第87話 ちょっと天然な依桜ちゃん

「それで、何があったらあんなことに……?」


 なんとか騒ぎを沈静化して、腐女子の人たちは練習に戻ってもらった。

 ただ、


『……やはりここは、攻めと受けを反対にするべき……? いや、意外と、ワンコもあり、かも?』


 という、通常だったらちょっとおかしいこと言ってるなぁ程度で済むセリフを言っていたけど、さっきの出来事を見ちゃっている異常、確実にそっちの意味、なんだろうなと思いました。


「いや、普通に練習してただけだぞ?」

「普通に練習したくらいじゃ、あんなことにならない気がするんだけど」


 そもそも、二人三脚で転んでも、覆いかぶさるようなことにはならないでしょ。


「謎の力が働いたかのように、急にああなってな……」

「謎の力って……」

「きっと、色を司る男神が手助けしたんだよ!」

「はぁ? なんで色? つか、なんで女神じゃなくて、男神なんだよ?」


 …………あ、なるほど。


「もしかして女委……男色って言いたいの?」

「おうともさ!」

「でもよ、色を司る神ってのは聞いたことないぜ?」

「態徒は知ってるのか?」

「いや、一時期ちょっと気になってよ、調べたことがあってな。まあ、見つからなかった。インターネットで調べても、何一つ出てこなかったよ」

「態徒って、変なことにだけは、無駄に意欲が高いよね」

「無駄となんだ、無駄とは」


 むっとしながら反論してきたけど、本当にそうなんだもん。

 以前にも言ったけど、十代の女の子の胸の平均サイズについても、なぜか知ってたし。

 あとは、ゴッホのフルネームとか、歴史に(悪い意味で)名を残したシリアルキラーの名前とか。


 雑学の方面に関しては、それなりに知識を持っていて、記憶力がいいはずなのに、どうして勉強面では活かせないのかがわからない。


「でもまあ、怪我はなかったし、問題はないだろう」


 その晶の言葉に、ボクは何とも言えない、微妙な表情をした。

 もしかして、さっきのを見ていない……?


