第282話 五月五日:異世界旅行6

「というわけです」

「そうか……バリガン伯爵が……」


 あの後、『身体強化』を使用して急いで王様の所へ。


 変装自体はそのままだったので、一応ボクがイオであることを説明した。すぐに納得してくれてよかったよ。


 それにしても、まさか、朝王都を出発して、三時ごろに王都に戻ってくるとは思わなかった。

 事情を説明すると、王様は苦い顔をしていた。


「まったく、戦争で活躍したから爵位を与えたというのに……すまないな、イオ殿」

「いえ、今回たまたま事情を知って助けに行っただけです。まあ、気分が悪いことこの上ないのは、事実でしたけどね」

「……重ね重ね申し訳ない」

「い、いいんですよ。一応、バリガン伯爵や、違法奴隷を家に置いていたり、それに加担していた人たちは軒並み捕まえてあります。全員、屋敷の地下にあった牢屋に入れてありますから。もちろん、武装は全部解除してあります」

「そうか……ありがとう、イオ殿。して、違法奴隷だった者たちは……?」

「あ、え、えっと、一旦中庭に移動でいいですか? ちょっと、問題がありますので」

「ああ、わかった」


 さすがに、ここで全員出すわけにはいかないもんね……。色々と大騒ぎになっちゃうよ。



 というわけで、中庭に移動。


「で、違法奴隷たちは?」

「今出します。……みなさん、出てきて大丈夫ですよ!」


 『アイテムボックス』の中にいる人たちに、出てくるよう言うと、一人ずつ中から出てきた。


 その光景に、王様すごく驚いていた。


 あ、そう言えば、ボクの『アイテムボックス』については何も言ってなかったっけ……。


 ま、まあ、いいよね。今知ったしね。


 それにしても、ちゃんと普通の洋服を着ているようで何よりだよ。


 これでもし、薄着のままだったら不敬罪だ! とか言って、罰せられるかもしれなかったしね……まあ、その場合はボクが止めたけど。


「えっと、違法奴隷だった人たちです。腕輪はすべて外してあります」

「あ、ああ、そうか……本当にすごいな……」


 普通は、腕輪を外すには特定の魔法具が必要だからね……使ったことある物で助かったよ。じゃないと多分、創れなかったかもしれないし。


 ……と言っても、魔力消費が結構多かったので、多様はできないけどね。


『え、えっと、こ、ここは……』

「あ、すみません。ここは、リーゲル王国ジェンパールにある、王城ですよ」

『お、王城!?』

『な、なんでそんなところに?』

『こ、こんな普通の格好で、ば、罰せられたり……』

「大丈夫ですよ。そうですよね、王様?」

「うむ。事情は聞いておる。此度は、儂の采配ミスでそなたたちを酷い目に逢わせてしまった……申し訳ない」

『こ、国王様!? い、いえいいんです! そ、その、そこの方に助けていただきましたし……』

『それに、自由にまた暮らせるのならば、構いません……』

「そうか……それならよいのだが……」


 子供たちは王様が目の前にいることに、緊張している様子だけど、大人の女性たちは、緊張しつつも、しっかりと話せている。


『ところで……私たちを助けていただいた、そこの方は一体何者なんですか……?』


 あ、あれ? ボク、一応口止めしたよね? 素性を詮索しないでって……ま、まあ、知りたくなるのもわかるけど……。


 でも、ここでバレると色々と旅行に支障が出る……そうなれば、早々に帰還、なんてことになっちゃうかも。


 それは何としても、阻止。


 なので、ここは王様にアイコンタクト!


 言わないでください、と王様にアイコンタクトを送ると、わかっているとばかりに頷き、


「変装しているから、普通はわからないな。そこにいるのは……勇者だ」


 ………………な、なんで言っちゃうんですか、王様。


 伝わってなかったよ。


 王様、『これでいいだろ?』とばかりに、ドヤ顔してるんだけど。


 違うよ? ボクは言わないでほしい、って送ったんだよ? なんで、ボクの正体をばらしちゃうの?


