第376話 依桜ちゃんたちとレジャープール8

 その後は、割と普通な質問ばかりでした。


 例えば、好みのタイプだとか、好きな食べ物とか、好きなスポーツとか、本当に普通な質問ばかり。ボク的には、すごく安心しました。


 まあ、中にはスリーサイズに関することを訊いてくる質問もあったんだけどね……。

 そんなにスリーサイズって訊きたい情報なの?


 よくわからない。


『はい、それでは質問コーナーも終わりましたので次に参りましょう。次は――』


 と、乃ノ星さんが言おうとした時の事だった。


『うわぁ!』

『きゃぁっ!』


 不意に、観客席の所から悲鳴が聞こえてきた。


「な、なに? 何があったの!?」


 突然の事態に、隣にいるエナちゃんが不安そうな様子を見せる。

 一体何があったのかと考え出した瞬間、


『う、動くなぁ!』


 いきなり、一人の男の人が出てきた……って、あれ、あの人って……矢島さん?


『いいか、絶対動くんじゃねえぞ……』


 拳銃を持ち、周囲に威嚇するように狂ったような表情でそう言う矢島さん。


 あれ、あの人ってたしか、師匠によって捕まったはずだよね? もしかして、脱走して来た、とか?


 ……だとしたら、相当厄介な状況なんじゃないかな、これって。


 あの時の動機って、エナちゃんだったはずだし。


 それに、今は警備員とかが前よりも少なく、水着という露出の多い服装なので、無防備すぎる。


 普通の衣服の方がまだマシに思えてくるレベルで。


『へ、へへへ……俺の人生はもう終わりだぁ……なら、一人でも多く……いぃや、エナちゃんを道連れにして……!』

「ひっ」


 瞳孔が開いた気持ち悪い笑みを浮かべて、そんなことを言う矢島さん。


 そんな姿を見たエナちゃんは、短い悲鳴を漏らし、体をすくませる。


 ……なにしてるんだろ、あの人。


 師匠は何を……って、あー、あの人、お酒飲んでるよ……。


 はぁ。つまり、ボクに全部丸投げ、っていうことですね、わかりました。


 まあ、エナちゃんを怖がらせている上に、こんな迷惑なことをしてるんだもん。ボクが出るのも当たり前、かな。


 友達が怖がっているのなら、助けるのが当然です。


「何してるんですか、矢島さん」

『ああ? テメェは……誰かと思えば、新人アイドルさんじゃないですかぁ。たしかに、可愛いなぁ……』


 うっ、どうしよう、気分が悪くなってきた。

 って、ダメダメ。顔に出さないようにしないと……。


『どうだ、一緒に来るって言うなら、エナちゃんたちや客どもに被害を出さないぜぇ?』


 この人、言ってることがめちゃくちゃすぎないかな?


 道連れにしに来たんだよね? なのになんで、一緒に来れば見逃す、みたいなことを言っているの?


 よ、よくわからない……。


「嫌です。行く理由もありません。あと、エナちゃんが怖がってるので、警察署の方に帰ってくれませんか?」

『て、テメェ……! こっちが優しく言っていりゃつけあがりやがって……! もういい、まずはテメェから殺してやる!』


 師匠、この人、ブライズが取り憑いていたりしませんか?


 なんて思っていたら、こちらに拳銃を構えて……


 バンッ!


 いきなり発砲してきた。


「ふっ」


 まあ、当たらないんだけど。


 それにしても、こっちの世界に来てから、よく銃で撃たれるね、ボク。

 おかげで慣れたよ。


『ちっ、狙いを外したか……だが次は当てるぞ! 死ねぇ!』


 バンッ!


 再び鳴り響く発砲音。

 外したと勘違いしているみたいだけど、実際はボクが避けてるだけなんだけど……。

 今回も当たってないし。


『な、なんでだ! なんで当たらねぇ! クソッ、クソッ、クソォ!』


 何度も何度も拳銃で発砲してくるんだけど、全く当たらないし、掠りすらしない。

 雷を目視で避けられるもん、ボク。


『クソッ……こうなったら……』


 急に拳銃を捨てて、矢島さんはいきなり走り出した。

 逃げ出すのかと思ったら、なぜかステージ前に……って!


『へへへっ! こいつは人質だぁ! いいか、絶対に近づくんじゃねえぞ!』

「お、おねえちゃん……!」


 リルを抱き抱え、あろうことかナイフを向けていた。

 それを見た瞬間、ボクの中の何かが吹き飛んだ気がした。


「……ます」

『ああ?』

「……します」

『なんだ、ハッキリ言え――』

「殺します」

『はっ? ――ごはっ!?』


 縮地もどきを使用して、一瞬で矢島さんに肉薄すると、思いっきり脳天に蹴りを叩き込んだ。


 蹴りは見事に当たり、


 ドゴンッ!