「ところで、さっき周囲が騒がしくなっていたんだが……何かあったのか?」

「気にしないで、いいよ」

「……なんで、そんなに慈愛に満ちた笑顔を向けるんだ?」

「気にしなくていいのです」

「そ、そうか」


 ちょっとだけ圧力も込めて、ゴリ押しした。

 晶は、知るべきじゃないと思います。

 ボクも記憶に鍵をかけておこう。


「んでよ、二人は何しに来たんだ? オレたちと同じ、二人三脚の練習してなかったか?」

「いやぁ、ちょっと依桜君が気絶しちゃってねー。貧血かも、ってことで今日は練習を止めたの」

「マジか。珍しいこともあるもんだ」

「そうだな。依桜が貧血とかで倒れるとは思わなかった。てっきり、病気にかからないものだと思ってぞ?」

「貧血は病気じゃないと思うんだけど」


 鉄分が足りないが故のものだし。

 まあ、それは別にいいんだけどね。

 実際、ボクも倒れる直前の記憶がないし……。


「ということはつまり、二人はほかの生徒の練習を見に来た、ってことか?」

「うん、そうだよ」

「せっかくだから、見ておくのもありかなーって」

「まあ、今年が初めてだしな、体育祭は」

「そうそう。ちなみに、未果ちゃんにはさっき会ってきたよ」

「へぇ? 何か話したのか?」

「うん。依桜君がどうやって、走るスピードを速くしたのか、っていうのを」

「それは俺も気になるな。何したんだ?」

「言われてみればそうだな。実際、今の依桜ってよ、運動神経が抜群っていうよか、規格外すぎるしな。どうやったら、そうなるのかは気になる」


 気になって当然だよね。

 幼馴染、もしくは友達が異世界に行って、とてつもない身体能力を有して帰ってきたら、ね? ボクだって、逆の立場だったら気になったと思うし。


「えっとね――」


 とりあえず、未果と話した内容を、同じように二人に話す。

 すると、二年目辺りの話をし始めた途端、二人が絶句した。

 ……まあ、師匠の理不尽な話をされたらね。


「――って言うことをしてたよ」

「……いや、なんつーか」

「よく、生きてたな……って、何回か死んでるのか」

「……うん。ほんと、辛かったよ」

「それだけのことがあって、辛かったで済むか? 普通」

「本来ならね。でも、ボクの場合は帰るために必要だったから、嫌でもやらないといけなかったんだよ」


 ……もっとも、嫌だと言って逃げ出せるほど、師匠は生易しいものじゃなかったけどね。

 仮に、『やめたいです』と言った場合、


『は? お前に逃げる権利はない! つか、お前がいなくなったら、あたしの世話は誰がするんだよ! それに、あたし以外に、お前を鍛えてやれる人間はいないぞ!』


 とか言いそうだし。


「だがなぁ、オレたちが知らない間に、友達が何度も死んでたとか、マジで申し訳ないんだが」

「知らない間にって言うけど、こっちの世界の時間は流れてなかったから、知らない間にも何もないと思うんだけど」

「だがまあ、そんなことをしてたら、誰だって強くなるか」

「うーん、誰でも、ってわけじゃないと思うけど……少なくとも、根気強い人ならたぶん大丈夫、なんじゃないかな」

「根気強くとは言っても、やることがやることなだけに、それだけじゃどうにもならない気がするんだが……」

「そうかなぁ」

「依桜君の価値観って、たまにおかしなことになってるよね」

「それって酷くない?」

「「……」」


 二人はなぜか何も言わなかった。

 え、ボクの価値観って、ほかの人から見たらおかしいの?


「じゃあここで、依桜君に質問します」

「突然どうしたの?」

「いいからいいから。じゃあ、一つ目ね、依桜君は一人で街を歩いています。ふと、なんとなく視界に入った路地裏で、未果ちゃんが暴行されてたとします。どうする?」


 なんかちょっと聞いたことある話。

 実際にあったけど、あの時は未遂で終わったけど……うん。迷うまでもなく、


「生きていることを後悔したくなるほどの苦痛を与えるかな」


 こうする。

 だって、大切な幼馴染を傷つけられたら、怒るもん。


「「うわぁ……」」

「二つ目。みんなで遊びに行っています。その時、依桜君だけ、少しの間そこから離れます。すると、大勢の不良がわたしたちに近づいてきて、誘拐しようとしました。どうする?」


 ……さっきとほとんど変わってないような気がするんだけど。

 でも……うん、こっちも迷う必要はないね。


「人数がどれくらいかはわからないけど、まず全員の意識を刈り取った後、人気のない場所で更生させるかな」

「……それは、どうやってやるんだ?」

「うーんと、ボクって一応は回復魔法が使えるから、死なない程度に打撃を入れて、回復して、打撃を入れて、の繰り返し?」

「……可愛い顔に可愛い声なのに、やることがえげつねえ……」

「ちょっと前までの依桜だったら、絶対に思いつかない方法だな」

「そもそも、依桜君って、基本は平和的だもんね。多分、異世界で、師匠さんの修業を受けた結果、なんじゃないかな?」

「も、もしかして、おかしい? それに、ナイフとか使わないだけましだと思うんだけど……」


 そう言った瞬間、みんなが押し黙ってしまった。

 あ、あれ? 本当に、ボクっておかしい……?


