第33話 回想1 依桜ちゃんの戸惑い

 少し時間はさかのぼって、依桜が女として通い始めた次の日。


「うぅ、これはさすがに困ったよぉ……」


 ボクは今、問題に直面していました。

 というのも、


「トイレ、どうしようっ……!」


 ものすごく、トイレに行きたいからです。

 ボクは、数日前まで男だったのに、いざ女の子になると、トイレをどうすればいいのかわからない。


 昨日は、緊張がとんでもないことになっていたから、特に問題はなかったけど、今日は別。

 ある程度みんなに受け入れられたこと(同時に戦闘力が高いことも)で、緊張はほぐれたため、精神的にゆとりができた。

 その分、自分の体に気が行くわけで……

 二時間目の授業の途中くらいから、かなり催してきてしまった。


「ど、どうしよぉ……」


 どうしようも何も、普通に女子トイレに行けばいい話なんだろうけど、それは最初から女の子だった人が考えること。


 ボクは元々男です。

 体は女の子でも、心は男。

 そんなボクなわけだから、トイレに行くのはかなり困るわけで……。


「依桜? どうしたの?」

「あ、み、未果……ちょ、ちょうどよかったぁ……。あのね――」


 困っているときに、タイミングよく未果が話しかけてくれたので、事情説明。


「なるほど。事情は分かったわ」

「ど、どうすればいい?」

「どうって……普通に、女子トイレ入ればいいんじゃないの?」

「で、でも、ボク男だよ?」

「『元』、でしょ。少なくとも、ほかのクラスの人は知らないし、私たちだって、依桜が元々男なのは知ってるけど、今は女子。それに、どこからどう見ても女子なんだから、問題ないでしょ」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「ああ、もう、うじうじして、それでも男!?」

「男だ……よ? あれ? 男、なの? ボク、女の子なの? で、でも、精神的には男だけど、体は女の子で……? あ、あれ? ボクってどっち? 男? 女? で、でも、髪は長い……あ、でも、ロン毛? の人も世の中に入るから……じゃ、じゃあ、体が柔らかい? そ、それも前からだったような……? し、身長は低い……のも、前からだし……。あ、あれ? え、えとえとえとえと……あれぇ? ボクは――」


 ものすごく混乱してきた。

 ボクは男なの? それとも、女の子?


「ストップストップ! 依桜、落ち着いて! というか、でもが多い!」

「ねえ、未果。ボクって、男なの? 女の子なの?」

「そりゃ、依桜は男……なのかしら?」

「質問を疑問で返さないでよぉ」

「しょ、しょうがないじゃない。で、でも、うーん……たしかに、そう言う疑問も出る、わよね? ……ほかの人にも聞いてみましょ。女委―」


 未果も混乱し始め、最終的には自分だけじゃ解決できない、と思ったらしく、ちょうど近くにいた女委を呼んだ。


「なになにー?」

「女委。聞きたいんだけど、依桜って、男? それとも、女?」

「え? あー、う~ん……言われてみれば。依桜君って、性別が急に変わっちゃったからあれだけど、実際どうなんだろうね? 心は男でも、体は女の子。そう考えると、それって、ある意味性同一性障害みたいだよね。自分の本当の性別は男だけど、体は女の子になって戸惑いを覚えてる、って感じだしねぇ。だけど、そう思うのは、本来の依桜君を知ってるわたしたちだけ。でも、それを知らない人からしたら、自分を男だと思い込んでる、いた――んんっ! 可愛い女の子、って言う風に見えるよね」


 今一瞬、痛い女の子、って言いかけてた気がするけど……そこは女委を信用しよう、うん。


「……め、女委が、ものすごくまともなことを言っているわ……に、似合わない……!」

「未果? それはいくらなんでも、失礼じゃないかな?」


 たしかに、普段の女委からは考えられないほどに、真面目なことを言っているけど、実際、女委って変に真面目なところあるからなぁ。


 悩みごととか、多少茶化したりはするけど、基本的に真面目に聞いてくれるし、解決策も一緒に考えてくれるし。


 普段がアレなだけで。普段が、アレなだけで。


「にはは~。まあ、未果ちゃんの言いたことはわかるけどねぇ~。んー、でも、依桜君のその悩みは意外とすぐ解決すると思うけどなぁ」

「え?」

「実際の例がないから断言はできないけどね。依桜君、元々の性格から考えると、ちょっと女の子っぽいところあったしね。あと、人の脳って結構順応するから、脳自体が『元々女の子だった』って思いこむようになると思うんだよ。多分だけど、時間経過とともに、男だった、っていう実感が薄れるんじゃないかな? だから、そう遠くないうちに、そう言う変化が現れると思うよ。まあ、あくまでも仮説だからね~、軽く頭にとどめておく、くらいでいいよ~……って、どったの?」


