第467話 夏休みの登校日

 それから少し経ち、夏休み中の登校日。


 え? 収録はどうしたのって?


 ……まあ、それに関しては後程、と言うことで。


 ともあれ、登校日。


 夏休み中に一度だけある登校日で、理由は生徒が夏休み中事故や病気になっていないかを確かめるため、だそう。ちなみに、初等部にはなく、エナちゃんは今日はお仕事だそうです。


 この登校日、去年も同じ頃にあったんだけど、今年はどうやら例年よりちょっとだけ違うみたい。


 と言うのも……


「生徒会選挙の時期が繰り上げになったらしいぜ?」


 ということみたい。


 朝、制服に着替えて、メルたちに見送られながら登校し、教室に入ると、教室内の黒板の前にクラスの人のほとんどが集まっていた。


 その状況を不思議に思いながら、自分の席に座ると、珍しくいつもより早く来ていた態徒にそう教えられた。


「そうなの?」

「なんかね、今年は例年より早くして、夏休み期間中に決めちゃうみたいだよ?」


 ボクが首を傾げると、女委がそう話してくれた。

 繰り上げた結果、どうやら夏休み中になったみたい。


「わ、本当に早いね。でも、どうしてそんな急に?」

「なんでも、生徒会長の都合らしいわよ? 進路の影響で、もう色々と準備しないといけないそうよ」

「へぇ~。でも、どうして夏休み中に? そんなに急がなくてもいいような気がするんだけど……」

「九月には学園祭が控えているからな。たしかこの学園のイベント系は、生徒会がかなり動き回っていたはずだ。そうなってくると、当然生徒会長が必要な事態が出てくるはずだからな」

「なるほど、だから早めに決めるんだね」


 あんまり運営についてはよく知らなかったけど、なるほど。生徒会が主導でやってたんだ。

 そう言えば、去年の学園祭の準備期間も、色んな所で見かけったっけ。

 大変そうだよね。


「でも、かなり急な話だから、立候補者とか集まらないんじゃないかしら? こう言うのって、決まった時期にやるから集まるわけで、こうも急だと見つからなそうだし」

「だねぇ。わたしの知っている限りじゃ、今の所立候補者がいなかったりするんだよねぇ」

「夏休みのこの時期だもんね。しかも、夏休みが空ければ、学園祭が近いし、そんな大仕事があるとわかっていたら、あんまり立候補しようとは思わないよね」


 この学園の生徒は、基本的に楽しいことが大好きで、お祭りごとには積極的に参加していたりするんだけど、それはあくまでも一生徒として参加することが好きなだけであって、自ら進んで大変な運営をやろうとは思わないんだよね……。


 多分、そこも立候補者が集まらない原因なんじゃないかなぁ。


 それに、この学園の生徒会長って、引退する前に今の生徒会長が推薦して、その人が生徒会長に就任する、というパターンがほとんどなんだよね。


 なので、去年も信任投票と言う形だったり。


 今年もそうなるのかな?


「まあ、概ね生徒会長の推薦だろうから、俺達はそこまで関係ないな」


 晶も同じようなことを思ったのか、そう口にした。


「あはは、そうだね。ボクたちには関係ないよね!」


 それに便乗するように、ボクが笑いながらそう言ったら、


「「「「……」」」」


 なぜか四人が苦い顔をした。

 え、なんで?


「依桜がそういうこと言うと、フラグにしか聞こえないのはなんでかしら……?」

「まあ、依桜、だからな……」

「どうするよ、これで依桜に推薦の話が出てきたら」

「意外とあるんじゃないかなぁ? だって、依桜君だし。学園で一番有名人だし、人気者だからねぇ」


 などなど、そんなことを言ってきた。


「さすがにないよ。だってボク、今の生徒会長の人と話したことないし、そもそも接点もないし……。それに。仮にボクが推薦されたとして、あまり票は集まらないと思うよ? お仕事ができるとは限らないわけだから」


 自分はそうでもない、という風にそう言うと、みんなはさらに苦い顔に。

 なんで?


