第468話 生徒会選挙

 生徒会選挙にて、生徒会長として出馬することを決めたボク。

 ただ、ここで一つ問題が発生。

 と言うのも、


「え、今日投票するんですか!?」

「実はそうなんだ」


 なんと、今日投票のようでした。


 さすがのボクでも、これには驚きを通り越して困惑することに。


 獅子原先輩も、申し訳なさそうにしているところを見ると、どうやらこの部分をわざと伏せていたみたい。


 ……まあ、今日が投票日なんて聞かされたら、誰もやりたがらないもんね。


 もしかして、そう言う理由で誰も立候補しなかったんじゃ……?


「生徒会メンバーには、事前に今日が投票日になることを知らされていたんだが……さっきも言ったように、身内にはいなくてね。だから、一縷の望みとして、君に頼みに来たんだよ」


 そ、そんな理由だったんだ……。

 たしかに、事前に今日が投票日と知らされていても、夏休み中だから


「で、でもボク、演説とか練習してませんよ……?」

「正直なところ、信任投票になると思うんだ。実際、立候補者がいないからね、現時点で。だから、割と適当でもよかったりするんだ」

「て、適当って……」

「ま、適当と言っても、君がお願いすれば、学園生全員は信用すると思うよ」

「さ、さすがにそれはないと思いますけど……」


(((ありえるなぁ……)))


 あれ。なんか今、周囲の人たちが同じことを思ったような……。

 ……なんだろう?


「……それで、演説っていつからですか?」

「十時からだ」

「なるほど、十時ですか……って、え、十時!? あと、一時間ちょっとしかないんですけど!」

「本当に申し訳ない。だが、演説と言うものは、基本的に建前で出来ている。言ってしまえば、信用してもらえるような嘘を考える、これが演説で最も大事だと思っている。まあ、できれば誠実であるのが一番だけどね。でも、悲しいかな、世の中はそう言う人ほど当選するって言うことなんだよ」

「なんとなくわかります……」


 ボク自身も、向こうの世界で色々していたからわかる。

 汚い大人が上に行って、誠実な人が馬鹿を見ると言う光景を。

 ああいうのは間違っているのと同時に、そう言う人が上に行くようになっているんだなぁ、って思ったものです。

 本当に酷い話だけど。

 ただまあ、


「でも、ボクはそう言うことを言わずに行こうかなと思います」


 ボクは正直にいきたい。


「理由は?」

「生徒会長と言えば、生徒のトップ、もしくは模範となる存在とも言えますからね。嘘だけの演説をしても、意味がないです。バレたら誰もついてきませんし。それに、トップの人が嘘を吐くのはちょっと……。どうせやるなら、誠実に、真っ直ぐにやりますよ、ボクは」


 メルたちにカッコいい姿を見せたい、なんていう不純な動機があるものの、これも本心。


 そもそも、魔族の国で女王なんてやってるし、なんだったら天使と悪魔、それぞれの方でもトップ状態になってるからね、ボク。


 ……あれ。今思えば、生徒会長になるのって、別に大したことないのでは……?


 国で二番目に偉い立場にいる以上、今更感があるね、これ。


 ともあれ。

 ボク自身は、出来る事なら、しっかりと前を見て誠実に、正直に演説したいね。

 なんて、思ったことを言うと、


「ははははは! なるほど、たしかに噂通り、女神と呼ばれるだけあるね、君は」


 笑いながら、そう言ってきた。

 どんな噂が流れているのかは、この際置いておこう。


「そうだね。君の発言は正しい。これなら、心配はいらなそうだ。演説時は、自分の思ったことを言えばいいよ、男女さん」

「わかりました。……上手くできるかはわかりませんけど、頑張ります」

「うん、ありがとう。じゃ、僕は、この辺りで」


 そう言って、獅子原先輩は教室を去って行った。



 それから時間が経ち、十時に。


 時間になる十分前に講堂へ行き、ボクはステージ裏に来ていた。


 そっとカーテンの陰から講堂内を見渡すと、そこには中等部と高等部の生徒たちが座っていた。

 人数が多いから、ざわざわとしていると、どこかの演奏会の開演直前の状態みたいだね、これ。


 ……大丈夫……少なくとも、ここにいるのは、多くても千六百人ちょっと……。

 クナルラルでの一億人以上の人たちの前で演説した時に比べれば、遥かにマシ……。

 十万分の一……十万分の一だから……。


 ……うん。緊張するね!


 うぅ、今日初等部も登校日だったらなぁ……メルたちを支えに頑張れたのに……。

 とはいえ、いつまでもうじうじしていると、師匠に殺されそうなので、前向きに……。


「すぅー……はぁー……」


 うん。深呼吸は偉大だね。ちょっとは落ち着いてきた。


『それでは、生徒会長に立候補されました、二年三組、男女依桜さん、演説をお願いします』


 き、来た。

 ……だ、大丈夫。思ったことを言えばいいだけ……それだけで大丈夫……!


