあ女性が多い場所で言えるわ、堂々と。


 ある意味、尊敬するわ。


「まあ、こんな感じに一瞬で妄想し、一瞬で答えを出すわけだ。しかし、こっちの世界の人間だとそうはいかない。いや、中にはこの馬鹿みたいに、スケベなことを考える奴もいるだろうが、大体は諜報に使うな。まあ、軍事転用って奴だ。しかし、お前たちの世界だと、この馬鹿みたいに考える奴がほとんどだろ? 日本の場合」

「……ミオさん。確かに、そこの馬鹿みたいな奴は多いんですが、他の男の名誉の為に言います。日本だって、そういう馬鹿ばかりじゃない、です」

「それはすまん。だが、思い出してもみろ。林間・臨海学校でこいつを筆頭とした馬鹿共が女風呂を覗いただろ?」

「……言い返せない」


 でしょうね。


 晶でも擁護しきれないわ、あれは。


 後々制裁は加えたけど、さすがに……。


「こんな風に、馬鹿な用途で使用するわけだ。それはつまり、発想力や想像力が豊かであるというのと同義だ」

「ミオさん、変態的思考を発想力や想像力と一緒にしないでください」

「それもすまん。あたしも言っててどうかと思った」

「ちょっ、それ酷くね!? 透視能力って、全男子にとって夢のような物なんだぜ!?」

「ふざけたこと言ってるとぶっ殺すわよ」

「サーセン」

「まったく……」


 ほんと、この変態はどうにかならないのかしら。


「この馬鹿はあとで修行させるとして」

「エッ!?」

「言ってしまえば、あっちの世界の人間は発想力や想像力が豊かなんだ。それはつまり、つまらない日常を少しでも面白くする考えから育まれたとも言える。何せ、妄想ならば何でもできるからな」

「たしかに」


 ミオさんの言いたいことがよくわかって来たわ。


「つまり、向こうの世界は科学でかなり便利になっていった結果、人の身体能力が低下して、出来ることも減った。しかも、ファンタジー的なものがないから、その分想像で何かを楽しむようになり、そこから娯楽物が発展していった、っていうことですか?」

「そういうことだ。あとはまあ、ゲームで言えばあれは機械だからこそできるものとも言える。いやまあ、魔法で再現しようと思えばできないことはないが、相当大変だろうな。それに、こっちの人間は想像力が足りん。ここにある娯楽は小説と劇だけだからな。しかも、史実に基づいた物ばかり。そりゃ進歩なんてするわけない。何せ、史実に基づくということは、作品の結末が見えてしまうからだ。同じもので溢れかえっているのと同義だからな。作品の数に限界があるんだ。だが、時として、向こうの世界の人間はこちらにないような能力を考え、それを書く。そして、雑魚と言われるような能力やスキルさえも、使い方次第で最強にまで至らせることができるってわけだ。だから面白い」


 あれね、異世界人の視点だから本当に面白いわ。


 私たちでは考えつかないようなことを、さも当たり前のように言ってのける。


 その上、本質を射抜くような発言であるから尚更。


 美人で強くて、頭もいいとか……なんなの、この完璧超人。


 ちょっと怖いわ。


「ある意味、向こうの世界での娯楽――ラノベやマンガなんかは、ある意味では一人の人間が一つの世界を創造しているような物だ。まあ、一種の神だな。作品の世界にいる人間からすりゃ、作り手、書き手があいつらにとっての神だ。作品に神が出て来て、登場人物に試練を与えようが、結局動かしているのは書き手、もしくは作り手だ。この辺りからして、もうすでにこっちの娯楽とはかけ離れている」

「ほうほう。ミオさんが言いたいのは、向こうの世界の人は一人一人にしっかりとした個性を与え、尚且つ世界にもしっかりとした設定を創り、本当に生きているかのようなストーリーを創り出す。だけど、こっちの世界の人は過去に存在していた人たちの存在を借りて、史実をなぞり、ちょっとの脚色しかしないから、代り映えもしないため、新しい娯楽が生まれない、っていうことかな?」

「その通りだ。ま、あくまでもあたしの持論だ。違っているかもしれないし、そうかもしれない。それに、探せば面白い作品を書く奴はいる。ただ、そう言うのに限ってあんまし売れない。それはなぜか。ミウ、わかるか?」


 ここにきて、美羽さんに問いが飛んできた。


 こう言うのって、地味に困るのよね……いきなりだから。


「えーっと……こちらの主流が、『過去の出来事を娯楽に変えるから』ですか?」

「正解だ。つまりだ、一から考えた物語を買うよりも、こっちの人間にとっては史実に基づいた作品を買った方が、リスクは低いからだ。あとはまあ、初めて買うにしてもハードルが低いからな。つまり、『あ、この人カッコいい。この人物がどんな人生を送ったのか気になる……じゃあ、あの本を買おう!』ってなるわけだな」

