第378話 依桜ちゃんたちとレジャープール10
というわけで、握手会。
『当選した方はこちらにお並びくださーい! その際、ちゃんとチケットをスタッフに見せるようにお願いします!』
「わー、結構当選した人がいるみたいだね」
「うん、そうだね。見たところ……百二十人くらいかな?」
現在、ボクたちはイベントステージの辺りに来ていました。
握手会の場所がそこだったので。
そして、ボクたちがいる場所の目の前には、それなりの人数の人たちが並んでいました。
その人たちは、とても嬉しそうに、同時にうきうきした様子で並んでいます。
理由は、握手会の抽選に当たったから。
反対に、抽選から漏れてしまった人たちは、とても残念そうに少し離れたところからボクたちがいるところを見ています。
「なんだか、抽選から漏れちゃった人たちって、可哀そうだよね……」
「そうだねぇ。うちも、ああ言うのを見ていると、胸が痛いよ。みんな、大切なファンなのに、こうして残酷なことをしないといけないからね」
「やっぱり、エナちゃんとしても嫌だったりするの?」
「うーん……まあ、そうだね。最初の頃は、ファンも少なくて、全員と握手ができたんだけど、今みたいにファンが大勢になっちゃうと、そういうこともできないからね。かと言って、全員やるってなると、何らかの形で迷惑を掛けちゃうから、ある意味仕方がない措置なんだけどね」
「なるほど……」
まあ、仮にどこかのイベントで全員やるとなって、別のイベントで抽選になったりしたら、なんでこっちはやらないんだ! ってファンの人たちから文句が出ちゃう可能性があるもんね。
そう考えると、一番被害が出ない方法ってことになるのかな。
「さて、お話はここまでにして、握手会の簡単な説明をするね! と言っても、説明らしい説明はないけど。とりあえず一番大事なのは、どんな人が相手でも、必ず笑顔で握手すること! 以上です!」
「本当に説明らしい説明はないんだね」
「まあ、握手会だからね。ファンの人が喜んでくれるのが一番なの!」
「ふふっ、そうだね」
「やっぱり、笑顔で握手されると、ファンの人も嬉しいからね! というわけだからいのりちゃん、老若男女を魅了するいい笑顔でお願いね!」
「さ、さすがにそのレベルの魅力的な笑顔は難しいと思うけど、精一杯頑張るね!」
「その意気だよ! じゃあ、お互い頑張ろう!」
「うん!」
そうして、握手会が始まる。
一番最初のお客さんは、二十代前半くらいの男性客だった。
『先週の武道館でファンになりました! 握手お願いします!』
「そうなんですね。ありがとうございます(天使の如きスマイル)」
『あ、ありがとうございます! 俺、一生この手は洗いません!』
「洗ってくださいね!? もし、それで病気になっちゃったら、すごく心配ですから!」
『こ、こんな何のとりえもない俺を心配してくれるなんて……! お、俺、いのり様とエナちゃんに一生着いて行きます!』
そう言って、最初のお客さんが去っていった。
何だろうなぁ……ボク、着々とアイドルの道に進んじゃっているような気がしてならないんだけど……。
それから、手を洗わないの下り、去年の学園祭の一日目でも見たような気がするんだけど。
流行ってるのかな、そのセリフ。
『あ、握手、お、お願いします……!』
続いてやってきたのは、太めの男性。
生活習慣病にならないか心配の体系の人。
あと、やっぱり脂肪で暑いからか、汗もすごい。
それにしても……ちょっともったいないなぁ、この人。
痩せればすごくカッコよくなりそうなんだけど。
『す、すみません。自分、暑がりなもので、手汗が酷くて……も、もしかしたら、ふ、不快にさせるかも……』
「いいえ、ボクは気にしませんよ。それよりも、イベントに来ていただき、ありがとうございました(にっこり)」
『あ、ありがとうございます!』
「えっと、その、ボクからのアドバイスというか……そのままだと、生活習慣病になってしまう可能性があるので、痩せた方がいいかなと思いますよ。それに、痩せればカッコよくなると思います」
『ほ、ほんとですか?』
「はい。それに、太っている、というの寿命を縮めかねませんから。そうなったら、エナちゃんを応援することが難しくなってしまいます」
『た、たしかに……! わ、わかりました! じ、自分、夏が終わる前に何としてもダイエットします!』
「はい、頑張ってくださいね。でも、無理は禁物ですよ」
『は、はい! ありがとうございました! いのり様!』
お客さんは、なぜか顔を赤くすると、エナちゃんの方へ移動した。
なんでボク、様付けされるんだろう。
そんな感じに、握手会は進みます。
『さ、さっきのを見て、すっごくカッコいいと思いました! これからも頑張ってください!』
「応援ありがとうございます。でも、ボクはちょっとだけ忙しいので、あんまり出れるかわからないんですけどね」
あははと笑うボク。
今握手しているのは、女性のお客さん。
ちゃんとエナちゃんにも女性ファンがついているみたいだね。
しかも、結構いる。
大体、男性のファンが七割くらいなんだけど、残る三割が女性のファン。
同性からも好かれるタイプなんだね、エナちゃんって。
ある意味すごいと思うよ。
『あ、あの、いのり様、質問があるんですけど……いいですか?』
「はい、少しでしたら問題ないですよ」
こんな感じに、どういうわけか、女性のお客さんからは質問をされることがあります。
なんでだろうね?
まあ、他にもアドバイスをしたりしたからあれなんだけど……。
これ、時間がかかりすぎて怒られたりしないかな……?