『え、ゆ、勇者、様……?』

『本物……?』

『で、ですが、勇者様は銀髪碧眼の美しい少女と聞いていたのですが……』


 う、美しいって……やっぱり、ボクが女の子であると、広まってるんだね。別にいいけど……。


 はぁ……これは、隠し通せないよぉ……。


 仕方ないので、『変装』と『変色』を解くと、ボクの髪が黒から銀色に変わり、腰元まで伸びる。目も多分、同じように変わっているんだろうね。


 眼鏡も外し、元のボクに。


『ほ、本物……』

『初めて、会いました……』

『ゆ、勇者様だ! 勇者様だ!』

『き、きれー……』


 はぁ……バレたくなかったのに……。

 見た感じ、大人の女性たちは、ボクが勇者であることに驚き、子供たちはなぜか興奮してる。男の子はなぜか顔を赤くしてぼーっとしてたけど。


「それで、えっと、この人たちどうしますか? さすがに、働き口は必要ですし……」

「そうだな……子供たちは、親はいるのだろうか?」

「あ、それもそうですね。えーっと、みんなのお父さんやお母さんは?」

『お家にいる!』

『お家にいるの!』

『村!』

『街!』

「な、なるほど……」


 とりあえず、お父さんやお母さんは殺されていないみたいだね。

 それならよかった。

 でも、家はどこなんだろう?


「とりあえず、子供たちは儂たちの方で親を探すとしよう。大人の女性たちは……」

『あ、あの、一つ、勇者様にお聞きしたいことが……』

「はい、なんでしょうか?」

『えっと、勇者様は、魔族の国にて女王になられていると聞きます』

「そうですね」


 成り行きだけどね。


『それで、ですね……わ、私たちを、そこで雇ってはもらえませんか!?』

「…………え!?」


 ちょ、ちょっと待って!? え、なんでボクの国!?


「いや、あの、えっと……ど、どうして、ボクの国に?」

『……私たちが住んでいた村はもうありませんし、家族もいません』


 ……え?


『一応これでも、メイドとしての教養などはあります。どうか、お願いできませんか……?』

「う、うーん……」


 人数は、六人。


 たしか前にこっちの世界に来た時に、人手不足とかなんとか、ジルミスさんが言っていた気がする……。


 ボクとしては、別にいいと思うけど……。


「あの、魔族の国ですけど、いいんですか?」

『構いません。聞けば、魔族の方々は、かなり優しい方だと聞いております。その上、女王がイオ様である以上、心配事などありません』

「そ、そうですか……」


 今は、一人のメイドさんが言ったけど、他の人の顔を見れば、真剣なまなざしでボクを見ていた。


 どうやら、同じ考えのようです……。


 ……ボクとしては一向に構わないんだよね。


 人間が魔族の国で働いて、普通の暮らしができていると広まれば、魔族の人たちの印象もよくなると思うし……意外と、いいことなのかも。


「……わかりました。クナルラルで雇いましょう」

『『『『『『ありがとうございますっ!』』』』』』


 ボクが雇うと言うと、メイドさん全員が頭を下げてお礼を言ってきた。

 ボク、向こうだと普通の高校生なんだけどなぁ……最近、声優になっちゃったけど……。


「それならば、現在ジルミス殿がこちらに来ている。どうだ? 一度話してみるというのは」

「あ、来てるんですね」


 なんという偶然。

 ……いやこれ、偶然なのかな? ボクの幸運値を考えると、必然のような気がしてならない……。


『ご都合展開ですねぇ……』


 ……やめて。そういうこと言うの。


「む? 今、何か声が……」


 ……イヤホン、必須かもなぁ……。



 こっちに来ているというジルミスさんを呼んでもらった。


「これはイオ様! お久しぶりでございます」

「い、いえ、久しぶりと言っても、まだ一ヶ月ちょっとですよ?」

「いえ。私からすれば、一ヶ月は少し長く感じますので。それに、イオ様と会うことは、私にとって、生きがいとも言えるのです」

「……そ、そうですか」


 生きがいって……いや、あの……まだ、会って一ヶ月ちょっとですよ? なんで、ボクと会うことが生きがいになってるの?