「依桜って、基本的に人を使うのが上手いじゃない」

「使うっていうのはやめてよ。ボク、そう言う風に表現するのって嫌いなの」


 むっとしながら未果に反論。

 そもそもその言い方だと、まるでボクが人をこき使う酷い人みたいだよ。

 そんなことはしたくないです。


「ごめんなさいね。そう言う意味じゃなくて、依桜は何と言うか、人のやる気を出させるのが上手いじゃない? あと、普通に運営業務もできるし」

「そうかな? ボク自身、普通だよ? そっちの方面は。中学生の時だって、していたことと言えば、文化祭の時のクラスの出し物が成功するように裏方で色々していただけだし……」

「実際のとこ、そのおかげで俺達は安心して集中できていたんだがな」

「だなー。ってか、依桜が細かい調整とかしてくれたのは、マジで助かったし」

「うんうん。依桜君って、そういう時は結構頼られてたよねぇ」

「な、なんでみんなそんなにべた褒めなの? 何? ボクを立候補させようとしてるの?」


 しかも、その話のタネが中学生の時って言うのが余計にそう意識させるんだけど。


 たしかに、あの時のボクは他のクラスと変に被ったり、衝突するようなことが内容に調整したり、あとは書類系のことも処理したりはしていたけど、それだけだったし……。


 基本的なことしかしてなかったんだけど。


「そんなことないわよ。でも、実際向いてるんじゃないかって思って。だってほら、依桜って向こうじゃ演説とかしてるみたいだし?」

「そ、それはボクが進んでやったことじゃなくて、王国の人とか、ジルミスさんたちがやって欲しいって言うから仕方なくやっただけで……」


 師匠が鍛えてくれたおかげで、度胸は付いたけどそれはそれ。

 あの時も内心かなり恥ずかしかったし……。


「仕方なくでもできるだけすげえと思うけどなー」

「あとはほら、人前で歌って踊ってるし、声もあててるし?」

「うっ……」


 そ、それを言われると……。

 よく考えてみたら、ボクって人前に立つことが多いような……。


「で、でも、ボクが立候補するわけもないし、推薦する人なんて――」


 いない、とボクが言い切るより前に、教室の入り口から、


「失礼します。男女依桜さんはいますか?」


 という、ボクを呼ぶ声が聞こえて来て、言葉が止まる。


 何だろうと思って、入り口の方に目を向けると、そこには現生徒会長の人がいた。


 ……なんだろう。すごく嫌な予感。


『男女なら、あそこに座ってますよ』

「ありがとう」


 現生徒会長――獅子原先輩がボクの居場所を教えてくれたクラスメートの男子に、軽く笑んでお礼を言うと、ボクの方に向かって歩いてきた。


「……まさかとは思うけど、フラグ回収?」


 やめて未果、そう言うこと言うの。

 絶対に違うもん。そういうのじゃないはず……。


「やぁ、初めまして、男女依桜さん。僕は獅子原連治郎だ。一応、生徒会長をやらせてもらっている」


 にっこりと人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら、自己紹介をされた。

 普通に女の子にモテそうな人だなぁ。

 ……そう言えば、モテてるみたいな話を聞いたことがあったっけ。


「そ、それは知ってますけど……あの、何か用でしょうか……?」


 気を取り直して、どうしてボクを尋ねて来たのか、獅子原先輩に尋ねる。


「あぁ、別にいちゃもんをつけに来たとか、𠮟りに来たとか、告白に来た、とかっていうわけじゃないから、そんなに身構える必要はないよ」

「は、はぁ……」


 それはわかってるんだけど……。


 だって、『気配感知』を使った限り、この人に悪意とか怒りがあるわけじゃないし、ましてや告白するような雰囲気もないし……。


 まあ、ボクなんかに告白するもの好きじゃなさそうだもんね。


「それで、どうかしたんですか?」

「いや、実は君に折り入って頼みがあってね」

「……頼み、ですか」


 それはもしかして……って、ないないない!

 ない、はず!

 ボクは一つの可能性を心の中で否定していたんだけど……


「実は、男女さんを次の生徒会長に推薦したいと思っていてね」


 ざわざわっ!