 いざ!


 舞台袖から中央へと歩く途中、講堂内の生徒たちからの視線がこれでもかと言うほどボクに突き刺さった。


 しかも、初等部と中等部が新設された影響で、二階席もできてるしね……。

 おかげで、前方と高所から視線が飛んでくるわけで、かなり緊張する。


 そして、舞台中央のマイクの前に立ち、軽く一礼。

 うん。でもまあ……なんか慣れたね。


 向こうの世界で散々演説をしたおかげか、すごく慣れた。


 だって、心臓はバクバクと早鐘を打っているのに、ボクの表情はにこやかな微笑みを浮かべたままで、尚且つ冷静だからね。


 経験って……本当に大事なんだね。


 まさか、異世界での経験がこんなところで活かされるとは思わなかったけど。


 ……と同時に、異世界へ行く、なんてことがなければこんなことにもならなかったわけだけど。


 つまり、学園長先生が悪い。


 ……なんて、今更ぐちぐち考えるのはやめよう。

 演説、しないと。


「みなさんこんにちは、男女依桜でしゅ……あぅっ、か、噛んじゃったぁ……!」


(((何あれ、可愛い……)))


 うぅぅ……なんでこう、大事な場目でいつもこうなるだろう……。

 呪われてるのかなぁ……。


「……あ、え、えっと……こほん。改めまして、男女依桜です」


 よ、よかった。今度はちゃんと言えた……。

 う、うん、この調子で頑張ろう……!


「今回、現生徒会長の獅子原先輩からの推薦で立候補することになりました。突然のことで、演説の原稿なんてありませんし、もともと生徒会長になる、ということはないと思っていましたので、びっくりしています」


 正直にそう言うと、講堂内の人たちがくすくすと笑う。

 よかった、滑ってない……。


「本当なら、生徒会長への推薦は断ろうと思っていたのですが、個人的な事情から推薦を受けて立候補することにしました。あ、もちろん、点数稼ぎというわけではありませんからね? もっと個人的な理由です」


(妹か)

(妹ね)

(妹だろうな)


 ……なんだろう、今一瞬、同学年の人たちから正解を当てられたような気がする……。


「とはいえ、個人的な理由から立候補することにしたと言っても、生徒会長のお仕事には真面目に誠実に取り組みたいと思っています。みなさんが楽しいと思えるような、それでいて卒業後も楽しかったと思えるような学園を作っていきたいと思っています。……なんて、ありきたりなことを言っていますが、どちらも本音です。もちろん、今の学園も十分楽しいです。でも、もしかするともっと楽しい学園になるんじゃないかなって思うんです。まあ、ボクは生徒会のお仕事なんてしたことはないんですけどね」


 冗談めかしてそう言うと、講堂内は楽し気な雰囲気になった。

 うん。正直すぎるのもちょっとあれだけど、ボクにはボクなりのやりかたがあるからね。


「正直、生徒会に入ってもいないボクが立候補しても、あまり信用されないと思っていますし、何より説得力なんてあったものじゃないと思っています。この銀色の髪と翡翠色の目とを除けば、どこにでもいる一般人だと思いますし、おそらく人の上に立つ器ではないでしょう」


(((一般人……?)))


「それでも、ボクは生徒会長に立候補しました。やりたいことと言えば、先ほども言ったように学園をよりよくしたり、同じ生徒のみなさんが困った出来事が発生した時は解決したいと思っています。言ってしまえば、困ったことや悩み事があれば、言ってくださいね、ということです。というより、ボクはそれくらいしかできません。人をまとめる能力もなければ、何らかの突出した能力もありません。でも、困っている人たちの悩みを聞いて、手助けをしたり、いい方向へ改善するための案を考えることはできます。……投票してくれとは言いません。信用してくれとも言いません。結局、信じるか信じないかは、その人次第ですから。ボクは、その結果をしっかり受け止めようと思います。……以上です」


 そう言って、ボクは演説を終えた。


 すると、パチパチと小さな拍手が鳴り始め、それは次第に大きくなり、気が付けば講堂内は大きな拍手で包まれていた。


 その反応にほっとしながら、ボクは最後に軽く微笑みながらお辞儀をして、舞台袖へと戻って行った。


『では、これより信任投票を行います。皆様、事前に配られた紙を見てください。信任するのであれば、『信任』の文字を丸で囲ってください。無理だと思ったら、『不信任』の文字を丸で囲ってください。では、書けた人は紙を裏返して、しばらくお待ちください』



 それから、講堂内の全生徒による投票が終わり、集計中。


 千六百枚以上もあるので、そこそこ時間がかかるかなー、と思っていたら、一時間程度で終了。


 思いの外早かった。


『それでは、集計が終わったようですので、結果を発表いたします。今回の信任投票の結果、信任が過半数を超えましたので、就任と致します』


 そして、ボクは生徒会長になりました。


『それでは、新生徒会長の男女依桜さん、就任の挨拶をお願いします』


 それもやるの……?