 女委の話を聞いていた、ボクと未果は、ポカーンとしていた。

 普段の女委からは全く想像もできない推測。

 え、本当に、女委? みたいな心境です。


「め、女委、よね?」

「んー? 当然だとも! それ以外の何に見える?」

「……病人?」

「はっはっは! 未果ちゃんってば、酷いねー。べつに、どこもおかしくないよ?」


 まあ、テンションはいつもの女委だし……。

 でも、やっぱり、さっきの光景を見るとね……未果の気持ちもわかる。


「そんなわけだから、その悩みは時間とともに解決してくれるよ!」

「そ、そっか、ありがとう、女委」

「いいよいいよ! でも、なんで、そんなことを?」

「実は、トイレをどうしようかなって……あ」


 そ、そうだった! ボク、トイレに行きたいんだった!

 うっ、思い出したら、本当にまずいことになってきたぁ……!


「い、依桜! 急いでトイレ行くよ!」

「あ、み、未果!?」


 ボクの異変に気が付いた未果が、焦りながらボクの手を引いて走り出した。

 それにつられるように、ボクも走る。

 そこでふと……というか、土曜日にも感じたことが現在進行形で発生。


 胸が、痛いっ……!

 走っていると、胸がいろんな方向にはねて付け根が引っ張られるせいで、とても痛い。

 う、く……せ、せめて、腕で抑えを……


「――ッ!?」


 ここで、ちょっと個人的な話を。

 実はボク……お風呂の時以外、ほとんど自分の体を触っていません。

 なんとなく、気が引けたからです。

 何が言いたいかというと……


(す、すっごく柔らかいよぉ!)


 ということです。

 服の上からでもわかるほどに、自分の胸は、その……柔らかかったです。

 あと、マシュマロ? みたいな感触です。

 ……だ、ダメだ、あまりにもインパクトが強すぎて、語彙力が失われてる!


 うう、この体で体育やるって、ある意味えらいことだよぉ……。


「到着! 依桜、早く行ってきて!」

「え、でもここ……」

「いいから早く!」

「わ、わかったよ……」


 未果に急かされて、ボクは入っていった――女子トイレに。



 ……釈然としない気持ちを抱きつつも、何とか間に合い一安心。

 と、言うところで、アクシデント(?)。


『やっぱ、彼氏にするなら、小斯波君だよね』

『そうだよね。でも、依桜君もよかったんだよなぁ』

『あ~わかるわかる。あの、人畜無害な柔和な笑みとか、基本誰でにでも優しいところか、ほかの男子とは違ってすっごく落ち着いてたりとかね』

『まあ、今は依桜『君』じゃなくて、依桜『ちゃん』だけどね~』


 ボクが個室から出ようとした瞬間、同級生が二人入ってきた。

 しかも、個室に入る気配はなく、ただただ談笑しに来ただけのように感じる。

 ど、どうしよう、出るに出られないんだけど……。

 で、出ても大丈夫、かな?


 ……あと、ボクって、女の子からそう思われてたんだね。

 意味合い的には、彼氏にしたい、ってこと、だよね?

 でも、ボク告白されたことはないんだけどなぁ。


 そ、それはそれとして、この状況をどうすれば……?