「ところで、私に御用とのことでしたが……いかがなさいましたか?」

「あ、うん。えっと、そこにいるメイドさんたちが、クナルラルで雇ってほしいって言ってきたんです。それで、ボクとしては雇うと言ったんですけど……どうでしょうか?」

「ふむ。なるほど……たしかに、いいかもしれませんね。上手く行けば、クナルラルの印象が良くなるかもしれませんし、そうなれば交易も多くなるでしょう」

「それじゃあ……」

「はい。城の方で雇いましょう。仮に経験などなかった場合であったとしても、こちらで教育すれば、問題はありませんからね」

「ありがとうございます!」

「もっとも、イオ様の命ならば、断る、という選択肢などないのですが」

「い、いや、あまりにも酷いようだったら、普通に断ってくださいね? ボクは気にしませんよ?」

「はい、それが命令なのでしたら」

「め、命令じゃないんだけど……」


 う、うーん、なんだろう。

 ジルミスさん、ボクを神様か何かだと思ってない? 全然そんなことないよ? もともとは普通の高校生だったんだよ?


「ともかく、そちらの方たちは、帰国の際に一緒に連れて行くとします。賃金は……暫定として、一月二十万テリルでいかがでしょうか?」

『そ、そんなにもらえるのですか!?』


 ジルミスさんの提示したお給料に、メイドさんたちが驚く。

 ま、まあ、この国のお給料って、平均三~四万テリルだもんね。平均の五倍以上は破格。


「はい。現在、我が国では、先の戦争で人員が不足しております。中でも、メイドや執事と言った、城仕えの者たちが少なく……なので、こちらとしてはありがたいのです」

『で、ですが、私たちは人間ですよ……?』

「いえ、人間だとか、魔族だとか、そのような種族的な物は関係ありません。働きに対し、正当な賃金を払う。それは当たり前のことです。それに、安い賃金で働かせるなど、完全に使い捨てのようなもの。それでしたら、しっかりとした労働環境で、楽しく、前向きに仕事をしてもらう、というのは、上の仕事です。それに、あなたちには、住み込みで働いてもらうことになりますから、その分も含まれております」

『す、すごい……』

『魔族の人たちがいい人って、本当だったんだ……』

『今までなんて、二万テリル貰えるかどうかだったのに……』


 ……ここまで驚き、嬉しそうにしているところを見ると、あそこは本当に最悪な環境だったんだね。


 本当、救えてよかった……。


「もちろん、賃金の値上げも、働き次第ではありますので、ご安心ください。それと、住む場所も最高のものを用意しましょう」

『『『『『『――ッ!?』』』』』』


 ……クナルラルの王城、ホワイトすぎない?


 いや、ボク自身は社会に出たことがないからわからないけど、それでもかなり待遇がいいと思うんだけど……。


 さすが魔族、いい人……。


「なるほどな。身分や人種など関係なく、労働に見合った対価、か……。リーゲル王国でも、どうにもあまりよくない労働環境があると聞く。ジルミス殿の言葉は、耳に痛いものだ」

「我々は、最悪の国を知っていますからね。先代魔王から昔は、かなり酷かったものですから。これくらいは、当然です」

「……そうか。これからも、よき関係を築きたいものだな」

「こちらこそ」


 にこやかな笑みを浮かべながら、王様とジルミスさんの二人は握手をした。



 それから、ジルミスさんが色々とメイドさんたちに説明などをして、馬車で帰国していった。


 その際、


「ティリメル様を知りませんか?」


 と、心配な表情で聞かれたので、


「ボクの家で一緒に暮らしてますよ。とても、楽しそうに」

「……そうですか。ティリメル様は、まだまだ幼く、家族とも碌に会えませんでしたから。それに、本当の家族は……すでにいませんし」

「……え?」

「実を言うと、ティリメル様が生まれたのは、魔王没後すぐなのです。母親はティリメル様を生んですぐ息を引き取り、父親も病気で。ですので、イオ様だけが、おそらくティリメル様にとっての家族なのでしょう。我々としても、イオ様の所にいるのならば、安心ですし、嬉しいです。どうか、ティリメル様をよろしくお願いします」

