第287話 五月五日:異世界旅行11

 翌朝。


 さすがに、ニアちゃんたちに気を遣ってか、アイちゃんは変な起こし方はしな――


『……イオ様……起きてください……脳内に、直接語り掛けています……』


 ……すみません。十分変な起こし方でした。


「……なんで、囁くような起こし方なの? まあ、とりあえず、おはよう、アイちゃん」

『はい、おはようございます! いや、やっぱり毎日同じ起こし方だと、飽きそうですしねぇ。ほらやっぱ、毎日違うことをして、飽きを来させないようにするのも、サポートAIの仕事です!』

「……その仕事のせいで、朝は嫌な起こし方を二度ほどされてるんだけど?」

『はっはっは! すんません』

「まったくもぅ……普通でいいのに」


 どうにも、アイちゃんは悦楽主義的な部分がある。まあ、そんな主義があるかはわからないけど。


『それじゃあ、子供たちを起こす前に、ちょっと予定建てしましょうか』

「あ、うん。そうだね。と言っても、軽く観光するだけだからなぁ。一応、みんなのお土産も買っておきたいし」

『異世界の物をお土産に、って普通に考えたら結構やばいことしてません? だって、一度も見たことがなく、それこそ誰も見たことがないような何かが向こうの世界にあるんですよ? 大丈夫なんですかね?』

「うーん、まあ、魔道具とかじゃなければ大丈夫じゃないかな? 武器もダメだけど、食べ物とか、アクセサリー系統なら大丈夫だと思うよ」

『……ま、それもそうですねぇ。それじゃあ、適当に子供たちと回る、ということで?』

「うん。みんな、楽しんでくれればいいんだけど」

『昨日の様子を見る限り、イオ様と一緒ならどこでも楽しい! とか言いそうですけどねぇ』


 それ、メルも言ってたなぁ……。

 そう言えばボク、子供に懐かれやすいのかな……?



 アイちゃんと軽く話した後は、みんなを起こす。


「みんな、起きて。朝だよ」


 一人一人、優しく揺すって起こすと、みんなガバッ! と音を立てて起き上がる。

 ちょ、ちょっとびっくりした……。


「ゆ、夢じゃないです……」

「夢? どうしたの?」

「イオおねえちゃん、に、助けられた、のが、夢なんじゃ、ないか、って……」

「なるほど。それで、ちょっと怖くなっちゃったんだね。でも大丈夫。ボクはここにいるし、みんなと一緒だよ」


 一人一人の頭を撫でながら、にっこり微笑んで言うと、みんな安心したような表情を浮かべた。


 今までが今までだからね。


 ボクだって、異世界から帰ってきたあとは、みんなみたいな起き方だったなぁ……。本当は帰ってきていなくて、まだ向こうにいるんじゃ、って疑った時もあったし。


 過酷な生活を長くして、そのあと安心できて幸せな生活になると、夢だと怖くなるからね、人って。


「さ、みんな、朝ご飯を食べたら、お出かけだよ」

「「「「「お出かけ?」」」」」

「うん。もともとボクは、こっちの世界には、試運転という建前で、旅行に来ていてね。この国や、他の国を歩いて、観光していたの。でも、今はみんながいるから遠くにいけないしね。と言っても、ここには四日間くらいいるつもりで来たから、全然いいんだけど。あ、もちろん、行きたくなければ、無理に――」