「さ、さすがに、出ないわけにはいかない、もんね……」


 じゃないと、授業が始まっちゃうし……。

 よ、よし、行くぞぉ。


『あ、依桜ちゃんだ。やほ』

「あ、う、うん。や、やほ?」

『お、依桜ちゃん、ノリイイね!』

「ありがとう?」


 よ、よかったぁ、特に何も思われてないや。

 ……いや、それはそれでどうかと思うんだけど。

 よく見ると、この二人、ボクのクラスメートだし。


 元々男だと知ってなお、女の子として接してくれるのは、ありがたいと言っていいのかどうか……。


『うんうん。あ、もしかしてさっきの話聞こえてた?』

「ご、ごめんね、聞こえちゃった」

『あはは! 謝ることなんてないよ。ねえ、依桜ちゃん。依桜ちゃんって、モテてたの気づいてた?』

「ううん。ボク、告白とかされたことないよ?」

『え、ほんと!? 嘘じゃなくて?』

「う、うん」

『そっかぁ。依桜ちゃん、気づいてなかったんだ』


 どうやら、ボクが告白されていたと思っていたみたい。

 でも、まだこの学園に入学してから、半年ほどしか経ってないし、告白なんて早々されないと思うんだけど……。


 入学当初は、晶と未果、女委がよく告白されてたけど、それも、途中でほとんどなくなったしね。

 原因は単純で、未果は普通に要塞だと思われていたのと、ボクや晶がいるから、という理由。態徒は含まれてなかった。

 女委の方は、中身の問題。告白されているはずなのに、『受け? 攻め?』とナチュラルに聞いてくるので、当然、告白した側は顔が引き攣るよね。

 でも、晶だけは前ほどの頻度じゃないけど、告白を受けたりしている。


「でも、ボクって、本当にそんなことあったの?」

『うん。というか、しょっちゅう相談来てたよ?』

『そーそー。依桜ちゃん、優しいからねぇ。多分、何かの拍子に助けられて、って感じだったんじゃないかな?』

「そっか。う~ん、でも、それくらいで好きになるものなの?」


 ただちょっと優しくされただけじゃ、すぐに好きになったりはしないと思うんだけど。


『簡単な話だよ。依桜ちゃん、可愛いからね。顔立ちは普通に整ってたし、落ち着いた雰囲気もあったから、女の子にとって、すごく魅力的だったってこと』

「なる、ほど?」


 自分のことを言われてるんだろうけど、なんだか実感がわかない。

 言われ慣れてないからかな?


『まあ、困ったことに、女子からだけじゃなくて、ちらほらと男子からも来てたんだけどね』

「……え?」

『まあ、そうなるよね。でも大丈夫だよ。ちゃんと、男だって言っておいたから。……まあ、残念なことに、それでもかまわない、っていう人もいたけど』

「わーわー! 聞きたくない聞きたくない!」


 嫌な事実を聞いちゃったよぉ!

 ボク、異性だけじゃなくて、同性にも好かれてたの? 好意を持たれるのは嬉しいんだけど、さすがに同性愛の気はないよ、ボク!


『まあ、だよねえ。女委ちゃんあたりが聞いたら、大歓喜ものだよね!』

『女委ちゃんだしねぇ』

「……普通にそうなるから怖いよ」


 女委だもの。


「あ、そろそろボクは行くね」

『うん。じゃあ、教室でねー』

『バイバイ』

「うん」



「で、どうだった?」


 トイレから出てくると、ちょっとニヤニヤした顔をしながら、未果と女委がトイレの前にいた。


「まあ、大丈夫、と言えば大丈夫だった、かな? ……ちょっと、聞きたくない事実を聞いちゃったけど」

「どったの? なにかいやなことでもあったの?」

「……えっと、二人に聞きたいんだけど、ボクって、モテてたの? 男の時」


 トイレの中で聞いた、ボクのことについて、二人に尋ねてみた。


「あー、そう言えばそうね」

「うん、依桜君は、結構人気高かったよ。上級生からもね」

「そ、そうなんだ……」


 どうやら、本当の話みたいだ。

 いや、別にさっきの二人が言っていたことが嘘とは思ってないよ? こっちの二人も知っているくらい有名だったのかなって、気になっただけで。


「女子人気が高かったのもそうだけど、男子からの熱いラブコールもあったけど」

「……」

「あったねぇ、そんなこと。わたしたちのところにも、何人か来たもんね。たしか、一人だけ、とんでもない人がいたけど」

「と、とんでもない人?」


 なんだろう、知りたいような、知りたくないような……そんなワードが飛び出してきたんだけど。


「……あ、あー、あれね……」


 どうやら、未果も知っている話みたい。

 でも、妙に遠い目をしてるのがとても気になる。

 ……一体、どんな人が現れたんだろう?


「聞きたい?」

「……聞きたいような、聞きたくないような……」

「じゃあ、言うね! えっとね、その時、いつも通りに依桜君に関する、情報を知りたい、っていう人が現れたの」


 あ、あれ? ボクまだ了承してないのに、勝手に語りだしたよ?

 未果も、気を確かに、みたいな表情を向けてくるんだけど。


「それでね、いつも通りに、いつも通りの情報を提供した後。去っていった男子生徒のズボンのポケットからね――」


 もったいぶったように、女委が言葉を切り、大分間が空いたところで言い放った。


「――ワセリンが、出てきたんだよ」

「きゅぅ~~~~」


 その瞬間、ボクの意識は、別のところへと旅立っていった。



「あっちゃー、やっぱり、依桜君には厳しかったね」

「……そりゃそうよ。そういう耐性がほとんどないのよ、依桜。第一、その話自体、依桜がまだ性転換する前の話だったわけだし。実際、地獄みたいな話よ」

「だね。……とりあえず、依桜君はこぼっか」

「そうね。保健室に連れてきましょう」



 目が覚めると、ボクは保健室のベッドで寝ていた。

 まるで、記憶に鍵がかかったみたいに、気絶する前のことが思い出せなかったけど、なんだかおぞましいものを聞いた気がするので、思い出すのをやめた。


 きっと、ボクにとってとてつもなく嫌な話だろうからね。


 そうして、何でもない(?)日常は過ぎていく。

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