 獅子原先輩の発言に、興味深そうに話を聞いていた周囲の人たちからざわめきが起こる。

 そんなボクはと言うと……当たって欲しくない予想が当たって、天を仰いだ。


「そんなわけで、君に生徒会長になって欲しいんだ」


 そんなボクを意に介さずに、獅子原先輩は重ねてそう言う。

 それを聞いて、ボクは言葉を返す。


「……あの、どうしてボクなんでしょうか? こういうのは、今の生徒会の人の中から推薦者を出して、その人が生徒会長になるものだと思うんですけど……」

「いや、残念なことに、今の生徒会には生徒会長になりたいと思う人がいなくてね。あと、こう言っては何なんだけど、実は今の生徒会は、三年生の方が多いんだ」

「でも、それなら生徒会にいる二年生を……」

「それがそうもいかなくてね。誰もやりたがらないんだよ。どうにも、自分たちはサポートする方が好きで、表立ってやるのはちょっと無理、らしくてね」

「あ、あー……なるほど……」


 その気持ちはわかるかも。


 ボクもそういうタイプだし、目立つのは苦手だからね……。


 まあ、それでも必要に応じて目立たなきゃいけなかったわけだけど、それは暗殺者としてどうなんだろう? 特に、向こうでの三年目とか。


「それで、どうだろうか? 男女さんは何かと目立っていても、しっかりと話せているし、適任だと思うんだが」

「いえ、ボクは普通にどもったりしてましたけど……」

「それは、ミスコンの時のことだろう? 僕が言っているのは、学園見学会の時のことさ」

「あ、あれ、見てたんですか……?」

「バッチリね」


 ニッと笑って肯定された。

 あれ、見られてたんだ……。


「一年生ながら、あそこまで落ち着いて、丁寧に、それでいてしっかりと聞き手が興味を引くような話題を出し、話に聞き入らせるようにしていた。これは誰にでもできることではない。なんとなくだけど、場慣れしているように思えたしね」


 ……まあ、異世界で演説とか何度もしてましたしね。

 それに比べたら、あれくらいの人数、そこまできつくないわけです。


 ……それでも恥ずかしい物は恥ずかしいけど。

 結局のところ慣れだからね、ああいうのは。


「それで、どうだろうか?」

「うーん、いきなり言われても、少し困ると言いますか……それにボク、一応保健委員ですし、家事もありますし……」

「あぁ、委員会については掛け持ちも可能だし、一応生徒会が優先される。家事の方に関しても、遅くならないよう、他の役員がサポートするよ。生徒会長といっても、そこまで忙しいわけじゃないさ」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。行事に関する大事なことを決めたり、学園祭の出し物について各クラス・部活動・個人で提出されたものを許可するか却下するかを決めたりすることがメインではある。でも、生徒会長と言えど一学生。一人に仕事を集中させないよう、しっかりと分担できるようにしているんだよ」

「なるほど……」


 それは普通にすごいと思う。

 実際、そういう組織ってトップが一番大変そうだもん。


「まあ、他の役員よりも仕事が多いし、責任もある立場ではあるけど」

「それはそうですよね」


 責任が軽いトップなんて聞いたことないよ。


「それに、大体は書類を見て不備がないかを確認したり、ハンコを押すだけみたいなものだからね。そう大変じゃないさ」


 たしかに、それならそこまで大変じゃなさそう。

 それに、ボクには『瞬刹』もあるわけだし、それを使えば処理能力が向上して、さらに早く終わりそうだもんね。

 多少の頭痛はあるかもしれないけど、それでも微々たるものだし。


 うーん、でも生徒会長かぁ……。


「……さすがに、ボクが出馬しても票は集まらないと思いますよ?」

「ははは、むしろ逆で、満場一致くらいになると思うよ?」

『『『うんうん』』』

「なんで周囲のみんなも頷いてるの!?」


 ボクが満場一致で生徒会長になれる、と言い返されると、それを聞いていた周囲の人たちがその通りだと言わんばかりに頷いた。


 未果たちも便乗してるし、なんで!?


「まあ、依桜だしね。むしろ、当然レベルじゃないの?」

「そもそも生徒会役員じゃない人が推薦されて、出馬したとしても、無理だよ。だって、お仕事をしたことがないんだから」

「そうか? 依桜と同じ中学出身の人だっているだろ? そう言う人たちは、依桜ができる人間だって知ってると思うぞ?」

「なんでさもボクができる人、みたいに言うの? ボク普通だよ? スペック」

『『『ないない』』』

「否定しないで!?」


 運動以外は、割と普通のスペックなんだけど!