「「「「「行くっ!」」」」」

「あ、うん、わかりました」


 またしても、言っている途中で遮られた……。

 そんなに観光したいのかな。


「それじゃあ、着替えは……ちょっと待ってね。今出すから」


 さすがに、昨日中に避難させた時に出したであろう服で、今日も過ごさせるわけにはいかないので、新しいのを創り出す。


 ボクの為ではないからセーフです。


 ……本当は、極力使いたくないんだけどね、この方法。


 まあ、背に腹は代えられません。


 『アイテムボックス』の中に手を入れると、みんなの体格に合わせた洋服を出す。


 正確な数字がわからないから……とりあえず、みんなワンピースでいいかな。多少大きくても、問題ないしね。


 最悪、ボクが軽く直せばいいし。


「はい、どうぞ」

「わぁ……可愛いです! ありがとう、イオお姉ちゃん!」

「かわ、いい……いいの?」

「もちろん。さ、みんな着替えて」


 そう言うと、いそいそとみんな着替え始めた。


 あ、そう言えば下着忘れてた。


 体格としては、ボクが小学四年生になったくらいに近いから……普段持ち歩いてるパンツを基準に、みんなに合わせたものを渡そう。


「みんな、一応下着も替えてね」


 さすがに、あっちは替えてなかったと思うし、可哀そう。


 ……う、うーん。みんな、何も気にしないでボクの前で裸になっちゃってるけど……すごいなぁ。ボク、子供とはいえ、女の子の裸を見ても何も感じなくなってる……。


 いや、子供の裸を見て変にドキドキしてたら、それはそれでまずいけど。


 ……と言っても、多分未果たちみたいに、同年代だとまだ慣れてないかもしれないけど。


 しばらく、みんなが着替えるのを待つ。


 ボクは、アイちゃんと話している時に、着替えも済ませていたので問題なし。

 そうして待っていると、みんなちゃんと着替えられていた。


 着替える前の服や下着はあとで洗濯しておこう。


 みんな、ワンピースが似合ってて可愛い。

 うんうん。やっぱり、女の子は可愛い服を着ている方が全然いいね。


「それじゃあ、出発しよっか」

「「「「「はーい!」」」」」


 本当に、大所帯になったなぁ……。



 お出かけと言っても、今日は基本的にみんなと街を歩くだけに近い。


 心に傷がないわけがないので、こうしてお出かけをして、少しずつ心の傷を癒そうというわけです。


 ……まあ、みんなに人間恐怖症みたいな部分がある可能性を考慮したら、結構危険だったりするんだけど……


「イオお姉ちゃん、あれはなんですか?」

「わ、たし、あれが、気に、なる……!」

「ぼく、初めてこんな綺麗なところ見た!」

「ここが、私とスイの故郷なのですね……」

「……ん、綺麗」


 みんな、クナルラルの街を見て大はしゃぎでした。


 周囲にいる魔族の人たちは、ニアちゃんたちを見て、温かい眼差しを向けていた。


 ボクはその人たちに軽く笑顔で会釈。

 すると、なぜか顔を赤くされた。


 なんで?


 そ、それはそれとして、よかった、元気いっぱいで。


 これなら、向こうの世界に行っても、あまり心配はいらないかも。

 あとは、ボクが七日目まで何事もなく、平穏に過ごせればいいだけだしね。


 ……できるかな。



 それからは、途中お菓子を買ってみんなと食べたり、演劇を見たりと、観光を楽しんでいた。


 ま、まあ、ちょっと演劇に関しては、物申したいけど……。


 だって……


『私に、あなた方を殺すつもりはありません。すべての人が手を取り合い、仲良くすべきです。ですので、私はあなたも救いましょう』

『ありがとうございますっ、勇者様……!』


 だってこれ、ボクを題材にした演劇なんだもん!


 たしかに、ボクは魔族の人をほとんど殺さなかったし、できれば手を取り合いたいと思ってたよ? でも……でもね? ボクは私、なんて一人称を使ってないし、あんな風に、聖人のようなことは言ってないよ?


 よくて、


『ボクにあなたを殺す気はないです。ですから、早く逃げてください』


 くらいだよ?


 少なくとも、あんなに丁寧な口調じゃなかった。


 ど、どうしよう、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいんだけどっ……!

 で、でも、みんなキラキラした目で見ているから、途中で席を立つわけにも……。


 うぅ、これ、なんて拷問ですか……?


 ……しかも、妙に魔族の人たちに受けちゃってるし……この人たちの中でのボクって、どうなってるの?


 ちなみに、みんなはキラキラした目で劇を見ていただけでなく、ボクにまでその眼差しを向けてきたのが、ちょっと……辛かったです。



 それから、みんなで歩いていると……


「……あれ、気になる」


 と、不意にスイちゃんがふらふらっと近くの本屋さんに歩いて行った瞬間、


『あっ!』


 という、慌てたような声が頭上から聞こえてきた。

 声がした方を見れば、大きな鉢植えがスイちゃん目掛けて落下していた。


「……っ!」


 突然の出来事で、スイちゃんが動けずに、その場で固まってしまっている。

 ボクは大急ぎでスイちゃんに接近し、お姫様抱っこで持ち上げると、そのまま回避。


 次の瞬間、裏からバリンッ! という、鉢植えが割れる音がした。


 いくらサキュバスとはいえ、まだまだスイちゃんは子供。


 あんなものが当たったら、ひとたまりもない。


 強い子供ならちょっと怪我するだけかもしれないけど、みんなの場合は衰弱もしていたから、かなり危険だった。


 よかった。すぐに動けて……。


「スイちゃん、大丈夫? どこか、怪我はない?」

「……大丈夫。イオおねーちゃんが助けてくれた。……ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫。スイちゃんは何も悪いことはしてないんだから。……まあでも、どこかへ行くときは、できればボクに言ってくれると嬉しいかな」