 ……って、そうだよね。生徒会長なんていう大きな役職になった以上、やらないとだもんね……。

 大変だなぁ……なんて思いながら、普段通りの表情を浮かべて舞台中央へ。


 そして、さっきと同じように一礼をして話し出した。


「この度、生徒会長に就任しました、男女依桜です。……挨拶、と言っても、個人的にあまりないかなー、なんて思ってたり……。ですが、こうして生徒会長になった以上、しっかりと職務を全うしていきますので、よろしくお願いします。あ、もしも何か悩み事や改善して欲しいことなどがあれば、遠慮なく言ってくださいね。以上です」


 そう言うと、再び拍手が鳴り響いた。

 うーん、結構歓迎されてるんだね……。


『ありがとうございました。……それでは、本日は解散となります。皆様、お疲れ様でした』


 と、そんなこんなで、生徒会選挙が終わりました。



「はぁ~~~……なんだか疲れたよぉ~……」

「お疲れ。そして、就任おめでとう、依桜生徒会長?」

「は、恥ずかしいから普通に呼んでよ……」

「ふふっ、ついね」


 選挙終了後、教室に戻ってくるなり、ボクは机にぐでーっと突っ伏した。

 そうすると、未果がからかい交じりに、依桜生徒会長なんて言うものだから、軽く抗議する。だって、恥ずかしいもん……。


「いやー、予想通りとはいえ、マジで生徒会長になるとはなー。さっすが、学園一の有名人は違うな!」

「そ、そんなことないよ。でも、まさか本当になれるとは思わなかったなぁ」

「そうか? 俺は確実になると思っていたが」

「だねー。だって依桜君だし。知ってる? あの信任投票、全員信任に入れてたみたいだよ?」

「なんで!?」


 あんなに人がいたのに、なんでそんなことになってるの!?

 少なくとも、四割くらいはいそうなのに!


「まあいいじゃない。それよりも、引き継ぎとかいいの?」

「あ、うん。それについては大丈夫。引き継ぎらしい引き継ぎはないそうだから。強いて言うなら、新学期最初の日に、ちょっとあるくらいかな?」

「よかったな」

「うん。……これで、メルたちにカッコいい姿を見せられるよ」


((((やっぱ基準そこかー……))))


 あ、あれ? なんか、みんなが生温かい目で見てくるんだけど……なんで?


「でもよ、オレ思うんだ」

「何が?」

「いやよ? この学園の生徒会って、地味~に仕事あるじゃん? ってことはさ、依桜って家に帰るのが遅くなるんじゃね?」

「……………………………………………………」

「あ、固まった」


 ……カエルノガ、オソクナル?


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ……!!」


 態徒の発言を理解した瞬間、ボクは頭を抱えて思わず叫んでいた。

 そうだよ! 生徒会長になっちゃったら、家に帰るのが遅くなっちゃうよ!


「やっぱり、気付いてなかったのね」

「……メルちゃんたちのことになると、脊髄反射で反応しているんだろうな。だから、目の前のことだけしか考えない、と」


 うぅぅぅ……みんなとの触れ合いがぁ……ボクの癒しがぁ~……。


「あれ、なんか本気で悲しんでね?」

「だ、ね。依桜君のシスコンぶりには驚かされるけど、まさか本当にそれにしか目がいかなくなるとは……」

「まあ……あれよ。依桜が限界突破して仕事を終わらせれば、そう遅くならない、と思うわよ?」

「…………それもそうだね! ボク、どんな手を使ってでも早く終わらせるよ!」


((((うわ単純))))


 となると、『瞬刹』は確実に使わないと。


 それ以外だと……『身体強化』も必要になりそう。あれって、なんだかんだでスピードが上がるからね。それに、『瞬刹』との相性もいいし。


 これなら、生徒会長としてのお仕事をこなしつつ、みんなのお世話ができる……!


「しっかしまあ、ここまでのシスコンになるとは……」

「わからないものだな。だがまあ、依桜にも熱中することができるものができた、ということにしよう」

「いや、その熱中することができるものが妹ってどうなん? しかも、度を超えた過保護だぞ?」

「…………まあ、いいんじゃないか?」

「その間はなんだ」

「二人とも、何を話してるの?」

「「何でもない。気にするな」」

「そ、そう?」


 何を話してたんだろう?


「ともあれ、依桜、頑張りなさいよ。応援してるから」

「うん。頑張ってみるね」


 こっちの世界では初めての大きな役職だけど……頑張ろう!


 あの時の発言が嘘にならないようにしないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る