 という音を出しながら、矢島さんが地面に叩きつけられた。


「きゃあっ!」


 同時に、空中に放り出されてしまったリルを優しくキャッチ。


「大丈夫? リル?」

「お、おねえちゃん!」


 目端に涙を浮かべながら、リルがボクにぎゅっと抱き着いてきた。

 その小さな体はぷるぷると震えている。

 可哀そうに……。


「よしよし……もう怖くないからね」

「うん……!」


 リル……というより、メルを除いた五人は、一度本当に誘拐されあわや売り飛ばされそうになったという経験がある。


 だからこそ、そう言ったことに対してはかなりトラウマになっているはずなのに、この仕打ち。知らなかったと言えど、到底許される事柄じゃない。というか、許すわけがない。


 ボクにとって、自分の命よりも大事な妹たちと言っても過言ではない娘を人質? 許さない……!


 ボクはリルをメルたちの所に行き、メルたちに預ける。


 一番気弱なリルを人質にするなんて。


 奥底から湧き上がってくる怒りを抑えようともせず、ボクは倒れている矢島さんの所へ歩く。


「何寝てるんですか?」


 ビクッと体を震わせる。

 やっぱり、起きてるよね。

 まあ、当然かな。


 だって、あの蹴りには回復魔法が付与されていたんだもん。あるのは痛みだけ。怪我なんてない。

 当たった瞬間に治ってるんだもん。


 もっとも、痛みだけでも十分意識を落とすだけの威力はあるんだけど……。


「寝たふりは、止めてくれませんか? ボク……つい止めを刺してしまうかもしれません♪」

『わ、わかった! 起きる! 起きるから!』

「ああ、よかったです。返り血で汚れることはなさそうですね」


 笑いながら、脅すように矢島さんに向けてそう言う。

 すると、一気に顔を青ざめさせていく。

 もちろん、冗談です。


「それで? なんで、あの娘を人質にしたんですか? ねえ、答えてください。あ、三秒以内にお願いしますね。これでもまだ、甘い方ですからね? じゃあ、カウント始めます。いーち」

『ち、近くにいたからだ! あ、ああと、一番気弱そうなガキで、人質にしやすかったから……!』

「なるほどなるほど……」


 弱そうで、人質にしやすかった、ですか。

 ……。


「立って」

『へ?』

「立ってください」

『な、なんでだ?』

「口答えしないで、早く立ってください。心臓、潰しますよ?」

『は、はいぃぃ!』


 軽く殺気を滲ませて言えば、矢島さんはすぐに立ち上がり気を付けの姿勢を取る。


「一つ、ゲームをしたいと思うんですけど、どうですか?」

『げ、ゲームだと?』

「はい。もちろん、あなたにメリットはありますよ。あなたが勝てば、ボクはあなたを見逃してあげましょう」


 にっこりと笑いながらそう言うと、周囲がざわつきだす。

 エナちゃんも酷く驚いたような顔をしていた。


『い、いいじゃねえか。勝てばいいんだろ、勝てば。で、勝負ってのは?』

「簡単です。今からあなたの顔にビンタをします。これを受けて、降参しなければ、あなたの勝ちです。回数は……そうですね、十回ほどでどうでしょう?」

『いいじゃねえか。そんくらい、耐えてやるぜ』

「成立ですね。じゃあ、まず一回目、行きますね」


 にこにことした笑顔を浮かべながら、ボクは『身体強化』を最大で使用。

 しかも、限界を突破しての『身体強化』なので、ボクの力はとんでもないことになっています。

 今なら、指一本で魔王を倒せるかもしれません。

 それくらいになっています。


『な、なんだよ、そ、そのオーラは……!』


 オーラ? 『身体強化』にそういったものは無かったはずだけど……もしかしてあれかな? あまりの恐怖で、幻覚が見えちゃってるとか。


 ふふふ、それなら問題なしですねぇ。


「じゃあ、行きますよ。はーい……ドーン!」

『ごぶふっ―――――!?』


 ドパァァァァァァァンンッッ!


 凄まじい音が、矢島さんの頬から発生した。


 もちろん、今の威力で普通の人の顔をビンタなんてしたら、だるま落としみたいに頭が飛んでいっちゃうので、回復魔法を付与していますよ。


 もっとも。首がちぎれる痛みと、首の骨が折れる痛みが発生していると思うけど、仕方ないよね!


 それに、周囲に被害が出ないように衝撃が通り抜けないよう、あの体にとどめるようにしたから、多分もっと痛いかもしれないね。


『あ、あが……』


 あれ? 白目剥いて気絶しちゃってる?


 うーん。まあ、もう一回ビンタすれば起きるよね!


「じゃあ、もう一回行きますよー。はーい、ドーン!」


 ドパァァァァァァァンンッッ!