「……うん」


 こくりと頷いてくれた。


『申し訳ありません!』


 と、ここでさっき鉢植えを落としてしまった人が慌てて謝りに来た。


「いえ、大丈夫ですよ。この娘に怪我もありませんでしたから。今度から、気を付けてくださいね」

『はい……。あら? この声に、その気品ある雰囲気……あ、あの、もしやあなたは……あなた様は、イオ様、では?』


 ……え。


「…………ひ、人違い、です。ボクは、イオ・オトコメじゃなくて、サクラ・ユキシロですから」

『ですが、髪色に髪の長さ、目の色は違いますが、その美しいお顔は間違いなく……』

「ち、違います、よ? ボクは本当に、イオという人間では……」

『その上、との一人称。いえ、絶対にあなた様はイオ様です! 間違いありません!』

「で、ですから、ぼ、ボクはサクラですよ……?」


 ま、まずい。ここでボクの正体がバレるのは、非上にまずい……!

 できれば、ここはなんとか誤魔化さないと――


「……イオおねーちゃん。サクラ、なの?」


 ……無理、でした。


『や、やはり! こ、こここ、これは本当に申し訳ありませんでしたっ! ま、まさか、イオ様のお子様に鉢植えを落とすなど……!』

「子供じゃないですよ!? こ、この娘たちは……妹です! ぎ、義理ですけど!」

『なんと! では、尚更申し訳ありません! この首一つでお許しを……!』

「いやいやいやいや! そんなことで命は取りませんっ! ですので、安心してください!」

『器が大きいのですね、イオ様……』


 あぁぁぁぁぁ……今のやり取りで、完全にボクがイオだとバレちゃったよぉ……。


 周囲を見れば、


『い、イオ様だ……! イオ様がこの地に……!』

『相変わらず、お美しい……』

『まさか、妹君がおられたとは……』

『近くでご尊顔を見られなんて、幸せ!』


 ……なぜかみんな嬉しそうにしちゃってるぅ……。


 あと、完全にボクだってバレちゃってるぅ……。


 ……これ、もう変装いらないよね?

 バレちゃった以上、もう意味ないもん……。


 はぁ……正体がバレずに、のんびり旅行したかったのになぁ……。


 まあ、仕方ない。


 ボクは自身に使用していた『変装』と『変色』の能力とスキルを解除し、眼鏡を外す。


 黒く染めていた髪は、銀色になり腰元まで伸びる。


 目も黒から碧へと変わる。

 はい、元のボクです……。


「「「「「わぁ……綺麗……」」」」」


 すると、みんながボクの姿を見て、そんな風に呟いていた。


『素晴らしいお姿……』

『やはり、イオ様だったんだ……』

『まさか、国におられたとは』


 うわぁ、すごく嬉しそう……。


「あ、あの、えっと……ぼ、ボクは、その……一応、お忍びでこっちの世界に来ていますので、あまり騒がないで、普段通りにして頂けると……ボクは嬉しいです」


 もうすでに、変装を解いちゃってる以上、お忍びもなにもあったものじゃないけど、言わないよりはマシ。


『声も美しいなぁ……』

『しかし、まさかお忍びとは』

『イオ様の命だ。何としても、俺達は順守するぞ!』

『『『おー!』』』

「命令じゃないですよ!? 普段通り、普段通りでいいですからね!? そ、それに、ボクはあまり丁寧に接されても困るというか……えっと、友人や家族のように、リラックスして接してくれていいですから!」

『つまり……我々を家族のように思っている、と』

『なんと素晴らしいお言葉だ……!』

『イオ様のためならば、この命が果ててもそれは本望! なら、イオ様の命を俺達は全力で従うまで!』


 ……は、話が通じてないよぉ。


 ボク、どうすればいいんでしょうね……?