「……はい。もちろんです」

「ありがとうございます」

「一応、こっちと向こうの世界を行ったり来たり出来るようになったので、今度メルを連れそちらに向かいますね」

「なんと! それは素晴らしいです。国の者たちも喜ぶでしょう。こちらに来た際は、是非、クナルラルへお立ち寄りください」

「もちろんです。一応、ボクは女王ですからね」

「はい。それでは、そろそろ帰国します。それではイオ様、お元気で」

「ジルミスさんも、体に気を付けてください」

「ご心配、ありがとうございました。では」


 軽く会釈をして、ジルミスさんはメイドさんたちと一緒に、クナルラルへと帰っていった。


 ちなみに、そのメイドさんたちは……


『『『『『『絶対の忠誠を、イオ様に誓います!』』』』』』


 とか言って、忠誠を誓われました。


 ……まあ、うん。もう慣れました。


 以前は、魔族の人たち大勢が、一斉に跪いて、忠誠を! って言われたしね……。


 それに比べたら、六人なんて、少ないですとも。


 いや、それでも結構重いような気がするけど。


 それにしても……メイドさんたち、ちゃんとした生活を送れれば、かなりの美人さんになる予感がしたなぁ。


 態徒とか女委辺りが喜びそうだよ。

 本物のメイドさんに、本物の魔族だもんね。


 その内、連れてきてあげよう、こっちの世界に。


 それから、ボクが救出した子供たちは、先ほど王様が言っていたように、王城で保護し、お父さんやお母さんを探すとのこと。


 可能な限り早く見つけるって言っていたので、安心だね。


 そして、バリガン伯爵とそれに従っていた私兵の人たちは、かなりの余罪が見つかったそう。


 ボクがフーレラ村に行く道中に遭遇したあの人たちが働けないようにしたり、村を襲ったのは魔族などではなく、バリガン伯爵の私兵や繋がりがあった盗賊や人攫いたちだったそうです。


 本当に、碌なことをしていなかった。

 その話を聞いたボクは、


「絶対に、死罪なんて軽い罰にしないでくださいね?」


 と、笑顔で王様に頼みました。


 冷や汗を流しながら、何度も首を縦に振っていたのが気になったけど。


 バリガン伯爵たちは、死罪ではなく、爵位剝奪の上で、一生鉱山で魔石や鉱物の採掘を強制されるのだとか。


 しかも、『誓約の腕輪』にかけられた誓約は、死のうとすること、逃げようとすること、誰かを傷つけること、この三つをやったらアウト、らしいです。


 でも、この誓約は抜け道を用いた、結構えげつないことになってたり。


 死のうとする、というのは、自分の意思で、となるので、自分の意思で逃げようとすれば、自分の意思で死のうとするのと同義、と腕輪が認識するそうです。


 でも、腕輪に仕込まれた猛毒魔法はすぐに死に至る、ということで、絶対に発動しないらしいです。つまり、死ねないし、逃げられない、ということになるのだとか。


 仮に、毒が発動しても、待機している《解毒士》の人が死ぬ前に解毒するから不可能なのだそう。


 寿命で死ぬまで一生、鉱山働きらしいです。


 うん、まあ、それくらいはしないと、だよね?


 少しだけ、スッキリしました。


『意外と、イオ様の性格は悪い……?』


 そんな、アイちゃんのセリフが聞こえてきたけど、無視しました。

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