『あ、あの、どうやったらいのり様みたいにスタイル抜群になれるんですか……? 特に、そのくびれが羨ましくて……』
「そうですね……とりあえず、まずは運動をすることですね。自身の体に合わせた適正量の運動をして、しっかりとバランスのいい食事を摂ることと、あとはなるべく間食をしないことですね」
『食事制限は……』
「しない方がいいですよ。仮にそれで痩せても、食生活を戻したらリバウンド、何てことになっちゃいますから。やっぱり適正量で、バランスのいい食事が一番ですよ」
『な、なるほど……! ありがとうございました、いのり様! 私、頑張ります!』
「はい、頑張ってくださいね」
やっぱり、世の中の女性は気にしてるんだね、体型。
でも、別段ダイエットとかしなくても痩せているように見える人だっているんだけどなぁ。
ボクはもともと男だったから気にしないから、その辺りはちょっとわからない。
女の子の気持ちって難しいから。
「次の人どうぞー」
まだまだ控えてるし、気を取り直して頑張らないとね!
イベントのようにアクシデントが発生するようなこともなく、握手会が自然と進んでいくと、ボク的に問題が発生。
『お、俺、いのりちゃんの大ファンなんです! 握手お願いします!』
なんと、クラスメートが来てしまいました。
たしか、吉田君だった気がする。
……ば、バレないよね? 大丈夫だよね?
「ファンと言って頂いて嬉しいです。エナちゃんの応援も、よろしくお願いしますね」
『も、もちろんっす! 俺、エナちゃんのファンクラブにも所属してるので!』
あ、やっぱりあるんだ、ファンクラブ。
多分、ボクとは違って、ちゃんとした公式のファンクラブなんだろうね。
……ボクのは、なぜか知らず知らずのうちにできていた、非公式のよくわからないファンクラブだから。
どうにも、所属している人がうちの学園にもいるみたいだけど。
『じゃ、じゃあ俺、いのりちゃんのことこれからも応援してます!』
「ありがとうございます(微笑み)」
『か、可愛い……。そ、それじゃ!』
吉田君は顔を赤くすると、そのままエナちゃんの方へ移っていった。
ほっ……よかった、バレてないみたい。
さすがに、ボクが『いのり』だとバレたら、さらに問題になる気がするからね……。
これ以上問題が発生すると、ボクのストレスがマッハになっちゃうよ。
そうなったら、体調を崩しちゃったりする可能性があるからね。できれば、問題は起こさないのが一番。
もっとも。ボクには、メルたちって言う可愛い可愛い妹たちがいるので、最近はストレスが減った気がするけどね!
癒しだもん、みんな。
あ、いけないいけない。
今は目の前の握手会に集中しないとね!
と、クラスメートの男子が来ていたりと、個人的なアクシデントはあったものの、特に問題もなく進み、気が付けば終盤に。
途中、なぜか何らかのアドバイスが欲しい、とか言われて、一応答えました。
無碍にするのもちょっと可哀そうだったので。
それに、なぜかアドバイスをしてあげると、もらった側の人たちはかなり嬉しそうにしていたので、ついついそう言う表情が見たくて、アドバイスをしてあげていた、というのも理由の一つだったりするんだけどね。
『それでは、只今を持ちまして、エナの水着イベントライブの全てのプログラムを終了いたします。見に来てくださったファンの皆様、ありがとうございました』
最後の一人が去っていったのと同時に、そんなアナウンスが流れて、これにてイベントは終了となりました。
「お疲れ、依桜ちゃん」
「エナちゃんも。とりあえず、これでイベントは終わりかな?」
「うん! 依桜ちゃんのおかげで、イベントは大成功! ファンのみんなも楽しんでくれてたし、新規のファンも出来たから嬉しかったよ!」
「そっか。それならよかったよ」
なぜか、ボクにもファンができたんだけどね。
こんなド素人のアイドルのファンになりたいだなんて、物好きな人もいるんだね。
「じゃあ、依桜ちゃん。イベントは終わったし、解散しても大丈夫だよ」
「そうだね。ボクもそろそろみんなの所に戻らないといけないから、行かないと」
「本当にありがとね、依桜ちゃん。同時に、ごめんね。せっかくの休日に、お友達たちと遊びに来ていたのに、時間を潰しちゃって……」
「いいのいいの。それに、お友達って言ったら、エナちゃんも大切な友達だもん。その友達がイベントをもっといいものにしたくてボクを誘ったのなら、ボクは引き受けるよ」
あとは、メルたちが見たいと言っていたからかな。
「……ねえ依桜ちゃん」
「なに?」
「依桜ちゃんって、女たらしとか言われたことない?」
「ないよ!?」
「そっか、ないんだ。……じゃあ、やっぱり依桜ちゃんは天然……」
どうしたんだろう?
エナちゃんの顔が赤いんだけど、日射病とかになってないよね?
……それにしては元気そうだし、大丈夫だよね。うん。
「ともあれ、イベントありがとう! 依桜ちゃん!」
「うん。エナちゃんもこれからも頑張ってね」
「もっちろん! ファンを増やして増やして、いずれは海外に行くのが夢だからね!」
「大きい夢だね。応援してるよ」
「うん! それじゃあ、うちはこの後事務所の方に戻って、ちょっと相談事とかがあるから、そろそろ行くね!」
「じゃあ、ボクもみんなの所に行くよ」
「了解だよ! じゃあね、依桜ちゃん!」
「うん、バイバイ」
「次もし会えたら、早くても十四日になると思うから、その時はよろしくね!」
「うん!」
そう言って、ボクたちは別れました。
そして、別れた後にふと、ん? と思った。
なんで、十四日? そんな疑問がボクの頭の中に残った。
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