 結局この後、街の人たちから大量のお土産をもらいました。

 というより、押し付けられました。


 ……のんびり、したかった……。



 宿屋でも女将さんからすごく感謝されました。


『ありがとうございますっ……ありがとうございますっ……! 私の『ノルン宿』に宿泊していただき、感謝しかありません!』


 という風な感じに。


 うん……なんだか、何とも言えない気分になりました。


 現実なんて、こんなものですよね……。



 とまあ、ボクの正体がバレたことにより、クナルラルではお祭り騒ぎに。


 街の人たちはみんないい人で、気遣いもしてくれたからよかったよ。


 ……三日目のあれはちょっと……ね? いくらボクでも、さすがに……辛かったです。


 ちなみに、五日目と六日目は本当にお祭りになった。

 楽しかったけどね。


 でも、ボクとしては、普通にのんびり過ごしたかったです……。


 そんなボクの気持ちをよそに、ついに七日目。


 ボクが帰還する日となりました。


 王様にも挨拶するべく、ボクは早朝、宿を出て、王国へ。


 その間、みんなには『アイテムボックス』の中で、過ごしてもらいました。家の中には色々と遊べるものがあるしね。


 大急ぎで王城へ向かい、王様がいる場所に入り込む。


 もう、変装はしてないです。


 いらないしね……。


「こんにちは、王様」


 お昼頃、無事に到着。

 幸い、王様は休憩中だったので、そのまま話しかける。


「おお、イオ殿ではないか。先日は、人攫いの引き渡し、感謝する」

「いえいえ。たまたま見つけただけでしたので」

「たまたまで救われた子供がいるのだろう? して、その子供たちは……」

「あ、はい。ちょっと待ってください」


 なんだか同じパターンをクナルラルでもやったなぁ、と思いつつ、中にいるみんなに出てくるよう指示。


「この娘たちがそうです。二人はサキュバス……魔族ですけど、他の三人は人間の女の子です」

「そうか。……それで、この子供たちは?」

「連れ帰ります」

「……む? え、マジ? 連れてくの?」

「はい。身寄りのない子供たちですし、みんな、ボクと一緒に行きたいと言い出しまして……」


 苦笑い気味に言うと、みんなは嬉しそうな表情を浮かべる。


「イオ殿は、不思議な人だなぁ……。それで、今日儂に会いに来たのは」

「挨拶ですよ。ボク、今から帰還しますので」

「そうだったか。うむ、わかった。またいつでも来ると言い、歓迎するぞ」

「あ、あはは……今度こそは、のんびりした旅にしたいので、ほどほどにお願いします……」

「あいわかった。それでは、気を付けて帰るのだぞ」

「はい。王様も、お元気で。また来ますね」

「ああ。楽しみにしておるよ。次こそは、フェレノラたちに会ってあげてほしい」

「ぜ、善処します……」


 レノはまだいいんだけど、セルジュさんがちょっとね……。

 なんだか、またプロポーズしてきそうだもん。


「それじゃあ、そろそろ帰り――」

「お父様、少々お話が……ハッ! お、お姉様!?」

「れ、レノ!?」


 このタイミングでレノが入ってきた。


「お、お姉様ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわわっ! れ、レノ、危ないよ……」

「はぁっ、はぁっ、お、お姉様です……本物のお姉様ですっ! こ、この甘い香り! 素晴らしい! 素晴らしいですぅぅ!」

「れ、レノ! ちょ、ちょっと離れて! み、みんな見てるからぁ!」


 みんな、引いちゃってるから! すっごく、引いちゃってるから1


「す、すみませんっ! 約半年振りくらいでしたの、舞い上がってしまい……」

「抱き着くのはいいけど、もう少しだけ控えめにしてほしいかな」

「はいぃ……でも、なぜお姉様が? もしかして……再びこっちの世界に!?」

「そ、そうなんだけど……今から帰るところでね」

「そんなっ……まだ、まだ再開したばかりじゃないですか……」


 しょんぼりと肩を落として、残念そうにするレノ。


「がっかりしないで? 実はね、ボクはこっちと向こうを行ったり来たり出来るようになったから、たまに遊びに来れるの。だから、その……次来た時、色々と話そうね」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

「や、約束ですよ……?」

「もちろん。じゃあ、次来るときは、すぐにレノに会いに行くよ」

「ありがとうございますっ! わたくし嬉しいです!」


 これくらいで元気になってもらえるなら、お安い御用です。


 レノは何と言うか……ちょっと、子犬っぽいところがあって、なんだか可愛い。

 尻尾があったら、ぶんぶん横に振ってそう。


「それじゃあ、ボクはそろそろ行くね」

「はいっ! 次は、色々としましょうね!」

「うん。……さ、みんな、ボクに掴まって」


 そう言うと、みんなはボクにくっついてくる。


 身長差的には、三十~四十センチくらいだから、みんな腰元に抱き着く形になる。


 微妙に、胸が乗っかっちゃってる娘がいるのは申し訳ないけど……。


「それじゃあ、帰還します。また来ますね」

「うむ。待っておるぞ」

「お待ちしています!」

「うん。それじゃあ、さようなら!」


 そう言って、ボクは端末を操作し、帰還した。

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