第377話 依桜ちゃんたちとレジャープール9

 思わぬアクシデントを無事乗り切り、イベントが再開。


 その後のイベントは、特に問題が起こることもなく、筒がなく進み、最後にボクとエナちゃんの二人で歌ってイベントは終了となりました。


 今は、イベントが終わって、控室にいるところです。


「お疲れ様、依桜ちゃん!」

「エナちゃんもお疲れ様」

「まさか、あんなことがあるなんてね」

「本当にね」


 イベント最中に、矢島さんが乱入してくることになるとは思わなかったよ。


 というか、一体どうやって逃げ出したんだろう?

 少なくとも、一週間前だったよね? 捕まったの。

 うーん……護送中とかに、隙を突いて、とか?


 まあ、なんにせよ、無事に収まったし、リルとエナちゃんの二人に何もなかったから大丈夫そうでよかったよ。


「戻ったわよ」

「あ、マネージャー! おかえり!」

「おかえりなさい、マネージャーさん」


 軽い事情聴取を受けていたマネージャーさんが、控室に戻って来た。


「二人とも、お疲れ様。イベント、大成功だったそうよ」

「ほんと!? ならよかった! ね、依桜ちゃん!」

「そうだね。お客さんたちも、楽しんでくれていたみたいだもんね」


 少なくとも、ボクが見ていた限りじゃ、暗い表情をしている人はいなかったし。


 もっとも、レジャープールっていうことを考えたら、暗い表情をしている人の方が珍しい気がするけどね。


「特に、男女さんの人気がすごいみたいね」

「え、ぼ、ボクですか?」

「ええ。なんでも、『凶悪犯を優しく諭し、更生させる女神アイドル』だそうよ」

「わ! すごいね! 依桜ちゃん!」

「す、すごい、のかなぁ……」


 少なくとも、そうでもない気が……。


 諭すのはもともと慣れているし、そもそもの話、諭す何て言うものじゃなかった気が……。


 ボクはただ、リルが危険にさらされそうになっていたから、ちょっとだけ本気を出しただけだし……そもそも、思いっきりオーバーヘッドキックを入れちゃってるんだけど、ボク。


 今思えばあれ、かなりやりすぎだよね……。


「一応、施設側が映像をリアルタイムで流していたのだけれど、偶然見ていた名のあるアクション系の映画監督が、男女さんを是非自分の映画に! っていうオファーがうちの事務所に来たわ」

「なんで!?」

「どうやら、途中で男女さんがした、キックのインパクトが強かったからみたい。たしかに、素人目に見てもあれは凄まじかったわ。というより、キックまでの動きが全く見えないくらいに速かったけれど」

「あ、あはははは……」


 ま、まあ、これでも一応、世界最強の暗殺者の弟子をやらせてもらってますからね……。

 むしろ、あれってそこまですごい技じゃないんだけど。

 ごく普通の体術だし。


「うちも近くで見てたけど、依桜ちゃんの動きってすごかったよね! なんと言うか……プロ? って言うのかな? そんな感じに見えたよ!」


 ちょ、ちょっと鋭い。


 たしかに、ボクはプロと言えばプロなのかも。

 超一流の暗殺者である師匠に教わったわけだし……。


「それで、映画の方はどう答えを?」

「と、とりあえず、断っておいてもらえますか? その、ボクも色々とあるので……」


 少なくとも、声優業もあるからね、ボク。

 それに、学園長先生の研究のお手伝いとかもあるかもしれないし、日常的にも色々とあるからね。

 意外と忙しいのです。


「了解。まあ、元々男女さんはうちの事務所に所属しているわけじゃないから、うちの方にオファーを出しても意味がないんだけれどね」


 困ったような笑みを浮かべてそう言うマネージャーさん。


 まあ、元々ボクアイドルじゃないしね。純粋な。


 あの時は、単純に護衛目的でやっていた面が強かったし、ボク自身、どこかの事務所に所属しているわけじゃないから。


 興味がないと言えば嘘になるけど、普段の事を考えると、さすがにできないんだよね。

 これでも、一応やることはそこそこあるし。


「さて、後はイベントの片づけだけど……ああ、そう言えば、握手会があったわね」

「握手会、ですか?」

「ええ」


 なんで? と思っていると、エナちゃんがにこにことしながら、説明してくれた。


「うちの事務所……というより、うちはね、こう言ったホール系じゃない場所でのイベントでは、結構な頻度で握手会をやってるの!」

「なるほど……。でも、あんなにお客さんがいると、さすがに時間がかかるんじゃ?」


 見たところ、数百人単位でいたよね?