 アイドルと声優はちょっとあれだけど……でも、それ以外は普通……のはず!


「いやいや、依桜が普通はないだろー」

「普通の人は、自分のことを普通って言わないしねー。というより、異常かな? 依桜君」

「異常は酷いんだけど!? あと、女委には言われたくないよ!」

「にゃはは! たしかに!」


 楽しそうに笑う女委。

 周囲を見れば、


『男女が生徒会長……すっげえありだな!』

『わかるわかる。銀髪碧眼美少女で、ボクっ娘で、巨乳で、家庭的な男女に生徒会長という肩書がプラスされたら、マジで無敵だろ!』

『依桜ちゃんが生徒会長って面白そうだよね』

『うんうん、普通にいい学園にしてくれそう』


 楽しそうに話していた。


 あ、あれー……? なんか、反応を見る限りだとボク、結構期待されちゃってる……?

 それに、すごく好意的なんだけど。

 なんで……?


「それで、どうだろう? やってみないかい?」

「う、うーん……」


 生徒会長……生徒会長かぁ……。


 あまり気乗りしないんだよね……。


 ボク自身、目立つのは好きじゃないし、何より柄じゃないし……。


 でも、断るのも申し訳ないんだよね……見ず知らずのボクを信頼してくれているのかはともかく、多少なりともこちらを信頼しての頼み事だと思うし……。


 うーんうーんと唸っていたら、未果が話しかけて来た。


「ねえ、依桜。この学園って、高等部にのみ生徒会長があるわけでしょ?」

「え? あ、うん、そうだね。一応、集会の時は高等部の生徒がメインで話してるね」

「ということはつまり、依桜が生徒会長としてカッコいい姿を見せるわけでしょ?」

「えと……誰に?」

「決まってるじゃない、メルちゃんたちよ」

「……た、たしかに!」

「想像してみなさい? 壇上に立って堂々と話す姉の姿を見る妹たちの反応を。メルちゃんたちのことだから、さぞや憧れるでしょうね。ただでさえ、依桜大好きなのに、さらに依桜が大好きになるんじゃないかしら?」

「か、カッコいいお姉ちゃん……」

「それに、メルちゃんたちからすれば、自慢のお姉ちゃんじゃない? だって、生徒会長よ? 一年でたった一人しかなれない、生徒で一番偉い人になれば、ね?」

「自慢の、お姉ちゃん……」


 言われて想像してみる。


『生徒会長のねーさま、カッコいいのじゃ!』

『もっと好きになりました!』

『とって、も、かっこ、よかった、よ!』

『イオねぇすごい!』

『さすがなのです、イオお姉さま!』

『……自慢のお姉ちゃん』


 ……あ、なんだろう。すごくいい……。

 ううん、むしろ、最高じゃないかな、これ。


「……依桜には一番有効な説得法だな」

「なんか、益々シスコンになってないか? 依桜の奴」

「いやー、まさかあの依桜君がここまでになるとはねぇ。そして、瞬時にその方法を思いつき実行する未果ちゃん、さすがだぜー」


 メルたちにカッコいと思われる……メルたちに自慢の姉だと思われる……それはつまり、お姉ちゃん大好きと言われること……。

 うん。


「やります!」

「本当かい!?」

「はい! 何が何でも生徒会長になりたいと思います!」

「それはよかった! それじゃあ、僕は早速推薦の件を話してくることにするよ。高確率で信任投票になると思うけど、一応戦うことになった場合の準備はしておいて欲しい」

「わかりました!」

「それじゃあ、失礼するよ」

「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ!」


 嬉しそうな様子を見せながら、獅子原先輩が去って行った。


「……なあ、依桜。よかったのか? 引き受けて」

「もちろん。メルたちにカッコいい姿を見せたいからね!」


((((ああ、これはもう病気だな(ね)(だね)))))


 みんなが諦めたような笑みをボクに向けて来たのが気にはなったけど、ボクの頭の中はメルたちにもっと好かれたいという気持ちでいっぱいでした。

 なれるかな……?

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