「ミオさんのお話面白い!」

「そうか? まあ、面白いならいいがな」

「でも、今の部分ちょっとだけわかりにくい、かも?」

「あー、そうだな。歴史だとちと考えにくいか。そうだな……じゃあこう例えればわかるか? 書店に行き、新刊コーナーへ行くと、目の前に前作がものすごい売れた漫画家の新作が売られていて、その隣にはまったくの無名――新人が書いた漫画が置かれていた。どちらか一方しか買えないという状況になったら、大抵はどちらを取るか、というものだ」


 なるほど、一気にわかりやすくなったわ。


 いや、さっきの例えでもよくわかるけども。


「タイト、お前はどうする?」

「そ、そりゃあ、前作がものすごい売れた漫画家の作品っすかね」

「理由は?」

「無名じゃ博打だからっすよ。前作がものすごい売れたなら、こっちも面白いかも、って思えるし……」

「そうだな。大抵の奴は『前作が売れたなら、今回も面白いはず!』と考えるはずだ。まあ、無難だろうな。人によって受けない場合もあるが、それはそれだ。大多数の人間からすりゃ、リスクは低い。それとほぼ同じで、だからこっちの世界の人間は、過去に起こった出来事を物語にした者を選ぶわけだ。結末が見えてれば、それなりに損はしないしな。人によっては、それをある程度脚色して面白くすることもできる。つまり、当たり外れがそこまで激しくないわけだ」

「「「「「「なるほど~」」」」」」


 ミオさんの言う通りなのかもしれない。


 言ってみればこっちの世界の創作物と言うのは、ある意味では二次創作ということね。


 既にあるものを脚色するわけだし。


 ただ、その反面一次創作ができる気配がないという状況でもある、と。


 私たちの方では、どちらともかなり普及しているけど、多いのはどちらかと言えば一次創作の方なんじゃないかしら? 特に日本。


 いやまあ、同人誌というものがある以上、二次創作もものすごい数がありそうだけど……現に、私たちの近くに同人作家がいるし。


「まあ、こんなところだろう。大雑把のつもりが、結局長々と話しちまったな……悪いな。どうにも、こう言うのは細かく言ってしまうらしい」

「いえいえ! 本当に面白かったです! ミオさんの説明、わかりやすいですから!」

「私もわかりやすかったですね。やっぱり、年の功なんでしょうか?」

「いやまあ、これでも数百年は生きてるからなぁ……」


 たまに忘れるんだけど、ミオさんってものすごい年上なのよね。


 姿がどう見ても二十代前半くらいの美人なお姉さんくらいにしか見えないから。


「それで、話はものすごい戻るんだが……結局、メイは何を交渉していたんだ?」

「ふふふー、それは簡単さ!」


 ……なぜかしら。この、ものすごい得意げな顔をしている女委を見ていたら、本気で心配になって来たわ。


「あ、ミオさんミオさん。ちょっとこれらの紙を両面に複写してほしいんだー。できれば、合計で五百くらい」

「ん、それくらいでいいのか?」

「おうよ!」


 ……ちょっと待って? まさかとは思うんだけど……って、いやいや。まだそうと決まったわけじゃない。決まったわけじゃない……わよね。うん。


「了解だ。待ってな、一瞬で終わらせる」


 そう言うと、ミオさんは複写機を起動すると、ものすごい速さで動き、次々に紙を複写していった。


 複写機からどんどん紙が出て来て、その紙には……なんか、絵が写し出されていた。


 いや、絵って言うかこれ……漫画よね?


 見たことあるわよ、これ。


 以前、女委が私たちに見せた奴よ、これ。


 ……え、まさか。


「ほらよ、終わりだ」

「やったぜ! んじゃまあ、みなさんや、これを製本してくれい!」


 清々しいくらいにいい笑顔で、女委はそう言い切った。


 どうやら、地獄が待っているみたいだったわ。



 そんなこんなで地獄の製本作業が終わった。


 それが終わると、女委がしだしたのは……


「おじさーん! 例のブツ持ってきたぜー!」

『お、早いねぇ!』


 さっきの魔道具店に行き、そこの店長に本を見せる事だった。


「はいこれ、実物」

『ほっほー。これが『どうじんし』とか言う奴か。ふむ……ほー、いいな、この絵。なんつーか、心にぶっ刺さるような感じだ!』


 ……あー、こっちの世界にも刺さるのね、漫画って。


 ほんと、偉大だわー、漫画。


「お、そいつはいい反応だ!」

『で、これを店において欲しい、だったか?』

「そうそう。大丈夫かい?」

『ああ、問題ない。……だがよ、これをただで譲るってんだろ? いいのか? これ、相当な手間暇かかったものだろうに……』

「問題なし! だってこれ、複写機使ったしね! 製本する手間はあったけど、まあ、すぐ終わったんで!」


 よく言うわよ……あれから二時間くらい格闘していたというのに……。


 まあ、幸いだったのは、メルちゃんたちがノリノリで製本をしていたことかしら。あと、ミオさんがものすごく早かった。


『なーるほど。あの複写機を使ってこれを……。こんな使い道があったとはなぁ。……いや、そういや小説を書いてる奴らは、これを使っているって聞いた覚えがあるな……』


 ああ、やっぱり使われてんのね、あれ。


『まあいいや。で、こいつはいくらくらいで売るんだ?』

「んー、まあ、小手調べとして五百テリルでいいんじゃない? 全部売れれば、二十五万テリルになるだろうし」

『ま、それくらいが妥当か。だがよ、これ本当に売れるのか? 確かに、中身は面白いし、絵もいい。それに、ここは一応本もおいているとはいえ、基本は魔道具店だからなぁ……』