 それを捌くのはかなり時間がかかるような気がする。


「そこはちゃんと対策してあるわ。今日ここに入場する際、チケットを購入したでしょ?」

「はい。そうですね」

「今日に限り、チケットにはシリアルナンバーが書かれていて、それを基に抽選をするの」

「あ、なるほど。つまり、こちらが出した特定の数字が含まれていたり、特定の並びをしていたら、握手会に参加できる、ってことですか?」

「そういうこと。理解が早くて助かるわ。それで、その握手会なんだけど……」


 少し申し訳なさそうにしながら、言葉が最後の方で若干濁る。


「あー……もしかして、参加して欲しい、っていうことですか?」

「ええ。お願いできるかしら?」

「まあ、ここまで参加しちゃいましたし、最後までお手伝いしますよ」

「ありがとう、男女さん。衣装については、今のままで問題ないから。あ、パーカーとかがあるなら、羽織っていてもいいから」

「ほんとですか? それならありがたいです」


 水着姿だと、なぜか視線がすごくて……主に胸。

 やっぱり、大きいから目立つのかなぁ。


「そう言えば、握手会に参加できるお客さんの上限って?」

「そうね……最高でも百人くらいかしら?」

「意外と多いんですね」

「まあ、エナは売れっ子アイドルだしね。意外と、地方からも集まっていたりするのよ、こう言ったイベントでは」

「そうなんですね。エナちゃん、すごいね」

「そかな? うちは普通に頑張ってるだけだよ! まあ、それで遠いとこからも来てくれるって言うのは、アイドルとしてすごく嬉しいことだけどね!」

「ふふっ、そっか」


 やっぱり、プロなんだね。

 ボクはまあ……まがい物みたいなものだから、素直に尊敬できるよ。


「それじゃあ、あと二十分くらいは時間があるか、休憩してて」

「はーい」

「わかりました」


 準備の手伝いなのか、マネージャーさんは部屋を出て行った。

 とりあえず、二十分の休憩が与えられたけど……。


「何しよっか」

「そうだね……特にない、かな。休憩と言っても、そんなに疲れてないしね」

「おー、依桜ちゃんタフだね!」

「まあ、運動自体は得意だから」


 そもそも、それ以上のことを平気でしていたから尚更というか……。


「ねね、依桜ちゃんの異世界のお話、聞きたいんだけど、いいかな!?」

「異世界の? 別に構わないけど……多分、軽蔑すると思うよ?」

「軽蔑? 大丈夫! 依桜ちゃんがどんな悪事に手を染めていたとしても、うちは笑って受け入れるよ!」


 つ、強い。

 多分これ、本心からの言葉だよ。

 だって、全く裏を感じないんだもん。


 ……もしかして、エナちゃんって裏表がない性格なのかな?


 まあでも……聞きたいって言ってるし、あそこまで話しちゃったから……話しておこうかな。


「うん。えーっと、長くなるから所々省略するね。えーっと――」


 休憩中にある程度話し終えるよう、なんとか省略して説明。

 主に、異世界でしていたこととか、ボクの最終的な目的とかかな?

 大体十五分くらいで終了した。


「うぅぅっ……」


 話が終わると、なぜかエナちゃんが泣きだした。


「ど、どうしたの? どこか感動するところとかあった……?」

「ううんっ。まさか、依桜ちゃんがそんなことをしていたなんて……! うち、依桜ちゃんがしてきたことの辛さを考えたら、なんだか、涙が出てきちゃって……」


 なるほど。だから泣いてるんだ。

 たしかに、普通の人からしたら、相当辛い経験だもんね……人殺しなんて。


「えっと……軽蔑しない、の?」

「するわけないよっ! だって依桜ちゃん、仕方なくやったんだよね? それなら、全然大丈夫! それに……依桜ちゃんは、うちを守ってくれたからね! それを考えたら、本心からやってるなんて思えないよ!」