『んごは!? い、いてぇ……いでぇよぉ……』

「あ、起きましたね? えーっと、まだ大丈夫そうなので、三発目に行きますよー。はーい。ど――」

『ま、待て! 待ってくれ! お、俺が悪かった! だ、だから、これ以上はやめてくれ!』

 三発目に行く前に、矢島さんは怯えた様子で降参した。

「むぅ、情けないですね……。しかも、これだけ迷惑をかけておきながら、自分はすぐに投げ出すなんて……情けないです。大の大人がそれでは情けなさ過ぎて、呆れしかでません。まあ、そんなことはどうでもいいんです。ボクが一番怒っているのは、ボクの妹に手を出した事と、エナちゃんを怖がらせたことです。本当にどうしようもない人ですね。あなた。生きている意味、ないんじゃないですか? 少なくとも、ボクからすれば生きている価値なんてないです」

『うぐっ』

「うわー、いのりちゃん、笑顔でとんでもないこと言ってる……」


 エナちゃんが何か言っているような気がするけど、気のせいだよね。だって、本当のことだもん。


 もうちょっとビンタをした方がいいと思ったけど、それなりにスッキリしたし、お説教に入ろう。


「そもそも、こんなことをしても全く意味がないのに……。あなた、たった一度きりの人生を損してしまいますよ? それは非常にもったいないことです。別に、正しいことをしろ、とか、人のためになるようなことをしろ、とは強要しません。少なくとも、誰かに迷惑をかけなければいいわけですから」

『……』

「でも、悪いことなんてしたら、それこそ人生を棒に振るような行為です。誰かの迷惑になるだけで、いいことなんて何もない。強いて言うなら、やった人がその時だけ気分がよくなるだけですね。人間性が破綻していなければ、後悔しますし、自責の念に駆られて、いずれ自殺してしまうかもしれません。あなたは、そうなりたいんですか?」


 若干驚く様子を見せつつも、矢島さんは何度か口を開ける閉じるを繰り返し、言う。


『……な、なりたくはねぇ』

「そうでしょう? いいですか、矢島さん。すぐに、罪を償ってください。迷惑を掛けちゃダメです。刑務所の中でしっかり反省して、もし出てこれたら、何でもいいです。善行を積んでください。もちろん、嫌ならしなくてもいいです。ですが、絶対に悪事だけはしないでください。約束できますか?」

『は、はい』

「ならいいです。あと、迷惑をかけたんですから、しっかり謝罪してください。人間、感謝と謝罪をすぐに言えるような人の方が、人から好かれますから」

『わ、わかりました。……ご迷惑をおかけして、すみませんでした!』


 矢島さんは了承すると、すぐに頭を下げて謝罪した。

 もちろん、エナちゃんにも謝りましたよ。


「よくできましたね。これからは、しっかり真っ当な人生を送ってください。今から戻れは、まだマシなくらいで収まりますから」

『はい……あ、ありがとうございました。いのり様!』

「はい……って、え、様? 様って何ですか!?」

『俺、目が覚めました! こんなどうしようもない俺に、説教してくれて、ありがとうございました! これからは、世のため人のためになることをします! それから、君にも悪かった……。どうしようもないおっさんだが、謝罪だけはさせてほしい』

「だ、だいじょうぶ、です。おねえちゃんが、いました、から」


 あ、リル優しい……。


 誰かを許せるって言うのは、なんだかんだ言ってとてもすごいことだもんね。


『それじゃあ俺、戻ります!』


 そう言って、憑き物が落ちたような表情で、矢島さんは施設の出口に向かって行った。


 一体、何だったんだろうと思えて来るよくわからない数分間の出来事だったけど……うん、まあ、いっか。


 エナちゃんにもリルにも大事に至らなかったわけだし。


「いのりちゃん!」

「わわっ。もぅ、エナちゃん、いきなり飛び込んでくると危ないよ?」

「えっへへー! 大丈夫! いのりちゃんがちゃんと受け止めてくれるって信じてるもん!」

「そ、そっか。大丈夫だった?」

「もっちろん! いのりちゃんのおかげで、すぐに怖くなくなったよ!」

「それはよかったよ。エナちゃん、すごく怖がってたから」

「あれはちょっとね……でもでも! いのりちゃんカッコよかったよ!」

「え?」

「年上の人を、しっかりとお説教するんだもん! しかも、更生させてたし!」

「そ、そうかな?」


 割と普通だと思うんだけど……。

 お説教をするのに、年齢は関係ないもん。


「みんなも、すごかったと思うよね!」

『かっこよかったです! いのり様!』

『マジ尊敬します、いのり様!』

『女神みたいで、かっこよかったです! いのり様!』

「ええ!? あ、あの、様はやめてください!」


 なんでお客さんたちも様付けで呼ぶの!?

 ボクのことを様付けで呼ぶのは、クナルラルの人たちで十分だよぉ!


『い・の・り! い・の・り! い・の・り!』

「そのコールはやめてくださいぃぃ!」


 この後、このコールが数分続きました。


 ……すごく、恥ずかしかったよぉ……。

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