「依桜君、きっと、師匠さんに毒されてるよ」

「た、たしかに、師匠がやっていた手口ではあるけど……師匠が言うには、『これが最も効率が良くて、手早く更生できるんだ』って」

「……依桜、それはやめとけ。それだと、ただの拷問だ」

「そ、そうなの?」

「そうだ。そもそも、倫理観的に問題もあるし、普通に犯罪じゃないのか?」

「た、たしかに……そ、そっか、ボクっておかしかったんだ……」


 みんなが引くわけだよ……。

 女委が言った通り、ボクは師匠に毒されていたのかも。

 ……一年間、四六時中一緒にいたと言っても過言じゃないくらい、一緒にいたし。


「完璧美少女、と思っていた依桜に、思わぬ弱点、というより欠点があったな」

「天然サイコパスかと思ったぞ」


 て、天然サイコパス……。

 ちょっと落ち込むよぉ……。


「でも、サイコパスな銀髪美少女ってよくない?」

「雑食にもほどがあるだろ、女委」

「可愛ければなんでも問題なし!」

「それでいいのか?」


 よくはないと思うけど、女委だから何でもいいと思います。


「でもまあ、実際ちょっとだけ依桜って天然なところもあるしな……」

「天然じゃないよ」

「天然の人は、みんなそう言うよね」

「酔っ払いが、『酔ってねえぞ!』って言っているようなものだな」


 どうやら、ボクは天然らしいです。

 ……そんなまさか。


「さて、と。俺たちも練習に戻るか」

「そうだな。オレたちが先に走るわけだしよ、やっぱ、最初が肝心だもんな」

「依桜がいるとはいえ、任せっきりにするのも問題だからな」

「そんじゃ、行こうぜ。じゃな、二人とも」

「またあとで」

「うん。頑張ってね」

「バイバーイ」


 未果同様に、軽く手を振ってから、二人は練習に戻っていった。


「じゃあ、わたしたちはどうしよっか?」

「うーん、今のところは特に。ボクと女委が出場する競技は、二人三脚を除いたら、本番当日じゃないと、意味のないものばかりだしね」

「そうだねぇ。わたしのは、運要素も絡んでくるものばかりだもん。体力づくりをしても、ちょっとあまり意味はなさそうなんだよね」

「意味はない、ってわけじゃないと思うけど、確かに、女委の競技はね」


 パン食い競争と借り物・借り人競争の二つは、実際、運要素も絡んでくる場面が多い競技な気がするし。

 パン食い競争は、まあ、自分が食べるパンにもよるよね。

 ぶら下がっているパンのうち、一つを加えて、ゴール前で完食する、というのがこの学園のルール。

 パンはどのレーンのものを食べてもいいけど、手を使う、咥えたパンを落とすなどの行為をしたら、減点になる。

 ただし、意図的に妨害されて、パンを落としたりした場合は、問答無用で妨害された人が一位になり、妨害した人は、減点+失格となり、損失を帳消しにすることができなくなる。

 走るスピードも必要と言えば必要だけど、パンを食べる速度も必要になるので、運と言うよりは、その人の食欲にもよってくるんじゃないかな。


 借り物・借り人競争は……これこそ、運が最も絡んでいる競技だと思う。

 お題を引くまでわからない上に、場合によってはよくわからないお題が出るときもある。

 走るスピードはどちらかと言えば二の次で、自分の運が一番必要な競技。


「依桜君のほうは、なにも心配いらないもんね」

「当日、何が起こるかわからないし、どんなハンデが付くかもわからない以上、あまり楽観視はできないけどね」


 美天杯は、最悪、両手両足で攻撃するの禁止、みたいなハンデが付くかもしれないし。


「それもそっか。でも、依桜君ならゴリ押しでも行けるんじゃないの?」

「できないこともないと思うけど……あまりしたくはないかなぁ」

「なんで?」

「ほら、ボクは何と言うか……チートみたいなところがあるし、ごくごく普通の高校生がやるお祭りに、ボクが本気で出場しちゃったら、つまらないでしょ?」


 特に、相手チームが。


「んー、それもそっか! 依桜君、強すぎるもんね」


 この世界においては、っていう言葉が付くけどね。


「それじゃあ、ほかの競技の練習している人のところも見に行こ、依桜君」

「そうだね。クラスのみんながどんな風にやっているのか見てみたいから」

「決まり! じゃあ行こう!」

「わわっ、女委引っ張らないでよぉ!」


 決まったら即行動に移すのが女委のいいところだけど、ちょっと強引なところは直してもらいたいものです。

 最初の体育祭の練習は、ほとんど見て終わるだけで終了となった。


 これと言ったことはなかったけど、なぜか血溜まりがあったり、鼻の下が真っ赤になっている人がいたのがすごく気になった。

 ……何があったんだろう?

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