「エナちゃん……」


 なんだろう。胸がじんわりと温かくなる。

 今の言葉は、すごく嬉しいな……。


「それに、依桜ちゃんカッコいいし可愛いから!」

「あ、あはは……最後のは余計かな」


 カッコいいだけでいいと思います。


「じゃあ、依桜ちゃんがすごく動けてるのって」

「うん。向こうで鍛えたからだね。あと、師匠のしごきがすごかったから……」


 あはは……と力なく笑う。

 今思い出しても、師匠の修行は本当に酷かった……。何度も何度も殺されたしね、ボク。

 スペ〇ンカーもびっくりなレベルで。


「でも、いいなぁ、異世界。行ってみたいなぁ」

「そんなにいいものじゃないと思うけど……」

「そかな? でもやっぱり、日本人的には憧れがあるんだよね! ほら、主流なジャンルだから!」

「たしかに、そうかも?」


 ボクだって、異世界に行く前はちょっとだけ憧れのような物があったっけ。

 もっとも、一度地獄を経験している以上、今のボクにはそんな憧れは微塵も残ってないんだけどけど。


「どんな世界なんだろうなぁ……行ってみたいなぁ……」


 なんて、エナちゃんがそう呟いた時だった。


〈なら、イオ様が連れて行けばいいのでは?〉


 そんな声が、ボクの胸元から聞こえてきた。


「え、連れてってくれるの!? ……って、え、あれ? 今の依桜ちゃん?」

「ボクじゃないよ。この声は……」

〈こっちこっちですよ! ほれほれ!〉

「下の方……? というより、依桜ちゃんの方な気が……」

「えーっと、ちょっと待ってね……」


 使用していた『擬態』の能力を切る。

 すると、首からぶら下げていたスマホ入りのケースが出てきた。


「わ! 何今の! 手品?」

「手品じゃなくて、これは能力って言って……スキルみたいなもの、かな?」

「なるほど……それで、さっきの声って?」

〈どもども! 完全無欠! 美少女アイドルの従者的存在! スーパーAIのアイちゃんでっす! 以後お見知りおきを!〉

「なにこれーー!?」

「あー、えっと……ボクのスマホに住み着いてるAI、かな」

「へぇ……AIにしては、感情があるんだね?」

〈ふっふーん! そこらのAIとはわけが違うってことですよ! エナさんや!〉

「おー! すごーい!」


 パチパチと拍手するエナちゃん。


 そういうことをすると、調子に乗りそうだよ、アイちゃん。


 というか、すごく久しぶりに見たような気が……。


「それで、さっきの連れて行けばいいって?」

〈はい。実はこの私。元は、『異世界転移装置二式』と呼ばれる端末のAIだったんですよ〉

「異世界転移装置! もしかしてもしかして、異世界に行けちゃう装置!?」

〈イグザクトリー! イオ様専用の装置ですが、イオ様、もしくはイオ様に触れている人に触れていることで、一緒に異世界に行けるという、画期的な装置なのです!〉

「すっごーい! じゃあじゃあ、うちも行けるの!?」

〈もちのろんっすよ! しかも、この夏にはイオ様とイオ様の友人方で旅行に行く予定ですからね! 現段階じゃ、未果さん、女委さん、晶さんに態徒さん、イオ様の妹さんたちと、あとはミオさんと、美羽さん辺りが参加決定してますね〉

「……ちょっと待って!? ボク、美羽さんには言ってないよね!?」


 なんか、勝手に行くことになってるんだけど!


〈ええ。前にちょっと、こっそり連絡を取ったら行きたいと言ってきたので、了承しときました。まあ、イオ様にミオさんがいるんで、問題ないっしょ?〉

「た、たしかにそうだけど……」


 少なくとも、問題はないと思うよ?

 師匠の近くは、世界で一番安全な場所と言っても過言じゃないくらいに、安全だもん。


〈それに、なんだかんだで仲いいじゃないですか、イオ様〉

「一緒にお仕事するからね」

〈仲間外れと言うのも可愛そうじゃないですか?〉

「た、たしかに」


 一応、『CFO』では、美羽さんもギルドに参加してるもんね。

 そう考えたら、確かに誘わないのもちょっと気が引ける。


〈それに、大所帯の方が楽しいでしょ?〉

「……まあ、それもそうだね。じゃあ、美羽さんも行くということで」


 あとで、ちゃんと連絡しておこう。


〈そんなわけですし、今更一人くらい増えたところで、問題ないと思うんですね、私〉

「うーん……エナちゃん、行きたい?」

「行きたい!」


 そ、即答ですか……。


 問題がないわけじゃないけど……師匠も行くことだし、一応大丈夫そうなんだよね。

 それに、何が何でも守ればいいわけだし。


「……はぁ。わかりました。じゃあ、エナちゃんも参加ということで」

「やったー! 異世界旅行だー!」


 ぴょんぴょんと嬉しそうにはしゃぐエナちゃん。

 可愛いね。

 でも、そんなに嬉しいことなのかな、異世界に行くのって。


「んー……でも、そうなると、うちだけ遠いのも……うん。打診してみよっかな」

「エナちゃん、何か言った?」

「あ、ううん! 何でもないよー! あ、もうすぐ二十分経つね! 依桜ちゃん、そろそろ行こ!」

「うん。そうだね」


 まさか、アイちゃんによって異世界旅行の人数が増えるとは思わなかったけど、まあ……いいよね。うん。仲がいい人が多いのはいいことだし、何より、アイちゃんも言っていたけど、大人数の方が楽しいもんね、旅行は。


 さて、握手会、頑張らないと。

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