「その辺りはもーまんたい! わたしにまっかせなさーい!」


 大きい胸を手でドンと叩く女委は、得意げな様子だった。


 その自信は一体どこから来るんだ……と思ったけど、その理由は、案外すぐ判明することになった。



『どうじんしをくれ!』

『こっちも!』

『私も買う!』

『テメェ、押すんじゃねえ!』

『うるせぇ! そっちが押したんだろうが!』


 三十分後。


 魔道具店の前には、大勢の人が押し寄せていた。


 しかも、同人誌の奪い合いになる始末。


 ……一体なぜ、こうなったかと言えば、からくりはこう。


「はーい! 超絶面白い同人誌だぞー! 今なら、試し読みができるぜー!」

「あ、そこにお兄さん! ちょっとどうだい? 面白いぞ?」

「おっと、そこの道行くお姉さんも!」

「そこのイケてるおじさんにもどうぞ!」


 とまあ、女委が色々とやらかしてくれた。


 まさかの、路上で即売会もどきをし始めた。


 まあ、正確に言えば売っているわけじゃないから、試読会と言ったところかしらね。


 最初こそ、なかなか読んでくれる人は現れなかったけど、最初の人が読み始めた途端、その人から同人誌の存在が瞬く間に広まり、結果として今のような状況を作り出してしまった、というわけ。


 私たち全員、呆れたわ。この光景には。


 だって、コ〇ケのような状況が異世界で繰り広げられているんだもの。


 ……何と言うか、ツッコミどころしかないわー。


「もうこれ、コ〇ケと同じじゃない?」


 と、私が呟くと、女委を除いた地球組全員、うんうんと頷いていた。遠い目をしながら、というのもセットで。


 ……これは酷い。



「――ということがあったわけよ」

「え、えぇぇ……」


 夜。夕食を食べ、お風呂に入った後、例の大部屋にて今日の一日の事(ミオさんが言っていた、依桜の件に関しては隠し)を話し終えると、依桜は目に見えて呆れていた。


 でしょうね。


 ちなみに、メルちゃんたちは熟睡中。


「女委は一体何がしたいの……」

「同人誌の普及! ついでに、娯楽の発展!」

「……うん。もうツッコまない」


 あぁ、依桜が諦めの笑顔を!


 本当、こればっかりは仕方ないわー……。


「あー、そっか。だから晶たちがちょっと目を逸らしたりしていたんだね。納得……。たしかに、それだけのことをしていたら、ああなるよ」

「にゃははー、照れるなー」

「「「「褒めてない!」」」」


 私、依桜、晶、態徒の四人のツッコミが炸裂した。


「まあ、オレたちの方も大概だったけどよ、依桜の方も結構すごくね?」

「いやー……あはは。まさか、天使と遭遇するとは思わなかったよ……」


 その話を聞いた時は、驚いた物だわ。


 まさか、天使がいるとは思ってなかったもの。


 この世界……というか、地球の方も含めてだけど、不思議だらけね。世界って。


「しかも、懐かれたんだろう? 依桜」

「あれは懐かれた……というより、崇拝に近いような……」

「「「「「「あ、なるほど。ファンクラブノリか(ね)(なんだね)」」」」」」

「……言わないで。ボクも一瞬そう思ったんだから」


 あー、依桜が諦めたような笑みを。


 依桜曰く、パワハラ上司に疲れたOLみたいな天使だった、ていう話なんだけど……。


 それは果たして天使のなのか? と疑問に思ったわ。


 だって、天使よ? 普通、そんなことある?


 なんと言うかこう……ものすごく綺麗で、人を導き、助けそうな人なのに、実体はブラック企業に勤めるOLのような感じだって言うし。


 それはもう、天使じゃない気がしてならない。


 というか堕天しそうよね。


「ふぁあぁぁぁぁ……眠くなってきちゃった……」


 と、ここで依桜が限界の様子。


 まあ、私たちとは違って仕事をしていたみたいだし、当然と言えば当然ね。


 慣れない仕事は、地味に疲れるものよね。


「じゃ、そろそろ寝ましょうか。私も眠いし」

「あぁ、俺も眠い。そろそろ寝ないと、明日に響きそうだ……」

「だなぁ。じゃ、オレも寝るわ」

「zzz……」

「って、いつの間にか女委はもう寝てるし」


 一体いつ寝たのかしら。


「それじゃあ、私も寝るね」

「うちも。疲れちゃった」

「うん。それじゃあみんな、おやすみなさい」

「「「「「おやすみー」」」」」


 そんな感じで、異世界旅行二日目が終わった。

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